斜めうえ行く「オクノ総研 WEBLOG」
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2003年04月30日(水) |
本末転倒な携帯電話の背面液晶の進化と回転液晶端末 |
ドコモの「SO505i」、KDDIの「A5305K」と、回転型の端末が立て続けに発表された。
これらはある意味、携帯電話の正常進化だとも言える。 一見、突然変異種の変態携帯電話に見えるけれど、実は正常進化種である。
ここ最近、折りたたみ式携帯電話の背面液晶は巨大化しつつあった。 背面液晶の巨大化、高機能化競争である。 このまま行くと、背面液晶は内側のメイン液晶画面と同じ大きさ、同じ機能を持つことになる。
おいおい、なんのための折りたたみ型だよ。 折りたたみ型なのに、背面、メインともに同じサイズ、機能の液晶を搭載・・・。 本末転倒。
せっかく携帯電話が折りたたみ型になっているのに、背面液晶が巨大化したら折りたたみの意味がないのである。 iモードの出現以降の液晶画面のカラー化、大型化に伴う、折りたたみ型へのシフトは必然的だった。 折りたたみ型のもつメリットは、液晶画面の保護、閉じている場合の省電力消費、ストレート端末に対する巨大化の防止、と言ったところだろうか。
折りたたみ型のデメリットを補うための背面液晶の搭載も必然だった。 折りたたんだ状態で最低限の情報を取得するための背面液晶の登場は、確かに便利だった。 正常進化の範囲だった。
ところが、更なる進化のためには背面液晶をメイン液晶と同様の大きさにし、同様の機能を持たせる必要が出てきてしまったのである。 本来の背面液晶はあくまでもサブ液晶なので、最低限の情報だけを取得できれば良いハズである。 ところが、スペック重視のマーケットも消費者もそんな事は許さない。 正確には進化というよりも、差別化に過ぎないのだけれど、単純でアホな方向に一直線に進化していく。 背面液晶がどんどん巨大化して、裏と表に同じ液晶画面がついてしまい「あれ?何で折りたたみ型なんだ?」。
と、いうことで背面液晶が巨大化、高機能化した結果、内側のメイン液晶が存在する必然性がなくなり、とうとう消滅してしまったのである。 つまり、回転型端末は突然変異種ではなく、正常進化種なのである。
このまま携帯電話が「正常進化」していけば数年後には、18インチ液晶、QWERTYフルサイズキーボード、10倍ズーム一眼レフ、3CCDビデオカメラ、HDD、DVD/RW搭載みたいな。
そろそろ、携帯電話は単純な画面の巨大化、高精細化みたいな単純な差別化競争のための「正常進化」から、本当の意味での突然変異種の登場が必要だ。 携帯電話の仕様はメーカーではなくキャリアが決めているはずなのに、どうして単純でアホな方向へと一方的に進化してしまうのだろう。 と、いいつつ僕はアホな方向に進化した携帯電話が発売されるたびに「発売日ゲットだぜ!」などと言いながら買い換えているのであった。
■回転型端末〜液晶が回らなくてはいけなかった理由 http://www.zdnet.co.jp/mobile/0304/28/n_kaiten.html
2003年04月29日(火) |
日本は「エネミー・オブ・アメリカ」を既に実現済みなのであった |
ETCプラザから、ETCの前払い登録用のIDとパスワードが郵送で届いた。 早速、ETCプラザのウェブサイトにアクセスして、前払い登録を済ませる。 前払いの登録額は50,000円コース。 50,000円を前払いすれば、58,000円分利用できる。 先日廃止されたハイウェイカードの割引率と同じである。
IDとパスワードを入力してETCプラザにアクセスしてみると・・・。
おおおおおおーーーっ。 僕の高速道路の利用履歴がああああ。 全部出ているうううううっ。
僕がETCを使った高速道路の利用履歴が細かく表示されているではないかっ! 何時何分にどこのICを通過したかが、ウェブで照会できるぞ。 ウェブサイトで自分の利用履歴が出るなんて、感動的。 すごいぞ!
と、思いつつ。 先日も書いたのだけれど、結局のところ僕の高速道路の利用状況が全て個人を特定して記録されているワケなのだ。
クルマでの移動状況は高速道路を使わなくとも、Nシステム(主要道路に備え付けられた監視カメラ。ナンバープレートをスキャンできるらしい)によって、全て把握されている。
まさに「エネミー・オブ・アメリカ」。 「エネミー・オブ・アメリカ」とはご存知のとおり、ハイテク監視社会を描いた映画である。 日本では「エネミー・オブ・アメリカ」映画みたいに衛星を使って追跡してたりはしないのだろうか? アメリカはどこまで進んでいるのか、良く知らないけれど、日本の場合は既に「エネミー・オブ・アメリカ」レベルのことは既に実現されている。
ETCは国土交通省管轄で、Nシステムは警察庁の管轄。 縦割り行政の恩恵で国家が個人情報を取得しまくっていたとしても、うまく連携できないに違いないので、知った事ではないのだけれど。 偵察衛星の管轄省庁はどこかな、と思って調べてみると「内閣情報収集衛星推進委員会」というところらしい。
とんでもない世の中になったもんだ。 後ろめたい事をする際は、電車は切符で乗る。 クルマの場合は高速道路、幹線道路を使わない。 携帯電話は使わない。 買物はクレジットカードを使わず、常に現金。 インターネットアクセスは、ネットカフェから。 アナログな生活をしていれば追跡はできない。
2003年04月28日(月) |
新iPod30GBを予約 |
1週間くらい前に、アップルが何だかわからないけれど28日に発表する、というニュースが流れた。 タイミングからみて新iPodとiTuneによる音楽配信サービスの発表であるだろうことは容易に予測できた。
MSNBCのサイトでストリーミングでアップルの発表は見れるようだ。 午前2時から僕はMSNBCのサイトでスティーブジョブスのライブプレゼンテーションをずっと見ていた。 新iPodが発表されたら、その時点で速攻で予約するつもりだ。
アップルストアに予約を入れねばならないので、アップルストアのサイトも立ち上げたままにしておく。 アップルストアはメンテナンス中。 ん?これは新製品への入れ替え中か? 妙に期待は高まる。
MSNBCのスティーブジョブスのプレゼンテーションを見つつ、2ちゃんねるの実況版と化しているiPodスレッドをリロードする。 アップルストアは相変わらず、メンテナンス中。
キタ━━━━(゚∀゚)━━━━ッ!! スティーブジョブスは10GB、15GB、30GBのiPodを発表。 USのアップルサイトには新iPodがアップされた。 しかしだっ、日本はメンテナンス中のまま。 どうゆうことやねん。 速攻で予約をかまそうとしてるのによ。
午前3時近くになって、日本のアップルストアにも新iPodがアップ。 迷わず30GBモデルを注文だ! 7-10営業日で出荷とのメールが返ってくる。 マトモな人間であれば、そこまでして早く新製品を手に入れたいか?と、思うだろう。 手に入れたいんだよっ!
30GBモデルにした理由は簡単。 仕事のファイルをiPodに入れて持ち歩くのである。 iPodのHDDは外付けのHDDとしても機能する。 Tシャツと短パンでiPodだけを持って、仕事に向かうのだ。 YEEEEEEEEEEESSSSSSSSSS! 格好いいぜ。
新iPodが届くまで、せっせとMP3ファイルの整理でもしてよっと。 さようなら、NetMD。
■米Apple音楽製品発表会(1) --- スリムになった第3世代iPod http://pcweb.mycom.co.jp/news/2003/04/29/50.html
2003年04月27日(日) |
若いうちからミニバンなんぞに乗ってたらロクなオヤジにならんぞ |
スポーツカーが若い世代に全然売れてないらしい。 今、スポーツカーを買っているのは40代以降らしいのだ。 フェアレディZの購入者の58%、RX−8の予約客の37%が40歳以上であるという。 これは、若い世代がお金を持っていない、という事ではない。 若い世代がそもそもクルマに興味を示さず、そのうえスポーツカーではなくミニバンに移行してしまったからである。 由々しき事態だ。
会社でも若い衆とクルマの話をすることは皆無だ。 クルマになど興味がないようである。 クルマオタクは概して僕より年上の層だ。
今の20代はクルマに対する思い入れが全然無い。 おっちゃんが若い頃はなあ、年収と同じくらいのクルマをローンで買うたもんや。 学生時代はバイク、就職したらクルマ。 無理して買うたもんや。
僕は就職してすぐに、発売されたばかりのユーノスロードスターを買った。 5年後にVOLVO850エステートに買い換えた。 そのまた5年後にはAidi TTクワトロを買った。 全部新車だ。 それに全て発表後速攻予約買いだ。 収入が多かったワケではない。 無理して買ったのである。 TTを買う頃には経済的な余裕もできていたが、少なくともユーノスロードスターを買った新入社員時代やVOLVO850エステートを買った20代の頃は結構苦しかった。
僕はカーグラフィックTVおよび二玄社という、ある種のクルマ教とも言える宗教に脳をやられていた感はある。 かつての僕は女性ボーカルのジャズっぽいスカした音楽をクルマのなかで聴きながら「やっぱり、日本車のシートはヨーロッパに較べると10年の隔たりがあるよね」とか「日本車はCADによってダメになった」みたいなカーグラフィックで松任谷さんと田辺さんが語るような会話を続けていた。 カーグラ教においては、絶対的なクルマのパフォーマンスではなく、クルマの思想や哲学が語られなければならない。 思想としてのクルマなのである。
僕の現在のクルマであるAudi TTであれば、バウハウスだとか未来派の文脈で語らなければならない。 「このホイールの円は馬車のモチーフなんですよ。それにほら、このウィンドウの狭さ、車内の閉塞感。これは第一次世界大戦当時のドイツの戦闘機なんですよ。この禁欲的なラインはモダンでありつつ懐かしさを憶えますよね」みたいな。
ところがだっ〜! 最近の若いモンはクルマに興味がないどころか、あったとしてもミニバンとか買ってしまうのである。 あのなあ、ミニバンは後ろに乗るものであって、自分で運転するものじゃないんだよっ。
タイヤは太くて薄くてでかくなきゃいけないんだよ 僕のクルマのタイヤは225/45だ。 エンジンはリッターあたり100馬力以上なきゃいけないんだよ。 僕のクルマは1800ccだが、225馬力で、リッターあたり125馬力だ。 クルマの先は尖ってなきゃいけないんだよっ。 僕のクルマは尖ってないが、芸術的に変なカタチだっ、おかげで運転しにくいが。
僕の場合、PS2のグランツーリスモ3では自分のクルマでプレイする事ができる。 そのうえ、246コースを選択すれば、自分の会社の前がスタート地点なのである。 自分のクルマで、自分の勝手知ったる道でレースゲームができる。 どやっ、うらやましいやろ。
若いうちからミニバンなんぞに乗ってたら、ロクなオヤジにならんぞ。
■スポーツカーが売れなくなったという記事 http://www.asahi.com/car/news/TKY200304210107.html
2003年04月26日(土) |
クルマのROIについて考えてみる |
昨日、クルマのROI(Return On Investment/投資対効果)など、どうでも良い、と書いた。 では実際のところ、僕のクルマにはいくらかかっているのだろうか。 実は僕も良くわかっていないので、敢えて計算してみることにする。
僕のクルマはAudiTTクワトロという。 車両本体価格は4,800,000円。 購入時にはカーナビやCDチェンジャーを取付け、ポリマー加工等を行ったので、税金を含めると総額で6,000,000円くらいかかった。 駐車場代は18,000円/月(屋根つきのくせにやたら安いが家からは遠い)。 先日の3年めの車検費用は200,000円くらいだった。 年間の走行距離はせいぜい3,000キロ(異様に少ないのが悲しいサラリーマン)。 燃費は6キロ/リッターくらい。 保険は100,000円/年くらい。 自動車税は3ナンバーボディーながら排気量は1,800ccなので、39,500円/年。
自動車の原価償却期間は6年とし、6年で車両の価値はゼロになると仮定する。 6年間の走行距離はせいぜい18,000キロくらい。
それに対してコストは・・・。 駐車場代は18,000円×72ヶ月で1,296,000円。 車検は3年めと5年めの2回で500,000円。 ガソリンは3,000リットル。 ハイオクが110円くらいだから、ガソリン代は330,000円。 保険は6年で600,000円。 自動車税は237,000円。 その他にもいろいろかかると思うけれど、一切無視して計算してみると6年間の維持費の総額は約9,000,000円!!!!! 6年間の想定走行距離の18,000キロで割ってみると・・・。
1キロあたり500円!!!!!・・・。
あれ? 意外とこんなもんか。 僕は1キロあたり数千円くらいかかっているんじゃないかと思っていた。 タクシーよりはずっと高いけど。 僕にとってはクルマなんて単なる趣味で実用性などどうでも良いので、この程度なら我慢の範囲。 僕は1キロあたり1,000円は軽く超えていると思っていたので予想外。 そうはいいつつも、マトモな理性で考えるとクルマはあくまでも金のかかる趣味として捉えるべし、って事ですね。 自動車通勤でもしてれば、モトがとれるかも知れないけれど。
走行距離が少なすぎるぞ、と思うだろうけれど、サラリーマンなんてこんなもんなんですよ。 悲しいけれど。 僕は海外出張が重なってクルマに乗る時間が全然なく、バッテリーが上がってしまい、ローダーで運ばれた事もある。 でも、僕にとってはクルマは実用性よりも趣味性重視なので、ロクでもないクルマでも構わないのだ。
ROIなんて無視だ、無視っ!
2003年04月25日(金) |
ETCをとうとう導入(その2) |
早速、自宅に帰り、インターネットで前払い割引の申し込みを行う。 前払いを利用すれば、割引特典を得られるのである。 当然のごとく、50,000円で58,000円ぶん利用可能なコースを選ぶことにする。 実は僕はまだハイウェイカードの残高が10,000円以上ある。 使い切っていないくせにETCを装着したのである。 いいんだよっ、つけたかったんだから。 使い残したハイウェイカードは来年くらいにETCに充当できるようになるらしいので、そのときに精算する。
が、しかし。
前払いはネットで申し込んだら即、使えるのかと思っていたら、申し込み後1週間程度で郵便でIDとパスワードが届き、そこでようやく前払いの手続きができるのであった。 ちぇっ、と思いつつも情報を入力していく。
・・・待てよ。 これって・・・。
僕は個人情報をガシガシと入力している。 住所、氏名、生年月日、電話番号・・・。 つまり、これからは高速道路の料金所を通過するたび、僕がいつどこの料金所を通過したかが全て記録されるのである。 ううう。 犯罪を行って逃亡する際にはETCは使えないって事だな。 まあ、携帯電話を持っている時点で、僕が半径数キロ程度のどのセルにいるかを携帯電話会社には常に把握されているワケで、今更どうってことないのだけれど。 犯罪者には不便な世の中だ。
前払い割引は来週までお預けとなったが、ETCの実験のため、再度クルマに乗り込む。 ETC車載器にETC用のクレジットカードを挿し込むと、LEDがオレンジからグリーンに変わる。 第三京浜の港北インター/都筑インター間でテスト。 港北インターから都筑インターなら料金は50円!
港北インターのETC車用入り口はETC/一般兼用。 しかも混んでるし。 兼用入り口なのでお楽しみの「とうせんぼバー」はない。 せっかくのETC車なのに一般車の列に並んで、ゲートに近づくとETC車載器は「ビーッ」と鳴った。 「通行可」と表示が出る。 無事、料金所通過。 ほんの2、3分も走れば都筑インター。
今度はETC車専用出口! 「とうせんぼバー」がある。 50キロくらいで突入してみる。 「とうせんぼバー」は開く気配なし。 ブレーキを踏んで20キロくらいに減速。 ギリギリのところで「とうせんぼバー」はピョコっという感じですばやく開いた。 Yeeeeeeeees!って感じ。 でも、ETCレーンはスピードを落とさないと通過は難しそうだ。
以前、フランスのニースでタクシーに乗ったとき、メルセデスのタクシーは高速道路のETC料金所に時速100キロで突っ込んでいった。 開かない「とうせんぼバー」に僕はひょえーって感じだったのだけれど、そのときも「とうせんぼバー」はピョコって感じで素早く開いた。 ETC慣れしていない僕はビビッてしまった記憶がある。 ある程度のハイスピードで突っ込んでも大丈夫なんだろうけれど、もし誤作動したら、と思うと恐いので、やっぱりゆっくり進入するしかないかも。 日本のETCは車種や区間等ややこしい通信をしていて、海外のETCシステムとは全然違うって言うし。
ETCを装着してみて、つくづくクルマってインフラと一体なんだな、と感じた。 先に書いたように、僕のクルマにはいくつもの通信機器が装着されている。 GPSアンテナ、VICSの光ビーコン、レーダー探知機、携帯電話のハンズフリーシステム、カーナビ経由のインターネット接続機能、そしてETC。 これらは全て、外部となんらかの通信をしている。 これって結構、未来チックなんじゃないのかなあ。
ETCを装着したところで「絶対に」元は取れない。 どうせクルマは休日出勤専用だし。 でも、クルマに数百万円もかけて、ROIを冷静に考えはじめたら1キロあたり数千円以上はかかっているだろう。 よって、僕の場合はクルマにかかるコストのROIなどどうでも良いのである。
2003年04月24日(木) |
ETCをとうとう導入(その1) |
ETC車載器を装着してきた。 ETC用のクレジットカードはかなり以前に入手していたのだけれど、ETC車載器はまだ購入していなかった。 VISAのゴールドであれば、ETC用カードは無料で作れるので、とりあえず作っておいたのだ。
僕の車はAudi TT クワトロという左ハンドルのマニュアル車。 左ハンドル車なので、高速道路の料金所ではオジさんにブースから出てきてもらわないと手が届かない。 無人の高速道路入口で左ハンドル用のボタンがあっても、クルマから降りずにチケットを取る事ができない。 僕としては左ハンドル車にもマニュアル車にも何の思い入れもないのだけれど、クワトロには右ハンドル仕様もオートマ仕様もないのでしかたがない。 左ハンドルのマニュアル車なんて、盗難にあいにくいくらいのメリットしかない。 Audi TTはデザインに凝りまくったクルマであるため、ボディー形状が下膨れで、サイドウィンドウが異常に小さい。 ボディーが下膨れであるため、ギリギリまで寄せても、ボタンまで手が届かない。 サイドウィンドウが小さいので身体を乗り出す事もできない。 無理して身体をよじってチケットを取ろうとすると、身体がよじれて「いででで」となってしまう。 と、いう事で僕は堪え難きを堪え、忍び難きを忍び、無人の左ハンドル用の自動発券式の料金所であっても、いちいちクルマから降りて、チケットを取っていたのである。 ああ、格好悪い。 とかいいつつ、本当はETCを付けてみたかっただけである。
近所のカー用品店で、三菱電機のウインドウのルームミラーの裏に取付けるタイプのETC車載器を選んだ。 僕のクルマのダッシュボードには既に、カーナビ用のGPSアンテナ、渋滞情報取得用のVICSの光ビーコン受信機、国家権力対抗用のレーダー探知機が置かれている。 そして、7インチのカーナビ用ディスプレイ。 これ以上、ダッシュボードに並べるのは邪魔なので、ウィンドウ取付け方式のETC車載器を選んだ。
本体価格15,800円、取付費7,500円、セットアップ費3,000円。 消費税を入れると合計27,615円。 ETCを利用して、この投資は回収できるか? 絶対に無理である。 国土交通省は姑息にも50,000円で58,000円分使えたハイウェイカードを廃止して、無理やりETCにメリットがあるように仕向けてはいるが。 50,000円のハイウェイカードは既に購入できないので、チケット屋ではプレミアム価格の51,000円で売られていたりする。
取付け所要時間は一時間くらい。 「アメリカ人はバカなのか?」と「精神科へ行こう!」を読みながら待つ。 一時間後、ETC車載器はルームミラーの裏側のウィンドウに美しく装着された。
2003年04月23日(水) |
「ブサイクないい女」が増殖中 |
最近「ブサイクないい女」を良く見かけるような気がする。
ファッション、スタイル、その他諸々、どこから見てもいい女なのに、顔はブサイク。 寸分の隙もないセンスでまとめられていて、どこから見ても「いい女」。 でも、ブサイク。 「いい女オーラ」が出まくってるのに、ブサイク。
化粧を塗りたくっていたり、派手なブランド物で固めて、強引にいい女に見せかけているのなら、それはそれでいい。 でも、最近の「ブサイクないい女」はシックで上品な雰囲気に満ち溢れている。 ブサイクはブサイクでしかありえないのだけれど。
こういう女性はブサイクなんだろうか、いい女なんだろうか。 謎だ。
2003年04月22日(火) |
強きを助け、弱きを挫く |
僕の仕事は言ってみれば「強きを助け、弱きを挫く」事である。 僕はいい人ではないので、弱きは助けない。 コンサルタントの仕事は弱っている企業を再生させる救世主のようなイメージがあるようだが、現実は違う。 少なくとも僕は弱きは助けない。 強きを助けて、弱きを挫く。
業績の良い会社を更に強くするために僕は存在している。 強きを助けるのが僕の仕事だ。
弱きを助けるのは企業再生ファンド、すなわちハゲタカファンドだ。 ハゲタカファンドは潰れかけた企業を、二束三文で買い叩き、徹底的にリストラする。 弱い部門は切り捨て、強い部門だけを残して強化する。 無能な経営者は全て更迭する。 徹底的な企業改造によって、企業が再生したら、売り飛ばす。 これを弱きを助けている、と言えるかどうかはわからないけれど、やっていることは正しい。
弱きをそのまま存続させるためだけに助けることは今の日本にとって何の利益ももたらさない。 赤字を出すために存在している企業など、さっさと潰れれば良いのである。 淘汰は必然だ。 少なくともダメな事業は切り離し、収益の上がっている事業だけに集中すべきだ。 赤字事業も黒字事業も含めて、全ての事業をそのまま残して、なんとか生き延びることなど不可能だ。
ダメ企業が市場から退出しない限り、日本経済の再生はあり得ない。 日経平均が下がるたびに、僕は思う。 いつまでたっても赤字が続く企業がモルヒネを打ちながら存続しているから、じりじりと日本経済は後退していくのだ。 ダメ企業を潰すと社会的影響が大き過ぎる、と政府や銀行は言う。 それはウソだ。 単に株式の含み損や不良債権を表面化させたくないだけだろ。
日本政府や銀行がダメ企業を潰さない、というのであれば僕はダメ企業を潰す側に回るだけだ。 僕は強きを助け、弱きを挫く。
2003年04月21日(月) |
六本木はいかがわしさを失なった街に成り下がるのか? |
僕は休日出勤の場合は電車ではなく、クルマを使う。 いつものコースは五反田から桜田通りを進み、麻布十番で左折し、メイ牛山のハリウッド化粧品トンネル(数年前までトンネル入り口に大きくハリウッド化粧品の広告が描かれていた。また、青山墓地の霊がトンネルを抜けて東京タワーから天に昇るのだ、という都市伝説もあった)を抜けて青山墓地を横目にオフィスのある青山一丁目に向かう。 ここ何週間かは休日出勤が続いていたので、毎週通っていたのだけれど、目に見えて渋滞が激しくなっている。 六本木ヒルズのせいだ。
僕にとって六本木は特別な街だ。 10年と少し前、大学を卒業した僕は関西から就職に伴って上京した。 当時はコテコテの関西人だった僕は「東京がなんぼのもんじゃい」的な典型的な「東京の関西人」だった。 勤務希望地には1.神戸、2.京都、3.大阪と第三希望までの全てを関西にしたはずなのに、僕の最初の勤務地は六本木にある本社の宣伝部だった。
それからの数年間を僕は六本木で過ごした。 当時の僕は六本木以外の東京の街をほとんど知らなかった。 未だに数年間を過ごした六本木は比較的わかるけれど、他の街はほとんど知らない。 銀座なんて未だに道に迷う。 六本木は僕にとって東京の最初の街であり、20代のクソ生意気な時代を過ごした大切な街だ。 20代の多くの時間を六本木で過ごした。 六本木は遊びに行く場所ではなく、生活圏だった。
僕にとっての六本木はWAVEであり、青山ブックセンターだった。 WAVEはなくなってしまったけれど。 ついでに言えば大八も東京飯店もSTEPもなくなった。 吉野家は3軒に増殖し、天下一品、一蘭、一風堂のようなチェーンのラーメン屋が増えた。 六本木は腐ったどうしようもない街だけれど、サブカルチャーの一部が残っていた街だった。 西麻布や表参道のようにスカした気取りのない、堂々としたバカな街だ。
当時は大江戸線も南北線もまだ開通してなかったので、日比谷線と都バスの1番を使っていた。 日比谷線はクリーム色の車両で、冷房が効いていなくて、夏は最悪だった。 六本木3丁目の墓場の端にある照明が真っ暗でソウルが大音量でかかるバーが僕のお気に入りの居場所だった。 当時の六本木は交通の便が悪く、夜の12時を過ぎると日本人より外国人のほうが多かった。
いつの間にやら六本木は交通の便も良くなり、夜も明るくなった。 六本木のいかがわしさは消え、近代的で清潔な街へと変貌しつつある。 日本中のどこにである、ファストフードとラーメン屋とカラオケ屋と風俗の街になった。
六本木ヒルズ、そして防衛庁跡地の再開発によって六本木は近代的で清潔な街に生まれ変わるのだろう。 でも、僕はあの汚くていかがわくて猥雑で、でもほんの少しだけサブカルチャーの残滓が残っていた六本木のほうが好きだな。 六本木にはいかがわしさを失って欲しくないな。 六本木は銀座でも丸の内でもないのだから。
2003年04月20日(日) |
17連休なのに早速オフィスにいるぞ・・・ |
休暇に突入したはずなのに、早速オフィスにいる。 日曜なのに。 誰もいない日曜深夜のオフィスで一人、PCに向かう。
あ、別に仕事じゃないです。 新しく会社から支給されたPCのセットアップ。 会社のネットワークに繋いで環境設定に必要なソフトウエアをダウンロードするための出社。 支給された東芝のPCは最低限のソフトウエアしかインストールされていない。 僕としてはこれだけじゃ全然仕事にならないので、追加のソフトウエアをダウンロードしているのである。
今回支給された東芝のPCはB5ファイルサイズであるにもかかわらず、DVD/CD-R/RWもついているし、HDDも30GBなので今後のメインマシンに昇格させる事にした。 会社支給のPCだが、HDDの30GBのうち10GBはMP3用に使う。 僕は音楽なしでは仕事ができない。 MP3ファイルは僕にとっては立派な仕事道具だ。 仕事中に聴いているCD代を経費で請求したいぐらいだ(僕以外の人はマジメに音楽など聴かずに仕事をしてます)。
僕の会社ではソフトウエア会社と法人契約をしているので、社内のFTPサーバーにアクセスすれば、そこから様々なソフトウエアがダウンロードできるのだ。 せっせと、ソフトをダウンロードしてインストールしていく。 窓の森やVectorからもフリーウエアをどんどん落とす。 俺様環境がどんどん出来上がる。
ややこしい社内ネットワークの設定やメールファイルの移行。 結構時間がかかる。 移行しなきゃいけないファイルだけでも10GBぐらいある。 そして、Lotus NotesのDBの移行やらNetWareのファイルサーバーの設定やらMSネットワークやら、云々。 TCP/IPネットワークとPOPメールだけだったら簡単なのだけれど、僕の会社のネットワークは過渡期なので、様々な環境が混在している。
おかげで、パスワードだらけ。 電源を入れて、パワーオンパスワード。 WindowsXPネットワークへのログオンにパスワード。 NetWareへの接続でパスワード。 この段階でようやくPCが立ち上がる。 メールを見るときはLotus Notesのパスワード。 社内のイントラネットにアクセスするのにまたパスワード。 全てのパスワードは75日ごとに変更させられるうえ、過去に使ったパスワードは使えない仕様になっているので、全てのパスワードはバラバラ。 ああ、面倒くさい。
しかも、パスワードはセキュアトークン併用。 これは、液晶ディスプレイのついたキーホルダーに取り付けるような小さな機器。 社内のネットワークアクセスにはディスプレイ上で1分ごとに変化する数字と固定のパスワードの組み合わせが必要。 つまり僕のパスワードは1分ごとに変わるのだ。 必要以上にセキュリティーに厳しいのである。 面倒くさいのだけれど。
いや、別にワーカホリックで会社に行かないと落ち着かない・・・なんてことはないです。 メールは常にチェックしてるけど。 休暇中はメールを一切見ない、という人がほとんどだけど、僕はそこまで割り切れないな。
17連休を取ることにした
会社をゴールデンウィーク明けまで休むことにした。 とりあえず、17連休である。 場合によっては更に延長するかもしれない。 もともとは16日から20連休の予定だったのだけれど、予定外の仕事が入ってしまったため、休暇突入が遅れた。
コンサルタントの唯一と言って良いメリットは長期の休暇が比較的取りやすいことだ。 プロジェクト期間中は土日祝日などもあったもんじゃないけれど、プロジェクトが終われば次のプロジェクトが始まるまでの間、好きなだけ休暇が取れるのだ。 有給を消化しきって休みつづけたとしても、給与から休んだ分が引かれるだけで、何の問題もない。 休職したければ、簡単に休職できる。 僕の17連休など、ごくごく普通のことなのである。
僕のプロジェクトは完全に終わったわけではないのだけれど、次のフェーズはゴールデンウィーク明けに始まる。 よって、僕はここぞとばかり、休むことにしたのである。
僕は大学を出て10年以上、10日以上の長期休暇を取得したことがない。 転職したときも、間に休みを挟まなかった。 なので、今回がはじめての長期休暇である。 大学時代以来だ。
休暇を取って何をするか、という予定は全くない。 本来やるべきことはたくさんあるのだけれど、基本的に何もしないつもり。 僕としては「無職のダメな人」的な生活をしたいと考えている。 リゾートでのんびり格好よく過ごす、というよりも、一日中酔っ払ってダラダラとダメな時間を過ごしたい。 とてつもなく無駄な時間を過ごしたいのだ。 非生産的な生活。 できれば、香港とかバンコクみたいなダメの本場に行きたいところだけれど、残念ながらSARSがヤバそうなので行けない。
マジメに働いてきたんだから、たまにはダメな時間を過ごしてもいいんじゃないかな、と思う。
2003年04月18日(金) |
オクノ総研読者が面接に来たらしい |
オクノ総研読者が面接に来たらしい。
夕方からは六本木の全日空ホテルで行なわれたパーティーに参加した。 カプセルホテルで2時間の仮眠を取っただけのボロボロの状態でなんとか仕事を終えての参加。 立食形式のパーティーだったのに、ほとんど立っていられなかった。 ビールの回りも異常に早い。 照明が落ちた状態でスピーチが始まると、壁際の椅子に座っていた僕は、瞬間的に何度か眠りそうになってしまった。
そこに参加していたパートナーからとてもうれしいニュース。 「今日、オクノ総研を見てる、って学生が面接に来たよ」 その学生は僕が以前に某大学で行なった講義も聴いていてくれたらしい。
オクノ総研を見つつ、それでもコンサルタントになろうだなんて、その勇気は素晴らしい。 しかもその学生は、僕の会社が某大学で行っているのシリーズモノの寄附講座のなかで、僕の講義が一番面白かった、と言ってくれたらしい。 偉いっ!
僕はこのサイトがコンサルタント志望者を減らすことはあっても、増やすことはない、と思っていた。 会社から採用に支障がでるから止めてください、と言われても仕方がないと思っていた。 他のコンサルタントのサイトは、コンサルタントのいい面しか書いていない。 「コンサルタントの僕って格好いいでしょ」的なサイトがほとんど。 それに対してオクノ総研はアホ丸出しだ。 格好よくもなんともない。
オクノの講義を聴いて、このサイトを見て、それでもコンサルタントになろうだなんて、すごいよね。 僕としてはとてもうれしい。
今週はどうもクソ忙しい。
日曜日:深夜までオフィスでお仕事 月曜日:午前4時帰宅 火曜日:午後11時半帰宅 水曜日:午前6時半帰宅 木曜日:結局帰れず、午前6時半にカプセルホテル入り
今週はこのように非人間的な生活をしている。 体力の限界に挑戦!といったところか。 このような生活は1年くらい前まではごく当たり前だったのだけれど、最近はあまり無茶な仕事のしかたはしないように心がけてきた。
今週、このような事になってしまった理由は僕のプロジェクトのせいではない。 他の仕事を手伝っていたのである。
僕のプロジェクトは今週の火曜日が最終報告の予定だった。 通常であれば、追い込みの徹夜続きでボロボロになっているようなタイミングである。 ところが、僕は先週末にクライアントと最終報告のドラフトを見せて、内容の合意を取り付けていた。 日曜日に誤字脱字程度の簡単な赤入れをして、月曜日にちょちょっとスタッフにファイルを修正してもらって「ハイ、おしまい」という段取りだった。
ところが、日曜日にオフィスで仕事をしていると、ボロボロにやつれた一団がいた。 「ねえ、今ちょっとミーティングをしているんだけど、ちょっとアイディアを貸してくれないかな」 僕はボロボロにやつれたチームのドツボぶりにも少し興味があったので、ちょこっと様子を見るつもりで、ミーティングに参加した。 「最終報告のほうはどうなの?」 「もうほとんど準備ができているので、楽勝です」 「え!」そうなの?じゃあ、ちょっと手伝ってもらえないかなあ」 「まあ、ちょっとなら」
この「ちょっと」がすべての始まりだったのである。 久しぶりにボロボロに疲れました。 今週は。 地雷はどこに埋まっているかわかったもんじゃないな。
2003年04月16日(水) |
会社支給のPCがようやく新しくなった |
会社支給のPCがようやく新しくなった。
今までは入社した3年前に支給された巨大なコンパックのA4ノートを使っていた。 正確に言えば、与えられていたけれど使っていなかった。 巨大コンパックはロッカーのなかで眠っていたのである。
僕の会社は外資なので、ワールドワイドで同じ機種に統一されている。 英語キーボードでOSもWindowsの英語版に日本語パッチみたいなのを当てた特殊仕様。 日本の事情は全然考慮しないで機種選びがなされるので、3.5キロもある巨大なノートパソコンが支給されたりするのである。
当初の僕はその巨大コンパックと周辺機器、資料をあわせて合計10キロくらいの荷物を抱えてヘビー級モバイラー生活をしていたのだけれど、すぐに嫌になり、コンパックはロッカーの奥へとしまいこまれた。
そして、現在はピアノフィニッシュのThinkPad s30を愛用している。 支給されたPCは無視して、個人の持ち込みPCを仕事に使用していたのである。
で、今回支給された新PCは東芝のノートブック。 PRTEGEとかいうらしい。 日本では販売されていないモデルのようだ。 付属のマニュアルも英語。 仕様はPentium933MHzでHDDは30GB。 OSはWindowsXP Proの特殊仕様。 例によって英語版のXPに日本語パッチをあてているようだ。 B5ファイルサイズなのだけれど、DVDとCD-R/RWのドライブが内蔵されている。 重さは2キロ。 ちと重いが、DVDとCD-R/RWがついているし合格点かな。 キーボードはペコペコだけど。 コンパックは一瞬にして見捨てられることになったが、今回はまあ、使ってやってもいいぞ、という感じではある。
気持ち的には弄繰り回して、さっさと俺様仕様にカスタマイズしたいのだけれど、今週は死ぬほど忙しい。 PCのセットアップなどに割ける時間は全くない。 週末にでも弄りまわすことにしよう。
2003年04月15日(火) |
日本企業の皆さん、知的所有権はタダじゃないんですけど・・・ |
僕はクライアントへの報告書の納品はプロテクトをかけたPDFで行なう事にしている。 パワーポイントやワードで納品するとコピペされて流用されまくるからだ。 ちょっとしたイジワル。
展示会の講演のプレゼンテーションやウェブサイトを見ていると、「おいっ、これってもともとは僕が作った資料じゃねーかよっ!」という事が時々ある。 僕らが徹夜につぐ徹夜で、ようやく仕上げた資料が他人の著作物として出回っているのである。
これは、僕が愚かにもパワーポイントやワードのコピペ流用可能なデジタルデータで納品をしてしまっていたからである。 もちろん、契約書上はきちんと知的所有権の取り扱いについて明記している。
だけど、ここは日本だ。 「まあまあ、そうは言っても」なのである。
現実にはデジタルデータとして納品したら最後、知的所有権も何もあったもんじゃない。 契約書に何と書いてあろうが、コピーライト表示をしていようが関係ない。 ガンガン、コピペされまくる。 こちらもクライアントに対してはなかなか強く出られない。 一応は客商売だし。 そうするとコピペが一切できないように、プロテクトをかけたPDFで納品するしかない。 せめてもの防衛策だ。
コンサルティング契約では成果物の著作権はクライアントとコンサルティングファームの両者に帰属することになっている。 クライアントに全て著作権が与えられるわけではないのである。 コンサルティングファームは知的所有権を「絶対に」放棄しない。
知的所有権を放棄するってことは、あるクライアントのプロジェクトで考えついたネタは一切横展開できない、って事になる。 と、するとコンサルティングファームは全てのプロジェクトで、過去の知的資産のレバレッジを一切生かせないことになる。 全てゼロから考える事になる。
コンサルタントはクライアントやプロジェクトについての守秘義務は絶対に守る。 でも、ネタは流用されるのである。 もし、ネタを流用せずに、全てをゼロから考えていたら、「企業としての」コンサルティングファームには何の価値も無い。 コンサル本にはゼロベース思考と書いてあるけれど、思考がゼロベースであってもネタはゼロベースではない。 本当にゼロから毎回プロジェクトがはじまる度に考えているとしたら、アホである。
コンサル慣れしていないクライアントは常に、知的所有権は全て自社に帰属させたがる。他には一切流用しないでください、みたいな契約を結ぼうとする。 その割に、自分達のプロジェクトには他のプロジェクトでの成果を流用して欲しい、などと言う。 そこが御社の強みじゃないですか、的に。
日本企業の皆さん、知的所有権はタダじゃないんですけど・・・。
2003年04月14日(月) |
僕はキャリアアップの例外的な落ちこぼれなのか? |
社内のある人からメールが来た。 「ウチの会社もようやく学生から認められるようになりましたねえ」みたいな内容。 以下はそこからの抜粋。
>AERA 2003.4.14版 >キャリアアップ企業ベスト5 >文化放送キャリアパートナーズ調べ >対象は大学4年生 > >得票率 >1位、マッキンゼー 27.8% >2位、オクノ総研総裁「現」職場 26.1% >3位、オクノ総研総裁「前」職場 23.6% >4位、リクルート 15.3% >5位、P&G 8.1%
いいなあ、学生さんは夢があって。 自分を振り返ってみる限り、僕はキャリアアップなどとは無縁。 キャリアアップ企業なんぞ、ただの幻想。 イメージに惑わされるなよ。 少なくともキャリアアップ企業の2位と3位の企業に在籍しながらキャリアアップしていない人間が一人ここにいるぞ。
それとも僕はキャリアアップの例外的な落ちこぼれなのか? 少なくともキャリアのある人は月曜日の深夜4時(正確には火曜日早朝)にサイト更新をしたりせんだろ。
2003年04月13日(日) |
祝!田嶋陽子神奈川県知事落選 |
日曜日の夜だというのに会社で仕事をしつつ、大変気になる選挙速報をウェブで見ていた。 田嶋陽子落選確実!ニュースが目に飛び込んできた。
あああ、良かった・・・。
ざまーみろ、なのである。 神奈川県知事の職はお遊びではない。
僕としては、ずっと田嶋洋子の悪口を書きまくりたかったのだけれど、選挙期間中はさすがに憚られた。 選挙の結果が出るまで、ずっと我慢してきたのである。 田嶋陽子は、安定した政治や権力の元で、ぎゃんぎゃん吠えている分には笑っていられる。 田嶋陽子は論理も何もなく、権力に対する牽制とまでもいかないのだけれど、とりあえず鬱陶しい人間、としての存在価値はあった。 反権力とは言えない。 権力に対する嫌がらせ屋。 歩く街宣車みたいなもんだ。
マトモな政治的理想もなく、何でもかんでも反対してみたり、邪魔してみたり、という節操のない鬱陶しさが存在価値なのである。 権力にとっては、取るに足りない存在なのだけれど、とりあえず鬱陶しい、邪魔。 そういう権力に対する嫌がらせのポジションである。
TVでも、鬱陶しい引っ掻き回し役として議論を無茶苦茶にして混乱に陥れて盛り上げる、という役回り。 決して議論をまとめたり、まっとうな事を発言をする役ではない。
彼女は県知事などという、権力者になってはいけない。 そんな全く能力はない。 神奈川県知事という自治体の長としての仕事にも興味がないのなら出馬するな。 単に権力が欲しかっただけだろう。 男税を導入してみたり、県庁の要職を全部女性にしてみたりするだけだろう。 神奈川知事選に出馬した、というだけで神奈川県民の僕としては大変迷惑だ。 神奈川県民をナメんなよ。
そうはいいつつも、田島陽子が当選でもしたらどうしよう、と久しぶりにまじめに自分の住む神奈川県という自治体について考えた。 神奈川県民のアホ層が間違って投票してしまうのではないかと、気が気ではなかった。 県知事なんて、誰がなろうと知ったことではないのだけれど、田島陽子の当選だけは阻止したかった。 田嶋陽子よりもニシタマオのほうが、ずっと神奈川県知事には適任である。 少なくともニシタマオは余計な混乱をもたらさない。
ひとまず、落選してほっとしたところだ。 二度と知事になどなろうと考えないで欲しい。 でもここまで嫌がられた候補者も珍しいけど。
この1年くらい僕はいかにして労働時間を減らすか、に知恵を絞ってきた。 戦略コンサルティングの仕事には終わりというものがない。 ここまでやったから完了、という明確な基準やものさしは存在しない。 結果を追求すれば、追及するだけ仕事は広がる。 企業の戦略なんて、細かく分析したり、戦術レベルまで落としてみたり、複数のオプションを検討してみたり、とやる気になればどこまでも深く追求できる。
クライアントの期待を超えなければならない、などというのは当然の前提である。 戦略コンサルティングのフィーはアホほど高い。 クライアントはそのアホほど高い値段に見合う、というか超えるアウトプットを出さなければ納得しない。 少なくとも期待を超えない限り、次の仕事はもらえない。
そんななか、自分自身がどこかで線引きをしない限り、永久に仕事は終わらない。 ドライにバシッと線引きできれば良いのだけれど、なかなかそうは行かない。 どこまでやっても「本当にこれで良いのか?」「正しいのか?」という不安が消えることはない。 正しかったとしても今度は「本当に実行可能なのか?」、「他のオプションはないのか?」と考え始めたらキリがない。
システムやプロセスのコンサルティングであれば、明確な完了の基準がある。だけど、戦略コンサルティングには、完了基準などない。 自分が納得するまでやる。 クライアントの満足度などは超えて当然なので、完了基準は自分自身の納得度である。
そうやって戦略コンサルタントはどんどんと深みにハマっていくのである。 アナリストやコンサルタントであれば、とことんまで悩んで考えつくせば良いのだけれど、マネージャーはそうはいかない。 スタッフの労働時間や体調、プライベートも考慮しなければならない。 「プロジェクト期間中は人生の全てをプロジェクトに捧げろ」などとは言えない。 言っている人もたくさんいるし、僕も言いたいけれど。
時間も予算も体力も無限ではない。 どこで仕事の見切りをつけるか、というのはとても難しい。 きっと自分の限界を見定め、そのギリギリのところなんだろうな。
今週も僕は休みを返上して会社に出社で仕事をしている。
僕は反米ではない。 米国という国が嫌いではない。 アメリカ人も好きだ。 そして反戦主義者でもない。 フセインは悪なのだろう。 イラクは脅威なのだろう。
僕にとって許せないのは米国が「唯一の力が支配する世界」を作り上げてしまった事だ。 世界秩序を米国がブチ壊した事だ。 事実上、米国が世界征服を成し遂げた事を世界に知らしめた事だ。
世界は新しい歴史に入った。 唯一のスーパーパワーが支配する世界。 米国の秩序。 米国の論理。 人類の歴史のなかで学んできたことを米国はブチ壊した。
日本政府は米国の属国としての立場から、米国に批判的にはなれないだろう。 日本は独立国ではないのだから、米国に反抗する立場は取れない。
だけど、国家としての日本がどういう立場であろうと、個人としての僕には関係ない。 米国が地球を支配する姿は、放ってはおけない。 僕は米国が唯一のスーパーパワーとして世界を支配する事に対して、断固として反対する。 米国民はアホだが、フェアな国民だ。 米国も政府レベルではなく、国民のレベルではきちんと認識しているはずだ。
米国だけが支配する世界秩序など、長くは続かない。 あまりにも不自然。 多様性を失う事は生物学的退化でしかない。 これから世界は混沌の時代に入る。
唯一の価値観で支配された秩序など、僕は認めない。
2003年04月10日(木) |
ブッシュはフォースの暗黒面に負けた |
ブッシュはフォースの暗黒面に負けてしまったのだな、結局のところ。
米国は人類が19世紀から20世紀にかけて学んだ英知をすべて台無しにした。 人類は100年かかって、力ではなく話し合いで戦争を回避する事を学んだ。 多くの犠牲を払った上で。
米国はすべてをぶち壊した。 力が支配する世界に逆戻りだ。 これで新たな暗黒時代に突入だ。 力が世界を支配する。
米国の力とは、すなわちフォースの暗黒面だ。 ブッシュはヨーダ先生の教えを忘れたのか?
フォースを持つものは理性と強い意志を持たねばならないのだ。 米国はフォースを持つものとしての誇りを持て。 ブッシュはジェダイじゃないけど。
で、ないとまた反乱軍にテロられるぞ。
2003年04月09日(水) |
世界は一家人類はみなアメリカ人 |
ちょうどイラク戦争が始まった頃から仕事が忙しくなり、ニュースをほとんど見ることができなかった。
「イラク国民は解放された!」らしい。 僕の記憶が確かであれば、この戦争は大量破壊兵器を発見し、世界平和に対する脅威を取り除くことを目的に始まったような気がする。 僕の思い違いか?
久しぶりにテレビを見てみると、大量破壊兵器は見つかっていないようだ。 イラクが大量破壊兵器を使って反撃してきた様子もない。 フセインは自国が攻められて崩壊しようとしていても大量破壊兵器を使わなかったようだ。 どこが脅威だったのだろう? よくわからない。
しばらくテレビを見ていないと、世の中の動きに疎くなる。
大量破壊兵器よりもテロリストのほうが脅威だ。 アラブ人およびイスラム教徒全員に心理テストでもやって、深層心理に反米感情が少しでも見え隠れする人間をどんどん殺していったほうが効率が良いのにね。 潜在的な脅威を排除する、っていうのはそういう事だ。 ブッシュ総統としては、もうこれから始める予定なのかもしれないけれど。
いつの間にやら、イラク戦争はイラク国民をイスラム教からキリスト教に改宗させるための戦争みたいになっていたらしい。 イラク国民は解放された。 これでイラク国民はお酒を飲めるし、断食しなくていいし、お祈りもしなくていい。 女性はミニスカ、タンクトップで外出しても良し。 男性はヒゲを剃ってよし。 ダイエットコークにサプリメントでダイエット。 コーランを止めて、ヴァン・ヘイレンを聴け! アメリカ帝国万歳!
世界は一家人類はみなアメリカ人。
2003年04月08日(火) |
DoCoMoの505iの戦略が理解できない |
DoCoMoの505iが発表された。
僕は年に一回は携帯電話を買い換えるので、当然505iが出たら発売日に即、買う予定。 今回のねらい目はソニーエリクソンだろう。 145グラムとPDCとは思えない激重さ、液晶むき出しという実用性には???なのだけれど、そんな事はどうでも良い。
今年の僕のテーマは「くるくる回る液晶」。 Zaurusもこの条件に合致しているので購入した。 今回の505iシリーズのなかでこの条件を満たしているのが、ソニーエリクソンだけなのである。 なので、くるくる液晶が回るソニーエリクソンの505iを買う。
今回の505iに対するDoCoMoの戦略が理解できない。 どうもやり過ぎ感が漂っている。
基本的な携帯電話会社の収益増大モデルはトラフィックの増大である。 携帯電話ユーザー数の増加はもはや頭打ちなので、収益を伸ばすためにはパケットをたくさん使ってもらうしかない。 そのための、写真メールであり、iアプリのサイズの拡大であり、FLASHの採用である。 ユーザーをパケ死に追い込むのがDoCoMoの基本戦略だ。
が、今回の505iの戦略にはやり過ぎ感が強い。 ここまで、重いコンテンツを携帯で流そうとすれば、ユーザーは簡単にパケ死する。 ちょっとFLASHのサイトを見たら300円、iアプリをダウンロードしたら500円、なのである。 505iユーザーはパケ死続出だろう。 これでは、却ってパケットの使用を自粛するのではないか、とも思う。 少なくとも、DoCoMoのパケット代が高すぎることへの批判が続出することは目に見えている。
また、カメラ機能は130万画素モデルも出ているのだけれど、iショットの仕様は以前のままなので、130万画素の写真はネットワークには流れない。 基本的にスタンドアローンのデジカメと同じなのである。 ユーザーとしてはカメラの性能が上がってうれしいが、カメラの画素数を上げてもDoCoMoの収益には結びつかない。 今回の505iは504iと同様の2−3万円で販売する、との事なので端末のコストが上がったぶん、DoCoMoの収益性は低下するはずである。 しかも、その下がった収益を増大するパケットで賄えない。
謎である。
2003年04月07日(月) |
客観的な文章が書けない・・・ |
現在僕が関わっているプロジェクトは報告書をワード形式の文章で提出しなければならない。 題名も「××に関する調査研究」。 通常、僕たちはパワーポイントを使って報告書をまとめる。 ごくごくたまに、今回のようにワード形式の文章による報告書を指定されることがある。 英文の報告書を求められることは過去にも何度かあったのだけれど、ワード形式の報告書は実ははじめてである。 「調査研究」などという題名も初めてだ。 まるで日本の○○総合研究所みたいだ。 いつもは「××事業参入戦略」とか「××事業再編戦略」みたいな感じの題名である。 1ヶ月ちょっとの期間で300ページくらいのワードの資料を作る。 いつも文章は書きまくっているので、楽勝だろう、と考えていた。
甘かった・・・。
僕は「調査研究」みたいな客観的な文章を書くのは初めてだったのである。 超主観的な「俺様文章」しか書いたことがない。 今回はあるテーマについて現状がどうなっていて、今後どう展開していくと見られるか、みたいな客観的な視点でまとめることを求められている。 「調査研究」だし。 調査研究なので、動向がきちんと押さえられていればそれで良いのである。 でも、今まで戦略ばっかりを作っていた僕はついつい、この企業がこのような動きをしているから、このように攻めるべし、みたいな文章を書いてしまう。
この事態には作業を始めてすぐに気づいた。 対応策として異常に細かい構成表を最初に作り、書くべき内容をガチガチに決めてから書き始めた。 それでも書いていくうちにどんどん、「俺様としてはこう攻めるべきだと考える」みたいな表現が出てしまう。 自分で構成を作っておいて、僕自身が最も逸脱していたりする。
そんな僕に対して、スタッフは僕の作った構成表に従って、客観的に粛々とリサーチをし、リサーチ結果をきちんとまとめてくれる。 僕はそのようなこつこつ系の作業は大変苦手である。 僕は中途採用なので、そのようなこつこつ系の下積み期間を経験していない。 たぶん、やれと言われてもすぐ飽きてしまうだろう。
ここだけの話だが、僕の仕事スタイルは「一筆書き」と呼ばれている。 報告書をまとめる際、調査も分析もせず、一気に一筆書きで書いてしまうことがたまにあるのである。 ガーっと一気に思いつくままに書いて、後で事実の数字やデータを入れ込み、修正する。 それが僕の仕事スタイル。
一般的にコンサルタントは仮説を作り、次に検証の作業を行う。 僕の場合は仮説の段階で、一気に書いてしまうのである。 まあ、同じようなタイプのプロジェクトが多いので、仮説の段階でもほとんどハズれてはいないのだけれど、特異なスタイルである。 決して誉められたことではない。
「それってコンサルタントじゃないじゃん」とよく言われる。 いいんだよっ、それが僕のスタイルなんだから。
2003年04月06日(日) |
手塚治虫の鉄腕アトムとネグロポンテのアトム |
鉄腕アトムの放送が始まった。 見事なレトロフューチャーだ。 鉄腕アトムで描かれている世界は2003年である。
1960年代に夢想されていた2003年の世界。 鉄腕アトムで描かれている2003年の街並みは、僕達の世界と似て非なるものである。 高度成長の夢と冷戦時代の中で描かれた未来。
1980年頃から近未来の描き方は変わった。 リドリースコットの描いたブレードランナーに代表される酸性雨のなかのダークな近未来。 僕にとっては鉄腕アトムの世界よりもブレードランナーで世界のほうがずっとリアリティーがある。 ブレードランナーを初めて観たのは中学生の頃だったと思う。 2003年の渋谷も新宿も秋葉原も見事にブレードランナーだ。 僕はJRの渋谷駅から井の頭線の渋谷駅に至る通路から見えるハチ公前の景色が最もブレードランナーだと思う。 百軒店に行けば「ふたつでじゅうぶんですよ」と言われるに違いない。
鉄腕アトムを見ていて、ふとネグロポンテの「アトム」を思い出した。 鉄腕アトムとは何の関係もない。 1990年代の中頃から今までのテクノロジーはネグロポンテの言うところの「アトム」の世界ではなく、「ビット」の世界で進化を続けてきた。 ネグロポンテは90年代半ばに「アトム」から「ビット」へ、と叫んでいた。 ネグロポンテの言う「アトム」とは原子で構成される、いわゆる「リアル」の世界の事。 そして「ビット」とはいわゆるバーチャル世界。 目には見えない「ビット」の世界。 ここ最近の現実のテクノロジーの進化は「アトム」なリアルの世界よりも、目では見ることのできない「ビット」の世界のほうが進化の速度は速かった。
テクノロジーの進化が人間の機能の拡張であるとすれば、僕達は「手」や「足」といった筋肉組織を進化させることよりも、「目」「耳」「口」そして「脳」といった神経系統を進化させることを選んだ。 目には見えない神経系統。 現在の世界の姿は僕ら自身が選んだ結果の未来。 僕らは神経系の進化を選択した。
ところが、これからは「アトム」の世界の逆襲がはじまる。 新たな未来へのステップは「ビット」から「アトム」への回帰だ。 これまで停滞してきた「アトム」の世界の進化が再びはじまる。 そして、「アトム」と「ビット」の世界は融合へと向かう。
ユビキタスという言葉は「アトム」と「ビット」が融合した世界を指す。 「アトム」と「ビット」が融合したとき、また新たな進化が始まる。 これから始まるユビキタスへの進化とは「ビット」の世界が「アトム」世界へ侵攻することを言う。 アトム(リアル)の世界とビット(バーチャル)の世界は融合する。 ユビキタスとは、神経系統としてのセンサーや肉体としてのアクチュエイターが世界のあらゆる部分に張り巡らされ、ネットワークで接続され、新たなる環境としての世界が構築される事だ。
ロボットの世界のアトムの実現はまだまだずっと先のことだけれど、ネグロポンテの「アトム」の世界と「ビット」の融合した世界ははすぐそこにある。
昼頃に起きて、ボーっとしていたら、起きたばかりなのに眠くなった。 うとうとし始め、気づくと夜の7時。 少しテレビを見たりしていたら、また眠くなった。 そして次に起きると朝の9時。
結局、20時間くらい眠った事になる。
おかげで、いつになく頭がすっきりしている。 疲れも取れている。 ここ何日かは、寝不足か酔っ払っているかのどちらかだった。 頭がクリアな時間はほとんどなかったように思う。
仕事で遅くなり、深夜に帰宅。 少しでも早く寝るために、酒を飲む。 短時間の睡眠で、起床。 疲れが取れないまま、仕事に向かう。 深夜まで働き、また酒を飲んで無理やり眠る。
僕の毎日はこの繰り返しである。 こうやって睡眠不足と過労が蓄積されていく。 病気ではないのだけれど、とても疲れていて、身体も頭もまともに動かない。 でも仕事は、僕の体調などおかまいなしにやってくる。 病気であれば、仕事を休んで誰かに替わってもらうことも可能なのだけれど、別に病気ではない。 睡眠不足と過労だけである。 それにスタッフは僕以上にがんばってくれている。
最近は以前のように、徹夜で仕事をすることは少なくなった。 できる限り無茶な仕事のしかたは避けるように気をつけている。 だけど、平均帰宅時間はそれほど早くなってはいない。 明け方に帰宅したり、会社に泊り込んだりすることは少なくなったが、終電で帰宅したり、終電を逃す事は日常的である。 徹夜をしなくても、平日のほぼ毎日が午前様の日が延々と続けばさすがに疲れてくる。 少しずつ、少しずつ疲労が溜まっていく。
来週はプロジェクトの追い込みなので、まともに眠れないだろう。 何とかこの週末に体力を回復しておかなければならない。 と、いいつつ日曜日は出社して仕事をせざるを得ないのだけれど。
このプロジェクトが終わったら、少しまとまった休みを取りたいと思う。
2003年04月04日(金) |
コンサルタントの守秘義務 |
今日、あるパーティーに出席したら、出席者のいろんな人から言われた。 「あれだけの大ネタがあるのに、守秘義務があるから書けなくてつらいねえ」」 オクノ総研を見てくださっている方々が、僕が大ネタについて書いていない事を気遣ってくださった発言だ。
実は僕は最近のある経済ニュースのインサイダーである。 仕事として直接関わっていた。 あるニュースがきっかけで株式市場が大荒れになり、日経新聞やビジネス誌を賑わしている。 残念ながら、ここにはそれがどのニュースであるのかヒントすら書けない。 僕としては的外れな報道に対して、真実を書きたくてしょうががないのだけれど。 相変わらずジャーナリズムはアホだ。 ジャーナリストは機密情報にアクセスできるわけではないので、責めてはかわいそうなのだけれど。
コンサルタントには守秘義務がある。 僕達は機密保持契約を結んでから仕事に入る。 契約書には必ず機密情報を開示してもらうことを明記する。 そのせいで、インサイダー情報が得られても株を買えない。 クライアントの機密を守る事はコンサルタントとして絶対に譲れない一線だ。 僕もアホな事を書きまくっているように見えると思うけれど、ヤバい事は書かない。 最低限のモラルとして書くわけにはいかない。 職業倫理ってやつだ。
戦略コンサルタントの仕事はその名の通り、企業の戦略を作る事だ。 戦略を作るためにはクライアント企業の機密情報を知る必要がある。 クライアント企業の社内でもごく一部の役員しかが知らないような情報を開示してもらう。 僕達は機密情報を開示してもらえなければ、仕事にならない。 必然的に僕達は一般には絶対に知りえない企業の機密情報にアクセスすることになる。
コンサルタントは企業の機密情報を漏らしてはいけないのは当然ながら、自分のクライアントが誰であるかさえ、漏らせない。 僕が今現在、どのような仕事をしているのかについても一切漏らせない。
本当は書きたいネタは山ほどあるのですよ。 企業の裏事情とか、日本経済の裏事情とか。 でも仕事で知り得た情報はここには書けない。 残念ながら。
たまに、行間にとんでもない事が書いてあることもあるので、注意して読んでください。 よーく読んでいれば、とんでもない情報が埋め込まれていることがあります。 たぶん、注意して読んでいたとしても、気づく事はまずないと思うけれど。 気づかれたら、僕は守秘義務違反だからね。
2003年04月03日(木) |
最近どうも「芸」が荒れているような気がする |
最近どうも自分の「芸」が荒れているような気がする。 「芸人」としては由々しき事態だ。
コンサルタントがどんな仕事をするのかも知らず、間違って転職してから3年と少しが経った。 転職当初は、「芸」も何もあったもんじゃなく、仕事そのもののやり方が全くわからなかったので、気合と体力でヤケクソ的にお茶を濁し続けていた。 人の出入りの激しい戦略コンサルタントにとっては勤続3年は長いほうである。 フト気がつくと、古株になってしまっていた。
3年経ってみて、なんだか最近自分の「芸」が荒れてきたなあ、と感じることが多くなった。
僕はいわゆる中間管理職だ。 クライアントがいて、部下がいて、上司がいる。 三者に挟まれて、右往左往するのが僕の役割である。 クライアント>部下>上司というのは僕にとっての優先順位だ。 クライアントを最優先しつつ、部下のご機嫌を取り、上司の目をうまく誤魔化す。
三者に挟まれていると、三者をうまく調整するだけでかなりのエネルギーを消耗する。 時間も食う。
一人で仕事ができるのならば、納得が行くまでじっくりホテルにでも籠もればよいのだけれど、そうはいかない。 自分一人でできることなどたかが知れている。 僕は三者に挟まれて右往左往しているうちに、あっという間に時間を消費していく。 いつの間にやら、時間がなくなっている。
仕事は常に時間と予算がない。 サラリーマンになって10年以上になるけれど、時間と予算に恵まれたことは一度もない。 きっと世界中の全サラリーマンの共通の悩みだろう。 時間と予算に余裕のある仕事などこの世にはないのだ。 比較的人に恵まれているのがせめてもの救いだ。 幸い人間関係で苦労したことはほとんどない。
「ああ、もう少し時間があればなあ」 「もう一人、スタッフがアサインできればなあ」
自分が完全に納得できる仕事を完遂させるのは難しい。 プロジェクトが終わった後で、いつもいつも「ああ、もう少しやっときゃ良かったなあ」と後悔する。 でも、現実には一日は24時間しかないので、いくら努力しても一日24時間以上は働けない。 徹夜するのも3日くらいが限界だし。 休暇なしで連続して働きつづけるのも、せいぜい連続3ヶ月くらいが限度だし。
最近どうも「芸」が荒れているなあ、と感じる。 「芸人」として生きるのはなかなか難しい。
2003年04月02日(水) |
堂々巡りのテロリズムの世紀 |
20010911を境に世界は変わってしまった。
イラク戦争は20010911の時点で既に避けることはできなくなっていたのだ。 米国にとっては査察だとか、フセインだとか、石油だとか、大量破壊兵器だとかそんなものは本質的には関係ない。 20010911に自分たちと主張の異なる者、および主張が異なる「恐れのある者」の全てを排除することを決断していたのだ。
イラク戦争は短期だか長期だか良くわからないけれど、いつかは「一応の」終結を迎える。 だけどそれは、あくまでも「一応」の終結。 何も始まりはしないし、終わりもしない。
米国は自分たちと主張の異なる者、および主張が異なる「恐れのある者」を完全に排除するまで、戦争を続ける。 米国は自国は自由の国だが、外国には自由を認めない。 世界の全ての国が事実上、米国の州として併合されるまで、戦いは続く。 それは100年かかるかもしれない。 戦いは1000年続くかもしれない。
米国が世界で唯一のスーパーパワーである限り、正面から米国と戦える者などいない。 米国と主張の異なる者は地下に潜る。 テロに訴える。
イラク戦争がどのような結末を迎えようと世界は変わらない。 テロリズムが加速するだけだ。 戦争はテロを生み、テロはまた新たな戦争を生む。 堂々巡りのテロリズムの世紀。
米国に対して可能な反撃などアメリカンコーヒーを飲まないようにするくらいことくらいなのかもしれない。
これって、僕の妄想なのかな。
2003年04月01日(火) |
藤岡弘、探検隊第2弾が来週放送! |
待ちに待った、藤岡弘、の探検隊の第2弾が4月9日の水曜日に放送される。
前回の第1弾の「今夜復活!!伝説の探検隊が帰って来た。アマゾン奥地1500キロ!テラプレータの密林に謎の猿人ジュンマは実在した!」は素晴らしい出来だった。 僕は前回の放送に感動してしまい、下記にリンクを張っておいたが、2本もコメントを書いてしまっている。
で、今回はその第2弾である。 「藤岡弘の探検隊第2弾!ベトナム・ラオス国境地帯 死の密林踏破!呪われた竜の使い 人喰いヅォン・ドゥーは実在した!!(仮)」
水スペのサイトを見ると、「探検の途中、隊員はキングコブラ、マレー熊、ヒル、マングース、トビトカゲ、ニシキヘビなど、さまざまな危険な生物と遭遇。さらには水蛇の大群、ミズオオトカゲとの死闘も繰り広げる」と僕の心をくすぐる言葉の羅列。
これを見なくてどうする!なのである。 早速、僕は録画予約をした。
しかし、どうしてこの番組は夜7時などという、サラリーマンは絶対に見れないような時間に放送するのだろうか。 解せない。 マトモなサラリーマンは録画しなければ見れないではないか。 それとも、大人が見ることを想定していないのかな。
藤岡隊長!僕の期待を裏切らないでください。 すんごい期待しておりますっ。
■2003年01月08日(水) 偉大なる侍、「藤岡弘、」 ■2002年12月25日(水) (祝)川口探検隊の復活
■水スペ「藤岡弘の探検隊第2弾!ベトナム・ラオス国境地帯 死の密林踏破!呪われた竜の使い 人喰いヅォン・ドゥーは実在した!!(仮)」
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