2007年02月06日(火) |
常識覆した先輩たち 朴鐘碩 |
民団新聞 1月16日号に、鄭進団長の「果敢な挑戦者に」と題する新成人祝辞が掲載されています。 その中で、朴鐘碩さんの日立就職差別裁判闘争と金敬得氏の司法修習生採用問題をあげ、この闘いの意義として、「同胞社会に今日があるのは、「動かざること山の如し」と思われた「日本の常識」を覆し、厚い壁を突き崩した、多くの若者たちの果敢な挑戦があり、それが連鎖を生んだからだ」と指摘しています。
以下、その部分を引用します。 全文は、http://www.mindan.org/search_view.php?mode=news&id=7520 参照
常識覆した先輩たち
74年6月、日立就職裁判が結審し、在日同胞への就職差別撤廃を訴えてきた2世の朴鐘碩さんが完全勝利を勝ち取りました。判決は、同胞に対する就職差別を断罪する画期的なものでした。
同胞に対する差別と同化の強要が当たり前のように行われ、同胞が日本のまともな企業に就職するのは不可能な時代のことです。現在では同胞が日本大手企業や外資系企業に、本名で堂々と就職することも珍しくありません。このような時代の到来は、果敢な挑戦がなければ大幅に遅れ、不遇な若者を量産していたことでしょう。
77年3月、最高裁は韓国籍の司法試験合格者に初めて、司法修習生採用の道を開きました。「金敬得氏を日本国籍がないという理由で、不採用にしないことに決定した」のです。最高裁は金氏に帰化を勧めましたが、彼は韓国籍のまま弁護士になってこそ意義があるとして、これを敢然と拒否していたのです。
やはり若い2世によって、大企業の扉以上に厚い法曹の扉が開かれ、以後、韓国・朝鮮籍の弁護士がたくさん輩出されました。金氏は日立就職差別裁判に影響を受け、今度はその金氏の果敢な挑戦によって弁護士への道が開かれ、彼に感銘と薫陶を受けた後輩が陸続として誕生したのです。
同胞社会に今日があるのは、「動かざること山の如し」と思われた「日本の常識」を覆し、厚い壁を突き崩した、多くの若者たちの果敢な挑戦があり、それが連鎖を生んだからだと言えましょう。
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