あたろーの日記
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2004年12月15日(水) 狐の行列

 旧暦11月4日。
 大晦日に。王子・狐の行列というイベントがあるそうで、最近地下鉄のホームなどにポスターが貼ってあるのをよく見かけては、立ち止まって見入ってます。いいな。面白そう。大晦日の夜に、みんなで狐のお化粧をして、狐になったつもりで練り歩くなんて。考えただけでもわくわくする。なんだか不思議なことが起こりそうだ。いつの間にか、人間じゃなくて、ほんものの狐が人間に化けて、紛れ込んでたり、と。あー絶対面白い。行きたい行きたい、でも、大晦日にはとっくに新潟に帰省しているので、無理です。残念。
 今年の春、飛鳥山に花見に行ったとき、北区飛鳥山博物館で「狐火幻影」という王子の狐にちなんだ特別展をやっており、それを見てから私の中では静かに狐ブームになっています。あと、眠くなり最後まで見てはいないけど、黒澤明監督の映画「夢」の中のエピソードのひとつに、男の子が林の中で狐の嫁入り行列に遭遇するという話があって、あれは結構印象に残った。
 さらに、またまた昔住んでた土地の話で恐縮ですが、子供の頃、転校ばかりしていたのですが、その中に、新潟県の福島県境にある、津川町という山間の町に住んでたこともあり(麒麟山酒造のある町です)、そこでは狐の嫁入り行列という祭りが恒例になっています。ただ、私が住んでいた当時はまだなかった祭りなのです。見たことないのでちょっと残念。いつぞや実家に帰ったとき、家族が「津川の狐の嫁入り行列はいいよ」と言っていたのを聞き、なにそれ?と、初めて知りました。
 昔住んでた土地と、今住んでる土地(王子まで自転車でちょちょいのちょいの距離なので)が、狐の行列つながりです。そういうこともあり、狐ブームなのです。
 王子のも津川のも、ここ数年始まった祭りだそうですが、こういう祭りを考え出す人達のセンスの良さに感激してしまう。それが現代人の感覚で、というのが凄いと思う。だって、狐が人間の世界のすぐ隣にいて、いろんな幻想的なイメージを喚起させてくれた時代っていうのは、江戸やそれ以前の時代、要するに、夜は真っ暗闇の世界ですよね。今みたいに明るい夜からは想像できないような暗い世界、せいぜい行灯の薄ぼんやりした灯りの中で、人間の世界とそうでない世界が隣り合って、あるいは一緒にまぜこぜになってた頃のことですよね。よく、妖怪がいなくなったのは、現代の夜があまりにも明るすぎるからだ、と言われますが、狐の行列も、まさに、明るすぎる夜と、人間の領域が狐の領域を侵害してしまったから、見ることが出来なくなったんですよね、きっと。
 そういう、真っ暗闇だった昔の夜、夜に畏怖を感じていた昔の人達の「精神世界」みたいなのを引き継ぐような祭りを現代人が生み出すっていうのは、結構重要なことなんじゃないかな、という気がするのです。闇の中で狐の行列という幻想を見ながら、きっと誰の心にも、人間以外のものに対する畏怖や親しみの想いがわき起こるんじゃないかと思うんですが、人間に不可能はないと錯覚してしまう今の時代だからこそ、忘れちゃいけない何かがうごめいているような祭りって大切な気がするんですよね。。
 あー、見たいなー、狐の行列。


2004年12月14日(火) 時代劇印象に残る場面

 旧暦11月3日。
 赤穂浪士吉良邸討ち入りの日。なんだけど、テレビで忠臣蔵どこもやってないね。なんで。やってよ。やってもどうせ携帯電話のテレビで見るんだけど。でも討ち入りの場面見たい。日本人は忠臣蔵が好きだ。お決まりの場面が好きだ。
 
 というわけで、時代劇のお決まりの場面なんだけど何度見ても、演じる人が違っても、ついつい見入ってしまう、その場面になるのを待ちかまえてしまう、というのを思いつく限り書きませう。
 ○赤穂浪士討ち入りの場面(特に吉良上野介を炭小屋にて発見!場面)
 ○水戸黄門印籠「これが目に入らぬか」場面
 ○本能寺の変で織田信長が炎の中で絶命する場面
 ○坂本龍馬暗殺の「俺は脳をやられた・・・」と言う場面
 ○義経を守りながら武蔵坊弁慶が矢を打ち込まれて立ったまま絶命する場面
 ○遠山の金さんの花吹雪場面
 ○「猿」と呼ばれていた頃の秀吉が信長の草履を暖めて気に入られる場面
 
 あとなにがあったっけ。。
 えーと、あ、そうそう。

 ○忠臣蔵の「殿中でござるぞ!」の場面
 ○弁慶と牛若丸(義経)が五条の橋の上で出会った場面
 ○白虎隊が飯盛山で勘違いから悲劇の自刃の場面
 ○川中島での謙信と信玄一騎打ちの場面

 史実に即してるかはともかく(^^)まだまだ沢山ありそうですが。。。思いつかない。。
 ごくごく個人的に、深く印象に残っている時代劇の名場面は。
 ●NHK大河ドラマ「独眼竜正宗」で、正宗のお父さんが策略によって河原で正宗の目の前で刺し殺されるところ。渡辺謙の演技は絶品だった。あれは泣かせます。
 ●同じく「独眼竜正宗」での名台詞。「梵天丸も、かくありたい」
 ●同じくNHK大河ドラマ「武田信玄」の、柴田恭兵が演じた上杉謙信。
中井貴一の信玄もよかったけど、柴田恭兵の謙信の存在感は凄かった。ぞくぞくした。なんか謎めいていて不気味な感じが良かった。ちなみに子供の頃一時期、謙信の居城である春日山城のそばに住んでいたことがあるので、応援するなら絶対謙信です。

 来年の大河ドラマはタッキーの義経かぁ。
 何年か前にも大河ドラマで(あれも忠臣蔵でしたね)結構はまり役だったので、期待しよう。最初見て、面白そうだったら毎週見よう。
 ・・・テレビ画面小さいけど。
 


2004年12月13日(月) 再びマニュアル一眼レフの時代だと勝手に思っています。

 旧暦11月2日。
 実は帰省間際に懸命になって先祖のことを調べているのは、実家の父のご機嫌を取って、ちょいと譲って貰おうとしているものがあるのでござんす。そんな魂胆もあって、慌てているのです。はは。
 単焦点レンズ。が、欲しいのです。愛用のNikonFM2のために。父はオヤジのくせにカメラ小僧で結構カメラを持っているので、レンズひとつ位たまにはねだってみようと思うのであります。実は、今使っているFM2も、10年位前に、初めて自分で買ったNikonのF601をぶっ壊してしまい、修理不可能とメーカーさんに言われて落ち込んでいたところ、オヤジがくれたもんなのです。F601がオートフォーカスだったので、マニュアル機のFM2を貰ったときは、正直言って、「またマニュアルかぁ・・・」と思ったのです。F601を買う前に、やっぱり父がずっと前に使っていたNikonのニコマート(マニュアル機)を借りていたこともあり。・・・父曰く、「マニュアル機で写真の基礎を身体で覚えろ」とのことで、その当時は、そんなこと言われても、やっぱり時代の趨勢はもうマニュアルじゃないのよ、なんて思っていました。で、昔は、綺麗な写真、写真集みたいな写真を撮りたい、って、そういう想いでカメラ構えてました。
 それからしばらく、あんまりカメラ触らない時期もあって、次に携帯電話にカメラがついてそっちのほうがお手軽なので、お手軽に画像を残せるってことにばかり気が行って、さらには2年位前にはデジカメも購入したので、カメラと言えばデジカメ、みたいに自分も思っちゃって、写真を撮る=記録に残す、ってな意味合いにしか捉えられなくなっている自分が出来上がっていました。
 でも、最近、久しぶりにFM2を出して、カビてないかとかチェックしながら掃除してたら、あの、カシャ、っていうシャッター音に急に懐かしさと愛しさを感じてしまい、しばらく遊んでました。フィルム装填からシャッター速度や絞りを調節して、ピント合わせまで、何から何まで手動のもどかしさが、妙に楽しく思えてきてしまったのは何故だろう?今時、なんでも自動になって、便利になった筈なのに、無骨な手動のカメラに惹かれるのはおかしいですね(笑)。
 もしかしたら、マニュアル一眼レフは、オートフォーカスの一眼レフや、デジタル一眼レフや、携帯電話のカメラや他のデジカメとは次元の違う所に魅力を持っているのかもしれないです。
 一眼レフカメラを始めた頃は、どうにかして綺麗な写真を撮ろうとばかり気が急いていたのですが、今は、そうじゃなくて、もっとゆったりした気分で、カメラとの会話を楽しみながらファインダーを覗いていたいなあ、っていう感じです。
 こんど時間が出来たら、FM2ぶら下げて、路地裏散歩にでも行きたいな。野良猫訪問。
 
 


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