あたろーの日記
DiaryINDEXpastwill


2004年12月06日(月) ちょっとずつでも。

 旧暦10月25日。
 昨日あんなに暑かったのに、今日は寒い。強風は午後まで続いた。
 自分のことについて落ち込みつつ、でもあんまり見下したって仕方ないんだから、続けるべきことをこつこつとやるしかないんだから、との結論に至り、自身を励ます。1日のうちで自分が少しでも夢中になり満足できる時間を過ごせたか。それが大切なのかもしれない。結果はあとからついてくるもので、今から先々の心配をしても仕方がないのかも。
 と言うものの、その日を振り返って、充足感が得られることの少ないこと。気がつくと今年も終わりに近づいている。
 でも、今の自分に満足していないけれども、失望もしていない。とにかく、昨日より今日、今日より明日、一歩ずつでも進むべし。


2004年12月05日(日) 乙川優三郎『かずら野』

 旧暦10月24日。
 明け方近くまで雨が降っていたような、おぼろに布団の中でそんな風に記憶しているのですが、起きたら青空が広がり始めていた。ただ、風は強くて、日記を書いている今、夜8時半でも、時々窓を打つような勢い。それにしても、日中気温が25度近くとは異状だ。部屋の中にいて、朝はセーターにフリースジャケット+ハロゲンヒーターだったのに、次第に熱くなり、フリース脱いで、ヒーター止めて、ついにはセーターも靴下も脱いでTシャツになった。一体何なの!?
 自分のサイトを久々にいじる。日記以外ぜんぜん手つかずだったので。といっても、大して変化がありません。。何故かシンプルな気分になったので(?)トップページをただ単に真っ白にしたのと、本棚のページを設けたのですが、今のところ何も中身を入れてません。ぼちぼち。。
 午前中パソコンをちょっといじって、あとは電源消して、アナログ生活。『かずら野』(乙川優三郎・幻冬舎文庫)を読んだ。夢中になってしまい、最後まで一気に読んでしまった。乙川氏は女性をしっかり書き込んでいると思いました。でも、女性だけでなく、男性の作中人物に対しても、深い愛情を持って書いているのだなあ、と感じます。どうしようもない人生、手のつけられない男、過酷な試練に耐えて、ある時は立ち向かう女、何もかもに、深い愛情を注ぎながら、筆を進めていったのが『かずら野』という作品なのだと、読んでいて思いました。
 乙川氏の文章には、独特のきめ細やかさ、感受性の豊かさが現れているように思えます。藤沢周平や山本周五郎など、私の好きな他の時代小説家にはないものが、この人の描く世界にはあるような気がします。


2004年12月04日(土) はじめての寄席

 旧暦10月23日。
 友人と御徒町の鈴本演芸場に行きました。(ちなみに写真に写っている人は無関係です)寄席、初めての経験です。
 最近落語にはまっていて、ラジオやネット、それから落語好きの知人に借りたカセットテープで聴いているのですが、実際に高座の噺家さんを間近で見るのは初めて。しかも12時半開演の16時過ぎまでの長丁場。何人もの噺家さんが入れ替わり立ち替わり、加えて漫才や曲芸、マジックなどの色ものも入るので、見応え十分、当然前夜は興奮してなかなか寝つけなかったです。
 同じく寄席初体験の友人と鈴本入り口で待ち合わせて中に入る。客の入りは最初さほどでなく、前の座席からぽろぽろと埋まっていくような感じでした。けれども、次第に増えて、最終的には満席になっていたのには少し驚きました。
 さて、寄席初めて二人組、座席で飲食OKなのを良いことに、それぞれお弁当とお菓子を買い込んで乗り込んできました。私は巣鴨で稲荷とかんぴょう巻の助六弁当と、塩大福、人形焼、彼女はバームクーヘンやおかき。遠足おやつの如く持ち寄ったお菓子を分け合い、最初から最後まで、ずーっと、ひたすら、食べていた。食べながら笑い、時には居眠りをし、寄席の魅力を余すことなく堪能した土曜の午後。堪能したのは舌のほう・・・いや、耳のほうでありますが。・・・周囲のお客さん達もお弁当やらビールやらチョコレートやら、持ち込んで食べながら聴いてはいましたが、最初から最後までひたすら口に運んでおりましたのは、私たちだけでしたろう。しかも前方真ん中の席で(笑)
 えっと、肝心の内容のほうです。古今亭菊丸「ふぐ鍋」、柳家喜多八「小言念仏」(これが一番面白かった)、三遊亭金馬「しわい屋」、古今亭志ん輔「野ざらし」、柳家三語楼「肥瓶」、などなど。
 一度どこかで聴いたことのある噺でも、噺家さんによって当然面白さが違うところが落語の魅力のひとつなんでしょうか。ラジオなどの音声のみと違って、高座の噺家さんの仕草や表情を一緒に見ることが出来るというのも大きいです。
 寄席通いが始まりそうです。。


あたろー |HomePage