2010年05月16日(日)  音読で 広がる世界 響く文


毎晩3冊、子供たちに本を読んであげる。まなティチョイス1冊、こうティチョイス1冊、そして私チョイス1冊の計3冊。子供たちが選んでくる本は、ディズニーとかなので、私チョイスで必ず名作と呼ばれるものを読む。


余談だが、子供って同じ本を何度も読んでとせがむ。子供は同じものを繰り返し読むことで、薄いフィルターを1枚ずつ重ねるようにしてジワリジワリと内容を理解するんだと。しかも、そうやって読解力が上がっていくそうな。だから、おいおい同じものばかり読んで、うちの子大丈夫か?などと考えずに読んであげるべし。私も中身を暗記するほど読んだ本、何冊もある。

ついでにもうひとつ余談。絵本を買うなら古本屋がいい。1冊100円とか150円で手に入る。絵本って情報が古くなったり流行遅れになったりしないので、それで充分。


本題。絵本を子供に読んであげるというのは、イコール文章を音読するということだ。何度か音読すると、名作か駄作か、名作がなぜ名作なのかがよくわかる。名作は言葉の響きが美しいので、普通に読んでるだけでもうまく聞こえる。一方駄作は、どんなに上手に読もうとしても、どこかぎこちない。

駄作っていうのは、たいてい映画を絵本にしたヤツだったり、長い話をかいつまんで短くしたヤツだ。それってつまり、そもそも絵本のために書かれた話ではないので、内容も言葉の響きもイマイチになるというわけである。(映画でも、→『バンビ』←このシリーズは、かなりオススメ。ちょっと高いけど、絵も文も最高だ)


で、毎晩絵本を音読していると、誰でもだんだん読むのがうまくなってくるものである。私も声色や強弱やスピードを様々に変化させ、楽しいところ、悲しいところ、ハラハラするところ、それぞれに臨場感たっぷりに読んでいる。そうすると、私が選んだ本を見て「えー、それー?」なんて不満そうな子供も、読み進めるうちにグイグイ引きこまれ、読み終わったときには「もう1回読んで!」となる。

まなティは、特に本を読んでもらうのが好きなので、今では字ばかりの小学生用の本を読んであげている。絵はないが、その分頭の中で想像が広がっているのだろう。ケラケラ笑ったり、怖くて目を瞑ったり忙しい。

今はこれ→『ふしぎの国のアリス』←を読んでいる。ついでに私はこれ→"Alice in Wonderland"←を読み中。洋書を1ヶ月に1冊読む予定が、今年に入ってまだ1冊半しか読んでいない。これから頑張る。ちなみに、なぜだかわからないが、洋書はアマゾンが数段安い。


ところで、音読の話。世の中は「速読が一番!」という向きな気がするが、私は速読ができない。洋書だろうが和書だろうが、心の中で音読だ。それは、言葉の響きを感じるのが好きだからだ。小説は特に、著者の言葉のチョイスが最も重要な部分だと思っていて、それを敏感に感じ取るには心の中で音読だろうと思う。仕事でたくさん資料を読むとか、できるだけ速く情報を得たいとき以外は速読は不要ではないかと思うが、どうだろう。


つづく。


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>>「匿名メールフォーム」へのレス

・税金が高くても、住み易い国なら納得いきますが、
 本当に、腹立たしいです。

2010年05月10日(月)  生活が 回るだけでは ダメなのだ


生きていくのって、本当にお金がかかる。

子供2人猫2匹の普通の家族が普通に生活しているだけなのに、そこまで課税か!とあきれるほどの種類と額の税金を搾取され、家のローンも待ってはくれない。幼稚園、習い事、あれもこれも、毎月なんやかやと出費がある。世の中のほとんどの普通の家族の方たち!本当にお疲れさまです!

ふとしたときに、夫婦2人だったら、完全に共稼ぎで、賃貸マンションに住んで、子供のための出費もないし……などとアレコレ考えてしまうこともある。でも、まなティとこうティがいない生活なんて、どんなステキなものを引き換えにされてもイヤだ!という気持ちでこの無意味な思考に静かにピリオドを打つ。

自分がそうだったように、子供には、ありとあらゆる体験をさせてあげたい。いつ何を始めたいと言われてもバックアップしてあげられるように、備えておかなければならない。


ない頭をひねって、どうにか商売繁盛できるように、策を練らねばならぬ。時代は移り変わる。昔と同じやり方ではダメなのだ。


つづく。


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2010年05月09日(日)  プロの手を 借りずにどこまで いけるのか


最近ひらがなが読めるようになってきたまなティ。雑誌についてた付録の「のりしろ」という字を読んで、「そんな厳しい言い方、しなくていいのに」とつぶやいていた。「のりをしろ!」という意味だと思ったらしい。

世の中に書いてあるいろんなことがわかってきて、毎日面白いだろう。

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ゴールデンウィークもこの土日も、相方と庭作りをちょこちょこやっている。うちの庭は、何もないどころか、いらない低木が無計画にいくつもあったり、雑草が伸び放題伸びていたり、石だらけだったり、土がコチコチに固まっていたり、デコボコして平らじゃなかったりで、思い通りの庭にするために、まずは開墾の必要がある。

それで、低木を3本切り倒し、根っこを掘り起こし、無数の雑草を抜き、土を耕して石を取り除き、土を振るいにかけて、平らにならした。それから、花壇と砂場と飛び石をレンガで作った。本当はコンクリとか使って凝ろうと思ったが、飽きたときに再生が簡単で雰囲気もよく、一番安上がりなものを…と考えていき、レンガをそのまま地面に埋め込む方法に落ち着いた。

砂場はこの丸いの↓砂はまだ入っていない。


小さな四角いのが飛び石だ。レンガ4つを組み合わせて作った。砂場は深さ40cmくらいにして、底にその辺に落ちていた木の板を敷いてみた。丸い花壇を作る用のブロックを使ったので、予想以上にキレイに丸くできて我ながら驚きである。周りに放射状にレンガを並べて、イメージは太陽だ。

一通りレンガのものを作ったら、今度は芝生の種を植える。芝生って大きく分けて、高麗芝と西洋芝の2つがあるが、冬も枯れずに緑で安上がりということで、西洋芝の種をホームセンターで買ってきて蒔いた。高麗芝というのは、よく30cm角くらいで切った苗が売っているヤツで、日本のほとんどの芝は高麗芝だ。

種を蒔いて10日後、ようやく芽が出てきて、
種蒔きから2週間経ったところがこれ↓


木と木の間だけまず蒔いてみた。まだ密度がしょぼい。これから様子を見ながら種を追加で蒔いて、一面グリーンを実現したい。しかし、西洋芝も欠点があって、伸びがものすごく早く、放置すると高さが40cm位にまでなるそうな。美しさを保つには、2,3日に一度芝刈りが必要と聞いたが、まぁ、1週間に一度でいいのでは…、と甘く見積もっているが、どうだろう。とにかく西洋芝の緑の鮮やかさに惹かれて。

ゴールデンウィークに砂場の周りにも種を蒔いたので、1週間後くらいに芽が出ているだろう。あと庭の3分の1残っているが、その一部(畳2枚分くらい)に昨日シロツメクサ(クローバー)の種を蒔いた。これも雑草防止などによいそうだ。何よりも、まなティがシロツメクサの花が大好きなので、芽が出るのが楽しみだ。


庭作りを考え始めた当初は、いろいろプロに頼まないとダメだろうと思っていたが、木を切り倒したり、砂場を作ったり、やってみると意外と素人でもできるもんである。というか、素人でも簡単にできる方法を何かしら思いつくものである。水漏れが怖いので、立水栓だけはプロに頼もうと思っている。


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卵と乳製品除去デザートを久しぶりに作った。

なかしましほ著の→『まいにち食べたい“ごはんのような”クッキーとビスケットの本』←に載っていた、「ブルーベリークランブルのケーキ」というヤツ。

↓フルーツを飾って、軽く上から蜂蜜をかけておやつに


砂糖はそんなに入っていないが、ブルーベリーの甘みで充分甘い。改めて、フルーツ、スゲェと思わずにはいられない。卵と乳製品を使わないクッキーやケーキは素朴なものが多いが、プリンもアイスクリームも食べられないまなティにとっては貴重なごちそうである。いや、でもこれは、普通に食べてもおいしいっす。ちなみに、ブルーベリーは冷凍のもの。アーモンドパウダーが結構たくさん入っている。


つづく。


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2010年05月04日(火)  清潔は 殺菌除菌 どうなのよ


ゴールデンウィーク長げぇ。


「殺菌しない程度に清潔に」が私のモットーだ。前にも同じようなことを書いたことがあるが、最近はなんでもかんでも除菌殺菌でおかしいんじゃないかと思う。特に子育て中のお母さん方!どうしてあんなに神経質かと思うほどだ。CMがあおりすぎているんだろう。企業も需要を生み出すのに必死だ。

体には悪い菌を自分で退治するよい菌がたくさんいるんだから、その力をもっと信じようぜ!と私は思っている。殺菌したらよい菌もろとも死んでしまう。抵抗力がどんどん落ちる。

あの、モンダミン系の口内殺菌用の液体、あれをやると口内炎が増えるというのを聞いたことがあるが、それって、口の中のよい菌が死んで、外からの菌に勝てなくなっているよい例だろう。

私は、とりあえず、幼稚園から帰ったときとトイレで大をしたときは手を洗ってというが、幼稚園で何か移るんだったら、家に帰ったときに手を洗っても遅いだろう。子供のものって汚いし、幼稚園に清潔を求めるのも無理な話だ。

子供にはたくさんいろんなことを経験して強くなって欲しいのと同じで、いろんな菌にちょこちょこ感染して強い体を作って欲しいと思う。地面に落ちた食べものが砂だらけだったら、さすがにちょっと待った!となるが、少々のものだったら、食べれば?と言ってしまう。

そうは言っても、不潔なのはイヤなので、あくまでも人の住む環境として清潔に。江戸時代あたりのキレイな家くらいを目指して。薬品に頼らず、どうしても殺菌したいときは、煮沸(この前雨続きだったときにこうティのパジャマを鍋でグツグツ煮た。サッパリ)。

今長生きしているお年寄りたちが子供の頃、殺菌なんてそんなに意識していなかったはず。だけど、健康に長生きしてるじゃないか。自分に不都合なものをなんでもかんでも排除していったら、いつかしっぺ返しが来るんじゃないかと思う。


つづく。


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2010年05月01日(土)  無駄なこと 深追いやめて 好転だ


オーストラリアで鍛えられたからか、子供を2人産んだからか、30代も半ばだからか、早寝早起きが功を奏したのか、最近の私はふっきれている。

無駄な心配や、無駄な気遣いや、無駄な落ち込みがない。生活の根幹を揺るがす事態でない限り、あまり深く考えない。深追いしない。それでも、よ〜く考えないといけないことはいくつかあるので、その考えに全力で集中できるように、無駄なことを考えて脳のキャパを取られることのないように。

例えば、仕事は真剣に妥協なくやるが、仕事を進めていく上での人間関係とか、どうにもならない障害については、深く考えない。余計なことを考えなくなったら、もっといい仕事ができるようになったように思う。

子供のことでも、もうできるだけ放任でいこうと思う。子供の学習する力を信じて。紙皿にアゴ紐を付けたものを頭にかぶって買い物に付いてくるというなら、それもよし。寒くても半袖で行くというならそれもよし。地面に落ちたものを拾って食べたいなら、それもよし。いちいちキーキー言うのをやめたら、私も子供もウソみたいに楽だ。


まなティが幼稚園に行くようになってから、地元の交友関係が驚くほどに広がった。昔から住んでいるのに、地元の学校に通っていなかったので、実家の隣の家の人くらいしか知らなかったが、今では、あの家もこの家も知り合い、という感じだ。

子供同士を遊ばせるために、よく近所の家々に遊びに行く。ヒキコモリで人付き合いが苦手だった私にはあり得なかったことだ。だけど、今ではその関係がウソみたいに楽しい。

幼稚園では、今年クラス委員になった。みんな押し黙って誰も立候補しなくて、時間が無駄に過ぎていくので、つい「じゃあ、やります」と手を挙げてしまった。さっさと決めてさっさと帰りたかったから。その後、私の勇気に押されてパラパラ手が挙がり、いろんなことがスムーズに決まった。

委員の仕事もやり始めれば楽しいものだ。何でも効率よくやりたいので、どんどん発言して、楽しくいろんなことを決めていきたい。


無駄に考えない、というクセをつけただけで、いろんなことがうまくいく。目指すは、健康で楽しく明るい今日と将来。そのほかは深追いなし! で当分行きます。


つづく。


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