あたろーの日記
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2004年04月22日(木) 不公平だーっ!

 旧暦3月4日。
 
 我が家の近所にあって一番多く入りに行く銭湯の浴室には壁の富士山がない。というか壁絵すらない。ただ、広くて新しくて露天風呂やジャグジー、打たせ湯もあるので快適。とても気に入っています。
 でもあちこちの銭湯に行ってみたいので、通勤含め、外出時は基本的に毎日お風呂道具も鞄の中に入れており、煙突の前を通るとふらっと立ち寄ります。だいたい焼き鳥と銭湯のお湯の匂いに弱いんですね。また、自転車通勤だと、銭湯に寄って洗い髪のまま、化粧もとれたすっぴんのままでも、臆せず乗って帰れるから嬉しいです。夏の夜なんか最高に気持ちいいよ。
 ところで銭湯の壁の絵に戻りますけど、私は単純なので、初めての銭湯に入り、浴室の奥、湯船の背景にででーんと壁画が描かれてるともうそれだけでわくわくしちゃって、うおおおっと叫びたくなる位嬉しくて、急いで服脱いで浴室に飛び込んでいくわけです。で、身体洗ってる間も早く湯船に浸かりたくて全然落ち着かない。ようやくお湯に入ると、壁画のほうを向いて、しばしボケーッと絵の風景に見とれてます。
 壁画が富士山だと、すこぶるコーフン。銭湯に富士山、の当たり前のような組み合わせなんですが、最初にこの発想した人って偉いですよね。湯船に浸かりながら富士山を望む。これで1日の疲れが吹き飛ぶんですよね。この、チープでキッチュな富士山。湯船の向こうにデデデーンとそびえる富士山。かつては江戸のいたる所から眺めることの出来た富士の山。今じゃ運良くビルの谷間にかすむのを目にすることが出来るかどうか、程度ですが、ところがどっこい、風呂屋の壁には紛れもなく堂々たるお姿です。思うに、私は地方出身だから、それも山には囲まれども富士山は見えない新潟から東京に出てきた者だから、よけいに富士山に対する憧れのようなものがあるんじゃないかと思います。これが、異様に興奮する理由のひとつですね。

 えーと、それから、銭湯の富士をこよなく愛し、絶賛したい私でございますが、実はそうはいかのきんもくせい。
 男には分かるまい、でも女には分かる。
 銭湯の壁画の富士山はですね、ほとんどが男湯側に描かれてるのです。一応ね、女湯の湯船からも富士山は見えるこたあ見えるのですよ、斜めの角度から、男湯の壁の富士を。特に、浴室の天上の高い大きな銭湯なんかだと、脱衣所から浴室の壁の富士山がでーんと見えて、嬉しくてドキドキしながら浴室に入っていくと、壁画の下には真ん中に男湯と女湯を隔てる仕切りの壁があって、富士山は男湯のほうにあったなんてこと、多いです。そういう時は馬鹿みたいにお湯の中から男湯の壁の上のほうに顔向けて恨めしそうにしてます。男に生まれれば真っ正面から富士山を拝めるのだぁ・・・んーなんとまあ悔しいことよ。。今ここに書きながら、女湯で富士山を間近に見れた銭湯なんてあったかと思い出そうとするのですが、残念ながら記憶にない。
 で、今夜は我が家に2番目に近い、ここもお気に入りの銭湯に行ったのですが、ここは壁の絵が富士山こそないのですが、海に浮かぶ小島やヨット、海面を望むように生えた松の絵なんかがちょっとリゾート気分で好きなんです。番台のおばちゃんの笑顔もいいし。・・・が、今日そこの湯船に浸かりながら壁の海辺の絵を見ていて、はたと思いました。ここの銭湯は女湯から男湯の壁はまったく見えないのですが、まさか、まさかとは思いますけど、男湯には女湯の壁画のつづき半分が描かれていて、そこにまさかとは思いたいのですが、そこに富士山があったりはしませんよね。なんでそんなこと思ったかというと、先日入って男湯のほうにある富士山に非常に嫉妬したとある銭湯の壁画と、今日行った銭湯の壁画の雰囲気、風景が似ているのです。たぶん描いた人も同一ではないかと。まさかとは思いますが、向こうの男湯には富士山がっ!今度番台のおばちゃんに聞かなきゃ。そしてなんとか、「男湯に富士山なんてありませんよぅ」という返事を貰わなきゃ落ち着かない。

 それにしても、なんで男湯だけにしか富士山はないのか!? 
 ひとつの銭湯にふたつの富士山があっちゃまずいのか!?
 女湯にも富士山の絵を描いてよーっ!
 
   /本気で怒ってます。


2004年04月21日(水) 全体主義。銃後。

 旧暦3月3日。
 暑かったです。通勤ですでに汗だく。
 
 私も結構しつこいんですけど。。
 今の日本って、「銃後」という感じがする。ふと思った。極端な表現かもしれないけど、「銃後」という言葉が浮かんだ。戦地へ自衛隊が行き、残された国民がそれを応援しているような。・・・人質事件を巡っての解放された5人に対するバッシング。他の国々が撤退を考え始めたイラクでの自衛隊活動継続を表明した政府とそれを支持する国民。首相の靖国神社参拝を良いことだと支持するのは若い世代に多いという。政府の言うことはすべて正しいと信じる人が多いのだろうか。マスコミの報道や世論調査、掲示板などインターネット上の議論(?議論というより、単なるストレスのはけ口になっている場合のほうが多い)、それから実際耳にする周囲の人達の会話。自分たちと異なる意識や行動の人を非難し排除するか潰そうとする日本人。
 私も含めて、ほんとうの戦争を知らない世代、歴史を知らないし学ぼうともしない世代が増えてしまった。戦争を経験して、もう戦争など起こしてはならないと誓った世代が減ってしまった。
 今の日本なら、かつて国民がひとつになって戦争に突っ走っていったあの時代と同じ状況になっても不思議はないなと思う。もちろん、今のイラク情勢と日本の状況について憂えてる人も多い。だけど、今、自分の国以外で起こっている戦争、戦闘や虐殺で命を落としている人達がいるのだということ、それに対しての日本や国際社会の関わり方、或いは国内の状況について、危機意識を持っていない人のほうが多いのではないだろうかと、とても不安。最近の全体主義的な日本の傾向が怖いと感じるのは考えすぎでしょうか。。


2004年04月20日(火) 陰湿で視野の狭い日本。

 旧暦3月2日。
 イラクで人質だった人達のことをしつこく追いかけて報道しすぎ。必要なことだけでいいから、あとはそっとしておいてあげるべきだ。ただでさえ精神的なダメージを受けているのに、政府やマスコミや世論が寄ってたかって3人を潰すようなことがあってはならないと思う。日本のマスコミは陰湿でねちっこい。問題なのは、今回の人質事件を通じて、自衛隊派遣に対する世論の反応を、結果的に政府に都合の良いように変化させることに小泉内閣が成功してしまったことだ。結局人質の救出に政府が何をしたっていうのか。何もしてないじゃん。じたばたしてただけで。情報戦になったらまったく役に立たないということを暴露しただけで。でも、何故か政府の尽力により人質は助かったという認識が広まっているのは不思議だ。また政府が「行くな」と言っている国に自衛隊がいるのも問題じゃないか。「イラクは非戦闘地域」だと派遣を強行したのは当の小泉内閣じゃん。他の国の軍隊が撤退を考え始めているのになんでまだ自衛隊が残っているのか。マスコミは解放された3人の行状をあれこれつつくより、イラクの情勢についてもっと真剣に報道すべきだと思う。
 こんな意見だってある。
 「『日本にも新世代育つ』仏紙が3邦人の行動を弁護 」(朝日新聞)
 「仏紙ルモンド、人質事件で自己責任問う声に皮肉 」(朝日新聞)
 「『人質・家族バッシング』に異論噴出 政府責任問う声も 」(朝日新聞)
 
 たまたま朝日ばかりになっちゃいましたが、新聞によって取り上げる記事にかなり偏りがありますね。マスコミだって、記事を書いているのは結局人間なんですもんね。。


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