あたろーの日記
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2004年07月13日(火) トモダチ

 旧暦5月26日。
 新潟の実家に電話してみたら、実家の周囲は被害はないとのこと。でも三条市に隣接する市だし、あのあたりは昔から水害が多い地帯なので、心配であります。それにしても、あっというまに水があふれて家が流されてしまうなんて怖いですね。稲作地帯だから、稲への影響も心配。東京は梅雨明けでもの凄く暑かったので、なんだか遠い世界のことのように思えるけど。。。早く落ち着きますように。
 
 ここのところ、薬なんていらない、病院なんて大げさ〜、とまで思うほど、普通な気分だったけど、やっぱ、プチうつ。自分のことが嫌になってしまう。・・・だけど、なるべく残業しないように、まだ明るい内に会社を出て、自転車漕いでると、プチ元気になる。銭湯に寄って、浴槽の縁に腰掛けて、足湯にして、ボーッとしている。ボーッとしながら、頭の中、ちょっとずつもみほぐして、嫌な気分を追い出すようにイメージする。お風呂上がる頃にはリフレッシュするのだー。
 
 もうずいぶん昔の話だけど。ネットが縁で親しくなった女性から、数人の仲間だけしかアドレスを知らない掲示板に誘われた。不特定多数の人が読む掲示板と違って、井戸端会議的な面白さがあるかなあと、最初は期待していた。
 けれど、その掲示板に書き込まれるのは、やはりネットで知り合った他の人達の悪口。最初はすごくびっくりした。もちろん、私だって、愚痴や悪口を友達と話すときもある。それで気が楽になることもある。誰かに聞いてもらうことによって、もやもやがすっきりして、頭切り替えて頑張ろうって気にもなる。また、人の愚痴を聞いて、ただ聞くだけで、お互いなんとなく解決の糸口が見つかるような、そんな場合もある。・・・だけど、言っちゃ悪いけど、その掲示板に書かれる悪口は、どれも、くだらない・・・要するに、あいつは生意気だ、みたいな内容で、はっきり言って幻滅した。悪口大会には参加しないであたりさわりない書き込みだけしていたら、感情がないのか、と書かれて、とてもショックを受けた。感情があるも無いも、人にうまく言えないいろんなもやもやを心の中に抱え込んで毎日えっちらほっちら生きてた(大げさ?)ような自分だったので、そう言われたことがどれだけ辛かったか。というか、そもそも感情のない人なんていない、みんな何かしら抱えて生きてるもんだし。しんどかったのでその方達とはそれきりですが。彼女も、彼女と一緒になって人の悪口を書き込んでいた仲間達も、自分たちが人に傷つけられることには敏感だけど、人を傷つけることには鈍感だ。そもそも、他人の悪口に終始し、自分は被害者だといつも思いこんでいる人っていうのは、実のところ、一番の加害者で、タフな人間なんじゃないかと思う。
 裏表の無い本音のつきあい(たとえ夫婦でも家族でもそんなの不可能に近いけど、限りなくそういうのに近いものとして)イコール、他人の悪口を共有すること、なんて、幼稚な考え方だと思う。もしくは、言い方は悪いけど、暇をもてあました主婦の井戸端会議(主婦の人ごめんなさい)。悪口に付き合わないのは気取ってるからだ、本音を隠しているからだ、としか他人を判断できないのは、貧相な発想だと思う。ハナから他人の悪口なんて思い浮かばない人だっているのだ。そういう会話に全く興味ない人もいるのだ。
 どうも、語弊があるかも知れないけど、女っぽい性格(大いに語弊があるな、差別ですな)すぎる女性とは合わないようです。私は合わないとは感じないんだけど、相手がいらいらするようで(笑)。だいたい、女同士の悪口噂話オンパレードの井戸端会議が性に合わないし、興味がないので、首を突っ込まない。お世辞の連発や意味のない会話の連続はつまらないので知らんぷりしてる。だから私はある種の同性から見ると、何考えてるか分からない人種らしいです。
 友人の数は決して多いとは言えないけれど、友人達は皆、私と中身が似たり寄ったりなので(ごめん)、気が楽です。本音でつきあえる友人同士というのは理想だけど、それって、何もかもさらけ出して喋るとか、秘密を持たないとかってんじゃなくて、互いの生き方をちゃんと見つめる眼があって、その上で相手のことを心から思いやる言葉が言える関係、ってんじゃないかと思う今日この頃です。
 偉そうに書いてますけど、まだまだ私は一方的に友達に寄りかかってばかり。私自身の成長が一番課題だな・・・と思いつつ、遠い道のりのような気がします(-_-)


2004年07月12日(月) 白てぶくろをはめて。

 旧暦5月25日。
 小泉首相にとって、民意なんてさほど重要ではないみたいですね。そ、国民はバカなのだ。バカだから、年金もイラク派遣も、首相の巧妙で欺瞞に満ちた説明をまったく理解できないのであーるよ。ま、どうせ一生懸命説明してくれても、やっぱり相変わらずちんぷんかんぷんでせう。我々はバカなのだ。
 首相の説明が足りないんじゃないってば。どんなに説明されても納得できないモノはできないのです。そこんとこ分かってない、っつうか、民意なんてどうにでも操作できると思いこんでるのか。
 人間、偉くなりすぎてはいけないのだ、きっと。
 昨日まではぺこぺこ頭下げて手を振りまくって「よろしくよろしく」と誰彼構わず挨拶してた人達も、議員さんになればえばりくさってお腹つきだして歩くのか。・・・そうでないことを祈ってます。いつまでも、普通の市民の感覚も忘れない、それでいてプロフェッショナルな議員さん、そういう人が政治家になって欲しいです。
 
 ところで、ふと疑問に思ったのですが、選挙カーから必死に振られる候補者の手は、なんで白なんでしょうか。みなお決まりのごとく、白手袋。腹黒い政治家も、明るい色のスーツ着たウグイス嬢もみーんな白手袋して手を振る。あれはどうしてでしょうか。何故に白?クリーンなイメージのため?目立つため?別に白い手袋じゃなくたっていいと思う。。。というわけで、先日選挙カーが目の前を通り過ぎてから、時々思い出しては考える。別に、軍手だっていいじゃん。軍手だと、働いてくれそうって感じがするし。労働者の味方って思えるし。指人形の沢山ついたカラフルな軍手だったらもっと目立つから、私だったらそうしますが(あんまり面白くないね)。
 思い出したのは、グリム童話の「オオカミと7匹の子ヤギ」。
 母さんヤギが買い物に出かけて、7匹の子ヤギが留守番をしているところに、お腹を空かせたオオカミがやってきます。「お母さんが帰ってきたよ、ドアを開けておくれ」、でも、ドアの下から黒い足を見た子供達は、「お母さんの足は白いのにおまえの足は黒い」と。そこでオオカミは小麦粉を足に塗り、再びドアの前に立つと、白い足に母さんヤギだとすっかりだまされてしまった子ヤギ達は、ドアを開けてしまい、うまく隠れることが出来た1匹を除いてみな食べられてしまいます。戻ってきた本物の母さんヤギと、残った子ヤギが、満腹になってぐーぐー寝ているオオカミのお腹をはさみで切って、中から6匹を助け出すというお話。
 白い手にだまされると子ヤギみたいに食べられてしまうのだ。
 そういえば、選挙運動の時に候補者が白い手袋をするのって、日本以外の国でもあるのかなあ。と、いうことで、またひとつ研究テーマが増えました(ほんとに調べてるのかっ)。


2004年07月11日(日) ごはん

 旧暦5月24日。
 あたろぐ、4ヶ月ぶりに更新しました〜m(_ _)m
 こっちに書いてることとだぶらないように、ベランダ菜園と料理をメインにしていくことに決めました。こっちの日記はぐちぐち独り言書くほう。あっちのブログは菜園とごはんの記録。
 やっぱり、日々の食生活は大切ですよね。予想される酷暑を前にして、すでにいろいろ身体の不調を感じる今日この頃。腰痛、胃腸の不調、手のしびれ、頭痛、肩こり、なかなか取れない疲労感、目の疲れ・・・。全体的にだるいのが当たり前の状態になってきている。うつ、っていうのは私の場合メンタル面での症状が大きいみたいだけど、そういう精神的な不調も、肉体的な不調も、いろんな原因が絡み合って生まれているんだと思います。その原因の大きなひとつとして、たぶん、食生活。心と食べ物って、密接に関係してるんだろうなあ、様々な意味で。栄養、味覚、シチュエーション、料理することの楽しさ、野菜を育てることの楽しさ。
 面倒なカロリーや栄養価の計算はできないけど、身体と相談しながら、食べたいものを美味しく楽しみながら作って食べる、をモットーにやっていこう。。。ということで、明日から、数ヶ月ぶりにお弁当作っていきます。
 なんつって、ちゃんと作れるのか・・・?

 これから銭湯行って、お風呂から上がったらロビーのテレビで選挙速報見てこよっと(相変わらずテレビないんです、うちは)。
 1票の重みかぁ。
 ここのところ、政治の動きを見てても、有権者1人1人が尊重されてないという気がしてならなかったです。国民の思いとは遠いところで勝手に動かされていく日本という国。だけど、選挙の結果で何かが変わるのかなあ・・・選挙のたびに国民はだまされているような気がしないでもない。政治家なんてみんな同じなんじゃない?って思ってしまう。立場が変われば政治家なんてみな同じ。。。かどうか、1票の重みが尊重されるのかどうか、これから先、見ていかなきゃならないんですよね。
 


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