訪問入浴の仕事は楽じゃない。楽してお金を儲けようなんて思っていないけど、そのうち体を壊しそうな気がする。というか、もう壊れているから、問題ないか?
病院での看護婦とはまた違った苦労がある。自分のことを看護婦と思ってはいけないようなところがある。入浴させるのはあくまでも「お客様」であって、「患者」ではない。だから「患者さん」と呼んではいけない。看護ではなく、介護に近いので、自分が今まで習ってきたこと、行って来たことが全て覆され、1から学ばなければいけないような状態だ。
先日、ある事業所に呼ばれて訪問入浴の仕事をした。看護師は、まず「バイタルサイン」と言って、熱、血圧、脈拍を測り患者の状態を見て、入浴可能かどうかの判断をする。それを用紙に記入したら、準備をしているオペレーターとヘルパーさんと共にお客様を入浴させることになる。 この日は一日に7件の入浴依頼があり、最後に回ったのが、Yさん宅。
車から降りる前に、オペレーターとヘルパーさんに言われた。
「このYさんね~神経質っていうか、かなり難しい人なのよ。とにかくやたらと触らない方がいい。湯船に入っている時も足が必ず床に着いていないとダメなんだけど、その角度があるんだよね、Yさんなりの。体温計をはさむ時も、パジャマの首のところから入れるのはダメなんだ。Yさんの左側に立っってパジャマの上着の下の右側から体温計をこういう角度で入れるの。そうすると、丁度いい位置を教えてくれるから・・・・etc.」
「すみません。バイタルのところしか頭に入りませんでした」
「当たり前だよ。私達だって、覚えるのにどれだけかかったか?何やっても、『ちっ!』って舌打ちされるから。洗体はだいたい私達がやるから、後は奥さんとシーツ交換とか、パジャマの準備してて。それから、洗体の時は常に一人が足を洗っていなきゃいけないの。それも強くてもダメだし、弱くこするぐらいでいいと思う・・・・etc.」
だ~か~ら~頭に入らないって。
緊張して、Yさんの家に入る。 「こんにちは~。お邪魔いたしま~す。よろしくお願いします。失礼しま~す」こんな調子。
「Yさん、お風呂に入りましょうね」 オペレーターが言う。
「じゃ、お熱測りましょう」 おそるおそる、言われた通りに、Yさんの左側に立ち、パジャマの下から、右の脇の下に体温計を入れた。
「ちっ!」 早くも一度目の舌打ち。
毛布を早く元に戻さないと寒い!とのことでした。
Yさんは気管切開をしている。気管に穴を開けているわけで、穴をふさがないとしゃべることができない。Yさんの場合はしゃべるための器具がある。
体温計を入れて、「この辺ですか?この辺?」と聞いてみる。 違う違うと首を振り、 奥さんに、器具をつけてもらって話す。 「上だよ。上」 私は、体温計を奥の方に入れた。寝ているYさんにとって、上とは頭の方という意味だと思ったからだ。
すると、「ちっ!」二度目の舌打ち。
奥さんが器具をつける。
「上って言ったら、上だよ。わかんない奴だなぁ。上は天井」
「すみません。」
と、位置をずらす。
こんなことに始まり、毛布は屏風たたみに3枚に折り、ベッドの後ろ側にかけておかなければいけない、とか。ベッド柵ははずしたら、ベッドの足元の方に立てかけておかなければいけない、とか・・・決まりごとが・・・・ふぅ~。
オペレーターとヘルパーが体を洗っている時、私は言われたとおり、軽く足をこすっていた。それはよかったらしいが、また舌打ちされた。膝が、お風呂の淵に当たって痛いだろうと思ったので、位置をずらしたらそれが気に入らなかったらしい。
その後、何をやっても舌打ち。
この人は私に触られるのが嫌なのだろう、と思ってしまった。 もう触らない・・・、というわけにもいかない。
体を洗い終わり、お風呂から上がって、体を拭いたら、舌打ち。 拭き方が気に入らないらしい。ハイハイ。
もう~嫌っ!最後のバイタルまで何もしない!
すると、怒っている。奥さんが器具をつけた。
「あんたねぇ。突っ立ってても仕事にならないんだよ!俺の顔見てたってしょうがないだろう。何固まってんだよっ!」 ものすごい勢いで怒鳴られた。
「あのねぇ。あんたが何やっても舌打ちするから何もできなくなるんでしょう。わがままオヤジ!」 と言い返してやりたかったが、我慢した。そこの事情所の方に迷惑がかかるから。それに私は泣きそうだった。でも、我慢した。もう、新米の小娘じゃないんだから、泣いちゃいけない。でもなぁ、訪問入浴としては新米なんだけどなぁ。
帰りの電車でボロボロ泣いた。自分の不甲斐なさ?Yさんのわがままにあきれた?よくわからない。 とにかくYさんが7件のうちの7件めでよかった。これが最初だったら、私はめげていた。 病気をするとわがままになると言っても限度というものがあるよ。 Yさんのところには二度と行きたくないです。
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