あたろーの日記
DiaryINDEX|past|will
旧暦3月22日。 イラクとベトナムの相似を示唆するある符号。 Iraq-Vietnam parallels pile up(Middle East Online) ベトナムでもイラクでも、その国の民衆を敵に回し、虐殺する。アメリカ軍の本質はまったく変わっていない。この写真ではないけれど、イラクでは12歳の少女が裸にされてアメリカ兵の暴行を受けたという証言もある。写真のベトナムの少女と全く同じではないか。 虐待されているイラク人が自分の家族だったら、知人だったらと思ってみる。ぞっとする。フセイン政権時代、拷問が行われていたことで有名だったその刑務所で、解放と自由をうたうアメリカ軍によってまさに同じ行為が行われているというのはあまりにも皮肉だ。皮肉だけど、フセインもブッシュも結局は同等であるという証拠か。一部の兵士による犯罪、と誤魔化すことは出来ないのはもう明らかだ。
☆☆☆ 帰宅したら、サイトを読んでくれている友人から、谷内六郎さんの絵葉書が届いていた。 なんだかほっとして、疲れの溜まって凝り固まった頭にふんわりとした風を呼び込んでくれて。そだね、私もこんな風に、小川の水に足を浸して、川面を眺めながら、川や風の音楽を聴いていた子供のころがあったんだよね、って、思い出した。 大人になるにつれて、なんか肝心なことどっかに置き去りにしてしまって、代わりにイライラだけ背負い込んじゃったまま・・・。 時々は、あの頃の自分に会いに行かないと、置き去りにした場所、忘れちゃうかもしれないよね。。。
| 2004年05月09日(日) |
イノセンス・都市の情景展 |
旧暦3月21日。 日曜だけど出社。お金より時間が欲しい。でも生活するためには働かなきゃならない。だけど自分がほんとうにしたい仕事で食べていくためにはもっと勉強しないと。だけどだけど働くと勉強する時間が減る。体力も気力も減る。だけどだけどだけど仕事も勉強も全部自分のためなんだから、愚痴も文句も泣き言もほどほどにしとこう。
仕事終えてから六本木ヒルズへ。「イノセンス・都市の情景展」が今日までだったので、やっぱり行っておこうと。夜は10時までやっているというのが嬉しい。会社を出て青山墓地を突っ切って、ひたすらまっすぐ歩いて六本木ヒルズ。初めてだったので、まずビルの入り口が分からない。雨の夜なのでなおさら。事故のあった回転扉、みんな普通の両開きの自動ドアになっていた。中へ入ってさらに迷う。おしゃれな服やアクセサリーのお店があちこちにテナントで入っている。広い通路、高い天井。エスカレーター。分からん。目指す森都市未来研究所がどこにあるのか。通路あっちこっち行ったり来たり。うろうろ。あのね、もっと親切な案内板作ってよ。私だけじゃない、みんな迷ってた。うろうろ。で、ようやく美術館のエントランスにて、森美術館、森都市未来研究所、展望台のチケット共通販売窓口で並んでチケットを買う。テロ警戒とのことで、警備員さんの荷物チェック受ける。台に鞄乗せて、チャックを開けて中を見せてくださいと言われ、バーッと開けるも、マフィン、ポーチ、文庫本、携帯ラジオ(ダサイデショ)、ザウルス、そ、それから銭湯道具といつも大荷物の私。今日は自転車じゃないからリュックでなくてよかった。たいてい着替えまで入っている私の背中の荷物。 その後、エレベーターで3階から一気に52階へ。そこからまたエスカレーターで50階まで下がる。ようやく、ようやく森都市未来研究所に到着。ここに来るまで、ビルの中で5人の館員に道を聞きました。しかも、ビルの入り口からかかった時間は20分以上。私がよほどにぶいのか。 あ、肝心の、「都市の情景展」のほうですが、ちょっと期待外れというか・・・想像していた通りの内容の域を出ていなかった、と言うべきか、こんなもんかな、という感じでした。へとへとになってようやっとたどり着いた後だったから尚更そう思ったのかもしれませんが。上海と東京の精巧な都市模型は凄いな、力作だな、と思いました。「都市」を俯瞰する視点からこの二つの都市のディオラマを展示のメインに据えた他、あとは映画でのオープニングのヘリで都市を俯瞰する場面と、択捉経済特区をやはりヘリで回る場面、それから択捉経済特区の街中の祭礼の様子、これらの場面、映画で使われた映像を再編集して繰り返し流したり、映像のメイキング、押井監督、種田陽平、樋上晴彦各氏へのインタビューなど、どれも悪くない、それなりに面白かったし、得るものもあったのですが・・・。正直言って、少し物足りなかったです。 映画「イノセンス」でヘリとともに都市を俯瞰した映像に心臓がバクバクいうほど感じた衝撃はなんだったのか、択捉経済特区という架空の都市に強く惹かれたのは何故か、それを解く鍵があると期待して足を運んだので、映画で表現されている域を出ていない展示内容には、まあ、こんなものなのかな、という気が。 ただ、分かったことは、択捉経済特区というあの架空の都市は、あの「イノセンス」という映画の中でこそ活きて、観る者に何かを感じさせてくれるのだということです。それがバトー或いはトグサというキャラクターの視点を通した観客の眼か、それとも観客自身の裸の眼自身が感じるのか、それは人それぞれですが、映画を観て、択捉経済特区あるいはオープニングの夜の都市が、観る者それぞれの眼で切り取られ、それぞれの脳裏に植え付けられる、だから、映画で使われた映像を中心とした展示構成からでは、映画を観た時以上のインパクトは生まれない、ということになるのでしょうか。。。 それでも、矛盾するようですが、満足だったことは、映画に出てきた都市のイメージが、この展覧会によって壊されることはなかった、という点です。いたずらに「イノセンス」から逸脱した都市論を展開されるという悲惨なことはなかったので、「イノセンス」の世界にもう一度浸りたい、という意味ではとても良かったと思います。 ・・・なんて、偉そうにぶつくさ書いてしまいました、すみません。 とはいえ、押井監督の、都市、建築に関する言葉に、ピンと来ること、触発されること、沢山あります。今回の展示のスチールに書かれた言葉の中にも。映画の中で自分にインパクトを与えてくれた映像について、そのインパクトの根源に近づいてみたいと思ったら、それを探るのは結局は自分自身の役目なんだな、と感じました。人の眼は人の眼、自分自身の眼ではない、のですよね。 写真は六本木ヒルズから地下鉄に向かうエスカレーターで見た光景です。
旧暦3月20日。 六本木ヒルズで明日までやっている「イノセンス都市の情景展」を見てから神保町に行こうと思って家を出たけれど、身体がだるくて足が重い。さすがに電車にしたけど、とてもとても、混んでいそうな六本木ヒルズは歩けない、と、神保町で途中下車。古書会館に行ってから、靖国通りの古書店をざっと見て回るも、身体も頭も動かない。自宅で大人しくしてたほうがよかったかも。 それでも、古典全集の「江戸繁盛記」と山東京伝の黄表紙が入った2冊、安く入手できてちょっと満足。それから品切れになっていた山田俊雄「日本語と辞書」(中公文庫)も買った。山田俊雄先生の、「新国語辞典」(角川書店)は中学時代から愛用しているので親近感あり。私にとって、この辞書は、三省堂の新解さんより引く頻度が高いです。買って23年間、一番お世話になってるかも。この辞書を薦めてくれた中1の時の国語の先生に感謝です。で、その、山田俊雄先生が執筆された「日本語と辞書」ですが、平安時代や近世の辞書・字書について考察されていて、とても面白そうです。・・・最後は三省堂に寄って、藤沢周平と岡本綺堂の文庫計3冊買って、もう限界。電車で爆睡して帰ってきました。明日は仕事なので早く寝ます。でも起きられるか不安。
福田官房長官の辞任、ちょっと無責任、という気がした。頭にくることがあると、周りの人の迷惑も顧みずにプッツンして放り出すのはおぼっちゃん育ちだからかな、という、とても下世話なわたくしは思ってしまうのでありました。無責任に放り出してるけれど、実は計算ずくだったりするところが・・・。 イラクでのアメリカ軍の虐待。起こるべくして起こったんじゃないの、という気が。アブグレイブ刑務所で起こっていることは、昨年アメリカがイラクを攻撃して多くのイラクの民衆を殺したことの延長線上にあるのであって、両者は繋がっているのだと思います。或いは最近フランスで放映されて論議を呼んだという、アメリカ軍兵士がアパッチヘリから敵か味方かはっきりしない、しかも怪我をしたイラク人をゲームのように撃ち殺した事実とも。・・・1年前にメディアで流れたイラクの子供達が爆撃で腕をもぎ取られ、親兄弟を失い病院で横たわる姿や、子供の亡骸を抱えて泣き叫ぶ父親の悲惨な写真に始まり、イラク人が裸でピラミッドのように折り重なったり、性的行為を強要されたり、刑務所で虐殺されたり、というのは、当然根っこのところで全部繋がっていると思います。 いきなり飛ぶようでですが、人種差別の歴史が長くいまだに根強く残るアメリカ、白人至上主義のなせる業でもあるかな、と感じます。宗教や人種や民族や経済力軍事力などにおいて自分たちが優位であるという意識が、イラク侵攻や刑務所でのイラク人虐待に結びついているのではないでしょうか。ラムズフェルド、ブッシュはもちろん、今回ようやく発覚した刑務所でのイラク人虐待の写真に写っているアメリカ人達の表情を見ているとそう思わずにはいられません。 もちろん、アメリカ人のすべてがそうとは思いませんが・・・アメリカが今イラクで行っていることは、ナチスドイツと同じじゃないかとまで思ってしまいます。
|