Spilt Pieces
2002年09月30日(月)  だらだら
最近友達が誕生日ラッシュ。
プレゼント代が馬鹿にならない。
仲のいい友達ばかりだと、お祝いしたい気持ちと共に、もう少しばらけてくれたらいいのに、なんて思ってしまう。
9月26日から四人連続って、さすがにきついぞ。


何となく、だらだらと過ごしている。
これじゃ駄目だと、いつも思うんだけどな。
…思ってるだけだからいけないんだろうけど。


月曜日は、見知ってはいるけど話したことのないクラスの人に声をかけられて、あまりに話すことに困ったのでかなり嫌な態度をとってしまった。
友達に聞いたら、「何であんなにメジャーな人と話したことがないの?」とのこと。
そんでもってものすごくいい人らしい。
いや、でももうひどい態度とっちゃった後だしどうしようもないな、それを聞いても。
何だか気が重い。


年齢を、誰も話題にしなくなればいいのになと、今日ふと思った。
普段自分も聞くし聞かれて嫌じゃないんだけど。
でも、ものすごく邪魔だなと近頃よく思う。
年が一つ上だということの何が偉いのだろう。
誰も偉いだなんて思ってはいないだろうけど、じゃあ白々しい敬語なんていらないと思う。
敬語を使うと、距離が縮まらないようで嫌。
年が一つ上だと分かった途端に、敬語で話し掛けてくるのはやめてくれってよく思う。
だからサークルとかで後輩が入ってくるとしばらく年齢黙っていようとしたりする。
…いつも失敗するけど。


だらだらしているからって、文章までだらだらしてきた。
もうこれ以上書いても意味がなさそうなので終了。


今日はバイトラストのはずだったのに、何故か明日まで延長になった。
キリが悪くて嫌な感じ。
2002年09月25日(水)  飢餓
私は知らない。
飢えるということ。
食べられないということ。


凍っていて、しかも腐ったじゃがいもを辛うじて食べて生きている?
そんなこと、現実的に分かるはずもない。
日本なら、いくら飢えても盗めば食べられる。
捕まっても、刑務所の中で食べられる。
盗む場所さえない、捕まる=死と直結するような環境を、想像できようはずもない。
なのに、そういう状況を知ると涙を流す。
その度、自分は偽善者なのだと痛感する。
「だって、私に何ができるか分からないんだもの」
刻一刻と人が餓死しているような場所が同じ地球上にあるという現実に対して、そんな言葉、言い訳にすらならないこと、分かっているはずなのに。


何も知らない。
知らないということの恐ろしさ。
誰かが情報操作なんて行わなくても、関心がなければ同じこと。
哲学を批判するわけではないけれど、痛々しい本を読みながら受けた哲学の講義は、何だかすごく表面的にしか感じられなかった。
思想だとか、人としての在り方だとか、そういうことを考える余裕どころではない人達が、世の中には多くいるのに、と。


どうして私は、今こうしてゆっくりと考えることのできる時間が与えられているのだろう。
悩む時間も、苦しむ時間も、全てがゆとりのような気さえしてしまう。
どうして同じ地球上に、何かを考える時間どころか、大人になるまでほどの時間も得られない人がいるのだろう。
私とその人達と、一体何が違うから、こんなにも違う人生になっているのだろう。
ただの偶然なはずなのに、ただ生まれた国、育った環境が違うという、それだけの理由で、だから決して今の生活が当たり前だなんて思ってはいけないのに。
昨日私は、バイト先でお客さんの残したおかずを、食べられるのに、捨てた。
これが日本の姿か。


今、北朝鮮のことが騒がれている。
そして日本人の持つイメージは、いいものだとはいえない。
これまでに続いた拉致、不審船、ミサイルなどの負の要因によって、北朝鮮に対して、一朝一夕では拭いきれないような不信感を持っている人が多い。
観光の人々が、ワールドカップで日本が負けて喜んだというが、負の感情というものほど消すのが難しいものはないのだろう。
だが、そういった感情を巧みに利用されてしまったらどうなってしまうだろうか。
それによって、考えるべき問題をその重要度の割に小さく捉えてしまったなら?
この前、新聞の一面に踊り出るべきだったはずの原発でのヒビが、日朝会談の陰で小さな記事となっていたかのように。


野田正彰著の、「国家に病む人びと」という本を、たまたま古本屋で見つけて購入した。
私は、それを読んで衝撃を受けた。
私の北朝鮮に対する認識は、やはり近くて遠いものだったなと改めて気がついた。
それまでどれほど関心がなかったものかと自分が嫌に思えた。
「ミサイルを撃ってくるかもしれないという不安が、飢餓についての情報を否認される」と筆者は書いていた。
300万人の餓死者という恐るべき数字も、軍事大国としてのイメージの前に忘れられてしまうと、警鐘を鳴らしている。
そう、私もそうだった。
そして今度の拉致問題で、ますますその傾向は強まってしまった。
そんなときに本を読んだ。
事実と、知らない自分に衝撃を受けた。


知らないことの、恐ろしさ。
今も現実は続いているという、恐ろしさ。
2002年09月24日(火)  価値観
例えば私は、突如とんでもないことをするような人に憧れる。
一人で泊まるところも決めずに海外を二ヶ月も放浪するような女の子。
いきなりサークルを立ち上げたと思ったら関東大会で優勝してしまったと言って笑うような子。
英語も話せないのに、海外でボランティアに行ってくると言って出かけてしまう子。
世間一般からみたら、そういう子達は常識に欠けている部分が確かにあるのだと思う。
だが私にとっては、自分が求めてもなかなか得られない行動力と勇気を兼ね備えた人達であって、だから尊敬してしまうこともしばしばだ。


しかし私は彼女たちのようにはなれない。
自分には、どうしても外すことのできないような鎖がある。
親を泣かせたくない、と言ったら言い訳だろうか。
守るもの・生活があるというのは、足枷のようにも感じられてしまう。
それを現実的に考えすぎてしまっている時点で、私の一部分は若くないのかもしれない。
だけど、人まねをして無理をして、誰かを悲しませることは私にとって喜びでも何でもない。
世界を広く持っていたいと思う。
彼女たちのようには行動できない以上、私は私のやり方で世界を広げる方法を探さなくてはならない。
羨望だけが募っても、何の解決にもならない。
価値観が違うとはこういうことを言うのかもしれない。


心をおおらかに持っていたいと思う。
周りの価値観を認めることができなければ、それに左右されていつか自分の考えすらも分からなくなってしまう。
相手を認めて、そこから「では自分はどうあるべきか」と考えられないようでは、いつまでたっても先へは進めない。
上を見ればきりがない。


例えば、結婚。
最近結婚しない人が増えているというが、それを真似ることもない。
自分の選択として結婚しないという結果になるのならばそれはそれでいいと思うけれど。
社会的な女としてのステータスが、仕事を続けることだとも思わない。
私は、自分が結婚して仕事を続けなくても、続けられない状況にあっても、自分が外へと向かう気持ちがあって行動へと移しているのならば、「駄目な人ね」だなんて決して言わせたくない。
人それぞれの在り方があっていいのだと思う。
他人を見て、他人のようでありたいといくら願ったところで、極端な話その人でない限りは同じになどなりえない。
だったら自分の生き方とか考え方を持つしかない。
それを見つける過程で、多くの人の価値観と触れ合って、影響を受けて、お互いに高め合っていくことができるならば、なんと素晴らしい人間関係だろうか。


私はいつも、枠を飛び出て生きていきたいと思う。
だが、自分の求めるもののために何かを放り出して中途半端に・無責任に生きてしまったなら、これから先もそのようにしか生きられない気がする。
だから、中途半端ではありたくない。
何かをやめる前には、きちんと自分の責任とか、立場を見据えられる人間でありたい。
人はそれを頭が固いと言うかもしれないけれど、他の人にはその人なりの価値観があるのと同様に、私には私の価値観がある。
非の打ち所のない人間など、ありえないと私は思っている。
2002年09月23日(月)  学歴社会
学歴社会はよくないと言う人たちは多くいるが、そんな人に限って学歴が高かったりする。
下の世代には学歴社会をストップしろと言いながら、自分の学歴に誇りを持っていたりする。
本当に興味がない人は、そもそもあまり学歴の話などしない。
どうでもいいからだ。
たまに触れても、社交辞令としての褒め言葉を言う程度だろう。


私は、今日一緒に遊んだ人を尊敬している。
彼女は、学歴など気にしていない人だ。
私より一つ上というだけの違いしかないのに、浴衣を縫えて着付けもでき、ケーキ類を作るのも得意で髪を切ることもできる。
向上心旺盛で、今はイタリア語の検定を受けるのに勉強している。
いつか自分の経営する飲食店を開きたい、イタリアに勉強しに行きたい、とのことだ。


人付き合いもうまい。
人を見る目もあって、様々な状況に対応するのが得意だ。
今日一緒にいて、その行動力と世渡りのうまさに驚いた。
その人はかわいいので、ゲームセンターへ行ったらほんの数十分の間に二回もナンパされた。
そういう経験がなくておどおどしていた私を守るかのように、しっかりとした口調でうまくかわしてくれた。
「大丈夫だよ、私にまかせておいて」
とても優しく、機転もきく。
頭もいい。


「私は馬鹿高校出身なんだよね」
そう言って笑った。
だけど高校は楽しかったと。
「本当は勉強嫌いでやらなかっただけでしょう?」
うん、まあそうだねぇ、と言って笑った。
馬鹿どころかすごく頭がいいし、考え方もしっかりしていると、話していて伝わってくる。


学歴社会って、ひょっとしたら学歴を持っている人たちの妄想の上に成り立っているのかもしれないな、とさえ思う。
だって、そんなのを気にする人って、学歴を持っている人の方が多いから。
馬鹿だよね、そういうものにしがみつかなければいられないのって。
他にアピールする部分はないのだろうか。
別に、それ以外にも言える部分がたくさんあれば、そんなの気にしたり考えたりする余地などないはずなのに。
今日一緒にいた人は、自分に誇れる部分がたくさんある。
だから、すごく輝いているし魅力的。


私もそういう人になろう。
人を責めるのは簡単だけど、私も、学歴以外に言えるもののない人間のような気がする。
目指すものは、いつだって高くありたい。
そういう意味で、いつだって、私は欲求不満でありたいと思う。








今日は、ガイドブックで見た餃子のキーホルダーが欲しいと言って、二人で突然宇都宮に行った。
おいしい餃子を食べ、ショッピングをして、たくさんしゃべって今までよりたくさんお互いを知った。
そしてその人に対して、前よりさらに尊敬の念を深めた。
いい出会いに恵まれているという意味において、私はすごく幸せなのだと思う。
たくさんの人と出会い、たくさんの価値観を知り、少しずつ、今より大人になっていこう。
これが誇れるものだと、いつか言えるものを手に入れるために。
2002年09月18日(水)  類は友を呼ぶ
類は友を呼ぶという言葉を実感することがしばしばある。
ただ、それは呼ぶというかあまりに合わない人とはそばにいないというだけなのだと思う。
合わない、とはどういうことだろう。


発想の転換をしてみた。
自分が嫌いだと思う人というのは、大抵自分が持っている嫌な部分を映す鏡だ。
認めたくないけど、どうしようもないと近頃思う。
好きだと思う人は、自分がこうありたいと願う人でもある。
だけどそういう人は、多分あまりそばにはいない。
目を細めて見てしまうような人は、いつだって遠い世界にいる。


全てが偶然だとは思わない。
たまたま輝いている人がそばにいないのではない。
どうしてか、輝いている人はその人たち同士で仲がよかったりするから。
ふと省みてみる。
自分は、例えば彼らに何かを与えることができるのか。
関係とは、一方が与えるばかりでは成立しない。
するはずもない。
私も、自分に依存されるだけの関係など望まない。
自分を高めてくれるような人を求める。
きっとそれは普通のこと。


だから思う。
輝く人を求めたければ、自分が輝く努力をしなくてはならないのだと。
嫌な友達が多いのは、そういう人としか付き合えない自分にも責任がある。
誰かを責める前に、自分のことを考えてみなくてはならない。


しかし私は、立派な人間になりたいとは思わない。
汚さも醜さもある、その分他の人のことを考えられる、そんな人間らしい懐の大きな人間になりたいと思う。
そのとき目指す目標は、「いい友達がいる」ということなのだと思う。
偶然じゃない。
自分の内面から出ているものが、どこかで誰かと共鳴していると言ったらさすがに感覚的すぎるだろうか。
だが、そう思う。


自分の友達がどんな人なのか、考えてみれば自分がどんな人間なのか少し分かるように思う。
こんなこと書いていても、別に友達のこと嫌いなわけじゃない。
というか好きだと思う。
ただ、向上心はずっと持っていていいのだと思う。
私は、友達と高め合っていける関係でありたい。
そういう理由で、いい奴目指してみたっていいんじゃないかな。
ふと、そう思った。


そしていい友達がいるのなら、そんなに自分を卑下したりしないで、もっと胸を張っていいんだと思う。
最近ずっと続いている無気力状態から脱して、前を向いていきたいと切に願う。
だから、自分にそんなことを言いたくもなるのかもしれない。
2002年09月17日(火)  日朝
日朝国交正常化交渉が再開された。
拉致された人の多くが亡くなったという。
小泉首相は金総書記を責めた。
金総書記は事実を認め、謝罪した。
20年以上待ち続けた祈りのような吉報は、ついに拉致家族に届かなかった。
淡々と、「あなたのところは生存、死亡」と伝えられた家族たち。
生存と聞かされた人々も、素直には喜べないだろう。


拉致された人は、どんな未来を思い描いていたことか。
歴史の渦に飲み込まれ、その夢も断たれ、家族とも引き離された。
政府が認定していない、拉致された人というのもいるだろう。
実際、本当に亡くなった人は何人になるのか。
やりきれない。
やり場のない怒りしかない。


どんなに時が流れても、家族の痛みと怒りは消えないだろう。
日朝国交正常化が果たされても、きっと変わらない。
そこで思うこと。


かつて日本が植民地として支配した国々が、今も日本によい感情を持っていないとしても、それは当然だろうということ。
人間が持つ感情として当然のこと。
私だったら、許せないと思うから。
そう単純に「私だったら」だなんて、仮定していいような単純な問題ではないと思うけれど。


この痛みを、拉致家族だけではなく、日本人皆が覚えていなくてはならない。
自分たちの痛みと、自分たちが与えた痛みが、あちこちに残っていることを、覚えていなくてはならない。
例えば50年後、北朝鮮の子どもたちが今回のことについて「何も知らない」と答えたらどうだろう。
「先祖がやったことです、知りません」と。
そんな言い訳は、通用しない。
それなのに日本人は、そういうことを平気でやっているような気がする。
今、何もできない私は、せめて覚えていようと思う。
悲しい歴史が、もう繰り返されないように。
2002年09月14日(土)  ドア
「ドアを閉めよう
怖いおばけはもういない
きっとここは
君だけの天国」


「ドアの外には
君を泣かせるものがたくさん
ドアを閉めよう
涙で瞳が
腫れる前に」


「ドアを閉めよう
全てを締め切って
ここでずっと
笑っていよう
大丈夫
ここは誰にも
侵されないから」


私は
それでもドアを開けていたい
ドアを閉ざしていられれば
きっと涙は出てこない
怖いおばけも出てこない


だけど
ドアを閉ざしてしまったら
喜びだって入ってこない
きっと笑顔も絶えるだろう


ドアを開けていよう
悲しいことは
多いけれど
2002年09月11日(水)  なにもない
本を読んだ。
とはいっても目次を読んだだけ。
大学の書籍部で興味をもてそうな本を見つけたのでぱらぱらとめくっていた。
私には高すぎる値段がついていたので、とりあえず今日は我慢したけれど。


私は多くの機会を与えられて、時間も与えられて、何一つ活用できていないのだなと思った。
知らないことが、多すぎる。
自分の周りにある狭い世界の中でしか物事を考えられていないのだろう。
そもそも、機会を与えられていると表現している時点で駄目なのだと思う。
私は、機会を自ら望んで手を伸ばすだけのバイタリティーがない。
それが問題だ。


多くのものがありすぎて、そうするとどうしてか人は自ら世界を小さくしてしまう傾向にある気がする。
例えば縛り付けられている人は自由を求める。
元々それを持っている人は、あえて闘争しようとはしない。
だから自由に対する認識に差が出る。
だがそれを当然として受け止めていいのだろうか。


今日本という国で、世界の様々な状況に本当に興味を持っている人というのは一体どれほどいることだろう。
現実を、知らないどころか知ろうともしていない人が多いことが悲しい。
そして自分もその一人だろう?


知らない世界が多いのは当然のこと。
問題なのは、知る努力をできる環境にいる人間に限ってそれをしないという事実。
もぎ取る状況になければ人は動こうとしないのか。
だとしたら、なんという天邪鬼ばかりで構成された世の中だろう。


なにもない世界で、一番に求めるものは一体何だろう。
私の中に、答えなどなにもない。
なんと困ったことだ、悲しいことだ。
2002年09月10日(火)  妥協点
不思議なもので、言い訳というのは探せば限りなく出てくる。
だけど、言い訳を言わないでいられる強さっていうのは、どこを探しても出てこない。
自分の中に持つしかないものだ。
だから、言い訳を言わない人を尊敬する。
自分にないものを持っている人というのは、どうしてかとても輝いて見える。


やせ我慢をする人を尊敬してはいない。
言い訳を必要としないだけの強さを持っていながら、それでもたまには本音がこぼれる人に憧れる。
求めているのは、人間らしさ。
嘘で固めた人は、いくら強くても惹かれない。
そもそも、嘘で固めないと強くいられないだなんて、元々それは強さじゃない。


自分より上の人がいるということ。
焦り、妬み、劣等感、そして尊敬、憧憬、幸福。
入り混じった複雑な感情が私を支配する。
たとえ何を手に入れても足りない。
私が私である限り。
そしてそれは、私が例えば他の誰かだったとしても同じこと。
誰も完璧になんてなれない。
どこまで向上心を持てばいいのか、どこから先は肩を落とすしかないのか。
別に、自分に妥協を促したいわけじゃない。
自分の目指すものにおいて妥協しなければいいだけのこと。
ただ、全てに完璧主義でいようだなんて、ハナから無謀だって思うだけ。
バランスのとり方が難しい。


弱音を吐かない自分でいたい。
でも、吐いて笑っていられるなら、吐くことで何かを考え先に進めるなら、自分にくらい言ったっていいんだと思う。
そこは私の妥協点。
かつて人の前でも出してしまっていた私を見ていて、耐えろと責める人もいた。
でも、誤魔化した劣等感などいつか蒸気が鍋の蓋を持ち上げるかのように出てくるだろう。
私は私でいい。
そんな簡単なことを、しばしば忘れてしまうけれど。


人のために生きているわけじゃない。
だからといって、自分のことだけを考えて生きていきたいわけでもない。
大切な人を大切にしたいと思う普通の感情があって。
それは、他人の目が気になるから?
否。
ただ、好きな人の笑顔を見るのが好きっていうだけの理由。
我儘かもしれないけれど、これが本音だからどうしようもない。


ピアスホールを開けたいと思っていた。
だけど流されていることに気がついた。
周りが考える私のイメージを崩すための手段として求めていただけだと。
だからやめた。
「私の本心は?」
些細なことだけど、何度も考えた。
そうしたら、特にこだわっていないと私が答えた。
やめたのは、ただそれだけの理由。
だから、いつかもし心から望んで開けたいとなったなら、私はきっと何の躊躇もせずに開けるだろう。


自分の本心との会話っていうのは、思った以上に難しい。
時間がかかる、精神力も使う。
でもゆっくりでいいのかもしれない。
私が私と一緒にいられる時間は、他の誰よりも長いのだから。
2002年09月07日(土)  インターネット
インターネットは、我儘な私にとって非常に好都合なツール。
そして、だから怖い。


世にいうインターネット犯罪が怖いとは思う。
だけど今日書きたいのはそういうことじゃない。


寂しくなるとパソコンの電源を入れる。
そこでは見知らぬ人と会話ができて、その場限りで終わらせることができる。
例えば掲示板に友達が欲しいと書くとする。
友達ができる。
毎日たくさんの話をする。
でも面倒になってしまえば送らなければいいだけのこと。
そんな我儘がまかり通っている。


現実世界をより豊かにするための手段となりうる。
しかし一方で、現実世界からの逃避手段として用いることもできる。
本当は逃避などできていないのに。
現実に生きる人たちが、もう一つの社会を構築しているだけのことにすぎない。
相手は全て、この場にはいなくても現実を生きる人間だというのに。
そのことをしばしば忘れてしまう。


例えばネット上ではない世界で、誰かに罵声を浴びせたとする。
周りにいる人たちはその人を責めるだろう。
だけどネット上でいくら誰を責めようと、現実における「犯罪」として成立する場合は少なく(荒らしに対して警察沙汰にまでしようという人も少ないだろうし)、たとえその場にいた「周りにいる人たち」が責めようと、居心地が悪くなったら極端な話パソコンの電源を入れなければいいことなのだろう。


HNを用いることで、メールアドレスを変えることで。
どうとだって虚構の世界の中にその身を隠すことができるだろう。
また、同じような考え方をした人たちと、安穏とした落ち着きある空間を構築することだってできるだろう。


私は、できることならそれを現実世界にフィードバックさせたい。
だけどその勇気がない。
ただ、自分と違う意見の人を知ったり、その意見を聞くことをネットにおける目的の一つと据えられるような精神状態でいたいとは思う。
何となく、考えたこと。




ところで、6日に宇多田ヒカルが入籍したのだということを知った。
とても驚いた。
そしてうまくいってほしいと思う。
本人もホームページに書いていたことだが、この若さの結婚に珍しく、いわゆる「できちゃった結婚」ではない。
同じ年代の同性としても、大きな決断をした彼女のこれからの人生が、より豊かなものとなることを願う。




そういえば、昨日初めてBBSなるものを設置してみた。
早く自分用のホームページを開きたいと思うものの、時間とお金とやる気がない…。
2002年09月06日(金)  レポート執筆中
どうしてもやる気にならなくて放っておいた課題の〆切が明日(というか今日)に迫ったので、ようやく重い腰を上げた。
課題名は「総合的な学習の時間の学習指導案作成」。
つい最近導入されたばかりのこの時間。
何とも言えずに難しく、遅々として進まない。




今日は午後から大学だった。
まだ残暑の残る今の時期にフルで講義を行う先生は少なく、普段よりも早く切り上げられる場合が多い。
まだ頭が新学期モードになっていない学生としても、なかなかありがたいことだ。
お互い徐々に調子を上げていこうというような感じで利害が一致している。


放課後、マスコミ勉強会に出かけた。
自分の文章について他人の意見をもらうことというのは普段あまりないことなので、意見を聞くことができるのは怖くもあったが何より貴重であった。
今回のテーマは「偽装」で、私は原稿にどれほど主観を投じていいものか分からなかったのもあって、極力「私」という言葉を用いないようにしていたのだが、それが逆に「客観的すぎる」との指摘を受けることとなった。
いやはや難しいものだ。


話が前後するが、今日の講義において、カウンセラーに対してあまり肯定的ではない先生の言っていたことが印象的だった。
国公立中学校へのカウンセラーの常駐化に触れてのことだったが、政府はカウンセラーの導入にばかり焦点を置いて、本当に問題である部分を誤魔化そうとしている、と主張していた。
そもそも心を病む人が多いという状態を生み出している社会そのものを問い直さなくてはならないはずなのに、カウンセラーへ罹ることを勧めることによってそのことへの問題意識そのものを薄れさせているとのことだった。
すなわち、心を病んだらカウンセラーの元に行けばいいというような発想を植え付けることによって、社会に対して疑問を持つ人間が少なくなるのではないか、と危惧してのことであった。


私はカウンセラーについてそこまで極端に考えたことはないが、なるほど確かに、心を病む人が多いという現状を生み出している社会そのものに対して警鐘を鳴らす人というのはそこまで多くないようにも思う。
…ただ単に私が知らないだけなのかもしれないが。




一日に思うことは、一日分の日記では書ききれないとしばしば思う。
一貫したことを書ける日というのは、多くのことを忘れてしまった日であるとさえ思う。




どうでもいいけど、レポートの息抜きに書き始めたはずなのに、その調子で書いてしまって文章が妙に固いような気がする。
日記は進むのにレポートは進まない。
朝までに終わるだろうか。
体力的に徹夜が厳しくなってきた今日この頃。
2002年09月05日(木)  ヒトリヨガリ
明らかに人を傷つける人は誰かに責められる。
そして責めても誰もがそれを正当だとみなす。
なぜなら最初に傷つけた人が悪いから。
簡単なこと。


人に優しい人が、優しくあることで責められることはあまりない。
そして大抵は責めた人がそのことを詰られるだろう。
「あんないい人に何を言っている」
「お前のことを思ってくれているのに」


私がタチ悪いと思うのは後者。
前者はただ不器用なのかもしれない。
器用な分だけ、後者に嫌気がさす。
どうしてか、毒として存在していない毒には、本人すら気がついていなかったりする。


優しさを非難できる人はなかなかいない。
だから、押し付けられてもそれはどうしようもないものとして受け止める。
本当は、押し付けによってその場に自分の世界を構築しているのかもしれないのに、それを誰も咎めようとはしない。
色んな人が犠牲になって、それでも誰も違和感を覚えながら文句を言えない。
本人は、その違和感を覚えられていることを感じると、「私はこんなに一生懸命なのにどうしてみんなは」と言って泣き始める。
だから周りは慰めるしかなくなる。


人に優しくして「あげる」ことで、優越感を感じているのか。
文句一つ言わないことで、自分は偉いのだと陶酔しているのか。
ごめん、フィーリングで分かるよそれくらい。
本当に優しい人は、そのことによって見返りを求めたりしない。
本当に優しい人は、全てを自分のせいにしたりはしない。
強がりなのか、本気なのか、見ていれば分かるから。


昔は、そういう感覚的に人を評価すること、口に出してしまったりしていた。
でも、奥底に隠れてしまった・隠してしまった感情まで感じ取っていない人には、私はいつも怒られてしまうから。
「あんなにいい人に向かって、なんてひどいことを言うの」
知らないの?
誰かに何かをしてあげることで、「私を責めて」の精神で、優越感感じているだけなのに。
…損だから、いつの間にか何も言わなくなった。
でも、だからってそういう気持ちが消えるわけじゃない。
嫌いで仕方がない、明らかに嫌な人よりずっと嫌。
ひとりよがりな優しさは、責めることさえできずにうっとおしいだけ。
「優しさ」の意味が難しい。




今日友達と話していたら、彼女は「人生終わったようなもんだ」と、笑って話し始めた。
生きるとか死ぬとか、難しすぎて考えてはやめている私としては、軽々しく言うことではないよな、と強く思った。
でも彼女が将来のことに悩んでいるのは事実だから、それをいちいち厳しく言うつもりなど全くない。
だからこう言った。
「なら、今からは駄目で元々の延長戦ってことじゃない?儲けにすぎない時間なんだから失敗しても怖くない、一回終わってるんだし」
彼女は笑った。
「ああ、そう考えれば確かに何でもできるかも。それにしても変なこと言うねえ」
まあ、変かもしれないな。
死んだつもりで、なんて、仰々しいこと言うの嫌だっただけなんだけど。




眠いのでもう寝ます。
2002年09月03日(火)  単なる日記
扇風機のせいでよくおなかを壊す。
腹痛に苦しみながら、毎回「まだ暑い方がマシだ!」と思う。
それでも風の誘惑に負けてしまう。
そしてトイレから出てくればもう何事もなかったかのような顔をしている。
あまりに出てこないと母が心配そうに見ている場合があるけれど、声をかけるのは稀。
たまにトイレに置いてあるブラックジャックを読みふけっているだけのこともあるので、判別できないらしい。
心配ばかりかけて、駄目な娘…。


昨日(2日)は、研究室で予備実験をしていた。
どういうわけか、研究棟全館冷房完備のくせにその部屋だけエアコン故障中。
すぐにおなかを壊す私にはちょうどよかったのかもしれないけれど、実験の間窓も開けずに暗幕だらけのあの個室(のようなもの)にこもると、そこはまるで無料サウナ施設。
ハンカチで汗を拭いながら、ひたすらパソコンの画面を見ながらキー押し操作。
(これで痩せたら儲けもの)なんて密かに思っていたり。


エクセルでデータ処理。
初めて使い方を学んだ気さえした。
心理学科のくせに…。
でも、統計嫌い。


作ったグラフを持って、エアコンの効いている教授の部屋へ。
涼しいなあと思いつつ、予想通りにならない(むしろ予想と正反対)のグラフを見ている教授のため息を聞く。
私のほうこそため息をつきたいです、先生…。


今日は講義が終わったら高校時代の友達に会いに行く。
私だけ大学が始まってしまっているので、合わせてもらった。
久しぶりだけど、みんな元気かな。
はてさてどこに行こう。


「駅前のマックの前に集合ね」
高校の頃はいつもそうだったのに、いつの間にかそれが一年に何度かの特別な行事になってしまった。
何だか少しせつない。


私は特に機会がなければ、そんなに旧友に会ったりする方じゃない。
誰とも一定以上の距離を縮めようとしなかった私が悪いのかもしれないけど。
本当はもっとしょっちゅう会えたのかもな、なんてふと思いつつ。
過去を振り返っても仕方ないけど。
今は平気、前なんかよりもっとみんなを信じられる。
あくまでも比較なんだけど、でも、確かに「変わったね」とは言われる。
大学で出会ったあの子のおかげなんだろうなあ。


…何かを感じたりむかついたりしても笑っていられるようになった分、黒くなったともいうかもしれないけど。
その場で感情の放出を行わなくても割と平気になったというか。
その分日記には色々書いてしまうけど。


最近よく「鈍感そう」って言われる。
確かにある意味そうかもしれないけど、周りが思っているほどじゃない。
面倒だから、気づかないふりしてるだけなんだと思う。
嫌な奴だな、我ながら。
でもこの方が生きやすいのも事実。


脱線しまくりで一貫性ないな。
ごちゃごちゃ考えていても疲れそうなので、明日は普通に楽しんでこよう。
それが目標。
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