あたろーの日記
DiaryINDEX|past|will
旧暦5月20日。 小暑。七夕。あぢい。ほんとにあぢい。銭湯行って湯上がりに、銭湯内にあるクーラーの効いたラウンジに行き、のんびり本読む。閉店までいたろか。うん、そうしよう。。。と思っていたら、ウルサイお姉ちゃん達ががやがやとやってきたのでそそくさと退散。・・・自宅はもわっと蒸し風呂状態。扇風機でも足りん!冷たいビール。・・・エアコンに馴れた身体にはそれでも駄目。ぐぅ。夜になっても涼しくならないのだ。ひー。環境にやさしい生活をする!というポリシーはがたがたと崩れゆく。エアコンなしでは生きられない現代人のあたろー。昔の人はよかった。江戸時代はこんなに地球暑くなかったし、地面はアスファルトじゃなくて土だったし、もっと風通しよかったはずだし。・・・冷蔵庫なんてなかったし。団扇しかなかったし。キンキンに冷やしたビールなんてなかったし。。。うーん。。。(-_-;) 「どこに行ってもきれい。爆発も爆弾もない」 日本の印象を聞かれて、モハマド君の言葉(読売新聞)。 今の日本人には当たり前すぎて、そうじゃない状態なんて想像つかないけれど、イラクから来たたった10歳の男の子は、そう言った。 10歳の子供にそう言わせてしまった世の政治家、大人達。ブッシュやブレアや小泉は、幼い子供達の目に爆発や爆弾が映る毎日をどう思っているのだろうか。 なんかさ、ひどい話だと思う。。。自分たちは順調に歳を重ねていろんな意味で満ち足りた人生を送っている「偉い」人間達が、戦争を起こして、これからという子供達の未来を奪ったり、悲惨な経験を与えたりしてる。政治家の詭弁は戦争をなんとかして肯定してしまおうとするけれど、その陰でさまざまな形で犠牲になっていく子供達の存在は無視されている。言い方は悪いけれど、ジジイ達が子供達の未来を奪っていく。そうじゃないと言い切れるだろうか?戦争で、目の前で親や大切な人が殺されたり、自分の身体を傷つけられたりした子供達がいないと言えるだろうか?戦争は必要悪だなどという主張もあるけれど、そんな風に言う人間は、順調に歳取って生きてきた人間だ。殺されてしまったり、肉親を奪われたり、身体を傷つけられてしまった子供達は、そんな風には絶対言わないと思う。 私も含めて、戦争の恐ろしさ、悲惨さを知らない人間達が戦争を論ずることの危うさ。せめて、戦地で現実を見ている人達の言葉に耳を傾けなければ、と思った。 『戦争倫理学』(加藤尚武著・ちくま新書)を読んだ。 「世界中の『世論』が、戦争に向かって走り出したときに、踏みとどまって、世界が狂気に陥っており、自分こそが正気であると言えるために、私たちは自分自身の位置を正確に測定できるような、羅針盤を持たなくてはならない。それが『戦争倫理学』である。」(以上本文より) 戦争が好きな世の政治家もに読んでもらいたいと思った。
旧暦5月19日。 あづい。 朝、自転車に乗っていて、自転車ごとフラ〜ッと倒れてしまいそうになるくらい、暑かった。蒸し暑かった。異様な気温と湿度の高さ。夜も暑い。いつもの涼しさがない。我慢しきれず、近所の酒屋に飛び込んでビール・・・でない、発泡酒を買う。今のところ一番美味しいと思う発泡酒はキリンの淡麗グリーンラベル。8割くらいはそれを買う。 この前銭湯で、浴室に入る時、前にいたおばちゃんのハダカのお尻に、ちぎれちぎれになったトイレットペーパーがふんだんにくっついていた。・・・トイレで一生懸命拭いたんだなって、努力の跡だ。本来ならば人様には決して見せない自分だけの個室の日常。が、思わぬところで、本人も気づかぬまま、他人の目にさらされてしまう、その恐ろしさよ。お腹を壊していたのか、おばちゃん、お大事に。
前にもちょっと書いたのですが、松岡正剛氏の「千夜千冊」が、明日7日、いよいよ千冊目を迎えるそうです。凄いなあ。本を千冊読むのは、やろうと思えば誰でも出来るけれど、読んだ本について、読み手を想像して解説していくのは、難しいことだと思う。読んだ本の理解度が他人に分かってしまうわけだし。しかも、松岡氏の場合、その日のテーマに選んだ本の範疇を超えて、ご本人の地の部分ですでに保有している知識も動員して述べている訳だから、やっぱ凄いと思う。碩学であります。 ところで、松岡氏が最近始めたブログ、松岡正剛のにっぽんXYZも面白いです。
旧暦5月18日。 曽我さん一家の再会は大方の予想通り、投票日前に。金曜のゴールデンタイムと土曜日にゆっくりテレビで再会報道を見て、日曜に投票所に行く。。。世論って簡単に操作できるもんだと思っている与党。で、そう思わせてしまった国民。曽我さん一家の再会は喜ばしいし、時期は早いに超したことはないと思う。で、今回の再会が投票日直前に設定したのが、選挙を意識してのことではない、というなら、政府も、マスコミも、静かな環境を作って、一家をそっと見守るべきと思う。「感動イベント」として大々的に報道するんじゃなくて。
昨日の日記読み返してみて、あれ、なんか話がうまく繋がってないや、と反省。すいません。なんでいきなり食べもんの話に。。。要は、ゆとりを持って生活を楽しもう、と決めたんであります。そういうことです。それで、昨日はあれから駒込の「赤とうがらし」という自然食品のお店に自転車漕いで行ったのですが。。。日曜は休みでした。がっくり。それにしても、巣鴨の地蔵通り商店街もいいけど、駒込や田端の商店街もわくわくしますね!特に「田端銀座」。巣鴨みたいにわざわざ遠くから買い物に来るような雰囲気じゃないんだけど(失礼)、自転車引っ張ってずりずり歩いて時たま立ち止まって、店先のショウケースのぞき込んだり、ひやかしたり、買い物に来るおばちゃん達とお店の人の会話何気に聞いてたり、っていうまったりな商店街が好きです。だいたいがおばちゃんやおばあちゃん達の御用達だから、商店街全体の動きがとろ〜りとろ〜りしてるんだけど、それでも何故か活気に満ちあふれているという。。。でもって、小間物やや文具店の中覗くと、何十年埋もれてたんだ!ってくらい他の店ではもう見かけなくなったようなパッケージの商品が、色あせたまま売られてたり。。それで、焼き鳥1本50円という破格値で売られていたので、つい、買っちまいましたわ。 気取りのない商店街の、何年も何十年も繰り返されてきて当たり前になっている光景の中を歩くのってなんだかほっとする。新宿とか銀座とか、次々と新しいものが出来て流行に合わないものは消えていく慌ただしさの中だと、全く落ち着けない。 商店街や銭湯って、ノスタルジーにどっぷり浸れるから好きです。
|