あたろーの日記
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| 2005年07月24日(日) |
Nikon New FM2 |
旧暦6月19日。 実家から荷物到着。母から譲り受けた登山道具一式と、ダメもとで父にねだってみたカメラのレンズ2本。単焦点レンズが欲しかったのですが、父の所有している中に使っていないものがあったら送って欲しいと頼んでおいたのです。やった! 来月富士山に登るので、ちょびちょびと準備してます。今日は押し入れに首突っ込んで、一眼レフカメラのレンズとか引っ張り出した。で、あらためて数えてみたら、すでに5本持っていたので、今日届いた2本を合わせると、7本になった。びっくらこいた。恥ずかしながら、自分が持っているレンズの種類さえ忘れていた。 レンズのことを忘れている位だからまったく使いこなせていないのは明らかなのですが、愛用しているカメラはNikonのNew FM2です。昔日記にも書いたような気がするのですが、再び登場。 生まれて初めて自分の稼いだお金で買ったカメラはNikonのF-601というオートフォーカス一眼レフ。12〜3年ほど前だったと思います。が、これは買って2年もしないうちに、落として壊してしまった。メーカーの窓口に持っていっても、修理不可能で戻ってきてしまった。落ち込んでいるところに父が自分の愛用していたFM2をくれたのです。その時は、実は内心、オートフォーカスじゃないのかぁ、ってなことを思っていたのですが、今はむしろFM2をもらえたのはすごくラッキーだったと思っています。デジタルでもない、オートフォーカスでもない、質実剛健なマニュアル機、最もシンプルなこの一眼レフが今とても気に入っています。 と言うものの、写真の腕はまーだまーだ、初心者です。富士山に行っても全部失敗作になりそうで、怖いです。 だけど、10年前に戻って、再び今、カメラ熱です。 オヤジからもらった24mmと50mmの単焦点レンズをFM2につけてお散歩に行きたいです。 ・・・しかし、私に使いこなせるだろうか、24mmなんて。。。
旧暦6月18日。 と書いておいて、実は翌日(日曜の午前)です、今は。 昨日の地震、関東地方の方々は大丈夫でしたろうか? 怪我をされた方々もいたそうですが、大きな被害がなくてほっとしましたね。 交通網とか、災害連絡網等々、地震の後にいろいろ問題点が指摘されてますが、昨日の地震は、もしかしたら、近い将来必ず起こるであろうさらに大きな地震に対する注意喚起なのかな、と思いました。それにしても、大地震が起こると言われ続けいているはずの東京なのに、今回様々な点で不備が指摘されて、今後を考えるとちょっと怖いですね。 その時私は台東区のマンション7階の知人宅で、小唄のお稽古をしておりました。三味線と唄を合わせているところに揺れが来て、「これは大きいね」とみんな三味線置いて、揺れが収まるのを待っていました。7階って結構揺れますねー。でも、地震が来たとき、やっぱり来たなあ、という感じで落ち着いていることが出来ました。最近東京も小さな揺れが頻繁に来ていたので、地震前兆らしき現象を観察しているいくつかのサイトを時々チェックしていました(ヤフーで「地震予知」と検索すると沢山出てくるよ)。 これは、昨日の地震と関係あるかどうか、私は関係あるのではと思っているのですが。。1週間前18日(月・祝日)に、私の携帯電話の電波状態がひどく悪くなって、友達にメールを1件送信した後30分もしないうちに、「圏外」になってしまいました。自宅にいたのですが、自宅ではいつも携帯電話のアンテナ3本立っているはずなのに、いつもの定位置に電話を置いても、窓際に持っていっても、全然駄目で、午前から夕方までずーっと「圏外」でした。電話会社に問い合わせても、通信障害の連絡は他に入っていないとのこと。近くで建設工事をしているのですが、その日は祝日なのでお休み。他に電波障害を起こすようなものは見当たらず、もしかしたら、地震の前に電波障害が起きやすいと言われているので、それかな、と思いました。今までこんなことはなかったので、ちょっと気になりました。この前の3連休はずっと風邪気味で頭痛が酷かったので、もしかしたら、そういうのも地震と関係あるのかなあ?まあそっちは不摂生が原因として、携帯電話の電波受信状況は、やはり地震と関係しているような気がします。素人なので私の勘違いだったらゴメンナサイ。 小唄のお稽古終えて帰ろうにも、都内の地下鉄もJRも運休してしまい、一緒にお稽古に来ていた人は足止めされて大変でした(結局遠くの駅まで三味線抱えて歩いて行った)。私はというと、チャリンコだったので、「こういう時はやっぱ自転車が強いねー」とみんなに感心(?)されながら、「えっへん」と威張って漕いで帰ってきました。確かに、都会の交通網はもろいので、自転車が一番です。・・・とはいえ、もっと大きな地震で道路がズタズタになったり、ガラスの破片が散らばったりしてしまったらお手上げですが。 途中、御徒町のマルキン商店に寄って、ビクトリノックスを1本買いました。これで5本目です(^^;)。なかなか御徒町に行く機会がなかったのでちょうど良かった。一番小さい「クラシック」を鍵にぶら下げていつも持っているのですが、もうこれがないと不便でしようがないです。鋏やナイフ、つまようじ、ピンセット、爪ヤスリ。ちょっとしたときにすぐ役だってくれるので、有難い存在です。昨日買ったのは「ツーリスト」。手の小さい私にはこの大きさが限界かな。もっと大きなナイフを持てる人が羨ましいです。ビクトリノックスを買うなら、都内ではマルキン商店が最も安いような気がするので私はいつもここです。 JR御徒町駅や途中通った他のJR駅、道路からホームを見ると人があふれていて、構内放送が頻繁に、電車の運行状況を伝えていました。バスもどれも満員。 昨日の地震で、長時間歩ける靴と、いざというとき自宅までたどり着くための地図は、出掛ける際常に必要かと思いました。東京では震度5でも、電車の路線図は役に立たなくなるのですね。私は自転車通勤で酷い方向音痴なので、リュックに地図帳いつも放り込んでます。説教くさくなるけど、女性の履くあの先のとんがった草履みたいなサンダルで、ヒールがすんごく高いのは、ありゃやめたほうがいいですな。あんなんで地震時に帰宅困難者になったとき、自宅まで辿り着けないよ。私は歩くのが下手なのでヒールの高い靴では歩けないのですが、どうしてみんなあんな危ない靴を履くのかなー。
| 2005年07月20日(水) |
波の音を聴きながら。 |
旧暦6月15日。 眠いです。。。昨夜1時前に布団に横になったのに、ぜんぜん寝られず。NHKの深夜ラジオ便の1時間ごとの時報のたびに焦ってしまう。3時すぎにようやく眠りにつくことが出来ました。寝つきは恐ろしく良い人間なのになあ。 子供の頃、何度か転居した中に、アパートのすぐ裏がゆるやかな断崖になっていて、その下がすぐ砂浜、という恵まれた環境に住んだことがありました。夏は家で水着に着替えて、浮き輪抱えてビーサン履いて、テテテテテッと飛び出していって、ザッボーン。泳ぎ疲れたら濡れたまま帰ってきて、沸いたお風呂にドッボーン。 それから数年前に潰して駐車場になってしまったけど、佐渡の父の実家の裏はこれまたすぐ海で、こっちは砂浜じゃなくて石ころとごつごつした岩場になっていて、岸のテトラポットや岩の上から網で魚すくったり、潜ってサザエ取ったり、岩の間をぷかぷか泳いだり、とにかくばあちゃんの家に遊びに行く=海、みたいな感じだった。 前者では、夜、枕に頭をつけて、ザザー、ザザー、という波が砂浜を洗う音と、ゴオーッという遠い海鳴りを聴きながら眠りについた。後者では、ポッカン、ポッカン、という岩やテトラポットの間を波がぶつかっていく音とか、港を出入りする貨物船や漁船の汽笛やポンポンというエンジン音が子守歌代わりだった。 なんでそんなこと書くかというと、しみじみ思い出しているからです。今になって、子供の頃当たり前に聴いていた波の音が、とても懐かしく思えてしまう。波の音は寝しなに物語を運んでくれるので、いろんな空想をしながらいつの間にか夢の世界に出掛けていくのがいつものパターンでした。 今住んでいる所は都会のアスファルトの上、住宅密集地で、波の音はどこからも聞こえてこない。これから熱帯夜を何度我慢しなきゃならないんだろ。うー。 海辺に住んでいる人が羨ましいなあ。
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