あたろーの日記
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今日は旧暦の1月5日。 実現するとしたらあと何年先になるか分からないけど、もしできるなら子供を産みたいなぁ、と思う。 40歳まであと5年半、今は40歳超えても産む人多いから、頑張って体力保てばあと7年くらいは猶予があるかな。でも30代のうちに産みたいから、やっぱりあと5年半くらいだろうか。。 もし子宝に恵まれなかったら、親に縁のない子供を引き取って我が子として育ててもいい。子供がいる家庭を築くことができなかったら、多くの子供達が愛情を感じることが出来るような何かをしたい。 自分の子供でも、血のつながりのない子供でも、多くの子供に愛情を与えることができたら、と思う。伝えたいこと、未来につなげて欲しいことも。今30代半ばになって、こう言うのが許されるなら、私も自分なりの世界ができつつあって、世の中が見えつつあって、生きていくということがどういうことなのかおぼろげながら理解できるようになってきたから。 子供は大人の奴隷でも、ミニチュアでもない。 すべての子供は一人一人、それぞれに人格を持った人間なんであって、たとえ実の親でもそれを無視して思い通りにしてはならないと思う。自分と同世代の親達が、自分の子供をあたかも自分の所有物であるかのように扱うのを見ていると胸が痛む。 体重が24キロになった15歳。 両親に虐待されて亡くなった幼児達。 スーパーマーケットで、駄々をこねる子供を異様にヒステリックな声で怒る母親。 子育ては口で言うほど簡単ではない、というのは分かる。 でも、私だったら、その子にもっと違うやりかたで接したい、愛情をあげたい、と、日々ニュースを見て、あるいは買物に行った店で思ってしまう。
幼児二人の子育て真っ最中の妹が、「親子一緒に成長させてもらってるって感じがする」と言っていた。たぶん、そんな風に言える親は、自分がまだ成長途中だと自覚できる分大人なんだと思う。でも、世の中、子供を産む前に自分がもっと大人になるべきじゃないかっていう親が多いような気がする。 今日も虐待のニュース。 虐待や、無理心中。育児放棄。置き去り。誘拐。毎日毎日。。。もう、いい加減にしてくれと思ってしまう。 「目には目を」とはあまり好きなやり方ではないけれど、児童虐待などで子供の命を奪った犯人の刑期は、今の日本の平均寿命から殺された子供の年齢を引いた長さにすべきではないかと思う。自分が奪った子供の、これから生きたであろう年数分を、刑務所で過ごすべきではないだろうか。死んでいった子供の人生は、もうそこには戻ってこないのだから。
| 2004年01月25日(日) |
タダモノではない。その2 |
今日は旧暦1月4日。 古賀議員の学歴詐称疑惑。悪いことなんだけどなんか気の毒だねー。そもそも真面目に通ってたなら学校の略称間違えないべ、ふつう。。 それにしても、学歴や肩書きにこだわる人って相変わらず多いんだろうな、と思った。そんなのにこだわってる人に限って了見が狭かったりするんだもん、ね。親の職業や交友関係をちらつかせる人も案外多い。ブランド品でなきゃ身につけない、って人も多い。他人より優位に立てる何かがないと落ち着かないんだと思うけど、そういう人と話していても、その人自身が見えてこない。つまらない。 今はどうか知らないけど、私が小学生の頃、田中角栄元首相は中学卒業で総理大臣になったというのが新潟県の誇りである、というようなことを学校で教わった。父からも何度も聞かされた。悪いこともしたのは許されることではないけど、中卒で総理大臣にまでなったというのは、越後人の誇りなんである、まさに。だから越後人には、「人間、学歴じゃないのだ」と思う人が多いのです。自分が実際に社会人になってから実感したことでもあるけど、働く分には学歴なんて関係ない。そもそも、今の日本で、大学に行って本当に真剣に勉強している人なんて、どれくらいいるんだか。。 ということで、青年の主張終わり。
で、タダでもらえる冊子第2弾。 ミニコミ誌も好きなんですが、本屋でもらえる出版社のPR誌もあなどれない。私の手元にある最新号をざっと。 「ちくま」(筑摩書房)、「一冊の本」(朝日出版社)、「図書」(岩波書店)、「本郷」(吉川弘文館)、「未来」(未来社)。 どれも巻末に定期購読用の振込用紙がついてるけど、書店に行けば「ご自由にお持ちください」と、積み上げてある。 内容は主としてその出版社で最近本を出している書き手による、著作の周辺についてのよもやま話とか、近況報告とか、あるいは著作についての補強的な意味合いのものとか。もちろん出版社側の意図として、PR誌を読んだ読者が興味を持って本を買ってくれたら、というのがあるので、こちらとしては実際に本を購入する前の導入部分的な読み方もできる。でも、それだけじゃなくて、例えば今月号の岩波の「図書」の編集後記「こぼればなし」によると、昨年岩波新書で発行された中の、「活字の海に寝ころんで」(椎名誠)、「古事記の読み方」(坂本勝)、「横書き登場」(屋名池誠)は、PR誌である「図書」に連載されたものを増補・改稿して新書として発行されたものだそう。それから軽いエッセイも豊富。 書店になかなか行く暇がなくて、という場合は、出版社に目録を送ってくれるよう頼めば、PR誌も同封してくれる。先日未来社のサイトから目録を申し込んだら「未来」も送られてきた(神田の三省堂にはどどんと山積みされてたけど)。 で、これらのPR誌を私はどこで読むかといいますと。。。 トイレです、だいたい。。 ひとつひとつの読み物の区切りが、ちょうどいい長さなのです。 しかも、トイレって、凄く集中できる。これがまたいいのです。
今日は旧暦の1月3日。 相変わらず東京は寒い。しかぁーし、1ヶ月前に引いた風邪がやっと治ったのであるからして、早速神保町に出かけていった。収穫あり。比例してお財布は軽くなった。 嬉しいことに、古書店のレジ脇に置いてあり、無料でもらえる「かんだ」という季刊の小冊子の冬号に、昨年11月に行われた復活「天下祭り」の写真が4ページにわたって掲載されている。モノクロだけど、山車がアップで写っていて、祭りの雰囲気も伝わってくるよう。ちなみに表紙は「神田祭り出しつくし」という錦絵で、こちらはもちろんカラー。これは保存版にしよう。 タダでもらえるタウン誌やPR誌が大好きなんです。 私が手にするのは、当然ながら出かけていく街のものですが、有名な「銀座百点」(伊東屋が大好きなんで)、「荻窪百点」(以前荻窪に住んでいたので)、「1010」(東京都浴場組合が出していて、都内の銭湯ならどこでも置いてあるはず)、「月刊日本橋」「月刊浅草」(老舗の店が多い土地柄ゆえ、なるほどと頷ける話も多いです)、そして絶対外せないのがこれ、「巣鴨百選」。 タウン誌の好きなのは、例えばその街に長く住んでいたりなんらかの縁のある著名人のエッセイが載っていたり、古ーくからある和菓子屋の主人が和菓子について語ってくれたり、あるいは和紙についての薀蓄だったり、はたまたイラストレーターのイラスト付きの店への潜入記や体験談があったりして、肩の凝らない、でも興味深い読み物が掲載されているところ。タウン誌が長く息づいている商店街は、街の歴史を大切にしようという店主達の気持ちも紙面に現れているようで、ちょっとした話題も温かい。 私が特に大好きなのは、「巣鴨百選」と「1010」。とりわけ「1010」は、50〜70頁で、ほとんどカラー。で、連載物がどれも面白くて、新しい号が出ると湯上りにもらってきて、何度もぱらぱらめくってしまう。 「銭湯大好き日本画家」のジム・ハサウェイさんが都内の銭湯を訪ね歩き、店主にインタヴューする「ジムの銭湯ゆーフォリナー」、銭湯を写真つきで紹介する「御湯乃殿堂」が特に面白いし役に立つけど、他のページも好きです。「巣鴨百選」は、巣鴨での発掘調査の報告や、「江戸名所図会」などの史料も使ったりと、丁寧で熱心な取材をしているなあという印象を受けます。え、こんなのがタダでもらえちゃっていいの?というくらい勉強になる記事が多い。これ、定価200円と書いてあるけど、当然、加盟店ではレジ脇に積み上げられていて、無料でもらえる。ところが、私のよく行く巣鴨の某書店ではこれが商品として他の本と共に売られている。200円で。好きな本屋ではあるけれど、これだけは解せない。
追伸〜こんなサイトがありました。「ミニコミ・コム」
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