あたろーの日記
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2004年07月19日(月) メモについて(長文すいません)。

 旧暦6月3日。
 大雨の被害まだまだ続きそう。水の事故各地であったし。あんまりいい連休じゃなかったですね。。。
 先日買った『ひと月百冊読み、三百枚書く私の方法』(福田和也著・PHP文庫)、面白かったです。
 資料の集め方や本の読み方っていうのは、今までに沢山出ている同様のテーマの本で、すでに他の方々が書いているのと同じだなあ、って思いましたが、さすが気鋭の評論家だけあって、本をはじめ資料に対する姿勢について、教わることが多いような気がします。受け身で本、資料、またインタビューの相手にあたるのではなく、積極的な能動的な態度で接することで自分なりの読み込み方、とらえ方、或いは情報発信の仕方ができるのだということが書かれています。その意味で、受動的な態度で視聴することが前提とされているテレビは、全く見ない、という著者にすこぶる同感。私の部屋にはテレビがなく、テレビを全く見ないと言うと、いまどき変人扱いされるのがオチなんですが、だって、テレビって、ほんとに面白くないです。テレビつき携帯電話くらいは買おうと思ってるけど、テレビから得ることは少ないというのが私の実感です。やっぱり変わり者なのかなあ(_ _+)先日ドアの隙間に、小さな紙が挟み込んであって、「お帰りなさい、NHKです」って印字されてました。ひゃ〜。めんどうだなあ。受信料を払いなさいっていう訪問があるんですよね、また。「うちにはテレビありません」なんて言っても信じてもらえないんだろうなあ、めんどくさー。
 それから、福田氏の言う、自分のよく分からない分野(文学だけでなく)については、まず信頼できる批評家や評論家を見つけて(プロでも、身近な人でも)、その人を指南役に知識を広げていったらいい、というのは、なるほどと思いました。自分の嗜好と似た案内役をうまく見つけることが出来れば、その人の示すモノを足がかりにして世界を広げていくことが出来る、というわけです。批評家らしい指摘だなあって思いました。私は無鉄砲に闇雲に進んで行って、ずいぶん回り道してようやくその世界の輪郭が分かるかな、って位ぬけてるので。。。新しい分野に足を踏み入れる時、自分の感覚もある程度大切だけど、現代のような溢れかえる情報網の中では、ある程度先を歩く人に教わりつつ進んだ方が賢いですよね。
 手帳についても書いてありました。
 手帳って、その人のこだわりが最も出るアイテムじゃないかなあって思います。福田氏はスケジュールも、取材メモも、全部1冊の手帳にまとめているそうです。忙しすぎるからこそ、1冊にしておかないと何がなんだか分からなくなってしまう、ってことらしいです。
 私、他人のメモ術にとても興味があるのです。書店や図書館でも、メモ術に関する本があるとつい手にとってしまいます。メモ術、手帳術、愛用の文具、こういう言葉に異様に弱いです。その人の毎日の繰り返しの中で培われてきた知的生産活動の最も象徴的な部分のような気がするからかもしれません。あと、文具フェチだからかも(笑)。

 一応、今現在私が愛用している手帳、メモ帳類です。この他に革製のシステム手帳があり、そこでスケジュール(といっても頭で覚えてられる位のスケジュールしかないです)管理してます。
 写真は、オレンジが「RHODIA」(ロディア)のメモパッド。いろんな大きさがあってこれは下から2番目の大きさのものかと思うのですが、No.12で200円。この下の150円のロディアの2冊が好きです。表紙を上にめくって、左手に持って、薄い紫の5mm方眼の上にメモをとります。方眼が鉛筆でも邪魔にならない薄さで、気に入っています。メモはミシン目から切り取ることが出来ます。机の上にいつもあって、ちょっとした走り書きメモにはこれを使っています。図書館等、外で調べ物する時にも例えば調べる予定の語を書き出すとか、文章を練るときに思い浮かんだ言葉を取りあえず書き留めておくときに重宝しています。私が知る限り、東京では、伊東屋、東急ハンズ、日本橋丸善の地下文具売り場、神保町の自遊時間(三省堂書店)、世界堂にあります。普通150円だけど世界堂の会員価格ならもっと安いです(^O^)。このメモ帳、最近日本でとても人気なんですよね。かわいいカバーなんかも売られてるし、PDA機器と一緒に持ち歩けるよう工夫された革製カバーも見かけます。私がロディアを初めて知ったのは伊東屋で、店の一角にオレンジのブロックがどーんと出来ていて、なんじゃこりゃーと興味津々で近づいて、おっしゃれじゃん、と手にしたのでありました。
 長くなりましたので次。右回りに、緑の、これはコクヨの「SKETCH BOOK」、たいていどこの文具屋さんにもおいてあって、150円です。トランジット用やレベル用もありますが、こっちは測量用なので今は使いません。というのは、昔昔の大昔(そこまで白状せんでいいって)、学生時代に発掘やってた時、これらの手帳が必需品だったのです。考古学専攻の学生のウェストポーチ(作業時はつけてました)や作業ズボンのポケットにはこの緑の「野帳」が必ずと言っていいほど入ってました。今もだと思うけど。。表紙が堅くて丈夫なので、少々乱暴に扱っても、ちっと位濡れても平気。中はロディアよりだいぶ小さくて薄いブルーの3mm方眼です。考古学から離れてだいぶたっても、使いやすさで長らく愛用してます。安いので用途ごとに買いそろえていけるし。私は、小説の下調べしたことを書き留めておく用に1冊、読書記録に1冊、それから今は他のメモ帳に変えたのですが、最近まではいつも持ち歩いてなんでもかんでも(美味しいお酒の銘柄や面白い話まで)書き留めておくメモ帳として使っていました。今後は、小説の下調べ用と読書記録用に使っていこうと思います。
 で、3冊め、黄緑色のは「Rollbahn」(ロールバーン)。これも、伊東屋、ハンズなどで売っています。一番小さい210円のものです。これもすごく使いやすいメモ帳です。最近伊東屋で見つけて、いつもカバンに入れて持ち歩くなんでもメモ用は、コクヨの野帳からこちらに乗り換えました。気に入っているのは、まず大きさ。いくつかサイズがありますが、私の手はとても小さいので、私の手のひらにちょうど良いこのサイズが気に入っています。だいいち荷物にならないし。それからリング。リングメモってあんまり好きでない(書くとき邪魔なので)なんですが、このメモ帳のリングはさほど邪魔な大きさでないし、愛用しているシャープペンがリングにすっぽりはまってしっかりセットできるところがすごく嬉しいです。さらに、ゴムバンド。これがあるとないとでは、荷物持ちの私のカバンの中で生き残る確率が格段に変化します(笑)。中の紙はクリーム色で、薄いオリーブグリーンの5mm方眼と紙質はとても書きやすいです。メモはロディア同様ミシン目で切り取ることが出来ます。それから、表紙もそこそこ堅いので、一番小さいサイズは、台が無いところで立ったまま書けるというメモ帳の最も大事な要素をしっかり満たしています。そして、今のところあまり使ってないですが、後ろのページに、ビニールのクリアポケットが5枚ついています。新聞などの切り抜きを取りあえず入れておく時なんか便利だと思います。あ、色も好きです。他にオレンジ、白、赤、ピンク、紺、青があったと思います。ロディアでビビッドな色に馴れたので、ロールバーンも黄緑にしてます(^^)
 最後は黒い手帳ですが、これは、「MOLESKINE」。やはり最近文具好きの間では人気がある手帳だと思います。ヘミングウェイも愛用していたとか。1500円は手帳としてはちょっと高めなのですが、文具って「気分」も大切だと思うので、この手帳も大好きです。映画「インディ・ジョーンズ」にも使われていたらしいです。「気分」って何?なんですが、もし文具店で見かけたら是非手にとってください。言葉で表すのは難しいのですが、手にしてみると、なんかこう、書いてみたくなるんですよね、「自分の記録」とか、「自分の歴史」みたいなのを。。人によっては旅行記だったり、日記だったり、取材ノートだったり、いろんな記録、自分だけの記録を大切に書き綴っていきたくなるような手帳なんですよね。オフホワイトで、鉛筆でもペンでも、書き心地の良い紙質です。やはりゴムバンドがついていて、中身を大切にしたいと思わせる作りです。私は今のところ無地(中身は罫有り、方眼、それから厚い紙質のスケッチブックなんてのもあります)を2冊持っていて、1冊は日記、もう1冊は仏教関係の語彙集に使っています。仏教用語で分からない言葉が多すぎるので、辞書で調べたことなどを書き留めて、自分専用の用語集をちくちくと作ってます(あんまり進んでない)。このモールスキンの手帳は、伊東屋、ハンズ、丸善、自遊時間で売られています。あと、ソニープラザにもあるらしいです。
 わー。
 長々と書いてしまいました。
 学校のレポートまだ書き終わってないよ〜。うひゃーっ!
 
 
 
 


2004年07月18日(日) 書くこと描くこと。

 旧暦6月2日。
 学校のレポートを書かなければならないのに、机の前で暑さにぐったりして、挙げ句、ごろんと横になって昼寝してもうた。だめ。書けんわこらあかん。原稿用紙4〜5枚なんざ・・・よく考えてみると、この日記は毎日原稿用紙1〜3枚くらいの分量だと思うけど、さしたる苦もなく好き勝手書いております(読んでくださる方ありがとうございます)。なのに、いざ学校の課題となると、書けませんのです、なかなか。今夜はもう眠いので、早く寝て明日朝から書こう。・・・自信ないけど。
 
 この連休に、思いっきり絵を描き文章を綴ろう、と思っていたのに、暑さでなかなか進みません。子供の頃もそうだったかなあって、夏休みの自分を思い出してみる。。。子供の頃から絵を描いたり、お話を作るのが好きだったのですが、今も相変わらず同じことやってる自分に笑っちゃいます。田舎の子供だったので、毎日暮れるまで外で遊び回ってもいたのですが、家でじっとしてるのも好きだったのです。
 今、机の上にはいつも、書きかけ小説の大学ノートと、卓上イーゼルに乗せた油絵のキャンバスがあります。毎日少しでもどちらかに触れないと落ち着かないのです。たった1行しか書けない日もあります。ノート開いても続きの言葉が浮かばない時も多いです。絵筆持っても、イメージと違う方向に絵が変わってしまうことも。だけど、ノートを開くか、絵筆を持って絵の具をキャンバスに乗せることが出来ただけで、その日の自分が最後は自分らしく生活できたような気がして、ちょっと充実した気持ちで布団にはいることが出来ます。
 思うに、小説を書くことも絵を描くことも、自分自身との対話なんですよね。どちらも、続けているうちに、自分でも知らない自分の奥底が言葉を持って、或いは色彩を伴って表面に立ち現れてくるような感じがします。誰にも邪魔されない独りの空間で、ひたすら自分自身と対話を続ける作業が、小説を書くことであり、絵を描くことなのではないかと思います。
 私の場合はこの二つですが、当然人それぞれのかたちがあって、音楽に携わるひと、職人さん、たぶん人の数だけ、それぞれ自分との語らいの方法があるんだろうなあ。


2004年07月17日(土) 往来堂書店

 旧暦6月1日。
 夕方ちゃりん歩(ちゃりん歩=自転車をゆーっくり漕ぎながらお散歩すること。〔注〕あたろーの勝手な造語)していたら、田端の道端でこんな建物発見。「熱帯魚 東京水族館」である。どう見たって、水族館の建物とは思えない。こ、これはいったい何?とコーフンしながら写真撮る。頭の中で「ダバダー♪ダバダバダ♪駄馬だー♪田端〜♪ダーバーダーバーダー・・・」と勝手に音楽が鳴リ続ける。
 帰宅後ネットで調べてみたら、どうやら(かつては?)熱帯魚の卸問屋のようで、今は音楽関係の貸練習場でもあるらしいです。なんだ普通じゃないか。水族館やってたほうが絶対喜ばしい。

 千駄木の往来堂書店に行ってきた。知人から、千駄木に小さいけれど個性的な書店がある、と教えてもらったのです。
 たった20坪ほどの、街の小さな新刊書の本屋さんなのですが、何故かとっても居心地が良くて、1時間も長居してしまいました。コミックや女性の水着姿が表紙の雑誌がほとんど見あたらず、入り口からいきなり岩波文庫やちくま文庫だったり、東京地域散策の類の本棚だったりします。普通の本屋さんだと入り口付近ではあまり立ち止まらないのですが、この本屋さんは入った瞬間からパタッと足が止まってしまいました。棚の本の並べ方に書店のこだわりがちゃんと現れてて、ただ本を売ればいいって感じじゃないのです。ベストセラーを目立つ位置にバンバン平積みしたりってのはないです。例えば落語関係の本のまとまったコーナーがあり、また日々の暮らしについて見つめたい人が読みたくなるような本が一カ所に集められていたり、とまあ、それは他の本屋さんでも同じなんですが、普通の本屋さんでは「趣味・実用」のコーナーにある「暮らし」テーマの本と、文芸コーナーにある「暮らし」テーマの本は離れた場所においてありますが、ここの本屋では一所にまとまっておいてあるので、とても探しやすいし、分野をクロスオーバーして新しい視点で書物同士をつなげて見ることができる、という面白さもあります。
 往来堂書店のように、書棚の本の配列にこだわった本屋さんて、最近増えてきているような気がします。神保町や代々木にも小さいながらもそういう本屋さんがあって、意欲的な店主なんだなあって感激しながら店内を回るのが楽しいです。
 で、『だれが「本」を殺すのか上・下』(佐野眞一著・新潮文庫)、『ひと月百冊読み、三百枚書く私の方法』(福田和也著・PHP文庫)、『谷中・根津・千駄木76号』を買う。佐野眞一氏は、『東電OL殺人事件』『東電OL症候群』(ともに新潮文庫)を読んで、その取材力と対象を見つめるまなざしに信頼が持てると思ったノンフィクション作家。福田和也氏は、実は嫌いな評論家。なんだけど、書名を見てつい買ってしまった。。。1ヶ月に100冊は頭がついていかないから必要ないけど、そのノウハウからちょっとでも学ばせてもらえることがあれば・・・と。


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