Spilt Pieces
2010年06月19日(土)  ゆっくり
数年前から夫が地域のお祭りに参加する
踊りチームに所属している。
「さとにも友達ができるように」と、
春から一緒に合流させてもらっている。


ノリがよくて、サバサバしていて。
排他的な雰囲気も全くない。
とてもいい人たちの集まりなので、居心地がいい。
自分が素を出せていないこと以外は。


「大ネコかぶっているんですよ」
さっき、夫がみんなの前で私を指差して笑った。
なんてことを言うの、と、口では言ってみたものの、
ありがたいなあと思った。
私は、何度「出会い」というものを経験しても、
ずっと「オートネコ」の状態が抜けない。


オートネコ。
ネコをかぶる気などさらさらないのに、
初対面で緊張すると勝手におとなしい自分を
演出してしまうこと。
また、時間が経って慣れてくると、
かぶろうと思ってもかぶれない。
自分の意思とは無関係に猫かぶりをしてしまう。
その結果、「騙された」と言われる。
もう耳にたこができた。


私は顔が母に似ている。
とてもおとなしそうに見えるらしい。
その上、最初はオートネコのせいで、
顔と行動が一致して見えるとのこと。
性格は父そっくりなので、どうにもこうにも。
黙っている、ということが苦手だ。


出会ってすぐの頃、
今まで何度挑戦してもだめだったにも関わらず、
素の自分でいようとして毎回葛藤する。
こうじゃない、本当はこう話したい…。
でも、知らない人ばかりの空間だと、
何だか怖くなってしまって口を開けない。
気のいい人たちばかりの集団だと分かっていても。


その結果、中途半端に自分を出そうとして、
「変わり者」と言われること多々。
言葉に一貫性を保たせるのが難しくなってしまう。
黙っていたはずなのに、遠慮をしていたはずなのに、
気がつくと辛辣な意見を喋っていたり。
どっちなの?と、周りは思うのだろうなと、悲しい。


「焦らなくて大丈夫だよ。
ゆっくりで大丈夫だから。
素のさとも受け入れてくれる場所だと思うけど、
それが最初からでなくても問題ないよ」
夫はニコニコしながら言う。
私の短気をよくご存知のようで。


焦らず冷静に…。
でもね、だんなさん。
そんな冷静な私だったら、
あなたのように温厚な人と結婚していないのでは?
じたばたしている私をさりげなく支えてくれるから、
私たちのバランスは取れているのよ。

…まあ、冷静になれないことへの
言い訳ですが。
2010年06月18日(金)  検査
今日は一日何も手につかなった。
正確に言えば、最近一週間ずっとそうだったのだが。
そわそわしてしまって、我ながら情けないなと思う。


というのも、通常驚くほど順調な生理が遅れていたから。
夫のことはとても好きだし、授かったらそれは幸せなこと。
ただ、結婚して一年は二人でいようねと約束していた。
遠距離恋愛だった私たち。
お互いの価値観のすりあわせや、生活に慣れるためにも、
そして喧嘩をするのならこの一年のうちに、という考えだった。
当然のように普段は避妊をしている。


それなのに今回なぜ焦ったのかというと。
最近遅れたことのない生理が一週間遅れている。
生理予定日前後に続けてピンク色のおりものがあった。
昨日今日と腹痛があるのに、生理が来そうにない。
排卵日前後に、行為としての身に覚えはある。
稀に避妊が失敗するということも聞いているから、
もしやそれではないか…と思ったのだった。


子どもは欲しい。
とても欲しい。
でも、避妊していることで安心しているのもあって、
最近ずっと病院で処方された薬を飲んでいた。
朝に晩にとアレルギー薬。
また、肌にいいと聞いたはと麦茶もたくさん摂取。
大量に取ると流産のおそれがあると知っている。


調べると、妊娠に気づかずに薬を飲んだり
お酒を飲んだりしても、量が過剰でなければ
問題のないことの方が多いという。
でもそれは、今回焦ってから初めて分かったこと。
ずっと、薬を飲んではいけないものだと思っていたし、
たとえ数%以下の確率だとしても、
妊娠を望み、意識していたのなら、
普段から流産のおそれがあるものは口にしない。
薬を飲んでいたことというよりも、
失敗の可能性があることを全く考慮せず、
安心しきっていた自分に辟易してしまった。


今日は生理予定日からちょうど一週間。
考えてばかりいても仕方がないので、
とりあえずどちらなのか確定させようと思った。
最近妊娠が発覚した友人から譲り受けた検査薬を使用。
これまた微妙な結果が出てしまった。
目を凝らしてようやく見えるかどうかの薄い線。
蒸発線?とも思える状態。
あまりにも落ち着かなくて、ネットで検索。


結局、生理予定日当日から使用可能で
もっと感度のいい検査薬を追加購入してしまった。
その再検査で陰性が出るまで、
今日は心の中が一日ドタバタジタバタ。
予定していたことが何もできなかった。
その代わりに、何度おなかをさすったことか。


「生理が来ない…もしも授かっていたらどう思う?」
昨夜夫に尋ねると、
「え…それはないんじゃない?」との返事。
「だから、もしも、だって。どう思う?」
「うーん…それは勿論嬉しいけど、
正直今の時期は全く考えていなかったから、
びっくりするというのが本音かな…」
歯切れの悪いコメントに少しがっかりしつつも、
私が考えているのと全く同じ答えだなとは思った。


私たちは結婚している。
妊娠も望んでいる。
それでも、こういう反応。
授かり婚の人たちの衝撃って、
ものすごいんだろうなと思う。


結局、陰性ではあったけれど。
じゃあ今回の遅れとかピンク色とか…
今度は逆に他のことが気になり始める。
何だか微妙な年頃のような気がする。
年頃、というか、時期、というべきか。
もう少し様子を見て、婦人科行くか決めなくては。
ああ憂鬱。


子どもがいたら、と、
今日何度も想像をした。
まずは妊娠関連の書籍を見に行って、
食生活を見直そう、とか。
夫と二人で色々学ばなくては、とか。
自分の体が二人のものだと考えなくてはならない、
そのことは、とても大変なことなのだなと思った。
そして何より、
顔とか性別とか、
普段夫と色々話していたことなど全く頭をよぎらず、
ただただ、私が薬を飲んでいたことによる影響が
どうか出ないで欲しい、
どうか無事に育って、
どうか無事に健康な子が生まれて欲しい、
そればかりが、心を占めた。
自分がこんな気持ちになるだなんて、
ちょっと、びっくりした。
不思議な気分になった。


でもそういう諸々のことって、分かってからではなくて、
今のうちからも準備できることもあるよな、と、
陰性の結果を確認して、
がっかりしたようなほっとしたような気持ちになってから
冷静に考えた。
今回のドタバタは、いつか授かる日のために、
もう少し体のことを考えて生活しなさいという意味?


最近グロッキーな気分になる度に
すぐさま食生活の乱れに繋がってしまう自分。
基本的に、気持ちが落ち込むとまともにご飯を食べない。
ああこんなのいけないなあと、
思いながらも改善できない私への、
ある意味警告?


何はともあれ、今回書いたこの日記、
誰に話すわけでもないけれど、
ごちゃごちゃとまとまりのつかない心の中の、
ばかなひとりごち…なんだろうな。
ああくたびれた。
普段の生活をもう少し改めるか。
2010年06月17日(木)  ハーブ
メゾネットに住んでいる友人が、
庭の部分にトマトとねぎ、ハーブを植えている。
「本当は禁止だから、こっそりね」
と事前に話していたのだが…実際はかなり堂々と。
ばれなければいいねと言いながら、
そもそも禁止ならなぜ庭がある?と、
ごくごく当たり前のような疑問を抱いた。


それはさておき。
友人が、100円均一で購入したという小さなポットに
庭に群生状態となっているハーブを少し分けてくれた。
先日芽が出始めたばかりの花やクローバーを枯らしたばかり。
きちんと育ってくれるのか、正直全く自信がない。
「枯れたら枯れたで仕方ないよ」
友人はそう話すけれど…ううむ。


気にかけながらも、現在は時折水をやる程度。
細く、窓を開けていると風に揺れる。
枯らしてしまったポットにさしていた、
ミツバチのおもちゃが少しだけ色を添える。
どうなるのかな〜と観察しながら約半月。


ちっとも成長していないかに見えたハーブは、
窓の方へ…太陽が降り注ぐ方向へと、
ひょろりと伸びていっている。
細いまま、ひょろひょろひょろ。
パソコンデスクに座っていると、
伸びていくハーブを後ろからミツバチが見つめているよう。
逆光で、シルエットだけが際立つ。
本当に細い。
少しずつ少しずつ、伸びていたんだなと思う。


太陽が分かるハーブ。
私は、どの方向へ向かって生きたいんだろう。
もう分かっているんだろうか。
動き始めるまでの助走期間なんだろうか。
知らない間に、細いながらも伸びているのか。
…そうであれば、いいのだが。


毎日の変化は、あまりにも小さくて。
昨日までの自分と、今日の自分は、
細胞レベルで見たら、たくさん違うだろうに。
それでも、何も変わっていないかのような気がする。
足踏みをしているような気さえする。


床に、身体を倒してみる。
伸びをしてみる。
手足をばたつかせて、大の字になって寝る。
ベッドで転がり、眠りに落ちてみる。
起きたら何かが変わるんじゃないかと思う。
でも、何も変わっていない。
確実に、10年前と今の自分は違う気がするのに。


変わらないためには、変わらなければならない。
最近変わっていないように思うのは、変わっている証拠?
そう思えたらいいのに。
ハーブが伸びるように、自分の伸びも見られたら楽だろう、と、
不思議なことを思う。


細くてもいい、一本筋を通した人間でありたい。
はてさて、どうすればいいんだろう。
2010年06月16日(水)  悪意・善意
昨日の夕方、久々にとある友人と電話で話した。
かれこれ8年、精神病と闘っている。
最近ようやく改善に向かってきて、
今はデイケアに通っている。
とても頭が良くて、驚くほど優しい。
病気云々が分かる前から、ずっと親友。
彼女のおかげか、精神病に対する抵抗感は
比較的少ない方だろうと思う。


そんな彼女は、一緒に治療を受けている人たちの
悩み相談を聞くことがとても多いらしい。
「びっくりするような人もいるんだよ…。
話聞きすぎて苛々することもたくさんあって、
本当に私の治療になっているのかと疑問に思うこともある」
友人と思って話を親身に聞いていたら
ストーカーまがいのことまでされたらしく、
もうそんなところ通うのやめたらと何度も思った。


けれど、昨日電話で話をしたときの彼女は、
あっけらかんと笑っていた。


もちろん落ち込むこともあるけどね、
ストーカーっぽい人からは今も連絡あるし、
干渉してくる人もいる。
でも、放っておけばいいやって思えるようになった。
働きたい、って思うから、今は頑張って通うよ。


それだけでも、おおっと思ったのだが、
色々と話をしていくうちに、最近は一人でお酒を飲みに
お店に入ることもできるようになったよと話すので、
(もちろん私はそんなことはできない…そもそも
基本的にあまりお酒は飲まない)
一体一人でカウンターへ行ってどうする?と尋ねた。
すると、近くにいる人と話をするのだと言う。
色んな性別・年代・立場の人がいて、色んな人の人生が
少しだけ見えて、触れられて、すごく楽しいよ、と。


今も彼女は気分のムラがある。
そういうときは彼女も周りに迷惑をかけないようにと
連絡を絶ってしまうので、実際は怒鳴られたり
叫ばれたりしたことはあまりない。
せいぜい号泣しながら電話をしてくるくらいだ。
でも、それにしても、今までにない言葉を聞いた。
驚いた。
嬉しくて泣きたくなるほど、回復してきている。


人の悪意を疑うことはしないのね、と聞いた。
すると彼女は、疑っても仕方のないことは疑わない。
それよりも善意を信じていられる方が幸せだから。
そんなことを言った。
頭を殴られたような気がした。
もやもやと、人から投げかけられる言葉を疑い、
そんな自分にうんざりしながらもどうしようもなくて、
苦しい苦しいと嘆きながら日々を過ごしていた最近の自分。
やっぱり、すごい。


いつも、いつも、彼女には頭が上がらない。
夫は、落ち込む彼女の話を延々何時間も聞いている私を見ては、
さとは優しいのだねと勘違いをするが、
実際は、私が彼女に教わることばかりで、
尊敬するばかりで。
病気があるとかないとかではなくて、
友人でいられるかどうかは、相手を尊敬できるかどうかだけ。
病気ではないからといって、友人にはなれないし、
病気の人みんなと仲良しというわけでももちろんないし、
彼女が彼女で、たまたま病気で、ただそれだけだと、
夫に言うと、そこまで思える友人がいることが羨ましい、と、
目を細めて言う。


以前彼女は、「病気であることは恥ずかしくない」と言った。


強く強くあることで、誰かを知らぬうちに傷つけたり
悲しませたりするような、感情の分からない人間であるよりも、
誰かの痛みに共感して泣いている自分の方が好きだから。
だから、痛みを、全く同じではないからあくまでも推察だけど、
他の誰かの痛みを感じることのできる私でいられることは、
恥ずかしいことじゃないし、いつか、病気と共存できればいいと、
それくらいのことを思っているから、私は大丈夫、きっと。
今はポジティブなことを言える。
でも、また明日落ちてしまうかもしれない。
それでもね、さと。
私は、もしも強さと引き換えに誰かを傷つける自分になるのなら、
ずっと病気のままでも、苦しんでも、それでもいいと思っているんだ。


私は、彼女が荒れたとき、正直、たまにうんざりする。
同じ話を繰り返し、同じことで泣き続ける。
どうせあなたには分からないと言う彼女は、
いつも私が尊敬し、愛してやまない彼女とは
およそ別人のようにも見える。
でも、少しずつ、少しずつ、そのような時間が減ってきている。
笑いながら、びっくりするようなことを言う。
例えば昨日のような。


善意を信じた方が幸せ。
そう話す彼女との電話を切った後、
義母に電話をかけた。
昼間着信があったのだが、何となく、
出るのが嫌で無視してしまっていた。


出られなかったことへの適当な言い訳をつけて、折り返す。
「暇だったから、ちょっとお喋りしたかったのよ、ごめんね」
そう言って、電話の向こうで嬉しそうな声が弾む。
私がなかなか朝起きられないことを話すと、
私も若いうちは夜更かしばかりだったから辛かったわと笑い、
アレルギー症状が出て薬を飲んでいることを話すと、
私もアレルギーだから辛さは分かる、無理しないでねと言われた。
義母は亡き義父の父母…つまり義母にとっての義父母の面倒を
一人で見ている。しかも、一人は痴呆で要介護状態。
今の家の状態ではなかなか自分のしたいことなどできなくて…
とは言うものの、その面については手伝えと言われたことはない。


今度、遊びに行ってもいいかしらと言われたので、
思わず「たまにはストレス解消も大切ですよ、
おいしいお店を探しておくので、ランチしましょう」と誘ってしまった。
適度な距離を保ちたい、と、頭で考えては頑なに拒否してきたが、
どうしてだろう、友人と話した後だったからだろうか、
昨日は、言葉の裏を考えるのをやめて、
とりあえず、思ったままを言ってみた。
「すごく嬉しい、楽しみにしています」
弾んだ声で話す義母。


帰宅した夫に話すと、「さとはあほだな。
自分で距離を置くと言いながら、結局そうなるんだから。
辛いと思ったら、無理しなくてもいいからな」と、
言葉では言いながら、とても嬉しそうで、穏やかな顔をした。


「地域全てがもし考え方や生き方を押し付けてくる敵だとしても、
俺は絶対に味方でいるし、それに、おかんのことも、
さとにとっての敵ではなくて、味方にしてしまえばいいんだよ。
考えすぎずに、できることだけやればいい。
素直でいれば、きっとおかんもさとのことを大切に思うし、
さとが悲しむようなことはさせないし、守ってくれると思うから。
おかんと電話をしてくれて、どうもありがとう」


たった一回の電話で、たった一回の穏やかな会話で、
解決するほど簡単な問題ではないし、土地でもないけれど。
そのまま電話を無視しなくてよかった、とだけは思った。
「悪意を疑うより、善意を信じた方が幸せ」
苦しみ続けた友人が、ようやく自ら辿り着いた答えを、
言葉で聞いただけの私には、なかなか心から信じることはできない。
でも、そう思える日が少しでもあることは、幸せだと思う。
ありがたいことだと思う。
本当に。
本当に。
信じた善意が裏切られたときに、初めて悪意を疑えばいい。


大丈夫、自分の人生は一度きり。
笑うために一時的に逃げることは、逃げじゃないよ。
逃げている間に、何かに気づけばいい、次を考えればいい。
かつてそう言ってくれたのも、その友人。
恵まれている。


落ち込んでもいい。
でも、落ち込んでばかりじゃ勿体ないよね。
そう思わせてくれた友人の善意は、
心の底から信じたいと思います。
2010年06月15日(火)  言葉と意味
夫から、よく言われる。
言葉に意味を持たせすぎだと。


ただの言葉として捉えなさい、
誰もが意味を込めるわけじゃない。
…そう言われても。


嫌いなものは嫌い。
深読み云々以前に、嫌いだからどうしようもない。


そもそも、相手に与える印象を考えた上で
言葉を発する配慮くらいあってもいいのでは。
だって言葉は元々、心の中にある見えないものや
考えを、外へ伝えるものなのだから。


もしこんなことを言ったら、
また「理屈っぽい」って言われるに違いない。
それに、自分もうっかり考えなしに言葉を使うこと多々。
本当はそこまで強く言えるわけじゃない。
とりあえず、棚上げしつつ。


前置きはさておき。
近頃私が嫌う言葉は、「嫁」。
表面上はニコニコとしていても、
言われた瞬間かなり不愉快になる。
というより、自分に対してに限らず、
誰かが使っているのさえちょっとうんざり。
我ながら若干?神経質のように思う。


言葉の背景にある、考え方が好きではない。
だから、ただ単に表現として使っているならまだマシ。
でも田舎で使われているそれは…。
「うちの嫁」「息子に嫁が来ない」「嫁が欲しい」
「地域に嫁を、そして子どもを、活力を」
…一体何のキャッチコピーだよ。


女性は産む機械だと発言した大臣が
以前袋叩きにあっていたけれど。
あれって、残念ながらマイナーな考えではない。
ただ直接口にしていないか、
もしくは、目立つところで言っていないだけか。
彼は彼の役職を自覚せず、またその影響も考えることなく、
非常に安易に発言をしたから、彼自身の責任。
でも、本当は、叩かれるべき人はもっとずっとたくさん。
産むばかりか働く機械だと考えている人だっている。
そうではないのなら、「嫁が足りない」だなんて、
「雌」としてのカウントをしないでほしい。
一人の男性が「奥さんがほしい、家庭を築きたい」と
発言するのなら全く問題ないはずなのに。


「男の子を妊娠したからとりあえず安心」
という発言をした人に対して、
考える間もなく「いつの時代だよ」と、
ツッコミを入れてしまった。
空気の読めない発言と思われた…んだろうな。
一瞬気まずい沈黙が流れたから。
理屈っぽいとか、頭がかたいとか。
同じような環境で育った人たちに言われたことはないが、
私からすると前時代的な環境で育った人たちには言われる。
我慢、が、美徳だとは思わない。
必要な我慢を自らするのは、
そもそも我慢だと思わないから。
強制的に押し付けられた美徳としての我慢は、
相手のご都合のいい理論であることが多い。


ああそういう考え方もあるんだ、
まあいいのではないでしょうか、
でも私は違う考え方で生きます。
自分が受け入れることはできないけれど、
あなたの生き方を否定するつもりは全くないし、
それで幸せと感じるのなら、
きっとそれがあなたにとってのベストでしょう。


こちらがそう思っていても、
相手は、こちらを変えようとする。
あなたの考え方はおかしい。
そうやって、頭ごなしに。
違う考え方を、受け入れようとはしていない。
こちらを理解したフリをして、
でも懐柔しようとあの手この手で言葉を尽くす。
下手をしたら、フリさえしないで押し付ける人さえ。


「○○家の嫁」という表現、
一緒に住んでいないことを責める言葉、
そんなプレッシャーを感じていたら、
争い事は本来とても嫌いだし、
それはもう距離を置いて付き合おうとしか思えない。


夫は、言葉の意味を考えすぎると言う。
でも、これまでの人生において、
名前もしくはせめて名字で呼ばれていた人間が、
嫁というたった一言で自分を表現されたなら、
その言葉を嫌いになるなという方が無理なのではと思う。


時々メディアで、「嫁不足問題」なるものが
取り上げられていたりするけれど。
個性重視の時代と言いながら、
その問題の表現方法そのものが間違っているから
より一層深刻になるんじゃないか?と思ってしまう。
オンリーワン…じゃないよなあ…
「誰でもいいから嫁が欲しい」っていう発言
(以前実際に聞いた…しかも当事者ではなくて周りが言うのを)。
私からすると笑いたくなるような表現だが、
その言葉の裏にある意味を感じ取るから、
条件で結婚を考えてしまう女性が多いのでは?と思う。


たまに行く田舎と、常にいる田舎は、全く違う。
だからだろうか。
最近、テレビでの田舎特集を見なくなった。
いい面悪い面両方をきちんと表現しないのは、
とても偏っていると思う。


(今回の日記は悪いところばかり書いているので、
私も人を批判できる立場にはないが、
いいところがたくさんあるのも知っているつもり。
ただ単に溜まった鬱憤を愚痴にしているから
非常に偏った田舎批判のようになってしまったけれど…。
そのうち元気なときにいい面を書ければいいのだが。
今は残念ながら、不愉快すぎて嫌悪感増殖中。
人の温かさと過干渉は紙一重)
2010年06月14日(月)  迷い
28歳になった。
結婚をした。
毎日、暮らしている。
一般的には「何不自由なく」だと思う。


愛する家族と離れた。
とても辛い。
言葉では言い表せないほど。
今も、毎日もやもやするほど。
でも、自分で決めたこと。
どうしようもないこと。
それだけは、分かっているつもり。
だから、不幸ではない。


夫は優しい。
いつかバチが当たるんじゃないかと、
怖くなるほどに、幸せだと思う。
穏やかで、理解があって、愛してくれる人。
考え方が合わないこともある。
言葉が届かなくて、苦しくもなる。
愛しすぎて、寂しくもなる。
ふざけるな、と、どこかから罵声が飛んできそうで怖い。


堅実で冷静で、愛情に溢れた友人たちがいる。
いつも、いい刺激を与えてくれる。
時には叱ってくれる。
突然電話をしても、誰も嫌そうな声を発しない。
最近連絡を取っていない友人たちもいる。
でも、きっと切れていない、と信じられる。


私は、幸せなんだと思う。
なのに、満たされていないのはなぜだろう。
ずっと、そう考えていた。
心が空っぽな感じ。
何も、自分を傷つけるものなどないのに。


愛してもらうばかりで、
愛することもしているけれど、
何よりも、
私が「持っている」ものは大切な「縁」の数々で。
だけどそれ以上でもそれ以下でもないからだ。
そう気がついた。
自分自身が胸を張れることをしていない。
向上心を、捨てているつもりはないのに。
同じところで、くすぶっている。
ぐるぐるぐるぐるぐる。
どんな関係も、
どんな環境も、
決して満たしてなどはくれない。
食欲でも睡眠欲でも性欲でも物欲でもなく。
自分で自分を、
誰かに頼ることのない自分を、
認めたい、でも認められない、
何かをしたい、
でもその何かって何?
そんな欲求が、ずっと、
ぐるぐるぐるぐるぐる。


求めるばかりの人が、嫌い。
圧力的に考え方を押し付ける人が、嫌い。
期待しないで、求めないで。
そう考えるばかりで、
でも、精神的な脱出先が、
自分の外にしかないからだ。
自分で自分を満たせないから、
誰かがいてくれないと息苦しくなるから、
そんな甘ったれた自分と、
先の見えない不安と、
うまく言い表せないけれど、
いろんなものが、
心の中で中途半端にうごめいている。


批判するだけなら簡単。
分かっているのに、
抜け出せない。


知り合いが、
結婚相手から逃げた。
今も離婚は成立していないらしい。
一度愛想を尽かして実家へ帰って以来、
話し合いさえしていないとのこと。
呆れていた。
結婚生活よりも、
別居生活の方が長くなった。
私の結婚の報告をしても、
完全に無視をする。
傷が癒えていないのだろうと思い、
それ以上連絡を取ることはしなかった。
でも、
色んなことを中途半端にして逃げるのは、
格好が悪いように思えた。
相手は、逃げも隠れもしていないのに。
守ってくれる人も、たくさんいるのに。
ただ、自分から見切りをつけて、
実家で好きに暮らして、
相手の感情など考えもせずに、
逃げているだけだから。


そんな彼女が、
新たに学校へ通っていると聞いた。
生き生きとイベントに参加している。
それどころか、団体を立ち上げている。
彼女なりの逃げ場…だったんだろうか。
私は今も、
問題を見て見ぬフリして暮らしている彼女を、
心のどこかで蔑視しているところがある。
いや、間違いなくそうだ。
けれどそんな彼女が、
たとえくさいものに蓋をするような生き方だとしても、
自分の居場所を新たに見つけて、
自由に生きようとしている姿は、
不覚にも輝いているように見えた。
ぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐる…
廻ってばかりの私には、
それこそ、
光り輝いて。


何が正しいのかなんて、
何が幸せなのかなんて、
ほんとうは、
自分以外には決められないんだろう。
彼女が今何を考えているのか、
彼女から見たら「幸せ」であろう私には、
きっと話してなどくれないはずだが。
では私は今、幸せなのだろうかと思うと。
人間関係や状況を考えれば、
もちろんイエスと答えなければならないのだろうが、
私にとって、幸せを実感できる瞬間というのは、
自分で自分を満たせるその瞬間に他ならない。
だから、多分、ノーだと思う。


やりたいことだけなら、山ほどある。
でも、自分がどうなりたいのか、
自分でもまだ分かっていない。
28年生きてきても、未だにそう。


考えるよりも動けと、
以前の自分なら言ったことだろう。
社会に出て、
残念ながらいい人ばかりではないことを知って、
多少ずるがしこくなるべきことを学んで、
ああ悲しいかな、計算高くなりすぎて、
動くことがとても憂鬱になってしまった。


ただただ興味のままに走ってもいいのなら。
おそらく私には時間が全く足りない。
ただただ考えるだけならば。
おそらく私には時間が有り余る。
2010年06月11日(金)  価値観
最近周りの友人たちが次々と結婚している。
会話の内容が少しずつ変わってきた。
夫のことに始まり、妊娠、義父母、家事、給料…etc
女は強くなる、と、誰かが言っていた。
もっともだ。


夫に、結婚して得たものはあるかと尋ねた。
すると、穏やかな時間と家に帰る楽しさ、
温かいご飯のある暮らし、だと言った。
失ったものはと尋ねると、特にない、とのこと。
彼は元々散財する性格でもないので、
自由を失ったとは感じていないらしい。
「結婚したらお金が貯まってきた」などと言う。
遠距離恋愛の頃にかかった交通費やデート代が
今はかからなくなった…ということだろうか。


さとは?と、続けて尋ねられた。
残念ながら、彼が言ってくれたような、
相手を喜ばせられる言葉は言えそうにない。
「幸せも得たけれど、たくさん失ったよ」
そう言うと、
「それは当然だよね…来てくれてありがとう」
と、ぎゅうと抱きしめられた。


ここまで書くとただののろけだが。
そんな彼に対してでさえ、多少の不満はある。
こちらが話すときも、相談をするときも、
返事は決まって相槌。
相談しているときには意見を言ってと言わない限り、
基本的に自分から考えを口にすることはない。
些細なことならまだしも、将来のことやお互いの家のことなど
真剣に話しているときに生返事では段々と苛々してきてしまう。
「何でも全部はいと返事することが思いやりだと思ったら
大間違いだよ。二人の問題なんだから二人で会話をしたいのに」
そう言って、落ち込むこともしょっちゅうある。
「ごめんごめん、えーと…何て言ったらいいのかな…」
文章を書くことも、喋ることも、
全体的にみんな苦手だと話す彼。
業を煮やして私が先に口を開いてまとめてしまう失敗もする。
難しい、と思う。


既婚者仲間の友人たちと話をするとき。
私が夫を「悪者」にするのは、大概上記のような内容。
なぜなら、
友人たちが夫を愛しながらも溜まる不満をぶちまけるとき、
聞くに徹するばかりではなかなか難しいから。
「いいな、さとのところはうまくいっていて。私のだんなは…」
という言葉をフォローするため、と言えば具体的か。
実際不満に思っているから、決して合わせる為だけに
夫の悪口を言っているつもりもないのだが。


夫は笑う。
「本気でひどいことさえ言わなければ、どうぞどうぞ悪者に(笑)
自分の奥さんがあんまりKYでも困るからね〜。
いつも俺が文句言われていることでしょ?平気だよ」
そのおおらかさが、嬉しいような悲しいような。
自覚をしているのならぜひ改善の方向へ、と思うのだが、
それとこれとは話が別のようで。
それはさておき。


最近聞いた友人たちの愚痴の中で、
「えげつない話かもしれないけど」と遠慮がちに切り出しつつも
みんなが本気で怒っていたり困っているのは、お金のこと。
うーん…結婚するまでなかなか分からない面だからなおのことか。


飲み会に行き過ぎる、家に生活費は入れるが残りを全部使ってしまう、
妻に渡すようにともらった姑からのお金を勝手に使い込む、
家計簿を見せて財政の健全化を一緒に考えようと提案すると
「そんな話は俺は考えたくない、安月給だと言いたいのか」と、
現実的な対策を考えることなく逆切れして逃げ出す…。


友人たちは決まって言う。
「あほだけど好きなんだよね」


価値観って様々。



記入:2010年6月18日(金)
2010年06月10日(木)  すきなうた
思春期の頃、下の階に住んでいたNちゃん。
彼女から受けた影響は大きい。
大きすぎて、連絡を絶った。


ずっと、連絡を続けることも、絶つことも、怖かった。
たぶん私は、あの頃よりも大分強くなったんだろうと思う。
どこかから、心を痛めつけてくる対象だと認識していた。
でも、逃げられなかった。
逃げてもいいのだと分かったのは、
何となく関係を続けていくのをやめられたのは、
やっと去年の正月だった。


彼女は、言動がとても強い人だった。
私と対極に思えるような人。
運動が苦手で成績のよかった私は、
運動が得意で成績の悪かった彼女に、
よくこう言われた。
「お前は勉強はできるが頭は悪い。
本当の意味で頭がいいのは私のような人間だ」
彼女は私を「お前」とか「ぶた」と呼んだ。


彼女は私よりも半年くらい早くに、同じ学校へ転校していた。
同級生だった。
後で、彼女が転校直後にいじめられていたと知った。
私が出会った頃の彼女は、
たった半年しか経っていないというのに、
明るくて勝気な性格で、リーダー格の子達とつるんでいた。
だから、いじめがあったなんて、全く知らなかった。
彼女と、離れる頃まで。


なぜだかよく分からないが、当時私は異性からもてていた。
人生最初で最後のもて期だったと思う。
けれど悲しいかな、私はそのせいで、男性嫌いになってしまった。
難しい時期だったのだろう。
環境変化についていくだけでもやっとの頃に、
周りの女の子からしょっちゅうからかわれた。
異性を意識してしまうような思春期の入り口に、
ひねくれた愛情表現ばかりを繰り返された。
嫌われているのだと本気で勘違いしてしまうほど、
特定の男の子に意地悪を言われ続けたし、
それを見ていた他の女の子には噂をされた。
「転校生のくせに」
今思えば笑ってしまうほどみんな子どもじみている。
けれど、その頃は私も周りと同じく、子どもだった。
自分がおかしいのではないかと、悲しくなった。


そんなとき、Nちゃん。
「お前に男が寄ってくるのは、おとなしくてばかだからだ」
「男というのは、何でも言うことを聞きそうな奴を好きなんだ」
「お前は勉強はできても、ばかだ」
逃げたくても、逃げられなかった。
小学校高学年。
運動ができる子がヒーローとなる時代。
Nちゃんと私は家が上下だった。
家にいると、ドッジボールの特訓だと呼び出される。
ちょっとHな漫画を見せられて、
「お前にはどうせ分からないだろう」と言う。


中学校に上がっても、やはり同じだった。
クラスまで一緒になった。
彼女は、担任の先生を好きになったと騒ぎ始めた。
私が先生と話をしていると、後で怒られた。
「先生っていうのは、どうせお前みたいに
おとなしくて勉強できる奴を贔屓するんだろう。
でも、私が先に好きになった人に近づくな」
先生とは、ただ普通の会話をしただけだったし、
恋愛感情なんてこれっぽっちも抱いていなかった。


肌が白かったので、時々「白豚」と呼ばれた。
ただでさえ太いのに白いからどうしようもない、と。
大人になってから当時の写真を見たら、
太くもなんともなくて、むしろ細いくらいだった。
世界が狭い頃、というのは怖い。
言われた言葉をそのまま真実だと思ってしまう。
日焼けしたい、と、いっぱい日差しを浴びた。
黒くなりにい体質だったので、真っ赤に腫れた。
やけどをしたような顔で笑っている写真が、悲しい。


今思うと、彼女がかけた暗示だったんだろう。
「みんながお前を見ている。全部見ている。
自分の行動や表情を、常に気にかけていろ」
何の目的だったのかは、分からない。
ただ少なくとも、現在に至るまで影響は消えていない。
薄れさせるだけで精一杯だった。
彼女に繰り返し言われた言葉のせいで、
思春期の間ずっと他人の目ばかりを気にしてしまった。
授業中に「はい!」と元気に手を挙げていた転校前の自分は、
彼女に暗示をかけられてから17年経った今も、帰ってこない。
夫は私が色々と気にしすぎているのを見て、
「自意識過剰じゃない?」
と、あっけらかんと笑う。
「そう簡単なものじゃないの。
気にしたくないのに、自由に話をしたいのに、
他人の目が怖いの」
そう嘆くと、
「じゃあ何回でも言ってあげるから。
気にするな、気にしなくて大丈夫だから」
穏やかな顔をして繰り返してくれる。
それなのに、今も消えない。
彼女の顔さえ曖昧なのに、彼女が言った言葉は今も染み付いている。


いじめられたのか、と問われれば、いいえと答える。
殴られたり、物を盗まれたりしたわけではない。
集団で嫌がらせをされたわけでもない。
ただ、一番そばにいた人が、繰り返し繰り返し、
私から自信を奪って、自分は変だと思い込ませた。
何のために?
今思うと、彼女のコンプレックスのはけ口だったんだろうか。
「違う」ということを、認め合えればよかったのに。
「違う」ということを、自分の場所を確認するために使った。
私が強くなって、彼女を否定しないように。
私はだめだと、何度も繰り返し植えつけた。
彼女の作戦は、きっと成功。
だけど、私は今、彼女は悲しい人だと思う。
幼くて、弱くて、しかもその弱さに気がつかない人。


中学校の途中でまた転校をした。
またも排他的な地域で、結局私は高校に入るまで
友達と呼べるような人には出会えなかった。
でも、Nちゃんと別れられた。
それは、嬉しいことだった。
当時は「嬉しい」という自覚などなかったけれど。
なぜなら、あの頃の私は彼女と友達だと認識していた。
彼女の言葉が間違っているのではないか、
そう思えたのは、成人してからだったから。
もし友達だと思っていなかったなら、
こんなにも影響は受けなかっただろう。
親しい友達だと思っているのに否定され続けたから、
私の思考回路まで乗っ取ってしまったのだと思う。
まったくもって、私も彼女のことを言えないくらい、
幼い。


転校後、彼女からはしょっちゅう手紙が来た。
彼氏ができたとか、別れたとか、また新しい彼氏がとか。
大概恋愛のことだった。
「今回は本当に運命の愛」と熱く語り、
数ヶ月後の手紙のときには相手の写真が変わっていた。


「お前がいなくなって、寂しい」
そう綴られていて、友達がたくさんだといつも豪語し、
実際周りにたくさんの取り巻きがいた彼女なのに、
一体何を言っているんだろうと思った。
私が送る回数より、彼女からの手紙の回数の方が多かった。
「みんな、うわべだけの友達だから。
本音で話しても否定しないのはお前くらいだから。
何を言っても聞いてくれたのはお前だけで、
私を丸ごと受け入れてくれたのもお前だけで、
いなくなって初めて、親友はたった一人だと気がついた。
だから、これからも話を聞いてほしい」
そう綴られていたのは、私にもようやく
心を許せる友達ができた頃だった。
そばにいた頃の自分だったらきっと喜んだであろう言葉が、
その頃の自分にとっては、ただひたすらに軽く思えた。
妙に、冷めた目をしていたような気がする。


段々と、手紙での呼び方が「お前」から「さと」に変わった。
私が何度引っ越しをしても、律儀に年賀状が来た。
数年前、「結婚しました」という内容だった。
「いつまで続くんだろう」
そんな本音、書けなかった。
「おめでとう。お幸せに」
簡単なメッセージだけ書いて、返信した。
がっかりしたのか、それから数年、連絡がなかった。
電話やメールが欲しかったんだろうか。


去年の正月。
「子どもが生まれました」
幸せそうな写真と、子どもの名前、誕生日。
誕生日が、私の誕生日と同じ日だった。
まさかと思った。
彼女は、人の関心を引くためなら、平気で嘘をつく。
だからきっと、今回もそれに違いないと思った。


真実だったのかもしれない。
たまたま偶然私の誕生日と一緒だったのかもしれない。
でも、もう十分だと思った。
人間関係をメリットデメリットではかるようなことは
したくないけれど、私は、
彼女との連絡をたとえ細々とでも、
たとえ彼女から連絡があったときのみの返信でも、
続けることは、
心が痛くなるばかりだと思った。
どういう意図なのか、考えるだけでちくちくする。
私にとって、関係を続けるメリットはないと判断した。
返事を、書かなかった。
自分に結婚の決まった相手がいることも、
引っ越しをすることも、伝えなかった。
もう疲れた、と思ってしまった。


彼女は私に何を求めていたのだろう。
そして私は彼女に何を求めていたのだろう。
もやもやと続く、思春期の残り香のような人。
でも、今もはっきりと、私に影響を与える人。


「お前、誰の曲が好きなの?」
当時、彼女は尋ねた。
音楽をあまり聴いたことのなかった私は、
とりあえず知っている人の名前を挙げた。
特にない、と、言う勇気さえなかった。
「ふーん…お前らしいね」
「私らしい?」
「うん、いかにも優等生が好きそうな感じ。
好きな曲を聞けば、大体人間性分かるよね。
つまらないの」


それ以来、私は、自分の好きな歌手を人前で言わない。
言わない?
…本当は、怖くて言えなかった。
そして好きなものを好きという勇気も。
適当にはぐらかす私には、
「同じ趣味の友達」というものがいない。
全く、いない。
感情を表出して、叩かれるのが怖い。
残念ながら、過去形ではない。


17年も前のこと。
ずっと言えなかったたくさんのこと。
「大丈夫、言ってごらん」
穏やかに笑う伴侶を得た私は、幸せだと思う。
少しずつ、話せるようになれたらいいな。


すきなひと。
すきなもの。
すきなばしょ。
すきなうた。




記入:2010年6月16日(木)
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