あたろーの日記
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旧暦5月17日。 土曜の日記をさぼってしまったので、今日は昼前から書いてます。 昨日は1人で反省会やってました(-_-) 先日病院に行ったとき、うつの他に、自分ともっと長いつきあいの症状があって、ずーっと悩んでいた(けどどうしたらいいのか分からなかった)ので、この際に一緒に治してしまいたい、と思って、先生にドドドッと訴えたら、だから焦らないでゆっくり治していきましょう、と、軽くたしなめられた。強迫性神経障害と、起立なんたらなんたら障害というやつです。前者は高校生くらいから、後者はそれこそ物心着いた頃、幼児期から。強迫性神経障害のほうは、私の場合そんなに重くないし、関係する本を読んでいたら、改善していけそうな気がします。今まで自分でそれが病気の一種だっていう意識がなかったんですよね。。後者の起立性なんたら・・のほうは、注射や採血や歯科麻酔の時、あるいや血や人体の内部に関するリアルな(血を連想させる)話、怪我や事故の詳細な話、またホラー映画のスプラッタな場面(そのくせホラー映画好き)、昔テレビでやってたフィリピンの心霊手術の映像(だから見るなって!)なんかに遭遇すると、血圧が一気に低下して、あれれ、と思うまもなく具合悪くなって横にならないと駄目という、やっかいな症状です。映画とか事故の話などは避けていればいいけれど、注射や血液検査の採血で、というのはほんっとに困ります。学校での予防接種や病院での採血で、ずっと毎回そうなのですが、親にも先生にも看護婦さんにも、「気の持ちようよ」とか「気が弱いのね」とか言われたり、他の子供達と別扱いになってみんなに不思議な目で見られたり、保健体育や理科の人体に関する授業で具合悪くなって抜け出したり、挙げ句そういう日は予め学校をサボる(^^;)なんぞしてきました。今日こそ、今回こそ大丈夫、と思いながら注射や授業に臨んでも、結局駄目なんですよね、今でもそう。「あー、またきちゃった」ふらふらふら〜の繰り返し。それでも人体の話なんかは、聞きながら内容を少し別の方向にずらして想像出来るようになったので切り抜けられるんですが、注射・麻酔・採血・・・それから今までは大病をしたことなかったのですが、これからはいつ手術を受けたりすることになるか分からないですよね、年齢的にも。あと、これが一番ネックなんですが、やっぱり、もし子供産む機会があるなら、子供産みたい、子供育てたいです、でも、婦人科の検査で自分の身体の中の映像を見せられただけで貧血になっちゃった経験があるので、こんな私で果たして子供産めるのか!?という悩みがずっとあります。普通に子供産んで育てている世のお母さん達がとても羨ましいです。それとも、オカンになったら肝っ玉に変身できるのかなァ・・・。今でもヘンな所に度胸はいっぱいついているくせに、誰もが平気なことにはからっきし度胸がない私なんでございます。ああ情けない。 予定外のことまでつらつら書いてしまいました、すいません、戻します。 で、そんなわけで、34年間生きてきて、初めて心療内科に通うのを機に、これまで嫌だな治したいな、でもどうすればいいんだろ、って思ってた自分の内面のよくない部分を、ついでに一緒に改善していこう、と決心したわけです。 それで、自分のこれからの方針、みたいなのを考えようと、うつ病に関するサイトをいろいろ見て回りました。専門家の情報を載せているサイトもあれば、うつ病に罹っている人自身のサイトもあり、とても勉強になります。インターネットを100%崇拝はできないけれど、今はネットがあるから、メンタルな悩みについての情報を得るのも非常にラク。もしかしたら、ここまでネット社会が発達していなかった一昔前までは、メンタルな病気になった人は今よりもっともっと孤独感を味わわざるを得なかったのでは、と気がつきました。 とはいえ、ネットにある情報すべてを手放しで受け入れることが出来ないのは当然で。。。 うつ病の人達の日記、沢山読みました。とても共感できる、自分も同じ、ということいっぱい。服用している薬の種類や通院の状況の説明など、細かく解説してくれていて、とても有益でもあると思う。・・・ただ、ただ、沢山読んでいるうちに、申し訳ないけれど、ちょっとうんざりしてしまった自分。。。うつ病の人達の日記(私もですが)には、多くが、服用している薬の話題、診察の様子、自殺未遂、先生や病院に対する文句、会社や家族に対する不満、それから何もやる気が起きない、というようなことが繰り返し書かれていて・・・気持ちは分かる、辛いし苦しいのも理解できるし、私も同じなんだけど(って、自分で言うな〜)、なんだけど、病気に対して、現状に対して、何もかも受け身になっている人多いんじゃないか、っていう気がしてきました。うん、確かに、やる気がないというか、気分が落ち込んでしまって何もかも嫌、ただただ受け身になって通院する、薬を飲むということがそれでも能動的な行動ではあるのだろうし、ネット上で日記を書く、ということ自体、自分と見つめ合うことにもなるので、改善に向けての行動のひとつとも言えるのだろうけれど。。。 うつ病を治したいという気持ちがあるのか、それともうつ病でいたいという気持ちがあるのか、治るか治らないかの違いは、本人の意思によるところが大きいのではないか、という気がします。。 そんな風に言えるのは、私の症状がまだ軽いからなのかな。。 だけど、愚痴りたくなるのも分かるし、愚痴も必要なんだろうけど、やっぱりどんな病気でも、病気を治すのは先生でも看護婦さんでも家族でも友人でも職場の人でもない、薬でも最新技術の医療でもない、本人自身なんじゃないかな。。。って、こんな私が言ってもぜんぜん説得力ないですが(笑)。いえ、病院や薬や周囲の人が全く役に立たないという意味ではなくて、本人が治そうとする意思のある・なしで、周囲のサポートや医療の機能の仕方がぜんぜん違うんじゃないかなということです。・・・気を悪くされる方がいるかもしれないけど、うつ病ということで、周囲も気を遣ってくれる、薬や医者に依存することである意味責任放棄できる、他の困難から逃れることが出来る等・・・うつ病である自分に酔ってはいけないんじゃないかって気がします。メンタルなものに限らず、病気や身体の不調って、今までの自分を見直してここらで仕切り直ししなさい、っていう意味なんですよね。それが意識されていれば、休息を取ったり環境を変えたり通院したり服薬したりすることも、改善へのステップとして望ましい方向に取り入れることが出来る。。 と、偉そうに書いてしまったのですが、じゃあ自分はどうなんだ、というと、もともとの性格が性格なので(オイ、ニゲルナ〜)、難しいですが・・・やっぱ、自分の生活を改善することが最も大切かなって反省してます。 仕事はもちろん続けていきたいし(続けなきゃ自分養えないもんね)、目標(って書くと、すんごく気恥ずかしいし嘘くさくなるんだけど)っていうか実現出来ればいいなと思うことも勉強続けていきたいし、大学のほうの勉強は、仏教関係でこれは精神的に非常に救いになっているので、こちらももちろん続けていきたいし。 ただ、問題なのは、自分がこの2〜3年、基本的な日常生活の上での楽しみをあんまり見いだしてなかったことかも。前はオーガニック食品などに興味があって、玄米ご飯焚いたり、「大地宅配」というオーガニックフードの宅配システムを利用していたのだけど、残業が増えて帰宅が遅くなり、自炊する機会が減ったために宅配もやめてしまった。生きていく上での一番の基本、「食」について、自分の興味が薄れて、どたばたの毎日の中、どうせ1人暮らしだし、取りあえずお腹ふくれれば何でもいいや、みたいになっていたのは事実。食事もまともに作らない、食べない部屋で、他の日常生活に関するこまごまもおろそかになっていったのは当然のこと。基本がしっかりしていない自分の日常生活の上に蓋をするように、差し迫った忙しさにばかりかまけていた結果が今の自分だと思います。普通の当たり前の日常生活がいい加減な人間が自分自身の身体の悲鳴を聞き取れる筈もないですよね。 今、メンタルな部分での不調の他に、手のしびれとか、肩こりやちょっとした睡眠障害や、身体のあちこちが悲鳴上げてて、これもうつと関係あるらしいのですが、そもそもうつになること自体、今までの自分の生活を見直しなさいというサインなんですよね。環境を整えること。それから自分にとって一番必要なのは、基本的な生活をしっかりすること。。落ち込んでたりやる気が出ない時って、なかなか行動できないですが、やる気が出ないなら、楽しみながらやっていく方向でアプローチしていこう、って気楽に思っています。    ほらほら♪ベランダに。。左から、バジル、ミニトマト、鷹の爪です。毎日義務感に追われながら水やりだけはしていたけど、気がついたらみんなこんなに大きくなってました。この前ボケーッとしていたら、階下の大家さんが来て、「ベランダのお花に水をあげて!しおれててかわいそうよ!」と(^^;)そーでした。まったく。グリーンサムにはほど遠い。。育ての親の怠慢にもかかわらず、みんな元気に育ってます。朝、如雨露持って窓開けると、「ほらほら、僕たち、オーガニックだよん」と言ってくれるようです。んだ!まさしくオーガニックでねーか!このベランダは日当たりが良すぎるせいか、暑さに弱い植物は育ちにくいですが、強い植物たちには嬉しい環境のようです。別のプランターのハーブたちも元気です。なのに、ここんとこ、水やるだけでぜんぜん食べてあげてなかったなー。反省。かわいそうなことしてました。 せっかくベランダで菜園してるんだから、ミニトマトやバジル達、スーパーで適当に選んでた食材や調味料じゃなくて、自然食品のお店に行って、美味しいお豆腐(天然のにがりと豆の味のお豆腐が食べたい!)や、生産者の顔の見える、土のついた野菜や、原料に安心できる調味料と合わせて食卓に乗せよう。そうすると、ごはん作るプロセスのひとつひとつが自分にとって楽しいものになるから。何年か前はそうだった。そういう時間を復活させよう。。。巣鴨って自然食品のお店見あたらないんですよね。隣の駒込に「赤とうがらし」というお店があるので、そこに行ってみよう。 まずは、ちゃんとしたごはん。ですよね。。
| 2004年07月02日(金) |
ようやく週末。。。ほっ。 |
旧暦5月15日。 今夜も涼しいです。半袖で歩いてると、寒い。と言いつつちゃっかりコンビニで缶ビール買って来てやんの、こんにゃろ(←私)。 病院に行ってから出社。経理課から電話。月曜の9時までにFAXしなきゃならない書類。がーん、明日の土曜出勤確定。。。がーん、がーん、がーーーーん。。。タダでさえ今日はなんだか凹んでたのに、一気にメモり下のほうにガターン・・・と凹んだ。 と、思ったら、他にやらなきゃならない業務もわりとスムーズに片づいたので、明日やるはずだったことも一極集中でなんとかなんとか、メドをつけて帰ってきました。なので土曜はフリーダムだ。。。ホッ。 終電逃しそうなので急いで会社を出てきたけど、部長はまだパソコンに向かってキーボード叩いていた。「あんまり遅くなっちゃ駄目ですよ」「むぅ」今日は、本来私がやるべき作業のやり方を聞いてきて、「これくらいならこっちでやるよ」とカチャカチャやってくれていた。嬉しいし、有り難いけど、申し訳なかった。私より部長のほうがよっぽど働き過ぎだし。私の状況が、誰かの負担になってしまうのはいけない、と思う。私もそれなりのお給料をもらっている身なのだから、相応に働かないと。周囲の人の気遣いに甘えてしまうのもよくない。 実家にはまだ言ってない。電話する時間もないし、普段滅多に電話しないので、いきなり電話していきなりちょっとヘビィな話もしづらいし、田舎のほうだから心療内科とか精神科って聞くと、それこそ偏見ある土地柄なので。たいしたことないし、今とても多い病気なんだよと説明したところで、母に至っては話聞いただけで精神的に参ってしまいそうで、ちょっと言いづらい。言う必要ないか、とも思うんだけど、通院するからには一応知らせておいたほうがいいのかな、とも思う。 と思い悩みつつ、先送り(笑)。
| 2004年07月01日(木) |
ニュースに音楽はいる?いらない? |
旧暦5月14日。 今夜は寒いなあ。。 ずーっと、気になってたこと。 民放のニュースで、事故や事件について伝えるときに、バックで音楽が流れてるの、あれって、なんか嫌だ。人が事故で亡くなってるのに、それを伝えるアナウンサーの声や映像に合わせて、映画みたいに暗めの音楽や、不安感をあおるような曲がかかってるの、あれ、おかしいと思う。例えば自分の知り合いがその事故や事件の被害者で、自分が今すごく落ち込んでるときに、関係するニュース見て、しかも音楽付きだったら、腹が立つだろうな。うまく言えないけど、別に音楽つける必要ないじゃん。シリアスな現実を伝えるのに。映画じゃないんだし。なんか、ゲームみたいで。それともそれっぽい音楽くっつけないと、視聴者が報道の内容を理解できないというのかな。事件や事故を過去のものとしてドキュメンタリーにするならともかく。
選挙の看板、1人1人の候補者をじーっくり見た。又吉イエス氏のポスターに釘付け。5回位繰り返し読んだ。ぜんぜん意味が分からないのに、なんとも人を引きつけてやまない文章であります。。。政見放送、楽しみにしています。 こんなサイトがありました。そういえばいたなあ、こんな人・・・。 諸派・無所属系候補に光を!
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