あたろーの日記
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旧暦8月2日。 小山市の幼い兄弟の事件だけど。。。 兄弟の父親の会見見て、殺された兄弟がつくづく気の毒に思えた。 貧乏も、両親が離婚するのも、仕方のないことだし、世の中には複雑で苦労の多い家庭が沢山ある。だけど、どういう状況になったって、子供にとって最後まで頼りになる、愛情を掛けてくれるのは親なんですよね。首から下だけ映った父親の会見を見ていると、あのお父さんならやる気さえあれば親子3人アパート借りて慎ましく暮らせる位の稼ぎは得られたんじゃないかと思った。そういう発想はなかったのかな。事情はいろいろあるかもしれないけど、だけど、記者会見の発言聞いていると、自分の都合の良いようにしか喋っていない。二人を殺した容疑者はもちろん悪いし許すことは出来ないけど、この父親もほとんど同罪ではないか、とまで思えてしまった。。。
旧暦8月1日。 栃木の事件。幼い兄弟の無事を祈る誰もが、もしかしたら二人はすでに殺されてしまったのかもしれない、と悪い予感を感じながらも、でもひょっとすると無事で発見されるのでは、と微かな期待を抱いていたのでは。。だけど、悪い予感のほうが現実になってしまった。あどけない二人の写真を見ていると、あんな可愛い幼児に暴行を加えて川に投げ落とした犯人の心理が信じられず、ぞっとする。 実際に手を掛けて殺した容疑者だけでなく、二人が虐待されていたことを知りながら、結局こんな結果にしてしまった周囲の大人達にももちろん責任がある。生活力のない父親のもとに幼児二人がいるのに、母親は?祖父母は?児童相談所は?虐待を受けたことがはっきりしているのに、どうして彼らが容疑者の所に再び同居することになったの?誰もまともな環境で彼らを育ててあげることができないのに、どうして産んだの? 豊かでいろんな物に囲まれてなんでも揃っている日本のどこかで、狭い家の中で、人知れず虐待に耐えている子供がいるのだと思うと、いたたまれない。 この世に無駄な命などひとつとてないのに。 池田小事件の宅間死刑囚の死刑執行と、この幼い兄弟の死と・・・命についてさまざまに考えざるを得ない。
旧暦7月29日。 早く机に向かいたくて急いで帰ってきたのに、近所のマンションの屋上で大音響の東京音頭。。この週末から毎晩テープに合わせて太鼓の練習してるらしい。。。太鼓の上手い下手は分からないけど、まあとにかくウルサイ。昨日自分が自宅でお酒飲んでる時はちょうどいいや雰囲気出て、って思ったけど、今夜のようにちょいべんきょーしようと帰宅してこれだとすんごく頭クル(-_-)せめて音もう少し小さくしてくれい。とか、屋内で練習できないのかい?お囃子というのは、風に乗ってどこからともなく聞こえてくるのがよいのであって、近くでのべつまくなしにドンドコやられっぱなしではまいってしまいます。あーあ。まさかお祭りまで毎晩これが続くのか知らん。花火同様、9時になったらやめてよね。・・・と思ったら9時。で静かになった。ほぅ。。 祭りの季節ですねぇ。このあたりどんなお祭りがあるのかまだ把握してないのですが、今年はどこかのお祭りに行って、ふらふらと雰囲気に飲まれて来ようかなぁ。賑やかなお囃子に、色とりどりの光。そういや昔のお祭りって、今みたいに電気なんてないからたいまつとか提灯の灯りだったんですよね。そっちのほうがんあか風情があるなぁ。現代もたまにはそういう昔の灯りで、音は拡声器なんて使わないでやってみたら面白いんでないかな、と思うけど、そんなわけには行かないだろうな、物騒だもの。 タイムマシンに乗って江戸時代頃の村の祭りに行ってみたい気分です。
ところで栃木の幼い兄弟。ひどい話だ。生きてるんだよね?きっと二人でどこかうろついているんだよね?早く見つけてあげて欲しい。 人の家庭の事情にとやかく言えないけど、被害者の親も加害者も、どっちもどっちという感じ。子供に愛情掛けられないんだったら産むなよ、と言いたい。最近幼児虐待のニュース耳にする度にそう思う。あと、子供は自分の一部だと思っている親も信じられない。自分の一部を切り取って出来たと思ってるから、自分の意のままにしようとする。思い通りにならないと虐待する。そうじゃなくて、子供はれっきとした人格を持った1人の人間なのに。親の身体から細胞分裂して出来たのではなくて、たまたまその両親を通り道にしてこの世界に生まれてきただけなんだと思う。だからいくら赤ん坊だって子供だって、大人と同等。そんなことも分からない人間に子供を産む資格なんてない。
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