あたろーの日記
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友達と美味しい料理を食べて、お酒をちょっと呑んで、おしゃべりしてげらげら笑って、ほろ酔い加減で帰ってきて、駅からバスに乗った。 バスのスピードが遅くなった。そんなに道路が混んでる時間帯じゃないのに。道路わきの歩道に人が何人も集まっていて、こちらを見ている。後部座席から後ろを振り返った。 道路の真ん中に、人が大の字になって倒れていた。ひしゃげた自転車が投げ出されていて、そばに車が1台止まっていた。 。。。一気に酔いから醒めて、さあっと血の気が引いた。
人の人生の一寸先はやっぱり闇。 手探りで、懐中電灯を自分で照らしながら、歩いていく。 眠りにつく前に、今日も自分に1日がもたらされたことを、ありがたく思う。 そして、明日もまた訪れるであろう今日のつづきに感謝する。
雨の日は泣きたい気分になる。 子供の頃から。。。
静まりかえった家の中にいて雨音を聴いているのは嫌いではないのに、その雨の中を歩いていると、いつしか胸がふさがったような痛みを感じて、喉元が締め付けられていく。 なかなか片付けられない仕事を無理やり切り上げて、夜遅く、眠るためだけの部屋に帰っていく。 少しでも早く、と、バスを降り、近道を行く。 人ひとり通れる位の細い道。アスファルトの所々に小さな窪みがあって、雨水が溜まっている。サンダルの足に、道の両脇に群生するヨモギやポピーが軽く触れるだけで、葉先の水滴が飛び散ってしまう。とうとうつま先が濡れて、なんだかみじめな気分で歩いている。 傘をさして歩くと、普段の自分より身の丈が大きくなって、うっかりすると頭上を覆うバラの枝を揺らしてしまう。終わりかけた赤い大輪のバラが、傘の端にぶつかり、雨水を頬に当ててくる。 音もなく降る5月の雨は、それでも冷たくて、夜帰宅の道をいたわってはくれない。 そんな風に思いながら歩いていると、心臓の周りの薄くてもろい覆いが、オブラートが溶けるように流れてしまって、むき出しになった心が表面に浮き上がってしまう。雨水は、人の心に物理的に作用する。 ***
雨を好きになろうと決めている。 角川の「季寄せ」をめくってみる。 春の雨、春時雨、菜種梅雨、花の雨、春驟雨(はるしうう)、夏の雨、緑雨、青時雨、青葉時雨、卯の花腐し(うのはなくたし)、走り梅雨、迎へ梅雨、五月雨(さつきあめ)、虎が雨・・・ 春と夏の雨につけられたさまざまな名前のほんの一部。。 雨にもいろんな種類がある。今日降っている雨はなんの雨かとほんの少しだけ思い巡らすだけでも、雨を親しく感じるかもしれないと。。。
それでも気分が沈んでしまう時は。 この雨雲は、2日前にはかの人の、昨日はあの人の頭上に、今降っている雨と同じ雨を降らせたのだと、思ってみたり。
| 2003年05月14日(水) |
もうちょっと起きていたいなあ。 |
ねむぅ。。い。。
私のいる職場はとても勉強熱心な人が多い。 次から次へと新しい情報や知識がもたらされる業界なので、ぼけっとしてるとどんどん置いてかれちゃう。みんな通常業務が終わった後にさらに集まって勉強会したり、資格取得のため互いに切磋琢磨し合ったり、ほんとよくやるなあと敬服。私なんざ半分睡魔と闘いながら残業だもんね。。
プライベートでも勉強熱心な方々に触発されて、私も自分なりのテーマをもっともっと追求していこうと・・・思いつつ、眠い。 でも欲を言えば、もうちょっとだけでいいから、時間欲しいなあ。 1日24時間は少ないよー。 時間の使い方が下手なんだろうな。 でももう少し起きてる時間が欲しいー。 寝ます。
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