あたろーの日記
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2004年11月21日(日) 猫はステキ。

 旧暦10月10日。
 アパート前の民家の屋根は、近所の野良猫達の格好の遊び場&くつろぎ場になっていて、私の机は窓際に置いてあるので、椅子に座ると開いた窓からちょうど彼らの姿がよーく見えます。
 天気の良い日はたいてい朝早くから屋根の上に何匹かいます。2〜3ヶ月前から見かけるようになった子猫3匹はじゃれあったり、ひなたぼっこしたり、ちょっと寒い日は身体を寄せ合って丸くなって寝てたり、たいてい母猫が屋根の上に一緒にいて、彼らを少し離れた位置から見守っています。可愛いんだこれが。ちょこちょこちょこっと屋根の上をはね回って、私の視界の中を行ったり来たり。「わ」とか「にゃー」とかちょっと声を立てるだけで、ぴた、と動きが止まって、声のしたほう、つまり私のほうをじーっと凝視するんですが、もうこうなるとこっちは嬉しくって、もっと構いたい(というか、構ってもらいたい)・・・のですけど、相手の方が忙しいので、いちいち相手してらんねえや、みたいな感じでまたひょいっともとの遊びに戻ってしまうもんですから、ちょっと寂しいです。彼らの身体が日に日に大きくなっていくのが嬉しいような、ちょっくらつまんないような気がします。ずっと愛くるしい子猫のまんまでいてくれると、こっちは楽しいのになあ、なんて思ったりして。
 窓際で向かいの屋根をボケーッと眺めてると、突如視界にのっそりと巨大猫が現れたりもします。この界隈のたぶん、ボス猫。見てるこっちが慌ててしまいます。案の定、すぐ後に、母親猫の凄いうなり声。子猫たちは母猫にぴったりくっついて、固まってる。・・・まあ、ボス猫としてはどうやらいじめに来たわけではなく、ただのお散歩、というか、縄張りの見回りみたいなものらしいので、親子にちょっかい出すことはあまりないようです。・・というか、このボス猫の毛の模様と、子猫たちのそれが同じなんだけど。もっと言うと、子猫たちが屋根の上を占領する前は、このボス猫がいつも屋根の上でごろごろしてたんだけどなあ。
 お向かいの家は、屋根ばかりでなく塀や庭にも、子猫一家の他に野良猫達がうろうろしていて、毎日必ず喧嘩声が聞こえます。凄いんだこれが。ウーとかフーとか、フオーとかギャーとかグオーとか。何十分、いや1時間以上睨み合う時もあるようで。ありゃ凄いエネルギーですね。で、睨み合い、唸り合ったあと、どちらかが意を決して相手方に飛びかかる。ウギャッ。バウバウバウッ。ギャギャウッ。・・・うひょー、ついに取っ組み合いっすか。。。と、机に座って聞いてる(否が応でも耳に入ってくるもんで)私です。
 近所で私に一番なついてくれている飼い猫(たぶんアメショーの血が混じっている、グレーの毛のくりっとした目)は、また一段と太った。というのも、彼?彼女?(太ってて局部の判別がつかない)はこの2〜3ヶ月、あんまり外を出歩かなかったらしいのだ。私が夜帰宅する時はいつも近所の車庫や車の上にいて、私も声をかけて撫でたりしてたのに、最近とんと姿を見かけない、と思ったら、先日ぶくぶくに太った身体を持て余しながらてくてく歩いていた。あっ、と思ったら、通りかかったこれまた近所のお兄ちゃんに、「スー、おまえまた太ったんじゃないのかっ」と叱られていたので、笑ってしまいました。
 ああ、猫と一緒に暮らしたいです。。。


2004年11月20日(土) 日展

 旧暦10月9日。
 招待券を戴いたので、東京都美術館で開催されている日展へ行ってきた。巣鴨からバスで千駄木まで行き、そこから上野の森へ向かうつもりが、ついでに、と、往来堂書店とか古書桃李とかにふらふら寄り道しているうちに、午後もいい時間になってしまい、慌てて早歩きで善光寺坂を上り、芸大側から東京都美術館へ向かう。この、JR上野駅から電車を降りて美術館に行くよりも格段に「通」っぽいルートがなかなか良かったりするのだ。へへ。単純な奴。お寺や古いお店も多く、なかなか趣がある界隈なので。もっとゆっくり散策したい地域。
 
 日展、混んでました、さすがに。しっかし、それにしても・・・圧倒されます。凄いなあ。日本にはあんな凄い絵を描く人達がほんとうに沢山いるんだなあ。主に日本画と洋画を見て回りましたが、なにせ作品の数が多いので、時間が足りませんでした。どれも力作で、とにかく圧倒される。画家1人1人の世界が、色彩と構図を通して観る側に訴えてくる。その連続。洋画も良かったのですが、私は特に日本画がいいと思いました。・・私も水彩と油彩をやっているのですが、なにせ、人様に見せられるような代物じゃあありません。基礎もなにもなってないし。だけど、展覧会に行くと、絵心を刺激されて、わくわくしてきます。
 それから、多くの日本人画家の作品展だけに、こちらの心の片隅に眠っている、かつて見た懐かしい風景や、または日頃表に出てこない心象風景など、その絵にぐいぐい引き寄せられずにはいられないような力を持った絵も多く、会場を歩きながら、心が洗われるというか、揺さぶられるような、そんな気がしました。
 展示してある絵の絵葉書も売っていたので、特に気に入ったものを数枚購入して、閉館時間になったので外へ。
 今度は暗くなったので電車で帰ろうと明るい上野駅に向かって歩いていたら、西洋美術館の少し手前の上野公園内で、若いマジシャンの男性が簡易ライトとラジカセで即席ステージを作りながら客寄せしていたので、興味津々で立ち止まる。と、何かが始まるんだとわくわくしながら駅へ向かっていた家族連れもぞくぞく集まってきた。上野の美術館博物館も5時の閉館で出てきてあとは駅に向かって歩くだけだから、みんな電車に乗る前にまだちょっと楽しい思いしたいんだよね。私も。
 マジシャンのお兄さん、言葉巧みに道行く人々を引き寄せて、いつの間にか彼の周りに半円の人垣が出来た。私は最初の方に立ち止まったので人垣の中でも前方の見やすい位置にしゃがんだ。面白いことを次々言ってみんなを笑わせながら、同時に手は目にも止まらぬ早業で、ステッキを空中から出したり、口からトランプを次々吐き出したり、タダ者ではない芸人にみんな大喜び。
 ところが。
 マジックが始まってまだ5分もしないうちに、公園管理事務所の人が3人ほど来て、マジシャンのお兄さんの傍らに立ち、やめるように言った。お兄さん、納得いかない様子だったけど、管理人は早くやめるように促している。えーっ。ちょっと酷くない?なんでー。そんな声が人垣のあちこちから聞こえてくる。私も同感。だって、公園でしょ?別にみんなに迷惑かけてるわけじゃない。道路でやってるわけじゃないよ。それに、もう観客は60人くらいになってる。動物園などから出てきた親子連れも多く、みんなわくわくしながらお兄さんの手品を見てたんだよ。だけど、管理事務所のおじさん達はそんなことお構いなし。公園の規則かあるんだろうけど、とにかく自分の職務に忠実というか、融通が利かない。マジシャンのお兄さんが「・・・じゃあこれが最後のマジックになります」と、無念そうに言いながら3つめの出し物。1本のスプーンが2本に。その間にも管理事務所の人達は、さっさと終えろ、みたいにつついている。マジックが終わった時、ギャラリーからはとても大きな拍手がわき起こった。お兄さんのマジックが凄かったからというより(だってまだ3つしかやってなかったからね)、管理事務所の仕打ちに対する非難の意味も込めて、お兄さんにエールを送った、そんな拍手だった。ほんとに大きな拍手だったので、お兄さんもびっくりしてたし、管理事務所の人達も居心地悪そうだったし、みんなと一緒に拍手した私自身もびっくりした。みんな同じこと考えてたんだと、ちょっと嬉しくなった。人垣から少し離れた場所で見ていたホームレスのおじさんが、管理事務所の人を、「なんでやめさせたんだよゥ〜」と、酔っぱらってろれつの回らない舌で叱っていた。
 路上の無名芸人を保護するのだって、文化活動だと思うんですけどね。
 上野の森も、もっと自由な芸術的雰囲気を作るべきでは。


2004年11月19日(金) 『淳』と『「少年A」この子を生んで・・・』を読んで。

 旧暦10月8日。
 眼の調子がだいぶよくなってきました。視力は相変わらず弱ってますが、眼球周りの痛みとか、疲労感はだいぶ軽減されて、今日は気がついたら頭痛が消えていました。首や肩のコリは慢性だから仕方ないけど、それでも楽になったような気が。。
 今週コンビニで買って飲み始めたサプリが予想以上に効いているみたいです。何を飲んでるかといいますと。。
 セブンイレブンで買ったファンケルの「ブルーベリー」と「記憶サポート」(いちょう葉&DNA、キャバ、ホスファチジルセリン)というサプリメントです。あとは、この1〜2ヶ月ほど飲むのをサボっていたキヨーレオピン
 それと、時々カイロを瞼に当てて、眼の周りの血行をよくしたり。それから銭湯の熱い湯船に首までしっかり浸かって(ほんとは眼まで浸かりたいんだけど)。
 これだけなんですけど、とても体調がよくなりました!どうせコンビニサプリじゃ良くならないだろうから、漢方薬局でも行こうかなと思ってたんですが、当分これで行こう。

 夜通っている大学の授業で、先生が、1997年に起きた「神戸連続児童殺傷事件」をテーマとして取り上げられたのを機に、『淳』(土師守著・新潮文庫)と『「少年A」この子を生んで・・・』(「少年A」の父母著・文春文庫)を読んだ。
 土師さんは被害者淳君の父親。かたや加害者「少年A」の」両親。それぞれの手記。あれだけ日本中を衝撃させた事件なのに、その後出されたこれらの本に目を通していなかったのは恥ずかしい気持ち。読むきっかけをくださった先生に感謝です。
 双方の手記、読み始めるとどちらも止まらず、一気に読み進んでしまいます。おそらく、被害者の親、加害者の親、その両方の心情に深い共感を覚えるからでは。どちらも読むのは辛い、特に、『淳』の中の、行方不明だった淳君が異常な状態で発見され、父親である守さんが警察官に導かれて確認に赴くところ。。その後淳君の死を受け入れることが出来ず、ふとした拍子に面影を追ってしまうところ。。そして、顔見知りの「少年A」が逮捕されたと知ったときの、「この国ではA少年が罪に応じた罰を受けることはない」というむなしい気持ち。さらに犯人逮捕後も、少年Aの両親からは謝罪の意思表示がなにもないことに不信感を募らせていく様子や少年法についての実体験を踏まえた訴えを、正直に、冷静に、けれども大切な淳君を失った辛さに突き動かされるように書き進めてあります。
 『淳』を読むと、少年Aの両親に対する怒りがわき起こってくる。何度もマスコミ報道で言われていたけれど、当時、確かに犯人の両親が謝罪しようと必死になった様子は伺えなかった。けれども、『「少年A」この子を生んで・・・』を読んでいくと、やはり、この両親にも共感してしまう。土師さん一家と同様、子供に愛情を注いで育ててきた少年Aの両親。よかれと思って行ってきたしつけ、子育ての一場面一場面が、その後、間違っていたんだろうか、と、思い起こされる時の愕然とした気持ち。自分たちの産んだ息子なのに、全く知らない部分手の届かない部分がある、けれどもはやり、彼を産んだのはまぎれもなく自分たちで、彼の親は自分たちしかいないのだ、彼とともに一生罪を背負っていかねばならない、という悲痛な決心。そこに行き着くまで、息子が突然逮捕され、奈落の底に落ちたような気持ちと、少年Aの二人の弟達を含め、一家を守っていかねばない必死な逃避生活。読んでいて、この両親の手記・・・、被害者への謝罪の思いよりも、まず、息子が何故あんな酷い事件を起こしたのか信じられない、という衝撃と、とにかく一家が世間から身を隠すことに必死で、被害者(亡くなった淳君や彩花ちゃん、また少年Aが起こした他の通り魔事件の被害者達)への謝罪は気がついたら後回しになってしまったんだな、そして、謝罪しなければと思った時には自分たちの弱さが出てしまい、被害者の家族へコンタクトを取ることにも臆病になってしまったのだと、読んでいて納得しました。
 少年法はその後改正されましたが。。そして、少年Aは、今春、関東医療少年院から仮退院。今はもう21歳の青年です。その際の両親の長い手記が掲載された新聞のコピーが、今日の授業で資料として配られました。春、それが掲載された当時も読んだのですが、その時と今では、私の感想は変わったか・・・少し変わったような気がしないでもないですが、やはり、被害者の側に立つと、むなしさのほうが強いです。加害者の両親の謝罪の気持ち、罪をこれから一生かけて、息子とともに償っていきたいという思いは、誠実な気持ちであると理解できます。それと、息子が立ち直っていくその様子を綴ってある、これからも成長していく息子を見守りたいということも綴ってある。けれども・・・加害者はこの先変化し、成長し、辛いことも苦しいことも沢山あるだろうけれど、時には笑ったり嬉しかったり、何かに感動したりする経験を得ることが出来る。両親もそれを共有する楽しみがある。少なくとも、息子のこれからを見ることができる。
 だけど、被害者の親には、その機会は永遠に閉ざされているんですよね。
 辛いこと苦しいこと、人生の苦悩含め、一方では楽しいこと嬉しいこと沢山あるだろうし、子供が1人の人間として様々なことを考え、行動し、生きていく、その、人として当たり前の人生が、もうどうあがいたって戻ってこない。殺された年齢のまま、ストップしてしまっている。。
 加害者の両親の手記を読み、罪を犯した息子のこれからを見守っていきたい、という意味の文が出てくるたびに、被害者はこの世にいないけれど、加害者は生きている、それぞれの親にとって、どんな子供であれ、生きていると生きていないとではどちらが幸不幸か。。。そんなことを考えてしまいます。。
 だからといって、少年であった加害者が死刑になればよかった、なんて思っているわけではありません。彼がこれから歩いていく先、どんな辛いことが待っているだろうか、自分の罪の深さが深いままに、ずっと背負っていかねばならない人生、どうか自分が奪った命の分まで、大切に、思慮深く生きて欲しいと思います。。。
 授業で先生もおっしゃってましたが、本当に答えの出ない、難しい問題だと思います。

 奈良で小学生の女の子が誘拐され殺害された事件。一刻も早く犯人が捕まることを願うばかりです。どうしてこんな卑劣なことができるのか。。
 けれど、犯人が逮捕されても、殺された女の子はもう戻ってこないんですよね。ご両親の喪失感はこの先ずっと続くのだと思うと、気の毒でなりません。今、被害者のご両親がどんな心境でいるか。。。どんなに心情を思いやっても、当事者にしか分からない深い苦しみ、悲しさ。
 『淳』にも、連日被害者家族を容赦ないマスコミ攻勢が囲み、淳君を失った辛さと、同時に被害者の心情を察しないマスコミ陣からの心的な被害の拡大が書かれていましたが、奈良の事件ではそのようなことがないようにして欲しいと思います。犯罪被害者家族への取材は、どこかが代表して行うにとどめるとか、出来る限り最低限に、プライバシーや環境を尊重して行って欲しいです。


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