あたろーの日記
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2005年01月06日(木) 年齢のない生活。

 旧暦11月26日。
 あと1日で連休だ。
 今週は火曜から会社が始まったのに、まだたったの3日しか働いてないのに、もう息切れがする。明日帰宅後ドアを閉めたら、ぱったん、とヘッドスライディングしたい気分。
 会社で戴きのものカレンダーが沢山余った。余ったカレンダーはちゃんと寄付する先があるそうで、フロアでまとめて処理してもらった。余ったと言ってもどれも綺麗、素敵なカレンダーばかりなので、受け取る団体の方々にも喜んでもらえそう。
 カレンダー見て思った。
 人間はカレンダーがないと暮らしていけない。いつからそうなったんだろう。カレンダーもない大昔の人達の時の感覚ってどんな感じだったんだろう。大昔、人間がまだ石とか木とか、わずかに限られた道具しか使っていなかった頃、当然何月何日何時何分なんてのも存在しなかった頃。
 その頃はきっと、人に年齢の概念なんてなかったんだろうなあ。厳密に、あの人は何歳、自分は何歳、なんてのはなかった。あの人は自分より長く生きている、自分のほうが冬を経験した回数が少ない、みたいに思ってたんだろうか。なんか不思議。干支なんて当然なく、厄年なんてのもなく、たぶん誕生日なんてのもない。ただひたすらに、生きて、狩りをして獲物を追い、食べて、きっと今よりもっともっと死と隣り合わせの日々で、でもとにかく生きて、で、何回目かの季節を生きた時、寿命が尽きる。
 自分が何歳か、いつ生まれたのか、そういうのを知らないのは現代人として生まれた自分にはちょっと耐えられないことのような気がする。でも、一方で、少し羨ましい気も。
 はるか昔に確かにそういう暮らしをしていた人達がいるんだよなあ。。。


2005年01月05日(水) 神谷美恵子の本

 旧暦11月25日。
 小寒。また寒い。朝から寒かった。あまりにも寒くて昨夜自転車が辛かったのに懲りて、今年もやっぱり冬の間は電車通勤にします。。。なんだけど、私って短気なんでしょうか、電車の中でムッとすること多し。今一番気になって仕方がないのは、電車の中での携帯電話のメールを打つ音。電車に乗ると、降りるまでただひたすらキーを打ち続けるあの音。ペタペタペタペタペタペタタタタペタペタ・・・・あれを満員電車の耳元でやられるとすんごくイライラしてしまうのは私だけ?音楽でもないし人の声でもないんだけど、携帯電話のキーを打つ音って、異様に車内に響きませんか?朝電車に乗るとたいてい同じ位置に立つ若い女性が、何駅も何駅も通り過ぎる間中、ずーっと半ばヒステリックにひたすら携帯を打っている。シーンとした朝の車内に、彼女の携帯の音だけが響くのです。あーあ。なんで私こんなに苛つくんだろ。心が狭いのかしらん。

 帰宅途中に神保町に寄って、岩浪ブックセンターと東京堂書店と三省堂書店をハシゴ。これでようやっと、年末年始自宅に閉じこもりっぱなしだったために溜まったフラストレーションを解消。最近毎月購入している『東京かわら版』の1月号を買う。小さな冊子なのですが、東京で行われる寄席情報が満載、落語に関するコラムも面白いので、落語にはまりつつある私の1ヶ月は、これがないと始まらないのです。まだ寄席には1回しか行ったことないのですが、ぱらぱらめくりながら、どこ行きたいあそこがいいなどと計画だけでも立てるのが楽しかったりして。今年は寄席通いもマイテーマです。
 もう1冊、みすず書房から刊行中の「神谷美恵子コレクション」の1冊目、『生きがいについて』を購入。書名がいかにも、というのが好きではなかったのですが、医師として教師として作家として妻、母として、またハンセン病の人達との交流や、自らの病を通して、深い思索や苦悩を重ね書き綴られた神谷美恵子という1人の人間の精神の結晶体であるかと思うと、やはり読みたくて読みたくて仕方がない。神谷美恵子という人は一体どんな人だったのか、どんなことを考えながら日々生きた人だったのか、無性に知りたい。こんなにも読みたいということは、私の中に、この人の書いたものによって満たされることができるようなある種の渇望があるんだと思う。
 みすず書房から出ているこの神谷美恵子コレクションは、昨年の10月からの開始。今月3冊目が出るようです。みすず書房の出す本はかなり好き。


2005年01月04日(火) 『暮しの手帖』って好きだな。

 旧暦11月24日。
 寒い寒い。
 今朝起きたらやっぱり足は痛かった。ぼわんぼわん、という感じだったのですが、天気も良いことだし、歩くよりペダル漕ぐほうが楽、と判断して、自転車通勤を選ぶ。が、病み上がり&正月太り&運動不足&捻挫&根性なし等々の理由から、途中で息切れ、体力の限界を感じ・・・初っぱなから遅刻してしまった。嗚呼、新年早々、これはいかん。今年は早め出社を心がけるつもりだったのに。と、口で言うのは簡単なんですが。ほんとにいかん。反省。
 帰り。寒かった。風が強いのなんのって。「さむーさむー」と風に向かって漕ぎました。途中我慢が出来なくなって(なんの我慢だか)、通り道にある本屋3軒をハシゴ。雑誌『暮しの手帖』を買うか買うまいか迷う。掃除の特集なんだけど、これ、年末に買おうと思ったんだけど、すっかり忘れてた。うーん、悩む。『暮しの手帖』は母のずっと昔からの愛読雑誌で、幼児の頃には藤代清治の独特の美しい影絵のついたお話を、母が夜寝る前にしょっちゅう枕元で朗読してくれた。
 ついでに言うと、学生時代の同級生に、祖母が住井すゑで叔母が増田れい子という人がいて、住井すゑと言えば『橋のない川』の作家だし、『暮しの手帳』と言えば増田れい子を抜きには語れない雑誌だったので、凄い羨ましい環境だなあ、と素直に恐れ入った。
 『暮しの手帖』は、東京でひとり暮らしをするようになってから2〜3度くらいしか購入していない。帰省すれば実家にあるので、こちらでは買うまでもないかな、と思って。でも、時々無性に読みたくなる。年に2回の帰省まで待てなくなる。特に、どころかぜんぜん流行の話題は載っていないし、商品テストとか、生活者から見た社会問題とか、料理とか、手作りとか、音楽、本、エッセイ・・・そういうテーマを、『暮しの手帖』ならではの視点、切り口、ムードで取り上げているのですが、そこが好き。あと、写真が。ちょっと暗めのレトロな感じの写真がいいなと思う。料理でもなんでも。わざとらしくない写真。作りすぎない写真がとても心地よい感じ。
 最近、以前よりぐっとお洒落になった気もする誌面。ちょっと若い世代も意識しているのかなあ。それとも、読む側の私が『暮しの手帖』世代(?)になったんだろうか。ともかく、今、再注目の『暮しの手帖』なのであります。
 本屋の女性誌コーナーではとても地味〜な存在の雑誌なのですが、中身はお番茶飲みながら楽しんでページをめくりたくなるような、ウキウキするような、暖かくなるような、そんな記事が詰まってると思います。
 なんか宣伝みたいになっちゃったなあ(笑)
 でもでも、長く続く雑誌には長く続くワケがあるのですねきっと。
 で。今日しっかり買って帰ってきましたよ。


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