あたろーの日記
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2003年04月16日(水) 体内時計調整

 今日から夜は12時に布団に入るようにする!
 生活サイクルを変えるのです。
 12時に寝て、5時に起きる。・・・あ、いや、6時にしとこっか。
 
 朝から晩までパソコン見てる毎日。職場でも家でも。
 明るい画面をじっと見続けているから、なんだか体内時計がおかしい。
 眠りにつく直前まで、私の脳は昼間を認識しているみたい。
 寝るのがだいたい夜中の1時か2時。起きるのが6時すぎ。
 睡眠不足だ。。。しかも眠りが超浅い。
 今日は仕事中に夢を見た。
 書類をファイルしながらいつのまにかうとうと・・・手を動かしながら、でも頭の中はオフィスではないどこか山奥の風景で満たされていた。
 はっと我に帰る。
 やばい。白昼堂々と職場で居眠り。おまけに夢まで見た。
 コーヒー、会社で5杯。家で2杯。胃に穴があくのも時間の問題。しかも、コーヒーのカフェインではもう眠気が取れない。
 コンビニの栄養ドリンクコーナーに「眠眠打破」と言う眠気覚ましドリンクがあるのだけれど、成分がコーヒー2杯分のカフェインとある。当然まったく効き目なし。むしろ、「チョコラBB」とか「リゲイン」などの普通の栄養ドリンクのほうが眠気が覚める。でも毎日そんなのばっかり飲んでるのもよくないなあ。。
 それにしても、職場では皆が一日中パソコンとにらめっこ。
 たぶん寝るのと食べるの以外はずっとパソコンいじってる人も多いはず。
 皆残業もしすぎだし。・・・夜中まで働いた上に休日出勤する人も。。
 私のいる部署は体調崩して休む人も多い。
 
 身体が人間なのを忘れかけてる。
 
 外が明るくなったら自然に目覚めて、おてんと様が沈んだらお仕事やめて一杯やって夕飯食べて、そんでもってちょっと読書なんぞしてからあとはぐーぐー。目覚まし時計はいらない。
 あーそんな生活がしたいよー。
 どれもこれも思い通りというわけにはいかないけど、早寝早起きするだけで、結構変わるかな。
 
 
 


2003年04月15日(火) 孤独

 種田山頭火(1882-1940)の句が好きだ。


 捨てきれない荷物のおもさまへうしろ

 どうしようもないわたしが歩いてゐる

 いただいて足りて一人の箸をおく

 ころり寝ころべば青空

 草のそよげば何となく人を待つ

 
 裕福な家に生まれるも、幼い頃、父が他の女性と旅行中に母が自殺、父の事業の失敗、自身の神経衰弱など様々な波乱を経て、やがて妻や子と別れて禅僧として放浪の旅に出、58歳で亡くなるまで、一人句を詠み、日々孤独と向き合い続けた山頭火。
 比較にならないほど賑やかに人やモノに囲まれ、慌しい毎日を送っている私が、どうして山頭火の句に強く惹かれるのか、自分でもうまく説明できないのだけれど。

 孤独って好きだ。
 一人で考えてく時間の重なりって好きだ。

 孤独にもいろいろあって、たとえ家族と一緒でも、誰かと暮らしていても、会社にいても、友人といても、心の中に寂寥感を感じることもあるかもしれない。大事な人と死別して、孤独を噛みしめながら生きている人もいるかもしれない。周囲と上手く調和できずに、一人ぼっちだと思いながら暮らしている人も多いかもしれない。
 孤独の受け止め方は人それぞれかと思うけれど。

 苦しいことかもしれないけれど、自分の孤独とちゃんと向き合って生きてきた人に強く惹かれる。
 自分の中の孤独を飼い馴らして、大切にして、そこから何かを引き出していく人って好きだ。
 自分の孤独を見つめることのできる人は、自分にとってほんとうに必要なものが何なのかが自ずと分かる人なんじゃないだろうか。
 そういう人の行動は、まっすぐで、シンプルで、裏表がないんじゃないかって思う。
  
 いつか、互いの孤独を持ち寄って、小さな屋根の下につつましく暮らしたい。


2003年04月14日(月) メソポタミアの貴重な遺産

3年ほど前に、世田谷美術館で開催された「メソポタミア文明展」(NHKの「世界四大文明展」の一環として行われた)で買い求めた図録をめくっていた。
 ・・・ああよかった。不幸中の幸いと言うのもなんか気が引けるけれど、「目には目を、歯には歯を」で有名な、楔形文字のハンムラビ法典が刻まれたあの大きな石碑は、パリのルーヴル美術館が所蔵していた。白い石で出来た身体に真っ赤なルビーの目とへそを埋め込まれた怪しく美しい「女神イシュタル」の小さな像も、ルーヴル美術館に保管されている。

 高校生の頃、部屋にデュラン・デュラン(カッコイイ男の人ばかりのイギリスのバンドでしたね)とペルセポリス遺跡(イラン)やマチュピチュ遺跡(ペルー)のポスターを一緒に貼っていたので、同室だった妹に「雰囲気がめちゃくちゃ」とよく文句を言われていた。
 砂漠にそびえるペルセポリスの石柱や彫刻の施されたレリーフを毎日眺めては、大人になったらいつか行きたいと思っていた(思っているうちにはや30代・笑)。ちょうどその頃はイラン・イラク戦争が終結するかしないかって頃で、私が大人になるまでに観光客が安心して行けるような土地になっているのかなあと不安に思っていた。
 世界史を勉強するのが面白くて、特に古代史が好きで、大学では西アジアの古代史をやりたいと思い、その分野で著名な先生のおられる大学を受けた。・・・そしたら運悪く、私が入学するのとその先生が高齢のため退官されるのが同時で(そんなことまで調べなかったよ!)、加えて学年が進むにつれ次第に自分の足元の歴史に興味がわき、最終的には日本の考古学を専攻した。・・・まあ、アルコール以外の飲み込みが悪くて、さほど優秀な学生とは言えませなんだが。博物館で働きたいと思ったこともあり、学芸員資格も取った。・・・もういろんなこと忘却の彼方なので肩書きだけが泣いてますが。
 
 そんなこんなで、バグダッドの国立博物館に暴徒と化した人達が押し寄せて、貴重な文化遺産が多数持ち去られるという悲劇に、やりきれない思い。
 紀元前何千年というはるか昔から、気の遠くなるような時を経て、大切に守られてきたはずの歴史の証人者である遺物が、今、一瞬にして持ち運び去られ、散っていった。どこで発見されたのか、どの遺跡で出土したものなのか、そしてどういう性質のものなのか、その遺物についてどのような研究がなされてきたのか・・・そういうこともこの暴力的な行為によって分からなくなってしまう。・・・当地の学芸員や研究者達の嘆き悲しむ様子が目に浮かぶようだ。
 どのような理由があっても、今この時代に生きる私達が、過去の大切な遺物を破壊したり、由来が分からなくなるほど粗末に扱っては絶対いけないと思う。イラクにあるものに限らず、世界中のどんな地域の遺跡でも、遺物でも、文化的な遺産というのは、私達にとっては貴重な預かり物なのだと思う。未来の人達へきちんと引き継いでいかなければならないものだ。未来の人達の過去を知る権利を、今の時代に生きている私達が勝手に奪ってはいけないと思う。たとえ今私達の目に魅力的に映らないものがあったとしても、未来の人達は、同じものを見て、私達とは違ったイメージをそれに対して抱くかもしれない。
 いわゆる文化的遺産というのは、過去から未来、すべての時代に生きる人達との共通の財産であって、今現在生きている私達だけのものではないはず。
 タリバンによるバーミヤンの大仏破壊、あの恐ろしい愚行と同じ行為が、再び行われてしまった。。。
 


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