あたろーの日記
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2003年03月13日(木) 平和ってそんなに難しいものなの?

 平和って、そんなに実現が難しいものなの??

 イラクへの武力行使、ブッシュ大統領はまだやる気満々なんだね。
 これだけ国際世論が平和的解決を望むほうに盛り上がっているのに、相変わらず強気。フランスをはじめとする安保理の国々も武力行使に反対しているのに。
 アメリカ国内でも、武力ではなく、平和的解決に尽力するようにと世論が盛り上がっているのになあ。
 ブッシュ大統領、アル・カイーダ一掃に乗り出したついでにイラクにも矛先向けたけど、もう今更後に退けないっていう感じ。。自分で作り出した正義の論理にがんじがらめになってる感じ。
 
 イラクや北朝鮮の現政権が、国内外で不条理なことをしているのは確かだろうし、このまま放っておいたら危険な事態を生じかねないというのも分かるけど、だからって武力行使に出るのは短絡的としか思えないんだけど。
 交渉に交渉を重ねて時間をかけて平和的に解決していくことって、そんなに無駄な手段なんだろうか。
 じっくり腰を据えて交渉している間にもミサイル作ったり問題はいろいろ起こってくるだろうけど、武力でそれを阻止することは、相手の国民を危機にさらすことになってしまう。アメリカともあろう大国の大統領なら、自国だけでなくほかのすべての国々の国民の命をも尊重してくれる人であって欲しい。
 最近よく思うんだけど、これだけインターネットが発達して世界中が蜘蛛の巣状の情報網でつながったり、航空機であちこちの地域に行く時間が短縮されたりして、世界ってどんどん狭くなってきてると、自分の国の伝統や文化を大切にしながら、他の国々とのいろんな面でのコラボレーションが、ネットの力でどんどん生まれていくような気がする。たとえば平和運動みたいな、人類の誰もが望む普遍的で恒久的な世界のあり方を求めていく活動だって、この先国境なんて関係なしに展開していくと思う。そうなってくるとますます、人の命に国や人種や宗教の違いなんて関係なくなってくると思う。そういった場合、政治家に求められるのは事態を多角的に、さまざまな視野を駆使して対処できる姿勢であって、ブッシュ大統領のように柔軟性のまったくない政治家は状況をややこしくするだけのような気がする。。
 それから日本の内閣みたいに、とりあえず自国の利益のためにアメリカを支持する態度を示しておきながら、今みたいにアメリカとイギリスが孤立しそうな状況になってきたら急に不安を感じてトーンが低くなるような姿勢も、これからの国際社会じゃとうてい通用しない、っていうか、もう相手にされないと思う。
 まあ、小泉首相は靖国問題をはじめいろんな問題でも、世論なんかぜんぜん興味ないみたいだから、国内での平和を望む声が聞こえてない可能性は大きいけど。
 恥ずかしいよね。
 日本は、過去の戦争の当事者だったのに、歴史を教訓としてまったく活かしきれてない。活かそうとしていない。
 こういう状況の時に、平和的な解決に向けて国際政治の上で活躍してもいいくらいなのにね。
 
 今日はちょっと辛らつです。偉そうにすいません。
 


2003年03月12日(水) 犯罪都市

 先日会社で駄洒落を言っているうちに、キラー・カーンの名前が出てきて、「誰だったっけ?」と思いネットで調べたら、そうそう、私が子供の頃活躍してたプロレスラーでした。てっきりモンゴルか中東の方かと思ってたんですが。
 今日コンビニで雑誌「ターザン」を立ち読みしてたら、偶然にもキラー・カーンについて書いてあった。
 !?キラー・カーンって、新潟県人だったんだね!
 し、知らなかった。。。
 しかも西蒲原郡出身だ。私も子供の頃住んだことがあります。
 新潟県出身のプロレスラーは、ジャイアント馬場さんしか知らなかった。
 というわけで、キラー・カーンのことが急に好きになりました。もうとっくの昔に引退しちゃってるけど。
 ちなみに小学生の頃は、ドリーとテリーのファンク兄弟が好きだった。
 特に弟のテリーのほう。
 今思い返すと、ファンク兄弟より、悪役だったブッチャーのほうがいい味出してたかも。でもすぐ凶器出して流血沙汰になるから、夕ご飯食べながら見てて家族みんな気持ち悪くなって、しょっちゅうチャンネル変えてた。あの頃はまだリモコンなんてなかったから、チャンネルつまみをがちゃがちゃ回して、画面が変わるたびに「止めろ」とか「そこはだめ」とか大騒ぎしてたな。

 。。。話は変わりますが。
 昨夜親友が「ひったくり」被害に遭ってしまったそうです。
 不幸中の幸いというか、怪我はなく、お財布や携帯電話は無事だったとのことですが、奪われたバッグにはほかに大切なものも入っていたようで。。
 そうですよね、怪我がなかったとはいえ、精神的な被害ははたで見るより大きいですよね。
 東京って、やっぱり住みづらい場所だなあって思う。
 上京して1人暮らし始めてからずっと、日中在宅しててもアパートの鍵はしっかりかけてるし、帰宅したときは、アパートに入っていくのを知らない人に見られないように周囲に目を配ってからアパートに入るようにしています。加えて、道を歩くときは、時々振り返ってどんな人が自分の後ろを歩いているか確認します。怪しげな男の人だったら、疑うようで申し訳ないけど、道の反対側に移動するか速足で遠ざかるか、こっちが足を止めて先に歩いてもらうようにします。
 妹が昔東京でスリ被害に遭ったこともあるし、友達の家も空き巣に入られてるし、私も夜帰宅する時、自宅の近くで警備にあたってたおまわりさんに「ここは最近危ないから」と注意されたこともあります。だから、東京で暮らしている限り、神経質にならざるを得ないです。。
 こんな風にしないと暮らせない東京って。。。
 他にもっと危険な都市は、世界中に沢山あるのでしょうけれど。。
 
 でも、年末帰省したとき、中に家族が在宅しているにもかかわらず、実家の玄関の鍵もかけられていてちょっと驚きました。
 もう、田舎だから安全というわけにはいかないんですね。
 
 玄関のドアも、勝手口のドアも、家中すべての窓も開け放って、風の通り道を作ってあげるような暮らしって、もうできないのかなあ。
 人の心まで風通しが悪くなっていくような気がする。。

 


2003年03月11日(火) インコのイン子

 今日はちゃんと新宿までたどり着けました。
 寒かったですけど。。
 空には雲がなくて、空気も澄んでいたような気がしたのですが、いかんせん寒い寒い(@_@;)
 立ち止まると寒さが増すので、とにかく歩き続けましたです。。

 帷子川のタマちゃん問題。
 タマちゃんを北の海へ返してあげようとする動物保護団体と、あくまでタマちゃんの意思を尊重してあまり刺激しないようにそっとしておこうという人達との間で、タマちゃんが揺れ動いてますね。
 どっちがいいんだろう。。
 どっちもタマちゃんに対して愛情があって言ってることだから、双方の言い分ももっともだと思うんだけど。。
 
 小学6年の卒業式を前にして、当時クラスで飼っていたインコのイン子ちゃんを卒業にあたってどうするか、道徳の時間を何時間も使ってみんなで話し合ったことがあったなあ。。
 ずっと鳥かごで育ってきたのに、今更外に放してもちゃんと生きていけないから、誰かが自宅に連れ帰って世話をするべきだ、という意見と、このまま一生鳥かごの中に閉じ込めておくのは可哀相だし、みんな卒業してクラスはなくなるんだから、これを機に自然の中に羽ばたかせてあげようって意見で、クラスは真っ二つに分かれて、先生が「とことん話し合いなさい」と時間を沢山くれた。
 みんなくたくたになるまで話し合って、最終的に鳥かごから出してあげることになった。
 卒業式の日、式を終えてみんな教室に戻ってきて、窓際に集まってイン子の鳥かごを開けて、旅立つのを見守った。
 まだ寒い3月。イン子はなかなか鳥かごから出ようとしない。入り口が開け放たれたのに、それがどういうことか分かってないみたいだった。
 やっぱり放すのはやめようよ、と誰かが言ったとき、イン子は窓枠にちょこんと乗って、それから勢いよくぴょーんと青空に羽ばたいていった。
 みんなが窓から見守っている中、イン子は近くの木の中に落下して、一瞬ヒヤッとさせたけど、またすぐ、こんどは慎重によろめきながら、あっちこっちの木に移動しつつ、だんだん遠ざかって行った。
 鳥かごの中でずっと過保護に育てられてきたイン子を、いきなり自然の中に飛び込ませることは少々無茶だったかもしれないけど、あのまま小さな鳥かごの中に一生閉じ込めておくのはもっと可哀相な気がした。
 広い空を自由に飛びまわって、食べ物を探して、好きなものを食べて、いろんなものを見て、危ない目にあったり、どきどきしたり、わくわくしたり。。鳥かごの中と、自然の中、どちらが長生きできる場所かは分からないけど、たとえ短い一生でも、自分の意思で自分の人生生きられる喜びをイン子が得られるなら、それが一番いいのじゃないかと思った。それに、もしかしたらパートナーや友達に出会えるかもしれない。羽根があるなら羽根で行ける範囲まで行動できるのがイン子のほんとうの幸せじゃないかなって思った。

 あの日から20年経つけど、3月になるとイン子のこと、必ず思い出します。実を言うと、あの時飛び立たせてあげたのと、かごの中で守ってあげるののどちらが良かったのか、自分でもはっきり結論は出ていません。
 でも、よろよろしながら一生懸命羽ばたこうとするイン子の姿が見えなくなるまで、みんなで「がんばれ」って声援を送っていたあの時間が、青空とまだ芽の吹かない木々の枝と、イン子の黄色い小さな身体が、昨日のことのように頭の中にこびりついています。
 イン子の寿命はとうの昔に尽きているだろうけど、私の中のイン子はまだ生きていて、私はその小鳥にまだ声援を送っている。
 私の中のイン子は、まだ飛ぶのがかなり下手。。
 
 
 


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