あたろーの日記
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2005年01月28日(金) 海老ィ

 旧暦12月19日。
 お世話になっているおじさんおばさんと渋谷で呑む。もうかれこれ8年以上のつきあいで、娘みたいに可愛がってもらっています。2人とももう70近いのに、お酒の量が凄い。3月には閉店してしまう焼鳥屋さんでたんと食べさせてもらった。お肉がジューシーで美味しかったです。
 私が最近落語にはまって寄席にも行っていると言ったら、おばさんに「あんた、しばらく会わないうちに中身ババアになったんじゃないの!?」と言われた。どうやら落語は相当年配の人の趣味だと思っているらしい。でもおじさんが「バカヤロ、俺も若い頃は新宿の末広通ったもんだ」と助けてくれた。「じゃあ今度寄席行ってみようよ」とおばさんを誘うと、「やだよお、あたしゃさんまみたいに客をつるし上げて笑いものにするようなバラエティ番組好きじゃないんだよ」と言う。うーん。なんかえらく勘違いしてるんですが、どう説明してよいものか。
 はまる人はどっぷりはまる、はまらない人はすっかり素通りしてしまう、落語ってそんなもんなのかな?

 NHKの海老のおじさんが顧問になると聞いたときは耳を疑った。へええ〜、顧問って一体何さ?みたいな。さすがNHK。長年のお役所体質で、世論に対してかなり鈍感になっていらっしゃるのですね。顧問就任に違和感を感じていた人が多くて抗議殺到、当然だろうなあ。顧問辞退、当たり前だぁ。でも、海老のおじさんの退職金が1億2千万円ってほんと?ひゃあ〜。皆様のNHKを退職する時に皆様の受信料から1億円以上もらえるのですか。やっぱり感覚相当おかしい。


2005年01月27日(木) 鍛高譚

 旧暦12月18日。
 月末ともなるとちょっと残業しないと終わらない。ゆえに久しぶりに遅くなった。今夜は寒いですね。日曜あたりこの冬一番の寒波が来るらしいです。耐えられるか心配。
 寒い冬には焼酎。仕事しながら、呑みたくて仕方なかった。今日残業しなかったら絶対大塚駅前の立ち飲み屋で一杯やってました。できればうちの近所にも立ち飲み屋欲しいです。座って落ち着いて呑む店と、立って呑んでさっと出てくる店と両方揃えて、気分で使い分けしたいなあ。
 最近、女性の友達の間でもちょっとした話題のお酒が、鍛高譚 (たんたかたん)というしそ焼酎。私は昨年末の忘年会シーズンに何度か呑んで、ほのかな紫蘇の味と香りがすっかり気に入ってしまいました。和食を中心に、わりとどんな料理にも合う味。でもできればちょっと繊細な和風料理に合わせたいかな。
 こういうお酒は焼酎専門店に行かないとないだろうなあと思ったら、よく行くスーパーに置いてあったので嬉しくなって買いました。で、近所の酒屋さんにも置いてあったらもっといいのに、と思っていたら、今夜ミネラルウォーター買いに寄ったら、レジ前の目立つ棚にどーんと置いてあった。お店の人にいろいろ教えて貰った。3年くらい前から静かなブームだったみたいです。で、最近特に人気になったそう。もともとは北海道の白糠町の町おこしに、農家のおじいさんが自家製の紫蘇ジュースを焼酎とブレンドして飲んでいた、それを商品化したものらしいです。そういえば、私の田舎でも紫蘇ジュースは多くの農家が作っていたような。子供の頃よく飲みました。
 なるほどねえ。日本にはまだまだ美味しいお酒が隠れていそうだなあ。
 というわけで、来る大寒波は、鍛高譚で乗り切ります。


2005年01月26日(水) ごった煮の鍋の中。

 旧暦12月17日。
 ちょっと残業して、19時の閉店ぎりぎりに神保町の東京堂書店に駆け込む。今日は古井由吉『聖なるものを訪ねて』(集英社)の発売日。先日予約した際に貰った引換券と交換で、2月6日の講演会&サイン会の入場券も貰う。裏を見ると鉛筆で「26」と書いてある。26番目ってこと??さあ、講演会までこれを読もう。で、この本に古井氏のサインを貰うのです。
 『暮しの手帖』早春号が発売になっていたので、これも買った。今号の表紙は白地に赤い字、黒い鉛筆となんだかお洒落。写真の鉛筆が、手で削られたものというのもいいな。巻頭の商品テストは食用油。最近ちょっと気にしているので、ちょうどよかった。ちなみに『暮しの手帖』にも噺家さんの書いている落語に関する読み物が掲載されていて、ちょっと嬉しい。
 最寄り駅のコンビニが改装をして、24日から新装オープンした。今夜改装後初めて寄った。駅から出るとコンビニが3軒固まっていて、最も小さいコンビニなので、普段は入る人あんまりいないんだけど、今日はどんどんみんなは行っていく。やはり興味ある人が多いみたい。が、入ってみたけど、どこが変わったのか分からない。どこを改装したの??店内の壁とかかなあ。よく分からない。少なくとも商品の配置は以前と同じ。なんなのだなんなのだ。なんなのだつまんない。と言いつつも、私はいつもこの一番小さいコンビニに寄ります。
 
 自分の価値について、うじうじと考えている。人間の存在価値なんてそんなものあってないようなものなのに。誰にでもどんな人にでも存在価値なんて当たり前以前に当たり前なのに。・・・人と比べたらキリがない。世の中自分より優秀な人なんて星の数ほどいる。それに、一体何をもって優秀かそうでないかを決めるのか。そんな基準もあってないようなものなのに。存在することの価値も、能力の有無も、そんなもの、人間という狭い範疇の中で、自分が満足するための基準でしかない。そんなものに左右されて、自分が存在し続けることに疑問を持つのはおかしい・・・とは思うけど。
 でも社会にいるとやっぱり自分を集団の中での基準に当てはめて考えてしまうし、人と比べて取るに足らない自分が情けなくなる。答えの出ないごった煮のスープ鍋の中にぷかぷか浮いているような気分だ。


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