あたろーの日記
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お友達であるおじさんおばさんと3人で吉祥寺で一杯飲んできたですよ。 ちゃんこ囲んで久保田千寿飲みました。 久保田久しぶりだあ。やっぱ新潟のお酒は美味いのぉ。。 70歳を超えてるのに酒豪のおじさんは、久保田一升瓶で頼んだほうがいいくらい飲む、飲む、飲む。 んでもって気持ちよくなって、自分が学生時代に入り浸ってた新宿ションベン横丁の話をいろいろしてくれた。おもろかった。 昔はションベン横丁の片隅で皆ずらっと並んで立ちション(文字にすると恥ずかしいですな)をしていたそうだ。だからいっつも匂いがたちこめていたんだって。私はせいぜいあそこでカレーを食べたことくらいしかない。今はどうなのか分からないけど、昔はあそこ一帯はやーさんが仕切っていて、あんまり偉い学生さんだとちょっとお呼ばれされてずいぶん可愛がって頂いたそうだ(痛そう・・・)。でも義理人情に厚いやーさん達にはその後ほんとに可愛がってもらったりして、授業より横丁で飲んでるほうが多かったらしい。。昔の日活映画の世界みたいだ。 数年前、燃えちゃいましたね、ションベン横丁(思い出横丁)。今は復興してますが。 あそこでションベン臭い青春を過ごしたおじさんがちょっと羨ましく思えたのでありました。 。。。さすがに私には遠い世界であるからにして。 その後帰宅して、石鹸とタオル持って銭湯に行きました。 アパートにはお風呂あるんだけど、ユニットバスだから物足りない。 だから、時々近くの銭湯にふらふら入りに行きます。 銭湯は夕方早い時間だとおばあちゃん天国だけど、夜遅い時間帯、11時過ぎはすいてて広々してる。せいぜい2〜3人位です。 私がいつも行くお風呂やさんはお湯の温度がちと高めのような気がするんだけど、まず足から、で、だんだん潜って最後は肩までつかると、もうあーた、まさに極楽ざます。 はぁ〜♪ 骨の髄まで煮えたぎるような熱さ。 身体中の血管が、毛細血管の先っちょまでむずむずと動き出すようなあの感覚。 のぼせると大変なので、途中でいったん湯船から上がってぬるいお湯浴びて、ぼけーっと座ってからまた湯船に入る。 これを何回か繰り返す。 あーもう最高なんである。 願わくば、料金もうちょっと安くしてください。 だって400円は高すぎる。。 私が上京したばかり、14年ほど前は(もうそんなになるんかっ・汗)、たしか280円か290円だったと思うんだけど。。。
白状しますと、年末帰省するときに、用意しておいた年賀状と住所録をすっかりアパートに置き忘れて実家に帰ってしまった。。 東京駅に着くまでの間、なんか忘れているような気がしつつあんまり深く考えないでいたのだが、新幹線に乗っていざキャリーバックの中をごそごそやってみたら肝心なものが入ってなかったのであった。 出掛けに年賀状等一式入った紙袋を忘れていたのに気づき、玄関の下駄箱の上にぽんと置いて、それからトイレに飛び込んだ。で、すっきりして出てきたら、頭の中もすっきりしすぎて大切なことも抜け落ちてしまった。 まあいいか、しゃあないから東京戻ってきてから書くべ、などとのほほんと構えていたら、帰京してさっそく風邪でダウンしてしまったものだから、とうとう松の内も逃してしまい、年賀状出すにはお恥ずかしい時期になって今に至っております。 なので、これからちょこちょこと寒中見舞いのおたよりを書かせて頂きまする。 何人かの方々から、生きておるのかとメールや電話を頂き、恐縮至極。 ふえーん、ごめんよぉ〜。 そうこうしているうちに、今度の日曜日には久々にお会いする方々がいるので、その皆様には私が手渡しで寒中見舞いを。。。なんて失礼なやっちゃね。許してけろ。 そんなわけです。 生きてます。 怠けているだけです。。 ほかに、私みたいな人、いる?? ・・・いないっか。。
| 2003年01月15日(水) |
あさりの運命についての一考察 |
新潟に住む妹が、特売で買ったあさりを水につけて塩抜きしたままほうっておいたら、生きているのを見てなんだか食べるのがかわいそうになったから、海に返してあげたほうがよいかと携帯にメールしてきた。 私は、それが日本海産ならいいけど、千葉産のあさりだとしたらこの真冬の日本海に放り込まれるのはあさりにとってかえって悲劇だから、この際だから育ててみてはどうかと返事しておいた。 金魚でも、何日か世話をしていると、えさをくれる人の顔を覚えて水槽の端に集まってくる。昔実家で(アパート暮らしで猫を変えなかった時代に)父が可愛がっていたランチュウは、私が近寄るとぷくぷくとこちらに泳いできたものだ。 あさりと人間との間にもこのような親愛関係が生まれるかどうか、ぜひ試してもらいたいものだ。 海辺のアパートに住んでいた小学生時代に、プランクトンを飼ってみようと思い立ち、バケツに海の水を汲んで帰宅し、水槽に移してベランダに置いておいたことがある。飼う、といっても、相手はプランクトンだから世話をするわけでもなく、ただただベランダに置いて眺めていただけである。 ふわふわふーわふわと沢山の小さなプランクトンが水槽の中で上に行ったり下に行ったり、こんな不思議な生き物がこの世に、しかも海の中に無数にいるのかと、生命の神秘に打たれながら、夏休み、毎日ベランダにしゃがみこんで観察していた。 8月に入ると、夏休み恒例、佐渡の祖父母の家に泊まりに行く。 両親は仕事があるので子供達を佐渡に残して先に帰ってくるのだが、私達子供は2週間位祖父母の家に滞在する。 で、さんざん遊んで日焼けして佐渡から帰ってくる。 プランクトンのことなどすっかり忘れている。 ベランダに出てみると、水槽が置いてあって、覗いて見ると、底のほうに塩が積もっている。 なんでこんなところに塩が?と、ちろっと指につけて舐めながら考える。。 しばらく記憶をたどって、ようやく思い出す。その水槽にちょっと前までプランクトンがいたのである。 あれはほんとに気の毒なことをしてしまったと今でも反省している。 数年前、友達夫婦の新居に遊びに行ったとき、二人がちっちゃなミドリ亀を飼っていて、「みどりさん」と名付けて可愛がっていた。 そのみどりさんがある日危篤状態に陥った。 で、奥さんから電話でみどりさんが危ないと聞いた旦那さんは、会社を早退して急いで帰宅したそうだ。私がそれを知ったのはみどりさんが昇天して数日後なんだけど、電話口で彼女がみどりさんの死を思い出してしょんぼりしていたのを覚えている。
犬や猫のように吠えたり鳴いたりすり寄ってきたりする動物ももちろん可愛いけど、物言わぬ小さな生き物との密接な関係もまたいいものだと思ふ。
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