あたろーの日記
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| 2004年10月18日(月) |
イラク戦争の現実は伝えられているんだろうか? |
旧暦9月5日。 また台風なんだ、しかも2個続けて?「トカゲ」って名前は可愛いけど、超大型らしい。このところ、ちゃんと自転車通勤できなくて、つまらない。体力もかなり落ちてるし。身体すごく重くなったぞ。やばい。
アメリカのイラク攻撃が始まった直後に人間の楯としてイラクに行き、その後も取材のために何度か現地に滞在したジャーナリストの志葉玲さんのホームページは、大手マスコミのニュースなどよりもはるかに現実に近い情報を与えてくれるし、いろいろ考えさせてくれるので、ちょくちょく見に行きますジャーナリスト志葉玲のホームページ・シバレイオンラインこと戦争をめぐる情報となると、100%正しい情報だけを流す情報源なんてありえない、と思うので、その情報の出所がどいう立場にいるのかどうかを常に念頭に置きながらチェックして見聞きしなきゃいけない、と思います。それも踏まえて、この志葉さんのサイトも読んでいるのですが、いつも、私たちが知らなくてはならない筈のことを、大手新聞やマスコミが教えてくれない、そういう大切なことを、若い感性を持ったジャーナリストの視点で捉えて、私たちに伝えてくれている、と思います。特にブログには、もっと多くの人が読むべき大切な情報が書かれていると思います。 「人質作戦のレクチャー」を読んでなるほど、と思いました。イラクで反米武装勢力(とは限らない例外もあるような気がします)が外国人を人質に取って、次々と殺害していく、これはとうてい許されることではないけれど、イラクでは米軍が、反米武装勢力のメンバーの家族である女性達を拘束し、性的虐待を行っている、という側面は、日本のマスコミではほとんど無視されています。反米武装勢力が外国人を誘拐し、殺害をほのめかすと、各国のマスコミが大々的に報じて誘拐した側を非難するけれど、実はアメリカもイラクの人達に対して同じようなことを行っているのだということは忘れられているどころか、現地の人達以外は知ろうとしない。例えばある日突然よその国の兵士達が自分の家族を連れ去って、虐待や尋問を繰り返したとしたら、自分たちと同じ立場の人達が外国人を誘拐して殺害したとしても、「当然だ、目には目を、歯には歯をだ」としか思えないんじゃないか。 米軍によるイラク女性虐待のことも、劣化ウランの被害のことも、米軍の誤爆によって殺されたり怪我をしたりした子供達のことも、マスコミは伝えようとしない。なんか、このごろ、どのニュース見ても、どの新聞見ても、イラクで行われている戦争(戦争はまだ終わっていない)なのに、イラクの人達はマスコミの流す情報の中にはいなくて、どこかに置き去りにされているような気がします。 一番辛い立場にいる人達の姿を伝えようとしないメディアって、なんの役に立つんだろう?って、凄く疑問に思います。
旧暦9月4日。 東京は1ヶ月ぶりの晴れの日曜日だったそうです。 朝起きて、窓いっぱいに広がる青空に大コーフン。早速飛び起き、布団を干して、青空に見とれながら朝のコーヒー。向かいの屋根で、子猫たちがじゃれ合っている。部屋の中から大きなアクションとニャーニャーの鳴き声とで、なんとか彼らの気を引こうとする。「ん?」と、動きを止めてこちらを凝視したのは、親猫のほう。警戒心が強くなっているようです。子猫触りたいよぅ〜。 いてもたっても居られなくて、昼前には布団を引っ込めて、さっさと外出。池袋の「キンカ堂」へ。あ、その前に、「キンカ堂」そばの「ラーメン花月」に寄ってしまった。西荻窪に住んでいたときたまに食べに行ったあのにんにくとんこつラーメンを食べたくなって、つい。。。で、日曜の昼間だというに、あそこは頼めばニンニクを丸ごと3個、絞り器と一緒に無料でつけてくれるので、それもつい。。。おかげであとの買い物中、なるべく人と話さないように、心がけていました。 「キンカ堂」は生地とか毛糸とか手芸用品の大型店です。以前荻窪の駅前にもあったんだけど、なくなってしまった。だから、西荻窪住人の頃は、もっぱら隣の吉祥寺の「ユザワヤ」に買いに行ってました。「ユザワヤ」大好きだったんだけどな。手芸材料のほか、文具や絵画道具、書道用品も充実していたので、1日いても飽きませんでした。園芸コーナーもあったので、野菜の苗も買いに行ったなあ。・・・昨年転居してから遠くて足が向いてません。その代わり、池袋の「キンカ堂」に出かけていきます。といっても、ここ1〜2年位は、ほとんどまともに手芸してなかったなあ。せいぜい自宅用のイージーな巻きスカート作ったり、雑巾縫ったり、簾に細工(へんな飾りつけた)したりする程度でした。なんか、手作りすることにまで気が回らなかった、って感じ。 が、秋になったせいか、ここに来てムクムクと手作りしたくなってきました。毎年秋になると、編みたい縫いたい病が始まるんですが、昨年は引っ越したばかりでそれどころじゃなかった。よって、今年は昨年の分も爆発寸前です。・・・あ、いや、爆発したんですね。なので、今日、布と毛糸を買ってきました。 と書いてくると、日記を読まれた方は私がさぞ器用で、いろんなものを縫ったり編んだりするんだろう、と、お思い(え?思わない?)になるかと不安になるのですが、はっきり言って間違いです。私はもの凄い不器用なんです。スカート縫えば、裏は縫い目がガタガタ。セーターなんて、編み上げたことありません。身頃編んで行って、袖ぐりのあたりでパタと手が止まってそれっきり。せいぜいマフラーか帽子、膝掛けくらいしか編めません。加えて恐ろしいほどの面倒くさがり屋。なので、最近スカートはもっぱら型紙不要直線建ち直線縫いの巻きスカートなんですね。だいたい、作り方の本の通りに作るのが出来なくて、面倒な部分を自己流にすっぽかし、手を抜き、そんなことしてるうちにまともな作り方から外れていくのです。マフラーとか帽子っていうのは、あまりにも単純で外れようがないから出来るのです。 子供の頃、母が編み物や裁縫、刺繍をよくやっていたので、気がつくと母のそばで自分もちくちくなにか縫ったりしていました。その割りにはぜんぜん上達してないのですが。相変わらず自己流で、好き勝手やってます。でも、それなりに完成したときは凄く嬉しいし、作っている間も、いろいろ考え事したり夢中になったり、結構充実してるんですよね。 というわけで、今年の秋も、また懲りずにマフラーと帽子と巻きスカート作ります。 あ、今日は池袋に行ってしまったのですが、私の住んでいる所は日暮里の繊維問屋街にも近いんですよね。今度はそちらにも足を伸ばしてみます。「トマト」っていう、とっても安い生地屋さんがあるそうで、とても楽しみです。
旧暦9月3日。 小唄のお稽古に行く。いつも自宅で練習する時(と言ってもさぼりっぱなし)は、部屋の窓を閉めて、指の先で軽くつま弾いて音が大きくならないように三味線を弾いているので、周囲に音が漏れる心配のない場所で弾けるのは貴重なのです。 お稽古の合間の雑談で、着物の話に。 私は着物を自分で着ることが出来ません。たまに小唄の関係で着せて貰うことがあっても、もうなされるがまま、棒立ちお任せ状態。着物だって借り物です。しかも、滅多に着ないから、トイレも食事も座るのも一仕事。お師匠さんはじめ姉弟子さん達は自分で着ることが出来る上、粋な着物を何枚も持っていて、素敵だなあ、私もあんな風に着こなせたらなあ、なんて、いつも思って入るんですけど。。。 着物って、何代も受け継いでいくことができるんですよね。お師匠さん達を見ていると、「これは祖母の形見」「母の形見」「可愛がってくれた叔母さんの形見」とか言いながら、1枚1枚に、自分に繋がる大切な人達の思い出が込められているみたい。洋服だって大切に着れば、何代にも渡って引き継いでいくことは可能なんだろうけど、なかなかそうはいかない。流行というものも邪魔をするし。 私の実家にも、祖母が持っていた着物が少しあるらしくて、冠婚葬祭くらいにしか着物を着ない母なので、いつか私か妹がその着物を貰うことになるんだと思うけど、はてさて、そうすると、その着物達、もっともっと出番が少なくなります。 着物、もっと着てみたいな。今日見せて貰った着物の雑誌に、バティックなどアジアの布と日本の着物を組み合わせて着こなすなんてページもあった。合わせる帯で生きたり死んだりする着物の柄。はっとするほど引き締まって美しい日本の粋。せっかく日本に生まれたのに、日本人が着るようになってたかだか100年ちょっとしか経っていない洋服に身体を潜らせたまま、着物を知らずに生きるのは、なんと勿体ない話ではないか。 でも、着物を自分で着るとなると、着付教室とか行かなきゃならないのでは?と思っていたら、みんな、そんな教室なんかには通ったことはないそう。見よう見まねでやっているうちに、なんとか着れるようになったとのこと。お師匠さんも言う。そもそも、昔の人達は着付け教室なんかには行かないで、普通に毎日着ていたんだから、軽い気持ちで着てみればいいのよ、と。あれこれ失敗しながら、自然に楽しく覚えていけばいいらしいです。周りに着物好きな人達がいるなんてありがたい話。これを機に、着物にもっと親しもうと思います。
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