あたろーの日記
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2003年03月25日(火) 読売と朝日

 試写会で「デアデビル」(ベン・アフレック主演/4月日本公開予定)を観ました。
 昼は盲目の弁護士、夜は法の網を逃れた悪人を退治する「デアデビル」。スーパーマンやバットマン、スパイダーマンに連なるアメリカンヒーローコミックの映画化です。
 映画の中でベン演じるデアデビルは、自分が正義の名の下に暴力で制裁を加えることに疑問を抱き、苦悩し続けます。自分が裁くために襲い掛かった男の幼い息子がその光景を見て怯えて泣いています。。。
 映画の中で神父が言います。
 「復讐は復讐を呼び、憎しみは憎しみを引き寄せる」
 。。。今のブッシュ政権には苦悩する姿が見えないです。。

 日本を代表する二大新聞の社説が、今回のイラク攻撃について、見解や主張がまったく正反対。
 特に今日(25日)の社説は違いが顕著です。
 読売新聞は[イラク戦対応]「『正しい決断』と評価した世論」と題して、 声高に、この戦争の正当性と、ブッシュを支持する小泉政権に対する全面的な賛成を述べています。また以前から、「政治の最大の責任は、国の独立を確保し、国民の生命、財産を守ることである」として、そのためには巨大な軍事力を持つアメリカとの日米同盟のきずなを弱めるべきではないと強調しています。今こそ政治家は国益にかなった適切な判断をしなければならないと説いています。
http://www.yomiuri.co.jp/editorial/news/20030324ig90.htm
 それに対して、朝日新聞は、「イラク戦争-きれいな戦争などない」と題して、イラク、米英軍双方の犠牲者がこれ以上増え続けることを危惧し、「それぞれの大義名分をはぎ取ってしまえば、戦争とは人と人が大規模に殺し合うことだ。 」と述べ、戦争回避に向けて協調し努力してきた国際社会を裏切る形で生まれたこの戦争を非難しています。朝日新聞の社説は、一貫して、戦争によって引き起こされる非人道的な事態を憂慮し、ブッシュ政権とそれを支持する小泉政権を厳しく糾弾し続けています。
http://www.asahi.com/paper/editorial20030325.html
 さらに毎日新聞は、開戦前から一貫して、アメリカ主導の国際政治のあり方に疑問を投げかける姿勢を崩していません。
http://www.mainichi.co.jp/eye/shasetsu/index.html

 朝日と読売の主義主張が従来からそれぞれに異なっているのは周知のことだけど。
 新聞って、読んでると「そう言われてみればそうだよなあ」ってな感じで妙に納得させる力があるような気がしてしまうんですが。。だからたぶん、購読している新聞の種類によって、人の見解もずいぶん違うんだろうなあって感じてしまったのでした。。
 私の場合(あくまで私の場合ですが)、読売新聞の社説はなんかたたみ掛けるように論理を展開させて押しまくっているようで、少し怖い。「国益」という言葉が出てくるのも、今はちょっと抵抗を感じてしまう。正直言って、書かれていることに素直に頷けない。。
 ・・・それに、なんだかとても重要な視点を欠いているような気がする。

 新聞の社説がその新聞に携わっている人すべての主張を代弁しているとは思わないけど、社説ってやっぱり新聞の顔だから、ということはきっと、掲載されているほかのいろんな記事も、各誌で書かれ方が異なっているんだろうなあって思います。見出しひとつとっても、そこに書かれている出来事が読者に与える印象は大きく異なってしまうし。見出しの文句、写真の選び方、取材した記者の視点によって、読み手に与える情報の中身が左右されてしまうし。それから時々各紙に載っている世論調査の数字なんかも、新聞によって全然違う。今回のイラク攻撃に関する世論調査の結果だって、読売と朝日では、まったく出てくる数字が異なっています。この違いは一体何?っていうくらい違っています。・・・あんまり考えたくないけど、ふと、「情報操作」という言葉が頭をよぎりったりして。。
 いや、もう、多かれ少なかれ、メディアはどれも作る側の視点によって情報を操作されているようなものですよね。テレビのニュースだって、決められた時間の枠組みの中でどのニュースを取り上げるかで、視聴者に伝わる情報は限られてしまうし。カメラの向いている方向で情報の中身も決まるし。
 だからやっぱり、ひとつのメディアに片寄らず、いろんなところから情報を多角的に得て、自分の視点がどこにあるかいつも把握しておかなきゃならないんじゃないかなあ、って、また偉そうに呟いております。
 ところでYahoo!のトップページ、イラク攻撃のニュース特集、もうさっさと真ん中から上の小さなスペースに移動させちゃったんですね。ちょっと不満。じゃなくて大いに不満。
 
 
 
 
 
 


2003年03月24日(月) 悲しい現実

 眼球が痛い。
 目の周りの筋肉がつっぱる。
 瞼の痙攣もまだ少し残る。
 会社でみんなに聞いたら、それって眼精疲労じゃないかと言われた。
 確かにそうだ。
 会社と自宅、毎日10時間以上はパソコンの画面に向かっている。
 瞼の痙攣が始まったのは、イラク攻撃で私の神経が昂ぶったからじゃなくて、パソコンによる目の酷使しすぎによるものらしい。
 眼精疲労も放っておくとよくないらしい。会社ではどうやらこれがもう半分職業病っぽくなっていて、視野の周りが黒っぽく見えるとか、瞼の痙攣しょっちゅうとか、そういう人だらけだ。よくない。パソコンは。
 とにかくこの目の痛みがひどくならないようにしないと。
 早くコンタクト外して目の上に冷たいもの乗せて横になりたい。
 
 結局、イラクのことより、今日は自分の目をずっと気にしていた。
 私って偽善者だ。
 同じ空の下で人が死んでいくというのに。
 しかも、明日は仕事帰りに映画の試写会に行く。アメリカ映画。
 イラク攻撃に抗議してアメリカ製品の不買運動をひとりでもやろうかと思ったけど、目の前にあるパソコンのOSもアメリカ製だと気がついたら、その気持ち、さっさと萎えた。パソコンがないともうお手上げ状態の私。
 どこに行っても何をしても、今の日本はアメリカ、アメリカ。
 マックも、スタバもアメリカ。IBMも、アメリカ。
 
 だけど、家に帰ってきてニュースのサイトを見ると、やっぱり思う。
 お願いだからもうこれ以上犠牲者を出さないで欲しい。
 殺さないで欲しい。
 怖がらせないで欲しい。
 やっぱり、アメリカはおかしいよ。
 ちょっと、感覚が狂ってるよ。

 まだそんなに外での反戦運動に参加してないけれど、何回か行った先々で、高校生や中学生がとても多いのに驚いた。
 まだちょっと幼さが顔に残る女子高生達が、大使館の前で一生懸命平和を求める声を上げて、みんなの前でマイクを持って意見も言っている。
 私が彼女達と同じくらいの頃は、自分のことしか考えてなかったと思う。
 大学生のときに湾岸戦争が起こったけれど、テレビで見ていてニュースキャスターの「まるでテレビゲームを見ているようです」という台詞をぼんやり聞きながら、「どこか遠くで起こっているテレビゲームのような戦争」を、暗闇の中で閃光が走る映像を、ただなんの実感もなく眺めていた。フセインはクェートに侵攻したんだからアメリカの驚異的な軍事力でこてんぱんにやられて当然、みたいに思っていたし。
 だけど、今、その時の自分をとても恥じている。
 当時、アメリカの最新鋭の兵器の威力をまるでショーのように見せられる裏側で、決して報道されることのなかった事実。
 米英軍がイラクに落とした「劣化ウラン弾」という兵器によって、今なお多くのイラクの子供達が、白血病や甲状腺がん、無脳症、肝臓障害などで苦しんでいるという恐ろしく悲しい現実。
 これは、フォトジャーナリストの森住卓さんのホームページの一部です。
 http://www.morizumi-pj.com/iraq3/friday/friday.html
 (↑この部分をコピーしてブラウザのアドレスのところに貼り付けて見てください)
 
 やっぱり、戦争によって最も犠牲になるのは、一番の弱者である子供たちだ。
 
 
 
 


2003年03月23日(日) GLAYのTAKUROさんの詩

 自分と違う意見の人の話を聞くのって大切なことだと思うし、それに対して自分が納得できなくても、相手の話の中から何かしら自分にとっての新しい視点をもたらすことも可能なので、人との議論の機会ってありがたいと思う。
 ただ、それも時と場合によりけりかもしれない。
 今回の戦争や反戦運動についてちょっとやりとりしていて、ふと、この人はもし、アメリカ軍の兵士のひとりが、「じゃあ俺の代わりにこれから戦場に行ってくれ」と軍服を渡してきたら果たしてどうするのかな、と思ってしまった。もしくは今イラクで実際に起こっているこんな状況↓
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20030323-00000643-reu-int.view-000
に自分が居合わせたら、どう思うのかな、と考えてしまった。
 今、世界や日本のあちこちで起こっている反戦運動について、あまり好ましく思っていない人もいるんだなということは分かっているけれど、でも今はそのことをめぐって議論している場合ではないような気がする。別に反対意見あってしかり、だけれども、互いに言い合っている間にも、イラクでは子供達が犠牲になり、多くの市民が怯え、爆弾から逃げ惑っている。双方の兵士の命もこれ以上失ってもらいたくない。人の命を救う、そのことに、なんの論理が必要だろうか?
 ・・・もう、この戦争について人と議論するのはやめようと思う。なんだかとっても空しくなるもの。私の頭は難しい議論にはついていけないし。それに、考え方の違いはあっていいと思うけど、それを互いに認めさせようとしても、今はなんの役にも立たない。
 今私達がしなければならないことは、現実に起こっていることを直視することだと思う。そして、最善を求めていくことだと思う。

 なんかまた吠えてしまってすみません(私ってやっぱ相当理屈こき)。
 ここのところずっと吠えまくっているような気がします。
 そればかりでは読みに来て下さる方に申し訳ないので、少しでも何かお役に立てるものをと、トップページに今回の戦争や反戦関連のリンクページを貼り付けました。でも私のサイトよりもっと充実しているところが多いので、あんまり役に立たないかな。。それでも、今後ちょこちょこ増やしていきたいです。
 
 今日、いろんな反戦を訴えるサイトを見ていて、GLAYのTAKUROさんのサイトに掲載されている詩に胸が熱くなってしまいました。
 ほんとはここに全部掲載したいのですが、著作権に引っかかってしまうんでしょうか?というわけで、サイトのアドレスをお知らせします。
 「TAKURO-NO-WAR.jp」http://www.takuro-no-war.jp/(リンク集にも載せておきました)。
 GLAYというバンドの曲、ほとんど聴いたことがないのですが、シンプルな言葉で、とても説得力のある詩だなあと思いました。この詩の言うように、誰にも奪えない大切なものすべてを、戦争は奪ってしまうのだと、今、報道写真が伝える戦地の様子を見ていて思います。。。この詩を、ブッシュさんやブレアさんや小泉さんに見せてあげたい。
 
 


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