あたろーの日記
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2003年12月26日(金) 何を忘れたのじゃ

 ちょっと帰宅が遅くなった地下鉄。
 座席に腰掛けてたら目の前にほどよ〜く酔っ払ったおじさんが立って、吊革につかまりながらもあっちふら〜ふら〜こっちふら〜ふら〜。
 ちょっと心配になって文庫本の上からちらっと覗くと、目を閉じてなにやらニタニタしている。さては明日から連休かぁこのやろう〜。こっちはまだまだ仕事だわさ。。。。
 なんて思うておりましたら。。。
「あああーっ・・・わすれったああ・・・」
 といきなり大声張り上げてあーた、あたしゃびっくりしましたぜぃ。
 その後一瞬直立不動になり、電車の後方を向き・・・でも別に何も起こらない・・でしょう・・・で、そのあとまたもとのだら〜んになった。
 どうやらあきらめたらしい。でも、その忘れ物、よっぽど忘れてはいけないものだったのか、次の駅で停車した時、ちょっと吊革から手を離して振り向いて考えたのだけど、やっぱり取りに戻るのはやめたらしい。しかし、それでも電車が動き出すと後ろ髪引かれたような顔で、「あ〜」「ん〜」「っち」(舌打ち)「んあ〜」と何度も無念そうに首をかしげたりしてる。

 さて私はもう本を読めないほどそのおじさんに興味深々で、彼が一体何をどこに忘れてきたのか想像し始めたら止まらなくなったのでした。
 
 会社に
  携帯電話の充電器
  ノートパソコン
  もしくはパソコン関連機器
  取引先からもらった来年のカレンダー(大晦日にはかけておきたい)
  食べたけど洗ってない弁当箱(来年明けたら・・・)
  
 居酒屋に
  忘年会のゲームでもらった温泉旅行券

 ポイントは、彼があわてて鞄の中をチェックしたりしなかった点です。いつもは鞄に入れないものだけど、今年出社最後の今日は持ち帰らなければいけなかったもの。・・・取りに戻るほど切羽詰ってなかったけれど、ないと唸ったり舌打ちしなければならないもの、ですな。はたまた納会で羽目を外して先に帰った上司の机に何かいたずらしたか。これはもう仕事始めに上司より先に出社するしかありません。
 
 ほんとはいろいろ頭に浮かんでは消えして結構楽しかったんだけど、ここには書けません。
 
 お陰で電車乗り過ごすところでした。


2003年12月25日(木) クリスマスの夜に。

 久しぶりに40度の熱を体験。火・水と布団の中でじっとしていたけれど、一日の長いこと長いこと。少し寝ては起きて熱を測り、がっくりしてまた寝てはすぐ目が覚めて、の繰り返し。子供の頃は気楽だった。治るまで寝ていればいい。今はそうはいかない。いついつまでに治さなければという期限がある。そうしないと予定がどんどん狂う。。
 今日はようやく熱が下がり始めたので会社へ。それでも38度(笑)。子供の頃は38度でも立っていられないヘナヘナだったけど、今はなんとかやっていける。それだけ皮下脂肪がついたんだと思う。ついでに燃焼してくれればいいんだけど、だめみたい。
 帰りにようやく病院に寄って診てもらった。インフルエンザではないけど、扁桃腺の奥のほうでの炎症だって。薬5種類ももらった。熱冷ましがあるので助かる。薬漬けは嫌だけど、この年末にいつまでも風邪引いているよりはまし。

 帰宅すると、訃報が届いていた。
 数年前、東京から、遠く故郷の長崎の病院に転院して療養生活を送っていた知人。
 画家であり、また作家でもあり、いつも物静かでいながら存在感が大きく。。。私は彼のためになにもしてあげられなかったという後悔。。。ほんとに彼のためになにもしていない。それがとても心残り。お世話になったのに、ご恩も返していない。。申し訳ない。。
 幼い頃長崎で被爆し、原爆病とずっと闘ってきて、とうとう力尽きてしまった。
 クリスマスの夜に、原爆病で逝った人の訃報が届いた。
 
 クリスマスに、プレゼントを交換し、美味しい料理を食べ、賑やかに過ごすのもいいとは思う。
 けれど、私にとってそういうクリスマスはもはや子供の頃、もしくはせいぜい20代のものだ。幼い子供がいれば別だが、30代も半ばになると、さすがにクリスマスにロマンは感じても、自分達が楽しむためのイベントにしてしまう気にはもはやなれない。

 イエス・キリストが本当に望んだ世界の姿とはどういうものだったのか。
 平和で愛が満ち溢れた世界のはずではなかっただろうか。宗教の枠を超えて、クリスマスには、イエスの望んだ世界に想いを馳せてみる、そんな過ごし方をしたいと思う。
 
 戦争が原因で苦しみ、命を落とす人がいつか皆無となるように、自分にできることからでも、平和を求めていけたら、と思う。
 それが追悼の気持ちでもあります。


2003年12月22日(月) 寝ます。

 風邪だにゃー。
 人の結婚式ねたんだからバチが当たったんだにゃー。
 
 でも今日は会社を休めないので遅刻しながらも出社したですよ。
 だけど、だるそうな顔して机に座ってるのって周りの人にとっちゃきっといい迷惑でせうな。この暮れの忙しい時期に風邪なんて移してしまった日にはあーた・・・せめてマスクして行きますんで、移らないように気をつけてください。。。
 熱があるせいか、体の節々が痛い。息をするたびに後頭部や肩がボワーンボワーンと響くように痛む。喋ったり笑ったりすると両腕がゾワーッとする。退社時間になっても動くのが億劫で、ようやくトロトロと出てきたのでした。
 で、しょうがないから実験してみることにした。
 地下鉄のベンチで電車を待ちながら、自分の体の節々の痛みを、心地よいものだと思い込むという実験。まずは、ぞぞぞっと来る痛みを、満遍なく神経張り巡らせて、感じ取る。で、「あー嫌だ、この感覚」と思うのをやめて、逆に、「ああ、快感、この感覚」と思う。いきなり無理に思ってはいけない。最初は「かったるー」でもいいが、次第にその痛みを楽しむようにいとおしむように感じるようにするんである。
 そもそも、痛いものを痛い、辛いものを辛い、と思うから余計自覚症状がひどくなるんである。きっと。
 自分の感覚は自分でコントロールせねば。

 と、思い、しばらく実験を続けていたが、いい加減馬鹿らしくなってやめた。電車座席が空いてない。あーだるー。
 結局痛いものは痛い、だるいものはだるい、というお話でした。
 まことにすみません。
 くだらないこと書いてすみません。
 許してくださいすみません。
 寝ます。


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