| 2005年07月31日(日) |
お金が無い時(ガソリンスタンドのお話)その2 |
昨日の続き。
| 2005年07月30日(土) |
お金が無い時(ガソリンスタンドのお話) |
栃木から帰る途中、ガソリンが無いことに気づいた。すでにランプがついている。お金はあるが、自分のお金をガソリンに使いたくない。ガソリン代というものはダンナの財布の中から出て行くものである。
・・・私はそう思っている。
「でもなぁ・・・レギュラー5リッター・・・とか言えないんだよなぁ」
と言うと、隣に乗っていいた息子が、
「いいんじゃない?ばあばは2リッターって言ったよ」
と。
えっ?
栃木の田舎の小さなガゾリンスタンドで、
「2リッター!!!」
とおじいさんに言ったそうだ。
おじいさんは、
「えっ? に に 2リッターですか?」
と、戸惑った様子だったらしい。言えるんだ?と思った。 お金もないし、他のガソリンスタンドのカードがあるから、そっちで払いたかったらしい。
あまり長く走っているとどんどん不安になるので、途中のガソリンスタンドに入った。迷ったあげく、
「レギュラー10リッター」
と言ってしまった。
2リッターはおろか、5リッターと言えない(T^T)
「ハワイアン」とうテーマを変えることはできず、そして腰みのに反対することも出来ずに、今日のミーティングを終えた。
私はダンスの振り付け担当になり、それを考えていたら昨夜眠れなかった。
んなことはさておき・・・・
栃木で仕事がある日は姉の家に泊まる。デイサービスは隣接しているので、通勤時間なし。
今週はずっと栃木で生活していた。 お風呂に入る前にトイレに行こうとしたら、入り口にスリッパがないけど、電気がついていたので、義兄が入っているのでは?・・・と恐る恐るのぞいた。
姉の家のトイレは広い!
・・・・と言っても、6畳とかそんな広さではない。
でも、うちのトイレの2倍はある。
いるかな?いるかな?いるかな?・・・・と思いながらのぞいたら、
居た!
いるかな?と思ってのぞいたのに、ビックリして、
ぎゃ〜〜〜っ!と声をあげてしまった。
今・・・私の頭の中は「こしみの」でいっぱい。
私が働いているデイサービスで、今度夏祭りがある。
今年のテーマは「ハワイアン」 有力候補は「ねぶた祭り」で、もうこれで決定だと思っていたのに、ひっくり返ってしまった。それはそれでいいのだが、私には悩みの種がある。
「ねぶた」だと盛り上がらないのでは、というスタッフの意見が出て、なんとなくハワイに流されてしまった。ビニールテープを細く裂いて、腰みのみたいなものを作るらしい。男はそれでいい。胸はホタテの貝を付けるらしい。それでウケをねらうなら、別にかまわないのだが、女は浴衣かムームーと言っていたのに、女も腰みのに決まってしまった。
絶対反対だ。なんとしてでも阻止したい。自分だけでもやめたい。人には色々事情ってものがあるんだからさ。私は看護師だから、利用者が急変した時に備えて白衣着るとかなんとか言ってごまかしたい。
でも、自分だけ嫌だと言えない雰囲気で困る。
それぞれ役割が決まって、私は踊りの振り付けになった。振り付けするのはいい。
だけど・・・
ビニールテープをまとうのだけは勘弁してほしい。
〜(T-T)〜
生協のカタログを見ていたら、
「かたづけられないこどもたち」
という本があったので、注文した。
我が家で一番の散らかし屋は娘。片付けるとかなりきちんとやるのだけど、今は部活や補習で精一杯のようだ。
娘の次が主人。二人とも時間がないというのが原因なのだろうか。
私の場合は気力がないというのが一番の理由なのだが。
娘が自分の部屋に居られなくなり、それがリビングまで占領して散らかすと 大変なことになってしまう。
本を買ってもすぐに解決するとは思えないが、とりあえず読んでみることにした。
中に、「こんな言葉で叱られた」というのがあり、自分が子供のころ言われた言葉がそのまま載っていたのには苦笑してしまった。
※アンタの部屋に入るとかゆくなる。
※こんなんじゃ部屋いらないんじゃない?
※豚小屋
※ゴミ館
娘の散らかし屋に閉口している私だが、私にもこんな時代があったのだと思うと、叱る気力も失せる。いや、叱るつもりはないのだ。分別ゴミが進んでいるこの地域では、その教育を親がきちんとやらなければならないのかもしれない。
高校時代私は下宿をしていた。 母が下宿に来た時、ものすごい状態だったことがある。私は高校に行っていて留守だったが、用事があって近所まで来た母は、下宿に寄っておこづかいでもあげようと思ったらしい。
おこづかいをもらえないのはもちろんのことだった。
かなりダレていた。
暑いわけじゃないからお掃除をすればいいのに、ベッドでゆらり、ゆらり。
主人はA田のおじちゃんに連れて行かれてしまった。
残った3人はみんなやる気無し。
二葉はゲームをしているし、一生はPCに向かっている。
ベッドに寝たまま、二葉に、
「あ〜そ〜ぼ〜」
とメールした。
「何して?−−;)」
と返事が。
「カラオケとか」
一生にも、
「からあげ食べに行く?」
と打った。
ったく、家の中だっちゅーのに、メールのやり取りヤメレ。←それ私。
二葉が
「だっぽんしない?」
と言った。
一生と二人で、
「???」

手抜きばっかりじゃいけないと奮い立ち、卵焼き、ジャガイモのガーリック炒め、揚げナスを作った。
「安かったから」 と主人が10束198円のニラを買って来た。 いくら安くても4人家族でニラ10束は多いですーー;
お味噌汁に3束入れたら、ニラの味噌煮みたいになってしまった。 ガーリックとニラで臭い。
「今日はがんばったぞ」
と思ったら、一生が来ない。
「ご飯だよ〜!」
と叫んでも来ない。
こんなにがんばったのになぁと思って、
「ねぇ、がんばって作ったんだから食べようよ」
と言っても来ない。
学校から来た書類を見て落ち込んだらしい。まあそれはしょうがないが、がんばって作ったご飯ぐらい食べて欲しいなぁ。
「せめて見てよ」と一生の部屋に持って行った。見せると、手でつまんで卵焼きを食べた。 「ちょっと待って」 と言ってお箸を持って行った。ついでにご飯と味噌汁も持って行って、
「なんかヒッキーみたいだなぁ」
と言うと、
「こんな開放的なヒッキーがいるかぁ!」
と息子が言ったので私は大笑い。
一生の部屋はリビングの隣の和室で、リビングと和室の間の障子が破れ、どちらからも丸見え。リビング側を見る形でPCをやっている。
確かにこれじゃ引きこもれませんねぇ。
昨日のこと。 「ねえ、今日塾だよ」という声で娘に起こされた。 時計を見たら午後7時30分。塾は7時40分から。 「もっと早く起こしてよ」 「だって今気づいたんだもん」
という会話をしながら急いで車に乗った。 (ん?私はいい加減な母親か?)
最近自分の家でなければ眠れない。つまり仕事の日は眠れない。眠れなくても仕事はしなきゃならない。結局家で爆睡することになる。娘を塾に送りつつ、
「ああ、ユーゴハンどうしよう」
と言うと、
「お弁当でいいんじゃない?」
と娘。
「ごめんね」
「いいよ。あそこのお弁当好きだから」
「なんていい子なの」
お財布には小銭が少ししか入っていないし、塾の時間は過ぎてるし。
娘を塾に送ってから銀行でお金を下ろした。
お弁当屋さんに着いたのは、
午後7時57分!
閉店時間は8時!
お店の中をのぞきながら、ドアを開ける。
おじさんに、
「すみません。まだ大丈夫ですか?」
と声をかける。
「いらっしゃいませ!大丈夫ですよ!」
と威勢のいいおじさん。
おじさんは注文を取りお勘定をする人。でも作るのは奥にいるおばさん達。
うっ!
調理場はきれいに片付けられていた。
おばさん達が私の顔をじ〜っと見ている。 「もう閉店だよ」「こんな時間に来ないでよ」「片付けちゃったんだから」 と顔に書いてある。
それでも注文を受けると、しょうがないという顔をして作り始める。 冷蔵庫を開ける。タッパーを取り出す。
おじさんは暇なので、おばさん達がやることを見ている。 その中には新米さんがいて、教えてもらいながらやっているので、すばやくはできない。こんな時間に来てしまったので、
「ゆっくりでいいですよ」
とも言えず(普段でも言えないが)、待っていた。
新米さんが何かを落としたらしい。 隣にいたおばさんが「あっ!」と声を出すと同時に、おじさんが、
「ああ!」
と声をあげた。
だから、焦らなくても・・・
時計を見たら、8時4分。
一週間ばかり、母は留守をしていた。
父には「千葉の姪が病気で看病に行かなければならないから」ということで口裏を合わせていた。父にとってその一週間は長かった。
「こんなに苦しい思いをしているのに、なんでいないんだ」と怒っていた。
デイから泣きながら帰ったこともある。
母を追う幼稚園児のようになっていた。
母からは何度も「私の恋人をよろしく」と言われていた。
実は母は父から離れ、友達と旅行に行ったのだ。父から離れられてうれしいと手放しに喜んでいたわけではない。後ろ髪を引かれる思いで出かけたのだった。
優しい言葉をかけると、父は甘える。 だから私には泣き言をたくさん言った。
「呼吸が苦しい。呼吸が苦しくて速くなる」
過呼吸になっている意味を教え、どうすればいいのかを教えた。
酸素飽和濃度を測る機械があって、それで数値がかなりいいので問題ないと言っても、実際に苦しいと訴え納得はしない。
精神安定剤を飲ませ「ゆっくり休もう」と言ったが、
「こんなもの飲んでも効かない」
と言うばかりか、私に殴りかかりそうになった。
姉は優しい言葉をかけないので、姉には泣き言を言わない。
じゃあ、優しい言葉をかけない方がいいのか・・・。
自分に置き換えてみた。
やはり優しい言葉をかけてくれる主人が好きだし、その方が気持ちが楽になる。
姉は主人から自立しろと言うが、それでは何のために結婚したのだろうと思ってしまう。
先週の土曜日、母が帰って来た。 その時の様子がどうだったかなど詳しいことは聞いていない。
しかし、その後父に会い、父の状態が落ち着いたことは事実だ。 母がいないと不安になってしまう父の気持ちがよくわかる。
夏休み、父と母を青森の実家に連れて行こうと計画している。 それが父にとってどういうことになるのか、行ってみなければわからない。 もしかしたら逆効果になってしまうかもしれないが、決行するつもりだ。
父母は約6年自分の家に住んでいない。こっちに来て入退院を繰り返し、最初は私の家、今は姉の家にいる。6年ぶりの青森は父にとってどう映るのだろう。
ケイコさんの息子さんはアメリカにいる。
息子さんは20歳。先日電話をしたら男友達が出たと言う。
「日本語わかる?」と聞いたら、
「little」
と言うので、
「なんかしゃべってみて」
とケイコさんが言うと、
昨日は姉と普通に話しができた。 でも、父は大変。
その話はいづれまた。
| 2005年07月12日(火) |
優しさに感謝して・・・ |
きき@栃木。
昨日の夜遅く主人に送ってもらった。主人が「一人では行きにくいだろう」とついて来てくれた。まだ仕事をしていた姉が鍵を開けてくれた。
「ご迷惑をおかけしました」
と言うと、主人が、
「これからはちゃんと心入れ替えてがんばりますので、よろしくお願いします」
と言った。
姉は疲れた表情で、
「はい。」
と言い、主人に、
「気をつけて帰ってね」
と言った。姉は働き者のがんばり屋だ。いつも睡眠時間を削ってまで仕事をしている。
そして主人は埼玉の家に戻った。
義兄にも、 「先日は大変ご迷惑をおかけしました」 と言うと、 「大丈夫か?」 と言われた。 「はい。でも自分はどうしようもないことがあって・・・」 と言うと、 「自分を責めるんじゃないよ。そういう病気なんだからさ」 と優しい。 「でも自分ではがんばろうと思っているのに、結局みんなに迷惑をかけてしまうから・・・」 と言うと、涙が止まらなくなってしまった。
「そうやってまたそのことを悔やむと体によくないから。のんびりでいいから」
と言ってくれた。
「ありがとう」
と言って、私は二階に上がった。
涙が止まらかったのは、嫌な顔をされるのだろうかと思ったら、優しい言葉をたくさんかけてくれたからだそうか。自分の感情を抑えることができず、声を押し殺して泣いていた。 でも、明日は気持ちを切り替えて仕事をしなければならない。
眠れなかった。短時間だけ効く入眠剤を飲んでも眠れない。そうしているうちに6時になってしまった。ここで寝てしまったら起きられない。
仕事の服に着替えて、顔を洗い化粧をした。時間がたっぷりあるので、丁寧に(厚化粧ではなく)化粧をした。牛乳を飲んで、さあと思ったら、まだ7時半。始まるのは8時半からだが、早く来ている人がいるかもしれないと思ってドアを開けようとしたら、鍵がかかっていた。少し経って姉が起きてきたので鍵を開けてもらい、仕事場に行った。先週一週間の動きを申し送りノートで確認したり、カルテを見たりしてから今日の仕事の準備に取りかかった。
それから、ぼちぼちと来るスタッフ達。その一人一人にお詫びを言った。
みんな、
「いいですよ、そんなこと。生身の体だから」
「誰でも何かしらあるんだから気にしないで下さい」
「何言ってるのよ。お互い様だから」
みんなが優しい言葉をかけてくれた。
ミーティングの最後に、みんなの前でまた謝った。これは姉から言われていたことだった。
ミーティングが終わった後、一人のスタッフが、 「私達は、迷惑をかけられたなんて、これっぽっちも思ってませんからね。こんなこと言うと、来なくていいよ、って思われると嫌だけど、そうじゃなくて、来てくれたらとても助かるけど、来れない時はみんなで助け合うのは当たり前ですからね」と言ってくれた。
私の代わりをやってくれた看護師も、 「仕事よりも体の方が大事だからね。大丈夫だよ。私が倒れたら助けてね」 と。もちろんとうなづき、心から感謝した。
スタッフ達は本当に優しかった。誰も真実は知らないけど、なんとなく何かを感じてる人はいるようだ。それでも、 「本当に大丈夫なんですか?」無理しちゃダメですからね」 と声をかけられるなど、なんていいスタッフに恵まれたんだろうと思った。
姉のメールが頭をよぎったが、今日の私は冷静になっていた。 私に厳しいことを言ってくれるのは姉しかいない。厳しさを教えてくれるのは本当の姉妹である姉しかいないのだと思った。
利用者さん達が一人二人とやって来た。一人一人に挨拶をして、明るい私に戻れた。
私の涙のように降っていた雨がお昼頃にあがった。
| 2005年07月11日(月) |
冷たいパスタとおバカな私 |
毎日泣いたり笑ったり色々ある。
今日娘が、 「学校休んでいい?」 と言った。最近くしゃみや咳がひどい。アレルギーなのだ。多分ハウスダスト+猫の毛。それでなかなか寝付けなかったらしい。
小学校の時不登校だったことを思うと、何が何でも行け!とは思わない。 「いいよ〜」 と軽く返事をして休ませてしまった。へへ。
昼になると、 「あ〜冷たいスパゲッティーが食べたいなぁ」 とのたまう。
う〜暑くてだるくて買い物行きたくない、と思ったが娘のために作ることにした。最初は近所のMマートに行こうとしたのだが、Rジャースの方が安いと思ってUターン。Rジャースに向けて車を走らせていた。ぼ〜っとしていたら、隣の市まで行っちゃった。ふぅ。
左折して違う道を戻って来て、Rジャースに着いた。たったった〜っとモッッツァレラチーズを買いに走ると、、、、、無い!
バジル、バジル、、、、、無い!
トマトを買ってさあ次の店へ。Rジャースでは車は二階にとめた。一階から買い物袋をさげて、階段をのぼった。そしてお店を歩き、向こう側の階段から一階に下りてしまった。ふぅ!「何やってんだよ」とつぶやき、また階段を上って3階に行ったのである。
Iなげやでバジルと明日のパンを買った。(ベランダでバジルはお亡くなりにーー;)
家に帰る頃には頭痛がひどくなり、
「パンとモッツァレラがぶっ!トマトがぶっ!じゃダメ?」 と聞くと、 「こんなに待ったのにぃ〜〜」 とのたまう娘。だよねぇ。
暑苦しい中お湯を沸かしてスパゲッティーを茹でた。
ところがオリーブオイルがちょっとしかないという事態に。

その後買い物に行く気にはなれず、なんとかごまかして完成させた。 我ながら美味。
最近、猫がぐったりしている。 この暑さでまいっているようで、倒れているようにも見える。 ひんやりするシートがあるから買おう娘と再びRジャースに!
色々とおしゃべりをし、またも隣の市まで行ってしまった。
ああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁln uadou fao ufap u oisdupoaufiapughbudjm nfdpi
同じ場所で左折し戻って来た。
ふ〜〜〜〜(大きなため息)
私は昔からこんな調子だ。
疲れた。これから栃木へ行くのに、頭痛と眠気がやって来た。
| 2005年07月10日(日) |
7年ぶりのテニス そして悲しみ |
昨夜遅くまで雨が降っていた。 今日はとても大事な日なのに、徹夜でPCに向かいながら外の雨音をうらめしく思っていた。
7年ぶりにテニスをする日だった。 オートテニスではなく、テニスコートで。 予約してあるのはハードコートではなくクレーコート。土砂降りの次の日はコートは使えない。
90%あきらめていた。私は今何かに熱中することで、自分の気持ちを大きく乱さないようにしようと思っている。テニスをあきらめPCの作業をしていた。
できないだろうと思ってコートの管理事務所に電話したら、軽く、 「できますよ〜」 と言われて慌てた。
寝てないし、準備してないし、大変だ〜と騒いで、パワー出して朝食を作って食べ、テニスの準備をした。
テニスして来ました。 7年ぶりのコートは、なつかしくてうれしくて言葉では表せない感動でした。でも、体重増加と日ごろの運動不足から、走れないし、昔は取れたボールが取れない。思うようにボールが飛ばない。歯がゆい思いもした。 でも、私は勝つテニスを卒業したから、それでいいんだと自分に言い聞かせた。

新しいボールがまぶしい。

シートとブラシで日よけを作ってみた。

クレーコートは使った人が最後に整備して帰るのが決まりです。 ブラシがなつかしい。
私がオーバードゥース(大量内服)をしてしまったのは先週の火曜日。 気持ちの整理がついたので、姉に謝りのメールを入れた。直接謝るつもりだがとりあえずメールを入れておこうと思った。今回のことで、姉夫婦やスタッフにはかなりの迷惑をかけたから、このままではいけないと痛感している。
元気になりたいと思い、2月からテニスコートの予約を試み、最近オートテニスを始め、がんばろうと思っていた矢先のODだった。
家に帰って食事をし、楽しく過ごしていた時に姉からメールが来た。 3通にわたって、お叱りのメールが。 やりきれない思いが募り、ポロポロと涙が流れた。確かに私はしてはいけないことを何度もしている。でもそれを楽しんでしているわけではない。もがき苦しみ何度も立ち直ろうとしている。私が自分がしたことを誰かのせいにしたことはないし、思ったこともない。いつも自分を責めるばかりだ。そういう病気だということは理解されず、性格を直せというような内容や、自覚を持て、と書かれていた。ある意味に於いて姉の言い分は正論なのかもしれない。私はそれに反論するのではなく、ただ涙が止まらなかった。
テニスをしてからお風呂に入っていなかったため、主人が、 「気持ちが変わるからお風呂に入っておいで」 と言ってくれた。私は長時間お風呂に入って、シャワーと共に涙を流した。 嫌なこと全てを洗い流すように、丁寧に体を洗った。
いつまでも泣いてはいられない。明日また仕事に行く日が来る。 書きたいことはまだたくさんある。でも、気持ちを切り替えて明日を迎えるため、今日はこの辺でやめよう。
ずっと雨が降っている。梅雨だから当たり前なのだが、少し前は空梅雨と言われていたではないか。一ヶ月前に明日(10日)のテニスコートを予約したのに、今日こんなに振っていたのでは明日コートを使えそうにも無い。クレーコートだから前日雨が降っていたらダメだろう。
昨日日記にあんなことを書いたが、今日の私はとても落ち着いている。
しかし、テニスができないのは残念だ。あああぁぁぁととため息をつきながら夕食は何にしようかと考える。 中途半端に残ったカレーがおなべに少し。捨てるのはもったいないので、食パンにはさんで食べてみた。


はみ出して食べにくいけど、美味じゃ。
一生にもあげたら、うげ〜っと言っていたのに、 「ウマイ、ウマイ」 と言った。
一生は、普通の時は何も言わない。 「おいしい?」 と聞くと、 「うん」とか「おいしい」とか「うまい」 とか言う。
でもおいしい時は自分から、 「ウマイ、ウマイ」 と言う。
もっとおいしい時は、
「ウマイ、ウマイ、ウマイ、ウマイ、ウマイ・・・・・・・」
と連呼する。
普通のカレーパンのように油で揚げていないところがあっさりしていい。
デジカメが行方不明で、携帯で撮ったら映りが悪い。 二葉が私のベッドで寝ていて寝返りを打ったらそこにデジ子が(T^T)
カレーが余ったら、水で薄めてカレーシチューにするとか、ご飯入れてドライカレーにするとか色々工夫している主婦の方々。殿方。一度カレーサンドをお試し下さい。
おいしそうに見えないと言われたので逸話を。
私はいつもカレーに粉のコーヒーを入れる。コーヒーは豆をひいて飲むので粉のコーヒーはカレーのためにあるのかもしれない。
そしていつもよりなぜか少なめに入れた。ほんのちょっと。
「一生〜!カレーできたよ〜!」
と呼んで食べたら、
「う〜ん、なんだかいつもと味が違う」
と言う。
私のカレーは大さじ何杯とかスプーンで調味料を測るわけじゃないからいつも同じ味にはならないのさ。もしかして、コーヒーの量が少なかったかなと思い、一生の前でコーヒーをササッとお鍋に入れた。 すると一生は、 「うっそ〜!!!カレーにコーヒーは入れないでしょ?」 と言う。 「入れるよ。うちのカレーにはいつもコーヒー入れてるもん」
文句を言いながらまた食べ始めたが、 「苦い気がする」 とうるさい。
あ、うちの会話は汚い話が多いのでご注意を。
これからなんか食べる人は読まないで下さい。
私「それってさ〜。いつもカレーにウンチ入れてるのに気づかずに食べてて、入れたところ見ちゃったから食べれなくなった、って言うのと同じ」
息子「そうかも・・・」
と昨日言っていたカレーをパンにはさんで食べたわけです。
おわり
| 2005年07月08日(金) |
決めなければならない |
また、してはならない事をしてしまった。
衝動的な大量内服。主人が薬を隠している場所を知っていて、それでも大量内服をしない自分に安心していた。私はたくさんの薬を見てももう飲まないようになったんだ、と自分なりに解釈していた。
先週の水曜日、PTAの集まりがあったため他の看護師と働く曜日を換えてもらい、月、火と働くことにしていた。いつものように、前日行くのは億劫だったし、いつも以上に車で栃木まで行くことに抵抗を感じていた。朝になって主人が送ってくれると言っていたが、ふとしたきっかけで大量内服をしてしまった。
「とにかく車に乗って!」
と言われたところまでは覚えている。その後のことは全くわからない。
気が着いたら姉の家のソファに寝ていた。今が何日で何曜日なのかわからなかった。ぼ〜っと宙を見ていたら、
「上の布団の方がゆっくりやすめるんじゃない?」
と母に言われた。
その後携帯で確認したら火曜日の夜だった。私はまる二日間眠り続けていた。そして水曜日は幽霊のような感じだった。結局仕事もできなかった上にPTAの集まりにも行けなかった。
その間、主人に意味不明なメールを7通も出していた。
例をあげると、
「あてえてせ ゃのひすこたぬもゅはせつむいのめんとい」
「きょうムえにきてきだい」
↑こちらは「今日迎えに来て下さい」
だと思うが、最初の方は本当に意味不明だ。
そんなメールを何度も出したことすら覚えていない。
これが友達でなくてよかったと思う。こんなことで友達をなくしたくない。
そして問題なのは、これで二回も大量内服で欠勤したこと。 その日は看護師が一人もいなくて、医者をしている義兄が利用者一人一人のバイタル(検温、脈拍、血圧)をとったらしい。
ヘルパーではなく看護師がやらなければならない仕事というのもある。そういう意味で色んな人に迷惑をかけてしまった。
姉からは母を通じて、
「今度着たらスタッフにお詫びを言うように。そして今後のことを考えなさい」と言われた。
要するに、やめるのか、このまま続けるのかということだ。 当たり前にことなのだが、こういう時は身内の方が厳しい。
以前から市内で仕事を探そうと思っていた。でも、姉のためと思って働き始めたことが逆に迷惑をかける結果になってしまった。
どうしたらいいかわからずに嘆く私に
「お前のことはオレが守る」
と主人が言ってくれた。
そして今日、鍵つきの頑丈な金庫を買って来た。(もちろん薬を入れて管理するため)
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