うつ病で摂食障害などを抱える看護師。色々あるけど、生きて行くのだ!

2002年07月31日(水) みなさん、一緒に喜んでください。自給が20円上がりました!

 なんと今日の気温は37度だった!何度だったかなんて聞きたくもない。

昨日の夜は本当に眠れなかった。めずらしく10時頃眠くなった私は、入眠剤も飲まずにベッドに入った。しかし、眠らないうちに一生が私の部屋にあるPCでネットを始め、そのうち主人が帰って来たらすっかり目が覚めてしまった。

1時半頃、入眠剤を飲んで再び寝ようとした。主人はあっという間に、怪獣並みのいびきをかいて寝てしまった。寝室にエアコンは無い。我が家でエアコンがあるのはリビングだけ。一生は普段からリビングで寝ている。他の部屋は扇風機で暑さをしのいでいるのだが、さすがに昨夜は大変だった。

 寝室は、主人の臭さが扇風機の風と共に振りまかれる。


 臭い&暑い(T_T)

 私は、枕とタオルケットを持って、リビングに移動した。一生はまた昼夜逆転し始めており、リビングには電気はついているし、たまに話しかけられる。これじゃ寝られない。

 二葉の部屋に移動した。うん、ここは少し涼しいかも。二葉のベッドに入って「一緒に寝てもいい?」と聞くと「いいよ」と二葉は答えたが・・・
狭いし、二葉のキックが飛んでくるしで眠れない。

 結局、また寝室に戻る。相変わらず、いびきをかいて寝ている主人。再び、扇風機は臭いを連れて風を送り込んでくる(T_T)


OH!NO!


またリビングへ・・・・


 私は何をしているのだろう。





 眠いのに眠れないこの辛さ。

 



 移動ばかりしているうちに、夜が明けてしまった。
「お母さんおなかすいた」と一生。こっちは眠くてそれどころではない。
「ご飯があるから後は自分でなんとかして」と言ってほっとく。

 次に二葉が起きてきて、猫を抱いてベッドに入ってくる。



「お願いだから寝かせてくれ~~!!!」と叫ぶ私。


それから二時間ぐらい寝たのだろうか。もう起きなきゃいけない時間になってしまった。この状態で仕事に行かなきゃいけないの?(T.T)
それに今日は、患者さんにシャワー浴させるのに、体力が無いじゃないの(><)


 

 
 昨日、製造中止になったセデスGを20包ぐらい見つけた。だけど、一生に隠されてしまった。「だって、腎臓に悪いんでしょ?」


 だって、今の私にはセデスしか効かないんだもの(T.T)

「返せ~!!!」





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 水曜日は比較的空いている。シャワー浴をしようと思っていた患者は髪を切るために美容院に行ったと言う。ラッキーだ!こんな状態で、サウナのようなシャワールームに入ったら、私が倒れてしまう。

 仕事をしていて、いつも私の頭から離れないことがあった。かなりしつこく日記にも書いていたのだが、先生が時給を上げてくれないということ。前の病院では点滴を入れるのは医者の仕事だったため、「静脈注射は得意ではない」とバイトを始めたばかりの時に言ったら「静注が上手になったら上げてやるよ」と言われて、そのままになっていたのだった。

点滴は充分上手になりました(^_^)V

私があげて欲しいのは、時給にして後20円。


 入れるのがむずかしいと言われる患者、Oさんが来たので「Oさんに入れられたら、先生に時給上げてください」って言ってみようかな?」と言うと、「入る時は入るからやってみたら?」と他の看護婦に言われた。今まで敬遠していたのだが、思い切ってやってみるとすんなり点滴は入った。
 
 私はドキドキしていた。チャンスを狙っていた。


 そして、レントゲン室で先生に
「あの~~静注が上手になったら時給を上げてくれるという約束だったのですが」と言ってみると、
「あれ?上げてなかったっけ?いいよ、上げるよ」
と先生に言われ、
「ありがとうございます!」と深々とおじぎをした。












わーーーい¥(@°▽°@)¥

勇気を出して言ってよかった。自給20円上がっても、月額にしたら800円~1000円ぐらいしか違わないのだけど、気持ちが全然違うんだよね。



喜びを隠し切れないタイプの私は、リハビリのAさんに、
「Kさん、どうしたの?うれしそうな顔してるよ」と言われた。
きっと、ニタニタしながら仕事をしていたのでしょう。
時給の話をすると、
「よかったねぇ。看護婦さんは1500円ぐらいもらってるの?」とAさん。
とんでもない。「上限で○○○円ですよ」と答え、「私は20円上げてもらっただけで充分。もうこれでいいんです」と言うと、
「いい子ねぇ」と頭をなでられた。





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主人と私の会話
私 「シャワー浴びて!」
主人「朝浴びたよ」
私 「おじさんは、朝浴びても夜も浴びないとダメなんだよ」
主人「臭いって言うのか」
私 「臭くて眠れない」
主人「じゃ違う部屋で寝ればいいだろう」
私 「だって隣りに寝たいんだもん」
主人「だったら臭いのぐらい我慢しなさい」
延々と続きます。

主人の場合、朝 昼 夕 とシャワーを浴びた方が良さそうです。
満員電車に乗っている方々に大変ご迷惑をおかけしております。
朝シャワーを浴びても臭いかもしれません。それでもおじさんはがんばっておりますので、ご理解願います。







2002年07月30日(火) オーディションを受けた姪のこと

 

あちょ~!!!


我が家では、「あち~」とか「あつい」とかいう言葉は禁止になっております。
ますます暑く感じるので、「あちょ~!」と叫びます。

今日は、いい夢を見ていました。夢語りなんてつまらないと思いますが、書いちゃいます。普段ほとんど女性週刊誌など見ないのですが、昨日行った歯医者で、和泉元彌の記事を読んだせいでしょうか。夢に、似たような話が出てきました。私は夢の中で、ある歌舞伎役者(茶道の家元、または、狂言師などのたぐい)のような人のお嫁サンになっていて、しかも二人ともまだ高校生で、二人で手をつないで学校に行くのです。それがとても恥ずかしくて、私がためらうと「夫婦なんだから誰にも気兼ねすることはない」と言われるのでした。また、週刊誌の影響でしょうか。お義母さんは厳しそうな人でしたが、ダンナ様が私をかばってくれるので、しあわせだわ~♪と感じていました。ダンナ様の顔は和泉元彌には似ていなくて、どちらかというと野村萬斎をもっとかっこよくした感じの人でした。


 その時・・・・・


「お母さん!起きて!」

という無情な二葉の声。

そんなぁ・・・・いい夢見てたのにぃ(T_T)

「今いい夢見てるんだから起さないで!」


と言い、

二葉に、

「遅刻しても知らないからね!」

と言われつつも・・・

夢の続きを見ておりました。←私、夢の続きを見ることができます。


夢の中で私は、なんという場違いな世界に入ってしまったのだろう。しきたりも何もかも、私にはわからないことだらけ。不安と幸せの狭間をさまよって楽しんでいるのでありました。

「お母さん!!!」


やっと我に返った私。
あああああ・・・・。現実の厳しさよ(T_T)


素敵なダーリンがいるのに、なんちゅー夢見てるんじゃと我ながらアホだなぁと思いながら、仕事に行く準備をしたのでありました。





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 二日間、父母が姉の家に泊まった時に、3時間にも及ぶミーティングが開かれていた模様です。ミーティングの好きな家族です。私はダラダラと説教するのは嫌だから、たまにがーーッと言って終わりです。

 ミーティングがなんのために開かれたかは、母に聞きました。姉の二番目の娘、Sちゃんが「オーディションを受けたい」と言いだしたのです。
それがなんのオーディションなのかは定かではありません。なんとなく禁句のようで姉には聞けませんし、母は知りませんが、芸能関係のオーディションです。
何しろ姪の将来の夢は「有名人になること」です。


 有名人なら何でもいいのか?(犯罪者だって有名人だよ←ヲイヲイ)とツッコミを入れたくなりますが。
しかし、このSちゃんという子はとんでもない子なんです。姪としてはかわいいけれど、あれが自分の子だったらやっていけないなと言う感じです。昔の日記に書いたけど、寝ぼけている私の髪を切り、それを直すために私は美容院で7千円もかかったのでした。姉や上のお姉ちゃんの買ったばかりの洋服を無断で着たり、断りもなく姉のお気に入りのハンカチを切って何かを作っていたり、一日に何度も着替えて洗濯物を山のように出したり、ここに挙げたら切りがないほど。

 確かに、あの子は傍から見てもかわいい部類だと思います。でも、世の中が自分中心に回っているような考えの子です。そういう子が芸能界でやっていけるのでしょうか。そもそも簡単に受かるとも思えないし、そこで売れることも微々たるパーセンテージです。芸能界という枠に限らず、社会に出たら自分の気持ちだけを押し通すだけでは生きていけないということを理解すると思うのですが、先が思いやられます。

 明日オーディションを受けるというその日の夜。にわかに発声練習をしていたSちゃん。








Sちゃん「マ~ママママ~マママ~~~♪」



「ねえ、『マ』でやるのやめてくれない?(-_-)」


確かに・・・・・


Sちゃん「マ~ママママ~マママ~~~♪」


「だから~『マ』でやるのはやめて!!!(=`´=)」


 
 どんなオーデションを受けたのか、その結果はいつ発表になるのかなどは一切聞いていません。受かったら教えてくれるでしょう。ここに書かれなかった時には、落ちたということで。






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2002年07月29日(月) 黄色にコダワル歯科医と私が背景を黒にしたワケ 

 やっと、歯医者に行って来た。
ブリッジも持ったし、保険証も持ったし、お財布も持ったし・・・オッケー!!!と、歯医者に車を止めた。そこの歯医者は、とても清潔。玄関にはきれいなスリッパがある。帰りには殺菌するためのBOXにスリッパを入れる仕組みになっている。

 前にも書いたように、衛生士さんは白衣ならぬ、黄衣を着て、黄色のナースキャップをし、黄色の花柄のエプロンをつけている。父の歯の治療の時に一度診察室に入ったきりで、中のことは覚えていなかった。

 
 中に入った。

 

 
 
 なんと・・・・



 





 


 
 
 ブラインドも黄色。




 


 











 





 隣りとの仕切りも 黄色とオレンジ♪




 




書類ケースみたいなものも黄色!!



 
 
 




 カウンターも黄色!!!



 
 








で、椅子はといえば・・・・紫!?



 

WHY?
 


 
 
OH!なんという居心地の悪さよ(T.T) 
それでもこの歯医者を選んだのはいつも空いているから。結局流行ってないということなのかも。






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「あの~部品のようなものがあったと思うんですけど、もって来ませんでした」と私。先生は「家にありますか?」と言う。本当は、持って来なかったのではなく、取れてしまって凍らせたグミと一緒にたべてしまったらしい。それは先生に言えなかったーー;


 ブリッジは新しく作ることになった。笑った時、口の中が銀銀に見えるのが嫌だから、「あの~以前作った時、白いもので作ったような気がするんですけど、それはどのぐらいかかりますか?」と聞いてみた。先生は「白いのは保険効かないんですよ」と言うので「ちなみにおいくらぐらい?」と聞いてみると「15万ぐらいですねぇ」と言う。「・・・・じゃ保険の範囲内ということで」


貧乏人って悲しいわね(T.T)

 

今日は型を取って終わり。

 
 
 この歯医者は、元病院だったところの一部を改装してできたものだ。だから外から見ると汚いが、中はきれいだ。でもね、トイレに入ったら、後から塗ったと思われる部分の色が素晴らしく変!ワインカラーでもないし、エンジでもないし、なんと表現したらいいのだろう。昔の布団袋の色ってわかるかなぁ。なんかそんな色。トイレもなんとなく、黄色を使っていたような気がするのだ。黄色に布団袋色?

 

 私がバイトをしている整形外科の先生も黄色にこだわっている。だからと言って、看護婦に黄色い物を身につけさせるようなことは無いが、看板には目立つように黄色を使っている。お金が入る色!と、そのこだわりようはすごいのだ。

 ずっと日記を書いてきたが、背景はいつも白だった。でも、二人の先生の黄色へのこだわりを表すために、黄色の文字は必須となった。白い背景に黄色は全然目立たない。それで、背景を黒にしてみた。やはり、背景が黒だと黄色が映える。
 そんなワケで、背景を黒にしたのだが、さかのぼって見てみたら、黒い文字で書いていたところが全部消えていた@@;あわてて、直しました(汗)

 
 私としては、白い紙に日記を書きたいと思うのだが、やはり黄色を表現することは、外せないのだ。多分この先も、黄色は登場することだろう。





HPもよろしく♪







2002年07月28日(日) 効果音(笑い入り)

 どでかいタイトルにビックリしないでね。色々あるけど、それでも「ききっちは行く!」という気持ちを表しています。HNは「きき」です^^;


 二日間、母がいなかったので、ダラケ放題。たまにはこういう日もいいなぁ。

 午後になって、急に主人が「八王子に行こう」と言った。私は母が帰って来る前に、きれいにお掃除するつもりだったのだ。本当にそう思っていた。でも、八王子に行く方が大事だもんね。そうだ、そうだ、と自分に言い聞かせ主人と二人でドライブのつもりで八王子に向った。

 義父は脳梗塞で倒れた後、リハビリをするために横須賀から八王子の病院に転院した。その後、胃潰瘍、十二指腸潰瘍のため吐血、下血が激しく、輸血をしたが、肺炎を起こし、一週間ぐらい発熱が続いていた。

 義父の病室に行くと義母はいなかった。マンションの草取りがあると言っていたので、疲れてしまったのだろう、と予想した。「お父さん」と声をかけると、「うんうん」とうなづく。熱は下がったようだ。大きな出血はないものの、今も少しずつは出血しているらしい。私は、義父の髭を剃った。痩せているので、髭を剃るのはむずかしかった。足が冷たかったので、少しマッサージをしていると、麻痺している右の足が少し動いた。私にはそれがとてもうれしかった。麻痺している足も動く。早くリハビリが始められたらいいのになぁ。でも、出血を止めるのが先だから今は動かすことはできない。
 
 義父の耳に「うちのダンナさん、太るいっぽうなんですよ」と言うと、「うんうん」とうなづいた。「どうしても痩せないんです」と言ったら、しかめっ面をして
「困ったなぁ」というような表情をした。こっちの言うことはわかるんだ。
YES、NOだけでもコミュニケーションが取れるように何か方法を考えないと。
たとえば、YESで手を握る。NOなら握らないとか。でも、看護婦とも統一しないといけないので、そのことは何も言わずに帰って来た。


 病院を出て、義母に電話した。案の定義母は「草取りで疲れちゃったから今日は行かなかったのよ」と言う。「そうだと思いました。お父さんね、熱が下がったみたいです。いつもより表情がいいみたいだし・・・」それと、ダンナの痩せないという話にしかめっ面をした、と言うと義母は大笑いした。熱がある時は、意識がほとんど無いような状態だったので、そこまで回復して義母も安心したのだろう。「ありがとう」と何度も言われた。
 
 車に乗って主人に報告し、ジョーダンで「いい嫁サンだねぇ」と自分で言うと、「助手席に乗る人としては最低だけどーー;」と言われた。車に乗るとすぐに眠くなる。最初は我慢しているが、「ごめんなさ~い」と言ってシートを倒して寝てしまうのだ。赤ちゃんと同じです。車の振動って心地よいのよねぇ。運転している時ですか?一度しか寝たことありません。それも東北自動車道で(自爆)でも今生きていますので、ご安心を(^_^)V
 





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 一生は毎日ゲームを作っている。だいたい10個ぐらいのゲームができたようだ。昨日はライツアウトを真似たゲームが完成したと言って、見せてくれたが、やり方をすっかり忘れてしまった^^;
 シューティングゲームなので「効果音を入れたい」と数日前から言っている。何人かにどうしたらいいか聞いてみた。一生はネットでも色々調べたようだ。昔、ペーパーペコラというゲーム?(工作?)にマイクが付いてきたはずだ。それを探して、一生と二葉と私で効果音を作り始めた。作ったと言うより、とりあえず音を入れただけ。まずは掃除機の音。私の口に思いっきり空気を吸い込んで、ビリビリビリビリ~~~~~~ブゥ~~~~・・・みたいな音を入れると、一生も二葉も耐えられなくなって、笑い声が漏れる。紙を破る音。氷をかみ砕く音。マイクを振り回す音。しまいには「ふたば~おならしてよ~」と一生。「失礼ね」という二葉。「いつでも出せるくせにどうしてこういう時は出さないんだよぉ」などと、うるさいぐらいの効果音作り。

 私はそれに付き合いつつも「利家とまつ」を見ていた。おかげで内容がさっぱりわからん。土曜日の再放送を見なきゃ。












2002年07月27日(土) 太ったを連発するな!

 激しい頭痛の時は、病院から鎮痛剤を処方してもらって自分で注射したり、仕事の前に鎮痛剤と胃薬を飲んだりして働いている私を見て主人は、

「自分の身を削って働いているみたいだね」


って言うけど・・・・・


私は痩せない!なんで!?


一昨日、転院した患者のお見舞い(2人)に行った。いつも私が「くそばばあ」と陰で言っていたIさんは、痩せていたけどとても元気そうで、私を見るなり「ふっくらしたわねぇ」と言い、そのうち「太ったわねぇ」と言い、「ほんと、太ったわねぇ」と連発した。部屋にいた看護助手さんに「女性に向ってそれは失礼よね」と笑われていたが、「うらやましいのよ」とIさんは言う。


だけど、最近Lの白衣がなんとなくキツイのよね!





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Iさんの他に、Aさんのお見舞いにも行った。それは患者のためと言うよりも、私自身のため。私が会いたいからお見舞いに行くのだ。Aさんは、何も話さなかった。前行った時はいろんなことを話してくれたけど、娘さんが来ていたから話ずらかったのだろうか。
 
 「じゃあ 帰るね」と言っても、Aさんは私の手を離さなかった。
 「帰って欲しくないんだね」と娘さんに言われた。
 「また来るね」と言って、私はAさんの手をゆっくり離して帰って来た。

私もいろんな意味で忙しくて、またいつお見舞いに行けるのかわからない。でも、また行きたい。Aさんがよくなって、リハビリに来られる日を待っている。










 



2002年07月26日(金) ナンパで思い出したこと

 初めてナンパされたと書きましたが、昔のことは忘れるものですねーー;
多分この話は主人にも話したことがあると思うのですが(汗)

昔々、ラブホに誘われたことがあります。しかもその人は、
「もし嫌だったら、そこでコーヒーだけでも飲もうよ。色々話したいんだ」と言うんです。もちろん私はキッパリと断りました。

 その後、チャットで「あのような誘い方をして成功した例はあるんですか?」と聞いたら、ものすごく怒られました。その人は、多数の人と関係を持つ人ですが、自分なりの信念のようなものがあって、女が嫌がったら絶対に、しない・・・・というのです。
「侮辱された」と言っていましたが、不特定多数の人と関係を結んでいる人が、侮辱されたと言っても、説得力がありませんーー;

「ききが嫌だと言ったら、本当にコーヒーを飲んで話をするつもりだった」と言うのです。でも、その前に私は好きでもない人とはそういう所には行きません。

 そんなことを思い出しておりました。


現在、午後1時07分。これから看護婦に変身します。

多分ナース日記もあると思うので・・・・また見てねん♪
時間がないのに、なんで私は日記なんか書いているのだろう。


ああああ、遅刻する~!!!





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 姉が来て、父と母を連れて行った。父は病院から外泊許可をもらって、姉の家に二泊する。
 
 姉は私と体型が全然違って、モデル体型。今までダイエットというものをしたことがなかった。それが最近ちょっと太ったと言って、生まれて初めてのダイエットを始めた。生まれて初めてダイエットをする人は、リキが入るね。私みたいに何十回もしてる人とは大違い。車を運転する時も、太ももの間にタオルをはさんで筋肉を引き締める・・・なんて言って実行してるし、暑い時もサウナパンツはいてるし。

 で、一週間ぐらいぶりに姉にあったら、少し痩せていた。「痩せたね」と言ったら、「ここ四日ぐらい食べられないのよ」と言うので、「どうして?」って言ったら、「なんだか食欲が無くなる風邪が流行ってるみたいよ」と言うのだ。
 
 私は「うつして、うつして~!」と言った。姉は「ごほっごほっ」と咳をするマネをしたが、姉妹でチューするわけにも行かないし・・・。その風邪うつしてほしいなぁ~。



 ところで、母は私が仕事から帰って来たらすぐに食事ができるようにと、準備をしていってくれた。3人分+1人分(少し少なめ)の酢飯と、冷蔵庫にはそれに乗せるように具を用意してくれた。仕事の切りのいいところで早めに帰って来たのだが、テーブルの上を見て唖然とした。

 ご飯が、1人分しか無い!

犯人はわかっている。「太るよ」と言っても怒るだけだし、「今日の夕ご飯だったんだよ」と言っても「だっておなかすいたんだもん」と言われるのがオチだから、何も言わずに一生に散らし寿司風ご飯を出した。私は昨日茹でたお蕎麦に具を乗せて食べた。本人は何も感じていないらしい。本能のままに生きている。

「ふーちゃん 夕ご飯要らないからね~。あ、でもお味噌汁だけ飲もうっと」と言う二葉。もし、食べるって言っても

「もう食べるな!!!」

って言うよ、私は!

 母にメールを打つと、電話が来て大笑いされた。




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2002年07月24日(水) 白衣だけ見てナンパするな!

 血まみれの人が二人来た。

 時間差だったのでよかったものの、それでなくても忙しい病院だ。水曜日は少しまったりした感じなのだけど、今日はなにげに忙しかったのだ。その上、血まみれ二人。ナート(縫合)に時間がかかると、他の患者の診察が進まない。

 いつも思うのだけど、患者が点滴している正面で、血まみれの患者のナート(縫合)が行われる。これっていいの?他の患者の心臓にも良くないと思うんだよね。私達の心臓は鉄でできてるからいいけどさ。

 私がWeb日記を書き始めたのは、もう4年半ぐらい前で、その頃は自分の心の辛さばかり綴っていた。テニスを再開したら、テニス日記になるのかなと思っていたら、テニスを再開することはなく、花屋でバイトを始めたら花日記になり、病院でバイトを始めたら、ナースの日記になりつつある。

 看護婦の仕事を再開したばかりの頃は、私服で病院に行って着替えていたのだが、一度白衣を忘れたことがあり、それに懲りて堂々と白衣で行くようになった。帰りの買い物も白衣のまま。

 で、今日は私にとってビックリの事件が起こった。

初めて、ナンパされた!
生まれて初めてかも。


というか、ナンパされたという記憶が無い。主人に言ったら「僕、ききにナンパされた^^」と言う。断じて私はナンパなどしていない。


 しかし、夜7時すぎており、顔はほとんど見えないけど、白衣は見えたのでしょうか。白衣だけ見てナンパするな!


 それに「姉ちゃん、お茶しない?」ってフレーズが古いんだよ。





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ダンナ「ねえ、ナンパされたって喜んでない?」
私「喜んでるぅ(=^ε^= )
 あ、そー言えば20年ぐらい前にナンパされたことある(*^ー°v」











 



2002年07月23日(火) あまりの忙しさに患者さんの食事を出し忘れました

 「あち~」とか「あつい」とか「あつ~」とか「あじぃ」とか・・・・・・・・我が家ではその言葉は禁句です。益々暑くなるような気がするので、そう言いたくなったら「アチョーッ!!!」と言うように、と言い渡しております。 


 今日もまた市内一忙しい病院で働いて来た。個人の整形外科なのに、なんでこんなに混んでるんだろう。結局は評判がいいということなのだろうが、先生が看護婦の忙しさを助長してるような気がする。患者から点滴の希望があったら、指示を出せばいいのに、「点滴しますか?した方が楽になりますよ」と言うので、私達は水を飲む暇すらない。

「先生!どれだけ儲けたら気が済むんですか?」

と言いたい。↑お金が儲かるという黄色を使ってみました。うちの病院の看板にはやたらと黄色が使われています。


 忙しいさなかに、学童保育の子が顔を切った、と言ってやって来た。見ただけでこれはナート(縫合)だなぁと他の看護婦が準備をする。その間にも点滴だ、消毒だ、なんだかんだと忙しく・・・・


事務の人に「お食事来ました~」と言われて「はあい」と返事はしたものの、あまりの忙しさに入院患者の食事のことをすっかり忘れてしまった。

 はっと気づいたのが、午後7時10分前。もう1人の看護婦のSさんに「食事出したかわかります?」と聞いたら「私も気になったんだけど、この時間で何も苦情が来ないから誰か出してくれたんじゃない?」と言う。もしかしてO君?と思って聞いてみるが、「出してませんよ」と言う。O君は「Mさんじゃない?」と言う。
私は「念のため見てきますね」と二階の厨房に行った。


 患者のためのお弁当は配膳台の上に置かれたままだった。
マッサージのN先生が「○号室のRさんが、お弁当食べていないって言ってたけどいつも冗談言ってるから、冗談かと思ったよ」と言う。そっか~、いつも冗談言ってる患者だから相手にされなかったのねーー;


 私は急いでお茶を入れ、みんなに食事を配る。
「遅くなってすみません。外来が忙しくてこんな時間になってしまいました」と弁解しながら・・・。でも患者さんたちはおとなしく待っていた。「私達だけ忘れられたのかなぁって思っていたの」とか「遅いなぁって思ったよ」とか言いつつ、みんな優しく許してくれた。

「看護婦さんは忙しいもんなぁ」と。

家に帰ったら、頭痛、腰痛がビンビンと響く。母には家でもシャンとするように白衣を着てたら?と言われる。でも家で白衣を着ていたら、シャンとするどころか、コスプレじゃないですか?





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休みをとって南の島に行って来たSさんに、
「もしかして先生と一緒に行ったんですか?」と(もちろん冗談で)言ったら、
「あんな汚いのと一緒にしないで」と言われました(爆)
先生は大洗だそうです。ということで「大笑いです」さむ~










2002年07月22日(月) 太るのは薬の副作用じゃないんですか?

 
「眠い、眠い、眠い、眠い、眠い・・・・」


と言いながら出かけた。今日は、歯医者→精神科の受診→父のお見舞いという予定だった。


 私はMeijiの果汁100%グミのグレープを冷凍して食べるのが大好きで、そうやって食べているうちに、左側の歯のブリッジが取れてしまった。それから何度も歯医者に行こうと思ったのだが・・・・


1回目 
 歯医者に行ったが、ブリッジを忘れた!

2回目
 「保険証が無い!」と大騒ぎした後でやっと行ったのに、「海の日」で休診日(T^T)

3回目  
  「眠い」のに、やっと車を運転して歯医者へ。受付は1時までだし、今日こそオッケーと思ったら・・・・

歯科衛生士同士が話をしている。しかも、そこは白衣ではなく、黄衣?にナ-スキャップも 黄色という異様な雰囲気。



歯科衛生士1「あの~院長の車がないんですよ~」

歯科衛生士2「どっか行っちゃいました~~~~」






 なんなの~?(T_T)

私はいつになったら歯医者にかかれるのだ~!?

しょうがないので、一旦家に戻って昼寝をしてから再び病院へ。精神科は午後3時からなので、ギリギリに診察券を出す。こうすると順番が早い場合が多い。しかし考えが甘かった。待っても待っても呼ばれずに、結局2時間半以上待って、待ちくたびれてぐったり。


 名前を呼ばれて中に入ると・・・・
「今日は新患が入ってしまったので、お待たせしてすみませんでした。みんなにもお勧めしてるんですけど、一週おきに空いているので、来週来て見ませんか?」と先生。
でもね、先生・・・

みんなに勧めたらまた混むんじゃないの?

 先生からは「ききさんは抱えるものが多すぎますね。少し他の人に頼めるものは頼んで、薬の調整もしましょう」と言われた。でも、何を他の人に頼めると言うのだろう。毎度のことながら仕事は休めと言われる。

 仕事はどうしても休みたくないんです。

最後に先生に質問した。

「あの~最近あまり食べてもいないのに、太るんですが、薬の副作用じゃないですか?副作用にしたい、っていう願望もあるんですが(/*^^)/・・」

先生に笑われる(-_-)

「うつの患者さんでは、痩せる人と太る人がいますね。一概には言えないですけど、直接薬の副作用というわけじゃないんですよ。やはりききさんの場合、ストレスが原因になっているんでしょうかねぇ」と。

先生、嘘でもいいから「副作用です」と言って欲しかったなぁ。



 やっと受診が終って、会計、薬と待ち・・・・もう歯医者に行く気力なし。
この年で入れ歯になるのは嫌だよぉ。
居眠り運転寸前で家に戻った。そして、6時から9時まで爆睡。





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2002年07月20日(土) ワタクシ、中国原産の減肥茶を飲んでおりました

 先日から、ニュースで、中国の痩せ薬で人が死亡したのなんのと騒いでいるが、私は2年ぐらい前から中国の減肥茶を飲んでいる。その後血液検査などで異常値が出たことも無いし、とりあえず生きてます。
 
 飲み続ければ少しずつ体重は減るのだが、飲んだり飲まなかったりしていると効果はあまり無く、結局私は痩せていない(T_T)最近飲んでいなかったので、物入れから取り出して来て、書いてある文字を読んで見た。

 うううう・・・最近(正確に言うと2年ぐらい前から)小さな字が読めなくなっているので、老眼鏡をかけている母に読んでもらった。

「輸入元 ○○薬品 原産国 中国」

としっかり書かれていた。

「私って中国の減肥茶飲んでたんだ@@;大丈夫かなぁ」とちょっとだけ不安になったが、今までなんともなかったのだから多分大丈夫でしょう。

 腎機能が悪くなると言って、製造中止になった鎮痛剤も飲んでいることだし。






。・゜゜・(>_<)・゜゜・。。・゜゜・(>_<)・゜゜・。。・゜゜・>_<)・゜゜・。。・゜゜・(>_<)・゜゜・。

ごめんなさい。境界線をマネしちゃいました。今日だけは許してね


ところで、今日は八王子の病院に入院している義父のお見舞いに行った。私の母も連れて行き、義父を見舞い、義母も家に連れて来て今日は泊まる。明日、父のお見舞いにみんなで行くことになっている。お互いの父親がどういう状況になっているのかを把握するのが目的なのだ。

 義父は今日は少しこちらの言うことがわかるようだった。心電図や酸素マスクなどをつけていて、管につながれている様子が痛々しかったが、反応があることがうれしかった。でも、胃や十二指腸からいつ出血してもおかしくない状態だと言われているので、安心はできない。

 明日は主人と私と義母でまた八王子の病院に行き、義母を横須賀まで送ってから帰って来る。なんだか毎日忙しい。

 先日、やっと歯医者に行ったのに、ブリッジを忘れて行った・・・・という事件?がありましたが・・・今日またがんばって行った。が・・・・・・・



今日は・・・・・

海の日なんですね。

学校は夏休みに入ったし、主人は休みだし、祝日という意識が全く無くて、やっと行ったのに、歯医者は閉まっていた。

ガビーーーーーーーーン!!!!(──┬──_____──┬──)





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2002年07月19日(金) 二重人格?

 
前からわかっていたけど、私は二重人格かも。

病院では結構テキパキ働いている。←本人はそのつもり。
家での私とはまるで別人。


今日も、忙しい日だった。午後6時で帰ろうと思ったら、残っている看護婦が、「フラフラするから、重曹打ってくれる?」と言うので休ませて静脈注射をする。そして、点滴、消毒などを1人でこなした。看護学生のAさんがいて先生の御付きで、介助をしてくれたので助かった。私は自分の中にいる、別人の私が働いているような感じで動く。

ある患者が「私血管細いのよ」と言う。「宣言してくれましたね^^」と私。
「今日はどうかなぁ」と言うので、「入れて見せましょう」とハッタリをかます。
ちゃんと一発で入れて、それが当たり前という顔をしていると「ちゃんと入ったわね」と言われた。本当は自信がなくてもそんな顔を見せてはいけない。

 そうしているうちに、7時近くになってしまった。外来の前に、入院患者二人のシャワー浴もしたので、グッタリと疲れしまった。家に帰ったら、ご飯も食べずに横になりたいと思ったが、父が外出して家に来ていた。母は1人で送っていくのが不安だから私の帰りを待っていたらしい。またすぐ、父を病院に送るために出かけた。簡単には歩くことのできない父を病院まで連れて行き、病棟まで送り、帰ってくるともう8時。朝から食べていないのに、食欲が無いよ(T.T)





それでも体重は減っていないし、体脂肪が増えているというのはどういうことだ!



看護婦をしている時の私と家にいる時の私。両方私だけど、きっと違う顔をしている。





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2002年07月18日(木) だけど、おおすじは心の問題だよね

 二葉が学校に行かなくなってから、目覚ましの音が聞えなくなった。緊張感がなくなっているのでしょうか。気づくと愛するダーリンはいません(TーT)

 一生は二葉が学校に行かなくなったのは自分のせいだと思っているようだ。でも二葉は家での生活をエンジョイしており、一生の時のように悩んでいる様子はまるで無い。今日、二葉を学校に連れて行くと言って目覚ましをかけていたのを知っていた一生は、私を必死に起こした。その起し方がすさまじい。
私のベッドで・・・・・
ジャンプ↑↓↑↓・・・・・・・ジャンプ↓↑↓↑・・・・→耳元でアラームを鳴らす→ジャンプ↑↓↑↓・・・・ジャンプ↓↑↓↑・・・・→アラーム・・・

「やめて!起きるから!」

と私が降参するまで続けた。

 私の次は二葉を起して(こっちは簡単だったみたい)、「学校に行くんでしょう?」と言っている。
おまえ、自分のことはどうなのよ?と言いたいのをグッと押さえた。そして私達が出かける時は「行ってらっしゃい~!がんばってね~!」と見送る一生(-。-)

そしてまたもや一生語録を披露。「行ってらっしゃい~!」の後にでんぐり返しの動作をする一生。首の後ろの骨がボコっと出ている。
「一生!後ろにも喉ボトケがあるのね」と言うと、
「ノドバタケ」と言う。
「なんだよ。そのノドバタケって言うのは?」と聞くと
「喉を育てる畑」と言う。
「育ててどうするの?」と聞くと、
「売る!」と言う。・゜゜・(>_<)・゜゜・。



 学校に着くと、なんだか様子が変!お母さん達がぞくぞくと現れる。

私「あれ?何?引き取り訓練は昨日じゃなかったの?」

二葉「台風とかあったから延びたんじゃない?」


 知っているお母さんはいないかなぁと見回すが、誰もいない。同じマンションのKさん(話はしたことが無い)がいたので、恐る恐る声をかけてみた。

私「あの~今日は何の日ですか?」

Kさん「災害時の引き取り訓練ですよ」

私 「えっ?それって昨日じゃなかったですか?」

Kさん「え~と・・・とバッグから紙を取り出して、18日、今日ですね」

私「ああああそうなんですか?17日だとばっかり思ってました」


 車に戻ってから二葉にバカにされる。でもさ~子供が学校に行っていないんだから、そういう行事のたぐいはわからなくなって当然じゃない?と開き直る私。

 子供達もお母さん達もゴチャゴチャと校庭に出ている中に行ってもしょうがないかなぁと思い、出直すことにした。

 ちょっと用事を足してから再び学校へ。
 職員室に行き、担任の先生を呼んでもらい、保健室で話をした。「おじいちゃんの具合はどうですか?」と聞かれたので、私の父ではなく、義父の状態を話したら、「二葉ちゃんもお母さんが苦労しているから大変ね」と言われたが、全然大変そうに見えないのは気のせい???
「明日、これたら通知表を取りに来てね」と言われて帰った。

夏休みまで今日を入れて二日。つまり明日が終業式。のんびりしていたつもりは無いんだけど、気がついたらこんなに月日が経っていたのね。夏休みまでにポツリポツリでも学校に行けるようにしようと思っていたのに。

 一生にはあまり登校刺激をしなかった。一生はとても疲れている様子で、学校に行かせるよりも休ませたいという気持ちになったからだ。だけど、二葉は家で身体を持て余しているように思う。
 
 家に帰る途中、二葉に聞いてみた。
私「ふたば~、もしかしたら一生君と一緒にいるのが楽しくて学校休んでるの?」

二葉「当り!だけど、おおすじは心の問題だよね」

なんだよ。そのおおすじは、ってのは?身体はデカイし、大人っぽいことは言うし、だけど気持ちはほとんど子供じゃないか。


P.S. ちょっと用事があって仕事場(病院)に電話した。「Kです」と言うと、「は~い、Eです」と言うので「ABCのA子さんですね」と言うと「こ~ら~!」と巻き舌で返された(爆)





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 そーだ。書き忘れた。義父はやっと出血が止まりました。「このまま様子を見ましょう」と言うことです。少しでもいい方向に向ってくれればと思います。



2002年07月17日(水) 医療って何?/エイコさん

 義父の状態はかなり悪い。胃からだけでなく、十二指腸からも出血しており、輸血をしても追いつかない状態だ。クリップをして、他の病院から薬を取り寄せ、それを使って様子を見て、効果がないようなら、手術をすることになると言う。

 しかし、ここが私の誤算だった。脳梗塞の患者が胃潰瘍になることが多いのは知っていた。でも、お義父さんの場合、手術に至るとは思ってもいなかった。とにかく体力を回復してリハビリを、というのが、義母や私達の考えだった。

 しかも、転院した病院に外科が無かった。そこまで考えていなかった。私はそれを悔やんだが、姉には「現状で、ベストを尽くしたのだからそれでいいじゃない」と言われた。それでも前の病院でのことは新聞に投書したいぐらい腹が立っている。

 母と相談して、もうこれ以上長い距離動かさない方がいいので、近くの病院で手術してもらうように、お願いしようということになった。でも、手術をしてもお義父さんの体力が持つかどうか・・・とも言われたらしい。何もできない私は、祈るしかない。悔しいけれど。

 

 さて、暗い話はおいといて~~~~~~~~~~~~~

今日の病院(仕事場)での会話です。 

点滴を詰めていた私ともう1人の看護婦。
「○○永子さんね。私と同じ名前~でも字が違う~」とその看護婦。
「そーだね。字が違うね~」と私。

「そーだ!」と突然思い出したのか、えいこさんはしゃべり出した。

「昔、部活で何か買って文房具屋のおばちゃんに
『領収書下さい』って言ったのよ。○○部って言ったら、
『代表者のお名前は?』って言うから、
『○○えいこ、えいこえい英語の』って言ったのに、

ABCのが書いてあったんだよ~」と言うので、私は1人大爆笑!!!

領収書には「××部 ○○A子様」と。

「みんなにはおまえ犯罪者か?って言われるしさ~」と言うので、さらに爆笑。

そのA子さんは、クラス会の時にまでその話をネタにされるのだそうです。





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2002年07月16日(火) エンドが近いのかもしれないね

 電話が鳴った。私は化粧をしていたので、「誰か出てちょうだい」と言った。
母が「八王子の病院から」と言って、私に受話器を渡した。

主治医からではなく、他の先生からだった。
「Kさんなんですけど、昨日と今日多量に吐血しまして、下血の方もしてるようなんです。すぐに内視鏡検査をして、胃潰瘍だと思います。検査データではヘモグロビンが10,0なんで、そんなにひどい値ではないのですが、吐血の量が多かったので、すぐに輸血をしたいんです。奥さんに電話したんですけど通じなかったので、ご家族に承諾を得たくて電話しました」

私は、どうしよう・・・・と思った。輸血は何のリスクも無いわけじゃない。それを、嫁の私がOKしていいのだろうか。主人に連絡をとってからOKしようと思ったが、
「なるべく早くやった方がいいので・・・・」と言われたので、
「お願いします」と言った。

 そうだ・・・最後にお義父さんのオムツを替えた時、私は看護婦と一緒にやって見ていた。その時、タール便だった(タールのような真っ黒な○んち)。それはまさしく消化器系からの出血を意味していた。医者はオムツを取り替えないので、看護婦は患者の便に関して問題があった時、すぐに医師に報告してなんらかの処置をするのが普通だ。でも、横須賀の病院ではそれは何も行われてはいなかったのだろうか。

 義母に「胃潰瘍だとか、下血しているとか言われましたか?」と聞いたが、何も言われていないと言っていた。治療らしい治療は何もされず、「ここでは何もすることがないから他の病院を探してくれ」の一点張りだった。

 今日、八王子の病院から電話がかかってきた時、改めて横須賀での病院に対して怒りが湧いてきた。私は、リハビリを目的とした病院を探すため、今勤めている病院の先生に頼んだ。横須賀から遠いことが問題だと思ったが、義母も受け入れてくれるところならどこでもいいと言い、八王子の病院に決めたのだった。私は父の症状がよくないのなら、もっと近い病院の方がよかったのではないか、と少し考えた。でも、今の病院の方が医療体制がしっかりしているので、悩まないことにしようと思う。

 仕事に行く前も、仕事に行ってからも何度も義母に電話した。やっと通じたと思ったら、義母のところにも連絡が入っていて、これから八王子に向うということだった。


 仕事が忙しくて途中義父のことを考える余裕はなかったが、仕事が終ってから義母に電話した。「もし、万が一急変した場合、心マッサージはしますか?人工呼吸器は付けますか?」と聞かれたと言う。「心臓マッサージはしてほしいけど、人工呼吸器は付けないで下さい」とお願いしてサインしてきたと母は言う。昔お義父さんと話していたことがあるらしい。「人工呼吸器をつけてまで長生きしたくないね」と。


 主人に電話して、一部始終を話すと、主人は
「もしかしたら意外にエンドが近いのかもしれないね」と言った。

私はそれを母に話していたら泣けて来た。

あの医者はなんのために医者になったのだろう。怒りが込み上げて、涙が止まらなかった。





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2002年07月15日(月) 手が大きすぎて・・・

 義父は無事、八王子の病院に転院した。転院の意味がわかっているのか、わかっていないのか、自分が今どういう状態に置かれているのかを理解しているのかどうか、義母にもわからないと言う。

 転院して、先生の話を聞き、落ち着いたところで家に戻った。疲れて眠くなり、午後5時半頃から8時30分に電話がかかってくるまで爆睡した。

 電話の内容は、

Iさん「・・・・・明日の登校班の集合は10時30分です」

私  「どういうことで?」


Iさん「台風の影響で、ここに来るのが8時ごろだということです」

私  「あ、そうですか。ありがとうございました」

寝ていたので、何を言われているのかピンと来なかった。


日記なんか書いていないで、もう寝たいのだけど、一つだけ書いたおきたいことがある。

昨日主人の会社に寄った時のこと。みんなの机の上には、一台ずつノートパソコンが置いてあった。(エライ方々のところにだけ、デスクトップが置かれていた)私は、デスクトップを使って入力をしていたのだが、斜向かいに見える主人の姿が滑稽だった。


手が大きすぎて、キーボードがほとんど見えない。

だから机の上で何をしているのかわからない。ただ指を動かしているだけ。



 転院の話はまた今度。眠くてもうダメです。おやすみなさい。




   



2002年07月14日(日) 主人の秘書になる

 便利ですね~♪
今主人の実家に来てます。こういう形の日記は、どこにいても書けちゃうんだ。今までは、ノート持ち歩いてまで日記を書いていなかったのでうれしいです。

 明日いよいよ、義父が転院することになりました。朝、10時半に横須賀の病院を出発します。私の最近の起床時間は12時頃。ちゃんと起きられるか心配です。

朝、起きたら・・・・・

「起きたらおいでね」

なんて手紙が置いてあったりして(T.T)


「私を置いていかないで~!!!」

 さて、昨日の耳の件ですが、少しいいようです。変な感じは残っているので耳鼻科に行った方がいいに決まっているのですが、歯医者にも行かないと・・・。
なぜ、歯医者かというと・・・私は明治の果汁100%グミを冷凍して食べるのが大好きで、それを食べていたら、ブリッジが取れちゃったんです(T.T)その辺に取れたブリッジをほったらかしておいたら、母が「無くしちゃうでしょ?」と言ってサイドボードにしまってくれました。それで、先日やっと歯医者に行った~と思ったら、ブリッジを忘れて・・・・いつになったら歯医者に行けるのやら。
 
 今日、電車の中で日記に何を書こうかとワクワクしておりました。いろいろ考えていたはずなのに、全部忘れちゃった。

 そうそう一つ書こうとしたら主人にダメと言われたことがあります。

内緒の話ですが・・・書きます。

来る途中、主人の会社に寄りました。仕事がたまっていて、どうしても片づけなきゃいけないことがあるというので、ついていきました。
「ビッグエコーで待ってる?」って言われたって、一人で歌うのって寂しすぎるよねぇ。

 会社に行くと、同僚が一人仕事をしてました。挨拶をして、仕事にかかる主人。
私は何をしようかな~と思っていたら、「これ、Wordで打ってくれる?」と言うので、資料をカタカタと入力しました。

 会社に奥さんを連れて行って仕事させたなんてバレたら困るって言うので書くなって言われたんですよ。

だから秘密ですよ。

 あ、そうだ。主人の机の後ろには偉い人の机があるんです。会社でここ見たらマズイ?


 秘書として雇ってくれる?





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 私ったら、またタイトルを書く前に登録ボタン押しちゃった。学習能力ってものが無いのかなぁ(T.T)




  




2002年07月13日(土) おなかの底から天に届くまで

 嫌なことはポイッと忘れましょ。昨日のアレは見なかったことにします。

であるか←独り言


 朝父から電話がかかって来たらしい。「耳から血が出た」って。寝ぼけて聞いてた私は、それって奥さんに電話して言うことじゃなくて、看護婦に言えばいいことじゃないの?と・・・・・ボーーーッと考えていた。

 次は姉から電話があって、○宮で買い物をしようと言われたみたいだが、二葉のサンダルを買うという話だったので、「二葉とパパはディズニーランドに行くから」と言って断った。

 9時過ぎ、母は「行って来ま~す」と言って出かけた。まだ寝ていた私は、


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ギョエ@@;


日記書きながらベビースターラーメンを食べていたら、モコがやって来てキーボーその上に乗って、「私にもくれにゃ~!!!」とすごい書き込みをして行った(T.T)
「モコとベビースターラーメン持ってってくれ~!!!」と叫ぶ。しかもこのベビースターラーメン、唐辛子入ってるよ(>_<)


 さて、気を取り直して・・・・


 9時過ぎ、母は「行って来ま~す」と言って出かけた。まだ寝ていた私は、父から電話がかかって来たからと言って、何もこんな時間から面会に行かなくても、と思ってあきれていた。後からわかったのだが、母は父の面会に行ったのではなく、姉と夏物のバーゲンに行ったのだった。それから病院に行ったんだって。安心したよ。最近母はかなり疲れているようだ。父のことばかり考えてないで、自分のためになることをしなきゃやっていけないよ、と思っていたところだった。

 母は出かけた。主人と二葉はディズニーランドに行った。一生には友達が来るらしい。私は、Mちんに昨日からもしお互いの都合がついたらカラオケに行こうとメールを打っておいた。なにしろ、Mちんは、ご主人がカラオケ嫌いだからということで、結婚してから一度もカラオケに行ったことがないというのだ。携帯でメールしあって、時間を決めた。
 
 で、場面はカラオケルームへ。
Mちんは数年ぶりのカラオケ。私は二週間ぶりのカラオケ。
「私、ひっさしぶりだからききさんから歌ってください」と言われ、私はユーミンの「スラバヤ通りの妹へ」を入れた。Mちんは「ああああ、私この歌好き~♪ラッサ~ラッサッサ~ヤンゲ~ですよね」と言う。「そうそう、よく知ってるね。今までカラオケで歌って知ってるって言われたこと無いよ」と盛り上がった。
そして二人で歌いまくり。歌の好みが似ているようだった。

気持ちよく歌っているはずだったが、尾崎豊の「I LOVE YOU」を歌い始めた頃から、耳が変になって来た。トンネルに入った時とか、山に登った時のように、キーンとなった後、自分の声が内耳からと外耳からの両方から聞えるような感じ。一人ステレオ放送を耳と声でやっているような感触。もしかして私って器用?←ちがいますよね。しかも歌い心地が悪い。歌い終わってから鼻をつまんで、空気が耳に抜けるようにしてみたが、治らなかった。それでも私はめげずに歌い続けた。
 
 私の場合、カラオケで思いっきり歌うことがストレス解消になる。主人と私の歌を比べると、私の方がカロリーを消費していることが多い。主人の方が声量があるはずなのになぜだろう。主人は昔の歌を歌うことが多い(昔の歌は短い)からかもしれないが、私はおなかの底から声を出しているからかもしれないとも思う。

 帰ってからMちんからメールが来た。「やっぱり大きな声を出すって大事なことなんですね。体すっきり!」って。


 大きな声を出す。おなかの底から天に届くまで!

そして歌っている間だけでも、嫌なことは忘れるのだ。

Mちんが「スラバヤ通りの妹へ」を知っていて「その歌好き」って言ったことが、とてもうれしかった。そして、楽しかった~~~\(^O^)/





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2002年07月12日(金) ショック

一度書いた日記は消えたものの・・・

一度書いたタイトルは消えないし。


書きたいけど、書くとその後が怖いので消しちゃいました。
10分ぐらいアップしていたけど誰か読んだ人いるんでしょうか。


うううううううううううううううう・・・・・・





↑投票ボタンです(^_^)V  ↑「これだけじゃわかんねーよ」ってか?

投票しなくてもいいです(T.T)だけど、だけど、

あああああああああ←ホントは書きたい




やめろ~!!!



2002年07月11日(木) タンドリーチキンのゆくえ

 今日の日記は姉に見られていると、かなりマズイです。姉には私のHPのURLを教えていないけれど、息子のHPのURLを姪に教えたことがあり、そこからリンクが貼られていたことがある。でもきっと見ていないと思う。見ていないことを願う。

 朝、姉から電話が来て「そっちに向ってるからね」と言われた。いつも突然やってくる人だ。今日は主人が仕事で車を使うので、私は母を父が入院している病院に送ってから、マッサージのRさんを駅まで迎えに行った。そして再び病院へ。

 今日の日記は病院のことは関係なくて、タンドリーチキンのことである。姉が何をしに来たかと言うと、父の面会というよりも、うちに来て食事を作るのがメインだったようだ。私はうつ病になってから、食事を作ることがかなり苦痛になっている。そして、最近体調がよくなかったので、食事を作りに来てくれたのだろう。いつも何日分かを冷凍したり、冷蔵庫に入れたり、説明を紙に書いて行ってくれたりする。

 
それはありがたいんです。本当にありがたいんです。






でも・・・・・・・




姉が作る料理は、いわゆるハイカラ(おしゃれ?)なものが多く、私と母の好みは和風のじいさんばあさんが食べるようなものなのだ。


今回ビックリしたのは得体の知れないショッキングピンクの液体。

私「それ、何?」と聞いてみた。

姉「タンドリーチキンのソース

私「どうしてそんな色してんの?」

姉「食紅使ったから」

私(なんで食紅使うの?色がゲロゲロだよ)
でも言えなかった。


姉が帰ってから母に,

私「お姉ちゃんがタンドリーチキンを作って行ってくれたんだけどさ~、色がすごいのよ。これ見て!」

母「なんでそんな色なの?」

私と同じことを聞く母。

私「食紅使ったんだって。」


母「洗っちゃおうか!」

私「それいいね。」

母「生姜焼きのたれが残ってるから、洗ってからそれに漬け込んで違う味にしちゃおうよ」

私「焼かないで、煮てもいいかもね」

だけど、一つ問題がある。

二葉は、家電占いで「スピーカー」と出たほどのおしゃべり。もしもタンドリーチキンを洗って別の味付けにしちゃったなら、絶対に姉にバレてしまう。内緒だよ、って言ったりしても「あのね、言っちゃダメって言われたんだけどさ~」とバラしちゃうだろうな。


そんな私と母の気持ちも知らずに、夕食の時、二葉は
二葉「一生君。ダンドリーチキン、っていうすごいのがあるんだよ。」
私「タンドリーチキン!」
二葉「あのね、ショッキングピンクなの」
私「(T.T)」


顔を見合わせる私と母。
これは口止めなんかできないなぁ。後で二つだけ洗って、しょうが醤油に漬けておこう。味が苦手だから別のお肉を買ったということにしようか、と母と話している。本当はタンドリーチキンの味が苦手なのではなくて、あの色が気色悪いんです。今冷蔵庫に入っているタンドリーチキンはどうなるのでしょうか。

やっぱりオリジナルタンドリーチキンとして食べるべきでしょうか?





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今日、夕方美容院に行きました。一生にお金を千円借りて(涙)、美容院の椅子に座ってから、「あの~私7千円しかないんですけど、間に合いますか?」と聞いちゃった。←かなり恥ずかしかった。
美容師さん「大丈夫ですよ。後は小銭があれば・・・」

私「小銭無いかもーー;」

美容師さん「後でもいいですよ。お母様がいらっしゃる時に持って来てもらっても。近いんだし」と言ってくれた。

そしてドキドキの支払い、カットとカラーで7千円。消費税がついて7350円。私のお財布には7256円しか入っていなかった(T_T)7250円払って、100円の借り!超はずかしかったです。二葉の友達のお母さんが経営している美容院でのこと。

そして私のお財布には6円しか無くなった・・・・・・











2002年07月09日(火) 先生が時給を上げてくれないので。


 今の病院に勤め始めて1年半になる。ハッキリ言ってこんなに続くとは思わなかった。16年のブランクは大き過ぎた。それでも自分なりにがんばって来た。
前は大学病院に勤めていたため、点滴は医者の仕事だった。こっちの先生とその話をしたら、「静注(静脈注射)が上手になったら、○○○円にあげてやるよ」と言われた。だけど、この上手になったら、というのはどの段階なんだろう。

 私は充分静注がうまくなったので、バイト料をあげてほしいと思うのだが、それを先生に言うのは勇気が要る。

 姉との電話での会話

 私「先生が時給上げてくれないからさ~。自主的に現物支給にしてるんだ」
 姉「何持って来るんだよ」 
 私「カットバンとか・・・」
 姉「それってまたの名を『くすねる』と言いませんか?」
 私「言わない。現物支給!」


 それに私、病院ではすごい働き者。患者さんの体拭いたり、髪洗ったり、時にはシャワー浴を介助したり、かなり働いていると思うんだよね。

最初は外来がメインの病院だったのに、後から入院も受け入れるようになったので、二階の入院患者のための看護婦がいない。ナースコールで呼ばれると、一階から看護婦が行くというしくみ?になっている。患者の面倒を直接見ているのは私だけと言っても過言ではない。他の人たちは外来の仕事しかしていないようなものだ。

それでもやっぱり「上げてください」とは言いにくいものだ。
当分現物支給でがまんするか。
と思っていたら息子が・・・・・言う。

「そこの病院の先生セコイんでしょ?」








「夜中にカットバンの枚数、数えていたりして」と。





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2002年07月08日(月) 本日の営業を全て終了いたしました。

 脳味噌が煮えそうに暑くて、しかも激しい頭痛で思考力限りなくゼロに近い。


それなのに、母はキッチンの汚れが気になるらしい。
私もわかっているけど、自分の身を守るためには多少の汚れは見なかったことにしないと、やってられない。

先日、二葉が「オーブントースター使っていい?」と言うので、
「いいよ~。やけどしないでね」と軽く答えた。





その結果。
サンタさんのマシュマロが網の上でデロ~ンと溶け、下にはボヨ~ンと変形したサンタさんが何人も落ちている。(なぜ今時サンタさんなのか)
しかも有田焼き(200円)の高級なお皿をオーブントースターで使い、割れている。

母と二人でため息をついた。これはもうお掃除をする段階ではない。元々1980円という安物を買ったため、網は外れない。下の皿は開くようにはなっているが外れない。ということは洗えない。私は、ああああああとため息をついてそのまま寝た。


母はオーブントースターが気になるらしい。私も気になっている。これほんと。





電気屋に父のラジオを買いに行った時、トースター見に行こうと言うのだ。えっ?まさか買うつもりじゃないでしょうね。

私は、いつか、そのうち、たぶん、お掃除しようと思っているんだけど。

「いろいろ見て、これがお掃除しやすいからいいんじゃない?」と母。
「そうだね」と言うと、お店の人に「これ下さい」と母は言った。



レジで、一応お財布を出す。←ただのポーズだったりする。だってお金ないんだもん。
母は
「買ってあげるよ」と言う。ラッキー。



しかし、それだけでは済まなかった。


私の頭痛はガンガンにひどくなっており、もう寝る前の薬を飲んだと言うのに、息子にオーブントースターを設置させようとしている。ということはそれを置いていた場所を掃除しなければならないってことだ。私は寝ていられなくなった。


でも・・・・・頭が痛いんです。そこんとこわかってるんでしょうか。

もうダメ!


「頭痛くてもうダメ、寝ます。
本日の営業は全て終了いたしました。後は一生が引き継ぎますのでよろしくお願いします」と言って、返事も聞かずに寝た。




お母さ~ん。いろいろと目につくとは思うんだけど、私はそれをやっていると身が持たないんだよ。ゆっくりのんびりやっていきましょうよ。


勘弁してくれ~!!!





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もちろん、昨日は書けません。火曜のお昼に書いてます。これから仕事だ~~!!

タイトルが表示されてない(T.T)



2002年07月07日(日) 長い一日だから日記も長い

 日記を書いていたら、長~くなって自分でもウンザリ。読み返すのも嫌。
だから全部消しちゃいました。一度書いたタイトルは直せないのね(T.T)
先日、タイトルが[ だけだったことがあったでしょ?あれっという間に登録しちゃって、直せないじゃないのよぉ。

 さて、色々ありました。(長い日記をかなり省略)
今日も八王子の病院に行って来ました。今日は横須賀の義母も来て、ケースワーカーとの相談です。(横須賀から八王子の病院に父を転院させることができるかどうかの相談)

 そして中略。

 頭痛がひどいので、帰りに病院に寄って注射液とか注射器とかをもらって家に帰って、すぐに自分で筋肉注射をブスッと。
 

これで痛みが治まる・・・・・・と思ったが・・・・・・・









 母が・・・・・

「冷蔵庫が熱いよ」

と言う。ホコリ、ゴミがたまっていると冷蔵庫は熱を出す。私は、下の方からゴミを出していたが、それじゃダメだと思って一人で冷蔵庫を動かした。すると、そこで見たものは・・・・とんでもないホコリの大群。


 あの~私、今鎮痛剤打ったばかりなんですけどぉ~と言いたかったが、疲れている母にやらせるわけにはいかない。
泣きたい気持ちで、冷蔵庫の下に掃除機をかけて、雑巾で拭いた。不思議や不思議。ゴミを取ったとたんに冷蔵庫ちゃんのお熱は下がった。ヨシヨシいい子だ。

 だけど、私の注射の効果はどうなる(T.T)
普通鎮痛剤を打った後は安静にしていないと効果が薄れるのよね。

日記が長くなるのはいろいろあったからじゃない。単にまとめる能力が無いため。最後まで読んでくれてありがとね~♪(次回は短く書くよう努力しますわ)





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2002年07月04日(木) 迷いに迷ったあげく・・・

 姉につきあってもらって八王子に行って来た。本当は置いて行きたかった46kgのお荷物もついて来たーー;義父の病院の下見に行くためである。私が勤めている病院の先生がリハビリのできる病院を探してくれて、受け入れてくれるということだったので居ても立ってもいられなくなったのだ。ケースワーカーと相談する前に、まず病院だけでも見ておきたかった。


 姉が乗った電車に途中から乗り、新宿で乗り換えて八王子へ。八王子に行くのは20年ぶりだった。ずいぶん変わったように思う。

 家を出て、車に乗ってから気がついたのだが、昨日いろいろな資料をネットで調べ印刷したのに、肝心の地図を忘れてしまった。なのに、なぜか佐野厄除け大師の地図は入ってるし(T.T)これじゃ意味ないって。方位除けにもなりゃしない~。

 八王子の駅から病院に電話し、ケースワーカーとつないでもらった。相談ということではなく、病院の見学をさせてほしいと言うと、「御案内いたします」と言われ、病院に着いてからまた連絡することになった。

 病院でそのケースワーカが来るのを待っている間、病院の人達の品定めをしていた。受け付け◎などと最初はつけていたのだが、そのうち、看護婦○が、看護婦大(オデブちゃん)一、正の字で付け始めた。看護婦はなぜかふくよかな人が多い。看護婦美人一、などと変な表になって行った。

 ケースワーカーは、予約をしていなかったにも関わらず、病院を詳しく案内してくれた。思ったよりもいい病院だと感じた。まずリハビリが充実していること。
寝たきりの患者も、専用ベッドごとお風呂に入れる設備があり、車椅子も様々なものがあった。理学療法をしているところも少し見たが、場所が広く取られてゆったりとした空間で訓練が受けられるようになっていた。PT(理学療法士)OT(作業療法士)ST(言語療法士)と、スタッフが充実している。
 病室も新しい棟の方はとてもきれいで、本来義父の場合は2階で受け入れるはずのところが、ベッドが空いていないため、5階で受け入れてくれるということだった。ただ、婦長もOKしてくれたが、ケースワーカーが独自で確約してはいけないことになっているらしく、ここに入院させる気持ちがあるなら、書類を書いて行きますか?と言われた。しかし、私の判断だけで決められるものではない。

 この病院はとても気に入ったのだが、一つの難点は横須賀から遠いこと。それでも義母は「受け入れてくれるならどこでもいい」と言っていたので、すぐに電話をしてみた。義母は今日、横浜の病院に紹介状を持って説明を受けに行っていた。
それが終った後で、もう決めかけている様子だった。私はどうしたらいいのかわからなくなり、ケースワーカーと相談した。「横浜に二ヶ月入院して転院させるというのはどうなんでしょうか」と聞いてみると、「最初が肝心なんです。一日も早くリハビリを開始した方がいいです。そして、最初から最後までトータルで看た方がいいと思いますよ」と言われた。私はその言葉に強さを感じて、義母に「この病院の方がいいと思います」と言った。横浜の病院は受け入れると言っても2ヶ月。八王子の病院は、介護医療病棟を含めると、9ヶ月いられることになる。義母は「それはありがたい」と言った。「ききちゃんがいいと思ったら、そこの病院に決めてくれる?だってこっちもまだ受け入れてくれるかどうかわからないし」と義母に言われた。

 医療費も横浜の病院に比べて少し高いのだが、それも4人部屋の差額ベッドがあるからしょうがないのだろう。

 それと大きな問題があった。今の病院の主治医がなかなか紹介状を書いてくれないこと。なぜかというと、「リハビリは意味がない」と意固地になっている。「脳梗塞で、脳の真中までやられているのでリハビリをしても無駄です。一生寝たきりになるでしょう」と言って、リハビリ目的の病院には紹介状を書いてくれないのだ。この話をするとケースワーカーも困っていた。「紹介状はどうしても必要なものなんですよね。もし、どうしても書いてくれないなら、外来で受診してもらって入院させるという裏技を使わなければなりませんね。でも今の段階で外来受診は無理でしょう」と言う。日曜日に改めて手続きに行くことになっているので、紹介状はFAXでもいいし、それに間に合わなくてもいいと言ってくれたので、私は主人に頼むことにした。

 「ここの病院、いいみたいだからここに決めたいんだけど、紹介状をなかなか書いてもらえないの。だから病院に直接電話してFAXで、E病院のTさん宛てに送ってもらうように頼んでちょうだい」と言った。

 主人が電話した時は主治医も婦長もいなくて、後から婦長から電話がかかって来たと言う。「紹介状をFAXで送りました」という内容だった。主治医は意固地になっていたが、婦長さんは同情してくれていて、「お母さんもお喜びでしょう」と言ってくれたと言う。八王子の親戚がここの病院を勧めてくれたということになっているが、もちろん八王子には親戚などいない。でもKさんいるしね^^(くろ猫飼ってる人)

 
 一つ、おかしくて笑っちゃったことがある。

横浜の病院の先生「発症は二回目ですか?」
義母「いえ、初めてです」
先生「発症、昭和3年 になっていますよ。それに字が汚くてなんて書いているのかわかりませんね」と苦笑。
義母「昭和3年に生まれたんですよ」
先生「じゃ間違えたんですね」


義母は電話でそのことを話してくれて、「よっぽど紹介状を書きたく無かったんでしょうね」と笑っていた。


こうして、私の役目は終った。

 とても疲れて、少しでも早く帰りたかったが、帰ってから父(実父)のお見舞いに行った。ずっと思うように歩けずに食堂でご飯を食べることができなかったのに今日は食堂で夕食を食べていた。それでも今使っている薬の副作用で、体がフラフラしている。私が買って持って行った杖のお礼をちゃんと言っていなかったと言い「ありがとう」と言った。それでもベッドから立つことがかなり大変そうだった。

 そんな中、父も少しずつ変わって来た。体ではなく、気持ちが少し違ってきたように思う。「北海道に行きたい」と言いだしたのだ。夢を持つというのはいいことだ。未来のことを考えられるようになったんだね。

 

 両方の父が病気だったり、両方の母が倒れそうになっていたり、子供がダブルで不登校&反抗期(二葉)だったり、私も悩み多き毎日だが、今日ほど充実した日はなかったように思う。今日はぐっすり眠り、明日は仕事だ~!





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2002年07月03日(水) 「甘栗の皮むいちゃいました」に続いて・・・

今日は日記を書く気分ではないのです。だけど、こうしてPCに向っているのはなぜなんでしょう。

「甘栗皮むいちゃいました」がヒットしたからと言って、「枝豆さや取っちゃいました」とか、「とうもろこしばらしちゃいました」とか、色々な商品が続々と出てまいりました。

 先日車で出かけた時、私はやけに陽気でした。息子の一生が久しぶりに外に出た日だったからでしょうね。
主人が買った「甘栗・・・」を食べながら、私が「エビフライの衣取っちゃいまし」と言うと・・・・

二葉が「たこ焼きのたこ取っちゃいました」と言った。

一生が「飛行機の羽取っちゃいました」と言い・・・・それからその話題は延々続いた。
 
 一生は小6の時からHPを持っている。更新が少ないので、小学校のレベルのものが多いが、最近は自作のゲームを載せたいと意欲的。その前に、ランダムメッセージを作ると言い出した。そしてついに、一生のHPにランダムメッセージができました。見に行ってやって下さい。超低レベルーー;





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「タイトルを書く前に・・・ああああああ・・・(T.T)」

 







2002年07月02日(火) ろこつに言わないで(=^^=)

 うちの病院では、ひそかにお肌にいいという注射が流行中。でもあまりオーバーに宣伝はしたくないのです。だって、ただでさえ忙しいのに、美肌効果目的の人がわんさか訪れたら、たまりませんから。これは前にも日記に書いたことだ。私はずっと使ったことがなかったが、最近使ってみた。でもイマイチ効果がわからなかった。

最近男の人でもそれを点滴に入れてくれという人がいる。


WHY?

競輪の選手が主なのだが、他の看護婦に聞いてみた。
「Rって薬、美肌効果の他に何があるんですか?」
看護婦は、
「滋養強壮」と答えた。


うちの病院では、美に対する話題が多い。更衣室で、Rの話をしていた。
男の人がなぜRをするのか不思議に思った受付嬢が、
「なんで?」と聞いたら、






「立ちがいいから」

と答えたらしい。





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2002年07月01日(月) ひ・み・つ

 姉夫婦は横須賀の病院の開院記念に呼ばれているので、ついでと言ってはなんだけど、義父のお見舞いに行くと言っていた。

それが、今日。

「面会は3時からだよ」と伝えておいたが、3時より少し前に着いてしまったらしい。後から、「ひ・み・つ」というメールが来た。その内容が↓これ。

案内のおじさん「面会は3時からになっておりますので、3時になったら病室をお教えします」

義兄     「では、ひみつということですね」

おじさん   「いえ、ひみつということではないんですけど・・・3時からということで・・・・」

義兄     「だから・・・ひみつなんですね」 

たいていの場合、ここで姉が義兄の手を引っ張り逃げる。そして、3時になったらひみつを解き明かしてもらい、病室に行ったのだろう。
・・・と思っていた。「で、ひみつを教えてもらったのね」とメールを出したら、











「いいえ、おじさんはひみつを残したままいなくなったので、他の人に聞きました」と返事が帰って来た。

変わっている、と言えばそれまでだが、

義兄はかなり変なヤツです。うちの家族や親戚に変なヤツが多いのです。





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