| 2005年08月31日(水) |
ポスターと読書感想文 |
ある意味において、私は超すげぇかあちゃんだと思う。
6時間の間に、防火ポスターを描きあげ、本を読み、読書感想文を書いた。
それが子供のためにいいとか悪いとかを抜きにして。
結局徹夜ーー;
そんなわけできき@ボロボロです。

| 2005年08月30日(火) |
デイサービスでの出来事 |
デイサービスでの出来事。
食事の後、荒井さんがお椀に入っていた汁で入れ歯を洗った。
唖然!
そして突然の出来事に、絶句!

昨日の日記参照

| 2005年08月28日(日) |
「Shall we dance?」 |
アメリカ版「Sall we dance?」を観に、池袋の映画館へ家族で行って来た。
最終は800円だった。
「アメリカ版は夫婦が仲良くなる映画みたいよ」
と主人が言うので行く気になった。
うちが仲悪いわけではないんだけどーー;
リチャードギアがどんどんダンスが上手になる様子(演技だが)がよくて、最後はホントにかっこよかった。
こういう映画を見ていて感じるのは、社交ダンスというのは夫婦か恋人がペアになるのがベストなんだということ。好きでもない相手に感情移入はできないなぁ。その点俳優さん達はお見事!
さて〜。
夏休みも終わりだというのに、日曜の最終に家族で映画見るってどんなもんでしょ?
家に着くなり、二葉は「ああ〜宿題が〜!?」と口ではいうものの、あわてる様子は無い。こうなったら役割分担で、「私ポスター書くから。あんた他のやってなさい」という具合ーー;
いいのか、こんな親で。
英語は自分でやれ!数学は兄に聞け!環境問題のレポート?自分で考えてわからないところは兄に聞け!と言ったのが、間違いの元だったかもしれない。
一生は、物事の逆説を述べる傾向にある。一般論ではない方を支持し、切々と訴えるのだ。
京都議定書に始まり、ペットボトルのリサイクルは資源を無駄遣いしているのどうのこうので、かなりややこしくなってしまった。
仕舞いには「だから物事の本質が見えていないんだよ」と言う。
一生のいうことは正しいかもしれない。
でも、今は議論する時間はなく、宿題を終わらせる方が先決だ。

| 2005年08月27日(土) |
日本の怖い話−私の怖いもの |
水曜放送の「日本の怖い話」を主人が録画していたので、一昨日娘も一緒に3人で見ていた。
夏になると必ずこういう番組があって、コワイコワイという人達がいる。
作る方も作る方だが、見るほうも見る方だと思っている。
私はあまりこの手の番組は好きではない。
怖いからではなく、「ドッキリ」に似ていて、やらせっぽいなぁと疑い深いのだ。興味は無いが、寝室で見ていたので、なんとなく自分も見ることになってしまった。
呪われた家に友近が入った。通った後に鏡が割れたり、お風呂の排水溝からワカメが出て来たり、鏡には女の子が映り。
そんな風にして怖がっていたことも、押入れから水がドバーッと出て来た時点で全てがお笑いになってしまった。
主人も私も娘も大笑いした。
それでもまだ、主人と娘は信じていたらしい。
そして怖がる二人。
私はすでに録画という時点で怖くない。
「お母さんはどうして怖くないの〜?」
と言う娘。
「あのね〜人生の半分ぐらい生きていると怖いものはどんどんなくなっていくんだよ〜」
結局ユンソナちゃんとまりあちゃんをハメた嘘のお話だったのだが。
バカバカしいことやってるなぁとため息が出ちゃった。

| 2005年08月26日(金) |
プレゼントはタダのゴミ |
台風はどっかにいっちゃいました。
そして残暑が。
2〜3日過酷な日々を送った後、今日1日寝ていた。
ところで、昨日のモノ。

かなりブレてますが、星型です。
あれっ?
これを開いて行くと・・・・

一枚の紙です。
「タダのゴミ?」
袋にはハングル語で何か書かれていた。
そちらの方ではこれをどのようにして使うのだろう。
たとえば、結婚式にライスシャワーみたいにまくとか。
これは姪がもらったものだが。

| 2005年08月25日(木) |
プレゼントです。これは何でしょう? |
台風が関東を直撃ということで雨あしが強くなって来た。
「おなか空いた〜!!!」
とわめく娘。
すぐに食べられるものが無い。
「オマイら、そんなに脂肪つけてるんだから一日食べなくたって死なないよ」
と余裕の息子。
しょーがない。高速でご飯を炊いた。
さて・・・・・


| 2005年08月23日(火) |
洗濯物の干し方に関して |
主人は以前、洗濯をしたり、食器を洗ったりしない人だった。
食事を作ったけど、疲れきって、
「片付けるのおっくう・・・」
と言うと、
「明日やればいいじゃない?」(←誰がだよ)
と言う人だった。
洗濯物も、同じ。
それが最近、食器洗い機に食器を入れてくれたり、それを片付けてくれたり、洗濯をしてくれるようになった。
初めは主人のやり方が気に入らなかった。
食器戸棚の中はバラバラで何が何処に入っているのかわからない。
私の手の届かないところに普段使うものがあったりする。大きさの違う皿が重なってもおかまいなし。
洗濯物は、ミョーな干し方である。
「それじゃ乾かない!」
と昔の私は思っていた。
でも主人の洗濯物の干し方に関して、とてもおおらかになった。
私ができないことをやってくれるのだから多少目をつぶらなければと思うのだ。

息子とCDショップに行った後、どこかで昼食を食べることにした。
お気に入りのスパゲッティー屋さんにはニョッキの形が変わってから行って
いなかった。ニョッキ特有のモチモチ感が無くなっておいしくない。
「もしかしたらまた元の作り方のなっているかもね」
と行ってみることにした。
・・・・・が、定休日だった(T^T)
しょうがないので、お蕎麦屋さんに行くことにした。
「こんなところに?」
という知る人ぞ知るというお蕎麦屋さんだ。
「え〜っと、よ〜く見ないととおり過ぎちゃうんだよね」
ゆっくりと坂道を降りた。
が、

↑こんな看板が(T^T)
「今日は終わりました」なのか「永遠に終わりました」なのか、ハッキリしてほしい。

家の中はまるで夢の島。
それは想像を遥かに超えるだろう。

夏バテかもしれない。
グテェ〜っとしていた。
食事を作る気力が無く、冷蔵庫を開けては閉める動作を朝から繰り返した。
夜、一向に作る気配の無い私を見て、しょーがないなーという顔をした娘が
立ち上がった。
「この前のパスタって一人分だとトマト何個?」
と聞く。え〜っ?一人分作るわけ?
「どーせ作るなら4人分作ろうよ」
と、二人でパスタを作ることにした。
娘は小麦粉をこねるのが大好き。先日うどんを作るのを失敗して変身させたのが、このパスタだ。
小麦粉はテキトー、水をテキトー、塩を少し入れてこねる。
娘がこねている間に、私はお湯をわかしつつソースの準備をする。
トマトを湯むきして、粗く刻む。
エリンギをテキトーに切る。
タマネギを半分薄くスライスする。
にんにくを二かけスライスする。
油をひいたフライパンを熱して、ニンニクを炒める。
その後タマネギがしんなりするまで炒める。
エリンギを炒める。
トマトのざく切りを入れ、白ワインをテキトーに入れる。
ベイリーフを1枚入れる。
ショウガを少し入れる。
そして混ぜ合わせる。
煮立って来たら火を弱めてコトコトと煮詰める。
塩とコショウをテキトーに入れて、味を調える。
そうしている間に、こねた小麦粉は娘と息子により、
一口大の大きさに形作られていた。
それを沸騰したお湯の中に入れて、テキトーに茹で浮いてきて少し経ったら
氷水に取る。
冷やしてツルンツルンになったパスタを(よく水をきって)
さっきのソースの中に入れて絡める。
できた〜!
写真撮るの忘れた!
食べてる最中の息子のお皿からパシャッ!

シコシコしていておいしかった!

| 2005年08月19日(金) |
3Dで方向音痴な私から地図を読めるアナタへ |
以前姉から、
「アンタは3Dで方向音痴だね」
と言われたことがある。
私の方向感覚が劣っているのは平面だけではない。
自分が何階にいるのかさえわからなくなってしまう。
「一階で待ってて」
と言われると、慌てる。
「ちょっと、待って。私は今何階にいるのカナ。降りればいいのか?昇ればいいのか?」
先日ショッピングセンターで買い物をしていた時主人に、
「車で待ってるから」
と言われた。方向音痴であることをすっかり忘れて、
「ウン、わかったぁ〜」
と気軽に返事をした。
駐車場を探しても車が無い!
ついに探すことをあきらめて「車の場所がわからない」と主人に電話した。
「Aの4だよ」
と言われて、柱に書いてあるAの文字と4を探してその場所へ。
しかし車は無い!
「ねぇどこに停めたの?」
と主人に電話した

| 2005年08月17日(水) |
ケイコちゃん!は〜い! |
果物が好きである。
甘すぎるメロン、甘すぎる巨峰以外ならほとんど。
小さいころ、5人家族で分け合ってスイカを食べていた私は、
大人になったら、大きなスイカの中に入ってスコップで掘って食べるぞ!と
本気で思っていた。
先日主人が買って来たスイカはとても赤くておいしそうだった。
でも、私には食べることができなかった。
甘すぎるからではない。
昨日の朝シャワーを浴びたにも関わらず、夕方には汗でべタベタ。
夜シャワーを浴びてベッドに入った。
しかし、ジージーと蝉の鳴く声がうるさくて眠れない。いや、本当に眠い時はどんな騒音の中でも眠れるものである。
隣に寝ている主人が息をしていないような気がして、
ジィ〜〜ッと見ていた。暗いせいもあり、わからない。
そっと腕に触れてみると冷たい(ーー;)
少し、むにゅっと触ってみた。
動いた!
エル(オス猫)が死んでから一年が経つ。
主人と一生はゴルフの帰りにお墓参りをしているが、私は一度もお墓まいりをしていなかった。エルのことを忘れたわけではない。自分が生きることに精一杯だったような気がする。
車で三十分ほどのところにあるペットの共同墓地。一年前、共同では嫌だと二葉が泣いた。
「どこにエルちゃんがいるのかわからない。」
私もできればエルだけで火葬してほしかった。エルの骨をずっと持っていたかった。でもあの時の私は働くこともできず、エルだけの火葬をするお金を持っていなかった。
お花や餌を供えた。 「エル・・・ごめんね」 心の中で詫びた。いろんな意味でエルの命を縮めたのは自分のような気がしてならなかった。合わせた掌の間から涙がつたった。 謝った後で、色々な場面が思い出されて来た。それはエルとの楽しい思い出ばかりだった。 「エル、ありがとう、ありがとう・・・・」 とずっと繰り返した。
飾ってあるたくさんの絵馬を見たら、もっと泣けて来た。私達のようにペットを失って同じような思いをした人達の言葉が綴られていた。生まれたてのような子猫もいた。
エルを忘れない、と心に誓った。

エルとモコに会ったのはペットショップ。 雑種の猫ちゃん達が入っているゲージには「もらって下さい」と書いてあった。後ろにいるのがエル。三角にちょこっとだけ顔が見えているのがモコ。

初めて我が家に来た日。じゃれて遊んだ。

2003年のエル。「私の恋人」と言っていた。

そして、2004年、エルが死ぬ一ヶ月前。こんなに元気なエルが死ぬなんて思ってもみなかった。

エルのお墓参りをした後、一生が飛行機を飛ばしたいと言ったので、公園に行った。何度も飛行機を飛ばす一生の姿を見ていた。その後子供達はバドミントンをした。そんな姿を見ていたら、涙が乾いていた。
数年ぶりに青森に帰省した。 こっちに戻って来る頃には父の顔を見ることさえ嫌になっていた。
★--☆^^★--☆^^★--☆^^★--☆^^★--☆^^★--☆★--☆^^★--☆^^★--☆^^★--
実家には父が書いた遺書があった。遺書と言っても、メモ用紙に書いたようなものが何枚も。私の名前のところには、「苦しんだね」と書いてあった。 それを読むと涙が止まらなかった。拭いても拭いても涙はこぼれた。 父のことを理解したいと思っている。でも、返ってくる言葉や怒った表情を見るのが辛かった。
実家に帰っている間に母の五十肩がひどくなり、母は針とお灸をしてもらいに通った。私も頭痛が強くて針治療をしてもらった。自分がまだ元気とは言えない状態だったが、それでも両親を実家に連れて帰りたかった。
「やっぱり自分の家が一番いい」と実感し、おいしいものを食べ、元気になってここに戻って来たいと感じてほしかった。
主人が市場に連れて行ってくれた。兄の子供たちと手をつないで歩いたらしい。
父が愛した山にみんなで行った。知人が草取りをしてくれていたせいか、思ったより荒れていなかった。母が植えたアジサイが咲く道は昔と変わらなかった。
10分も経たないうちに、座っているのが辛いと言って、帰るという父。 父の口から出る言葉は不満だらけだった。
数日家を空けるに当たって、猫を預けなければならなかった。 猫は犬と違って車などでの移動に弱い。人間がずっと車酔いをしているのと同じ状態になるらしい。ペットホテルに預けるためには予防接種をしなければならず、予防接種とホテル代、2匹で4万円以上かかった。
うちの車には5人しか乗れないので、8人乗りのレンタカーを借りた。 レンタカーが5日で5万円強。
高速代とガソリン代は母に払ってもらったが、うちとしてはかなりの出費だった。
こうして計画したことは無駄だったのだろうか。
ありがた迷惑でしかないような父の言葉が突き刺さる。病気は人を思いやる気持ちすらなくしてしまうものだのだろうか。
「行ってよかった。ありがとう」
と言ってくれた母の言葉が救いである。
数々の山を越えた。
1、2日 栃木での仕事 3日 娘の部活の発表会 4〜8日 青森へ帰省 9日 栃木での仕事 10日 栃木のデイサービス、夏祭り 11日 訪問入浴の仕事
娘の部活のこと、帰省したこと、夏祭りのことなど、書きたいことは山ほどある。でも、疲労がたまらないうちに休むことにしよう。
| 2005年08月10日(水) |
夏休みなのにハードな毎日 |
4日から8日まで数年ぶりに青森に帰省した。 両親が栃木にいるので、ここ数年実家に帰ることがなかった。両親も同じく数年ぶりだ。
帰って来てからすぐに栃木での仕事。 そして一週間ぶりに我が家に戻って来た。明日も仕事があるので、日記はこのぐらいにしておこう。
| 2005年08月02日(火) |
小池さんのお仕事とサダ子さんの言葉 |
2〜3日前、一人で残業をしていたら、長谷川さんという利用者さんの家族から電話がかかって来た。
長谷川さんのバッグの中に田島さんの手帳が入っていたという連絡だった。
デイサービスでは、一人一人に手帳があり、その日の体温や血圧その他の状態や、家族への伝達事項などを書いている。
電話を受けた私は、長谷川さんの家族に謝った。そして、田島さんの家にも電話をして謝った。その他諸々事後処理を。
わ〜やってしまった!
でも確かに田島さんのバッグに入れたはず。田島さんは歩行器を使っている。その歩行器にかかっているバッグに入れたとハッキリ記憶していた。
でもなぁ・・・・私がやることはマがヌケている。
生まれつきボケているのだからしょうがない。
今日、スタッフに呼ばれた。
「ねぇ見て下さい」
というしぐさだった。
小池さんが飯島さんのバッグの中から手帳を取り出そうとしていた。
そのスタッフが、
「田島さんの手帳も小池さんが長谷川さんに渡したのかもしれませんね」
と小声で私に言った。
認知症の小池さんは、まるでお手伝いをしているか、スタッフのように、
「・・・・ですからお願いします。ぢゅおいうもうkjぬkどうあrマおじょあうお、f歩dふぉだjふぉじゅあいいですか?ハイよろしくdもふmおえうぃふぃj・・・」
と言った。
私もスタッフも笑いをこらえた。
「ハイ、わかりました。ありがとうございます」
と言って小池さんから手帳を受け取った。
私達スタッフは小池さんがすることにNOとは言わない。
否定せずに、別の方法で気持ちを変えるようなやりかたを取っている。
たとえば誰かがトイレに入っている時に入ろうとしたり、他の人とトラブルになりそうな時は、
「ここに座ってお手伝いして下さい」
と言って、看護師の隣に座ってもらう。
他の利用者さんにも理解してもらいたいが、認知症対認知症ではそういうわけにもいかない。 いつも座っていられるわけではないから、歩きながら相手をしたりもする。 小池さんの話を聞きながら仕事をする。少なくとも私と武田さん(看護師)はそうしている。
でも田中サダ子さん(看護師)は違うらしい。
土曜に家に帰り、日曜の夜には再び栃木へ。ハードな生活が続いている。
疲れが出たのか、今日は朝からつらくて仕事を休みたかった。何がつらいのか説明が難しい。眠いわけでもなく、痛いわけでもい。強いて言うなら体全体がだるいような感じだ。
これが夏バテか?
昨夜寝る時、一生が布団を敷いた。 姉の家ではフローリングの上に直接布団を敷いている。
さあ寝ようと思い、体を左向きにした。
ん?なんか左腕(二の腕)に違和感がある。
右を向いてみた。こちらはそうでもない。
もう一回左を向いてみた。やはり、違和感がある。
これは太ってしまったせいだ。
どうしよう!
脇の下も肉がついた感覚がある。
これが感じなくなったらおしまいだ。
どうしよう・・・・
|