| 2004年08月18日(水) |
それでも精神科医なの? |
今日は精神科の受診日だった。
自分の順番が近づくにつれて、目の前に透明の虫がたくさん飛んだ。 これはきっと先生に会いたくないという、精神的なものによる表れなのだと 思う。
今立ったら倒れるかもしれない。そう思って、水を飲んだり、目薬を注したり、 気を紛らすようなことをした。
「何か変わったことはありましたか?」 と聞かれて、エルのことを話した。
先生「あなたはなぜ猫を飼うんですか?」
私 「猫が好きだからです」
先生「猫を飼っていいことがありますか?」
私 「癒してくれます」
先生「でも、ペットに寿命があることぐらいわかっているでしょ?」
私 「わかります。でも、あまりにも突然だったので・・・」
先生「交通事故で死ぬ事だってありますよ」
私 「・・・・・」
先生「死を受け入れられないなら、飼わない方がいいですよ」
話にならないと思った。
うつ病であり、その上かわいがっている猫が死んだのだから、気分的に落ち込んでいて当たり前と私は思う。
「まだ日が浅いんだからしょうがないじゃない!」
と先生に食ってかかりそうになった。でも、やめた! もうこれ以上医者と喧嘩をするのは嫌だ。今まで何人の精神科医と喧嘩をして来たことか。協調性はある方だと思う。誰とでもなんとかうまくやっていけると思う。 でも、精神科の先生とは合わないことが多い。
それでも精神科医か?と心の中でつぶやいた。
家に帰って息子にその話をした。 「エルは死んだけど、命がどんなに大事かを教えてくれたよ。その先生ペット飼ったことないんじゃない?」 と一生は言った。
名医と言われるあの先生より、一生の方がよっぽどまともだと思った。
↑寂しいのでなんか書いてください。
エル(オス猫)が死んだ!
先週の土曜日に主人の実家に行き、翌日帰って来たら死んでいた。 一番元気だったエルがなぜ?
帰って来て、エルの姿が見えないのでみんなで探した。 見つけたのは二葉だった。
泣きながら、 「エルちゃんが・・・エルちゃんが・・・・」 と言い、言葉を詰まらせた。
「エルがどうしたの?いたの?」
と聞いたら、
「ふーちゃんのクローゼットにいたから、触ったら、硬くなってる」
と言う。私は飛んで行った。 確かにエルは、死んでいて、既に硬直していた。
私はエルを抱きかかえ、
「エル〜!エル〜!」と何度も叫んだ。
実家に行く時、エルの姿だけ見えなかった。その時ちゃんと探せばよかった。 夏はいつも涼しい場所を探して寝ていて、どこからともなく出てくる猫だった。 きっとどっかにいるだろう、ぐらいにしか思っていなかった。
クローゼットのドアも開いていたし、子供部屋のドアも開けて行った。 もしもエルが出て来れないと困ると思って。 だから暑さとか、餌を食べられなくて死んだのではない。
そう言えば、2日ぐらい吐いていた。それもあまり深く考えていなかった。 あの時病院に連れて行っていれば・・・などと色んなことが頭を駆け巡った。でも、抱きかかえているエルは、動かない。すでに硬直していたから、死んだのは土曜日かもしれない。でも、実家に出かけたのはお昼過ぎで、朝は確かに生きていた。
あまりにも突然の死だった。猫の寿命は長くても10年と言われている。エルは3年。短すぎるよ。
二葉も一生も順番にエルを抱いた。死んでいるのに、二人とも嫌がらず、涙を流しながら頭をなでていた。
エルもモコもジジもかわいいと言葉では言っていたが、本当は私にとってエルは特別な存在だった。私にとてもなついていたし、家に帰ると必ず出迎えてくれた。 実家から帰った時、出迎えてくれないので、 「エル〜〜!」と呼んでみたが、姿を見せなかった。
「エルは恋人」と言って、二葉によく「不倫だ〜」と言われていた。それだけ、かわいい存在だった。体は大きいのに、怖がりで、雷の時は誰かのそばにくっついていた。
最近は暑いせいか一緒に寝ていなかったのに、先週の木曜日私が熱を出し、激しい関節痛と闘っている時、エルはそばにぴったりくっついて寝てくれた。私が苦しんでいるのがわかるのだろうか?と思った。5時頃トイレに行ったら、歩いたせいか 吐き気がしてきて苦しくなった。するとまたエルがやって来て、一緒に寝てくれた。
エルは自分の命が長くない事を知っていたのだろうか。
今、私は子供を亡くした気分だ。 たかがペットと思われるかもしれない。でも、エルは家族だった。エルだけじゃない。他の猫達も。まだ日が浅いせいもあり、エルの死を受け止めることができない。いつも動悸がして、焦燥感に押しつぶされそうになっている。
二葉が言っていた。 「よくドラマで『お父さん、寝ているだけだよね。目を開けて』と言っているシーンを見るけど、死んだんだからしょうがないじゃない、って思ってた。でもあの気持ちは本当なんだね」って。
「夢なら早く覚めて欲しい」と一生は言った。そして、私が嘆き悲しむ姿を見て、 「子供は親より先に死んじゃいけないんだね。一生は絶対にお母さん達より先に死なない。二葉も死んじゃダメだよ」と。
その晩、私はエルと一緒に寝た。本当に眠っているような死に顔だった。時々頭をなでては夢であって欲しいと願った。なかなか眠れず、2時間ぐらい眠った。起きたらやはりエルが死んだことは現実だった。
昨日、火葬をしてもらいに行った。エルが食べていた餌と、白いお花を一緒に入れた。その他に、そこで売っているものがあり、 「エルは体は大きいけど、臆病だから剣を買って入れてあげよう」と主人が言った。その剣をエルの手に持たせた。
みんなでエルへのお別れの言葉や感謝のことばを書いて、その手紙も入れた。
たった3年の命だったけど、楽しい日々をありがとう。死んだ時かわいそうだから、ペットは飼わないという人がいる。でもエルはたくさんのことを教えてくれた。子供達にもいい教育になったと思う。
エルと暮した日々をいつまでも忘れない。
↑寂しいのでなんか書いてください。
一生は一昨日から姉の家に行っている。義兄はデイケアを始め、姉もスタッフとして働いている。そこにボランティアと包丁研ぎのアルバイトに行ったのだ。
ボランティアと言ってもどういうことをするのか、深く考えてもいなかった。 欲しいものがある時以外メールをくれない一生からメールが来た。
☆☆(☆o☆)♪(-_☆)♪(★o☆)♪(★o★)♪(☆o★)♪(☆o☆)♪(-_☆)♪☆☆♪(-_☆)♪ デイケアに来ている人たちが僕に質問した。
「何か音楽やるの?」
僕「ピアノとかウクレレとか」
なんとそこにはキーボードがあった。ピアノを弾くはめに(T-T) ハーモニカを吹くおじさんと演奏することになった。
僕が楽譜無しで弾けるのはロビンソン(スピッツ)だけ。こうじょうのツキを合唱した。緊張したけど楽しかった。
うむ。人前で弾くのも例え下手でも楽しいものじゃ。
以上一生から来た4通のメール。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ↑手抜きの境界線
一日目はこうして、デイケアに来ている人たちと触れ合い、二日目は包丁研ぎに専念したらしい。デイに来ている人の中にも包丁を研いで欲しいと言う人がいて、今回20本以上の包丁を研ぐことになるらしい。
姉の家にも砥石はあるのだが、「自分のがいい」と買ったばかりの「My砥石」を持って行った。資本が4千円以上かかったので、「取り戻さなきゃ」と一生。
1人では何もできない子だった。家の中では思いっきり明るいのに、外では臆病で慎重でじれったくなるほど。その一生が、電車を乗り換えて姉の家に行っただけでも進歩したと感じたのに、ピアノを弾いたとか、おじさんと一緒に演奏したとかそんなメールをもらってとてもうれしかった。
子供が成長して行くのは本当にうれしい。
もう少し、修行をして来てくれ。
↑寂しいのでなんか書いてください。
昨日、内科の受信日だった。 受診の前に採血をするのだが、採血をする前から気分が悪くなり、ベッドで採血をしてもらった。歩いて内科に戻るのは無理でしょうと言われ、採血室の看護婦が内科に連絡してくれて、車椅子で内科に戻った。 ベッドに横になっての順番待ちとなった。いつもは暑い暑いと言っているのに、エアコンが関節に突き刺さる。布団をかけても寒かった。
主治医がベッドまで来てくれた。 白血球が1000以下(正常値4000〜8000)になっていると知らされた。先生としては入院で経過を見たいと言う。でも、私が入院を拒否する事を知っているので、 「でも、入院したくないんですよね」と先生。 「したくないです」と答えた。 私が入院を頑なに拒むのは金銭的な問題。一週間入院すれば10万円かかる。 その他に検査に何万もかけて来た。私が仕事を休んで収入がなくなり、そんなことを繰り返していたので、本当にお金が無い!
自分の体が一番大事だよと言われても、今はどうしようもない。
土曜日にもう一度受診することを約束して家に帰った。 熱が8度あったが、吐き気などがおさまったのでそれほど辛くなかった。
家に帰って安静にして下さいと言われたが、そういうわけにはいかない。洗濯物がたまりにたまっている。もし、どうしても入院ということになったら、と思うと洗濯機を回さずにはいられなかった。5回も洗濯機を回して、乾いた順にはずしてまた干した。
夜、熱が下がっても体がだるかった。
その翌日の今日、私はある病院の面接に行って来た。 今の病院はやめようと思っている。事実ずっと休んだまま、フェイドアウト状態。 (もちろん先生に挨拶に行くつもりだが)
本当は今の私は働ける状態じゃない。それでも、私が働かないと二葉を塾に行かせるお金が出ない。たまにはストレス解消として友達と食事ぐらいしたい。
面接の感触ではダメな気がする。 私が午後働きたいと言ったら、渋い顔をされた。 帰った後息子にその話をしたら、 「午前中から働けばいいじゃない。一生を見てごらんよ。高校に行くまでの生活リズムがどうだったか知ってるでしょ?慣れるって」と励まされた。
でも、普通病院は9時からなのに、その病院は8時半から。午前中弱い私が8時半から働けるのだろうか。今までの病院で午前に働いて、体調を崩して行ったのだ。
でも息子に押されて、面接をした病院に電話した。 「先ほど面接していただいた、Kですが・・・。午後働きたいと言いましたが、そちらの希望があれば午前でも働けますので、よろしくお願いします」と。
でもねぇ、内科だけだと思っていたら、 「内科、外科、消化器内科、循環器内科、麻酔科(ペインクリニック)、神経内科って結構色々ある病院だったんだ〜」 と独り言のように息子に言ったら、
「お母さん!何事も経験だよ!」
あららら・・・なんで一生に諭されているんだかーー; しかも一生は・・・
↑寂しいのでなんか書いてください。
| 2004年08月04日(水) |
サマースクールの体験日 |
二葉のサマースクールの体験日だった。
私は内科を受診しなければならなかったので、主人が夏休みをとって一緒に行くことになっていた。自分の体調が悪いことにかまけて、そのことに無関心だった私もいけなかった。当日の朝になって出かける時に、主人は「帽子かぶってってね〜。タオル持って。靴履いて」と言ったら、私も二葉も焦ってしまった。
なんで前日までに言ってくれないの?
「帽子はどこ?運動靴は?あれは?これは?」
二葉は、行くだけでいいと思っていたのに、急に嫌な気持ちになってしまったらしい。
主人にしてみてば、「なんで?帽子かぶって靴履くだけなのに?」と思うかもしれない。そこが男と女の違いなのかも。学校に行っていなかったので、最近はサンダルしか履いていなかった。ポニーに乗ったり、牛に餌をやったりするため運動靴の方がいいらしい。でも、すぐに二葉に合う靴を出せと言われても・・・。帽子も、お気に入りのものが見つからない。
「行かない」と言って布団にもぐってしまった。
二葉の気持ちはよくわかる。
私にも責任はある。ちゃんと説明書を見て二葉と準備すべきだった。
なんとか説得しようと色々な言葉で試みたが、なかなか行くとは言わない。 帽子、靴下、靴、タオル、と揃った。それでも、気持ちが動揺してしまったのだろう。そのうち、 「お母さんが一緒じゃなきゃ嫌だ」 と言った。昔からそんなことを言う子じゃなかった。私は少し考え、 「わかった。一緒に行く」と言った。 「お母さん、病院より、二葉の方が大事だから」と。二葉はそれで納得して、「行く」と言った。
そして急遽、一緒に行くことになった。 病院に行く予定だったから化粧をしていなかった。日焼け止めだけを塗って、二葉と外に出た。
主人がすぐ近くまで車を持って来ていた。あわてて車に乗り、現地に向けて急いだ。
「サマースクール」とは県が主催している不登校の子供達を対象とした合宿みたいなもの。一週間の予定で行われるが、それに慣れるために一日体験というものが設けられた。40分ぐらいで、現地に着いた。
大学生のボランティアが大きく関わっている。ボランティアさん達は、首に愛称を書いたプレートを下げていた。そして、みんな親しげに話し掛けてくれる。 子供達も、他の人に呼んでほしい名前や愛称を書き、首から下げる。二葉は、ひらがなで「ふたば」と書いた。
研修室に入って、どこの席に座ろうかと思った時、中学生らしい女の子がいたので、「あそこに座ろうか」と近くに行ったら、その人は大学生のボランティアだった^^;
二葉がやたらと大人っぽい。中身は小学生なんだけどね。
大学生を見て、 「ねぇ二葉、あの人坂本君(V6)のなりそこないじゃない?」と言ったら、 「って言うより、さんまのマネする人だよ」 と言うから、笑った。
自己紹介の後、室内でゲームをした。お弁当を食べてからは外に出て、ポニーに乗ったり、牛に餌をやると言う。 私はこの時点でリタイア。暑いので、車で待つことにした。そして、少し眠った。
帰って来た表情を見ると楽しかったらしい。 本当のサマースクールにも是非参加できることを祈る!
↑寂しいのでなんか書いてください。
↑寂しいのでなんか書いてください。
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