2007年01月31日(水)  あたらしいお風呂の入り方1。

先日の帰郷で妹に赤子がいるときの風呂の入り方についてレクチャーされたので早速実行。
 
今までは先に僕が入って体を洗ったあとに浴室のドアを開けて、「いいですよー!」と妻を呼び、浴室のドアは開いてても脱衣所のドアが閉まっているため、御ハナと一緒にテレビを視聴している妻には「いいですよー!」という呼び掛けが届かないことがあり、いつまで経っても浴室に現れない御ハナを待ち続けて浴槽でのぼせてしまうことが多々あったため、「いいですよー!」と大声で呼んで、しばらくして今の声では届かなかったかもしれん。よってもう一回叫んでみよう。「いいですよー!」と、2回目を叫ぶなり「わかってるわよー!」と、脱衣所のドアが開いたりしてギクシャク。どうにかならんものかなぁと御ハナを受け取って体を洗う。
 
そして体を洗って浴槽にしばらく浸かってから再び「いいですよー!」と妻を呼び、突然の大声にびっくりして泣き叫ぶ御ハナを妻に渡し、妻は御ハナの体を拭いて洋服を着せる。僕はその間に風呂から上がり、パンツ一丁で御ハナの鼻糞を取ったり耳掃除をしたり首のかぶれ防止の薬を塗ったりして、再び妻に御ハナを渡して妻は授乳を始めるという流れ。
 
別に上記の流れでいいじゃないかと思われるかもしれんが、この流れでの弊害は、妻は御ハナの授乳の後、御ハナを寝かしつけなければならず一緒に布団に横になり一緒に寝てしまうことがあり、そうなるともうグダグダ。妻の入浴時間が深夜になったりするのである。というわけで何かいい方法ないかしらと、妻が僕の妹に相談したらしい。で、新手法をレクチャーされたってわけ。続きは明日。
 
2007年01月30日(火)  留まる意味。帰る意味。
 
あっという間の3日間。今回は旧友と会うこともなく、実家でのんびりと過ごした。山に囲まれて広い公園があって海が見える僕の故郷。子育てするんだったら、こういう場所のほうがいいのかもしれないねと妻に言うと、「そうだねー」と暖かい風を浴びながら優しい笑顔で呟いた。
 
考えどころである。僕たちの将来どうするか。このまま東京で暮らしていくか、鹿児島に帰るか。これまで何度となく妻と話し合っている。答えはまだ出ない。
 
育児というものは幼少の自分達と照らし合わせて考えていくものだから、都会で育っていない僕たちは、都会で育つことと田舎で大きくなっていくことの比較ができない。小学校から私立中に入るための受験勉強なんて馬鹿馬鹿しいと思うけれど、周りがそういう雰囲気だったらそういう選択をするかもしれない。育児に関する社会資源が豊富だということも確かに魅力なんだけれど、社会資源は人が作ったものであって、自然には到底適わない。
 
感受性が豊かなことに越したことはない。豊かになりすぎて人の痛みに敏感になってしまっても、そこから優しさを覚えればいい。いくら世の中が進んでも行きつくところは人対人なんだから、心は豊かであったほうがいい。そういう人格形成が都会では無理だといっているのではない。田舎で育ってきた僕は、果たしてそれは都会でも可能なのかと考えているのである。
 
子を授かり親になり、自分の人生の意味が徐々に子供へシフトしてきている。親として当然だろうと思う。昔のように今を楽しめばいいという刹那的な思いから、家族が幸せだったらいいという思いに変化してきている。家族の幸せとは何なんだろうか。ここに留まることの意味は? 田舎へ帰ることの意味は?
 
考えることいっぱい。マイホームのことだけ考えるのなら、田舎がいいのかもしれないけれど。
 
2007年01月29日(月)  鹿児島寒くて暖かい。
 
母は御ハナとの初めての対面を涙で迎えた。御ハナもお婆ちゃんとの初めての対面を涙で迎えた。抱くほうも涙、抱かれるほうも涙。涙々の鹿児島空港気温3度。寒いよ鹿児島。東京より寒いよ。そして御ハナはいつ泣き止むんだろうと母と御ハナの感動の初対面をしばらく眺めていたけど、一向に泣き止む気配を見せないどころか激しくなるばかりで、どうしたの御ハナー、お婆ちゃんだよーと、僕が抱くとすぐに泣き止み、「何オバアチャンって。どういう概念?」みたいな顔してクスンクスンしている。
 
説明せずに渡してしまったのが悪かった。オバアチャンというのは、パパを生んでくれた人のことで、パパのママのこと。パパのママがオバアチャンでパパを生んでくれて、綺麗なママと結婚したから御ハナもここにいるんだよー。わかったかなー。と、あやしながら御ハナに話すと、「私ですらその説明わかんないわよ」と妻が笑っている。迎えに来た母も妹夫婦も皆笑っている。笑顔笑顔の鹿児島空港気温3度。寒いよ鹿児島。東京より寒いよ。
 
実家に着くとって実家! すげぇグレードアップしてる! なんかバルコニーができてる! しかもそのバルコニー、なんかキッズルームみたいになってる! と、感動してしまったのは、この実家は一昨年僕が一人暮らしの母のために購入したもので、この歳で実家を購入したってだけで感慨ひとしおなのだが、上の妹は子供が1歳児と3歳児、下の妹は1歳児、そして僕には御ハナと、我が子全てに子供がいて、その子供たちのために遊び場を作ったという母の優しさと実家らしさにいたく感動してしまった鹿児島の実家気温3度。
 
夜は上の妹家族4人、下の妹家族3人、僕と妻と御ハナ、叔母さん夫婦と従兄弟4人、そして母と、総勢15名の賑やかな食卓。いつも一人で静かに暮らしている母が一番嬉しそうだった。いつもは酒飲んで小説読みながら夜8時には寝る母も、いつまでも僕たちの話に付き合ってくれた。故郷っていいなと思った。故郷の明日の最低気温は−2℃らしい。東京より寒いよ。
 
2007年01月28日(日)  時は金なり金にも勝る。
 
家族揃って早朝4時起床。なんだなんだこんな朝早く。飛行機乗って田舎でも帰るのかとでも思われそうだが実際その通りで、今日から3日間、家族で鹿児島に帰る。飛行機は午前9時発。しかし起床は4時。どうしてこんなに早いのか。4時起床して5時に出発。池袋からリムジンバスに乗って約45分。羽田空港には6時に到着することになる。出発まで3時間。余裕を持ちすぎなのではないだろうか。
 
しかしそれでいいのである。赤子を抱えてお出掛けとなれば、余裕を持つに越したことないのである。今までのように空港に着いてスムーズに搭乗口に行くのではなく、オムツを替えたり授乳したりあやして機嫌取ったりとやることがいっぱいおっぱいなのである。
 
6時に到着して、御ハナをベビーカーに乗せてゆっくりとお土産買ってのんびりと朝食を摂る。時間に余裕があると心にも余裕ができてくる。ちょっと煙草吸ってくると空港の喫煙室に行き、ガラス張りの喫煙室から空港の朝日を浴びている妻と御ハナを眺める。幸せだ。とても幸せだ。時間に余裕があると、神様はこんなサプライズまで用意してくれるんだなぁ。妻と御ハナ。キラキラ輝いているよ。時間に余裕があるって素晴らしい。時は金なり金にも勝る。まだ搭乗まで2時間あるよ。
 
なんてやたら時間時間言っているのは、前回鹿児島に帰郷したとき、たしか妻が妊娠6ヶ月かそこらのとき、寝坊して飛行機に乗り遅れて総額7万円支払ってチケット買い直したことが双方の心に深い傷跡を残し、同じ過ちを二度と犯さぬよう、「まだ2時間あるね」「違うわよ。まだ2時間10分あるわよ」なんて傷を舐めあいながら生きている僕ら。
 
2007年01月27日(土)  産む機械。
 
柳沢厚労相が女性を「産む機械、装置」なんて言って世の中騒いでいる。「産む機械、装置」という例えが悪いということで、皆かどうかはしらんがマスコミと野党はカンカンに怒っている。
 
「15〜50歳の女性の数は決まっている。産む機械、装置の数は決まっているから、機械と言っては何だけど、あとは一人頭で頑張ってもらうしかない」
 
これが問題となった発言だが、この話の前後に何を言ったのかわからないが、この発言のみを読んだ場合、さすがに例えが悪すぎる。文句言われることを前提にして言ったとしか思えないくらい悪すぎる。例えというのはその人のセンスに由来するものだから、悪気はなかったのだろうけどこの人はそういうセンスがなさすぎたのだ。
 
だったら何と言えばよかったのだろう。どう例えたらよかったのだろう。と、そういうことはどの記事にも書いてないしニュースでも言ってないので、一人で考えることにした。
 
「産む機械」まず、この機械って「命」や「温かみ」「母性」などと程遠いというか対極に位置するような言葉をチョイスしたのがいかん。あの生命の神秘を感じざるを得ない妊娠・出産という行為を、自動販売機に金入れてボタン押してジュースが落ちてきたみたいな感覚と同様に扱っていると捉われかねないので、機械、装置ならびにその同義語は避けなければいけない。
 
この発言の要点は「女性の数は決まっている」ということなんだけど、出産は女性一人でするわけじゃないので、もちろん男性の数も決まっている。ということは、女性ばかり出産の問題に焦点を当てるのではなく、男性の協力も不可欠という意味を込めなければいけない。ということを踏まえて僕は考えた。
 
「チェスは片方の駒だけ揃ってたって勝負にならない」
 
柳沢厚労相はこう言えばよかったのだ。責任ある立場の者は言葉をぼかすに越したことはない。聴衆は「何言ってんだこの人は」みたいなリアクションを取るであろう。しかしそれでいいのだ。こんな大問題になるよりは、こんな意味不明な言葉で煙に巻く方がどれだけ良いことか。
 
僕はそうやって生きている。
 
2007年01月26日(金)  絶対楽しいこと帳。
 
というわけで昨日の日記で書いた「絶対楽しいこと帳」を、このウェブ日記に書いてみようと思う。
 
【ニンテンドーDS】どこ行っても売ってないと文句ばかり言っているが、ウェブの情報を参考にしたり、山手線に乗って都内の家電量販店に足を運ぶなど、それなりの努力をすればなんとか手に入る現状にはなってると思う。だけど敢えて買わない。だって買うと絶対楽しいから。というわけで今の職場を円満退社できたら買う。DSが欲しいという小学生並みの欲求のみで、あと2ヶ月間仕事頑張る。
 
以上。結構難しいぜこれは。絶対楽しいことなんて意外と少なくて愕然とするぜ。だいたいこの「絶対楽しいこと」という定義は、心がへこんだときにすぐに実行できることであって、例えば御ハナの成長とか絶対に楽しい。でも心がへこんだときに御ハナがめまぐるしく成長するわけではないので、楽しみなことは確かなんだけれど、「絶対楽しいこと帳」には書けない。難しいなぁ。
 
こう考えてみると僕の人生において絶対楽しいことというものはあまりなくて、緩慢的に楽しいことが続いているんだなぁと思うし、だいたい「絶対楽しいこと帳」を活用するようなへこむこともないのかもしれんなぁ。だいたいへこむという感覚もひどく主観的なものだし……と、いつものように思考の無限ループに突入、トランスして失禁。
 
2007年01月25日(木)  退廃しても屈託しても。
 
今年は順調に日記書いてるぜー。調子いいぜー。今年はこの調子で停留することなく日記を書いていくぜー! と、張り切っていたのは、夏休みの宿題が順調に進んでいるときで、一度その計画から逸れてしまうと、どうせ8月31日までに終わればいいんでしょと、退廃的な気分になってしまってる今の状況。
 
仕事という観点からカレンダーを見ると、あぁあと3日も仕事に行かなければならない。いやだなぁ。なんて思うのだが、日記という観点から暦を見ると、あぁもう日記を書かずに3日過ぎた。月日が過ぎるのはなんと早いものかと思ってしまうという観点から見ると、時間の概念というものはひどくあやふやなものだということに気付く。
 
話は変わるか変わらないかよくわからんが、このように心が退廃的、屈託した気分になった時は「絶対楽しいこと帳」を作ればよいと、どこかのウェブの記事に書いてあり、ほほー、それはいいかもしれんと思った。
 
「絶対楽しいこと帳」というのは、読んで字の如く、自分にとって絶対楽しいことで、例えばちょー楽しみにしている漫画の最新巻。続きが読みたくてしょうがない。例えば今すぐにでも買いたいゲーム。買ったら徹夜でプレイしたい。でも、あえてそれらを読まないプレイしない。なぜか。心がへこんだ時に「絶対楽しいこと帳」を開き、あぁ俺にはあの漫画がある。僕にはあのゲームがあるなんて辛いときも悲しいときも、ちょっと救われた気分になるのである。
 
で、ノート開くだけじゃ救われないときに、その漫画なりゲームなりを購入する。すると漫画やゲームに没頭して悲しいことも吹き飛んでしまう。素晴らしいではないか。その記事には、「日頃から絶対楽しいことのストックを作っておくべきである」と書いてあり、なんかちょっとマゾヒズムな感じがするけど、早速実行してみようとこんなことばっかり考えてるから日記がなかなか進まない。
 
2007年01月24日(水)  筋トレ再開。
 
お腹が出てきた、ような気がする……。と、妻がボソッと呟いたのは、二人目の子供が腹に宿ったというわけではなく、僕の腹のことを言っているのであって、本人が気付かないのだから、他人が見て腹が出たことなんて気付くわけがない。気のせいだよ気のせい早速今夜から腹筋始めるよ。
 
と、腹については自分でもうっすらと気付き始めており、本人が気付かないのではなく、本人が見て見ぬ振りをしてきたからであって、齢も30となり、中年太りに注意しなけりゃいかん。そんなあからさまに出ているわけではなく、傍目から見ればまだ痩せ型っつうか筋肉質の人間に見られると思うけどね、君がそう言うんだったら腹筋始めるよ。と、冷静でありながらメチャクチャ焦っている自分。
 
この日記でも何度も書いたが僕は学生の頃、本気でプロレスラーを目指しており、ジムにも通って家でも筋トレして、腹なんか6つに割れていた。何をどう間違ったか看護師になってしまったけれど、今再びあの腹筋をー! と、意気込んでみたはいいけれど、腹筋30回した時点で、腹がはちきれて爆発しそうな感じになりダウン。何この体力の低下。こんな虚弱な身体で妻と子を守っていけるのかと愕然。生活習慣病よりもメタボリックシンドロームよりも、家族のために僕は今夜から筋トレを再開します。
 
2007年01月23日(火)  恋人バトン。

まぁ隠してたわけじゃないし、今年はまだ20日くらいしか経ってないけれど、カミングアウトとしては今年最大級。
 
1.今付き合っている恋人はいますか?
はっきり言いますけれど、います。嘘吐いてたっていつかはバレるし、知ってる人は知ってるだろうから。
 
2.その恋人と付き合ってどれくらい経ちますか?
うんと、妻と付き合うちょっと前だから……1年とちょっと。あの日、池袋で映画行ってすぐ帰ってくればよかったんだ。
 
3.この恋人と付き合ったきっかけは?
別に。なんとなく。これまでも付き合うきっかけはなんとなくが多かった。信念もこだわりもなく、直感でもなく愛情でもない、なんとなくなんとなく。

4.この恋人以外に過去にどのくらい恋人いましたか?
えっと、7か8。1年に1〜2回の頻度。別に多いとは思わない。ひどい奴なんて月1くらいで前会った時と変わってたりする。まぁこれは僕の友達なんだけどね。飽きっぽいというかマニアックというか。
 
5.一番長く続いた恋人とはどれくらいですか? それはいつ頃ですか?
学生の頃で、1年半年くらい? 別れようとも思わなかったし、だいたい別れる暇がなかった。往々にして忙しくて別れる場合よりも、暇だから別れるってケースが多いと思う。

6.逆に一番短かった恋人はどれくらい?
短くとも半年は続く。手に入れるために、それなりに苦労してるわけだからね。最初の3ヶ月は様子を見たいし、次の3ヶ月はなんとなく過ぎていく。で、慣れてきて、どんなことすればどんな反応が得られるかわかってくる半年目くらいが危ない。それ乗り切れば次の1年は安泰だと思うんだけどね。
 
7.恋人を色に例えるなら何色?
シルバーかな。でも輝いちゃいない。最初は輝いて見えたけどね、人生楽しいことばっかりじゃないし、一緒にいると傷付くことだって多くなる。そして傷が多くなるほど輝きは失われていくものなんだよ。

8.恋人との思い出があればどうぞ!
一度、池袋のスタバに置いてきちゃったなぁ。別に気に入らなかったわけじゃない。あの時は急な用事を思い出して、我を忘れて飛び出したんだ。確か新宿で原稿の打ち合わせがあって。で、打ち合わせの途中でヤバイと思い出して、すぐにスタバに戻ったら、店員が事の始終を知ってたみたいでニヤニヤしてた。
 
9.浮気願望はある?
どうせ浮気したって飽きるんだし。だからって現状で満足してるわけでも諦めてるわけじゃない。付き合いが長くなるほど、新しい刺激が欲しくなる。一度別れると元に戻りたいとは絶対思わないわけだから、僕たちはそれと共に進化するしかないんだ。そういう意味では運命共同体なんだなぁと思ったりもする。

10.今の恋人に一言
長く話すと熱くなる癖、やめてほしい。でも今は満足度ナンバーワン。
 
というわけで、このバトンは恋人=携帯電話というオチ。妻はほんとにこういうのひっかかりやすいのでドキドキしながら読んだと思う。というか途中で読むのを止めて詰め寄られたら困ったことになる。大丈夫。ママは育児も家事も愛情も、満足度ナンバーワンですよ。
 
2007年01月22日(月)  妻の後ろ姿は三歩先。
 
今はセミダブルサイズの布団に御ハナ、妻、僕という順で3人並んで寝ているのだが、御ハナは両手をいっぱい広げて眠るので、僕と妻は布団の端の方で小さくなって眠っている。手を戻そうとすると起きてぐずり始めると大変だから、妻と身を寄り添って「狭いね」「狭いわね」「でも温かいね」「温かいわね」なんて言いながら眠りに就く。
 
で、僕は朝まで眠るのだけど、妻は2〜3時間おきに起きて御ハナのオムツ交換と授乳をしなければいけない。僕は一度眠ったら火事でも起きないと思うほど眠りが深いので、御ハナが少しぐずった程度では気付かない。時々深夜に大声で泣いていることもあるが、そんな時も、あぁ、オッパイかな、それともオムツ……と考えているうちに眠ってしまう。
 
たまには僕も起きてあやしてあげることが妻の負担も減るのになぁと思うこともあるけれど、このように一度眠るともう朝まで体が動かないし、何よりも人の命に関わる仕事をしているので、寝不足は大敵。責任問題なんて生半可なものではなくて、一つのミスが牢獄に直行となりかねない。寝るときは寝る。起きてる時は精一杯仕事もして育児もする。これが僕のワークライフバランス。
 
妻は、毎日1〜3時間おきに授乳をしているわけだから、御ハナが生まれてから3ヶ月以上もの間、3時間以上まとめて眠ったことがない。まったく頭が下がる。おっぱいが辛ければミルクという手もあるが、妻曰く、「本当にダメだと思ったとき」つまり最終手段らしい。いつまでも心身共に健康でいてほしいから、おっぱいにあまりこだわらなくてもいいと思うけど、妻のことだから、そこんとこはしっかりと考えている。育児に関して僕が何かに疑問に思ったとき、妻はとっくに答えを出している。母親は父親の一歩も二歩も先に行っている。
 
こんな姿を目の当たりにしたら、まっとうな人間ならば男ならば、離婚なんて選択肢は消え、可能性は限りなくゼロに近付く。だから僕は、この思いをずっと忘れないように、今日も明日も日記を書くよ。
 
2007年01月21日(日)  身も蓋もはんぺんも。
 
最近、巷で「コンビニのおでんの鍋にはなぜ蓋をしないのか」という論議が起きているそうだが、まぁ蓋をしないわけだから衛生的にはよろしくないだろう。それよりも「コンビニのおでんの鍋にプカプカ浮いているブワブワしたあの白い物体は何なのか」という論議を長年一人で行っており、あれは「はんぺん」というらしいが買おうかなやめようかな。絶対不味いよな。お金の無駄だよな。でも一度食べてみたいな。そもそも地元のコンビニのおでんにははんぺんなんかなかったぞ。って調べてみたら関東発祥みたいじゃないか。ということはあの白いブワブワした物体を食ってこそ東京の人ということになる。しかし23区内でよく売れてるっていう「ちくわぶ」を以前食ってみたが全然美味いしくなかった。小麦粉を暴力的に固めたような味であった。はんぺんといいちくわぶといい、都会の人の味覚はどうなってんだ。
 
コンビニ大手のam/pmは、なぜかおでんの販売を見送っているという。理由聞いても「細かく説明することはできないし、他のコンビニの批判となるような意見は差し控えたい」ってそりゃ暗に衛生面への不安があるってことじゃないかしら。でもさ、さっきのはんぺんみたいにあの白い物体は何なんだと思って購買する者もいるわけだから、蓋をせずに商品をそのまま見せるということは、売る方にとってのメリットがあるのかもしれない。でもいろんな人が出入りして大気中にゴミが舞っているような空間で蓋を開けっ放しというのは、よく考えなくてもあまり良いことではない。おい俺の筋肉、そうしてまではんぺんを食いたいのかい食わないのかい! どーするんだい! 食ーうー! と、中山きんに君ばりのテンションで関東発祥白はんぺんを購入。ただやみくもに空気を食っているような食感。これでまた一歩都会人への階段を昇ったことになるが、おでんにはやっぱり薩摩揚げが一番だと思う。
 
2007年01月20日(土)  ねぇ聞いて。
 
機嫌の良いときの御ハナは、かなり長い時間喋るようになった。「うぉ〜お〜おぁ〜う〜、フー、あゎ〜わ〜お〜こぉ〜こ〜、フー、おろろぉお〜おぁ〜あぁ」なんて、息継ぎを交えてしきりに僕たちに何かを伝えようとしている。そんな会話ができるようになったのは、御ハナ自身の成長のせいでもあるだろうけど、妻のアドバイスによるものも大きいと思う。
 
というのは、以前までは御ハナが「うぉ〜お〜うゎ〜」なんて話すと、僕は興奮して「御ハナァァァ。うぉ〜お〜うゎぁああん。ぶふぉぉぉ。ぶりぶりぶりー。うんちだぞー。うんちだぞー」と、どうせ何言っても意味わかんないんだろうし、この身の底から湧き出る嬉しいとか可愛いってニュアンスだけ伝わればいいやと思って意味不明の言葉をまき散らしており、御ハナはパパは何わけのわからないことばかり言っているのだろうと怪訝な表情をいつも浮かべていた。
 
そんなある日、御ハナ相手に相変わらず馬鹿な言動を繰り返す僕を眺めていた妻が、「赤ちゃんが話すことにね、よかったねーとかそうなんだーとか嬉しいんだねーなんて大人が応えてあげると、赤ちゃんは喜んでまた声を出して応じたり、声を出して笑ったりするんだって」と言って、ほほう。いいこと聞いた。早速今日から実践だー。
 
と、御ハナが「うぉ〜お〜うゎ〜」と話すと、「そっかー。そんなことがあったのかぁ。でも僕はこう思う。そのリンゴは本当に赤かったのかい?」「あゎ〜わ〜お〜」「なるほどなるほど。しかしこういう考えもあるよね。実は星じゃなくて地球自体が回ってるんじゃないかって」「おろろぉお〜おぁ〜」「うんうん。そうかもしれんねー。もしそうだったらこりん星だって存在することになるよね」などと声を掛けていたが、会話を成立しているにも関わらず御ハナはその後、大声で泣き始めてしまった。
 
なぜ。なぜなんだろう。僕は御ハナの会話にそれらしく応えていたというのに。なにがいけなかったんだー! と、天井を見上げて叫ぶまでもなく、僕が余計なことを言いすぎているからであり、妻の言う通り、よかったねーとかそうなんだーなんて一言相槌を打つだけで御ハナは嬉しそうに笑うのだ。というわけで、そういう会話を経て、御ハナは冒頭に書いたような、かなり長い言葉を息継ぎを交えて話すようになったのである。今のところめでたし。
 
2007年01月19日(金)  神のような妻と神の子。
 
今日御ハナの体重を測定したら6180gであった。1週間程前に比べると500g近く増加している。ほんと御ハナの成長はめまぐるしく、一体何を食ったらこんなに体重が増えるんだと考えたけれど、御ハナは生まれてこのかた母乳しか飲んだことがなく、2776gで生まれた赤子が母乳だけで倍以上の体重になるなんて、御ハナもすごいがこの母乳ってやつはもっとすごい。
 
だって考えてご覧。この赤子、まだ母乳しか飲んだことないんだよ。どっかで売ってるものでも栽培されているものでももらったものでもなく、妻のおっぱいから出る母乳だけで3ヶ月以上生きているんだよ。まさに妻は命を育んでいるんだよ。妻が、この子を、育てている。そして御ハナは妻の母乳だけで生き続けている。すごいとしか言いようがないよ。うへぇ。
 
と、妻の母乳を指につけてもらって舐めてみたのだがうへぇ。ミルクという感じではなく、なんというか薄い砂糖水を濃くした感じ。しかも生温い。この液体を日に何度も飲んで、泣いたり糞垂らしたり僕の声掛けに鼻で笑ったりしているのだ。しかも母乳は受注生産らしく、赤ちゃんが必要な分だけ体内で作られるという。いったい妻の体はどうなってんだ。しかもしかも授乳中は気分を落ち着かせるホルモンが分泌されて育児に前向きになれるのだという。
 
妻は授乳中、目がトローンとしてきて「眠くなってきたぁ」なんて言っているが、あれはきっと気分を落ち着かせるホルモンが分泌されているからに違いない。僕は酒を飲むと目がトローンとしてきて「眠くなってきたぁ」なんて言って布団に入ると酔いが醒めて余計眠れなくなったりする。僕の中にはすごい要素が一つもない。そんな時に僕は神に出逢った。パワーフォーリビング。僕の人生の意味はこの一冊に秘められている。みたいなCMをやたら見かけるけどあれは何なんだろう。
 
2007年01月18日(木)  親の心子知らず。
 
育児のお悩み掲示板を見ていたら、「3ヶ月のうちの子が湯船でウンチをして困ってます。どうしたらいいですか?」という書きこみがあって、うはぁ、しっかし育児っていろんな悩みがあるものなんだなぁ。どうしたらもこうしたらも3ヶ月なんだから言って聞くわけじゃないし、異常なことでもないし諦めるしかないでしょ。しっかし他人事じゃないよなぁ。御ハナ3ヶ月。もしかしたら今夜湯船でウンチする可能性だってあるわけだからね。御ハナが湯船でウンチしたらどうしよう。僕だったらすぐにママ呼んで、あまりにも気持ち良くてウンチ漏らしました。僕が。と、御ハナの尊厳を保つようにしよう。我が身に代えても可愛い子だからね。
 
最近御ハナは湯船の中ではご機嫌なんだけれど、風呂からあがって体を洗おうとする途端、大声で泣き始める。わたちまだ湯船にゆっくり浸かりたいのにお前のペースで急に洗おうとするからじゃボケー! とでも言っているようだ。でも御ハナはまだ赤ちゃんなんだし、お湯に長く浸からせると茹で上がってしまう。だからぱぱーって浸けてぱぱーって洗ってまたぱぱーって浸けてママーって呼んでおしまい。御ハナは不機嫌なままタオルにくるまれてママに連れて行かれる。そして風呂からあがってもまだ不機嫌なのは、地獄の鼻糞取りが始まるから。
 
鼻糞。御ハナは最近ようやくおしゃぶりできるようになったが、まだ自分で鼻糞をほじることができない。よってお風呂上がりに綿棒を使って御ハナの鼻糞を取ってあげる。取ってあげるとか言ってるけど、わたち頼んだ覚えなんかないわよー! とでも言っているように、綿棒を鼻の穴に入れるともう大暴れ。ちょ、ちょ、あぶ、危ないからじっとしててぇー。と、気弱なことを言いながら四苦八苦して鼻糞を除去する。で、鼻糞取ったら鼻がスースー通って気持ちいいはずなんだけど、その後御ハナはママのおっぱい飲みながら横目でお前いつかぶっ殺すとでも言っているような視線で僕を睨んでいる。すごく切ない。親の心子知らずというか、そんな感じで僕はなんだか御ハナに恨まれているだろうから、今夜にでも湯船でウンチされるかもしれないね。
 
2007年01月17日(水)  妻という人。
 
いちばん身近で愛していて優しく美しく、謎多き人物である、今日は妻という人を書きます。
 
妻は嘘が吐けません。何かの折、「そんなの適当な事言って嘘吐いとけばいいんだよ」という僕のアドバイスに、そうかしらーそうかしらーと、急にソワソワしはじめて、一人で嘘の予行練習を始めるほど嘘が苦手な人です。そしてしばらく経ってから「他にいい方法ないかしら」と再びアドバイスを求めるほど嘘が嫌いな人でもあります。
 
妻は逆上しません。いつも一人で、いつの間にか怒っています。僕は鈍感なので、妻が怒り始めて数時間、ひどいときは数日経ってから、「あれ? もしかして怒ってる?」と、気付き始め、気付きが遅いものですからどの場面で怒り始めたのかわからなくなります。仲直りには正確な記憶力と、鋭い現状分析能力と、驚くほど甘い物が必要です。
 
というわけで妻は甘い物が大好きです。昨年の大晦日の夜、ちょっとタバコ出てくるとコンビニに行き、妻に一年の労をねぎらい、大きめのパフェを買ってきてすぐ冷蔵庫の奥に隠し、妻の風呂上がり、ちょっとゆっくりできる時間に「今年一年ありがとうございました」と、冷蔵庫からパフェを持ってくると、目を輝かせて「あ〜ん! う〜ん!」と、悶え始めて一口食べるたびに「好きー!」と、パフェが好きなのか僕が好きなのかわからないことを言う人であります。
 
妻は僕のアフレコが大好きです。意味のある言葉を発することのできない御ハナに、僕は何かと意味をつけてアフレコをするのですが、妻はそのアフレコを聞いて大喜びします。腹を抱えて笑います。僕たちはいつも家族3人で笑っています。いつもいつも笑っていて、あれ? 今日はあんまり笑わないなぁ。と、思ったときはとっくの昔に妻が怒っているときです。
 
妻は精一杯育児をしています。イライラすることもあるとは思うけど、表に出すのは愛情だけで、御ハナを優しく包んでいます。昼夜関係ない数時間置きの授乳にも小言一つ言いません。というか僕は妻の小言を聞いたことがありません。いつも静かに強い意志を持って、育児に励んでいます。
 
妻は僕の次か僕の上かわからないけれど、そのくらいメガネを大切にしています。妻はめちゃくちゃ鼻唄が上手いです。妻は携帯で僕の日記を読みます。妻は排便があったかどうかいちいち僕に報告します。妻は髪が長いです。風呂も長いです。妻は料理が上手いです。
 
妻は僕にアドバイスをしてくれます。僕は今まで物事全てを一人で考え、一人で行動してきました。誰にも悩みを相談したことがないし、すること自体、野暮なことだと思っていました。今でも僕は悩み事を相談することはありません。でも妻は、僕は今、何を、どんな風に悩んでいるか全て知っています。そして、いつだって憎いほど的確なアドバイスを、僕を傷つけることなく、静かに話してくれるのです。
 
妻は綺麗な人です。子供を産んで、一層綺麗になりました。いつも凛としていて透き通っているのに存在感があって、頭が良くて意志が強くて、いちいち排便の有無を報告します。
 
僕は君を愛しています。これからもずっと愛しています。御ハナはもう3ヶ月だけど、僕たちは今日で付き合って1年になりました。そして去年の今日から3ヵ月後に僕たちは入籍することになります。いつもいつも本当にありがとう。これからもどうぞよろしく。
 
2007年01月16日(火)  結局全てに目を通しているのだけど。
 
タバコを吸いながら揚げ物をすると消防法違反になるらしいですね。お久しぶりです。先日旅行で盛岡に行ってわんこそばを食べたのですが、今度は是非一緒に食べに行きましょう。そういえばそのわんこそば屋を出てすぐの所に、首輪の付いてないチャウチャウが居たんですけれど、そのチャウチャウが20cmくらいあってびっくりしました。そういえば仕事で脇毛を……、あ、長くなりそうなので続きはこっちで。http://○○○.△△△.jp/ はるこ。
 
とまぁ荒唐無稽の出会い系サイト誘導系の迷惑メールが届いたが、文章の節々からヤケクソ感漂うまとまりのなさ。まるで思いついたことをそのまま文章にしているような。揚げ物、わんこそば、チャウチャウ、脇毛。訳のわからない文章を書けと命令されてもこれだけの文章は書けそうにない。
 
しかし「チャウチャウが20cmくらいあってびっくりしました」ってどういうことだ。チャウチャウって10cmくらいの動物だっけ。え? そもそもチャウチャウって何だっけ? と、迷惑メール如きに混乱してしまい、すぐにチャウチャウを検索したが、体高50〜60cm、体重25〜27kgと書いてあり、20cmなら小さすぎるということになる。だったら「チャウチャウが20cmしかなくてびっくりしました」と書くべきじゃないか。馬鹿馬鹿しい。書くほうも混乱するほうもどっちも馬鹿だ。
  
先日、自社の出会い系サイトを宣伝する2ヶ月間で総通54億通にものぼるメールを送信したとして、都内の出会い系サイト運営会社が逮捕されていたが、1日約9000万通送るんだったらそりゃもうネタにも尽きてくるなとこのメールを読んで切に思った。
 
でもあれなんだってね。こういう迷惑メールってネットショッピングしたとこのショップが客のメールアドレスを名簿業者に売るらしいね。だから怪しいネットショップにそのショップとの取引専用のメールアドレス作って、その後にそのメールアドレス宛に迷惑メールが届くようになったら、そのネットショップが名簿業者にメアドを売ったってことになります。って、とある迷惑メール対策のサイトに書いてあってなるほどねと思ったけど、なるほどもなにもそんな面倒臭いことして何になるんだと気付くのに3日くらいかかった。
 
2007年01月15日(月)  こヽろすなお。
 
先日、遅まきながら妻と御ハナと初詣に行って、おみくじを引いたら大吉であった。妻は末吉で口を尖らせていたが僕たちは夫婦。僕の幸せは君の幸せにもなるんだから君も大吉ってことだ。ということを言って、それもそうねと夫婦ご機嫌で賽銭投げて御ハナが元気に育つようにとお祈りしたのだが、その論理でいくと、妻の末吉は僕の末吉であるということにもなる。でもそんな無粋なこと考えて何になる。今年はみんな大吉。それでいいじゃないか。
 
「こヽろすなおにし 身もちを正しくすれば ますます運よろしく 何事もおもうまヽになるでしょう」
 
と、おみくじには書いてあった。なるほど心は素直が一番である。しかしだいたい心がめちゃくちゃピュアな奴はブログなんて書かないし、ピュアだったら書くことだってないだろう。ということは心が素直になるためにブログを閉鎖しろと神様が言ってるのかもしれん。ブログを閉鎖すればますます運よろしく何事も思うままになるという。ほんとかしら。ブログやめたら宝くじで3億当たって都内のマンションに引越しかしら。転居のとこを読むと「いそぐがよし」と書いてあるし。ね。閉鎖。3億。転居。急ぐがよしよと妻に言うと、妻の転居のとこには「慌てるな」と書いてあり、僕たちは運命共同体の夫婦なのに、神様ったらあべこべなことばかり言う。困ったな。
 
失物のとこには、「出る ひくい処」と書いてある。出る。神様ったらチョー簡潔に断言してる。しかしだいたい失物ってのは低いところにあるものじゃないだろうか。なくした指輪がタンスの上で見つかったなんて話は聞いたこともないがね。君はあるか? と、境内でそんなこと話してたら妻に罰が当たるからそんな話やめてと言われた。今年一年もなかなか心は素直になれそうにない。
 
2007年01月14日(日)  育児フェロモン。
 
独身時代はその存在すら認識しなかったのだが、世の中にはベビールームというものが存在して、百貨店やショッピングモールの店内に、オムツ交換、授乳、赤ちゃんの食事、休憩などが可能なスペースがあるのだ。場所によっては人二人入れば満員の場所もあれば、10人入っても余裕がある場所もある。ミルク用のお湯が出る水道も設置されてある。授乳室にはそれぞれカーテンが設置されており、プライバシーも保たれる。よって最近は出掛ける場所や、その付近にベビールームがあるか否かが最優先事項になっている。
 
今日は妻の失業給付の諸手続きのため、池袋のハローワークに行った。池袋のハローワークはサンシャインビルにあって、サンシャインビルにはサンシャインシティという巨大なショッピングモールも隣接されている。妻がハローワークに行っている間、僕は御ハナを抱えてショッピングモールを散策、を予定していたのだが、妻と別れて数分後に早速御ハナがグズグズしはじめたので、オムツが濡れたのだなとベビールームへ向かう。
 
サンシャインシティには2ヶ所のベビールームがあり、うち1ヶ所はゆったりとしたソファーや授乳室、10個以上のオムツ交換台などがあり、お湯ももちろん出るし赤ちゃんの身体測定までできるという充実ぶり。内装もすごく綺麗で、別にショッピングモール散策したって買いたいものがあるわけでもないし、そもそも財布に金が入ってない。無利無欲。あるのは妻と御ハナへの愛情だけ。ママの用事が終わるまでここでゆっくりしよっかー。と、御ハナのオムツを替えて、ベビールーム内のソファーに座って御ハナと遊ぶ。
 
遊ぶといってもただ僕が一方的に話し掛けて御ハナがエヘェと笑って僕がウホーとなっているような、結局家でも外出先でもやっていることは一緒なのだが、外出先でもそんな遊びが許されるベビールームという存在。世の中便利になったもんだ。
 
と、感動しながら御ハナと遊んでいると、「御ハナさーん。ウバウバウバブー」「いないいない……イナーイ!」「コラ! なんでそんなに可愛い目をしているのか!」など、我が家と錯覚していつの間にか声を出して御ハナをあやしており、斜め向かいのソファーでその馬鹿親を見ていた1歳半の女の子を連れた母親が、「こんにちはー。可愛いですねー。何ヶ月ですか?」と、話し掛けてきて、1歳半の女の子も、グッジョブママ。よくぞ話し掛けてくれました。と言わんばかりに、「赤ちゃん、触ってきていい?」なんてニコニコしながら母親に言っている。御ハナも御ハナで、その女の子がやたら気になるらしく、二人ニコニコしながら見つめ合っている。
 
「子供たちはね、きっと子供たちにしかわからないテレパシーのようなものを持ってるんですよ」と、その若い母親は言った。「そうかもしれんですねー」と、女の子に小さな足を触られてキャッキャと喜んでいる御ハナの頭を撫でる。いつの間にかその母親は隣のソファーに座っており、僕たちは育児話に花を咲かせていた。
 
しばらくすると3歳児ほどの男の子を連れた母親が入ってきて、何ヶ月ですか? そちらは? 元気ですねー。可愛いですねーみたいな会話を経て、育児話に参入。ややあって今度は御ハナと同じくらいの赤子を抱えた母親が入ってきて、同様の挨拶を経てそれぞれの子供を交えながら育児話。そして数十分後、じゃあ失礼しましたー。頑張りましょうねー。なんて言って、それぞれベビールームを出ていく。
 
子供の名前は知っているが親の名前も仕事も住まいも知らず、多分二度と会うことのない、そんな短時間で温かい関係。ベビールームってすごいねしかし。と、帰りの電車の中で妻に話すと、「女同士だけだったらそんなことないわよ。男一人子供抱えて、いかにもガードが弱そうなあなただからみんな話し掛けてくるのよ」と、褒められているのだか呆れているのだかわからないことを妻は言った。「育児フェロモンだね」と、僕が言うと、妻は「何それ」と言ったけど否定はしなかった。
 
2007年01月13日(土)  君が笑うと脳が溶ける。
 
昨日は御ハナの愚図リングについて書いたが、もちろん毎日愚図っているのではなく、たいていニコニコ笑っている。
 
本当に、よく笑うのだ。声を掛けるとニコーッ。歌を唄うとキャッキャ。御ハナの面前でママとキスするとニヤーッ。という具合に、笑いの種類を使い分けられるほどよく笑う。
 
最近の御ハナは僕の膝の上がお気に入りで、食事の時も、小説や新聞を読む時もあぐらをかいた僕の膝の上にちょこんと座っておとなしくテレビを見ている。テレビを、見ている。テレビ! 御ハナ! テレビばっか見てちゃダメ! と、ママは叱るのだけど、それでも一心不乱にテレビを見ているのはなぜだろう。と、考えるまでもなく、テレビは色鮮やかでいろんなものが動いているので、自然に目移りしてしまうものなのだろう。
 
で、テレビを消すと御ハナは何をするでもなく、ただじっと僕の膝の上に座っている。僕の目線からは御ハナの頭しか見えないのでどんな表情をしているかわからないが、静かに座っている。最近は、膝の上に座ったまま眠り始めたりするのだ。膝の上でスースー寝息を立てる我が子。また脳が溶ける。可愛すぎて脳が溶ける。脳は溶けるしせっかく眠り始めたので、ソファーの上に寝かせようとすると、わたち寝てないわよー! なんでここに寝かせようとすんのよー! と、プンプン怒った調子で泣き始めて、あ、あぁ、ゴメンゴメン。と、慌てて膝の上に戻すと、グズグズ鼻をすすりながら、そうよ、ここよ。ここがいいのよ。といった感じで泣き止んで、そっかそっかここがいいんでちゅかーと、話し掛けると、エヘェ。と、微笑んでまた脳が溶ける。
 
今も御ハナを膝に座らせたままパソコンに向かいこの日記を書いているが、パソコンはテレビほどめまぐるしく画面が切り替わらないため、あまり興味がない様子。で、何をやっているかというと、鼻をフンフン鳴らせながら、特に、何もやっていない。一人でパソコンの下の雑然としたコード類を眺めながらフンフン言っている。ああ脳が溶ける。
 
2007年01月12日(金)  吸って吐くのが深呼吸。
 
御ハナも生後3ヶ月が経過し、問題という問題もなく順調に育っているのだが、時々愚図ることが大変といえば大変。
 
愚図る。ぐずる。愚図愚図。ぐずぐず。言動が曖昧ではっきりしない様子。天気予報でよく聞く「ぐずついた天気」というのもこの愚図。
  
というわけで突然愚図ついたご機嫌になる御ハナ。大声で泣き始めオムツかなと思っても、さっき替えたでしょー! 常識的に考えて濡れてるわけないじゃなーい! とでも言っているような泣き声を発し、実際濡れてない。おっぱいかなと思って妻に渡しても、ちっともわたちをわかってくれなーい! って感じで乳首から離れてしまう。じゃあ抱っこかしらと、御ハナを抱いてリビングをウロウロするのだけど、アラヤダ! 抱っこしてもらいたくて泣いてると思ってるのー!? という感じで泣き声は一層激しくなる。じゃあ一体何なんだと、ベビーチェアーに御ハナを座らせると、わたちだってわかんなくて泣いてんのよー! という具合に、大粒の涙をポロポロ流して泣き続ける。
 
愚図るというのは、本当に泣いている本人すらわからないものなのかもしれない。じゃあ漠然とした不安感によるものなのかと考えたって、もしそうだとしても何の解決にもならない。これは嵐のようなものだ。何したって敵わない。様々な策を講じながら、嵐が通り過ぎるのを待つだけ。
 
赤子が泣き止まないという理由で虐待に走る親もいるが、赤子だって子供だって大人にだって、暴力では何の解決にもならない。自然に親になるのではなく、誰だって学習して親になるのだから、この嵐が過ぎるという忍耐力や、あらゆる状況を冷静に対処する判断力、そしていかなる時でも我が子を愛する包容力を、育児をしながら養わなければいけない。
 
泣き続ける御ハナを胸に抱き、それでも泣き続ける御ハナに耳元で「こっち向いて二人で前ならえ〜」と、アルゴリズム体操を口ずさむ心の余裕。心の余裕。心の余裕。心のハードディスクは常に空き容量を確保しとかなきゃね。
 
2007年01月11日(木)  ちっとも自分の人生を。
 
今日は面接に行って心機一転頑張ろうという意気込みを相手に伝え過ぎちゃって、じゃあ入職早々管理職でってことでみたいな状況になり、困ったことになってしまった。僕はいつまでも現場で働きたいのに、本当に困ったことになってしまったなぁということを妻に話すと、「しょうがないんじゃない」と言われて、まぁしょうがないのかもしれない。
 
看護師って職業は慢性的に人材不足で、人材はいることはいるんだけど、診療報酬の改定とか説明しても難しくてわかんないし、そもそも僕が難しい説明なんてできない理由で、って書いたけれど、ちゃんと考えればちゃんと説明できるってとこも見せなくちゃね。
 
要するに去年、厚生労働相が診療報酬の改定をして、患者7人に大して看護師1人という手厚い看護体勢を敷く病院ほど、収入が高くなるというシステムを作ったわけ。んで急激に看護師の数が必要になって、大病院がカネにモノをいわせて看護師の囲い込みを始めて、今や看護師は売り手市場。大病院の給料はポンポン上がって、そんな簡単に給料を上げることのできない中小病院は看護師不足に陥ってしまうというメカニズム。ほら説明できた。
 
んで世の中はそういう情勢なので僕は給料の高い大病院への転職を考えたかというとそうでもなく、もともと金に執着のない僕は、いくら給料が高くたって心にゆとりがなくては元の木阿弥だ。心身共に健康な生活はプライスレスだ。お金で買えない価値がある。買えるものはマスターカードでサラ金地獄だ。
 
よって大病院の転職など全く考えず、管理職ではない現場で働く看護師として新天地を求めたのだけど、30歳の男性、配偶者を持つ主任経験ありの看護師。んでこの看護職界隈の状況。この経験を生かして、是非管理職として手腕を発揮して下さいと面接で言われて、はぁ、発揮します。と、また調子の良い返事をするものだから、じゃあ管理職でってことになって、因果なもので自分の人生をちっとも真剣に考えずに、相手の希望通りに動こうとするものだからこんな事態になってしまう。
 
というわけで現在の職場は3月で退職。まぁ退職しますって言ってああそうですかと簡単に辞表を受理してくれるわけがないので、これからながーい交渉に入るのだけど、まぁそういうわけでそういうわけで。
 
2007年01月10日(水)  コミュニケーション障害。
 
「なんか」を多用する人に会うと、なんか気に障る。
 
「なんか昨日池袋遊び行ったらさー、なんかクレープ売っててー、なんかダイエットしてんだけど即買い? みたいな。なんかみたいな。みたいななんか。なんかクレープ。なんか池袋」
 
と、阿呆のような会話を電車内で聞いててなんか僕イライラ。だいたい「なんか」を多用する人は自分の発言にちっとも責任を持っていない。「なんか私はよくわかんないけど」という意味が含まれた「なんか」会話の内容をね、一回自分の頭で整理すると、その「なんか」が「なんなのか」わかってきて、その「なんなのか」という部分を詳しく話せば会話も充実するというのに、ちっとも考えずに話すものだから「なんか」を多用して結局何を言いたいのかわからないという荒唐無稽な会話になってしまうなんか。
 
「なんかドクターが言ってたから」と、職場でも多々耳にするが、自分の行動に責任を持たずに、ドクターが言ってたからやったみたいな。看護職なのに。「なんか」の部分を考えずに。と、主任としてそういう言葉を聞くと苛々してしまう。でも「なんかドクターが言ってたから」と言われて「どうしてドクターが言ってたんですか」と訊ねると、ちゃんと答えることができたりする。なんだかなぁ。
 
でも、前述の電車内の会話。「なんかクレープ売っててー」と言われて「なんでクレープが売ってたの?」と訊ねても相手は答えようがない。むむむ。現代のコミュニケーション障害。順応できてないのはこの僕だったりして。
 
2007年01月09日(火)  ちっとも真面目に考えない。
 
05年の国勢調査によれば、30〜34歳の未婚率は男性47.1%、女性32.0%で、どちらも10年前より10ポイント前後増加した。(朝日新聞)
  
というわけで僕はできちゃった結婚を推進します。なんて極論は展開しないけど、結婚に理想が抱けないのならば、できちゃった結婚も一つの手だと思うのです経験者として。
 
運である。ほんと結婚というものは運である生んである膿んである。3年もの交際を得て結婚した者もいれば、僕みたいに交際1ヶ月足らずで入籍した者もある。3年付き合って離婚する者もあれば、交際1ヶ月足らずで10年続く者も、もちろん逆のケースだってある。
 
結婚の行く末なんて神のみぞ知るどころか神様だって知らない。皆知らない。僕も妻も来年もこうやって仲良くやってるだろうかなんて思うことがある。誰も知らない。努力で何とかなるんだったら精一杯の努力をする。でもいくら努力したって世の中には決して逆らえぬものがある。そのことを人間は「運命」という言葉を使ってうまいこと自己完結する。いいね運命、便利な言葉。
 
だから責任を1/3くらい運命に委ねて、残り2/3を努力すればいい。うまくいかなかったら運命のせいにすりゃあいいんだ。という心意気で結婚を決意すりゃあいい。案ずるより産むが易し。という言葉を使ったら「全然易くなかったわよ」と妻は言っていたが、こと結婚に関しては運である生んである膿んである。そして実はその運そのものも自分の手の中に存在するのである。
 
というのは、仲が良いときは「あぁ結婚して良かった」と思うし、不仲になったときは「どうして結婚しちゃったんだろ」と思うということは運とは流動的なもので、自分の匙加減でどうにでもなるのである。同にでも道にでも導にでもどうにでも。
 
要するに、自分をコントロールする術さえ持っていれば、誰だって結婚できるし順応できる。じゃあ自分をコントロールをする術を持つにはどうすればいいか。結婚すればいいのです。うほー。
 
2007年01月08日(月)  今年はムカイング。
 
2005年度の男性の育児休業所得率は0.5%らしい。んで、東京都の調査では男性の50%が所得を希望していて、実際に休んだ人は8%だという。まぁ制度を作る方は作ったあと強要するだけだから簡単かもしれんが、やっぱり働く現場レベルで考えると、育児休暇ってのは難しいかもしれんね。
 
僕だって育児休暇の意味を知らないわけじゃない。申請すればもらえると思う。でも申請しないのは、育児に消極的なんじゃなくて職場が困るからであって、実際僕以外の人が育児休暇取って一人抜けると病棟として困った事態になる。質の高い仕事と、充実した家庭生活を送ることを「ワーク・ライフ・バランス」と呼ぶらしいが、カタカナで呼んで現状が変わるわけでもなし。このライフスタイルを実践し、仕事や育児を柔軟に分担する夫婦を「バランス夫婦」と呼ぶらしいが、何かと命名してわかったような振りをしている人たちが本当にムカつく。
 
まぁ世の中往々にしてムカついている者はただムカついているだけで具体的な行動に移さないのだが、今年の僕はムカつく+行動する。通称ムカイングを胸に抱き、理想的な子育て環境を手に入れるため、ワーク・ライフ・バランスでバランス夫婦でムカイング。ムカイングというのは、ムカつくに現在進行形のingを合わせた造語だが、その他にも理想に「向かっている」という意味も込められている。いや今考えたんだけど。
 
2007年01月07日(日)  ボクロストジェネレーション。

今、25歳〜35歳にあたる約2千万人は、日本がもっとも豊かな時代に生まれた。そして社会に出た時、戦後最長の経済停滞期だった……。
 
という文節で始まる朝日新聞の特集「ロストジェネレーション」。「第2の敗戦」と呼ばれたバブル崩壊を少年期に迎え、「失われた10年」に大人になった若者たち。時代の波頭に立ち、新しい行き方を求めて、さまよえる世代。昨日一昨日と、ナナロク世代だのアラサーだの、やたら僕たちの年代を定義付けようとしているのは、それだけ僕たちが不可解な世代で、何とか理解の範疇に押し込めようとしている苦肉の策かもしれんね。
 
というわけでナナロク世代でもアラサーでもなかった僕は、今度こそはこの定義にあてはめることができる。25歳〜35歳だったら無条件で「ロストジェネレーション」らしいからね。ロストジェネレーション。格好良いじゃないか。失われた世代って。僕は何を失い、どこをさまよっているのかなぁ。でも世の中が、って朝日新聞がそう定義するんだったらしょうがない。僕はロストジェネレーションだ。
 
で、僕は何を失ったかというと、「第2の敗戦」と呼ばれたバブル崩壊の少年期、「失われた10年」に、今でもこればっかりは悔しいんだけど、500円玉を入れたプラスチック製の小銭入れをロスト。あと数百枚を輪ゴムで束にしたビックリマンシールをロスト。山本君に貸したファミコンソフト「スペランカー」をロスト。小遣いを貯めて購入したミニ四駆「サンダードラゴン」を川に落としてロストと、思えば成る程、僕の人生は喪失の歴史ともいえる。
 
そのようなトラウマ級の喪失を経て僕は大人になり、思考思想思慮が屈託して毎日日記を書くようになり、たまに読み返してみるけれど何の得にもならない。でも書き残すことによって、僕は過去を失わないようになった。って格好良いことを書いてみたけれどみたけれど。さてさてさて。その朝日新聞の記事に、ライブドアの広報担当だった乙部綾子氏(30)の一言に僕はドキッとした。
 
「それぞれで学ぶべきことを学び、次のステージを最短で見つけただけ。どこも、それ以上続けても無意味だった」
 
日記を書いて過去を失わないことになったなんてさっき格好良いと思っていた言葉が陳腐に見えるほど格好良い言葉。何が「最短」だったのか、「それ以上」続けて何が無意味だったのか主観の問題なのでよくわからんが、自己を肯定するとっておきの言葉ということには変わりない。
 
というわけで僕も次のステージを最短で見つけるようにしようと、あの洞窟の中ボス、無理に倒さなくたってストーリー的には関係なくね? と、常に自問しながら最近再び始めたドラクエ8を楽しんでいるが、僕の人生という観点から見て、それ以上続けても無意味だった。
 
2007年01月06日(土)  ボクアラサー。あと色気の話。
 
昨日は1976年前後に生まれたネット起業家のことを「ナナロク世代」と呼び、僕は1976年生まれだがネット起業家ではないのでナナロク世代とは呼ばないというどうでもいい日記を書いたのだが、じゃあ僕は「アラサー」かもしれんねと思ったけど、アラサーでもなくて残念。
 
アラサーというのは、「アラウンドサーティー(30歳前後)」の略らしく、アパレル業界で使われ始め、一般にも徐々に浸透されている言葉らしい。1990年代半ばの学生時代にルーズソックス、プリクラ、ポケベル・PHS、茶髪といった流行の洗礼を受け、次々に社会現象を巻き起こしてきた世代で、現在は30歳前後になり結婚や出産を迎える時期だが、落ち着きたくないだの守りに入りたくないだのという気持ちが強く、ファッションに興味を持ち、自分磨きにも熱心な人達のことを指す言葉らしい。
 
というわけで僕は確かにアラウンドサーティーつかジャストサーティで略してジャサーなんだけどそういう言葉はないし、結婚や出産を迎える時期に結婚して子供も授かったので、落ち着いているし守りに入っている。ファッションだって昔ほど高い服を買うわけでもなし、自分磨きよりもお風呂で我が子を磨くことに命を懸けている。
 
アパレルメーカーはこの世代に対する新しいカジュアル感とセクシーさを加味した従来にない「通勤着」ブランドを創出しているらしいが、もう僕はカジュアル感だけで十分で、セクシーさ、男の色気みたいなものはもういらない。
 
自分で言うのも何だが、昔っていうか結婚するまではそれなりの「色気」みたいなものがあったように思う。酒を飲みながら何かいい雰囲気を作りだす色気。何気なく話しているだけで、いつの間にか相手をその気にさせる色気。
 
まぁ色気がなくなった今だから書けることだけど、あの当時は確かに自覚できる自分の色気のようなものがあった。モテるというよりも、惹きつける何かがあった。この前、文学フリマの後、一緒にお茶をした女性がその日のブログに、僕のことを「文学は色気だと思った」と表現しており、おお、無自覚で限りなく自覚的なあの色気がまだ僕には残ってるかもしれんと嬉しく思ったけれど、もう昔のように自覚できなくなっているし、あの女性は僕のことではなく僕の文学について色気があると表現したのかもしれんし、御ハナは毎晩8時にお風呂に入るので、昔のように夜遊びもできんし既婚者だしそもそも色気があったって使途がない。
 
というわけでナナロク世代でもアラサーでもなく、色気を失い家庭を手に入れた僕は一介の父親になって、せめて文章の中だけはほのかな色気を残していこうと、日々こうやって文章を書いているのだけど、もう自然に家庭染みちゃってどうもいかんね。
 
2007年01月05日(金)  ボクナナロク。
 
1976年前後に生まれたネット起業家を「ナナロク世代」というらしい。僕も1976年生まれだが、ネット企業家ではないのでナナロク世代とは呼ばない。でも僕は将来コンピュータ関連の仕事に就きたくて高校は情報処理科という、今思えば何を卒業したんだろうというような学科に進んだのだが、何を卒業したんだろうと思っているくらいだから勉学は全くできず、部活で隣のコートにいる女子テニス部員を口説いてるか、ゲーセンで当時大ブームだったスト�兇卜紊鵑任い襪�、「なんか今日もう午前中休んでもよくね?」と、友人達とたむろって夕方までマリオカートに熱くなるなど、ナナロク世代が確かな目で将来を見据えていた頃、僕は遊んでばかりで情報処理の授業ではCOBOLというプログラム言語を学んでいたのだが、今思い返してみても「MOVE」というプログラム言語、つうか単語しか思い出せない駄目な人間になってしまった。
 
だいたいこのナナロク世代が大学に入学した頃にウィンドウズ95が発売されてパソコンブームが到来。自然とパソコンとビジネスを結びつけて考えるようになって現在の大成功を収めるに至るわけだけれど、僕は早々にコンピュータ関係に見切りをつけて大学にもコンピュータ関連の専門学校にも進まず、何を思ったか看護学校を受験して、めでたく合格してからウィンドウズ95発売。全然関係ない。つかコンピュータって聞いただけで下痢しそうだよ。ブームなんて対岸の火事。関係ない関係ないって看護ばかり勉強、といっても看護学校でもあんまり勉強しなかったのだけど、高校を卒業した時点で、コンピュータ関連の学校へ進学していたら、僕も今頃六本木ヒルズに住んで意味はわからんが上場とかマネーロンダリングとかしてグラビアアイドルと結婚していたかもしれん。惜しいことしたなぁ。
 
でも今より幸せかってのは疑問だなぁ。
 
2007年01月04日(木)  赤子抱えて買い物するということ。
 
元旦は夜勤で、今日は朝から仕事。正月は1月3日しか休んでいない。働き者だなぁ。年末ジャンボも駄目だったし今年も頑張って働いて女房と子供を幸せにしなければいかんなぁ。と、妻子が眠る午前0時、一人でプレステしながら独り言。
 
昨日は唯一の正月休みだったのだが、子供を抱えて池袋に行き疲労コンパイ。やっぱり5キロもある子供を抱えながら歩きまわるってのは辛いね。ベビーカーだったらまだ疲れないんだろうけど、あんだけ人が歩いている池袋でベビーカーなんて押せない。つーか赤子抱えて池袋なんか来んなよ。そんな苦労してまで買い物したいものなのか。
 
なんて思ってたんだよね実は独身の頃は。赤子抱えて買い物すんなって。でもね、子供を持って気付いたんだよ。誰だって買い物に池袋に行きたい。それはもちろん子持ちの主婦だって行きたい。でも赤ちゃんがいるからなかなか外出できない。でも行きたい。主人が休みの時に3人で行きたい。主人は再来週の日曜日だったら大丈夫って言ってる。楽しみだな、再来週の日曜日。
 
と、独身の頃、別段何も思わずに赴いていた池袋、新宿、渋谷などの繁華街への外出が、子供を持つことによって月に1度の大イベントとなってしまうのだ。バッグにオムツとかお尻拭きとかおしゃぶりとかガーゼとか入れて。電車の中で泣かないよう、出掛ける直前にオムツを替えて授乳して。それでようやく外出できるのだ。
 
そんな苦労、独身の頃なんて知りもしないから、赤子抱えて人ゴミの中って。どういう見識してんだ。赤ちゃんが可哀想。自分が遊びたいがために我が子を儀性にするなんてひでぇ親だなぁ。と、冷たい視線で見ていたのだが、もうほんとこれだけは断言する。決してそんなことはない。この人達はここに来る日を指折り数え、周到に用意し、煩雑な準備をし、独身者には想像できない努力をしてきたんだ。道を、どうか道を開けてやりなさい。席を、ほんと席を譲ってやりなさい。エレベーターには先に乗せなさい。階段は手すりのある方を歩かせてやりなさい。右の乳を吸ったなら左の乳を吸わせてあげなさい。月に1度の買い物の日、今日という日を十分楽しみなさい。と、もう慈しみの気持ちでいっぱい。
 
それだけ子持ちの外出ってのはエネルギーを消費するものなのだ。僕は毎日与えられたシフト通りに仕事に行ってるだけ。そうしてたまの休日に御ハナ連れて買い物行って腰が痛い腰が痛い言っている。妻は毎日御ハナを抱えて夕食の買い物に行っている。もうほんと僕より100万倍偉い。
 
2007年01月03日(水)  君の誕生日。
 
今日は妻の誕生日。失敗したなぁと思うのは、ドイツ製のステンレス包丁をクリスマスにプレゼントして、包丁をプレゼントするということは、これで美味い料理を作ってくれという自分の要求が込められていて純粋なプレゼントではないので、アロマサロンの90分チケットを渡したことが失敗。
 
なぜならその約1週間後に妻の誕生日を迎えたからであって、僕は日々の小遣いやへそくりを総動員させてこの2つのクリスマスプレゼントを購入した。クリスマスと誕生日。それぞれ分ければよかった。妻を喜ばせたい一心とクリスマスの雰囲気に舞い上がって、1週間後の誕生日のことなどすっかり忘れておった。どうしよう。本格的に手持ちの金がない。
 
現在歯医者に通っているのだが、治療を受けた振りをして治療費をへそくりにまわすという手を考えるまでもなく歯が痛い。じゃあ煙草を我慢して煙草代をへそくりにまわすなんて千円貯めるのに10日かかる。どうしよう。せっかくの誕生日なのに妻にプレゼントを渡すことができない。
 
金がないということは切ないことだなぁ。と、ベランダで煙草をふかしながら呟いて、部屋で洗濯物をたたんでいる妻に、「明日どっか買い物行こうか。君の誕生日だし」と言うと、「うん。いいわよ」と、心なしか嬉しそう。嬉しそうだけど僕には金がない。「だけどー僕にはピアノがーないー。君に聞かせーる腕もーないー」と、ベランダで口ずさんでいると僕の切ない心境を察した妻が、「プレゼントは別にいいわよ。私欲しい物自分で買うから」と言いホッとした。あーよかったよかった。そうだよ誕生日プレゼントは自分で選ぶといいよ。別に我が家が金に困っているわけでもなし、家計からプレゼント代を捻出して好きなもの買うといいよと、翌日池袋。
 
スリングという抱っこひもで御ハナを抱えて、と、今までは体全体を丸めてすっぽり包むように抱えていたのだが、最近首がすわってきたので縦抱きできるようになった。縦抱きにすると、終始御ハナは僕を見上げて、終始僕は御ハナを見つめているので「ちゃんと前向いて歩いてよ」と、妻にコンスタントに注意される。
 
今日はオムツ用のゴミ箱と洋室に置くゴミ箱と壁掛け時計、そして妻の誕生日プレゼントに財布を買った。帰りにケーキを買って夜に小さなパーティをした。妻27歳。26歳から付き合ったので、まだ妻の人生を1年しか知らない。でもこれから同じ人生を歩んでいくのだから、来年はクリスマスと誕生日に関するへそくりの使途をちゃんと検討しなければね。
 
2007年01月02日(火)  今年の抱負。
 
今年の抱負はと妻に聞かれ、「ニンテンドーDSを入手します」と言ったらスルーされたので、じゃあ君の抱負はと訊ねると「精一杯育児をします」と言って涙が出そうになって僕ももう少し人から言われたことを真剣に考えなければいかんなぁもう30だしと思い、真剣に今年の抱負を考えてみることにした。
 
今年の春頃、僕は今の職場を辞めると思う。辞めてムービースターになろうと思うってほら、油断するともうふざけてる。どうしてこんなに真面目さが持続しないのだ僕は俺は。この調子じゃニンテンドーDSすら手に入らない恐れがある。つかほんとにいつ手に入るんだ。どこ行っても売り切れやがって。新聞の折り込み広告でおおっDSが売ってる! なんて感動しても「数量限定」とか書いてあるし。僕はこの30年、「数量限定」の物を手に入れたことがない。
 
僕は思うんだよねぇ。世の中には「数量限定」を入手できる人間とできない人間がいるって。これはツタヤの超人気新作DVDをレンタルできる人間とできない人間と、それぞれ同じ人種だと思うんだよねぇ。って抱負! いつまで経ってもふざけやがって。どうなってんだ俺の指は。頭では抱負書こうなんて思っていても、指が勝手にふざけたことばっかり書きやがる。何この素敵な魔法。
 
今年の抱負は、って僕は思うんだよね。じゃあ去年の抱負覚えてんのかって。自問してみろ自答できんのかって。で、できなかった。何も思い出せなかった。抱負ってのはそんなもんだ。だいたい今年くらいから一戸建てかマンションの購入の検討を始めようかと思っていたのに、年末ジャンボは総額3900円しか当選しなかった。頭金にもならないっつの。3億、当てにしてたのに。
 
まぁ抱負抱負言いながら、DSだの3億だの自分の欲望から発せられたものはとにかく駄目だ。人間は消費する側から生産する側にならないと成長しないって誰かが言ってた。妻は御ハナを出産し、人間として母としてめまぐるしく成長した。僕は先日友人からプレステ2の「モンスターハンター」がメチャクチャ面白いと言われ、中古で1500円で購入し、3日後めまぐるしく飽きた。
 
とにかく僕は素敵な魔法で物事を真剣に考えることができなくなっているので、これ以上何も望みやしませんから、「責任」だけは大切にしていきたい。この重い言葉を背負いながらヘラヘラ笑って過ごしていきたい。
 
2007年01月01日(月)  大晦日の奇跡。
 
も、もうすぐ新年のカウントダウン始まるよ。は、早くテレビの前に。なんて焦ったけれど、別にテレビとカウントダウンしなくたって僕には家族がいる。家族と一緒にカウントダウンすればいいじゃないかと、隣の部屋で授乳中の妻と御ハナの元へ。隣の部屋は既に灯りが消え布団が敷かれ、小さなスタンドライトだけがぼんやりと灯っていた。
 
激動の1年が幕を閉じ、新しい年が明ける。去年は激動パックという箱を開けたように賑やかな1年だったけれど、来年はゆっくりと穏やかに、御ハナを育てていきたい。そして、妻を守っていきたい。
 
「ねぇ、あなたをずっと見てるわよ」授乳が終わった御ハナが、妻の膝に腰掛けながら僕を見つめる。御ハナ。この子を授かったお陰で、僕は幸せな1年を過ごすことができた。妻にも御ハナにも、感謝の気持ちは言葉だけでは言い表せない。御ハナ、生まれてきてくれて本当にありがとう。本当に、本当にありがとう。
 
「うぇおょおょあ、あうぇやぁや、りゃうぅおわぁわ」
 
御ハナが、何か喋った。いつも「あーあー」「あーうー」機嫌がいい時に「おっこーん」など一声発するだけなのに、何か、言葉らしきものを喋った。確かに言葉を発したのではなく、喋った。真剣な顔をして、言葉を区切って、語り掛けるような口調で、何か喋った。
 
僕と妻はしばらく言葉を失った後、感動が一気に押し寄せてきて「御ハナが何か喋ったー!」と、大声で声を揃える。御ハナに生まれてきてありがとうと言って、まるでその言葉に返すように。何を言ったのだろう。何を言いたかったのだろう。僕の目をじっと見て、0歳の御ハナが、何か語り掛けてくれた。
 
激動の1年はそんな奇跡と共に幕を閉じ、新しい年を家族3人で暗くて、それでも明るくて暖かい部屋で迎えることができた。
 

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