うつ病で摂食障害などを抱える看護師。色々あるけど、生きて行くのだ!

2005年06月30日(木) 浴衣

中学のPTAの集まりがあり、それが終わったら即家に帰った。

今日は近くの神社のお祭りで、二葉が浴衣を着て行きたいと言っていた。しかも友達も合わせて三人の浴衣を着せなければならない。夕方5時に家に着き、三人分が終わるまで1時間かかった。私は着付け教室になんか行ったことないし・・・汗だくーー;





二葉が浴衣を着ると、極道の女みたいになるのは気のせいだろうか。
(真ん中が娘)

お祭りから帰って来た娘は上機嫌だった。最初は地味で嫌だなぁと思った(浴衣が)が、みんなから「その浴衣素敵だね」と言われたのがうれしかったようだ。





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2005年06月28日(火) 認知症の彼女

 先週遅刻してしまったので、今日は遅刻しないようにと5時に起きて、6時に家を出た。早い時間だったので渋滞にも合わずに、7時15分に栃木へ到着。いつもこんな時間に出られるといいのに。

 デイサービスに小池さん(仮名)という認知症の利用者がいる。他にも認知症の人はいるが、小池さんよりも軽い人ばかりだ。小池さんは自分が何をしているのか何を話しているのか、他の人が何を話しているのかもわからない。

 これでも最初の来所時(去年の6月)よりもかなり言葉の数が増えたらしい。(私は小池さんを2月からしか見ていない。)言葉だけでなく文章が口から出るようになり、たまに会話が成り立つこともある。そして歌が好きな彼女は百恵ちゃんの歌を口ずさむことさえある。それでも、「靴をはいて下さい」とか「脱いで下さい」などの簡単なことも彼女には理解できない。

 彼女は現在63歳。年齢よりも若く見え、少女のように愛らしい。二人のお子さんがいるというが、きっと優しいお母さんだったのだろう。彼女の優しさは、小さな子供や寝たきりの老人に接する姿でわかる。子守唄を歌ってくれることもある。

 こんな風に、デイサービスではとても愛されている彼女なのだが、すべての利用者に理解してもらえないのが歯がゆい。彼女が認知症であることを他の人にどこまで話していいのかもわからないし、その本人が認知症であればなおさらそれは難しい。自分のこと、他人のことが理解できている人には彼女のことはなんとなくわかるようで、そんな利用者は暖かく見守ってくれる。

 今でも彼女がテレビの前に立つと、
「見えないよ~!」と大声を出す利用者もいる。
「何度言ったらわかるの?」と言う人もいる。

それでも私たちが毎回声をかけて彼女を受け入れてもらえるように努力したいと思っている。
 

 自分がもし「認知症」になるなら、彼女のようになりたいと思う。優しくて明るくて愛らしくて・・・・。無理かな?^^




 認知症の患者を持つ家族の苦労を知らずにこんなことを書くのは不用意なことなのかもしれない。




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2005年06月23日(木) 勝つテニスから楽しむテニスへ

 私がテニスに熱中していたのは13年前から5年間(今から7年前まで)

元々体を動かすことが好きだった私はテニス三昧の暮らしをしていた。テニスをしている時間が何よりも好きだった。負けん気の強い性格は、練習に練習を重ね、自分自身を追い詰めた。その果てに手首を傷めて手術をした。それ以来ラケットを握っていない。


 手術の直後はテニスウエアを着ている人を見るのも嫌だったし、テニスコートも見たくなかった。

「やりたい。でもできない」


という気持ちはあきらめに変わった。


テニスから離れて仕事を始め、テニスコートを見ても涙を流すことの無い自分になれた。そして「もう一度テニスをしたい」という気持ちすらなくなっていた。


しかし・・・ここ2年の体重の増加は尋常ではない。元々体を動かすことの好きな私は、運動をするのが一番いいと思う。それに続かなければ意味が無い。そして7年ぶりにテニスをしようという気持ちになった。


古い手帳を探して、テニスコートの管理事務所の電話番号が書かれているページを発見!電話をしてみると、7月10日(日)の午後、空きがあるとのことだった。さっそく現地に行き申し込みを済ませた。




さて・・・・


いきなりコートに行っても動けないんじゃしょうがない。

オートテニスに行くことにした。

ラケットを握るのは実に7年ぶり。昔のままのグリップテープがボロボロになっている。約1時間、オートテニスで楽しんだ。

ボールを追いかける喜び。テニスで汗を流す喜び。弾んだ息でベンチに戻り汗を拭きながら飲む水のおいしいこと。

心配なのはやはり右手首のこと。両手打ちに転向(プロじゃあるまいし^^;)するか、右手をかばいつつ片手で打つか。両方やってみたがやはり片手の方がコントロールできる。


・・・・・・・な~んて考えながら、久しぶりにスポーツマンになって汗した日だった。



グリップテープを張り替えた。当時最も好きだったテニスプレーヤーはマイケル・チャン。マイケルチャンモデルを使っていた。

身長が他の選手に比べて高くないチャンは、それをカバーするために普通よりも長いラケットを特注したのです。
(私の目指すものはマイケルチャンのような粘りのあるテニスだった。)

あちこち傷だらけのラケットだけど、愛おしい^^



「勝つテニス」から「楽しむテニスへ」

気持ちの切り替えができるまで7年の歳月が過ぎた。




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痩せるのを断念したのではなく、不健康に痩せていた頃の服を捨てるという意味だ!!!


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2005年06月22日(水) 何気ない言葉

 先日二葉は友達と小学校の近くの公園に遊びに行き、小学校にも立ち寄ったと言う。

あんなに行きたくないと言って泣き、卒業してからも小学校近くの道を通るのを嫌がっていたのに、やっと行けるようになったんだね。

その時、以前から嫌っていたI先生から、

「Kさんは、すら~っとしたイメージだったけど、太った?」

と言われたらしい。


ムッとして、無視していたら、


「ねえ太った?」


と3回ぐらい聞かれてムカついた、と娘。


それを聞いて私も嫌な思いがした。



「先生のその言葉で不登校になったらどうするんですか?って

言ってやれ!」と言うと、


「そんなことで不登校になるようじゃダメだって言われちゃうよ」

と娘。


「でもね、他の子供たちに体のことなどでそういうことを言ってはいけないと教えるのが先生の務めでしょ?そういう立場の人がそんなことを言っちゃいけないよ」


と私は言った。


思春期の子供である。何気ない一言で傷つくことがある。二葉は5年の3学期は休んでいて、やっと6年になって学校に行った。その初日に、隣の子に「太ったね」と言われてショックを受け、学校に行けなくなってしまった。二葉にとってはがんばって学校に行ったのに、その言葉でまた崩れてしまったのだ。学校に行かない間に太ったのは事実だった。そしてそのことをとても気にしていた。


何もガラス細工のように扱ってくれと言っているのではない。
子供には強くなってほしいと思っている。


しかし、容赦なく言葉を投げつけることなく、大人はもっと考えて発言して欲しい。




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2005年06月21日(火) お弁当

きき@栃木だす。

遅刻してしまった。
最近、前日に来るのがおっくうで、当日の朝車をぶっ飛ばすのだが、渋滞している道では車は飛ばせない。それに、信号は赤だし、抜け道を通るとトラクターがいたりする(T^T)

前の車が遅い時は十字路の前でひたすら、

「左折しろ!左折しろ!」

と念じるのみ。

それで左折すると、「オッシャ~ッ!」


とわけのわからぬ叫びをして、車を走らせるのである。


しかし、どうしても渋滞には勝てなかった。5時半に起きたけど、遅刻してしまった。もっと早く家を出なきゃいけないんだ。






さて~~~



昨日家に帰った娘が、

「明日と明後日お弁当なんだって」

と言った。

運動部の人達が大会なので、文化部の娘達はお弁当を持って行かなければならないらしい。二人でスーパーの冷凍食品のコーナーにまっしぐら。その日は、4割り引きなのを知っている。そこで色々買い込んで家に帰った。

今日の分は、朝起きて作ったが明日の分は二葉が作らなければならない。
「大丈夫。心配しないで」
と言っていた娘だが、

仕事が終わってから電話した。

「お弁当はね、冷めてからフタをしないと腐りやすいんだよ」

と言うと、

「うん、わかった。でもね、明日はお弁当要らないんだって。要るのは今日だけだった」


「・・・・」



「でもいいよ。ふーちゃんお弁当好きだから」


「どーゆー意味?」


「明日4時間だけどお弁当作る」


「え?」


「夜作っておいて、明日帰ってから食べるよ」


娘はお料理が大好きなので、楽しんで作るのだろう。




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2005年06月19日(日) 銭湯でお肌ツルツル~ん

「今日は父の日だねぇ」
と言うと、




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と言った。


ありがとうでしょう?」

と息子。




さて・・・
銭湯好きの主人は回数券を持っており、それが6月一杯で有効期限が切れるというので、家族4人で銭湯に行って来た。4人揃ってというのは本当に久しぶり。

さらに主人はスタンプカードを出して、
「このポイントが25まで来たから、マッサージ1回無料でやってもらえるよ。」
と私に言ったが、

遠慮しておきました。




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触ってほしくない!

今はそっとしておいて(T^T)




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2005年06月17日(金) 免許の更新に行って来ました

 息子が遅刻しそうなので駅まで送ってくれと言った。
今日は試験である。

「駅まで行って、5分で電車が来たとして向こうに着いて・・・バスが10分遅れたことあるから・・・ああダメだ~おしまいだ~」とわめく。

しょうがないので学校まで送ることにした。

こういう時は信号は全部赤に決まっている。

工事が多いに決まっている。

前に法定速度を守る車がいるに決まっている。

数々の困難を乗り越えて、やっと学校に着いたのが10時!

試験は10時からだ。玄関まで車を横付けし、

「さぁ走れ!」

放り投げた。 送り出した。



その足で免許の更新に行くことにした。

私はゴールド免許である。

しかも・・・・

5年間無事故無違反でななく・・・

今まで22年間無事故無違反である。

運がよかったんだなぁとつくづく思う。時間が無い時と余裕がある時の運転がまるで違う。急いでいる時は、スピードを出すだけでなく車線変更して他の車を縫うように走る。

今気づいたが、18歳で免許を取ったとしても、22を足すと40になるなぁ^^;


午前中息子を乗せて高校に行く時はかなりイライラしていた。
法定速度を守る安全運転の方のおかげで、全ての信号にひっかかった。そういう車に限って左折右折などせずにずっと前を走っている。


講習でちょっとしたチェック表を渡された。
「こういう運転はいけない」
というのに自分が全て当てはまっていた。

講習をしてくれた先生の奥さんは29年間無事故無違反だそうです。
↑ペーパードライバー。私はペーパーじゃないよっ!

無事故無違反ではなく・・・・

「運がよかったで賞」

を下さい。

そして出来上がった免許証を見て愕然とした。
(古い免許証に穴を開けて、くれるようになったので前回の写真と比べることができる)
5年前より20kg増!




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2005年06月15日(水) 主人の性格 2

とにかくどうでもいい。

ハンカチなんか、花柄はもちろんのこと、ミッキーだってぷーさんだって、お構いなし。

傘は花柄の物は持っていないが、私の傘も会社に持って行かれてしまう。持って行かれないように花柄の傘を買おうかと思ったが、主人の場合、花柄の傘でも持って行くに違いない。

大きなお風呂が好きだから、銭湯に行くことが多い。(体がデカイから)
お風呂に行く時は自分で下着やタオルを持って行く。しかし、帰ってから片付けはしない。

先日銭湯から持ち帰ったと思われるスーパーの袋の中に・・・


雑巾が入っていた。

乾きやすいのでタオルを縫わずに使っているため間違えたのだろう。
白いタオルは雑巾ですぅーー;

つまり、タオルだろうが雑巾だろうがどうでもいいのである。
主人はこのことをまだ知らない。
知らぬが仏とはこのことか?




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どうでもいいという表現は主人に失礼かも。
こういう性格だから私とやっていけるのだろう。

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2005年06月14日(火) センターラインを超えちゃった!

 きき@栃木に出稼ぎ中です。
いつもは月曜日に栃木に行き、二泊して(火曜、水曜と仕事をし)家に帰る。月曜はなぜかおっくうで「行きたくない」という気持ちが強くなる。
仕事が嫌なわけではない。ただ出掛けるのがおっくうなだけだ。先週、「明日(火曜の朝)行く」と母にメールを出した。

 6時に起き、6時50分に家を出たが、途中で眠くてしょうがなく、主人に電話した。←相変わらず依存心が強い。

「ねぇ。ここは安全第一?それとも仕事が大事?」


と。


「とにかくコーヒーを飲んで、イカとかタコとか噛む物を買って食べながら行け!」と言われた。イカやタコは臭くなりそうだったので、コーヒーをがぶ飲みした後ブラックガムなどを食べながら車を走らせた。



結果。




3分遅刻(--;



仕事を終え、普段なら泊まるのに、

「家族と過ごす時間を大事にしたい」

と思い、また家に帰った。

朝夕共にラッシュで時間がかかる。(1時間半強)

家に帰れば、ゴミの山と二葉や一生の愚痴が待っていた。

しかも翌日はそば打ちの日でスタッフは7時集合である。
早起きしなきゃ。



私は何をしに戻ったのだろうと考えたのも束の間・・・寝た。

翌日は5時に起きて、5時45分に家を出た。7時には着く予定だった。


が・・・・


私にとって6時から8時は魔の時間!

睡魔に襲われた。

と言うか、気づいたらセンターライン超えていましたから!!!

コンビニで3回仮眠を取り、仕事場に着いたのは8時過ぎだった。





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2005年06月12日(日) 主人の性格

 主人と一生はゴルフへ行き、二葉は友達と遊びに出かけた。

さあ、掃除だ!


と思ったが、気づいたら寝ていた。

というか、主人からの電話で目が覚めた。

「寝てたの?」「ハイ。寝てました」


「あのさ~、修理に出すと困るだろうから・・・・


キーボード買って行こうか?」


やっぱり!



わからない人は昨日の日記 をどうぞ。






さて~・・・・

食事作る気力全く無し。
↑これはいつものこと。


主人から「どこで食べる?」と聞かれる。


「昨日のところは?(昨日も外食してるし^^;)」

「う~ん」

「じゃあ、あのうるさいところは?」

「うるさいところって?」

「病院の近くの」

「白い帽子のおじさんの?」

「そうそう」


「うるさいところ」「病院の近く」「白い帽子おじさん」で通じる店に行った。





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2005年06月11日(土) ねばるこけもも!

 キーボードが直った。と言っても、完全に復活したわけではなく、何度か再起動しないと、動いてくれない。


 昨日主人がサポートセンターに電話をした。私は隣のベッドでうとうとしていたのでよくわからないが、結局は本体ではなくキーボードが壊れているらしい。



(ーー;)/


主人がこう言っていた。

「(無償修理の期間内で)本体なら無償でキーボードだけが壊れている場合は有償というのはどういうことでしょう」

主人はあまりこういうことに意見をすることはなく、


「キーボードだけ買えばいいっか~」


という性格なのだが。


それに付け加え、


「Sさんの対応には問題なく、いえむしろ一生懸命やっていただいたとは思いますが、会社の体制としてそれでは他の会社に勝てないんじゃないですか?」


などと言っている。めずらしい・・・・



さらに・・・



「それに最初は、本体が壊れているということで初期化するという話だったじゃないですか。その場合データが全部無くなるわけで、その辺はどんなもんでしょうねぇ。結局本体ではなくてキーボードが壊れていたわけでしょう?Sさんに話してもしょうがないとは思いますけど・・・」



今日はねばるねぇ、こけももさん!


話は変わり・・・
先日どうしてもネットにつながらないという事態に陥った。
これは困る、非常に困る。

キーボードが使えないのも困るけど、PCはネットにつなげなければただの箱。

一生と二人で色々と調べて「ああでもない、こうでもない」となんとかつながらないものかといじくり回していた。

帰って来たこけももが「もしかしたら・・・」と言った。




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2005年06月10日(金) すごーーーーくこまってます!!!

なんでひらがなとかたかなでかいているかって?
キーボードガへんになっちゃったんですよ。

サポートセンターにでんわしてきいたところ、キーボードのせいではなくてほんたいにげんいんがあるのだそうです。まったくうちのパソコンときたらしょっちゅうトラブルおこすんだから・・・・


わたしはメカとあいしょうがわるくて、わたしがさわるとこわれるというジンクスがあります。でんじはをだすらしい。かきたいことがたくさんあるのに、こまったもんだ。ストレスたまりまくりです。




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2005年06月06日(月) めざせハリウッド女優?

 強歩大会の時車から外を眺めていたら、かわいいログハウスが見えた。
私の夢は、将来田舎でログハウスを建てて暮らすこと。そこに小さくてもいいからお花畑を作りたい。そんな夢を子供達に語った。

すると二葉が、
「二葉は将来お金貯めて家のローンの残りを返してあげるよ」と言った。

「そうなの?じゃあちゃんと紙に書いてサインしてね!(最近再放送しているカバチタレの影響)」と言ってから、

「冗談だよ。自分達の借金はちゃんと返します。二葉は将来結婚するかもしれないし、自分の生活にお金がかかるからお母さん達のローンの心配はしなくてもいいんだよ」

と言い直した。


そこで一生が、

「お母さんが時給1億になればいいんだよ」

と言うので、

「そうか。めざせハリウッド女優!これからロジャースにダンベルを買いに行こう!」

と言うと、




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とツッコミを入れられた。

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2005年06月05日(日) 情けないSOS

 家の中を片付けられなくて、イライラしていた。と言うよりも汚い状態が嫌で発狂寸前!
いつも片付けようと思うのだが、仕事から帰って来ると疲れてしまい、二日間はほとんど寝ている。PTAの集まりが入っていることもある。少し片付けるのだが、家全体がゴミ箱と化したこの状態は一日や二日では片付かない。

そうしているうちに、月曜日になり栃木へ行かなければならない。この繰り返しをして来た。どうしても家をきれいにしたいと思った私は姉に電話した。

 まず事情を説明し、一週間かけて掃除をしたいから栃木に行かない週を一回だけほしい。それも休みをくれというのではなくて、その分他の日に働くからと。

 姉から、「私は姉妹だから事情はわかるけど、普通の会社じゃ許されないことだよね。Tさん(看護師)と直接電話で話してみて」と言われた。


 とにかく今の状態から抜け出したかった。何を苦しみ、何をもがいているのか冷静な時は少しはわかっている。そこを何とかして打破したい。家の中がきれいになることはその突破口のように思えた。

 でも、姉の言葉で私の気持ちはズルズルと下降線を辿った。気づくと母に電話していた。母は少し前まで、私がこんなに家事ができないとは思っていなかったようだ。持たせてくれたおかずや材料を、冷蔵庫に入れるのを忘れたり、もらったこと自体を忘れてしまって何度も腐らせた。その度に泣きながら捨てるのだった。私のことを思って持たせてくれても腐らせてばかりだで、それが辛かった。

 主人がそのことを母に言ってくれ、私が食事を作ることができないことやお掃除ができないことを母は知った。ある程度は知っていたと思う。

最初は何気なく話していたのだが、「お掃除ができない。家の中が汚くて気持ち悪い」と泣いてしまった。 
「だからずっと前から手伝ってあげるって言っているのに、自分でやるって言って聞かないんだから。どうすればいいの?」

と母に聞かれ、「手伝って下さい」とお願いした。

「すぐ行くから」

と母は車を走らせて手伝いに来てくれた。姉の家に泊まりに行っていた伯母も一緒に。

伯母にも、

「もっと早く電話くれればいいのに」

と言われ、

「だってあまりにも汚くて恥ずかしいんだもん」

と言うと、

「伯母ちゃんに対して恥ずかしいなんて思わなくていいのに」

と言ってくれた。
私は甘えようと思った。こうして私わかってくれる人がいる。
それをありがたく喜び受け入れよう。

70を過ぎた母と80近い伯母がテキパキと片付けたり茶碗を洗ったりしてくれた。私もお昼から夜までずっと働き通しだった。

情けないSOSだったけど、家を片付ける弾みになったと思う。
この状態を崩さないように、少しずつ気持ちよく生活できるようにしたい。







掃除機をかけた部屋は気持ちいいのか、ナマコのように寝ているジジ。






 
何写してんだよ!




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2005年06月04日(土) 強歩大会

 娘の中学で22kmを歩く強歩大会というのがあった。中学の年中行事で今年で7回目になる。普段運動をしていない娘は、「途中でリタイアするからね」と言っていた。運動が嫌いで、22kmを歩くなんてとんでもないという娘だった。


 私はPTAの役員で、何ヶ所かにあるトイレ掃除の係りになっていた。それが数日前に役員から電話があり、「Kさんは看護婦さんですか?」と聞かれ、「・・・ハイ」と答えると「救護班の車に乗ってもらえませんか?」と言われ、承諾した。もう一人乗るのだけど、その人は現役ではないため自信が無いと言っているらしい。私も自信はなかった。

 生徒のお父さんが運転する車に看護婦二人が乗ることになった。

 朝5時に目覚ましをかけたのに、眠れないままアラームが鳴った。それからお弁当作り。
・・・と言っても4割引きの冷凍食品に助けられている。




3人分のお弁当と主人の昼食。




これが二葉のお弁当。真ん中の上。豚肉にチーズを巻いて焼いたものは二葉が作った。
チャッチャと作って「これお弁当に入れて」と。


さて、強歩大会。
二葉達は電車でスタート地点に集合する。そこから学校に向けてひたすら歩く。


私たち救護班はA公園で待機。ゾロゾロと歩いて来る生徒達に声援を送り、怪我や病気の人がいないかチェックする。今年は曇り空というのが良かったようで、日射病になる人はいなかった。去年はカンカン照りだったので、頭が痛いとかおなかが痛いという生徒が続出したらしい。

5km地点のA公園で二葉を発見!とても楽しそうな顔をしていた。


おなかが痛いという生徒の対応とか、膝の裏側が擦れて痛いとか、外反母趾などの処置をそれぞれした。
外反母趾の処置はしょっちゅうしていることなので、慣れている。

膝の裏側が痛いという生徒は、先生から「コールドスプレーありませんか?」と言われた。「足の裏が痛いと言っているんですけど」と。「コールドスプレーは無いけど、シップならあります。とりあえず見せて下さい」と言って車を降りた。足の裏ではなく膝の裏側で、しかも短パンの裾が当たる部分が擦れて痛いということなので、

シップを貼ったら・・・


イナバの白ウサギになっちゃいますからぁぁ・・・


擦り傷がある部分にガーゼを当ててテープで止めた。


そんなこんなで、13km地点。二葉を発見!まだ涼しげな顔をしている。


携帯で「足が痛いという生徒がいる」と連絡を受ける。しかし、車をノロノロ走らせてもどの生徒なのかわからず。結局その生徒は校長先生が乗っている車が見つけて乗せたらしい。来年からは黄色いハンカチ?などの目印が必要だね、という話になった。


途中でリタイアした生徒は数名。持病の腰痛があり、できる所まで歩くと言って5km歩くのが精一杯だった子も、完歩した子もみんながんばったと思う。最後の生徒が到着するのを見届けて、役員は解散となった。


家に帰ってさっそく二葉に聞いた。

「どうだった?」

「ごめんなさ~い」
と二葉。

「どの辺まで歩いたの?」

「え~と19km」

「そう、でもがんばったね」

と言いかけたら、

「な~んてうそだよ~ん。22km歩きましたぁ」と明るくピースサインをした。



今は辛かった、苦しかった、足が痛いそんな思いしかないかもしれない。でもきっと振り返って、歩いてよかったと思える日が来ると思う。

来年は救護班ではなく、一緒に歩きたいと思う私である。公約ではありません^^;




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