あたろーの日記
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2006年01月22日(日) さん喬を聴く会。

 旧暦12月22日。
 日中は自宅にて本を読んだりちょこちょこ掃除してみたり。
 机の前に丸まって本を読んでいると、時折、雪をジャッジャッと踏みしめて歩いていく音が聞こえてくる。それが心地よくて、余計静けさを感じて、で、安心する。そうか、田舎の冬の音なんだ、自分が子供の頃から聞き慣れた雪の音だからだ、と納得する。雪が沢山降り積もった翌日、青空の下を、長靴を膝まで埋まりながら、まだ誰も歩いてない雪の原に、自分の足跡をつける競争なんて、よくやったよなあ。
 
 『小説の秘密をめぐる十二章』(河野多恵子・文春文庫)を読む。『文学界』に連載されていた当時、時々買って読んでいたけれど、文庫になったので再び読む。沢山線を引きながら読んだ。小説を書く人が心しておきたいことが書かれている。よくある、いかに受賞するか、という類の本ではなくて。特に面白くて示唆に富んでいたのは、小説の構造についての章。芥川龍之介と谷崎潤一郎がからんだ小説の筋についての論争。

 それで、久しぶりに芥川龍之介の短編を読みたくなって、『羅生門・鼻』(芥川龍之介・新潮文庫)を読む。
 当たり前だけど、十代、二十代、三十代で、同じ小説を読んでも、感じ方は全く異なる。今までに読んだことのない小説を読むのも楽しみだけど、かつて読んだものを再読するのもまた楽しいんだな、と思う。

 夕方、深川江戸資料館小劇場にて、今年1回目の「さん喬を聴く会」。今日はいつもと違い、日曜の開催(いつもは土曜日なのだけど)なので、落語仲間でもある友人は来られず、近場に住む私だけ行ってきた。そうなんだよね、翌日仕事だと思うと、確かに日曜は帰宅が遅くなるのを躊躇してしまう。
 しかし、会場に着くと、満席で、補助席も出る大盛況。若い人の姿がまた一段と増えた。すごいなあ、さすがさん喬師匠。
 柳家さん弥「千早ふる」、柳家さん喬「うどん屋」、と続いて、林家正楽の紙切り、最後は再びさん喬師匠で「御神酒徳利」。さん喬師匠の噺は今回は泣かないで聴けた(笑)いつもジーンと泣かせる人情噺ですが、今日は「御神酒徳利」で、ちょいといたずら心で易者の真似事をした棒手振りの八百屋が、ほんものの易者と思い込まれた挙げ句、失せ物探しのためにお得意さんである旦那と三島まで出かけていく羽目になり、ハラハラ冷や汗かきながらなんとか切り抜けつつ・・・という爆笑もの。ほんとは易者でもないのに、失せ物探しのスペシャリストに祭り上げられてしまった八百屋の、慌てつつもやぶれかぶれの、それでいてどこか飄々として堂々とした占いっぷり、それも「そろばん占い」という訳の分からない占い方法に、みんながだまされてしまうさまが面白かった。
 今回のゲストは紙切りの林家正楽。正楽さん大好き。三味線に合わせて体を左右に揺り動かしながら紙を切る。今回は普段の寄席より時間が長くて、お客さんのリクエスト含め、藤娘、お正月、梅に鶯、千秋楽、七福神・・・それから、これは初めて見た、こんなのが見られるなんて嬉しかった、というのが、最後、懐メロや美空ひばりのメドレーに合わせて、予め準備してきた沢山の紙切りの絵を、ステージのスクリーンに、正楽師匠自らが次々と映し出していく、影絵スライドショー。一番最後の、「川の流れのように」に合わせて、舟に乗った沢山の人々、キャラクター(サザエさん一家やアンパンマンや犬、それからさん喬師匠や正楽師匠ご自身まで)が画面を横切っていくのは、楽しくて、会場大爆笑。それでいて、何故か、ジーンと来て、たぶん、美空ひばりの歌声と、正楽師匠の一生懸命さに打たれてしまったんだと思うのですが、涙が出てしまった。なんつうか、私の言葉ではうまく言い表せないのですが、すごい芸術作品を見たような気分で、それがステージの上で這いつくばって懸命に紙を動かしている正楽師匠の姿と、スクリーンに映し出される見事な影絵とのコントラストなもんだから、笑いつつも泣いてしまうという・・・。ともかく、面白かったです。楽しかったです。

 自宅近く、喫茶店の前に、大きな、私の肩くらいまである、白い犬と、子犬のペアが。雪でよくここまで作ったなあ、と感心してしまい、これまた感動してしまい、融けてしまうのが気の毒なので、その前に撮影。前足なんてほんとかわいくできてた。これまた芸術作品なのでした。


2006年01月21日(土) 雪がふるふる雪みてをれば

 旧暦12月22日。
 朝、寒くて出られずに布団の中でもぞもぞしていたら、大家さんがアパートの周囲や外階段を雪かきする音と、近所の人達との会話で、どうやら外が積雪だと知る。
 ようやく意を決して布団から這い出し、外を見ると、わあ、凄い雪だー。嬉しくなって、積もった雪をすくい上げて、つぶてにする。ふわふわと柔らかい雪に手を突っ込むのが気持ちいい。
 読み終えた本の中から、時代小説や随筆など、両親の好みそうなものを選んで、母の気に入りのお茶などと一緒に段ボールに詰め、えっちらおっちら雪の中をコンビニまで運んでいく。まさかこんなに降るとは思わなかった(夕方までに都心の積雪量は9センチだとか)、こういう日に限って雪が降る。今日出した荷物は、新潟の実家に明日の午前に着きますでしょうか。ちょっと難しいかな。
 夕方、早めに銭湯に行き、またカップ酒を買って帰り、肴を作って早めの晩酌を始める。今日はまぐろのユッケ風サラダ、大根と厚揚げの薄味煮、と、突然食べたくなってスーパーで買ったお稲荷さん。まぐろのユッケ風サラダは、スライスした玉葱とルッコラなどを合わせて皿に敷き、その上にまぐろのたたきを乗せ、真ん中に卵黄をちょこんと。最後に、すり下ろしにんにく+ごま油+醤油+コチジャンを混ぜたたれを上から回し掛けるだけ。
 ちびりちびりと熱燗を呑みながら、窓の向こうに降り積もる雪を感じ、しんみりと、山頭火の句集をめくる。

 
 雪がふるふる雪みてをれば


 雪へ雪ふるしづけさにをる


 ここにかうしてわたしをわたしをおいてゐる冬夜


 しんみり雪ふる小鳥の愛情

 
 雪のあかるさが家いつぱいのしずけさ


 今夜は、雪が出てくる句を見つけると、ちょっと嬉しくなってしまう。
 
 それから、借りてきたDVD『続・座頭市物語』(1962年大映)を観る。勝新の座頭市シリーズ第2弾。物語は第1弾座頭市から1年後という設定。市が、1年前にいた土地を再び訪れ、そこで実の兄と巡り会い・・・という話。共演は、勝新の実兄城健三郎(若山富三郎)。それから、若き日の水谷良重がなんともしっとりした良い雰囲気。ずば抜けて美人、というわけではないのだけど、眼と唇に色気があって、さっぱりとして芯の強い女性を巧く演じている。
 で、やっぱり今回も泣いてしまう。泣いてしまうのだけど、74分というのはあっという間の短さで、「え、これで終わり?」と最後はちと呆然。
 だけどそれでも面白かった。


2006年01月20日(金) 雪の共通一次。

 旧暦12月21日。
 寒いー。
 残業そこそこに帰宅。途中でDVDを返してまたレンタルしたいので、地下鉄ではなくて山手線にて。渋谷から山手線に乗ったら、電車が遅い。代々木で10分ほど停車。大久保辺りでもまたしばらく停車。田端あたりの線路に、「お客様」が立ち入ったそうで、その「お客様」の身の安全を考慮して、山手線全線ストップしているとの社内アナウンスが。
 ・・・・さて、線路に立ち入っているお人は、果たして「お客様」なんでありましょうか。電車に乗っていると、よく、こういう事態に出くわして、こういうアナウンスを耳にするのですが、いつも疑問に思う。電車に乗ったりホームに大人しく待っている人は、確かにお客様なんですけど、正しいお客様は、線路に立ち入ったりはいたしません(間違って落ちてしまったとかいうのは別として)。ちゃんとお金を払って乗っている我々と、線路に立ち入って電車を止めている人が、同じ「お客様」とは納得がいかないよなー・・・と、満員電車で半ば酸欠貧血になりながら、電車が動き出すのを待っていたのでありました。
 ほんとは車掌さんだって、「線路に立ち入ったバカヤローがいまして」と言いたいんでありましょう。しかし、そう言ったら最後、こんにちではすぐに大問題となってしまう。
 ようやく「お客様」の身柄が確保されて、電車が動き出して、レンタル屋さんのある駅で降りて、そいで、駅前の書店&レンタルビデオ屋さん(今じゃDVD屋さん)に入って、座頭市シリーズ第2弾と、黒澤映画を借りて、書店で雑誌『クウネル』『カメラ日和』を買って帰宅。今夜は自宅で雑誌をめくりながら、ゆっくり晩酌。ワンカップ酒を2本(Gさん情報誌さんきゅう)買ってきて、小鍋で熱燗にして、肴は作り置きのきんぴらごぼう(今週は弁当作りさぼったからすごく残っている)と、エリンギと舞茸のオムレツ。
 明日は東京でも雪が降るとか。で、明日はセンター試験。職場の上司のお子さんが受験なので、残業中にその話を聞いていたら、十数年前の自分のことを思い出した。
 私の時はまだ「共通一次試験」でして、実は、お恥ずかしいことに、私は試験の2日ほど前に、学校の体育の授業中に、バドミントンで足首を捻挫した。それで、なんと、ギブスをはめて、松葉杖で受験会場へ。その日の新潟市はたいそうな雪で、やっぱり、交通機関もマヒ。私は友達と一緒に、父に車で1時間以上かかる新潟大学の試験会場へ乗せて行ってもらい、試験会場では松葉杖姿にみんなの同情を戴き、で、足の怪我とはまったく関係ないのですが、理数系が平均点以下という笑うに笑えない結果に当然一浪いたしました。だいたい、受験直前にはみんな慎重になるのに、いくら体育の授業だからって、本気出してはしゃぎ回り、挙げ句捻挫するんだから、最初から結果は見えているようなもんでした。だいいち、好きな科目以外は全く勉強していなかった、というか、理数系の理解力が皆無でした。
 「雪」「受験」から、十数年前の自分を思い出して、つくづく思うのは、あれから相当歳をとったのに、相も変わらず怪我ばかり(特に捻挫)しているなあということです。
 人間って、成長しないもんですね。

 
 


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