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| 2005年01月31日(月) 赤い自動車(後編) |
| 体調の良い日は、車椅子にも乗れるようになった。僕が車椅子を押し、病棟を往復しながら「今日はいい天気ですね部長さん」と言うと、「か、か、か課長っ!」と、怒って訂正した。山本さんは印刷工場の課長さんなのだ。 山本さんは元気になって、慢性期病棟へ転棟することになった。僕は別れることが少し寂しかったけど、病棟は違うけど、同じ病院にいることは確かなんだからと、僕への言い訳をそのまま山本さんに説明し、山本さんは慢性期病棟へ移った。 一度、山本さんの様子を見に行った。山本さんは僕を見るなり「ヨ、ヨ、ヨ、ヨシミ先生」と手を挙げてニコリと微笑んだ。そして僕と山本さんの会話は、それが最後になった。 今日、同じ病棟のヘルパーさんが僕の元へ息を切らしながら駆け寄ってきた。 「山本さん、亡くなったんだって」 今まで、幾度となく人の死には関わってきたけれど、死という事実に直面した瞬間、全身を襲う虚脱感みたいなものになかなか慣れることができない。部屋に帰り、夕食を食べながら山本さんのことを考え、シャワーを浴びながら山本さんとの会話を反芻し、ベッドの中で天井を見上げながら最後の会話を思い出す時は、もう涙が止まらなかった。 山本さん、化けて、出てきてくれないかな。 僕はまだ、山本さんといっぱいお話がしたかった。いっぱい介護をしたかった。床ずれの処置だって毎日しなきゃならないし、一人で食べることができるようになった食事だってまだまだ観察しなきゃならない。山本さん、化けて、出てきてくれないかな。僕は、赤い自動車、借りたままだよ。 あの日以来、僕は山本さんが亡くなった病棟には行っていない。まだ、山本さんがいるような気がするから。兄弟思いで母親思いで、ずっと独身だった山本さんが。印刷工場の課長さんが。 もう一度会いたい。あと一度だけでいい、山本さんの手を握りたい。 |
| 2005年01月30日(日) 赤い自動車(前編) |
| 「ヨ、ヨ、ヨ、ヨシミせんせい」 山本さんは、いつも僕のことを「ヨシミ先生」と呼ぶ。僕が何度も「先生じゃなくて看護師ですよ」と訂正を促すのだけど、もう何ヶ月も病室に入ってきた僕を見るなり、いつものどもりがちな口調で手を振りながら「ヨシミ先生」と呼ぶのは、きっと僕がこの病棟の中で一番山本さんに接しているからだと思う。 山本さんは、演歌が大好きで、ベッドサイドに座った僕に、いつもタイトルがわからない演歌を歌ってくれる。寝たきりの山本さんは、顔だけ上げて僕の方を見ながら、唯一タイトルを知っている「この世の春」という歌をうたう。他の演歌のタイトルは僕は知らないし、山本さんも知らない。時々、オムツを替える時も歌い出すこともあって、オムツを殿部の下に敷こうとする時に「山本さん、ちょっと腰上げて下さい」という言葉も、山本さんの音階を掴めない上機嫌な歌声にかき消されてしまい、オムツ交換がはかどらないことだってある。 「明日、赤い自動車貸して欲しいんですけど」 山本さんは赤い自動車を持っている。正確にいうと「持っていた」のだが、山本さんは32歳のまま年齢が止まっていて、山本さんは今でも、赤い自動車を所有していると思い込んでいる。「若い頃は、本当に赤い自動車に乗っていたのですよ」お見舞いに来た山本さんの妹は懐かしそうに僕に話した。 山本さんの中では、ずっと32歳で、寝たきりのこととか、お尻に床ずれができていることとか、何月何日かわからないこととか、自分の妹が誰かわからないこととか、そういう不都合な事項は実に都合良く抹消されている。 だから僕も山本さんには、63歳ではなく32歳の山本さんとして接している。山本さんは優しいから、僕が明日休みだと言うと「僕の赤い自動車、使っていいですよ」と言ってくれる。「兄弟を、乗せてもいいですよ」と言う。山本さんは兄弟思いだったのだ。「兄弟じゃない人も乗せたいんですけど」「お、お、お母さんも、乗せていいですよ」山本さんは、兄弟思いで母親思いで、ずっと独身だった。 今年64歳の山本さんは、去年の秋、本格的に体調を壊し、周囲のスタッフも主治医も「もう長くはないだろう」と、絶望的な見解を述べた。だけど僕は、そんな気はしなかった。だって山本さんはまだ32歳で、今はこうやって寝たきりだけど「ちょっと長い休みをもらっただけ」であって、今でも印刷工場で働いている。「印刷所でどんなことしてるんですか?」と僕が問うと、「働いて働いて働いて働いて働いて」と、病室の天井を見上げながら永遠に呟き始める。山本さんはすごく働き者だったのだ。 山本さんは、きっと元気になると思った。去年の秋から冬にかけて、僕は演歌も歌わなかったし、赤い自動車も借りなかった。だけど毎日酸素マスク越しの山本さんに話し掛けた。今日は十月の第二月曜だから体育の日です。今日は十一月三日だから文化の日です。今日は十二月二十日でもうすぐクリスマスです……。 そして山本さんは徐々に元気になっていった。主治医は「もう長くはないだろう」という、もはや医者のただのプライドと化してしまった見解を述べ続けたが、僕はそんなものに耳を貸さず、カルテすら相手にせず、ただ、ただ、人間の山本さんに接し続けた。 酸素マスクが取れ、持続点滴が終了し、流動食が始まり、1時間も2時間も掛けて食事介助を続けた。山本さんは自らの体力が回復していくのを実感しているように、もはや一本しか残っていない歯で、食事を咀嚼していた。 「信じられない」 僕と山本さんは不敵な笑みを浮かべ、看護婦さんを、そして主治医を見上げていた。数ヶ月前まで酸素マスクを装着し、呼び掛けに目を開けることもなかった山本さんは、今はもう、自分でスプーンを握れるようになっていた。山本さんの32歳というプライドは、実年齢の31歳の差異を見事に征服した。食事の度に、僕をチラチラ見ながら、自分でスプーンを握ることができるというアピールを続けていた。 |
| 2005年01月29日(土) 完全な捏造でした。 |
| 大失敗をした。先日、職場で僕の母と同じ歳くらいの看護婦さんと話をしていた。 「九州の人って濃口が好きなの? 薄口が好きなの?」 「うーん。濃口だと思いますよ」 濃口だと思わなければよかった。別に濃口だとも思ってはいなかった。しかし九州といえば、何となく勇ましいってイメージかしら、勇ましいのであれば濃口か薄口だったら濃口だろう。勇ましいから濃口。よくわからんけど。という程度の感覚で答えてしまったのだ。人生に巻き戻し機能があるのなら、その雑談をしていた頃に戻りたい。 布石が打ってあったのだ。この談話をする3日前、やはり同じ看護婦さんとの会話。 「ヨシミ君って自分で料理作ってるの?」 「いや、全く。コンビニか外食です」 「体に悪いですよ」 「そうですよね。外食ばかりだから時々家庭料理ってものに憧れるんです。例えば実家にいた頃は母が作った料理に『また煮物かよ〜』って文句言ってたんですけど、一人暮らしするようになってから、あの煮物がたまらなく恋しい時があるんです」 「私も娘に煮物作ったら文句言われますよ。それと一緒ですね」 「親元離れてからありがたみがわかるんですよね」 雑談。これは雑談である。雑談というものは5分経ったら忘れてしまうものである。確かに時々無性に煮物が食べたくなる時があるけれども、まぁそれはそれで、まぁ雑談ですから、まぁ仕事がちょっと暇なだけですから。という程度に感じていたのである。僕は。 そして今日、僕が「九州は濃口」しかも「東京の料理はどれも薄口で、傍に香辛料がなければ生きていけない」なんて、別にそんなことはないけれども、僕って九州男児! という、看護婦さんの「なんとなくな九州男児観」を損なわせないように「なんとなくな九州男児論」を述べてしまった会話の10分後。僕は神を、そして自分を恨んだ。 「ヨシミ君、ほら、この前煮物食べたいって言ってたでしょ。娘に作っても嫌がられるだけだから、ヨシミ君に作ってきました」 !! 「でも……ゴメンね……、私の料理って薄口なんです……、もしかしたらお口に合わないかもしれません。本当にゴメンなさい」 そそそそそそそそそそそそそそそそそんなことありません! と、僕は酷く狼狽。前言とか前々言とか前々々言とか全て撤回したい。しかもあの「九州男児論」は全くでっち上げだ。完全な捏造だ。1200℃で煮たニンジンやジャガイモでDNA鑑定できるのはおかしい。と、意味もなく北朝鮮モードに入った僕は、看護婦さんから受け取ったタッパーに入った母の味を、うちに帰ってレンジでチンして、別のタッパーに入ってあった高菜の漬物とかきんぴらごぼうと一緒に食べた。本当に美味しかった。涙が出てきた。これからは軽薄な発言はよそうと本当に思った。 |
| 2005年01月28日(金) 坊k面倒臭い。 |
| 昨日寝る前に「明日の日記絶対この事について書こう!」と意気込んでベッドに入り、朝日が昇り仕事に行って、夕日が沈み部屋に帰り、飯食って風呂入って彼女にメールしてさて日記というところで、昨日考えてた「この事」を忘れてしまい途方に暮れる。 こういう状況は多々あることで、こういう状況に遭遇するたびに「あぁ、メモ取らんといかんなぁ」と反省するのだけど、反省だけならただの豚だよ。飛べない豚は猿でもできる。ちゃんとメモしていることはいるのだけど。 以前は何かしらのネタが思い浮かぶと、携帯のメモ帳機能を使用し、メモをしていたのだけど、その場合、日記や他のコンテンツを書こうとした際、いちいち携帯を開かないといけないので面倒臭い。よく考えると大して面倒臭くないんだけど、そういうことを考えていたら世の中の大抵のことは大して面倒臭くない。 だけど大抵のことを面倒臭いと思う坊kは、ってほら、これすらも面倒くさい。「僕」を間違えて「坊k」と書いてしまった。これは僕をキーボードで打つ場合、「ぼく」と入力するのであって、ローマ字で表すと「boku」ブラインドタッチを使用している僕は「boku」と入力する場合、まず左手人差指で「b」右手薬指で「o」右手中指で「k」右手人差指で「u」と打つ。しかし今回、右手人差指を右手中指より0.5秒くらい早く打ってしまったので「bouk」と書いてしまい、あ、やべ、間違えたって思った刹那、既に右手親指は変換キーを押しているのであって結果として「坊k」 で、何を言いたいかというと、僕は「僕」と打とうとして「坊k」と変換されてしまった失敗を訂正することすら面倒臭い。でもなぜ「坊k」と書いてしまったか長々と説明することに関しては別に面倒臭くない。ということ。別にこんなこと書こうと思ってたわけじゃないけど。 |
| 2005年01月27日(木) 1日あたり。 |
最近、アリコに騙されたんじゃないかなぁと思っているのは、数ヶ月前、アリコの生命保険に入ったんだけど、生命保険に入った理由は入院日額1万円とか、無事故ボーナス20万円とか、そういうプランの魅力ではなく、「1日あたり○○円!」という文句で、僕の場合1ヶ月5千円くらいだから、1日あたり173円。むむ。安いじゃないか。1日あたり173円で怪我の保障も、入院後の治療費も負担してくれるなんて。1日あたり173円で。安いかも。お得かも。充実の医療保障かも。などと1日あたりのお得感ばかりに目を奪われて資料請求をして契約してしまった。そして契約数ヶ月後、ふと気付いた。 別にお得でもないよなぁ。 というのも確かに1日あたり173円かも知らんが、実際は毎日173円ずつ払っていくのではなく、月に1回、所定の口座から5千円引き落とされるわけで、気分的に毎日173円だと、まぁタバコより安いし、なんつうかタバコより自分の為になるものに金払ってるって感じだしという気軽かつお得な気分になるのだが、月1回5千円となると、あぁ5千円あればCDのアルバム買えるよなぁ。プレステ2のソフトだって買えるし、ハードカバーの新刊だって3冊買える。これから先、全く入院しない確率だってあるわけだし、5千円。うーん。ちょっともったいないかも。と思考過程は変化するのである。 これはコーヒー1杯19円のブルックスにもいえることで、た、たったコーヒー1杯が19円!? 安いよ。ネスカフェより安いよ。ジョージアより安いよ。うまい棒2本買ってお釣りが返ってくるほど安いよ。コーヒー1杯19円! これは買うしかないでしょ。19円なんだから買わないわけにはいかないでしょ! と興奮しながら、正規の値段、ドリップバッグ200袋、3980円を支払う段階になって、 別にお得でもないよなぁ。 と、冷静に考えたりするのである。しかし物事全てネガティブに考えては、世知辛い世の中は、更に世知辛くなることは明白であって、ここはポジティブに変換してみよう。というわけで、僕は今、ものすごくプラズマテレビが欲しい。65型ハイビジョンプラズマテレビ、120万円。高い。手が届かないよ。僕には無理だよ。高嶺の花だよ。と、ネガティブに考えているから無理だと感じるわけで、ここでアリコの法則を使ってみるとあら不思議。プラズマテレビ120万円。耐用年数が10年だとすると……。 1日あたり328円。 やーすーいー! なんだよプラズマぁぁ! たいしたことないじゃないか! テメェは家電売り場で堂々とその馬鹿でかいブラウン管からスポーツ放送だの歌番組だの流して、ほらこんなに鮮明。こんなに綺麗。こんなに高画質の映像ソースの綺麗な画像を迫力ある大画面で楽しみたいというニーズに応えます。でも120万円。大衆には手の届く値段じゃない。 おい、そこのヒゲ面のお前、見るだけにしろ。くちポカーン開けて見るだけにしろ。触ると火傷するぜ。値段に。オープン価格に。なんて風で鎮座してるが、1日あたりに換算するとたった328円じゃないか! 馬鹿。ちょー安いよ。普通に買えるよ。だって1日あたりだとノリ弁より安いんだぜお前。調子こいてんじゃないよ。ぶっこいてんじゃないわよ。プラズマ。プラ助。ズマ公。全然買えるよ。おい店員。赤いはっぴ着た大卒の店員。これくれよ。この120万のテレビ。月賦で? 馬鹿言ってんじゃないよ。キャッシュで? 冗談言ってんじゃないよ。日賦で。毎日328円で。と言ったところで店外につまみ出されて胸の中まで氷点下。 |
| 2005年01月26日(水) 苦労だらけの娑婆だから。 |
| 悪口ってものはホントしょうがないもので、例えば職場の看護師さん。ナースステーションで記録をしていた僕のところへ駆け寄ってきて、「もう、私イヤになっちゃった」と言う。そんな話の出だしをされては、「何がイヤになったんですか」と聞くしかないので、記録が忙しいのだが、看護師さんはもう何かの鬱憤をぶちまける体勢に入っているので、しょうがなくペンを置き、仁王立ちの看護師さんの方へ体を向けた。 「○○さんとこの前夜勤したんだけどさ、もう、ずーーっと人の悪口ばっかり言ってるのよ。私も適当に相槌打ってたけど、私だって○○さんに他の場所で悪口言われてるかもしれないでしょ? てか絶対言われてるでしょ? もー。そういうの疲れちゃった。イヤになっちゃった。オムツ交換してきて」 と、看護師さんは僕より先輩なので、オムツ交換してこいと言われたらいかなる理由であろうとオムツ交換しなければいけないというわけではなく、なんで僕が先輩の仕事しなくちゃいけないんですかと怒ったっていいんだけど、ただでさえ怒ってるのに、これ以上怒らせてはいけない。僕がオムツ換えて看護師さんの機嫌が直るんだったらそれでオッケー。今日も平和。明日も平和。恒久的に平和。わーわーわー絶対損してる。 まぁ、この看護師さんだって、結局は人の悪口を言っているということであり、結局、悪口なんてのはもう見ない振りをした方がましなのである。それに注意を奪われたが最後。悪口の永久ループにはまっていくのである。人生という観点からすると、今の職場で働く期間なんてほんの一瞬に過ぎないのだから、そう小さいことまで目クジラ立てて鼻イルカ立てて悪口言うことないじゃないかと思うのである。ただでさえ苦労だらけの娑婆なんだから、もっとおおらかに生きればいいのにと思う若干27歳。 |
| 2005年01月25日(火) でっかくなりたい。 |
| 僕の担当の美容師さんは、年齢は僕と同じくらいで思考回路も僕と似ていて、好きな作家はリリー・フランキー、みうらじゅんなどかなりアングラな女性で、美容師さんだからオシャレで綺麗なんだけど、私生活は仕事意外は部屋に閉じ篭って本を読んでいるという、なんとも勿体無い人生を送っているらしく、 僕の髪の毛を切りながら「今年の目標は、ちゃんと夜遊ぶってことなんです」と、夜遊びに行く行為を「ちゃんと」という言葉で表現するあたり、それは遊びに行きたいという思いが自然に湧出するのではなく、「努力」して遊びに行かなければいけないという、「いやいやながら感」が滲み出ており、じゃあ僕みたいに吹っ切れて「何が何でも夜は遊ばない」という目標を掲げた方が楽に生きることができると思いますよ。と言うと、「じゃあそうします」とあっさりそれを受領し、「私、夜、遊びいかない!」と、オシャレな美容室の店内に響き渡る大声で「ダメ、ゼッタイ」級の決意をした。 そんな担当美容師さん。数日前、僕の著書【恋愛歪言】を手に入れたらしく、それを読破。そして同僚および後輩に「読め」と強要。「あんなこと、思っててもなかなか書こうとは思わない」なんて褒めてんのか馬鹿にされてんのかわからない感想をいただき、「なかなか書こうとは思わない」本を読んだ店内の美容師たちは、「なかなか書こうとは思わない本を書いた奴だ」という目で僕を見て、「面白かったですよ」「爆笑でしたよ」「ハマっちゃいました」「クーポン券はいかがですか」と、いつの間にやら1万円分のクーポン券を買わされて、嬉しいのか悲しいのか。 「絶対ビッグになって下さいね。私、ずっとヨシミさんの髪の毛担当しますから。んで自慢しますから」と、たとえビッグになっても僕はモノを書いているのであって、メディアに露出するわけではないから髪の毛は関係ないだろうと思ったけど、「ビッグになったら1万円のクーポン券を2千円で売ってあげます」と言ったので、ちょっとビッグになってみようかなと思った。 |
| 2005年01月24日(月) せっけん窒息死。 |
| 僕の部屋は昔からチャンダン香というインド香を臭い消しの為に焚いているのだが、もう5・6年も愛用しているので、白檀ベースのその匂いに慣れたのか、去年の夏に引っ越したこの部屋との相性が悪いのか、煙草の本数が多いのか、まさかとは思うが自分自身が臭いのか、母に誕生日プレゼントを贈ったり、妹の子供にベビー服を買ってやったりと、人間的に臭いのかよくわからんが、とにかく臭い。ような、気がする。玄関のドアを開けた瞬間、チャンダン香の臭いではなく、タバコとビールとインスタントラーメンが混じったような臭いがする。これはいけない。早急に対処しなければ。 と、近所のドラッグストアに消臭剤を買いに行くことにした。消臭剤、今まで興味もなかったのだが、じっくりと探してみると、あるわあるわ日本人はどうしてこんなに臭いに神経質になるんだっていうくらいの種類が存在する。しかも「消臭力」とか「消臭元」とか似たような名前が多くてややこしい。よって、「消臭たまご」なんてワケのわからなない消臭剤にしようかと思ったが、これは何か変なオカマがCMをしているので、「力」と「元」別にどっちでもよかったんだけど、「お部屋の消臭力(せっけんの香り)」を2個購入。早速部屋に戻り、玄関と部屋に設置。 この消臭力、何がすごいって「力」という力強い字を名乗っているだけあって、消臭力がかなりすごい。つーか部屋がせっけんの臭いしかしなくなった。もうタバコとか酒とか靴とか糞とか小便とか関係ないからとりあえずせっけんの匂いをぶちまけましょと、暴力的とも思えるせっけんの香りが部屋を支配してしまった。やばい。ちょー頭痛くなってきた。チャンダン香の香りを維持しとけばよかった。植物抽出の消臭成分にカテキンをプラスして、スーパーウェーブろ紙でお部屋の気になるニオイを強力に消臭しすぎ。 と、説明書を読むと、「新構造により強さの調節も可能になりました」と書いてあるので、香りの強さを一番弱く調節したが、カレー屋に行ってメニューが、超激辛、激辛、辛口というような、一番弱くて辛口みたいな、そんな感じで、徐々に強力なせっけん臭に侵されてきた僕は、とりあえずベランダに出そうと提案。しかしこんな強力な消臭効果を持ったモノを外に出したら、世の中が全てせっけん臭くなってしまうと危惧。自分の命よりも世の中の平和を優先させた僕はせっけん臭満ち満ちた都会のワンルームマンションで窒息死。 |
| 2005年01月23日(日) 今日で日記終わり。 |
| 毎日書くもんなんてねぇよと思いながら毎日日記を書き始めて今年で5年目になるのだが、本当に毎日なんて書くものがない。しかしこうやって5年も続いているということは、人間誰しもやればできるということであって、5年もなんて私絶対続かないワなんて思ってるあなた。一度やってみるとよろしい。意外とできたりすると思う。何か自分でルールを作ればいいと思う。毎日書かなきゃ将来、軽自動車にゆっくり押し潰されながら死んでしまうとか、携帯電話が突然爆発して顔を吹き飛ばされて死んでしまうとか、そういう嫌なルールを自分に強いればいいと思う。 しかし日記を書かなければいけないという義務感が生まれてくると、それと同時に日記を書かなければいけないと思わなければいけないという鬱陶しさが生まれてくるのであって、これが鬱陶しくて仕様がない。どんな楽しいことをしていても、どんなに愛している彼女と一緒にいても、「あ、今日日記書いてないや」という思いがふっと頭をよぎり、その瞬間、全ての景色が灰色と化すのである。 あぁもう日記なんてやめてしまおう。どんなに身が軽くなることだろう。どれだけの負担が減ることだろう。あぁやめたやめた。今日で日記はお仕舞いにします。僕はもっと自由に生きるよ。そのうち結婚なんて問題も出てくるからね。本当の自由なんてあと何年残ってることやら。そんな大切な時期に、僕はこう思うが貴殿はどうか。貴殿はそう思ってるかも知らんが僕はどうでもよい。なんて血にも肉にもならないようなことをぐだぐだ書いている時間があったら僕はそれをもっと有意義に使おうと思う。 そうだ、いいこと考えた。往々にして小児が突発的に言う、「いいこと考えたー!」は、ちっともいいことなんてないのだが、僕は大人なのでいいこと考えたらそれは本当にいいことなのである。 先述の通り、僕はこれから時間を大切に、有意義に生活していくと誓った。よって、日記などという苦行のようなものは今日で一切やめて、これからは如何に僕が有意義な生活を送っているか、如何に時間を大切にして生活しているかということを、日々、仔細に記していこうと思う。 |
| 2005年01月22日(土) ちめきりこわい。 |
| ここ数日、とある原稿の〆切が迫っていて、というか一昨日〆切だったのだが、完成には至らず、どうしよう。どうしましょう。と、オロオロしながら部屋をウロウロするばかりで一向に机に向かおうとせず、とりあえず謝ろうと思い、「〆切までに間に合いません。間に合いませんけどもうすこしで完成します。よって2時間程〆切を延長して頂きたい」という旨のメールを編集の人に送り、「2時間だけという控えめな懇願に萌えてしまいました」という有り難い返事を頂き、調子に乗った僕は、その後酒ばかり飲み、2時間どころか2日経ってしまった。 あぁ2日経ってしまった。約束を守らない物書きなんてキーボードのないパソコンみたいなモノだ。よくわからんけど。よって貴殿にはもう原稿を依頼しないことにする。貴殿の変わりなんていくらでもいる。砂の数ほどいる。黄砂に吹かれている。工藤静香みたいに。もう2日過ぎてしまった。私は穏やかな人間だと周囲から評価されているが、そんな私でさえ、堪忍袋が、ほら、切れそうだ。どうしてくれる。責任取ってくれるのか。ちゃんと育ててくれるのか。よくわからんけど。黄砂に吹かれている。工藤静香みたいに。ちなみに私は松田聖子の「渚のバルコニー」という歌、「なーぎさーのバルーコニーでー待っててーラーベンダーの」という歌詞をずっと「なーぎさーのバルーコニーで待っててーなーめんなぁーよ」と聞こえていた。なめんなよと聞こえていた。アイドルなのにひどい言葉使うなぁと思っていた。ついでにその辺の責任も取ってもらいたい。貴殿はもう次号から執筆しなくてよろしい。なめんなよ。そして秘密。 と、言われてしまうのは明白であって、僕は昔から、携帯にメールが届いた場合、すぐには返信せず、明日返信しよう明日返信しようと思っているうちに1週間くらい経過してしまい、返信のタイミングを失った僕は永遠に返信できないという事態に度々陥ってしまうのだが、それと同じで、〆切から2日経ってしまって、一応原稿は完成しているのだが、なんというか、入稿するタイミングがよくわからずに、いつまでも皮膚が乾燥した尻の部分を血が出るまで掻いていたりする。 |
| 2005年01月21日(金) 予感。 |
| 久し振りの新宿で、僕のイメージとしては東口出てなんか右っ側の方に行ったらさくらやがあるはずで、道路を挟んで正面が待ち合わせ場所の紀伊国屋書店だったよなぁと思いながらもいつの間にか歌舞伎町方面に向かっていて、やだなぁ絶対間違えてる。もうすぐ待ち合わせ時刻の8時だし。でも下手に引き返すと迷子になりそうだし。よし、元来た道を帰ろう。ということで再び東口に戻り再スタート。寒さに震えながら這々の体で紀伊国屋書店に辿りつき、既に到着していた女性とお洒落な居酒屋に行きました。 寒いねしかし。今日時間大丈夫? お酒いける? なんて歌舞伎町的な会話などすることなく、まず名刺交換から始まったのは、遊びで新宿などに来ているのではなく仕事で来ているのであって、今日はとある原稿の打ち合わせなのである。 と、書いたけれども、初対面で込み入った打ち合わせなどするはずもなく、酒を飲み手羽先を貪りながら、文学とは何ぞや、恋愛とは何ぞや、そしてなぜか江国香織とは何ぞやという話にまで及び、この江国香織の話が一番盛り上がったような気がするのは、この作家の作品のターゲットが解り易く、それは同時に偏屈な視点でしか恋愛を書くことができない僕にとってもターゲットが明確なことであって、江国香織の愛読者に拳骨をくらわせてその後ガッと抱きしめるアンビバレントな作品を書こうと思うと好い加減なことを言い出したのは3杯目のビール辺りで、それからスネオについてとか精神医学とか話は次から次に飛んでいき、打ち合わせらしい打ち合わせをしないまま帰宅。しかしこのようなまとまりのない会話を終電間際の山手線の車内で再構築。そしたらほら、全てがリンクして新しい作品が生まれそうな予感。 |
| 2005年01月20日(木) 悪夢。 |
| 今日、朝の申し送りの後に婦長さんから「顔色悪いわよ。調子悪いの?」と言われたのは、昨夜ほとんど眠れなかったのであって、もう眠くて眠くて仕様がない。このままでは本日の業務に支障が出ることは明らかなので、「今日はスタッフも多いからゆっくり休みなさい」という婦長さんの言葉をその場でモジモジしながら待っていたのだけど、婦長さんはいつの間にか他の看護婦さんと話を始めていて、「帰りたいナー!」と大声で、しかも心の中で大声で叫んで日常業務に取り掛かった。 昨夜眠れなかったのは、悪夢の所為で、なんかすごい色っぽい女性と無理矢理付き合うことになって、ホテル行っていろんなことしてるうちに怖い人が出てきて俺の女に何してんじゃあという話になってボコボコに殴られて目が覚める。夢か。あー怖かった。寝よ。と、再び寝ると、さっきの怖い人がまた出てきて今度は拳銃で僕の尻を撃ったりする。痛てーよ。って夢か。と、目が覚めて、再び寝ると、あの怖い人が増殖していて多勢に無勢のままボコボコにされる。 楽しい夢の途中で目が覚めると、あぁまた続きが見たいなぁなんて思って再び寝るんだけど、夢の続きというものはなかなか見れるものではない。しかし、こんな夢に限ってちゃんと繋がりがあって、しかも怖い方怖い方へいってしまい、色っぽい女性なんて最初の夢に出たっきりで、その後の登場人物は、怖い人だけで、最後の方は無限増殖を始めて目が覚めると部屋のソファーに座ってたり冷蔵庫を物色してたりしたという夢を見る始末。 |
| 2005年01月19日(水) 浮気心。 |
| 休日。することがなくてぼんやりテレビを眺めていたら「天国の階段」というドラマが始まった。なんだよ韓流かよ。もうウンザリだよ。と、冬のソナタすら見ていないのに、韓流ウンザリなんて思うのはこれ僕は世の中の流行に左右されない人間ですよ。ちょー冷静な視点で世の中を眺めていますよという自らの自尊心が邪魔をしているのだが、休日で何もやることがないので自尊心なんてくだらないものはとりあえず捨てて、どんなものかちょっと見てみようか知らんと、ダラダラと見るつもりがいつの間にかブラウン管に釘付け。 僕をブラウン管から目を逸らさないようにしたのは、チェ・ジウでもキム・キョンヒでもなく、キム・テヒという女性であって、な、な、な、な、なんなんだこの美しさは。お目々クリンクリンじゃないか。東ちづるみたいなチェ・ジウより全然綺麗じゃないか。お人形さんみたいじゃないか。なんか悪役っぽいけど別にいいや。物語なんて最初からわかんないし。と、キム・テヒの一挙手一投足に注目している僕は懺悔の念でいっぱいで。 というのも僕はこんなにゆうこりんが好きなのに、大塚愛が好きなのに、小林麻耶が好きなのに、若槻千夏が好きなのに、何よりも彼女のことを愛しているのに、たまたま見てしまった昼のドラマに登場する外国人を現を抜かしているまことに浮気な男である。ゴメンなさい。でも心から大好きですキム・テヒさん。僕と一緒にこりん星に行きましょう。 |
| 2005年01月18日(火) 新しい妹ができたよ。 |
| 僕には妹が2人いるのだが、本日、とうとう3人目の妹ができてしまった。母が出産したのでもなく再婚したのでもない。僕の3人目の妹とは小倉優子のことである。 というのも先日、都内のライブハウスで初ライブを開催した際、「ファンは家族のよう。みなさんの妹にしてください!」とステージからあのとろけるような声で発言し、ゆうこりんの熱狂的なファンである僕は、必然的にゆうこりんの兄になってしまったのである。 こうなっては大変である。既存の26歳と25歳の妹2人は既に結婚して、幸せな家庭を築いているのだが、もう一人の妹、ゆうこりんはまだ21歳。悪い虫がつかないよう監視の目を光らせなければいけない。ゆうこりんは少し腹黒いところもあるけど、これ全て可愛いから許せるのであって、その日のライブでファンの一人が「可愛さの秘訣は?」と質問したそうだが、それに「うまれつきで〜す♪」と答える我が妹。新曲「オンナのコ オトコのコ」で「ホントに駄目よねお馬鹿さん♪」と男に対して暴言を吐いているのに対し、ホントにお馬鹿さんなのは、アンタですから〜! と、つい旬な突っ込みを入れたくなってしまったが、これも可愛いからしょうがない。 しかし小学3年生の頃からゆうこりんの大ファンであった僕は、卒業文集に「将来ゆうこりんと結婚してこりん星に移住したいです」と書いていたほどだが、この度、ゆうこりんの「ファンは家族」宣言により、わが国の法律と照らし合わせて婚姻することが難しくなってしまった。やばい。こりん星に行けない。僕はこのまま日本の中心の東京の東京の端っこの板橋で死んでしまうのか。いやだー。こりん星に行きたいのーん。 行きたいのーん。と、ついゆうこりんの口調になってしまったが、そりゃ彼女には負けるけど、彼女に匹敵するほどの可愛さを持つゆうこりんが妹になってしまったので、まず兄の役目として、新曲「オンナのコ オトコのコ」【初回限定盤】を購入した。 |
| 2005年01月17日(月) ストロベリー味。 |
| 僕が去年全く大学の話をしなかったのは、ただ大学のことの話がなかっただけであって、要するに通信大学に通いながらも全く勉学に励まなかったということになる。 もうこの通信大学に入学してどのくらいの月日が経つのだろうかと昔の日記を検索してみると、3年次編入の試験を受けて合格したのが2001年。2001年で大学3年生だったということは現在大学7年生ということになる。なんだそら。 えっと、僕の学歴を振り返ってみると、まず義務教育の9年間に、高校3年間、そして僕は看護師といえども頭の良い人たちが通るようなストレートコースではないので、准看護学校に2年間、そして高等看護学校に3年間、で、卒業して看護師になって大学編入試験を受けて今年で4年目。通産22年間も学校に行っているのであって、現在28歳。28年ー22年=6年。この6年は幼稚園でスカートめくりをしたりケイコ先生に思い切り尻をぶたれていた頃であって、尻をぶたれてた頃以外は全て何かしら勉強をしているということになる。 なのになぜ僕は、こう、その年数相応の知識というか威厳というか誇りというか、そういうものが欠如しているのだろう。こんなに頑張ってるのに。僕はいつからこの勉学地獄から開放されるのだろう。こんなことだからいつまで経っても結婚できないんじゃないか。そうだそうだよ。僕が結婚できないのもこの勉学の所為だよ。きっとそうだよ。それとも案外、無精子病なのかもしれない。今まで何十回何百回もセックスしてきてことごとく避妊が成功しているだなんておかしいじゃないか。よし。これからは勉強もよそう。書を捨て町に出よう。避妊もよそう。ゴムを捨て彼女の胸に飛び込もう。といいつつも今度のゴムはストロベリー味。 |
| 2005年01月16日(日) 日々の怠慢。知識の雪崩。 |
| つい日記をさぼっているとあっという間に時間が過ぎて、もう5日分も溜まっているのであって、もういい。面倒臭い。そろそろこのウェブ日記もおしまいにしよう。この日記を書いていた時間をもっと有意義に過ごそう。日記なんて過去を振り返るばかりだからもっと前を向いて歩こう。ということを彼女に相談したら「それは絶対駄目。それはそうとポッキー食べる?」と言うので、それはそうとアナタもワタシもポッキー食べていたら日記をやめることなんてすっかり忘れていて今日もこうやって何の得にもならないことを惰性に任せて書いている。 後楽園にヴィレッジヴァンガードという雑貨屋のような本屋のようなCDショップのような、いうなれば、お洒落なドンキホーテのような店があって、鹿児島に住んでいた頃もこの店が好きでよく行っていたが、現在僕が住んでいる所からは、この後楽園のヴィレッジヴァンガードがいちばん近い場所にあり、池袋で丸の内線に乗り換えて東京ドームを横目に後楽園のラクーアというショッピングビル内のお洒落なドンキホーテに1時間も2時間もうろうろするというのが僕の休日の過ごし方。 雑貨など購入すればただただ部屋が汚くなるばかりなので、大抵書籍を何冊か購入するだけで、本日購入した書籍は、安倍公房「砂の女」松尾スズキ「これぞ日本の日本人」宮沢章夫「青空の方法」「呆然とする技術」B・ヴィアン「日々の泡」三島由紀夫「潮騒」と、もうこれだけの数の本を買ったらバッグの中がぎゅんぎゅんになって、うちに帰っても部屋の本棚はとっくに収納の許容量を越えており、テーブルの上に積み重ねられるのがオチであるが、「蛇にピアス」はどうなんだ。あれは、どういう風に面白いのか。ただの日記みたいじゃないか。本当に面白いのか。みんな騙されてるんじゃないかと、先日買った「蛇にピアス」を1日で読み終え、ブックオフで30円で売って、空いた本棚のスペースに今日買った文庫本2冊をぎゅんぎゅんに詰め込んでとっくに許容量を超えている本棚から知識の雪崩。 |
| 2005年01月15日(土) それはそれでいいのかな。 |
| <強盗未遂>「パンツ脱げ」刃物で脅した男を女性ら逮捕 『15日午前3時40分ごろ、札幌市白石区南郷通4南1の路上で、道路を歩いていた同区内のアルバイトの女性(25)に男がカッターナイフを突き付け「パンツを脱げ」などと脅し、女性が着ていた衣服を要求した。女性が騒いだため何も取らずに逃走。追跡した女性と友人の男性(36)が取り押さえ、駆けつけた札幌白石署員が強盗未遂の疑いで現行犯逮捕した』 もっとましな強盗の仕方があるだろうというかもっとましな性欲の処理方法があると思うのだけど、犯人の42歳の男は「今日こそは刃物で脅してパンツをゲットするぜ」とかなりいき込んでいたはずで、それは下着もしくはパンティーのことを「パンツ」と表現する稚拙さに現れている。 そもそも「騒がれるかもしれない」という事態を想定せずに、刃物で脅したらそれでオッケーなんて安直な考えをしているから、騒いだ時の対処法がわからず、刃物なんてパンツをゲットする為の脅しの手段の一つに過ぎないわけで、別に女を刺してどうのこうのというわけではないので、女が騒ぎ出したら刃物のことなどすっかり忘れ、とりあえず逃げよう。パンツゲットできなかった。いやだな。程度の阿呆っぷりでのろのろと逃げ出すものだから追跡した女性と友人の男性(36)に取り押さえられるという間抜けな結末。 この事件に罪の要素を探すなら、強盗したということではなく、ただ素直にパンツが欲しかったと思ったこと。42歳になりながらも25歳の女のパンツが欲しいと思う精神的な未発達っぽさ。「パンツ」が欲しいと思う精神的な未発達っぽさ。ていうか刃物で脅して成功してパンツがゲットできたとしてもガードルだったらどうするんだ。ベージュ色の色気のないパンツだったらどうするんだ。それはそれでいいのかな。それはそれでいいのかな。 |
| 2005年01月14日(金) 牛乳を飲むようになった。 |
| 最近努めて牛乳を飲むようにしている。というのも僕は大のコーヒー好きで、同時に大の面倒臭がりでもあるので、インスタントコーヒーといえどもマグカップに粉を入れてお湯を入れて飲むという行為ならびに飲み終えた後マグカップを洗わなければいけないという行為が甚だ億劫なのであり、しかも今は12月。水道の蛇口をひねるとちょー冷たい水が流れてくる。 ちべてーちべてー言いながらマグカップを洗うくらいならお湯を出せばいいじゃないかと思うかも知らんが、いくらお湯の蛇口をひねってもマグカップ1個なんて水がお湯に変わる頃には洗い終えているのであって、冷たい水で洗い終わってから、あ、遅れてすんませーんとでも言いたげにペコペコしながら蛇口から出てくるお湯に「おせーよ!」と本気で怒鳴りたい気持ちになるのである。 というわけで、マグカップを使用しないコーヒー。いわゆるコンビニで販売している500mlのペットボトルのコーヒーを購入して飲んでいるのだが、これがまた甘い。甘過ぎる。しかも部屋に空のペットボトルが溜まっていくのは当然であって、それを指定された資源ゴミの日に捨てる行為が面倒臭い。よって僕は仕事に出勤するとき、バッグに空になったペットボトルを2・3入れて最寄のコンビニのゴミ箱に捨てるようにしているのだが、それもまた面倒臭い。 まぁ面倒臭い面倒臭い言っているが、これらの怠慢は改善しようと思えば改善できるのであって、まぁ問題視するまでのことではないと思うが、問題視すべきなのは、これらの甘過ぎるコーヒーの飲み過ぎによる太り過ぎなのである。 僕は身長170センチで体重58キロと、まぁいわば銀行強盗などした際、どのような体型でしたかと警察が目撃者に問うた場合、「中肉中背でした」ときっと言うであろう中肉中背なのであって、痩せてもいないし太ってもいない。しかしこの激甘コーヒー生活を続けていると、いくら痩せているとはいえ、生活習慣病に罹るリスクが高く、看護師という職業上立場からも、こういう病に侵されては元も子もない。よってコーヒーに変わる何かを飲もう。と、毎晩飲んでいる缶ビールの量を増やしたのだけど、この毎晩のアルコールの摂取の所為で腹の部分だけ少しふっくらとなってきたような気がする。 「気がするだけなんだけどね」 「ばばばばば馬鹿じゃないの! 腹筋して! 今すぐ腹筋して! イヤー!」 と、彼女に報告した際、まるで自分が太ってしまったかのような混乱をきたし、「あなたが少しでも太ったら私別れるからね!」「じゃあ少し太ったかもしれないから別れよう」「いやよ。別れたくない」と、相変わらずの可愛さをみせながらも腹筋1日100回しろと強要し、100回はいやだから50回にして。50回は少なすぎるから80回。80回は辛いからせめて40回にして。40回は少なすぎるから60回。60回は辛いからから30回にして。30回は少なすぎるから40回。(途中経過略) 「10回は辛いから3回にして」 「3回は少なすぎるから5回」 「5回は辛いからコーヒー1日3杯にして」 「コーヒー1日3杯でも多少の糖分を摂取することになるから牛乳」 と、なぜか腹筋が牛乳に変わってしまい、こうやって毎日牛乳を飲むようになった。 |
| 2005年01月13日(木) yの瓢駒から始まった。 |
| この日記を書いているサイト名は「歪み冷奴」だが、2000年6月の開設時には「yの瓢駒」と名乗っていた。ハンドルネームも歪ではなく、ymixという名で、いつから「yの瓢駒」から「歪み冷奴」になったのか、「ymix」から歪となったのか覚えていない。そういえば「yの瓢駒」から「歪乃瓢駒」になって「歪み冷奴」になったような気がする。コンテンツも実に様々なものがあった。 「それいけパチモン大作戦」これは、あまり覚えていないが、とにかく世の中の贋物、いわゆるパチモンを集めていこうという企画で、デジカメで撮ってそれをアップするという作業が面倒臭いことと、自分自身大して面白味を感じないということで中止した。 「アタマニア」これもあまり覚えていないが、頭だけの置物やフィギアを収集して紹介しようという企画で、なんだか気味が悪くなってやめた。 「ボトルキャップマニア」これはつい最近まで収集していた趣味だが、僕はペットボトルのボトルキャップをコレクションしていた。300種類くらいあったと思うが、引越しの度にうざい気分にさせられるので今回の引越しの時に何の躊躇もなく処分した。 とまぁここまで読めばわかるが、このサイトは以前文章などというものに全く興味がなかったし、僕自体もサイトに長文を掲載してそれを読むというなんだか同人っぽさのようなものに抵抗があった。 この日記を読んでもわかるように、開設当初の日記は甚だ稚拙であって、1日2・3行で終わってしまっている。しかも(笑)とか(爆)とか平気で使っている。それでいいと思っていた。毎日こんな量を書くようになって、もう負担で負担でしょうがないので、昔みたいに2・3行で終わらせてしまいたいと思うけど、これはもう病気であって、5年も毎日書いてると、どうしても長文を書いてしまう癖が体に染み付いてしまっているのだ。 というわけで、仕事の息抜きみたいな感じで、最近「桃色浮世草子」や「月刊男心」つい先日に至っては「桃色パラドックス」などの短文系のブログを始めたが、これが結構書いてて面白い。よって僕は小説を書くのには向いてないんじゃないかなぁと思う。いつか小説を書いてみようとは思うし、実際ゴーストライターとしてとある大手出版社から僕の名前が出ていない小説が出版されているのだけど、やっぱり、僕の、僕自身が小説を書くのは、まだまだ先なんだと思う。このサイトと今年で5年目の付き合いになるが、今後どういう風に変化していくか、僕自身としても楽しみである。一貫して妙なタッチで書いてしまったよ。 |
| 2005年01月12日(水) 屋台といえば焼きそば!! |
| 手元に一枚にチラシがある。とある不動産会社の新聞チラシである。この不動産会社に関しては、以前も1度日記に書いたことがあるが、あれからも時々見かけるのだけど、やはり面白い。何が面白いってキャッチコピーが面白いのである。 このチラシは新築もしくは中古住宅の物件が紹介されているのであって、その物件一つ一つに、 例えば、リビングが広い物件には「ホームパーティができちゃうね」手頃な値段の中古住宅には「新婚さんにピッタリ〜」収納が多い物件には「広〜いから何でもしまえるよ」など、その物件に適したキャッチコピーのようなものが記されている。 しかし、このチラシには約50もの物件が紹介されているのであって、必然的にキャッチコピーも50あるということになる。おそらくこの不動産会社には「キャッチコピー係」みたいな人がいて、それを一人で請け負っていると考えられる。というのも、50もコピーを書くわけだから、新しいコピーが浮かばない、その物件の特徴がなかなか見出せないと思うのは当然であって、このキャッチコピー係も残業ばかりで疲れているのか、徐々にキャッチコピーも壊れてくるのである。 「屋台といえば焼きそば!!」 なんなんだ。これは屋台の物件なのかと思ったが、普通の二階建ての建売住宅であって、なぜ屋台なのか、そしてなぜ屋台といえばラーメンでもおでんでもなく焼きそばなのか意味がわからない。「やきそば!!」と、!マークを使用して強調しているように、「焼きそばったら焼きそばなんだから!!」と、このキャッチコピー係りの焼きそばにかける情熱すら浮かんでくる。 「子供は風の子だ〜い!!」 部屋が狭いから外で遊べとでもいうのか。 「汚い空気! BYE−BYE!」 BYE−BYE! なんなんだこの80年代テイストな言葉は。郊外の住宅だから都心と比べていくらか空気が澄んでいるのかも知らんがBYE−BYEはないだろう。 「屋上にかまくらつくっちゃお」 いくら広いからって屋上をそういう風に利用するのはいかがなものか。 「会話しながらルンルンル〜ン」 もうやっつけ仕事である。会話しながら……、会話しながら何って書こう。あーもう7時だ。今日は8時には帰りたいんだけどなぁ。会話しながら……。うーん。もうルンルンル〜ンでいいや。と、このコピーはあらゆるものを妥協した結果だと考えられる。 「宿題は図書館で」 家でしろといいたい。 「ご飯が光り輝いています」 もはや物件案内ではなくなっている。 |
| 2005年01月11日(火) 彼女が大人になりました。 |
| 昨日、彼女が成人式を迎え、これでやっと二人で酒を飲みにいけるなぁと感慨に耽るわけでもなく、彼女は僕と交際を始めた頃、即ち十九歳の頃から時々酒を飲んでいたのであって、具体的にいうと1999年にイギリスで発売以来、 世界55カ国で愛飲されているスッキリレモンテイストのスミノフアイスという酒を好んで飲んでいるのであって、時々焼酎だって飲む。僕が美味いといった酒はなんだって飲むのであって、式典の壇上で突然踊り出したり、揉み合いをする輩よりもまず彼女を叱ってほしいと思うのだが、幸いにも僕は刑事告訴は考えていないので、よしよし、これだけで酔っ払っちゃって可愛いのな。まだ子供だもんな。焦らなくてよろしい。僕と一緒にゆっくり大人になっていこうな。な。と、彼女の頭を撫でるのだけど、彼女の前で放屁するよりも子供扱いをされることを嫌う彼女は「子供ジャナイモーン!」と、まるで小倉優子のような声で僕の胸に飛び込んでくるのであって、それじゃあ、まぁ、そういうことで。と大人の二人はベッドイン。 さて、そんな彼女も昨日は美しく可憐な振袖姿となり、その姿を生で見ることができない僕は、部屋で体育座りをしてプレステをしていたのだが、起動したままで放置していたパソコンから何やら電子音が聞こえるので、なんだと覗いてみると、彼女がメッセンジャーを用いて必死にメッセージを送っており、「見て見て見てー」とウェブカメラ越しに晴れやかな振袖姿を披露してくれた。 日頃から彼女のことを可愛いだの綺麗だの愛らしいだの散々言ってきてるので、そろそろこの愛の褒め言葉の乱発を控えないと効果が薄れてしまうよなぁと思っていた矢先に振袖姿など見せられるものだから、もうほんと可愛いとしか言いようがなく、黒を基調とした生地に純白の刺繍で描かれた模様に襟元から見える真っ赤な長襦袢。髪型もアップにして鳥の巣のようなゴチャゴチャとした装飾品をつけて、とにかく豪華絢爛である。 そんな彼女が、先ほどからウェブカメラ越しに「私の振袖姿もっと見てー」と言いながら、長い袖をそりゃお前振り過ぎだよと思うくらいブンブン振っているのであって、彼女は何をしてるんだと思ったが、振袖には長い袖で厄を振り払うという意味があったのを思い出して、そっか、それで僕に向かって振っているのかと納得。 |
| 2005年01月10日(月) ペーパーパチンカー。 |
| 半年振りのパチンコ。僕はギャンブルが嫌いなわけでも好きなわけでもないので、パチンコという存在自体どうでもいいのだが、今日みたいに本当に何もやることがない日はパチンコにでも行って安っぽいスリルを味わおうと思うのだが千円投入した時点で大当たり。スリルも何もありゃしない。僕はまだパチンコ始めて10分も経っていない。周囲の客も「こいつ入ってきた早々大当たりしやがってムカつくぜ。腹とかが、立つぜ。はらわたとかが、煮えくり返るぜ」って顔をしているのであって来るんじゃなかった。さっさと大当たり終わらせて帰ろうと思っていたらあれよあれよという間に11連チャン。何なんだこの無意味な運の使い方はと愕然としながら以前発見した「ビギナーズラックの法則」を思い出して一人納得した。 この「ビギナーズラックの法則」というのは、人は一つのことに対して毎日向き合っていると、熟練もしくはプロなどというものに近付いていくのであるが、一つのことを一回やって半年も離れるとビギナーは永遠にビギナーなのであって、車の運転ではそういう人をペーパードライバーと呼ぶように、パチンコの世界ではペーパーパチンカーである。僕は半年に1回のペースでパチンコに行くので永遠にペーパーパチンカーである。 そしてこの世の中には初心者に大変優しい「ビギナーズラック」という制度がある。制度って誰が決めたのか知らんが兎角初心者には幸運に恵まれる。よってペーパーパチンカーの僕は半年に1回は幸運に恵まれることが確定しているのであって、今日のように11連チャンしても何の不思議もない。 それに引き換え僕の隣に座っている二十歳半ばの綺麗な姉ちゃんは明らかにペーパーパチンカーではなく、熟練とまではいかないが、それなりにパチンコに通い慣れている風で、お金の出し方とか煙草の吸い方とかリーチアクションの時の反応とかいちいち様になっている。 しかしここがビギナーじゃない者の悲しいさが。このアマプロパチンカーのお姉さん、いくら金を注ぎ込んでも大当たりに恵まれない。僕なんて入店30分でこの列の中で一番の大金持ちになっている。 あぁ僕はもう確変終わってもいいからこのお姉ちゃんに大当たりが舞い降りてくれないかしらと思うのは、これボランティアの法則であって、ボランティアというものは奉仕ではなく、このような心理状況の時に生まれやすいのであります。よって自分の心や経済的に大幅な余裕が生まれた僕は、常に隣のお姉ちゃんのパチンコを覗き見しながら「当たれ当たれ〜」と念を送りながらその後3連チャンして帰宅。 |
| 2005年01月09日(日) バカ休日。 |
| 実は2連休だったのだが、1日目はどうせ明日も休みだしね。今日は1日ゴロゴロしちゃるけんね。いわゆる捨て休日ってやつだね。そんなものあるかわからんけど。捨て休日だから洗濯もしないし布団も干さない。ただただゴロゴロするのみ。わぁい部屋は温かいのにフローリングは冷たーいキャッキャキャッキャと本当にただゴロゴロしていたらあっという間に夜が更けてしまい、深夜にソファーに座りビールを飲みながら「何だったんだこの休日は」と冷静に考える始末で、明日こそ有意義な休日を送ろうと心に固く誓って迎えた2日目の休日。 早朝、ソファーに座り放心。有意義な休日の送り方がわからない。ここ数日は彼女が東京に来ていたということもあって、休日の度にデートしていたのだが、彼女なき今日、僕は一体何をすればいいのだ。昨日は1歩も外に出なかったので、とりあえず部屋を出よう。と、それなりにおめかしをして電車に乗って池袋へ出掛けた。 さて池袋。何してこまそう。と、東口でしばし放心していたら、アイフルレディーがポケットティッシュを渡してくれたので、よし、金でも借りにいくか。と思ったけど、ここ最近、あまりモノを買っていないので、銀行にいけばそれなりのお金はあるはずで、まずは銀行に行ってそれなりのお金を下ろしてさて何しよう。 街はどこもバーゲンである。冬の大セールである。うひょー50%オフだって! 安っすー! げ! ちょーかっけーこのパンツ! 試着しようかしらん。と、お気に入りのブランドのパンツを試着して、いいねこれ。まるで僕の体型に合わせて作ったみたいだね。これいいね。これもらおうかしら。裾上げ何分くらいかかりますか? 「30分ほどでできあがります」 じゃあいいや。30分なんて待てねぇよ。よく考えてみると大して欲しくないし。ていうかこの裾の長さ、明らかに僕の体型に合わせて作ってないし。と、時間などいくらでもあるはずなのに裾上げの30分すら待つことができない忍耐力のない僕は買い物を諦め、書店でいくつかの小説を購入した後、約半年振りにパチンコへ行って結果はウハウハだったんだけど続きは明日。 |
| 2005年01月08日(土) めそめそ泣いた。 |
| 彼女もそろそろ冬休みが終わるということで、今日東京駅から新幹線に乗って四国へ帰ってしまった。あー、つまんねーなー。好きとか嫌いとか悲しいとか寂しいとか以前につまんねーなーと、友人の一人を失ってしまったかのような思いを抱いた僕は、部屋に戻り、「トルネコの不思議なダンジョン」や「ビートマニア�僑庁悄廚覆謬�動させて一通り遊んでみたが、彼女を失ってしまった僕の気持ちは一向に満たされない。 まぁいいや失ったっていっても別れたわけじゃないし。と、自分を励ますのだけど、ここ数日、うっとうしいくらいに一緒にいた彼女がいないのは事実であって、この胸に穴が開いたような空虚感を満たすために何をすればよいのだろうと考えたのであるが、そんなこと考えなくてもやることはいっぱいあって、例えば溜まってる原稿書いたり通信大学のレポート書いたり洗濯したりと、そんなことはわかってるんだけど、一向にそういうものに手を出さないのは、それ全て面倒臭いからであり、まぁどうせ埋めるんならもうちょっと楽な方法でこの空虚感を埋めたいと思う、よー。と、天井を見上げながら、あー楽して元気になりてーと、デブがダイエットコーラを飲みながら思うようなことを考え、とりあえずギリギリ面倒臭くないことをしようと立ち上がり、カーテンにシュシュッとファブリーズしたらちょっと空虚感埋まった。 そういえば今日この部屋で彼女、「帰りたくなーい」とか何とかつってめそめそ泣いてたっけ。もう困るね。ああいうのは。実家へ帰るのはわかってんだから泣かないでほしいよね。ああいう時って。ちょーかわいいじゃないか。ぎゅって抱きしめたくもなるじゃないか。まためそめそ泣くってのがいいね。「めそめそ」いいね。なんかいいよね。えんえん泣くじゃ駄目だ。わーわー泣くでも駄目。しくしく泣くも惜しいけど駄目。やっぱりめそめそだね。泣くんだったらめそめそだね。ポイント高いよね。将来子供ができて泣いていたら「男だったらめそめそ泣け!」って言うね絶対。今でも彼女は新幹線の中でめそめそ泣いているのだろうか。と考えながらめそめそ泣いた。 |
| 2005年01月07日(金) 弱虫は庭に咲く。 |
数日前彼女が、ハウス名作劇場の「小公女セーラ」を知らず、「何? 装甲車セーラって?」と言い間違えたことに対して非常に遺憾の念を抱いた僕は、書店で「小公女セーラ」の小説を購入。お前もこの悲しい物語を味わい、人間的に厚みを増せば自ずとこの8歳の年の差は縮まるであろうと言ってそれを渡し、「あー。ありがとう。読んでみる」という、それにしても厄介な本をプレゼントするものだ。アニメて。アニメの小説て。同人誌じゃあるまいしとでも言いたげな彼女の表情を敢えて無視し、彼女の人間的成長を「小公女セーラ」に託したのだった。 そして昨日、彼女がこの本を読了したという報せを受け、待ち合わせ場所に登場した彼女は、10分遅刻しても反省の色すら見せず、総武線が爆発したの。テロか何かで。ちょー怖かった。と、平然と大嘘を放ち、妙な方向に人間的に成長していた。 東京駅の喫茶店で簡単な食事を摂った後、僕の部屋に行き、「これちょっと聴かせて」と言って彼女は小さなシングルタイプのCDを取り出した。 なんぞこれは? と頭を傾げていると、これは貴殿が渡した小公女セーラに付属されてあった主題化などが収録されているCDで御座います。と言うので、へぇ、最近の小説はCDまでついてるのかと感心して、ちょっとそれ見せてと言った僕を彼女は完全に無視し、勝手にコンポにCDを投入。ワンルームの部屋に「小公女セーラ」の懐かしい主題化が流れ出した。 懐かしいねー。すげぇ懐かしいねー。など、一人感慨に耽っているが、彼女は何が懐かしいのか全く理解できないという表情をしているのは、この小公女セーラ、放映されたのは1985年であって、僕は9歳。彼女は1歳であって、彼女にとっては懐かしいはずがない。まだろくすっぽ言葉すら放せなかったし自立した排泄すらできなかった歳である。懐かしいんだよ。とにかく懐かしいんだよ。と、いくらこの懐古的な感動を彼女に強要しても、彼女にしてはウザいだけで既に、CD、流すんじゃなかったという表情をしている。しかし僕は爪切り貸してと言った彼女の要求を無視し、その懐かしい歌に聞き入ってしまった。 そのエンディングテーマに「弱虫は庭に咲くヒマワリに笑われる」という一節があって、歌の調子に合わせて書くと、「よーわむしーは庭に咲くー ヒーマワリーに笑われるー」となるのだが、この歌詞を聞く限り、「弱虫は庭に咲く/ヒマワリに笑われる」となるのであって、幼い頃の僕は、弱虫は庭に咲くのかも知らんが、じゃあ笑ってるヒマワリはどこに咲いてるんだ。と、疑問を抱いていたのであり、あれから19年の月日が経ち、今一度この歌詞について考えてみようと思った。 というのも、「弱虫」という概念を、「小さな花」もしくは「みすぼらしい花」もしくは「雑草」と揶揄しているのであって、「ヒマワリ」を「豪華」とか「金持ち」とか「強者」に例えているのだろうと、幼いながらもそう考えていたのであるが、これは単に、歌の流れ上、「弱虫は庭に咲く/ヒマワリに笑われる」となるだけで、実際は「弱虫は/庭に咲くヒマワリに笑われる」となって、揶揄も何もない、ただ単にみすぼらしい小公女セーラが庭に咲くヒマワリに笑われているような気がして気分が陰になるということを表現しているだけだったということに19年経ってから漸く気付き、その感動を彼女に伝えようとしたがいつの間にか彼女は昼寝。 |
| 2005年01月06日(木) 24時間無関心。 |
| 正月早々、全国各地で偽造された旧1万円札が見つかった問題で、とうとうこの僕も、この偽札の被害を受けてしまった。 場所はうちのマンションの向かいにあるコンビニ。いつものように菓子パン、缶コーヒー、缶ビール、ポテロング、カップラーメン等、明らかに数年後、三大成人病のいずれかを患ってしまうであろう物品をカゴに入れ、財布から旧1万円を出したその時だった。店長らしきレジのオヤジが、僕から旧1万円札を受け取って、私「透かし」見てますとでもいうように、あからさまに1万円札を天へ向けて掲げたのだ。 な、なんと無礼な行為であろう。僕は絶句してしまった。そんなあからさまに透かさなくてもいいじゃないか。犯罪防止の為かも知らんが、その行為自体が客を信用していないということに繋がり、逆に客から不信感を抱かれるという結果になり、もはやこのコンビニは客から見切りをつけられて、正月早々閑古鳥が鳴いて閉店という不幸な結果になるであろうと、少し残念な気持ちになったが、こんな失礼なコンビニに、次から次に客が入ってくるのは、非常に立地条件が良いからであって、いくらレジのおやじが無礼な行為をしても、客はそんなことお構いなし。 あー、偽札流行ってるもんね。お札を透かして見て本物かどうか試してるのね。タイムリーなことやってるね。しっかりしたもんだ。と、ヘラヘラ笑っていて、馬鹿じゃないか。君たちは疑われているんだよ。犯罪者扱いされているんだよ。それをば何だそのヘラヘラした表情は。弁当温めてる場合じゃないよ。僕は憤ってるんだよ。無礼だと思わないか。と、周囲の客に必死に同意の視線を送るのだけど、馬鹿な客達は週刊誌、肉まん、おにぎり、駄菓子などを随意に購入し、一向にレジのおやじを責めようとはしない。そんなことだから偽札渡されて平気で騙されてしまうんだこの国は。 |
| 2005年01月05日(水) 滑走デート。 |
| アイススケートなんて10年振りである。高校卒業したての頃、友人達と卒業記念にどこかに行こうということになって、なぜかアイススケートに行った時以来である。今回は彼女がどうしてもアイススケートに行きたい。氷上の天使になりたい。いい加減あなたから卒業したい。ということで、じゃあ卒業記念にでもと、高田馬場のアイススケート場へ行ったなんて書くと、本当に貴方は嘘ばかり吐く。貴方は適当に思いついたことを日記に書いてただヘラヘラしているだけかも知らんが、私は私の他、私のクラスメイトだって貴方の日記を見ているので、そんな好い加減なことばっかり書いて困るのは私なんだから、ほら、ズボンからシャツ出てる。鼻毛もちょっと出てる。なんかそういうダラダラしてんの気に入らなくてしょうがない。この阿呆の三杯汁。嘘吐くなボケ。アイススケート行きたいって言ったのテメェじゃねぇか。馬鹿。阿呆。ブ男。でも大好き。と、彼女が言うことは明白であって、僕達は若いんだから好きだと思ったらそれだけで万事オーケーじゃないかと思うのだけど、まぁ好きなことは好きなんだけど、好きであるが上に気に入らないところはとことん気に入らないという、ありがちな乙女心が作動し、はいはいわかりました。わかりますた。だっふんだ。と、なぜか志村けんモードでその状況を乗り越え、何を書いてるんだったっけ。そうそう、アイススケートに行ったのである。 まぁ僕がスケートに行きたいと言い出したのは、スケートっていうのは、大抵女性は苦手であって、氷上を極度な内股で、あー! あーっ! あーっ! 転ぶー! 転んじゃうー! なんて悲鳴を挙げながら彼氏に助けを求めるのであって、しょうがねーなーっつって彼氏は彼女の手を取って、いいかい、まずはこう両足を外の方へ向けて滑っていくんだよ。なんて彼女を指導するのがアイススケート場の正当なデートの方法であって、僕の彼女のように、わーひさしぶりーすべれるかしらー。なんて言いながら華麗なフォームであっという間に一周してくるなんてのは彼氏の面目丸潰れであって、僕も10年振りなもので、人並の滑り方を習得するのにちょっとした時間を要して、やっと周囲の人と遜色ない滑り方ができたと思っていたら、彼女は「ほら、見て」とか言って、その場でクルリと回ったり、後ろ向きに滑ったりと、お前、そりゃ素人の技じゃねぇよと思うことまでやっている。 あーつまんね。と、子供みたいにいじけてベンチで休んでいると、もー。早く滑ろうよー。と疲れを知らない二十歳の彼女は、一緒に滑走することを強要する。ふざけんなと思う。勘弁してくれと思う。僕も気付けば28歳。前回卒業記念でスケートに行ったときは18歳。あの頃は疲れも知らず、1日中滑ることができた。しかし今は1時間も滑れば膝が悲鳴を挙げる。しかもさっき彼女のフォームを真似て後ろ向きに滑ろうとして転倒してしまい、氷上にしこたま頭を打ちつけた際、小学生らしき少女にスケート靴でしこたま顔を蹴られたので、今はもう滑ることが怖いのではなくて、なぜか小学生の少女全般が怖くてたまらない。勘弁してくれ。キミを連れてくるべきではなかった。ちょっとこのスケート靴の靴紐が、なんつーか僕と合わない。なんて意味不明の言い訳をしつつ、僕はベンチで一人座り続け、彼女は楽しそうに氷上を滑り続けていた。 |
| 2005年01月04日(火) 悲しい生き方。 |
どこかの警察の巡査長が、勤務中に「ちょっと銀行で金を降ろしてくる」と言って公用のバイクで出掛け、銀行に行かずに同僚の婦人警官のマンションへ行き、密かに作成していた合鍵でマンションへ不法侵入し、金を盗んだところを、マンションに帰ってきた婦人警官の夫の警官に見つかって逮捕されたというニュースが流れていて、なんだこれは。この事件はどこを突っ込んだらいいんだと小一時間悩んだ。ツッコミ所満載である。 まず、勤務中に「ちょっと銀行で金を降ろしてくる」ということ。うーん、まぁいいとしよう。僕も時々昼休みに銀行行ったりするしね。「公用のバイクで出掛けた」これもまぁ、悪いことは悪いんだけど、合理性という面から考えるとアリかなと思わなくもない。「同僚の婦人警官のマンションへ行った」僕だったらね、金盗もうと思ったら同僚のマンションには行かないと思う。しかもその同僚って警官だし。犯罪自体が危険な橋であるのに、婦人警官のマンションへ盗みに入るのは危険すぎる橋である。「マンションに帰ってきた婦人警官の夫の警官に見つかって逮捕」もう馬鹿パワー全開である。婦人警官の夫も警官。危険すぎるっつーか無謀というかスリルを前提として侵入したとしか思えないこの馬鹿っぷり。そして帰宅した夫に見つかるというこの用意不周到っぽさ。馬鹿だなァ。なんかもうちょっといい具合に罪を犯せよと、ヘンなツッコミすら入れてしまいたい心境である。 しかし警官が盗みに入るなんて、それはそれは切羽詰まった状況だったんだろうな。多額の住宅ローンに困っていたとか、消費者金融に莫大な借金があったとか。人は追い詰められると何するかわかんないもんね。で、この阿呆な犯罪に至った理由は何なんだろう。 「家族に借金があった」 もうどこまでも阿呆である。住宅ローンでも消費者金融でもなく家族である。家族! に! 借金! と、言葉ごとに!マークをつけたくなるような理由である。悲しいとしか言いようがない。金を貸していた家族だって悲しいとしか思いようがない。この正月早々阿呆な警官は、今後、罪を犯したという視線に耐えるのではなく、ただただ悲しい奴という憐れな視線を浴び続けなければならないのである。いやだなぁそういう生き方。 |
| 2005年01月03日(月) 森田さんのお天気ホイホイ。 |
| 最近、小林麻耶に心底から惚れ込んでいる、いわゆるぞっこんなのだが、お前はいつも誰かに心底からほれ込んでいるではないか。小倉優子はどうした。若槻千夏はどうした。お前はあいつ等に対しても心底から惚れ込んでいると言っていたではないかこの浮気者。と言う人がいるかも知れんが、僕の心の底は意外と面積が広くできており、一度に何人もの女性を心底からほれ込むことができるのである。 さて小林麻耶。TBSアナウンサーである彼女は、 朝の情報番組「ウォッチ!」に出演しており、何をしているかというと、時計を抱えて「只今の時刻は7時32分です」なんてとろけるような笑顔で、別にアナウンサーじゃなくても言えるようなセリフを言ったり、天気予報でただただ笑顔を振りまくだけというとても楽なポジションにいるわけだが、なぜ彼女がそのポジションを降ろされないかというと、答えは明確、とにかく可愛いからであって、僕は朝の7時40分なんて丁度仕事に出発する準備をしている時間でテレビなど見ている暇はないのだけど、小林麻耶が出演する「森田さんのお天気ホイホイ」が始まるので、こんな忙しい時間に天気なんて予報すんなよと憤りを感じるんだけど、小林麻耶のあの天使のような笑顔を見ると、ちょー大雨降ってるけど全然大丈夫。傘なんてささなくても出勤できるなどという気持ちになるのはきっと恋心。 しかし一つだけ問題がある。気象予報士の森田さんである。あのヘンクツオヤジである。毎日小林麻耶を苛めるのである。あからさまに嫌味を言うのである。今日は、っていうか今日は1月3日の日記なんだけど、これは1月5日に書いているのであって、今日はというのは1月5日のことなんだけど、「お天気ホイホイ」の中で、七草の収穫が始まったなんていうどうでもいいローカルニュースが流れた後、小林麻耶が、「今年もしっかり七草粥食べるぞーっ!」ってこれまたとろけるような笑顔で意味のない宣言をしたのである。しかし宣言をした相手が悪かった。森田さんである。 「いいですね、いつも笑顔だけは」 これである。あからさまな嫌味である。てめぇこのやろ小林麻耶に向かってなんてことぬかしやがるんだ。と、僕は朝からエキサイトである。いいじゃないか七草粥食べたって。可愛いじゃないか。なんでこうもっと優しく接することができないんだ森田さんは。そうやって嫌味しか言えないから天気だって外れやすいんだ。と、出勤のことなど忘れテレビに没頭していたら「現在の江ノ島の映像です」と、江ノ島の映像が流れて晴れてるだの曇ってるだの始まって、今から江ノ島に出勤するわけじゃないから早く小林麻耶の姿を見せてくれよと焦っていると、江ノ島の海の向こうに富士山が見える。そして海にはサーファーが波と戯れている。 そこで森田さんの感想一言。 「綺麗だなぁ。絵画みたいだなぁ。これ日本じゃないような感じがしません?」 小林麻耶。 「はい、します」 これは森田さんに対する巧妙な仕返しだと思い、外は曇っているけど僕の心はちょっぴり晴れた。 |
| 2005年01月02日(日) 福袋。 |
| 12月のセールでの売れ残り、もしくはデザイナーの先を行き過ぎたセンスによってなかなか着こなせない服、もしくは何に合わせてもしっくりこない色合いの服などを適当に詰め込んで、大衆の浮かれた心につけ込んで売ってしまおうという目的によって誕生したモノ、いわゆる福袋を彼女が欲しいと言い出したので、しょうがないなぁ。人波に揉まれてまで残り物を買いに行こうとは思わないんだけどなぁ。彼女がそう言ってるんだしなぁ。目とかすごい輝いてるし、電車降りた瞬間から気持ち駆け足だし、というわけでとあるショッピングモールに福袋を買いに行った。 人、人、人。福、福、服。とりあえず人だかりができていたらそっちに絶対福があるとでも思っているのか、皆が随意に同じ場所に殺到するので混雑混乱混迷するのは当然であって、馬鹿だなぁ。あっちの福袋なんて余ってるじゃないかと、僕は駄菓子屋の三千円の福袋を購入。一人ベンチに座り、頭にウルトラマンのお面をかけながらうまい棒を食べていたら彼女が、「一体あなたは何しに来たの?」という視線を投げ掛けているので、そりゃぁお前、あれだよ。キミが福袋欲しいって言ったからこうやってついてきたんじゃないか。と言っている最中にさえ、彼女の顔色が紅潮してきたのでこれはヤバい。よし、キミが好きな福袋を買ってあげるよ。だけど選ぶのは僕だからね。という多少のゲーム性を持たせながら彼女の機嫌を取り、「どうせ残り物でしょ? そうなんでしょ?」と、店員の若いお姉ちゃんにどうしようもないことを言いながら1万円の福袋を購入。キャッキャキャッキャと猿のような奇声を挙げる彼女の声を聞き、これで機嫌が直ったと認識。再度ベンチに戻って本日4本目のうまい棒を齧った。 |
| 2005年01月01日(土) 今年の目標。 |
| 新年なんて明けて当然なんだから、今更騒ぐ必要もないだろう。と、元旦は部屋に閉じこもり読書もしくはプレステもしくは脱糞など随意に行って過ごそうと思っていたのだが、元旦から夜勤だったということに気付き、気付いた瞬間元旦がいとおしくなった。 というわけで、現在元旦の午後2時。がぶ飲みミルクコーヒーを飲みながらマイルドセブンを吸ってキーボードを叩いている。午後3時にはシャワーを浴びて午後4時には職場へ向かう。そこに正月らしきものは何もない。 彼女は一体何をしているんだろうとメール。「くりきんとん作ってるの」と返信。実に正月的だ。彼女の実家は四国だが、父親が単身赴任っていうかこれって単身赴任って呼べるのかと吃驚するような職場、いわゆる東京の省庁関係に勤めているのであって、彼女は父親のマンションに冬休みの間滞在しており、そこでくりきんとんを作っている。結構なことだと思う。 よって僕は看護師などという職を生業としているが為に正月的な気分を味わえないという因果をもう10年近く味わっているので、僕も正月は正月らしく過ごしてみたいと思うので、省庁にちょっと勤めるのはちょっとあれだけど、都庁くらいはどうにかなるかも知らん。 よし今年は都庁に就職してクロちゃんみたいにニヒルに笑いながら、婚約会見で「場所は板橋のマンションで、確か、お茶をいただいていた時であったかと存じております」なんて回りくどい表現をしてみたい。記者から「なぜ28歳、アニメでいうとマスオさんと同じ年齢になってから都庁に就職したのですか」と訊ねられたら、「ただいまのご質問は、都庁の採用試験の面接以来のご質問でございます。とにかくお答えいたします」なんてとにかくお答えしてみたい。よって今年の目標は、都庁の職員といたしまして都民の皆さまのお役に立つべく、日々の仕事を大切につとめていきたい、ということになるかと存じます。 |
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