あたろーの日記
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2003年03月22日(土) 祈りの力を信じたいです。

 米英軍は、重要な油田地帯を確保しつつ、バグダッドへの大規模な空爆を行っています。バグダッドでの市街戦も近いと言われています。
 イラクの子供達はどうしているでしょうか。
 母親達はどのような気持ちで子供達といるのでしょうか。
 もし市街戦になって、バグダッドの子供が武器を持って米英軍の兵士に向かってきたら、その子供の命はどうなるのでしょう?
 イラクの若者達はどうしているでしょうか?
 もしかしたらこの前まで、友人達と恋愛話に花を咲かせていたかもしれない私と同世代のバグダッドの女性達は、今、自分の背後に近づいてくる死への恐怖に怯えているはずです。。
 地球のどこかで、空襲に恐れおののきながら逃げ惑う人達がいるということは、世界中の人達にとって不幸な出来事です。人が殺し合うのはこの上なく悲惨なことです。。
 国の指導者達は自分の手でそれを行うことはありません。いつも身の安全を確保できる場所にいます。殺されるのは市民で、殺すのは兵士です。米英軍の兵士達が、この先、自分の人生の中で、この戦争のことを悔やまないということがあり得るでしょうか?
 
 アメリカ最大の映画の祭典であるアカデミー賞が予定通り開催されるとのことです。
 その理由として、主催者側は、「米国の文化や価値が世界中で脅威にさらされているとき、われわれ米国民と国の最高の時を映し出した業績をたたえることは、これまでにも増して大事なことと思う」(アカデミーのピアソン会長)と述べています。
 そのアカデミー賞、1986年の第59回の時に、作品賞や監督賞など計4部門を受賞したのは、世界中で多くの人に衝撃と感動を与えたあのオリバー・ストーン監督の「プラトーン」です。
 あの映画の精神が、アカデミー賞の中で今どのように位置づけられているのか、主催者が、またアメリカの映画人たちがこの戦争をどのような目で見ているのか、注目していきたいと思います。

 私ごとですが、2〜3日前から左上瞼がちょと痙攣するなあと思っていたら、今日はそれが頻繁に起こるようになってしまいました。痛みはないのですが。ネットで調べてみたら、ストレスが引き金になっている神経系統の病気の前触れかもしれないので、このまま痙攣が続くようなら早めに医者に行こうと思っています。イラクの子供達が死の恐怖にさらされている時に、やわな神経ですね。。。
 自分で言うのもなんですが、私は日常生活で怒りを感じることはあまりないほうだと思っています。人と人との触れ合い、日々のやり取りの中で、摩擦が起きたりするのは当然のことなので、いちいち気にしないことにしています。けれど、今回のこのイラク攻撃に対しては、今までになく神経を昂ぶられせています。それは私だけではないのですが、言葉では言い表せないほどの怒りを感じています。もしかしたらその感情が、気づかないうちに神経を圧迫させているのかもしれませんね。私以上にこの情勢を憂えている人はもっともっと沢山いるのに、こんなことを言うのは申し訳ないのですが。。
 そんなこともあって、今日は、自宅で静かにしています。
 もともと目が弱いので、あまりパソコン画面ばかり見ないように、静かな音楽をかけて、部屋の掃除をしたりして過ごしています。
 けれども、そんな風にしていても、やはりイラク情勢のことが頭から離れず、結局しょっちゅうパソコンの電源を入れてしまいます。そして、ネットのニュースで、バグダッドの空が真っ赤に燃えている様子を見るにつけ、怒りの気持ちで一杯になってしまいます。。
 
 しかし、怒りの感情というのは、こうして抱えててもあまりよいものだとは感じません。感情の持つエネルギーは、私達の認識よりもはるかに強いものだと思います。人が持つ感情は、その人のいる空間の空気の性質を変えます。人の感情、想いは、その場所だけでなく、距離も、時間も超えて、至る所へ飛んでいきます。憎しみや怒りの感情は、その人自身だけでなく、周囲の人や、遠くの人へも影響を与えます。それもあまりよい影響ではありません。逆に、愛に満ちた感情、想いは、その人や周りの人のいる空間を浄化します。そして、愛の感情のほうが強力で、より遠く、より広く飛んでいき、新しく愛を生み出し、惹きつけるものだと思っています。・・・人間の脳は、私達の認識よりもはるかに大きな能力を持っているものだと思います。また、私達の住む世界が、日常が、普段目に見えているものだけで組織されているのではないということも、事実だと私は感じます。。
 自分が感じた怒りを、イラクの、そして実際に戦場に行ってしまった米英の兵士の人達の命を救う方向への行動に転換して、これからも外に出て多くの仲間と平和を訴える目に見える活動をしていきたいと思います。
 と同時に、自分の心の中で、愛に溢れた想いを強く大きくして、それが遠い砂漠に送り届けられるようにいつも祈っていたい。
 多くの人々が、世界のいたる所で、祈っていると思います。
 愛に溢れた祈りの力を信じたいです。
 多くの人の、目に見える抗議と平和を訴える活動と、静かで力強い愛に満ちた祈りの力が、今の状況を必ず変えることができると信じたいです。
 

 


2003年03月21日(金) 世界中が平和を願っている。。。

 世界中で反戦運動が激しくなっています。
 ヨーロッパやアジアでも、イスラム諸国でも、そしてアメリカ本国でも。
 多くの国々で大規模な反米デモが行われています。。

 今日は芝公園から日比谷公園までのデモ行進「ピースウォーク」と、その後のアメリカ大使館前でのシュプレヒコールに参加してきました。
 私が大使館前に立つのは今日でまだ3回め、デモ行進に参加するのは初めてでしたが、反戦運動に加わる人達の数が日を追って増えていることをひしひしと肌で感じます。
 自分ひとりが動いたって別に何かが変わるわけじゃないけど、だけど何かせずにはいられない、何でもいいから自分にできること・・・と思ってぞくぞくと集まって来るんだと思います。私もそう。その気持ち、大切にしていきたいと思います。
 不思議なんだけど、同じ意識で、同じ目的で同じ場所に立っていると、見ず知らずの間柄でも自然と仲間意識が生まれてくるよう。繁華街や駅のホームで人ごみを歩いている時に感じるような居心地の悪さや、ピリピリ感はまったく感じられません。なにか頼みごとや聞きたいことがあっても、お互いさらりと話しかけられる。すぐに笑顔を交わすことができる。何回か同じ顔があると、ぐんと親近感も湧いてくるし。私も何人かの方から「昨日も来てたでしょう?」って声を掛けられました。私と同世代の人、おじさん、おばさん、大学生、高校生、中学生、そして小学生。。アメリカ人、韓国人、そしてイスラム圏からの人達。。みんな思いはひとつです。平和を求める気持ちはこの先もきっと変わりません。
 デモ行進、大使館前でのシュプレヒコール、テレビ局のカメラが常に何台か来ています。でも、本当に大使館前での抗議行動の真の姿を放映してくれているのでしょうか?大勢の人の「戦争反対」「NO BLOOD FOR OIL」という抗議の叫び声はリビングルームに届いているでしょうか?新聞は世論を正しく紙面に載せているでしょうか?例えばアメリカ大使館前で抗議の集会に参加しようと警官ともみ合いになり逮捕された人が、「過激派」と表現されていたニュースがありましたが、一体何を基準に過激派というのでしょう?逮捕者が出たということばかりが大袈裟に取り上げられて、大規模な抗議行動のことはさほど報道されてないのではないでしょうか。大使館前でシュプレヒコールをする400人が警官と睨み合う一幕もあり終止混乱した、という表現もありましたが、警官と睨み合い混乱していたのは正確には大使館前の400人ではなく、そこから数百メートル手前で行く手を警官と機動隊に阻まれて抗議していた一団の人達です。
 警察の方々はデモをする人達の安全のためにも大規模な警備体制で臨んでくれています。メディアの方々がいるから、平和を求める声がその場にいない人達にも伝わります。
 けれども、メディアが伝えていない、伝えようとしない部分も実際には多くあり、たとえ伝えられたとしても、脚色されたり、取材する人の主観によって内容が正確さを欠いたりすることも多々ある、ということを感じています。
 私の自宅のテレビは壊れていて、新聞も今は宅配してもらってません。だからインターネットで各新聞社、テレビ局のサイトをいろいろ回って読んでいます。またテレビ局のサイトでは、実際にテレビで放映したニュースをストリーミングで配信してくれるのでそれを観たりしています。なるべく1ヶ所のメディアに片寄らず、多くのメディアから情報を得て、自分なりにこの戦争について考えていきたいと思います。

 米英軍にとうとう死者が出てしまいました。イラクにも亡くなった人がいます。たとえ兵士でも、どんな信条を持っていても、同じ人間には変わりありませんよね。家族や、恋人や、親がいるはずです。。
 もし、私の愛する人が戦争に行って死んでしまったら、たとえ彼がその戦争に行くことを納得していたのだとしても、私は一生悲しみ続けると思います。アメリカでもイギリスでもイラクでも、どこの国に限らず、愛する人を失って絶望する人がいるならば、その痛みを分かち合って、そしてやっぱり二度と戦争は起こしてはいけない、と改めて強く願うに至るのです。。。


2003年03月20日(木) 米国大使館前シュプレヒコール

 こんな風に自分のサイトに戦争反対の意見を何度も書いたり、デモに参加したりすることについて、なに馬鹿なことやってるんだろう、とお考えの方もいらっしゃると思います。
 けれどこれが私のやり方です。
 どうしても戦争は許せないのです。
 人が人を殺す、そのことが許せないのです。
 この地球が、この環境が、あたかも人間だけのものであるかのような考え方も、間違っていると思うのです。
 多くの方がいろんな方法で反戦の意思表示をされていると思います。
 私も、私にできるやり方で、とにかく行動していきたいのです。
 本当は、今日のこのイラク攻撃のニュースを知って、怒りではらわたが煮えくり返る思いなのです。世界全体にとって、あまりにも悲しい出来事です。胸が締め付けられるほど苦しいのです。
 でも、その原因を作ったブッシュやアメリカを憎んだり、暴力的な行動に出て自分の主張を押し通そうとしたら、それこそブッシュやアメリカと全く同じ行動をとっていることになります。そもそもそんなことをしても状況は悪くなるばかりで根本的な解決には何も至らない。
 だから私は、出来る限りの署名をしたり、デモに参加して多くの仲間と声を上げたり、こうして自分のサイトにみんなの反戦運動の様子を写真や言葉で掲載してサイトを見てくださる方に情報として知ってもらったり、さらには自分の想いを日記に綴ったりしたいのです。
 自分と同じことを他の方々にもしろとは言いません。人それぞれ考え方は異なるし、平和の訴え方も違うと思います。平和を願う行動は他にもいろいろあると思います。自分が偉い人間だとも、凄いことをやっているとも思っていません。もっともっと多くの大変な活動を長く続けている人達が沢山います。私は、今の今、自分がしたいことをしているだけです。本当にすべての人の命が尊重され、地球環境が守られ、生きとし生けるものが大切にされる、そんな世の中になって欲しいから、自分なりのやりかたで行動しているだけなのです。そして自分のやっていることを自分のサイトで表現することによって、興味を持って見てくださる方々の参考になったり、草の根の記録としてネット上に存在できれば、と願うのです。
 私のサイトを見て誰かがパソコンの前で共感してくださった時、目には見えないけれどもそこで平和を願うネットワークがちゃんとつながるもんだと思っています。目には見えなくても、何かが一歩前に進むのではないかと思うのです。。。

 今日も仕事を終えて赤坂のアメリカ大使館に向かいました。
 まさかとは思ったのですが、地下鉄の溜池山王駅から地上に出る出口は、アメリカ大使館に一番近い出口を念のため避けました。あとから知ったのですが、大使館そばの地下鉄の出口は封鎖されて大使館に向かう人達は、そこで足止めを食らっていたそうです。
 地上には簡単に出ることができましたが、その後が少し大変でした。
 アメリカ大使館に続く道という道にはすべて警察官と機動隊が立っていて、大使館に向かおうという人達はそこから先へ通してもらえないのです。地下鉄の駅に一番近い大使館への道の入り口に立っていた警察官は、にこやかに「大使館に行かれる方は遠回りですが溜池のほうから回ってください」と示してくれたのですが、その通りに遠回りしていくと、次の路地に待ち構えていた別の警察官には「この先は通せません」と完全にシャットアウトされます。何組かの市民グループが警察官と押し問答をしています。その時警察官の1人が「何言ってるんだよ、他の人達はみんなもう何時間も前から来て(抗議)活動してるんだよ、あんたたちは今頃になってのこのこやってきて通してくれなんて虫が良すぎるだろう」と私達に言いました。・・・それを聞いた市民グループの人達も呆れたようでしたが、私も言葉を失いました。まったく話になりません。この警察官には何を言ってもたぶん無駄でしょう。・・・他の人達が警官とやり取りしている間にもしかしたら先に歩いていけるかもしれない、と思った矢先、目の前に20人位の機動隊の人達がやってきて、一気に道を封鎖してしまいました。
 武器など持たず、仕事帰りに職場の仲間達と通勤バッグ抱えたまま大使館前に寄って抗議の声を上げてこよう、という感じの何組かの市民グループがそこで諦めて来た道を引き返していきました。機動隊のほうを見て、首をかしげて「話にならない、これは一体なんなんだ」と呟く人もいました。
 私はもう少し別の道があるかもと思い、さらに遠回りしてみました。
 やはりいくつもの抗議グループがあちこちで警察官と機動隊に止められています。激しいやり取りも見えます。
 こういうときは、いかにも抗議に来ました、という様子は見せないほうがいいようです。プラカードを手にしていたり、2人以上のグループでは通るのも難しいようです。
 私は1人で、ただの通行人を装い、携帯電話でメールを打ちながら(実際は写真日記の文字を打っていました)、警察官と目を合わせないようにして運良く最後一番駅から遠くて警備の手薄だった道から大使館前にたどり着くことができました。警察官が他のグループを止めている脇を通ったとき「抗議に来たの?だったらこの先は通せないよ」と言っているのが聞こえました。
 おかしいと思いませんか?
 日本では言論の自由は保障されているのではないのですか?
 昨日はデモのための場所を確保して通行止めまでしてくれた警察の方が、今日はデモに参加するためにやってきた人達を大使館前まで行かせないように周りの道を封鎖しているのです。少しは予想していたのですが、やはり驚きました。
 
 ようやくたどり着いたアメリカ大使館前。
 昨日と同じ場所に、今夜は昨夜よりさらに多い人達がすでに集まっています。400人以上はいるでしょうか?昼間からずっといる人も多いようです。休日前夜ということもあるのでしょうか、また場所柄もあるのでしょうか、昨夜より、コートを着てブリーフケースを抱えたサラリーマンも多いような気がします。私と同じ位の仕事帰りとおぼしき女性も多いです。私と同じ位かそれより上の世代の方たちが圧倒的に多いかもしれません。小学生や幼稚園児を連れた家族連れも混ざっています。過激な行動を取りそうな人はまったく見えませんし、実際昨日も今日もそんな人に私は遭遇しませんでした。でも、私達の前にも脇にも、警察官が間隔を置いて立ち並び、時々機動隊が前の道路を列をなして横切っていきます。機動隊が向かった先からは、大勢の怒号が聞こえてきます。あとで知ったのですが、運良く大使館前に来ることができたのは私を含めほんの一部だけで、他に数千人規模の人達がそれぞれのグループで大使館前に集まる予定だったのに、周囲の道で止められてしまい、大使館に近づくことができず、警察官と言い合いや小競り合いになったりしていたそうです。
 どうしてですか??
 皆、なにも、大使館の建物に危害を加えたり過激な行動をとろう、危険なことをしようなどと思ってないことなど、集まった人達のいでたちを見れば分かるはず。沢山集まると暴動になるとでもいうのでしょうか?確かに大勢集まると将棋倒しなど何かと危険な事態は起こりうるとは思うのですが、皆少なくともブッシュ大統領よりは理性があって、何より平和を訴えたくて大使館前に集まってきているのです。大使館前でなければどこに行けば直接アメリカの役人に声が届くというのでしょうか?その場で立ったまま「戦争反対」「ストップウォー」と叫ぶことのどこがいけないのでしょうか?
 暴動を起こそうと集まった人達ではないのです。大使館に抗議したい人すべてを通して、大使館を取り囲んで抗議の声を上げるのを見守ればよいのではないですか?皆、1人1人の力では限度があるけれど、それが大勢になれば有効な力になると思ったから集まったのです。それなのに、規制されてしまいすべての人達が集まれないというのはどうしてでしょうか?
 これは明らかに言論の自由を奪う行為ではないでしょうか。。。
 
 警察官も公務員の職務を遂行しようと一生懸命なのは分かります。
 ほんとうは一緒に抗議の輪に加わりたい人だっていると思う。だからあそこに立っていた警察官個人個人を非難しているわけではないのです。人にはそれぞれに立場というものがあるから。
 ただ、自分の意見を訴えるために集まる人達を排除するということを、一体誰が決めたんだろう、と思います。
 自分の言いたいことを言うのに窮屈感を感じた夜でした。
 
 今夜はノンフィクション作家の吉岡忍さんも参加されていました。
 
 

 
 
 

 


 


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