あたろーの日記
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2003年09月19日(金) 近所猫

 近所に何匹もいる猫のうちの1匹ととうとうお知り合いになれた。
 夜道の真ん中をのそのそと歩いているのを呼び止めて、何度も何度も手招きしたんだけど、立ち止まって振り返ってこちらを見てはいるが、一向に来てくれない。「お前が来い」といわんばかり。しゃあないと思いこちらから歩み寄ると、一応挨拶程度に鳴き声上げて、頭を撫でさせてくれた。すんごいモコモコ猫。ちょっと撫でたら、「もう満足したでしょ」とでもいうように、またのそのそと歩いていってしまった。

 来週中にどうしても読みたい本があって、最近時間があると探し回ってるんだけど、見つからない。大手の出版社で、貴重なシリーズなのに、絶版で出版社でも在庫なしとのこと。だったらと古書店で探してるんだけど、ない。出版社の事情もあるだろうけど、売れなくても価値のある本は、書店にならばなくてもせめて出版社に問い合わせれば入手できるようにしてくれたらいいのに。それは読者や執筆者に対する配慮じゃないかなあ、と不満に思った次第。
 明日は神田を回らねば。以前の住まいよりだいぶ近くなったから嬉しい。
 


2003年09月18日(木) 自分なりの。

 お向かいの塀の上を猫がのそのそと歩いている(^^)

 人生、あるいは毎日の暮らしの中で、何に価値を見い出すかは十人十色だから、自分は自分のこうしたいと思う毎日を1日1日、大切に積み重ねていけばいいんだとしみじみ思う、最近の自分。

 伊勢の小さなお寺に滞在して、和尚さんからまたいろんなことを学んできた。1対1の法話や行だけでなく、和尚さんの居住まい、周囲のさまざまな人との交流から、そして多くの会話から。あちこち出張に飛び回ったりと超多忙に関わらず、この数日間は時間を作ってとことん付き合ってくださって、とことん教えてくれた。
 人生において、自分に大きく影響を与えてくれる人との出会いはそうあるもんじゃないと思う。若いうちに自分に衝撃を与えるような人と出会えた人は幸せだ、と言ってくれたのは、和尚さんの知り合い。
 僧侶としても、人間としても、非常に骨のある人だと思う。まだまだそばにいて、学びたいことは山ほどあるけれど。。。私も今の毎日に真摯に向き合おう。
 
 


2003年09月13日(土) さて今日から

 また伊勢にある知り合いのお寺にやっかいになりに行きます。
 今日から17日まで。1ヶ月ずれたけど、会社も夏休み頂いてちとのんびりしてきます。
 おしょーさんの法話を聞いたり、だぁれもいない本堂の畳の上で、大の字になってごろーんと昼寝するのがなんたって楽しみだ。今年の中秋の名月はもう終わっちゃったけど、本堂から見る月は最高だそうだ。本堂で月を見ながらそのまま寝ちゃうのもありだなや。

 この前の日曜日、早起きして近所のお寺めぐりした。前日の夕方、とあるお寺の門の前で、中を眺めていたら、閉めきった鉄の門の脇にあるくぐり戸を檀家さんらしきおじさんが開けて中に入っていったので、ははーん、こっから入っていいんだにゃー、と思ってしまった私は、その日曜の散歩の途中で、くぐり戸を開けてそのお寺に入っていったのでした。お寺とか、墓地ってすごく落ち着いて、雰囲気が大好きなので、寺も墓地も多い巣鴨に引っ越してきてほんとよかったーと思いながら、奥の墓地をゆっくり散歩した。墓石の名前見て、ここらあたりはこういう姓の人達が多いんだな、とか、これは有名なあの家系かな、とか、享年見て、若くして亡くなったのかあ、とか、墓石に書いてあることだけでも、いろんなドラマが想像できて結構飽きない。記念樹みたいなの植えたり、趣向を凝らしたお墓もあったり、はたまた墓地の片隅に無縁仏もあったりして、今は亡き人達のことを勝手に想像するのは申し訳ないけど、それが好きだったりするのだから、ヘンな趣味なのかも。あと有名人のお墓とか。生きているリアルタイムの有名人は、相手も忙しいし動き回ってるからなかなかお目にかかれるもんじゃないし、近づく機会なんてないけど、お墓となると別。相手は同じ場所にずーっと動かないで待っててくれてるようなものだもんね。お墓だったら有名人に会いたい放題(結構ミーハーだな)。
 ところが、お墓回って墓地の入り口に戻ってきたら、そこの住職さんに「どちらさまですか」と聞かれ、叱られてしまった。。しゅーん。そのお寺は門の所に防犯カメラが設置してあって、私は入ってきてからお墓を回っている間、何者じゃと観察されていたらしい。
 檀家でもない人が勝手に墓地をうろついていて、もし墓石の陰に悪い人が潜んでいて危ない目にあったら大変だという。それはもっともだ。はい。。。しゅーん。では、入り口にある本堂の前までなら入っていいかと聞いたら、普通閉門してたら中に入るべきではないでしょうと言われた。それもそうだ。。しゅーん。・・・でも。。私は、お寺って、もっと開放されたものだと思っていたんだよ。神社とかお寺の境内でぼんやりくつろぐのが好きなのでどこに住んでても近所にそういう場所があると通ってたし、今度引っ越してきた土地もそんな風にしようと思っていたのにな。用なき者は入るべからず、てな雰囲気の言われ方で、とても寂しい気がした。そのお寺、だからよく門を締め切っているのかなあ。すぐ近くに同じ宗派のお寺があるけど、そこは朝から開門してて、古いけど静かな本堂の階段でのんびりできた。お寺によってぜんぜん違うんだなあ。。・・・仕方ないかぁ。そっか、お寺によっては私は不法侵入になってしまうのかも。反省。

 話逸れましたが。。
 今日から行く伊勢の小さなお寺は、早朝から和尚さんが読経して、それが終わると本堂の窓ばーっと開けて、門も開けて、昼間は檀家さんとか近所の人が自由に出入りできるようになってる。たまーに賽銭泥棒の被害に合うらしいけど、それ以外は、忍び込んでも金めのものはないから平気平気と、和尚さんはおっしゃる。
 お寺とか教会とかって、信者だけでなくて、いろんな人がふらっと立ち寄って心を落ち着かせられる場所であるべきかと、私は勝手に決め付けてるんだけど。まあ、お寺に来る人が妖しい人じゃないかといちいち疑わなければならない悲しいご時世といえばそれまでなんだろうけど。
 和尚さんに聞いてみよう。
 
 
 というわけで、帰ってくるまでまた日記お休みします。
 皆様もよい連休をお過ごしください。

 ・・・それにしても、今日も今朝から暑い。。。


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