あたろーの日記
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旧暦3月29日。 ダムです。 ダム。
今日トイレでダムの話をしていて思い出したのですが、子供の頃、よくダムに連れて行ってもらいました。 いつも怒ってばかりの怖〜い父(子供の頃は)だったのですが、休日は家族サービスでよくドライブに出かけました。お出かけって言ったってたぶん都会の子のお出かけと田舎の子のお出かけじゃあ、お出かけの種類が違うんですね、だいたい新潟なんてぇのは海か山か田んぼしかないんでありますから、その中をウロウロ走り回るわけです。日帰り圏内の福島長野群馬富山山形(新潟県は隣県が5つございます)にしたって同じです。 それで、山が断然多くなるんですが、山を車で登っていくと、ウネウネウネウネ登っていくと、最後はダムに突き当たる。ダムまで行くとその先は一般車両は行き止まり、というパターンが多いです。「お父さん、今日はどこに行くの?」「この山の向こうにダムがある」「ダム!」「そうだ、これから行くのは○○ダムと言ってな、うんぬんかんぬんだ」「ふぅん」・・・車中ではこんな会話が繰り返されるわけです。その日訪れるダムについての蘊蓄をひととおり聞かされるわけです。到着するまでに家族5人のうちたいてい1人か2人は山道に酔ってぐったり座席にもたれているか、爆睡してます。いつも窓にへばりついてわくわくしながら外の景色を眺めていた私は今思うと相当ダム好きだったのかもしれません。 ダム。不思議な場所です。 山道の先に、緑の中に突然コンクリートの塊が見えてくる。「ついたぞ」と言われ、車を降りると、しんと静まりかえった静寂の中で時々カッコウの声がしたりして、のどかな山の中に来たんだってなんだかほっとする。でも、山から眼を転じるとそこに巨大なコンクリの要塞が、深い色の水を抱き込んでたたずんでいる。 人間はこんなものまで造れてしまうんだ、という驚嘆。 山の中に人工的な建造物を置いたのに違和感を感じない不思議さ。 と同時に、自然に手を加えてしまった人間という種に自分も属しているのだという罪悪感。 ダムの底に沈んでしまった昔の部落に対する切ない想い。 放水のサイレンの響きに興奮。 映画みたいにこのコンクリの要塞が突如崩壊したら、と想像してゾクゾクしたり。 今まで行ったダムでもっとも好きなのは福島県の奥只見ダム。総貯水量日本一のダムです。とにかくでかい。でかくてあたり一面シーンと静まりかえった貯水湖。それから同じく福島県の田子倉ダム。こちらも大きい。圧倒されて言葉を失います。 ちなみに奥只見ダムは、真保裕一の小説「ホワイトアウト」に出てくるダムのモデルだそうです。 で、日本には今3000を超えるダムがあるそうです。ダムの数が一番多いのはやはり北海道で185、次は岡山県で156だそうな。岡山の156というのはちょっと意外な気がしました。 さらに、全国3000を超えるダムのうち、江戸時代以前に竣工したのは500あまりもあるとか。知らなかった〜!!いや〜無知でござった。江戸時代以前のダムって、どんなダムなんだ?面白そうなので調べてみます。 一連の情報はこちらのサイトから頂戴しました。 いや〜、このサイト、はまってしまいそうです。 面白すぎます。 財団法人 日本ダム協会 ・・・今日ようやく気がついたのですが、父は要するに、ダムマニアだったのかもしれません。
話はちょっとずれますが、高校時代、「ダムド」というバンドにはまったことがありました。ブリティッシュロックが全盛の80年代の話です。ちょっと不気味な容姿とミスマッチな哀愁漂うメロディの組み合わせ(ただ、パンクバンドのダムドではもはやなく、ポップ路線でした)。久々聴きたいと思えど、カセットテープ引っ張り出してくるほどの気力なく。 LPをプレーヤーに乗せてそっと針を落としていた中学高校時代。中学時代なんて、音楽を持ち歩くという発想は皆無だった。 今思うとやたらでかくて重たかったカセットプレーヤーを鞄に入れてた高校時代。そういや「ウォークマン」が大流行してた時期です。 ポータブルCDプレーヤーも、今思うとでかかった。。。でも、CDショップで買ったばかりのCDを聴きながら帰宅の途につけたという利点はありましたな。 で、今年。あたくしは進化した。 今では首からペンダントのように、ライター大の小さな箱に入れた120曲をぶら下げている。 (いえ、実際は恥ずかしくてできないので、鞄に入れております) 時代は変わりましたなぁ。。。 つうか、時代の流れを感じますなぁ。 ・・・要は、あたしゃそれだけ歳とったんで。
旧暦3月28日。 風邪がなかなか出ていかず、この土日は結局ほとんど寝てましたです。喉の痛みは取れたのですが、頭痛とだるさがまだ残っているので今日は早く寝ます。眠りすぎて明日会社で眠くなりそう。 突然ですが「イノセンス」の押井守監督とギタリストの(今の体型の)梶山章氏はどことなく似ている・・・ような気がする。特に目元が。 なんでそんなこと思ったかと言いますと、このところ時間をみつけてはちょこちょこと自宅のCDをひっくり返したり整理したりしていて、ふと、「イノセンス」のサントラと梶山さんの参加しているジョー・リン・ターナーのアルバムを一緒に手にして、「うん、似てるわ」と思ったのでした。 MP3プレーヤーも兼ねていた携帯電話(シャープのSH52)の調子がおかしくなり始め、パカッと開くと画面が砂嵐か字が間延びして斜め、あるいは表示されない等、また時々音楽も聴けない状態になりました。通話はかろうじて可能ですが、メールの読み書き、写真撮影、目覚まし機能などが使えないので不便この上ないです。これって修理に出せば直るのかな・・・と思ったのですが、自宅にテレビがない(基本的にテレビいらない人間なのです)ので、せめてニュースとちょこっと番組視聴できる程度でよいので、テレビつき携帯電話に機種変更しようと思っています。今まで出ているNECのと東芝のテレビつき機種、デザインがなんだか好きになれなかったのですが、7月末に発売されるシャープ製のものは、シンプルで、SDカードスロットも備えているので、SH52と同じようにSDカード経由でザウルスやPCに写真を保存できるので便利。機種交換はこれにしよう、と決めたはいいのですが・・・。 発売が7月末というのは痛い。あと2ヶ月半もあります。それまで今のSH52が働いてくれる可能性はとても低いです。とりあえず、ショップに修理を依頼して、7月か8月の発売までなんとかもたせなきゃ。
で、音楽のほうはどうなるんだということで、先日携帯MP3プレーヤーを購入しました。HHDタイプのものを買って自宅のCD全部その中に放り込んじゃうというのも考えたのですが、値段高いし、重いし大きい、特に私は何故か荷物持ちで鞄がいつもぱんぱんで(荷物減らせない)、肩凝りと腰痛の原因にもなっているので、少しでも軽くしたいというのもあり、フラッシュメモリータイプにしました。あと、自転車に乗っている時に一番使うので、首からぶら下げるかポケットに入る小ささ、軽さのほうを取ったわけです。iAUDIO4(COWON SYSTEMS社製、日本での販売代理店はバーテックス・リンク社)の512MB、値段は28,800円なので、決して安くはないのですが、買って正解。音質、付属のイヤホン、使い勝手、どれもとても良いです。特に音ですが、今まで携帯電話付属の簡易プレーヤーで満足してた私の耳にはショックなほど綺麗で奥行きがあります。もともと、自宅のPCでDVDを見たりする時にJetAudioというソフトを使っていて、この開発元と同じ会社だというので安心感があって、それでこの製品を購入したのですが、こんな小さな機械(100円のオイルライター2つ重ねた位の大きさ)でこんなにいい音が出るのかぁ、とびっくりしてます。音響に関して説明する知識ないので申し訳ないのですが。ひとつ、私の片耳は子供の頃から難聴で常に金属音のようなキーンという音が耳の奥で響いているので、潰れたような高音はその金属音にかき消されて聞こえないのですね、それから高音が割れてしまうのは逆に鼓膜をビビビと刺激してすごく気持ち悪いのです。なので、なんと言ったらいいのか、重量感というか奥行きがない高音がうわずっているような音を出す機種とは合わないのですが、そういう意味でもこれは聴いていて耳がとてもラクだと思いました。専門用語分からないのできちんとした説明になってないですね(笑)。 長く書きすぎてしまいました。 そういうわけで、購入してから毎日少しずつ、手持ちのCDからピックアップした曲をiAUDIOに入れてました。ここ1〜2年はほとんどCD買わなくなったのですが、それでも250?300?枚ほどあるのでちょっと大変。その中から約120曲を選ぶのは難しかったです。好きなCD、その中でも特に好きな曲というのは、繰り返し聴いているだけあってすぐ選べるのですが、そういう曲を集めても結局120曲には収まらないわけです。うーん、うーん、と唸りながらなんとか終えました。 中途半端ですが、今夜は早く寝ます。おやすみなさいませ。
旧暦3月25日。 もう木曜なんだ。 暑いだの涼しいだのと思っているうちに、とうとう風邪を引いてしまいました。 今日は仕事は休みをもらって、ゆっくり本でも読もうと思っていたのに、結局熱出して夕方まで寝ておりました。せっかくの休みだったのになあ。 最近、気持ちに余裕が持てなくなって、いらいらすることが多い。職場で感情をあらわにはすまいと思っていたのに、どうにも駄目。他人を非難するのは裏を返せば自己弁護だと分かっていても、他にストレスへの対処の仕方が見つからない。会社なんて小さな組織の中で、私なにじたばたもがいて大げさに落ち込んでるんだろうって、ちょっと呆れる。もっと世渡り上手になるべきか。事務能力も世渡り能力も皆無に等しいから手に負えない。 いつも自分の着地点を見失わないようにしないと。 そうじゃないと、今の毎日の意味がない。
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