きりんの脱臼
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ここは、なかはられいこ(川柳作家)と村上きわみ(歌人)の コラボレーションサイトです。(ゲスト有り)
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2006年04月30日(日) 笹井宏之

るてしいあるてしいあ あのあめゆきのあまいひと匙あげるやくそく  村上きわみ



なにもないようといいながら犬のようなひとが駆けてきた。
私にだってなにもないから、ないものをあたえることはできない。
でも、雪が降っている。
雪はつめたいので、やはりなにかをあたえなければならない。
そうして全身を確かめていたら、ジャズカルテットが出てきた。
ラッパのひとをあげたら、犬のようなひとは犬のようによろこんだ。

まだからだにはピアノと、太鼓と、コントラバスのひとが残っている。
私は生きてゆかねばならないので、大切にからだに残しておいたのだが、
犬のようなひとも生きてゆかねばならない。

どうしよう。

あたたかいものをあげると約束したのだった。
犬のようなひとは、犬のようではあるが、決して犬ではない。
かなしそうにラッパのひとがラッパを吹く。
私の内で、ピアノがつづく。
太鼓もつづく。
コントラバスには指があてられる。
ラッパのひとだけでは足りない。
からだはすぐにひえてしまうから、私は太鼓のひともやった。
これで半分半分。

あとは演奏が途切れないように、おたがいによくしなければならない。
私は犬のようなひとを愛し、犬のようなひとは私を愛した。

楽器が、鳴り響いた。

約束は、約束のまま。
季節だけがかたん、とかたむいて。



もうひとひ眠れば初夏になりそうな陽射しを束にして持ってゆく  笹井宏之


2006年04月09日(日) 村上きわみ

母さんが処女だったころつけた名に嫉妬していた覗くスプーン  日菜清司



月子は
小声でなにか囁きながら
ねっしんに銀の匙をみがいている
ふかみどりのスカートの裾から頼りない踝がのぞく
かあさまの言いつけどおり
下着はつけていない
ピアスも指輪もはずして
腰までとどく髪は麻のひもでたばねてある


けっしてからだをあまくしてはいけない と
何度も念をおされたのに
  「さあのきゆ」
くりかえす呪文がたちまちからだをあまくする
  「ちたしたわらなうよさ」
匙はにぶく曇ったままひかりをはじく気配もない
みがけばみがくほど
月子の腕のほうがしだいに透き通ってゆく
指先からちからが抜ける
匙はどんどん重くなる
  「しいるかひ」
だめなのかもしれない
月子は考える
今はいつの今だろう
  「りとるちおにみう」


やがて月子はねむってしまう
ねむりながら溶けはじめ
溶けながら小さなものになって


匙のくぼみに



るてしいあるてしいあ あのあめゆきのあまいひと匙あげるやくそく  村上きわみ


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