2010年08月31日(火)  8年振り1度目。
 
妻と御ハナと手を繋いで上野のアメ横を歩いていたら、上京したての頃に付き合っていた彼女に似た女性が向こう側から彼氏らしき男性と歩いてきて、上京したての頃に付き合っていた彼女に似てるなあと思いながら上京したての頃に付き合ってた彼女に似てる女性と擦れ違い様に確認したところ上京したての頃に付き合ってた彼女であった。
 
2010年08月30日(月)  苦節二十年。
 
高速のパーキングエリアのトイレの貼り紙に、パーキングエリアでの忘れ物トップ3が書いてあり、1位から財布・免許証・携帯の順であったがそれはおかしい。なぜならば免許証を単品で持ち歩く者がそういるとは思えず、7割くらいは財布に入れていて2割がパスケースに入れていて、のこり1割が単品で持ち歩いて、その単品で持ち歩く9割の人間がパーキングエリアに免許証を忘れるのであろう。
 
私は免許証も会員カードも財布の中での定位置が決まっていないため店先などで提出を求められた時はすぐに見つからないどころかヤベなくしちゃったかもと不安が確証になる寸前でようやく発見して肝を冷やすという生活をかれこれ二十年くらい送っている。
 
2010年08月29日(日)  Internal Server Error.

酒を飲みながら小説読むといくらでも読めるのにゲームをすると数分で眠くなるという不具合に関しては、小説イコール修練・研究と認識しているのに対し、ゲームイコール遊び、遊びイコール休日、休日イコール休み、休みイコールおやすみと、脳内の読み込みエラーが発生していたため、ゲームも遊びではなく修練であると認識するようアップデートを行ったところ、いくらゲームでレベルアップしたところで自身がひとつもレベルアップしていないと認識するという、「修練」を超えた「悟り」に達したため、急遽アップデート前のバージョンに戻すことになりました。よって現在のバージョンで飲酒しながらのゲームという極楽同時並行を行うと、仕事中も無双ボタンが使えたらいいのに、夜勤明けでベホマが使えたら昼間一日遊べるのになど、現実と虚構の区別がつかなくなる深刻なエラーが発生するおそれがあります。今後は根本的な人間性のメンテナンスが必要となるため、部下には大変ご迷惑をお掛けしますが10連休くらい欲しい。
 
2010年08月28日(土)  こういう夜も。
 
夏も終わりに花火でもしようと私の家族と職場の同僚と奥さん、2歳の子供と近所の公園で花火大会をして、その後同じマンションに住む職場のスタッフ夫婦と0歳の赤ん坊もお招きして総勢9名。私の家で食事会。奥様達は育児の話。職場仲間は仕事の話と思いきや育児の話。みんなママでみんなパパ。日常生活は専ら厭世的だけれど、こういう夜もアリだと思った。
 
2010年08月27日(金)  おおっ。ふむ。で?
 
結局先日妻の為に購入し妻が投げ出したipod touchで何をしているかというと概ねトイレでソリティアをやっているのであって、パソコンを購入したばかりの頃に何をしていいのかわからなくてとりあえずソリティアに没頭するという心理状態に似ており今後の有効利用が期待される。
 
職場でipod touchを持っている人に、日頃ipod touchで何をやっているか訊ねたところ、「ほら見て下さい」と見せられた画面にはパソコンのデスクトップの画面が映っており、これは一体どういうことですかと問うと、「これ、自宅のパソコン画面なんです。これで遠隔操作ができるんです。ほら」と、画面を指でなぞったらデスクトップのマウスカーソルが動いて「おおっ!」と感動して、ふむ、と頷いて、で、これ結局何の意味があるんですかと訊ねたところ、「いやー、遠隔操作なんて近未来的じゃないですかー」という答えが返ってきた瞬間、妻が無用の長物と一蹴した答えがなんとなくわかりかけてきた。
 
2010年08月26日(木)  残り物にはおいしいものがアル。
 
PSPのゲームアーカイブスでFF�修鮃愼�して目下プレイ中。FFはセフィロスが出てくるやつで終わってるので久し振りのFFなのだが、FFらしさ全開でボタン押すだけでストーリーがガンガン進む。あっという間にプレイ時間30時間に達したが、うち29時間はボタン押してるだけという感じがして忙しい社会人にはある意味優しい。主人公のキャラが濃いのでなかなか感情移入できなかったり仲間がコロコロ変わったり終始せわしない印象があるが、なんとか12月発売のモンスターハンターポータブル3の繋ぎになってくれればと思うけど、結局MHP2のフルフルが倒せずに投げ出した私にはボタン押して勝手にストーリーが進むゲームおよび人生がお似合いなのかもしれないね。
 
2010年08月25日(水)  砂漠の帝王。
 
「やっぱりここには海がない! 海が見たいんだ! 海はどこだ! うわーん!」
「ヨシミさん、今日もご乱心ですか」
「てぇへんだ! てぇへんだ!」
「一体どうしたんですか?」
「てぇへんだ! 底辺だ! 要するにてぇへんであって底辺なんだ俺は。何をやったって上手くいかねぇ。愛するものはただ失っていくばかりで。考えてもみろ。ヤキソバUFOってあれストレート麺にする必要あったか? ああ足が痛い。俺はもう故郷の砂浜は走れない。砂浜と錯覚して走り続けていた場所は砂漠だったとようやく気付いたんだ。東京砂漠で足を挫いて痛風になってしもうた」
「どっかで診察受けたんですか?」
「いや、患者さんがそう言ってた」
「先生は?」
「知らない」
「知らないって。ちゃんと検査して診断受けなきゃダメですよ」
「そうですよね。じゃあ検査して下さい」
 
と、看護婦さんに採血してもらって尿酸値を測ったところ正常値であったため、くるぶしの痛みは痛風によるものではなく、やはり東京砂漠で足を挫いたという観念の問題のような気がしてやまぬ。
 
2010年08月24日(火)  慢心創痍。
 
先週あたりから右足のくるぶしの部分が痛くて少し腫れている。湿布を貼ると腫脹は治まるのだが、数日するとまた腫れてきて痛い。捻挫したわけでもないのにこの痛みは何なのであろうかと、激痛が走るわけでもなく日常生活にも支障がないので気にしているような気にしていないような日々を送っていたところ、
 
男性の患者さんと検査データを見ながら話をしていて「尿酸値が高いですねー。もう痛風になってから経過長いんですか?」と訊ねると、
 
「もう何年も前なんだけどね、痛風っていうのは足の先が痛いって言うじゃない? でも最初は右足のくるぶしが腫れたりひいたりしてね、おっかしーなーって思ってたらどんどん……」
「え? くるぶしですか?」
「ん? そう。くるぶし。こう、くるぶしの上んところっていうのかな?」
「え? くるぶしですか?」
「だからくるぶしだって」
「痛かったんですか?」
「最初はね、気になんないくらいの痛みだったんだよ。で、総合病院の整形外科行ったのね。先生にくるぶし痛いんですけどって言ったら苦笑いされて隣の診療科に行けって言われて隣言ったら内科だったんだよ。そこで検査して痛風って言われた……っておい! どこ行くんだ!」
 
僕は少し痛む右足を引き摺りながら走り出した。海が見たかった。遮るものが何もない故郷の海が見たかった。上京してストレスでアトピーを患い、偏頭痛が悪化し、原因不明の動悸に襲われ、右足のくるぶしが腫れている。満身創痍に毎日試練が下される。海が見たい。足が痛い。幼き頃の感覚であの海辺を走りたい。海が見たい。でも海がないので外来の自動販売機でコーラを買って昼休みに入った。
 
2010年08月23日(月)  君の見る景色は真実か。
 
私は箸の持ち方が悪く、他人が見たら拳を握り締めて箸を持っているように見えるらしく見苦しいことこのうえない。「パパ! グーはダメ! こうして持つの!」と、食事中に御ハナから何度も注意を受け都度矯正させられるのだが、私は御ハナの10倍生きており、三十代も半ばに差し掛かっているため柔軟性、適応能力といった部分が悉く低下しており、持ち方を矯正することは絶望的であるが、先日部下が職場の食堂で私も驚くような汚い箸の持ち方をしており、さすがの私も「これ、キミ、箸の持ち方汚いよ」と苦言を呈したところ、見る角度が異なるだけで私と全く同じ持ち方であったため御ハナが怒る気持ちがそこで初めてわかった。角度を変えれば世界が変わる。アースミュージックアンドエコロジー。
 
2010年08月22日(日)  きゅるり〜ん。
 
タイプの娘に会っても、「いや、別にタイプじゃないし」と一回否定するきらいがあって、2・3回見ても「いやー、タイプじゃないなー」と自らを否定するあたり既に意識しているのであって、全ての女性に対して心の中でいちいちタイプだのタイプじゃないだの考えるわけがなく、それはどうしてタイプなのか説明ができないため説明ができるまで否定を貫くというどうでもいい葛藤の末にどうでもよくなって、よくわからんがタイプであるという結論に持っていってしまった女性がきゅるりんアイドルりなんなんだよ☆
 
2010年08月21日(土)  華麗なる呟き。
 
twitterで知人女性が、人生初の白髪が頭から見つかったと嘆いていたが、彼女は25、6歳で白髪を受け入れるにはまだ早いが、受容する準備をしなければいけない歳になったということで月日が経つのは実に早い。私など眉毛や鼻毛に白髪が混在してくる歳になって、毛抜きで眉毛を整えるような若人っぷりを未だ発揮しているというのに、眉毛に白髪はさすがに受容できない。これはただ仕事が忙しかったり休日がなかったりなんかの理由で色素細胞の働きが弱まってメラニン色素が作れなかったためであろうと自分の励ますのだけどこの働きが白髪なのであって、仕事の忙しさでも色素細胞の所為ではない。嗚呼悲しき哉。是を加齢と呼ぶのである。
 
2010年08月20日(金)  巨像恐怖症。
 
以前から巨大な石像や鉄塔、風車など必要以上に大きい物に対して何ともいえない恐怖を感じていたのだが、こういう感覚を巨像恐怖というらしい。
 
幻覚や妄想と同様、その人特殊な感覚をリアルに第三者に伝えることは専門家である我々であっても難しい。よって巨像がどのように怖いか伝えることも至難の業であるが、私にとって巨大な物はなぜか「暴力」を感じてしまうのである。
 
知らない地域の山道を車で走っていたりすると、突然森から石像の頭だけ見えてきて、近付くにつれて巨大石像が露になってああ怖い。足が竦む。陰嚢が縮む。なんであんなにでかいんだ。こんなにでかくする必要がどこにあるんだ。何でもでかけりゃいいってものじゃないが、これを造ろうと思った人はでかけりゃいいと思って造ったに違いない。
 
こういう「でかけりゃいい」という部分が暴力という感覚に繋がっているような気がする。なんでもない田舎の風景に不自然に大きい石像。このアンバランスさに恐怖するのだ。
 
私はおそらくバランスを非常に大切にするタイプの人間なんだと思う。上手い具合に周囲と均衡を保ちながら、またバランスが崩れそうな者に手を差し延べながら生きている。調和調整兼ね合い釣り合い。私の職場での人物概念を表すとこうなるであろう。
 
よって修正不可能なほど秩序が崩れたものが怖い。理解を超えたアンバランスが怖い。平穏無事に日々を過ごすことを希求している私の人生にこの石像はなぜ私の前に立ちはだかる。秩序を乱してまでの巨像を造る思いに何の意味がある。でかけりゃいいってもんじゃないのに、堂々とでかけりゃいいと宣言するたびに自己が否定される。
 
秩序を乱してまで押し通す自我。そしてほぼ永久的に発せられる一方的なメッセージ。目を逸らしても視界に入る大きさ。逃れられないエゴ。他人を弾劾しているようで自らを糾明しているようでもある。そして私はそのような責められる感覚を暴力と捉え、恐怖と認識しているのである。
 
時々、タイヤが車1台分ぐらいの大きさの巨大トラックに遭遇するが、ああいうのが横を通ると余裕で卒倒失禁する。
 
2010年08月19日(木)  DAMEDA!
 
マックの話の続きになるがレジの前で焦って意に沿わないメニューを注文してしまう小心な姿勢はスタバのそれと変わりないのだが、ドライブスルーに関しても然り、後ろに車が待っていたりするとハヤクキメナキャとお客である前に一人の気の弱い人間と成り果て朝マックの名前はよく覚えていないが蜂蜜が染み込んだパンに肉がはさんであるという味の不協和音の代名詞のようなハンバーガーをまた注文してしまって後悔。コーヒーはもう車内で飲んでしまったし。
 
私は焦るとなぜかこの蜂蜜パン肉サンドを注文してしまう傾向がある。いい加減この蜂蜜パン肉サンドの正式名称を覚えて今後回避に努めようとネットで調べたところ、これはマックグリドルという食べ物であった。
 
『マックグリドルは「朝食にパンケーキサンド」というこれまでにない新しい朝食スタイルのマクドナルドからの提案です』とホームページに書いてあり、提案というのは議案や意見を提出することであって、だいたい提出先は会社内であったり何かしらの主導権を握る者であったりするのだが、美味いか不味いか判別できぬものを客に提案するとは何事だ。でも客に提案しているのであれば俺も客だ。よって声高にこう叫ぼう。DAMEDA!
 
小学生高学年の頃、自宅の裏山から適当な雑草を何種類か摘んできて「裏山の雑草天ぷら」なるものを作って妹に振舞ったところ、毒草だったらどうするのって母親に滅茶苦茶に怒られたことがある。
 
これは「裏山の雑草天ぷら」ってすごい独創的で素晴らしいでしょうと妹に提案した結果、独創的ではなく毒草的だと母親に叱られたのであって、最初から裏山の雑草天ぷらを作ろうと思うのですがいかがでしょうと母親に提案しておけば、承認なら承認、却下なら却下と明確な判断を受けることができたのであって、やはり提案というものは上位の者にするべきであって、マックにしてみればお客様は神様という位置付けですので、上位の者、すなわち神様に提案したというのは間違いないという意見が今後の争点となってくるわけだが、我々人間が神様に提案して承認された事象は子孫を残すことと畑を耕して作物を作る程度であって、あとは概ね暴走。この暴走した世界で蜂蜜パン肉サンドを頬張りながら俺は声高に叫ぶ。DAMEDA!
 
2010年08月18日(水)  圧倒的女性上位世界に於ける珈琲。
 
マックのドライブスルーで料金を払う時に「砂糖とミルクはいかがしますかぁ?」と可愛いお姉さんに問われ、一つずつ下さいと言うと、「こちらでお入れしてよろしいですかぁ?」と、舌足らずな口調で言うのでいいね。メイド喫茶のようでいいね。
 
私が十数年前マックでバイトしていた頃はそういうサービスなかったけどね。家庭でも職場でも圧倒的女性上位の生活をしている私にとってその場で女の子がコーヒーに砂糖とミルク入れてくれるなんて感慨深いものがありますね。
 
妻は仕事で御ハナは保育園。この商品は家に帰って録画したワールドプロレスリングを見ながら食べようと思っており、本来ドライブスルーで注文した飲み物は飲み物専用の収容箱に入れて紙袋に入れて渡されるのだが、その場で砂糖とミルクを入れてと依頼する者は車内で飲食すると想定しているのだろうか専用の収容箱に入れることなくカップをそのまま渡されて仕方なく車内でアイスコーヒーを飲んで家に帰ってワールドプロレスリングを見ながらハンバーガーとポテトをドリンクなしで食す。
 
2010年08月17日(火)  Fear No More.
 
辛いときや挫けそうな気持ちは決して表出せずいつもヘラヘラしているのだが、そういう時はひっそり夜中にall-4-oneの「Fear No More」という曲を聞く。3分くらいの短い曲だが10回くらい繰り返して聞く。心が洗われるという形容がピッタリのアカペラで、7・8年前にストリートで歌っていた時にメンバーで誰に聞かせるわけでもなく歌っていた曲でもある。
 
「……もう怖くない」
 
Fear No More. そんな思いが自然に沸き起こる名曲です。
 
2010年08月16日(月)  ゴメンなさいって難しい。
 
御ハナが不意に立ち上がった拍子でテーブルの上のジュースがこぼれて、「御ハナ、ゴメンなさいは?」と、妻に問われ、御ハナは今にも泣き出しそうに俯いて一向に謝罪しようとしない。
 
この場面を要約すると、「ワタシ(御ハナ)の所為ではない」ということである。確かにワタシは不意に立ち上がりその拍子にテーブルに当たった。しかしジュースをこぼそうとして立ち上がったわけではなく、ジュースをこぼそうとして立ち上がったのであればとんだ性悪者だ。
 
しかしママはワタシにゴメンなさいを言えと言っている。ということはワタシを性悪者だと評価して謝罪を要求しているのだろうか。とんでもない。ワタシはそんなことしない。これで謝ったらワタシが性悪者だと自分で認めたことになる。 
ワタシはただ立ち上がった時にテーブルに当たっただけ。それ以上でもそれ以下でもない。ワタシだってテーブルに当たった部分がちょっと痛い。痛いのにゴメンなさい言えってひどい。うう。う……う。ウエェェン。
 
と、泣き出してしまった。確かにジュースがこぼれた直接的な原因はテーブルが揺れたことで、御ハナがテーブルに当たったのは間接的要因ということになる。 
御ハナは当たった。テーブルは揺れた。この微妙な感覚のズレによって起こった悲劇を3歳児が受容するには難しく、「ワタシの所為ではない」という状況に直面した大人にだって難しいことで、ここで自らのプライドを押し殺して謝罪する、押し殺しているのか認識すらせずに謝罪する、そんな私のような対応を取ることが正解ともいえず。
 
まずここ痛かったねと御ハナがテーブルに当たった部位を撫でて、それからテーブルさんも痛かったねと御ハナにテーブルを撫でさせて「ゴメンなさい」と謝って、コップさんもビックリしたよね、一緒にゴメンなさい言おっか。「コップさんゴメンなさい」と、二件の謝罪を経た後に、ママにも言っとこっかと誘導して、「ママゴメンなさい」
 
これで謝罪行為に筋が通ったことになる。ゴメンなさいって本当に難しいね。
 
2010年08月15日(日)  雨季と乾季と春と秋。
 
「パパーおかえりー!」と、仕事から帰り玄関を開けると愛娘が駆け寄ってきて私の胸に飛び込んだ後、「くっさ!」と仰け反る流れがデフォとなっていることに父親としての危機感を感じ、ロッカーで念入りにファブリーズをしている段階で既に敗北感がこみあげてくるのだが、この匂いはね、パパが病院でみんなの為に流したキレイな汗の匂いなんだよと説いたとしても、キレイな汗という部分が象徴化された言葉のため、3歳児の胸に届くかどうか疑問で、3歳児からしてみるとキレイな汗がなんで臭せーんだという疑問が沸いてくるに違いなく、そんなこと言われたら返す言葉がない。職場では口先の魔術師なんて言われて圧倒的なコミュニケーション能力を発揮する私も、仕事が終わると口数少ない気の小さいパパとなる。雨季と乾季と春と秋。
 
2010年08月14日(土)  オスナブテ。
 
職場にインドネシアからの研修生がいて、家の方向が一緒なので近所の居酒屋で飲んでいたらいつの間にかニコニコしながら横に座っているというほどの外向性の持ち主で、居酒屋といっても彼は宗教上の理由で酒と豚肉がダメらしいが酒がなくたってノンプロブレム。憎めない明るさのあるラテン系であるという私の評価。外人で明るければ皆ラテン系とひとくくりにしてしまう日本以外のことを全く知らない私にも彼は気軽に話し掛けてくれる。
 
「暑いねしかし。ね、インドネシアはさ、季節どうなってんの? 四季とかないでしょ」
「赤道の下ですからね。雨季と乾季しかありません」
「じゃあおしなべて暑いんだ」
「そうです。オスナブテ暑いです」
「おしなべての意味わかんないでしょ」
「ハハ。わかりません」
 
と、私と双璧をなす調子の良さで、調子というのはリズムや拍子という意味でもあるので、異国で調子が良いという評価を得られるのは、彼が我々のリズムや拍子を合わせているということで、結構高度な適応能力だといえる。
 
「ヨシミさん、仕事多いですよね」
「そうだね。休みが少ないんだよ。日勤と夜勤、雨季と乾季しかないんだ」
「ハルとアキ、ないですか?」
 
「日本人はね、春だの秋だの暑いのか寒いのかよくわからん部分に心の平静を求めるんだよ。要するに仕事と同じくらい休みが大切だってこと。でもさ、うちらの仕事って忙しくって毎日バタバタしてて、なんとなく赤道直下! って感じじゃん。だから必然的に体質が雨季と乾季のみになってしまうのかもしらんね。でも休みは大切。すごい大切」
 
「オスナブテ大切ですか?」
「そうそうオスナブテオスナブテ」
 
2010年08月13日(金)  邪念 IT BE.
 
部下とビリヤードへ。ゲーセンのオンラインクイズゲームで通算2勝30敗という大敗を喫した部下はこれ以上クイズで勝負を仕掛けてもプライドが傷付くばかりだから違う分野で勝負しようと、そんなやる気を医療分野で勝負してくればいいのにビリヤード行きましょう俺ケッコー得意なんでスと鼻息荒く申すのでどれ行ってみましょう。こう見えても私はマイキューを持っていたほどビリヤードに熱中していた頃があってね、学生の頃だからもう十数年前になりますか。それにしてももう3ゲームしたけれど君は1度も勝てないじゃないですか。
 
「だって……、打とうとしたら有線で懐メロがかかるんですもん。懐メロって暴力だと思うんです。ほれ懐かしいだろ懐かしがれよって強要してるようで。勝手に当時の思い出が浮かんでくるし」
 
人はそういうものを邪念と言うのだよ。音楽が聞こえないくらい集中すればボールを思い通りに操作することができる。お、これは君が好きなビートルズの「LET IT BE」じゃないか。ほら、この音楽に乗って頑張るんだ。LET IT BE.やればできるだよ。
 
「ジョンレノンはそんなチープな根性論は歌いません」そうか。本当の意味は何だっけ? 「なすがままです」そうか。日本でいう美空ひばりの「川の流れのように」のようなニュアンスか。そうするとサビがなんとなく「RIVER IT BE」って歌ってるように聞こえるね。まあ故事成語でいうところの人間万事塞翁が馬ってやつか。そうするとサビがなんとなく「レリヒーン レリヒーン ヒヒヒーン ヒヒヒーン」って馬の鳴き声に聞こえるね。はいファール! 次俺の番。
 
彼は自らの邪念を克服する前に、常に目の前の具現化された邪念に打ち克たなければならない。
 
2010年08月12日(木)  カミヒトエシステム。
 
「最近、来世で結婚してあげるって言わなくなっちゃいましたよね。でもいいんです。そんなのこっちから願い下げです!」と、何をそういきり立っておるのだ説明してみなさいと部下に訊ねると何てことはない。業務で理不尽な不利益を被り大変な思いをして家に帰っても納得できなかったけれど、その業務システムを構築した私が諸悪の根源ということに気付き、来世で結婚してもいいかなと思っていたこともあったけれど、こんな馬鹿システムを考案するような好い加減な男と結婚したら来世自体が理不尽な不利益と思えてきて腹が立ってしょうがないので直属の上司に罵倒を浴びせたかったから浴びせることが可能な職場はある意味理想的でもあるといえるのではないでしょうか。
 
2010年08月11日(水)  アナログガジェット。
 
寝床で携帯使いながらネットサーフィンが趣味の妻の為にipod touchを購入した。単に私がガジェット好きということもあり、これはねー、ここタッチするとねーインターネットができてねー、二本の指をタッチしてこうやって広げるとねー、ほら、画像大きくなっちゃった! と、嬉々として妻に説明するも「ふーん」と全然瞳が輝いていない。
 
「これ、携帯で十分じゃん」いや、ネットも見れるけどアプリだってダウンロードして使えるんだよ。「携帯でも使えるじゃん」と、いちいちご尤もなことを仰るので薄々は感じていたんだけど私を含め妻のようなブラウジングが主な目的のライトユーザーはパソコンと携帯があれば本当に事足りていると思う。
 
全く愛用する見込みがなかったので妻にipod touchって一言で言って何だと思うと訊ねたところ、「誰が使っても無用の長物」と一蹴。広義で捉えると携帯もパソコンも言うなれば無用の長物。今夜も妻は切手と葉書を手に取り、ポイントシールだのバーコードだの貼り付けて懸賞生活。なんという愛らしきアナログ生活。
 
「A賞はipadだって。ipodと何が違うの? 画面が大きいの? キーボードのないパソコンみたいなやつ? パソコンはキーボードあったほうがいいじゃない」ITの進化ってやつはもう一段落ついているみたいだね。
 
2010年08月10日(火)  チャラ男の夏。
 
御ハナとプールに行き過ぎて父娘共にこんがり小麦肌になって夏真っ盛りを演出しているが、夏真っ盛りなのは休日のみで平日は仕事一色なのだが、白衣に小麦肌はあまりにアンバランスで私は一定のモラルを維持体現しなければならない立場であるにも関わらず部下からチャラ男と呼ばれ毎日泣いている。
 
白衣を脱いだら脱いだで私の私服は、一定のモラルを逸脱した部分が御洒落であると認識しているため、まあそれなりにチャラい。よって軽率な恰好に小麦肌の要素が加わり、概ねコンビニや電車の中でぞんざいな扱いを受ける。そんな苦難を味わいながらも御ハナが「またプール行こうね!」とキュアサンシャインのような笑顔で言うと次の休日もプールの予定を立てざるを得ない。我が身が灼熱の太陽で燃え尽きようとも。
 
2010年08月09日(月)  アングロサクソンティー。
 
定食屋の帰り、妻とスタバへ。あすこの客は全員都会の虚構という作品群なので上京したてのような緊張感はもはやないのだが、やはりメニューを選ぶ時は緊張する。緊張し過ぎで美味いのか不味いのか、そもそも飲み物なのかコスメ商品なのかわからないものばかり注文してしまう。
 
「アッサムブラックティーラテ、トールで下さい」
「ありがとうございます。それではこちらから茶葉をお選び下さい」
「……」
 
「どうしたの?」
「……。茶葉選べって言われた」
「は?」
「アッサムブラックティーラテってやつ注文したら茶葉選べって。つうかアッサムブラックティーって茶葉じゃねえのかよって思ったけれど店員が自信満々に茶葉選べっつうからいくつか書いてある中からカモミールブレンドにして下さいって言ってこれ。アッサムブラックティーラテのカモミールブレンド。なんだそれ。アングロサクソンのプロテスタント系白人みたいな。難しい言葉並べるのがお洒落なの? それとも難しい言葉を言われてさも知ってるかのようにそうそうそれそれって頷くのがお洒落なの? だったら俺は何度でも頷くぜ。そうそうそれそれ。そうそうそれそれ」
 
「ちょっと声大きいわよ」
「あ、ゴメンね。でもさ、さっき定食屋行って刺身の種類何にもわかんなかったじゃん。それを人はきっと笑うだろうけどさ、そういう人達だってスタバでなんとかティーの茶葉選べって言われて、メニューの下にちっさい文字でラベンダーアールグレイだのカモミールブレンドだのハイビスカスブレンドだの書いてあってお前それ知ってんのかよって。赤貝を赤貝だと知らずに美味ぇ美味ぇ食ってる俺と何が違うんだよって言いたいんだよねこれはマックシェイクみたいな味がしますね」
 
妻から店を追い出された。
 
2010年08月08日(日)  フィーリング定食。
 
妻と行列ができる定食屋へ。様々なメディアに紹介されるような定食屋で値段不相応のボリュームで有名らしく、開店前から並んだ甲斐あって開店と同時に店内に入ることができたが、入ることができなかったら極暑の下でぶっ倒れるところであった。
 
私は刺身定食、妻は天ぷら定食を注文した。私は小さい頃から刺身が大好きなのである。大好きなのであるのよと何種類もの刺身が並んだ定食に大興奮。わ。これウマッ。うぉ。これもウマイ。ひょー。これコリコリしてるねー。
 
「何がコリコリしてるの?」え? 何ってこれ。「それ何?」え? わかんない。「え?」え?

「じゃあその白身の魚何かわかる?」え? わかんない。「刺身好きなんでしょ?」大好き。「じゃあその赤いのは?」これは、マグロのようなものだろうね。「どんだけ曖昧なのよ」
 
と、妻に尋問されて初めて気付いたのだけど、私は刺身が大好きだと公言している割には、魚の種類をほとんど知らないのだ。事が露呈する発端となった食感がコリコリしているオレンジの刺身も、これが何なのか真面目に考えたことがなく、「いやにコリコリしている刺身だな」となんとなく感じて食べており、これだけ豪勢な刺身が並んでもフィーリングでしか食べられない私は不幸というか法外に幸福だ。
 
ちなみにコリコリオレンジは赤貝というものであった。そして誰に言うでもなく自分の中で長年、刺身ミョウガと呼んでいたものはほっき貝というものであった。
 
2010年08月07日(土)  走れトレンカ。
 
ちょ、ちょっ待っ、また時代に取り残される。時間止まってくんねえかな。せっかく先日スパッツとレギンスの違いを習得したばかりなのにチュニックってなんだよ。ワンピースじゃねえのかよ。いつの間にみんなチュニックチュニック言い出した? 俺まだ言い出してねえよ。勘弁してくれよそういうの。
 
スパッツとタイツの違い? あああ! またそういうの言い出す! そうやって過去をぶり返す! タイツはそっとしといてくれよ。時には答えを見出さずに前に進まなきゃいけないことだってあるんだ。
 
レギンスとトレンカ? 私は今、生まれて初めてトレンカという単語を聞いてロシア、鈴の音といった単語が浮かんできたがこれはきっと走れトロイカのことであろう。
 
初めて会う女性との待ち合わせでどんな格好してますかと訪ねたら「赤いシュシュに花柄のチュニックに黒いトレンカ履いてます」なんて言われたらどんな可愛いコでも俺は会わない。携帯片手にその場で卒倒する。
 
チュニックで検索したら14,000,000件、チェニックで検索したら49,900件ヒットした。俺は49,900件側の人間でいたい。それがこの時代に突きつける俺の答えだ!(涙を流しながら)
 
2010年08月06日(金)  暫定2.0。
 
職場で健康診断で新人の保健師が視力検査を担当しており、部署は若干違えど私は上司に近い人間なので「それでは始めます。よろしくお願いします」と、多少緊張した面持ちで検査が始まり、視力0.5のゾーン、1.0のゾーンなどを難なくクリアし、1.5の辺りで苦戦を強いられたがクリア。2.0の時点で完全にぼやけてしまい何となくしか見えなくなってしまった。
 
「ではこれは?」保健師が図形を指す。
「うーん。右」
「おお」
 
私はこの「おお」という小声で発せられた感慨の声を聞き逃さなかった。実力であれ勘であれ、「おお」と発したことは図形の位置が正解だったということである。そうなると「ぼんやりとしか見えない」という不利な現状に最初の図形をクリアしたという要素が追加され鬼に金棒。新人の保健師の操作を始める。
 
「それではこれは?」
「さっきの隣の図形で同じ右ってことはないから、まあ下あたりでしょう」
「わ。それではこれは?」
「一個間隔開けたね。右、下ときて一個開けたということは、開けた部分が左だったと仮定した場合、上の可能性が高いということと、下を当ててしまったがためにそれに反論したいキミは、真逆の位置を指定する可能性が高い。よって上」
「ううう。じゃあこれは?」
「めっちゃ右」
「もー! ちゃんと真面目に当てて下さい! なんでわかるんですか!」
「動揺して最初に指定した図形をまた指したから」
 
と、新人に対して全力で心理戦を仕掛ける最低な上司だが、この保健師、優しそうな顔をして気が強い。
 
「認めません」
「は?」
「ヨシミさん、2.0じゃなくて1.5です」
「え、なんで?」
「だって全部勘で答えてましたから」
「勘じゃなくてあなたの表情とか思考パターンとか考えてたんだよ」
「そんなの本来の目的じゃありません。1.5です」
「えー。あと0.5まけてよ。っつうか当たってるんだし」
「1.5です」
「じゃあ暫定2.0だ」
 
と、最後に呟いた「暫定2.0」が数年前盛んに言われていた「web2.0」っぽい意味のわからない格好良さが気に行ってナースステーションに戻り、「私は暫定2.0です。今日から暫定2.0と呼んで下さい。総婦長になれない婦長。婦長になれない主任。そういう私みたいな立場の人間を総じて暫定2.0と呼ぶようにしましょう」と、上司の言葉を誰一人聞いちゃくれないとこ辺りが暫定2.0。
 
2010年08月05日(木)  さわんないでヴィン!
 
職場のトイレは開閉ボタンを押すと便座が上がる仕組みになっているのだが、更衣室近くのトイレが電池切れ前なのか電源の供給不足なのか便器の前に立ってもヴィィ……ンとゆっくりと上がるのでいかん。小便が漏れちまうと、手動でもって便座を上げようとすると「さわんないでッ!」と叫ぶかのようにヴィン! と、突然全力で便座が上がって俺は驚いた。小便が終わってから便座を閉じてもう一度開閉ボタンを押すとやはりヴィィ……ン、ではない。一度目と違い、「うぅぅ……っ」と、擬人化された声すら聞こえてくる。あまりに痛々しい姿なので手を差し延べると「さわんないでって!」と、ヴィン! と便座が開く。以後仕事そっちのけで3回繰り返す。
 
2010年08月04日(水)  吸引力の変わらない、ただひとつの大福。
 
先のティラミス風味チーズクリーム大福の続きになるが、パッケージに「チーズクリームとコーヒーゼリーをココア味の大福生地に包みました」とこれまた難解な言葉が書いてあり、やはり世の中は説明力ではなくて説得力だと再認識した。
 
先の言葉はゆっくり読むと何の意味もない。しかし客が商品を手に取った瞬間、何とかして買い物カゴに入れてもらわなければいけない。理由はよくわからないが大福の類はレジ近くに置いてあることが多い。よって商品を手に取って熟考している時間はなく、その衝動性に加担するような言葉が必要となる。「ティラミス風味チーズクリーム大福」ドン! お、なんだこりゃ? 「チーズクリームとコーヒーゼリーをココア味の大福生地に包みました」言葉の意味はよく分からんがとにかく凄い自信だといったキン肉マンの「屁のツッパリはいらんですよ」に匹敵するインパクトが必要なのである。
 
客は2秒前後でこの説明文を読むであろう。ん? コーヒーゼリー関係なくね? と訝る時間などない。ティラミスっぽいもの食いたい。チーズクリーム系欲しい。大福な気分。価値観が多様化してしまった現代人相手に物を売るには食器洗い乾燥機付き3D液晶羽根なし扇風機テレビのような発想、それを瞬時に説明する説得力が必要なのである。
 
パッケージの写真には、皿のような形をした大福の生地の上に本物のティラミスが乗っていて、「写真はイメージです」と書いてある。この「写真はイメージです」と書かなければいけなくなった世の中に悲しみを覚えつつ105円でここまで楽しませてくれた大福に感謝したい。
 
2010年08月03日(火)  大福から見る八方美人〜マスカルポーネチーズを尋ねて〜
 
コンビニでまるで今の私を代弁しているかのようなネーミングの食べ物を発見し、抗えぬアナロジーを感じ食べたくもないのに衝動的に購入。その名も
 
「ティラミス風味チーズクリーム大福」
 
一体キミは何を目指しているんだと。その類まれな軸のブレブレ感は何なんだと。

大福に訊ねられたらこう答えるであろう。「俺も早くこしあんだけで勝負したいです。はっちゃけるにしてもイチゴ入れる程度に留められる大福になりたいです」
 
ティラミスに聞かれたらこう返すであろう。「大福はジャンル的に終わっている気がするんです。時代を捉えるチャレンジ精神が必要だと思うんです。それを具現化したティラミスさんは最高だと思います」
 
チーズクリームに問われたらこう述べるであろう。「餅のような食感より、ティラミスのような甘苦さよりやっぱり中身が大切だと思うんです。チーズの濃厚さにクリーミーな味わいを合わせたチーズクリームは何に入れても大丈夫な普遍性すら感じるんです」
 
実はチーズとクリームが敵対していたら双方にこう弁明するであろう。「っていうか単品でも勝負できますよね」
 
この芸術的ともいえる八方美人っぷりで世の中を渡り歩いてきたともいえるが、私自身がどこの職場に行ってもティラミス風味チーズクリーム大福といった中途半端なオールマイティっぷりを発揮し、結果として自分の首を絞め続けている。
 
これは私の人生および私自身を表している食べ物だと思うのですよと妻に言うと、「ティラミスはチーズクリームじゃなくてマスカルポーネチーズを使うんだけど、何らかの理由でこの大福にマスカルポーネチーズが使えなくてチーズクリームで代用することになって、中身がチーズクリームじゃティラミスじゃなくなるからティラミス”風”ってネーミングにすることになったんじゃない?」と、見る人が違えばこんなに世の中違って見えるんだ!
 
2010年08月02日(月)  正体見たり枯れ尾花。
 
近所の大型家電量販店で3D液晶テレビの視聴コーナーがあり、備え付けの3Dメガネ越しに画面を見ると、おお! 飛び出して見える!
 
画面は立体にしてもあまり意味がないようなゴルフ番組が放映されていたが、スイングの迫力や選手のガッツポーズなど生の迫力が伝わってくるようだ。
 
その液晶テレビの上のテレビは釣り番組が放映されていて、波の荒い岩場で釣りをしていたのだが、波しぶきやその冷たさ、岩のゴツゴツ感まで伝わってくるので現代テクノロジーすげえなと感慨に耽りながら3Dメガネを外すと、釣り番組は3D対象ではない普通の画面であった。
 
疑心暗鬼というのは疑いの深さからあらぬ妄想にとらわれるたとえで使われる言葉だが、サングラスのような3Dメガネなんてのもかけるとうっすら暗くなるのであの暗さが立体を際立たせるということと、際立たった気になってしまうという双方の効果が働き、何の変哲もない釣り番組を見ながら波しぶきだの岩の質感だの興奮して恥ずかしいことこのうえない。
 
しかし3D液晶テレビの需要はどのあたりにあるのだろう。僕と妻と御ハナ。仲良くそろって3Dメガネかけてテレビを視聴なんて光景は絶対アリエンティ。アリエッティといえば先日部下が映画を見に行ったらしく、「あれは借りぐらしじゃないくて借りパクですよ」と言っていて、借りぐらしも借りパクも何も物語のあらすじを何も知らないので「あそう」と返答し依頼した仕事が終わっていないことを注意した。
 
2010年08月01日(日)  取っ手ピーン。
 
コンビニの清算時に店員がレジ袋に商品を入れ終わってレジ袋の取っ手を私の方に向ける局面でどうしたらよいのかわからなくて困っている。
 
というのはまだ金を払っていない状態でレジ袋を提げると財布から金を取り出しにくいし早く商品をよこせとがっついているようで恥ずかしい。かといってレジ袋を持たないと取っ手がよれてしまい、ほらちゃんと取りやすいようにピーンてしたのにと店員が再度取っ手の形を直したりして精算が膠着したりする。結果、取っ手ピーンてする役目を私が担い、よれないように注意しながら財布から金を出すという非常に高度な技を要求され、どこにいたって何をしたって私の気疲れは止まらない。
 

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