2003年04月30日(水)  ズッコンバッコン。
どうも便所が詰まっているようだ。糞をして、ややあって、流す。ゴボゴボゴボという威勢良く水が流れ出し、溢れ出す。トイレの容量ギリギリまで水が溢れ、わぁ、こぼれるんじゃないかしら。と思ったところで、水域が下がっていく。しかもあれだけ人を狼狽させたくせに、糞は流れない。もう1度流す。やはりもう1度ゴボゴボゴボと威勢良く水が溢れ、ようやく排泄物はトイレから姿を消す。
 
引越し初日からこのような状態だったけど、2度流せば流れることだし、そんな、糞も、毎日するわけでもなし。毎日憂慮するわけでもなし。気にしない。腹もすっきりしたし、晩飯でも買いに行こうじゃないか。と実にさっぱりしたもので、別段気にもせず、引越してから4日程経ったのだけれど、今日はふと、来客について考えてみました。
 
誰かがうちに遊びに来たとする。トイレ貸してね。どうぞ返してね。などと下らない洒落を言いながら誰かがトイレに入り糞をしたとする。いっぱい出ました。わぁすっきり。お尻を拭いて、流しましょう。と、トイレの水をひねる。ゴボゴボゴボ。ありがとう。なんて言いながら部屋に帰ってくる。しかしまだ糞は流れていない。もう1度流さないと流れない。ややあって、僕が尿意を催す。ちょっと、トイレに行ってくるよ。ちゃんと帰ってきてね。などと下らない洒落を言いながら僕がトイレに入り、チャックを降ろす。わぁ。糞がある。糞があるよ。僕は今日、糞など出していないから、きっとあのコの糞だ。糞がある。糞が便器の中で我が物顔で鎮座してるよ。と実に困った事態になるのである。
 
この困った事態というのは、糞が流れていないという事実と、糞を1度しか流さなかった人に罪悪感がないということ。そして僕が糞が流れていなかったよ。と報告することができないということ。糞をして1回水さえ流せば妙な渦を巻いて糞ごと姿を消すということはもはや常識化、普遍化されていて、周知の事実だが、この非常識なトイレは2度流さなければいつまでもそこにダラダラと浮遊している。しかも、1度目の濁流で本来の形を崩された糞は、糞としての体裁を失い、糞らしからぬ妙に細々した糞に成り下がり、水質を汚濁し、しまいには悪臭を漂わせるという陰惨たる結果となる。しかも糞を排泄した本人自身はそれに気付くことはなく、てっきり糞は流れていたと思い込み、そもそも糞をしたことなど忘れてしまい、僕の尿意に伴ったトイレへの来訪によって、ようやくその事実が浮き彫りにされ、僕は見たくもない他人の糞と対面する羽目になるのである。そして僕は、おい糞が流れてねぇぞ。と報告することもできない。報告したとしても、糞をした本人にとってそれは晴天の霹靂であり、瓢箪から駒であり、泣きっ面に糞である。困った。
 
嘆いてもしょうがないので、対応策を考察、立案せしめる。たしか近所にドラッグストアがあったはず。あそこに行けばズッコンバッコンが売っているかもしれない。ズッコンバッコンというのは、トイレが詰まったときに用いる、あの不格好な道具のことで、正式名称なんて考えたことはなく、小学校の頃からズッコンバッコンと呼んでおり、トイレの掃除当番の折には、便器を磨くなどという野暮なことはせず、トイレが詰まってもいないのにズッコンバッコンズッコンバッコンやっていたあれである。
 
よし、あれを近所のドラッグストアで購入せしめよう。と、威勢良く靴を履き、踊るように階段を掛け降り、ドラッグストアへ走った。午後9時。店内にはホタルの光が流れている。人を憂鬱にさせる、あの曲である。畜生。こちとらトイレが詰まってんだい。野暮な曲はよせやい。あ、閉店ですか。そりゃ失敬。と、店内を早歩きで探索し、ズッコンバッコンを発見し、980円。高けぇなおい。どうしよう。高けぇなおい。1回しか、使わないのにな。貸してくれないかしら。などと少し躊躇してからズッコンバッコンを手に取り、ズッコンバッコンズッコンバッコンと小声で歩調に合わせテンポよく唄いながらレジに立つ。本日最後のレジ打ちがズッコンバッコンだということで露骨に嫌な顔を見せる店員(ネームに山口、と書いてあった)をよそに、税込み1029円を払い、店内を出て、ズッコンバッコンを振り回しながら、やはりズッコンバッコンと小声で歩調に合わせて唄い、我が家へ戻り、まずは一服。早くズッコンバッコンしたいのにタバコを一服するというこの悠長さ、もどかしさを丹念に味わい、いざトイレへ。
 
ゴボゴボゴボ。溢れてきた溢れてきた。馬鹿め。今日の僕は違うよ。ズッコンバッコンという近代文化が産出した素晴らしい道具があるのだ。もっと溢れたまえ。よし! 今だ! と頃を見計らい、ズッコンバッコンを挿入す。ズッコン! バッコン! とあまりにも威勢良く挿入したため、水しぶきがズボンにかかる。畜生。最後の抵抗か。返り血のつもりなのか。天晴れ。と、実に呆気なく水詰まりは解消し、実にやりきれない気持ちになった。僕はまだこっちに引越してきたばかりで友達が少ないので、もっとトイレと悪戦苦闘していたかったのである。
2003年04月29日(火)  からたちの道ひとりで歩く。
不毛な交渉の末、昨夜ようやくクロネコの荷物が届いた。午後8時30分。普通の家庭ならば飯食って風呂入ってあぁだるい。明日も仕事だ。なんて言っている頃だろうけど、だるいのは明日だろ。明日が仕事だからだるいんだろ。見たまえこのダンボールの山。午後8時30分。寝る場所さえ、ないじゃないか。タバコも、どこかに紛れ込んでしまったではないか。無数のダンボールをかきわけてタバコを探す。あった。しかし、ライターがない。どこに行った。探す気も失せるぜ。あっ、そうだ。コンロ。コンロで火をつけましょう。電気コンロって使ったことないけど、使ってみましょう。電気コンロのスイッチを入れ、しばしタバコをくわえたまま顔を近付けても、顔ばかりが火照るばかりでいっこうにタバコに火はつかない。畜生。馬鹿にしやがって。どうしてヤカンの湯は沸くのにタバコに火がつかないんだ。畜生。ダンボール全部燃やしたろか。気が滅入る。
 
不満ばかり言ってもしょうがないので、火がついていないタバコをくわえたままダンボールを開け、部屋の整理にとりかかる。ダンボールに貼ってあるガムテープ。剥がし辛いなぁ。カッター欲しい。たしか引越しのときどれかのダンボールに入れたはず。どれだったかなぁ。ガムテープをいちいち丁寧に剥がしていてもきりがないので、ガムテープが貼ってあるダンボールの中心部分にパンチをくらわし、ガムテープが裂けたらそこからバリバリッと剥がす。手間がいいぜ。パンチパンチ。オレの拳はダンボール泣かせだぜ。畜生。ガラスの額が割れた。CDケースも割れた。
 
パソコンが入っていたダンボールにマジックで「台所、スリッパ等」などと書かれていたので、搬送作業の中でどういう扱いを受けたのか心配になったが、パソコンを接続していちいち動作確認してる暇もないので、スリッパなんて入っていないダンボールから捨て猫を抱きかかえるようにパソコンを取り出し、部屋の隅へ鎮座させる。引越しの際「パソコン等の機器は万が一故障しても責任を負えませんのでご注意下さい」と言われたが、マジックでスリッパ等と書くことはないだろうと思った。あと、小説がぎっしり入っているダンボールに「ビデオ」とこれまたマジックで殴り書きしてあって興醒めした。クロネコの人はこのダンボールを持って、畜生。ビデオ重ぇよとかブツブツ言いながら僕のことをエロエロ大魔王と思わなかっただろうか。そればかりが気になった。
 
時計を見る。午後11時。事態は全く進展していない。風呂にも入っていないし、まだライターさえ見つからない。さっきまで顔を見せていたタバコも再びダンボールの波に呑み込まれてしまった。1234ゴリーラー。と深夜のマンションで意味もなくダンボールを数える。ゴリラどころではない。階下に降りて缶コーヒーを買いに行く。ジョージアを買って戻ってきてもダンボールは減っていない。今気付いたが、晩飯もまだじゃないか。今気付いたくせに腹が減ってきた。北に向かえば、コンビニがあるかもしれない。北に向かう。歩めど歩めどコンビニは見えず、人影すらも見えない。ここで暴漢に襲われたらダンボールパンチをくらわしてやるぜ。と、居酒屋。ちょいと一杯。引越してきて、酒すらも呑んでいない。そこいらの酔っ払いと仲良くなって、同じテーブルで酒でも呑んで、それから引越し作業を手伝ってもらいたい。と、一人。いつまで経っても一人。誰も話し掛けてきてはくれない。ビールも冷たいがそれ以上に冷たいぜ埼玉。ビール2杯と焼き鳥とカツ揚げ食って帰る。とぼとぼ歩く。からたちの道ひとりで歩く。
2003年04月28日(月)  クロネコが来ないとかその他諸々の不平不満。
世の中に不平不満を言うために生まれてきたわけじゃないけど、聞こえないんです全然。東武東上線。池袋から我が家に帰るわけですよ。今日は東急ハンズでカーテンを購入しました。趣味が良いです。部屋の雰囲気が変わりました。変わりましたもなにも、殺風景な部屋にカーテン1枚追加されただけなんだけどね。それでも進化しました。しかしトイレがいつまで経っても臭いのは、以前ここに住んでた人がお腹、もしくは腸、肛門系の病を患っていたのだろう。この匂いからして、きっと痔核だ。しかもイボのほう。ってわかるかっつの。トイレ掃除ぐらいしてから部屋を出ろっつの。そういう僕も前住んでたアパートのトイレ掃除、忘れてるし。
 
で、東武東上線の話。今後僕の通勤手段になるわけですが。声ちっちゃいのね。「え〜、次は〜、ほぅほぅへぇぇぉ、ほぉほぅふぇぇぉ〜。お出口は右側です〜」って一番大切な駅名が聞こえないっつの。ただでさえ知らない地名なのに、その地名さえ聞こえない。きっとおノボりさんに対しての嫌がらせか何かなんだ。畜生。埼玉も鹿児島もあんまり変わんないじゃないか。地下鉄があるか、ないか。あ、そういえば僕大発見。僕が住んでるとこから池袋まで少々運賃がかかるんですね。これはどうにかならないかなぁと考えたのであります。引越し2日目で。で、大発見。池袋から営団有楽町線に乗って、和光市で降りて、東武東上線に乗り換え。目指すは我が家。運賃は、変わらない。大発見でもなんでもない。ただの大失態。今度は銀座1丁目あたりに住もうと思う。
 
でね、でね、気を付けなくちゃいけないことがいっぱいあって、自分自身のためにも、こうやって文章にして残さなければならない事情があって、池袋駅から決して東武東上線の特急と急行には乗らないこと! これね。これすごく大事。この2つに乗っちゃうと僕が住んでる駅で降りれなくなっちゃう。異人さんにどっか連れられていっちゃう。気を付けないとね。あと駅の近くの古本屋のオヤジにも気を付けなければいけない。要注意人物だね。立ち読みしてたら怒られちゃった。埼玉は立ち読み禁止条例で3万円、もしくは禁固2年以下の懲役なんだって。嘘。
 
通勤急行と準急と普通は大丈夫らしい。難しいね。特急と急行と準急。藍色と青色と水色。準急って何? 急行になりきれない普通運行? 中途半端だね。イライラします。準っていう言葉そのものが、なんかこう、くすぐったいのです。準備中、準エース、準優勝。1番になりきれない言葉。あともうちょっとでという悔恨がつきまとう言葉。準急池袋行き。発車は8時35分です。乗らねぇよ。ぺっ。
 
昨日の日記の続きを書きますと、クロネコはまだ来ない。どうなってんだ。と、104。
 
「はい104です」
「川越市のクロネコヤマトお願いします」
「はいヤマト運送川越支店ですね。ありがとうございました」
「お問い合わせの番号は、ダイショーで0120−008……」
 
と問い合わせました。あの機械の体を手に入れた銀河鉄道な女性が不気味な声で番号案内するでしょ。あの「ダイショーで」ってどういう意味なんだろうね。ダイショーでマジ遅い。
2003年04月27日(日)  クロネコとしまむらと安楽ビルと今夜の下着。
引越しました。晴れて僕も埼玉県民です。布団を持ってない埼玉県民です。引越したはいいが、何もない。あるにはある。バッグの中の煙草と小説。意味がない。生活できない。とりあえず外へ出る。部屋の中にいたって気が滅入るだけだ。徒歩5分。ファッションセンターしまむら発見! 大歓喜。意気揚揚と店内へ。布団3点セット3980円。埼玉も半額セールなのか。あれは、いけない。早く値上げしてほしい。鹿児島で5000円で購入した僕の気が滅入ってしまう。世の中は僕の知らぬ間に布団3点デフレでも起こっているのか。
 
部屋へ戻る。やはり何もない。布団、その他もろもろの荷物は明日届く。部屋から夕陽が見える。涙を誘う。布団もないが、コンビニもない。今夜食う飯がない。クロネコヤマトから電話。
 
「お引越し、今日が搬送のご予定ですが」
 
馬鹿だ。日程を間違えてやがる。予定では明日28日になっていたはずだ。しかし、願ったり叶ったり。今夜寝る布団がない。クロネコの勘違いな従業員のお陰で布団、その他今夜の下着、タオル、洗面用具諸々が今日届く。馬鹿に感謝。勘違い万歳。荷物が全て届いてから言ってやるのだ。「予定では搬送は明日になっていたはずですけど……」「えっ、そうなんですか。ちょっと調べてみます……ああっ、ホントだ!」ってね。僕も鬼ではないので、他人の間違いを指摘し、修正してやるのだ。
 
「それでは今からお伺いしますね」
 
と電話が切れる。早く来ればいいのに。携帯をポケットに入れ、しばし周囲を探索。やはりコンビニはない。この辺りの住民は夜中に突然冷凍うどんが食べたくなったらどのように対処しているというのだ。不毛な町です。タバコの自販機はどこなの! どこにあんの! みんな禁煙してんの! 嫌煙化の町? どこ? どこどこ? あぁ、あったあった。タバコの自販機如きで取り乱してしまった。クロネコ、早く来ればいいのに。と電話。
 
「アパートに到着しましたが、えっと、202号室ですよね……」
「いや、302号室なんですけど」
「えっ、あっ、そうなんですか。302号室? わかりました。探してみます」
 
なにが探してみますだ。階段登ればいい話だろうが。202号室は2階。302号室は3階。世の中は結構わかりやすくできているんだね。階段を、登ったらいいよ。まず右足を出して1段上がって、次に左足を上げてもう1段上がるという具合に進むんです階段というものは。待ちくたびれました。僕が迎えにいきます。と、2階へ降りる。誰もいない。怪訝そうに僕を見つめるミニスカートのお姉ちゃんしかいない。怪訝そうに、見るな。クロネコじゃないくせに僕を見るな。パイプベッド運ばせるぞこの野郎。と、クロネコからまたもや電話。
 
「すいません。302号室ってどこですか?」
「どこって、そこの3階のはずだけど……」
「ここってどこですか?」
「はぁ?」
 
クロネコはもしかして、地理を間違えているのかもしれない。ここってどこですかなどという不毛な質問までされてしまった。僕に聞くなよ。手前で考えろよ。でも、ほら、僕は鬼ではないので、懇切丁寧に説明を始めるわけであります。
 
「埼玉県川越市……」
「えっ!?」
「だから埼玉け……」
「えええっ!?」
「えええっ!?って今どこにいるんですか」
「えっと、鹿児島……」
「はぁ?」
「安楽ビル202号室の前にいます」
 
馬鹿だ。このような事態に陥ってしまった意味がわからない。安楽ビル202号。これは僕が昨日まで住んでいた鹿児島のアパートじゃないか。そのドアを開けたって、面倒臭いから捨てようともしなかった柄の悪いカーペットがあるだけで、あとはもぬけの空だよ。
 
「申し訳ありません。もう埼玉にお引越しなさっていたのですね。こちらの連絡ミスでした。またあとで連絡します」
 
と電話が切れる。部屋を見渡す。やはり何もない。あるにはある。タバコと小説。意味がない。生活できない。クロネコの馬鹿が。舞い上がってしまったではないか。やることがないから、腹が出てきた。「ただいま。数ヶ月振りに故郷へ帰ってきました」「まぁおかえり仔豚ちゃん」とか言われてしまう。危機感を感じる。早く重い段ボールとか持って体を動かさなければ。とクロネコから電話。
 
「本当に申し訳ありません。日程を間違えておりました。それでは30日にお伺いします」
 
馬鹿だ。日程の間違いを気付いたことは褒めてやる。しかしその後が悪い。「30日にお伺いします」全然なっちゃいない。僕は28日で予約したんだ。どっから30日なんてものが出てくるんだ。クロネコに、しなければよかった。さっきから気が滅入ってばかりじゃないか。夕陽が沈む。今夜食う飯も布団もない。肩を下ろしてもう1度ファッションセンターしまむらへ足を運ぶ。「ここに来ると何かがある!」という中身空っぽのキャッチコピー。何かを探しに店内へ足を踏みいれる。何かというのは、具体的にいうと、今夜の下着とタオル。安いことは安いけど、気が滅入ってしまう。
2003年04月26日(土)  6畳1間で書く最後の手紙。
キミの言う通りだと思う。僕たちは出逢う日が遅過ぎた。もう少し早く出逢っていれば、もっと違う道を歩んでいたのかもしれない。例えば僕は仕事を辞めない。キミも仕事を辞めない。時々食事をしながらお互い仕事の愚痴を言い合うんだ。「あんな仕事辞めてやる!」と僕が叫ぶと「まぁまぁ、落ち着いて」とキミはなだめて、「もうやってらんない!」とキミが嘆くと「今にきっといいことあるよ」と僕が慰める。
 
キミと出逢った頃、僕がもう、こうやって、部屋の荷物をダンボールに詰め込むことは、ある程度予想されていて、まだ誰にも言わなかったけど、僕の決意も固まっていて、辞職の機会をこっそりと窺っている頃で、誰にも相談できぬ孤独とばかり闘っていて、時には自棄になって、酒を飲んでよからぬことをしたり、よからぬ怪我をしたり、よからぬ後始末に追われたりして、夢と希望と自嘲と堕落。なにがなにだかわからなくなって夜眠れなくなり、天井を見上げて、真っ暗な部屋で涙が出ているのかそうでないのか、ぼんやりした視界と意識の中で、妥協か断行か。独り葛藤していて、答えは決まっているのだけど、葛藤している振りをして、不幸に見舞われている振りをして、事実、自分で蒔いた種なんだから葛藤も不幸もないんだけど、昔から僕は安定を欲しているのに、変化を求めるという矛盾した体質を持っていて、今回はそれが謙著に現れて、よし上京! と。意味もなく上京! と。不幸と悲しみの舞台設定を自作自演でせっせと拵えて、自ら創り上げた沼の中に身を投じて、ぐるじいよ。と。
 
これは僕の体質なんだ。玉子アレルギーとか花粉症と同じ。治しようがない。今回の上京の目的は、現在通っている通信大学の卒業と同時に認定心理士を所得、精神保健福祉士の国家試験を受験する。国家試験は所詮国家の試験だから合格するに決まっている。よくわからんけど、合格するに決まってる。で、それから、大学院を受験して、入試に落ちたらおしまい。帰ってきます。都落ちってやつね。格好悪いじゃないか。潔く格好悪いじゃないか。再び我が病院の門を叩く。ごめんください。働かせて下さい。ってね。潔く格好悪い。そうならない為にも僕は夜遅くまで机に向かいて机上の空想。
 
もう少し、早く出逢っていれば、きっと楽しい時間が過ごせたと思う。一生会えないわけじゃないし、僕だって夏くらいに帰ってくる予定だから、そのときは、また、あの一貫性がないカフェで、美的センスのないキャラメルマキアートを飲みながら、手作りのイチゴジャムが乗ったアイスを頬張りながら、ずっと話をしよう。手紙と、プレゼントありがとう。ずっと大切にするよ。明日の朝、ここを発ちます。風邪など、ひかぬように。自分を決して見失わぬように。
2003年04月25日(金)  本当の別れ。
正真正銘最後の送別会。8年前、看護学校に入学して、委託病院として働き始めた頃はまだ19歳で、患者さんとの接し方も、専門用語も、看護婦さんたちの名前さえなかなか覚えられず、ただただ狼狽するばかりで、1日中緊張していて僕にとってはそれが最初の「社会」との出会いで、それから8年間、僕はずっとその「社会」の中だけで生きてきた。
 
世の中は失業だ不況だというけれど、ここにいれば毎月給料は出るし、それなりに仕事は評価してもらえるし、看護婦さんたちは多少乱暴だけど、首を締められても乳が当たるというような優しさがこもっていて、数年前に主任に昇格して驚くほどに仕事が増えたけれど、それでも遣り甲斐があって、毎日充実していて、苦悩といえば、僕に彼女ができないことくらいで、そもそもその苦悩は僕自身に関する問題であって、仕事とは関係がなく、仕事での苦悩といえば、僕が夜勤の日の職員の朝食はいつもミルクパンで、他の人の夜勤の朝食はクリームパンとかジャムパンとか、看護婦さんたちは美味しそうに頬張っているんだけど、僕の朝食だけミルクパンで、無機質な味がして、クリームとかジャムとか、そういうものは入っておらず、いつまで経ってもミルクの味のみで、気が滅入ってしまうのは、きっと栄養士の陰謀だ。と思っていることぐらいで
 
この栄養士。去年の夏。30までにお互い独身だったら結婚しようと約束したばかりなのに、その年の秋には入籍してしまい、現在妊娠7ヶ月。送別会の席で、栄養士の元へ赴き「そのお腹の子は、あのときの、子では、ないのか」と酔いに任せて訊ねると「そうかも、しれないわね」などと尋常な口調で申すので、酔いも醒めてしまい「まぁ、元気な赤ちゃんを産んでください」と強引に話をまとめて、そそくさと自分のテーブルへ戻り、栄養士はまだこちらを見ているけど、目を合わさぬように努めて「わぁ。看護婦さん。最後だから、ダンスを躍りましょう」と、仕事中は少し怖いけど、飲むと陽気になる看護婦さんと、なぜか舞台の上でチークダンスを躍って、その後、他の看護婦さんと「2人の大阪」をデュエットして、その後も、「酒や、酒や、酒持って来い!」と恥かしいセリフが入る演歌を歌って、それから先は涙をこらえるばかりで空のグラスを掲げ、後輩を呼びビールを注がせて、後輩にも勺をして「乾杯」という代わりに「サヨナラ」と言うと、「マジでヘコみますから!」と叫んで泣き出して「あっ! そうだ!」とポケットを探り出し「これ、使って下さい」と小さな包みを出して、赤いリボンと包装を解いてみると「大和魂」と大々的に記されたジッポライター。後輩のこの気持ちとこのセンス。一生大切にしていこうと思う。
 
思い出話を始めるときりがない。宴もたけなわにさしかかり、舞台へ。婦長さんが大きな花束を僕に渡す。「いつか、帰ってくることを信じています」僕は涙が止まらず、この病院で最後の舞台なのに、ずっとうつむいて心細くうなずくばかりで、自分の意思で、自分で辞めると言ったはずなのに、院長も婦長も看護婦さんも看護士さんも、先輩も後輩も、親も妹も、友人も、みんな悲しませてばかりで、何一ついいこともないじゃないか。どだい、僕自身だって、これから先、今以上の環境が待っているわけではなく、良いことがあるわけでもなく、試練のようなものばかりで、このまま明日になっても明後日になっても10年経っても今の職場で、今のアパートで、看護婦さんたちと笑ったり、患者さんの背中を流したり、友人と退屈なビデオを見たりしていたい。
 
何もかもを犠牲にして、自分のやりたいことをやるという行為は、不毛なんじゃないか。僕は決定的な何かを間違えてるんじゃないだろうか。誰の為の僕で、僕は誰の為? 人は何の為に生きて、生きる為に何をする? 離別して、新しい何かと出会って、また離別して、それは何を意味してる? 生きることとは、そういうものなのか。「社会」ってそういうもの? 結局1人で消化していかないといけないもの?
 
新しい生活の場で出会う人たちも、自分を差し置いて大切にしていきたいと思う。
2003年04月24日(木)  今日の出来事の概要。
今更ながら引越しはとても面倒臭いということに気付いた。すごいエネルギーを消費する。もうしばらくは引越しはしたくない。10年くらい埼玉に住みます。面倒くさいという理由だけで10年も同じ場所に住むことができます。そのくらい面倒臭い。20年くらい埼玉に住もうと思う。
 
明日でこのお仕事も最後。明日休日の後輩が人目もはばからず泣いていたので「馬鹿野郎、泣くことが、あるか」なんて肩を叩きながら僕も泣こうと思ったけど、肩を叩くばかりで一向に涙は出なかった。
 
部屋には何もなくなったので、ビールばかり飲んでいる。堕落への序章が始まっているようで、つらい。牛乳を買ったので、今夜は牛乳を飲もうと思う。アルコールはしばらく、よそうと思う。しかし、今夜も明日も、明後日も、送別会。今夜は友人と飲んで、明日は職場の人たちと。明後日はドクターと我が病院の今後の医療と看護について討論。
 
退職金を貰う手続きが面倒臭い。あれは、罠だ。あえて手続きを面倒臭くして「こんなに面倒臭いんだったら、退職金なんて、いりません」と僕が業を煮やすときを待っているのだ。気を付けなければ。
 
「今日試合なんだよ」と先輩から電話。僕の家にはユニホームもグローブもスパイクも、明日の着替えさえなくなっている。今日の試合には出れないことを告げると「じゃあ、また今度な」と言われて電話を切られた。また今度もなにも。
 
新居の電話番号が決まった。「これから申し上げる3つの電話番号から1つお選び下さい」とNTT。一番不吉な番号の並びを選んだ。死ぬほど苦しんで亡くなった霊。葬儀屋の電話番号みたいだ。
 
これから半年ほど、学業に専念します。通信大学は働きながら勉強ができることが魅力です。なんてあれは嘘だ。スクーリングばっかりじゃないか。埼玉まで来ちまったじゃないか。今年の10月には単位を全て習得して、あと、病院実習。現役の看護師が病院実習。今度は看護ではなく、福祉の実習。相変わらず将来への方向性が定まらない。もうすぐ30になるぞ。
 
おにぎり2個。インスタントうどん。今日の昼食。経済的困窮はもはや致命的。これだけ飲み会が続くと、身体も心も壊れてしまう。早く引越して静かな部屋で静かに泣きたい。今は、騒々しすぎる。
 
近所のディスカウントショップで「1回200円、ハエタタキつかみどり!」という実に不毛なイベントを開催していた。友人に勧められて掴み取ってみた。200円払って掴み取ってみた。13本掴み取ってみた。200円でハエタタキ13本。意味がわからない。こんなにいらない。友人に7本くらい渡すと「こんなにいらない」と言われたので3本渡すと「3本も必要ない」と言われて1本渡すと「恥かしい」という何とも珍妙な理由で1本も受け取らなかった。僕は彼女の13倍恥かしかった。
 
今日はTシャツ1枚で大丈夫でした。もう鹿児島は夏が近付いています。東京はどうですか? という旨のメールを送ったら「東京は4月です」というメールが帰ってきた。ごもっともです。
 
昼休みに野球をしたからお尻が痛い。昼休みに野球なんかするんじゃなかった。白衣のままスライディングしたので、午後からずっと泥だらけのお尻を撫でながら悔恨の念にかられていた。
 
午後から看護婦さんがマンゴーを切ってくれて食べさせてくれたけど、すっぱすぎて顔を歪めながら「美味しいです」と言ってしまい、正直にこたえなさいよ! と怒鳴られたので、「とてもすっぱくて美味しいです」と言った。どこまでが本当でどこからが嘘なのか自分でもわからないことを時々言ってしまう。
 
すごい今日の出来事が前後している。おかしいね。妹と妹の彼氏から引越し祝いの壁掛け時計をもらった。壁掛け時計が本当に欲しくて本当に嬉しかった。僕は物欲で安易に涙が出ます。
 
妹の彼氏が面白い。彼は僕の中で大ヒット。彼は今まで、なぜか僕を恐れていて、一向に顔を出そうとしなかったが、僕があまり怖くない人間だということを、妹の再三の説得がようやく効を奏し、驚くような短時間で僕達はうちとけた。妹の彼氏はとてもいい奴だと思う。僕に濱マイクの写真集をくれた。僕は物欲で容易に涙が出ます。
 
この日記は今日の昼休みに書き始めて、思い出したときに2、3行書いて、現在23時。友人は何もない僕の部屋に寝転がって、女性なのにズボンの中に手を入れて尻を掻いている。明日は最後の出勤。こんな馬鹿げた文章でも書かなければ、僕は容易に涙が出ます。
2003年04月23日(水)  クロネコの試練。
午後からクロネコヤマトのお兄さん3人がやってきて、あっという間に家財道具一式をトラックに詰め込んでしまった。缶コーヒーを2本準備していて、どうもご苦労さまでした。とねぎらいの言葉と共に渡したかったんだけど、3人来てしまったので、もう一本足りない。買いに行こうと思い、近くの自販機でもう1本コーヒーを買って戻ってくると引越しは終っていて、なんだかやりそびれてしまって、こうやって目の前に僕の為に買ったものではない缶コーヒーが3本あるわけで、誰か遊びにでも来たらもれなく贈呈するんだけど、テレビもコンポもプレステ2もパソコンも本棚も明日の着替えさえもない僕の部屋に来たって何も楽しくないので、誰も遊びに来ないので、自分で飲みます。
 
実に困ったことになった。4月27日日曜日の午前中、僕は鹿児島を発って埼玉へ行って、その日の午後からクロネコヤマトが新居に到着する予定だったけど、手続きに間違いがあって、クロネコヤマトの到着が4月28日になっていて、これ変更できないですか? と問うと「いや、できないことはないですけど……」と、困ったように返答するので、多分その後に続く言葉は「埼玉のクロネコヤマトに連絡とかしないといけないから、少し面倒臭いな」という思いがこもっていて、僕がクロネコヤマトの従業員でも、あぁ、少し面倒臭いなぁと思うので「じゃあ、28日でいいです」なんて自分で自分の首を締めるようなことを言ってしまい、現にこうやって困った状況になっているのである。
 
4月28日から池袋で通信大学のスクーリングが始まるので、28日にクロネコが埼玉のマンションに来たって、誰もいない。僕は退屈な講義を聞いている。クロネコはマンションのドアを開けたいけど開かない。僕は退屈な講義に飽きて昼寝を始める。クロネコは途方に暮れる。と、実に無駄の多い事態に陥ってしまうのであって、じゃあ、スクーリング行かなければいいじゃん。と思うけど、このスクーリングを逃すと卒業できないというこれまた困った事態に陥ってしまうので、どうしよう。
 
まぁ、いい。なんとかなる。ね。なんとかなるという言葉はなんともならないときに使う言葉なので、多分なんともならない状況になると思うけど、じゃあどうすればいいんだ。もぬけのマンションに友人でも待機させとくか。と思うだけで平日の午後にクロネコの到着を待ち続ける便宜的な友人もいないので、やっぱりなんともならない。引越し早々試練かよ。
2003年04月22日(火)  長電話。
「だからー。私が彼氏の奥さんにバレちゃったら、住むとこなくなっちゃうから、そんときは一緒に住もうね」
「うん。常軌を逸した名案だね」
「でしょー。だから今の不倫がバレるまで、アナタは彼女つくちゃ駄目よー」
「うん。自己中心的甚だしい提言だね」
「駄目よー」
「……」
「ねぇ、聞いてんの?」
「無理だって」
「何が」
「キミの不倫がバレるまで僕は1人で晩ご飯を作らなくちゃいけないってことが」
「結婚してあげるから」
「無理だよ。だいいち結婚にそれほど魅力は感じないよ」
「だって結婚だよ?」
「いまどき結婚って言葉がリーサルウェポンになるなんて、野暮だよ」
 
「結婚したくないの?」
「別にしたくないってわけじゃないけど……」
「じゃないけど何よ」
「キミの不倫の終焉を待ち続けるのも虚しいなぁって」
「じゃあ不倫やめる!」
「ご自由に」
「冷たいっ!」
「とにかく腹が減ってるんだ。キミへの愛情より先に目の前のコンビニ弁当が冷めてしまう」
 
「……結婚しましょうよ」
「まず身辺を整理しましょう」
「私こう見えても几帳面だから!」
「そういう意味じゃなくて、私生活の身辺を整理しなさいってこと」
「えー。意味わかんなーい」
「不倫相手の男の部屋で? 男の帰りを待ちながら? 意味ワカンナーイと?」
「ムカつく」
「結構」
「ムカつきマンボ」
「あ。そういう無意味な言葉、すげぇムカつく」
 
「カレー作ったの。食べに来てよ」
「だからまだ鹿児島だって」
「鹿児島も東京も滑走路1つで繋がってるのよ」
「JALの広報部かっつの」
「ねぇー! 食べろー!」
「彼氏が帰ってこないからって、僕に八つ当たりしないで下さい」
「食・べ・て」
「食べない」
「私もう死ぬ」
「でた。そうやって死って言葉を簡単に使う女ほど図太いものはない」
「ひどい!」
「って言ってた」
「誰が?」
「蘇我馬子」
「え?」
「そがのうまこ」
「誰よそれ」
「飛鳥時代の豪族」
「まぁ邪馬台国」
「腹減ったから電話切るよ」
「待って! もうちょっと!」
 
「キミはいつからそんなにしつこくなったんだ」
「彼氏が帰ってこなくなってから」
「ついさっきからじゃないか!」
「彼氏帰ってきたらちゃんと電話切るから」
「そうしてもらったほうが僕にとっても助かる」
「でしょ?」
「うん。早く帰ってくればいいのにね。男」
「男って言わないで」
「オヤジ」
「オヤジじゃないわよ」
「背徳男」
「あんたに言われたくないわよ」
「あ、あ、も、もしも、し? し? 充、充電が、切れ、切れそ、切れそうだ」
「下手な演技はやめなさいよ」
「充電切れたいなぁ」
「まったく失礼な望みね」
「個人の望みなんて傍観者には失礼としか感じないんだよ」
「アナタ哲学者にでもなったつもり?」
「我が名はマルクス!」
2003年04月21日(月)  獅子奮迅。
4年間住み慣れたこのアパート生活もとうとう残り1週間を切った。6畳2間、リビング10畳。バス・トイレ別。日当たり良好。家賃3万3千円。外壁リフォーム。申し分ないこのアパートとももうお別れ。涙が出ます。実はまだ親しい友人6、7人に引越すということを言っていなくて、いつか言おういつか言おうと先延ばししているうちに、残り1週間を切ったので、何も言わないまま旅立とうと思う。電話が掛かってきて
 
「今何処にいるの?」
「え? 埼玉」
「埼玉って埼玉?」
「そう。埼玉って埼玉」
「寒い?」
「寒くないよ」
「ダサい?」
「ダサくないよ」
「つーか冗談ばっか言ってないで今みんなで飲んでるからちょっと寄ってよ」
「だから埼玉にいるって」
「ふぅん」
「だから今日は、ていうか、これから先何ヶ月か会えないんだ」
「で、何? もしかして今彼女とか来てんの?」
「だから埼玉だって!」
「へんな言い訳。埼玉ってどこよ」
「東京の上で茨城の左で群馬の下だよ!」
「ダサい?」
「ダサくないっつってんだろ!」
 
という会話が繰り返されることが安易に予想される。今年の初めは僕だってまさか5ヶ月後に埼玉にいるなんて予想していなかったわけで、自分の1年先のことなんて絶対に想像できないよなぁと僕はよく考える。1年後、僕はもしかしてロシアのダニーロフ修道院で僧になっているかもしれない。そういう可能性も否定できない。あらゆる可能性を否定できないことが人生なのだ。
 
今あなた達の横にいる彼氏や彼女。その人と1年後もそうやって一緒にバラエティ番組を見ながら笑っていられるかという可能性を問いた場合、やはり否定も肯定もできないでしょう。結婚による結びつきで果たしてそれは完成するのか。その絆は完遂されるのか。違うでしょう。人生は何かを狂わせる罠がいたるところに仕掛けられているのです。僕は鈍感だから1年置きくらいにその罠に引っ掛かって、5月から埼玉で生活するようになったのです。
 
実を言うと、すごく不安で心細くて、絶対泣く。絶対泣くぜオレ。なんていう気弱な強気な一面を覗かせたり隠したり、往々にして隠しているけど、そりゃあ不安ですよ。今日後輩から「ホントに辞めちゃうんですか?」なんて今更のことを言われたけれど、僕だってホントに辞めるんだろうか。と今でも思っているのです。4月25日付けで退職したとしても、何食わぬ顔で4月26日に出勤しても、皆驚きもせず、疑問を抱きもせず、ただ日常の延長として、僕を迎えてくれるのではないかと淡い期待を寄せているのです。
 
甘えたことを抜かすなこの野郎。と自分自身を叱咤激励。残り6日間。涙をこらえて頑張る所存で御座います。
2003年04月20日(日)  自由か金か。
よーく考えてー。お金は大事だよー。……。お金がない。引越しというものは思いのほか出費がかさむもので、僕が寝ている間に金融の森の小人たちが僕の通帳を操作してるんじゃないかと思うくらい、お金がない。今回で通算4回目の引越しになる。理由は講義の時間に間に合わないからとか職場が遠いからとか彼女のアパートが近すぎて少しウザいとか、まぁ、僕の人生なんだから、僕の勝手にすればいいんだけど、それはあまりにも利己的で、周囲の思惑など全て無視して、引越す! と宣言した次の日には不動産屋の戸を叩くという、ある意味衝動的な行動をすることが多くて、今回だって、僕は今の職場で結構重要な仕事を任されていたのだけど、その仕事が重要すぎて、その重圧に耐えられず、あぁ、どうしよう。すげぇ辛い。責任感とか、遂行努力とか、そういう次元の問題じゃなくて、深刻に辛い。こんな仕事僕に任せたって、どうせいい加減な形になって、なぁなぁでダラダラでぷよぷよな環境になってしまう。僕じゃダメだ。もっとしっかりした人じゃないと駄目だ。あとはよろしく。
 
と実に呆気なく退職の決意をしてしまい、この8年間コツコツ築き上げた地位も名誉も分別せずに同じゴミ袋に押し込んで捨ててしまって、さぁ、自由になった。自由になったが金がない。よーく考えてー。お金は大事だよー。という事態に陥ってしまった。
 
自由か金か。どちらかを選択すればどちらかが消えてしまう。自由と金なんて一緒に手に入るはずがない。だけど、しばし、僕に自由を。しばし、失業保険生活を。失業保険って何ヶ月貰えるんだっけ? 3ヶ月? 6ヶ月? どっちだっていいや。きっと自由なんてものは1ヶ月もすれば飽きるに決まってる。自由なんてものは1ヶ月もすれば太るに決まってる。ぷにぷにのぶっくぶくだ。確か引越し先の近所にスイミングクラブがあったはず。プールに通おう。お金はないけど、プールに通おう。あとは、せめて1ヶ月、真面目に日記を書いてみよう。こんな思いつきだけで、次の1文字さえも考えてないオチもへったくれも自由もないような日記を書くのはよそう。自由だからこそ真面目に生きよう。朝6時に起きて、夜8時に寝よう。彼女ができたら彼女を大切にしよう。アパートが近いからウザいとか、今日泊まっていい? と訊ねられて、いいよ、と笑顔で答えて、胸の中でがっくりするのはよそう。快く泊めようではないか。諸手を挙げて歓迎しようではないか。
 
人に優しく。これね。これが新居での目標。自由と利己を履き違えてはいけない。相手が存在してこその自由。自由になるには相手あってこそ。自由の部屋を作り上げるのは僕1人じゃ無理だ。だから引越しを手伝って下さい。あんな荷物、1人じゃ無理だよ。ベッドの組み立てとか、本棚の整理とか、おいしい緑茶とか、飲みながら、考えた。
2003年04月19日(土)  布団3点セットにまつわる話。
今使っている布団は5年前付き合っていた彼女のお母さんに買ってもらったものなので、いつまでも過去を引きずるわけにはいかず、今回の引越しというイベントを利用して、心機一転、布団に潜り込み、彼女今何してるかなぁ。彼女のお母さんも元気してるかなぁと暗い影を追うような真似をするのはもうよそうと思い、近所のデパートに布団を買いに行った。
 
昨日の広告に「布団3点セット5000円! 限定3組!」と購買意欲をそそる甘い言葉に魅せられて、昨夜職場に電話して、引越しの見積もりが来るし、歯も痛いし、風邪もひいたみたいですなどと思いつく限りの言い訳を並べて、午前中休みをもらって、自責の念にかられたけれど、僕の有給はまだ腐るほど残っていて、どうやら十何日の有給は腐ったまま退職してしまうので、いいじゃないか。有給使ってんだからいいじゃないか。僕の勝手じゃないか。布団が欲しいんだい。と自分自身に言い訳をして、励まし続けて、10時開店のデパートに9時50分に到着して、入り口に並んで「90本で200円の鉛筆を買いに来ました」と小声で呟き続ける少年に列を譲って、並んでいる人数は約15人。
 
果たしてこの15人の中で限定3組の布団3点セット5000円を購入するために土曜日の朝の9時50分なんて馬鹿げた時間に並んでいる人間は何人いるんだろうと考えていると「いらっしゃいませ! おはようございます!」と威勢のいい店員の声と同時に自動ドアが開いて、自動ドアが開いた瞬間、9時59分まで保たれていた15人の列の秩序は一瞬にして崩れ、我が先に、我が先に、利己主義自己主義エゴイズムと見苦しいほどに物欲に侵されたオバさんたちが水牛の群れの如く押し寄せて、呆気に取られた僕は出遅れてしまって、エレベーターは利用せず、2段飛びで階段を駆け上り、3階の布団売り場へ。
 
限定3組。もうないかもしれない。有給取った意味がないかもしれない。と布団3点セットのところへ駆け寄ると、余裕で佇む3点セット。畜生。僕だけ舞上がってしまった。あの15人の中で布団3点セットが喉から手がでるほど欲しかったのは僕だけだったのか。ちょっと焦っていたのが恥ずかしい。焦燥の感が顔に出ていなかったであろうか。平静を装おう。この売り場を漠然的に通りかかった振りをしよう。
 
お、なになに、布団3点セットで5000円? わぁ、すごく安いや。別に欲しくもないけど、安いからとりあえず買っとこ。という偶然布団3点セットに巡り会った成人男子という態を装おう。という態度を取り、商品をすぐには取らず、点検とか、肌触りとかダラダラと確かめて、買おうかな、やっぱよそうかなという演技を誰も見ていないのに演じつづけて、やっぱやめよう。と見切りをつけて、3階布団売り場を一周してまた戻ってきて、やっぱり安いから買って損はないかな。という演技をまた始めてようやくレジに持って行き「ポイントカードはお持ちですか?」と訊ねられて、僕の設定では土曜日の午前中に早起きしたはいいが何もすることがなくて、とりあえず近所のデパートに来てみたら布団3点セットが5000円だったので、あっても損はないと思い、購入せしめようと思い、それは気紛れにも似た購買意欲で別に布団3点セットなんてなけりゃないで僕は普通に生きていけるし、家には昔の彼女のお母さんに買ってもらった布団があるので、買うつもりはなかったのでポイントカードなんて持ってきてませんよ。という演技を演じて、ポイントカードは持っているんだけど、ボクハフトンヲカイニキマシタ! という屈託ない意志が筒抜けにレジのオバちゃんにバレるのが恥ずかしくて、ポイントは加算されず、現金だけ出して、税込み5250円。布団3点セットを購入しました。
2003年04月18日(金)  安心感と快適性。
「今から遊び行ってもいい?」
「え? 仕事中じゃないの?」
「うん。まだ仕事中」
「無理じゃん」
「無理じゃないから言ってんのよ」
「もしかして今日、外まわり?」
「当たりー!」
「ちょうど良かった。引越しの荷造り手伝ってよ」
「……」
「ねぇ」
「……今仕事中なの」
「えー」
 
午後2時。仕事中の友人来訪。「なんで私が仕事中にアンタの下着整理しなくちゃいけないのよ」と小言を言いながら引越しの荷造り。「どうしてそんないい加減なたたみ方するのよ! ちょっと貸して! Tシャツはこうやってたたむのよ!」と友人が一番張り切っている様子。あまりにも細かい点まで追及してくるので呼ばなければよかったと後悔。
 
「帰っていいよ」
「いやよ」
「いいよ。自分で整理するからあっちの方でタバコでも吸っててよ」
「いや」
「じゃあ冬物整理するから手伝ってよ」
「命令しないで!」
 
もう、意味がわからない。おそらく生理だろうと思って生理でしょうと訊ねたら「アナタの所為よ!」と、また意味のわからない理不尽なことを言われたので、僕の所為じゃないにしろ、彼女は生理だという事実が露呈されたわけで、卓越した吸収力による安心感とつけ心地の良さなんて宣伝コピーは、おそらく嘘ではないかと思わせるほど、彼女には安心感とつけ心地の良さが欠如していた。
 
「あれだよ。多い日は羽根つきがいいんだぜ」
「知ったふうなくち聞かないでよ!」
 
と、冗談を言っても本気で怒られる始末で、怒ってはいるけど、几帳面に荷物の整理をしてくれるので、僕はどう接してよいのかわからなくなって、体の線に沿ってやさしくカーブ、快適にフィットなウィスパーのような優しい言葉も掛けたくなったけど、焼け石に水。駄目だと思う。こういうときは何を言っても駄目だと思う。「んもう! んもう!」と言いながら冬物を整理して、小説の類まで几帳面にダンボールに詰めてくれて、僕はというと傍観に徹するのみで、手を貸そうものならスタンダードと同じく、キルティング加工ドライメッシュシートと溝状のプレスラインで、ヨレを防いですばやく吸収、サラッとした冷たい言葉で罵倒されそうなので、やはり傍観に徹するしかなかった。
 
「終わったわよ! 次何すればいいの!」
「仕事帰ったらいいよ」
「なんてこと言うのよ! 仕事戻りたくないから手伝ってるんじゃない!」
「そりゃ失敬」
「変な言葉使わないでよ! あーイライラする!」
 
と、もう何を言っても駄目なものは駄目。 真ん中についたフィットクッション(筒型吸収体)が体のくぼみにぴったりフィット。多い日、長時間でも安心で寛大な気持ちを手に入れたくても、僕の筒型吸収体は、全く効き目がなく、ただ狼狽するばかりで、あ、あぁ、えっと、ね、ほら、などと断片的で中身のない言葉しか浮かばず
 
「瞬間ドライでサラッと快適な男が好きです」とロリエが言って
「私は結構ガードが固いですから」とエリスが宣言して
「やっぱり男は素肌にサラサラの思いやりが大切よね」とセンターインが呟いて
「以上のことをまとめるとやはり男は安心感と快適性が大切ですわね」とソフィが述べた。
2003年04月17日(木)  3分の1の不条理。
受け付けに弁当が届くのです。午前10時くらいに弁当を注文するのです。昼休み前に弁当を注文した看護婦さん達がナースステーションに集まって一斉にジャンケンポンッ! やった勝ったよ。一発で勝ったよ。僕1人グー。みんなチョキ。1人勝ちだよ。弁当取りに行かなくて済むよ。早く休憩室行って一服しよ。
 
「ちょっと待ってよ。アナタなに1人で勝ってんのよ。馬鹿。空気読みなさいよ」
「は?」
「読みなさいよ」
「え?」
「ほら、婦長さんも負けちゃったじゃない」
 
今日の弁当ジャンケンには婦長さんも混ざっていた。しかしこれはジャンケン。グーかチョキかパー。このたった3種類の手段を駆使して自らの運を細い右腕に託さなければいけない。結果、僕の1人勝ち。何も悪いことはしていない。弁当取りに行かなくて済むよ。早く休憩室行って一服しよ。
 
「私も負けちゃったじゃない」
 
えー! 婦長さんまで! 大人げないじゃないですか。全然潔くない。たかがジャンケンで。そんなに未練がましいこと言っちゃって。大人げないなぁ。早く休憩室行って一服しよ。
 
「私負けちゃったわ」
 
婦長さん2回も言わなくていいじゃないですか! 何みんな深刻そうに肯いてるんだよ! 畜生。みんな大人げないなぁ。
 
「それじゃあジャンケンで勝った人が弁当取りに行くことにしましょ」
 
でた。でたよ。ゲームの途中で平気でルールを変える奴。自分の都合じゃないか。世の中そんなに上手くいくもんか。
 
「そうしましょうそうしましょう」
 
ちっ! みんな敵かよ! 集団悪だくみかよ。多勢に無勢。辛い。悲しい。泣きたくなってきた。
 
「いいわよ。どうせアナタ辞めちゃうんだから」
 
でた。でたよ。「どうせ辞めちゃうんだから」辞める奴にはどんな仕打ちをしてもいいのか。
 
「ホントですよねぇ。寂しくなっちゃうわ」
 
って婦長さん! 弁当取りに行けよ! 感慨に耽っている場合じゃねぇよ! 看護婦さん7人に囲まれて、丸出しのエゴイズムを押しつけられて、弁当取りに行きなさいと、辞めるんだからと、寂しくなっちゃうわと。不条理じゃん。やってらんねぇよ。不条理じゃん。痴漢冤罪の人の気持ちってこういうのだろうなぁ。
 
「昼休み短くなっちゃうから早く取りに行ってきてください」
「あっ、はっ、はい。すいません」
 
って、えー! なんか僕謝ってるし。すでに足は受け付けの方角に向かってるし。あーアホらし。やってらんねっス。あー。事務のお姉さんだー。こんちわー。
 
「またアナタが弁当取りに来たの?」
 
これに関する詳しい事情は話さないよー。アホらしいから。不条理だから。どうせ僕はあと10日もすれば辞めちゃうんで平気なんです。はーい。みんなから預かった弁当代4230円。どうぞー。
 
「はい。ご苦労様」
 
と、事務のお姉さんから受け取った8つの弁当が入ったビニール袋。看護婦さんたちはナースステーションから顔を覗かせ弁当の到着を今か今かと待っている。へっ。
 
「あー! こらー! やめなさーい!」
 
僕はナースステーションに向かいながら弁当が入ったビニール袋を遠心力にものをいわせブルンブルン振りまわす。看護婦さんたちの悲鳴。ざまぁみろってんだ。僕はね、ジャンケンで勝ったんです。しかも1人勝ち。弁当取りに行く筋合いなんてないんです。すると、どちらかというと武闘派の看護婦さん2人が掛けよってきて、僕の頭を小突く。
 
「あんた何やってんのよ!」
「あー、すんませーん」
 
と、また小突かれる。
 
「どうしたのですか」と、婦長さん。
「ヨシミ君が弁当振りまわしてたんです!」と、武闘派。
「まぁ、そんな乱暴な」と、婦長さん。
「そうですよそうですよ」と、同意する武闘派。てめぇさっき小突きやがったくせに。
 
「わぁー!」
「あぁっ!」
「まぁ」
 
婦長さんは給料いっぱい貰うからお昼に うな丼なんて食べることが可能なわけですよ。僕は小市民なのでノリ弁ですよ。婦長さんは うな丼ですよ。タレだく。振りまわすと、タレがこぼれる程のタレだく。ビニール袋の中はうな丼のタレだらけ。ノリ弁からも唐揚弁当からも漂うほのかなウナギのタレの香り。
 
「あぁ、すいません。ジャンケンで、勝たなければよかった」
 
これが精一杯の抵抗でした。
2003年04月16日(水)  交換条件。
知的障害、といっても、病院に入院、もしくは施設に入所している知的障害者は、たいてい僕たちより年上なんだから、尊厳を持った態度で接しなければいけない。これは当然のことだろうけど、当然という意味は一般論的な意味合いが強くて、果たして一般論が日常の行動に定着しているかと言われれば、そうでもなく、もっと障害者に対して、その障害を共感し、受容し、障害者の立場で物事を考えなければいけないと思っている。
 
病棟に他の入院患者とトラブルばかり起こす知的障害者の男性。僕は今月始めに病棟へ異動となり、まずこの患者についての対応を考えた。どうすればトラブルが減るのだろうか。トラブルの内容といえば、もっぱら喧嘩で、意思表示が上手にできないというハンディキャップと不平不満をすぐ暴力によって表現するという粗暴さ。このポイントを押さえ、看護計画を立案する。
 
「僕に任せてください」
 
僕はいつもこんな言葉を使って自分を追い込む。切羽詰まってからでないと、真剣にならないという、8月30日の小学生の夏休みの宿題タイプ。「あなた自分から任せて下さいって言ったんだから責任取って看護にあたりなさいよ」という婦長の言葉を心地よいプレッシャーと感じ、患者と面談。ラポール(信頼関係)の形成は接触の頻度と時間。何気ない挨拶。くだらない雑談。これが重要になる。
 
この患者は、新しいラジカセを欲しがっていた。ラジカセを自分のものにしたいという「欲求」。しかしすぐには手に入らないという「忍耐」。これを利用しようと思った。今まで試したことのない看護をしてみようと思った。
 
「1ヶ月後にラジカセを買いましょう」
「ホント!?」
「だけど条件が1つ。これから1ヶ月、他の患者さんと1度も喧嘩をしたらいけません。そこのカレンダーに喧嘩をしなかった日は○を付けていきましょう。で、喧嘩をしたら×。喧嘩をしたらまた1ヶ月後伸びてしまいます。どう? 守れそう?」
「守れる!」
「じゃあ今からスタート。その日の○は夜寝る前につけるようにしましょう」
 
そして4月1日から、患者の欲求と忍耐の葛藤の日々が始まった。僕はこの看護計画で1つの禁忌を侵していることになる。知的障害者の看護の場合、「〜だったら〜してあげる」という交換条件を提示してはいけない。今回の場合は「喧嘩をしなかったら、ラジカセを買ってあげる」ということ。しかし今回は敢えてこの禁忌を侵した。繰り返される欲求を抑制するという「学習」を習得するには、この方法が一番効果的だと思った。
 
カレンダーに○が埋まっていく。僕の計画は滞りなく進んでいた。4月5日、喧嘩。カレンダーに×印。
 
「これからまた1ヶ月頑張ればいいんだよ」
「うぅ……」
 
何もストレートで30個○が記されるとは最初から考えていない。計画中途でのトラブル。これも「学習」の一貫なのだ。決して患者を責めずに、次の目標を明確に立てる。反省というのは、患者自身が自らの意思で考えなければ意味がない。だから僕からは反省を促さない。
 
朝出勤してナースステーションに入ろうとしたとき毎朝
「今日はケンカしなかったよ!」
と満面の笑みで僕に話し掛けてくる。
「違うよ。今日「は」じゃないよ。まだ1日始まったばかりだ。今日も頑張りましょう」
「うんっ!」
やはり満面の笑みで答える。
 
4月16日。カレンダーには5日に×がついて、それから○が11個続いている。この調子でいけば5月5日に目的は達成する。5月11日には僕はもうこの職場にいないけど、彼はきっとやってくれると信じている。あの満面の笑みで新品のラジカセを抱きかかえる日がくることを信じている。
 
5月5日は、彼の「子供の日」にならないことを信じている。
2003年04月15日(火)  娯楽の話。
僕はよく本を読みます。少しでも空いた時間があればそこに活字を探します。今日買った本『壊色』町田康。『パルプ』C・ブコウスキー。現在読んでいる本『きりぎりす』太宰治。読書の何が素晴らしいかと申しますと、非常に経済的な娯楽であるからです。僕が文庫本を好む理由はただそれだけ。お金がかからない。
 
パチンコ。あれは娯楽じゃなくて、切実なものを感じるので敬遠。釣り。うちの職場の看護士さんの過半数が釣りを嗜んでおります。ナースステーションには『急性期 経過別看護』とか『精神保健 疾患別マニュアル』などの本の間に『釣恋人』なる本が置いてあります。夜勤の暇な時間に看護士さんたちは大海に思いを馳せるのです。ちなみに『釣恋人』と書いて「ツレンド」と読むみたいです。ツレンド。釣が恋人。心細いじゃないか。
 
うちの職場には熱狂的な消防車マニアがいます。消防車マニア。同じ地球に生まれて似たような環境に育って、どこでどうやって消防車に魅力を感じたのかわからないけれど、とにかく消防車マニア。わざわざ昼休みに僕のところまでやってきて「今日発売日だったんだ!」と雑誌を見せるのです。『Jレスキュー』消防・防災・レスキューをテーマとする新カテゴリーマガジン! Jレスキュー! わぁ! すげぇ! 消防車ばっかり載ってるじゃないですか! ��型はしご車だって! すげぇ! 感動した! って別に感動しないわけですよ。たかが消防車ですよ。
 
ちなみにこの消防車マニアの最近のオススメは『消救車』だそうです。消防車と救急車の機能が一台の車に収まったという画期的な車両。「火事で怪我人出てもこれ一台で大丈夫なんだぜ!」と意気込んでいるけど、はい火事発生しました。怪我人が出た模様。消救車出動。ピーポーピーポー。現場到着。怪我人は全身に火傷を負っている様子。だけど消救車だから大丈夫。炎は隣家にも燃え移った様子。だけど消救車だから大丈夫。一台二役。怪我人を車内に運びます。まだ火が消えてないから車の中でちょっと待っててね。30分経過。もう少しで鎮火します。怪我人「つーかすげー火傷が痛いんですけど」もうちょっとで鎮火するから待っててね。よし鎮火。病院へ向かいましょう。医者「あと30分早かったら命が救えたと思います」なんてことになるのです。怪我人は助けたいけど火が消えない。火を消したいけど怪我人がいる。そんなジレンマを抱えた憐れな車両消救車。
 
「うーん……。そりゃそうだよなぁ」なんて消防車マニアはその日一日考え込んでしまって、仕事が終わる直前に僕のところまで来て「つーか火事が起きても消救車1台で出動するわけじゃないんだから!」とすごい形相でもっともな意見を申しましたので、なんだか消救車より憐れに思ってしまいました。
2003年04月14日(月)  結婚。ポークソテー。
「ご飯食べに行こうよー」と電話。
「今どこにいるの?」
「1人で食べてるー」
 
食事中にご飯食べに行こうよなどと誘うのは少し馬鹿げている気もするけど、1人で食べている彼女のことを考えると少し不憫な気もするので、さっき晩ご飯を食べたばかりだけど、靴下を履いてジャケットを羽織って車で彼女がいるレストランまで行った。
 
「ごめん遅くなって」
「いいよいいよー。何食べるー?」
「じゃあポークソテー」
 
ポークソテーを食べる。1時間前に晩ご飯を食べたばかりだけど肉厚2センチ程のポークソテーを食べる。
 
「で、どうしたの? 食事に誘うなんて久し振りだね」
 
雨が降っている。レストランの窓が街路灯や車のヘッドライトを雨という媒介によって、不思議な色に染まっている。
 
「うん。えとね。これ食べないのだったら、ちょうだい」
「いいよ」
「えとね、結婚することになったの」
「マジで?」
「うん。自分でも信じられないんだけど」
 
結婚。彼女は僕のポークソテーを頬張りながら、いとも簡単に人生の重要な意味を占める言葉を呟いた。
 
外は雨が降っている。
 
「で、私思ったの。結婚というのは、1人でレストランで食事するより楽しくて、寂しいってことを」
「うん。普通に意味がわからない」
「結婚すればわかるわよ」
 
外は雨が降っている。僕は黙ってポークソテーを頬張った。
2003年04月13日(日)  愛想と引越しについて。
仕事が終わり、アパートの階段を登ると、僕の部屋の前にスーツを着た少し人相の悪い男の人が立っていて、しきりにドアをノックしているではないか。借金の催促かもしれない。どうするアイフル。しかし僕は借金なんてしていない。NHKの受信料の催促かもしれない。「どーも。受信料の請求に参りました」のNHKのドーモ君かもしれない。国営テレビはパンチパーマも雇うようになったのか。いや、誰かの父親かもしれない。ほら、ここ最近いろんなことがあったから、いろんな事情が生じたヤバい情事によっていろんな問題が浮上して、あの女性の父親か、彼氏か、もしくは旦那。これは困った。殺される。埋められる。殺されるとか埋められる前にまず生爪とか剥がされる。目を閉じた状態でまぶたにホッチキスを打たれる。どうしよう。やっぱり素直に謝ろうかしら。
 
男は僕の部屋の前から立ち去ろうとせず、いつまでも断続的にノックしている。僕は意を決して、男のもとへ。「こんばんは」僕は努めて愛想良く挨拶を交わす。内心は狂わんばかり。ポケットの中に、ライターが入ってるから、いざというときには火を振りかざして逃げ出そう。鬼気迫る表情でゴメンなさいもうしませんと叫びながら逃げ出そう。100円ライターの炎を振りかざして。馬鹿じゃん。
 
「こんばんはー。○○新聞でーす」
 
ちっ。新聞の勧誘かよ。パンチパーマで勧誘すなよ。紛らわしい。無駄に消耗してしまったではないか。サンバのように躍り狂っていた心拍数が、湖上の白鳥のように落ち着きを取り戻す。新聞の勧誘ごときに。畜生。他の女に手を出して何が悪い。どんな迷惑を掛けたか。勧誘率でも落ちたか。違うだろ。いったい何だ。何の用だ。
 
「1ヶ月でもよろしいので新聞とってもらえませんでしょうか」
 
あぁ、これって勧誘ね。さっきから言ってるじゃないか。理解してるじゃないか。取らないよ。いらない。必要ない。と、意思表示することもなく、無言で部屋のドアを開けて、お尻を掻きながら、しまった、あれどうしよう。などと考えてもいない独り言を言いながら心持ち強くドアを閉めて、カチッと大きな音を出してあからさまに鍵を閉める。
 
その後もしばらく勧誘のノックは続いた。「1ヶ月でいいですから〜」「1週間でもいいですから〜」「最初の1ヶ月はサービスしますから〜」となんだか悲愴感を帯びた口調で寂しく叫んでいる。僕はテーブルの上に部屋の鍵と携帯を置いて、ジャケットをハンガーに掛けてリビングの電気も灯さずに、大きな溜息をついて頭を抱えてテーブルにうずくまる。ここからが僕の病気のお話。病名、大後悔。つい数秒前の出来事に対して大後悔。あぁ、すげぇ冷たく対応してしまった。もっと、こう、「いえ、結構です」とか「読む暇ないですから」とか、嘘でもいいから「他社の新聞を購読しておりますので」などと、懇切丁寧にお断りの言葉を申せばよかった。まだ、間に合うかしら。もうノックの音は聞こえないけれど、まだ肩を下ろして階段を降りているかもしれない。威勢良くドアを開けて裸足で走っていこうかしら。「ゴメン! 俺が悪かった!」なんて階段上段で叫んでみようかしら。涙目で振り返った勧誘男をスローモーションで抱き締めてみようかしら。月9ね。トレンディーじゃないですか。あぁ、もう、また自分で考えてることがわかんなくなってきた。あぁ、僕はもっと万人に対して愛想良く接しなければならない。
 
つい先日妹に言われたばかりだった。お兄ちゃんは私の友達にどうしてそんなに愛想が悪いの? ってね。いや、妹の友達に限定しているわけではなくて、僕は往々にして愛想が悪いのだ。なんというか、この先、僕と関わることがない、もしくは少ない人々に対しては頗る愛想が悪い。どちらかというと敵対心を剥き出しにしている。目つきも態度も頭も悪い。僕に近寄るなオーラを出す。中途半端な関わりがいちばん疲れるのだ。少しでも疲れるなら、最初から関わらない方がましだよ。お願いだからこっちに近寄らないでくれ。いや、近付いてきてくれ。僕と仲良くしようじゃないか。また出たよ。またアンヴィバレンツってやつだよ。
 
仲良くしたいので、引越しの荷造り手伝って下さいな。あと、引越し先の部屋の整理を手伝って下さいな。いや、僕は労力を求めているとか、楽をしたいとか言いたいのではなくて、純粋に仲良くなりたいってことを申しているのです。
2003年04月12日(土)  ペア割。
すいませーん。携帯電話を新規で買い替えようかなぁと思って。
 
「どちら様がでしょうか?」
 
二人とも。僕と彼女。一緒に買い替えようかなぁって。
 
「お二人とも新規の御購入でよろしいでしょうか」
 
あ、はい。二人とも新規で。
 
「まさに心気一転ということですね」
 
は、はぁ。まぁ、そういうことになりますね。
 
「お二人それぞれの御都合の悪い御過去をメモリー消去という御手段で雲散霧消にしようというわけですね」
 
余計なお世話ですよ。
 
「失礼ですけど、お二人様は付き合ってどのくらい経過していますか」
 
なんですかいきなり。ま、まぁ、えっと、今日何日だっけ? 12日? ということは今日でちょうど1ヶ月になりますね。
 
「何か付き合っているという事実を証明するものがございますでしょうか」
 
は? どうしてですか? 僕たちは携帯を買いにきただけなんですけど。
 
「いや、えっとですね、お二人同じに御購入されるのであれば、ペア割というものがございまして」
 
ペア割? なんですかそれ。
 
「カップルで新規加入すると携帯購入額が5000円OFF! 基本使用量、通話料共に50%OFF! そしてなんとカップル同士※の通話料は無料! ケータイは最新機種から選べる! さぁ、今すぐお店へGO! 詳しくは裏面をご覧下さい。(※ 付き合い始めて1ヶ月以上のカップルが対象となります)」
 
あなたそれ手元のチラシ読んでるだけじゃないですか。
 
「こちらの方ご利用されてはいかがでしょうか」
 
そうですね。なんだかお得だし。じゃあペア割でお願いします。
 
「それでは何か付き合っているという事実を証明するものがございますでしょうか」
 
そういうことだったんですね。付き合っているっていう事実かぁ……。うーん。お前何か持ってる? 持ってない? その指輪とかこの前僕が買ったやつじゃん。それでいいんじゃない?
 
「その指輪はいつ御購入されたものでしょうか」
 
えっと、付き合い始めて……、最初のデートだったから、えっと、今から20日前くらいです」
 
「それで結構ですけれど、失礼ですが、その指輪の御購入額は?」 
 
え? 値段? いくらだったかなぁ。路上の売店で買ったやつだからなぁ。うーん。3000円くらい?
 
「そうですか。まことに失礼ですが、3000円程度の品物ではカップルが成立したという事実を立証することはできません」
 
ホントに失礼だなぁ。いいじゃないですかこれで。実際僕たちはこうやって付き合ってるわけなんだから。
 
「3000円で成立するカップルというわけですね」
 
そういうこと言ってないじゃないですか。
 
「それではもっとしっかりした事実を証明して下さい」
 
面倒臭いなぁ。付き合ってる事実って言ったって……。あ! そうだ! メール! これなんてどう? ちゃんと形として残ってるし。大丈夫じゃないかな。 
 
「拝見させてもらってよろしいでしょうか」
 
ちょっと待ってください。えっと、……。あ、あった。これです。
 
>3月12日 午前3時24分
>件名:決めた!
>ゴメン、こんな遅くに。今日ずっと考えてたんだけど、やっぱりマチコのことが好きだ。
>今日駅前で別れるときに「また今度ね」って言ったとき決心したんだ。マチコに告白しようって。
>だけど、「また今度」を待てなかった。マチコのことを考えると眠れなくて……。
>だから今日決心したんだ。今日告白しようって。マチコ。僕と付き合
 
ちょ、ちょっと待って下さいよ! 声出して読まないで下さいよ! みんな見てるじゃないですか!
 
「申し訳ございません。『メールでカップルを立証する場合、そのメールを音読しなければいけない』と規約に書いてあるものですから」
 
なんなんですかその規約って! メチャクチャ恥かしいじゃないですか!
 
>マチコ。僕と付き合ってくれ。月並みな表現だけど好きだ。愛し
 
人の話聞いてんですか! もういいじゃないですか! やめて下さいよ! 彼女トイレに行ったきり戻ってこなくなったじゃないですか!
 
「わかりました。それではこの申し込み用紙に住所、氏名、年齢、今まで付き合った人の数をご記入下さい」
 
付き合った人の数って。関係ないじゃないですか。
 
「ペア割の規約上、必須条件でありまして、付き合った人数はその人の信用問題等の関わりがございまして……」
 
規約規約ってうるさいなぁ。わかりましたよ。おい、今まで付き合った男の数を書けだってさ。いやよって言ったってしょうがないだろ。えっと、どこに書けばいいんですか。ここ? わかりました。って書くの早えぇな……っておい! なんだよ『6(5?)人』って! なんだよ(5?)人ってよ! そのクエスチョンに何があったんだよ! しかも微妙に多いし! おい! 言えよ!
 
「いや、詳しい事情は結構ですので」
 
これはこっちの問題なんですよ! 黙っててくださいよ! あぁすげぇ気になる!
 
「それでは最後にこちらにそれぞれ印鑑を押していただいて、ご契約となります」
 
あ、あぁ。ここね。はいっ……っと。これで終わりね。なんかすげぇ疲れた。
 
「あ、それと言い忘れてましたが、ペア割をご解約した場合、解約金が発生しますのでご了承下さいませ」
 
えっ、そうなんですか。えっと、解約金っていくらくらいなんですか?
 
「一人当たり9万円になります」
 
高っ! 高いですよ。はぁ。9万円かぁ……。
 
「解約した場合でございますので、普通に使用して頂く範囲では支障ございません」
 
そ、そりゃそうですけど……。
 
「それでは、近いうちにお別れする御予定でも?」
 
い、いや、そういうわけじゃないけど……。
 
「それでは、こちらの方に捺印をお願いします」
 
は、はい。わかりました。しかし9万円かぁ……。
 
「それでは、近いうちにお別れする御予定でも?」
 
い、いや、そういうわけじゃないけど……。
2003年04月11日(金)  新規一転。
すでに今夜はお酒を飲んでいて今日は携帯の「ペア割」について書こうと思ったけど明日書きます。ダラダラと風呂に入り、メールチェックをして、返信できずにゴメンなさい。だけどみんな目を通してますよ。という文面をよく見かけるけど、実際どうだか。僕はちゃんと目を通してます。一字一句見逃さずに読んでおります。今日はこの通りグデングデンなので返信できないけど、この場を借りて、少し返信。クエスチョンだけチョイスしてアンサーします。
 
>歪さんは本当はオトコだったりしてww
 
うん。つまり、貴女の言う意味と、その結論と、その結論をどうして「だったりして」などという真意がよく掴めないという意がこもった言葉を使うことがよくわかりません。普通に男です。4日前にセックスしたばかりです。
 
と、質問に答えていきたかったけど、やっぱりメールはメールで返信するべきだよなぁ。という葛藤が生まれ、余裕で敗北し、この形式で答えることはやめました。明日ちゃんと皆さんには返信します。
 
さて。今日という日を忘れないために、今日摂取したアルコール。生ビール3杯。焼酎、焼酎。コーラ一気飲み。焼酎、焼酎、罰ゲーム! 揚げだし豆腐のつゆ一気飲み! ちょっとトイレ。ゲロゲロ。いやぁ、すげぇトイレ混んじゃってて、並んじゃったよ。なんてみえみえの嘘。和式トイレの前でヤンキー座りのような格好をして、ゲロを吐いてました。
 
そういえば、携帯、変えることにしました。新規で。引越すから、新規で。心機一転新規で。番号変わります。090-263……おおぉっと。ここはワールドワイドウェブの世界。インターネットの情報はハイパーテキスト転送プロトコル(http)と呼ばれるインターネット標準のプロトコルを使って提供されている。誰だって閲覧可能。危ない危ない。ちなみに引越し終わってからしてから携帯変えます。
2003年04月10日(木)  無自覚の罪。
この世で一番の罪は「無自覚」であーる。無垢で無邪気な無自覚であーる。いったい、僕たちは、毎日どれだけ「自覚」して生活しているのであろうか。24時間の何割が無自覚のもと流れすぎていくのだろうか。考えてみなさい。僕は考えない。そういう抽象的な思考は馬鹿馬鹿しいということに今更ながら気付いたのです。考えません。いっそキミたちもそういう概念的な思考を巡らすことは止し給え。みんな無自覚で無邪気で無垢な振りして周囲の人々を人知れず傷付けていけばいいじゃないか。僕は知らんよ。懺悔はします。仏前に立ち、心安らかに、静かに手を合わせ、目を閉じて、頭を下げて、そっと、舌を出すのです。
 
僕は今まで「無自覚」を恐れすぎていたのです。無自覚に人を傷付けることを恐れて、1分1秒逃さず、今を、この瞬間を自覚して、ことなかれ、ことなかれ。「無自覚」を「装った」「自覚」を「装おう」と、もうなにがなにやら。1人で疲労困憊。人は「無自覚」で行動している時間に自らを回復しているというのに、僕はいつのときだって身を削り、まさに粉骨砕身の思いで無意味な消耗に励んでいたのであります。お陰でちっとも太りません。食欲もあまりありません。夜も1回しかできません。ベッドの上で肩を揺する彼女をよそ目に眠った振り眠った振り。僕だって辛いのだ。不甲斐ない生殖機能に愕然としているのだ。
 
この世で一番の悪は「無自覚」であーる。一番の善も「無自覚」であーる。無自覚は善いことだ。ビバ無自覚。無自覚にはアンビバランスが潜んでいるとかいないとか。ほら、エディプスコンプレックスも無自覚のもとに行われる行為ではないか。ん? どこか違うぞ。道に逸れたぞ。履き違えたぞ。脱線脱線。脱線トリオ。ろくに教養もないくせにこんなことを書くのはよそう。今までの勉学なんて全て付け焼き刃じゃないか。試験前夜、インスタントラーメンとブラックコーヒー片手の一時しのぎじゃないか。先生ゴメンなさい。僕はあなたを欺き続けていました。隣の机の才色兼備。頭脳明晰のマドンナ的存在の女性に、僕馬鹿なんです。無知で無能なんです。馬鹿で無知で無能だけど、視力は2.0なんです。キミの机の上の答案なんて丸見えなんです。ね。だから。人助けだと思って。ね。ボランティアだと思って。僕のユニセフになって下さい。僕のダイアナになって下さい。僕の黒柳徹子になって下さい。とでも言っておけば偏差値なんてどうにでもなるんだ。先生ゴメンなさい。僕はあなたを欺き続けていました。ざまぁみろ。
 
今日のテーマは「無自覚」ですが、次は僕の手元にある文学博士 高野辰之編「和英併用 机上国語辞典」の【無自覚】の隣に記されている【蒸し菓子】について書こうと思います。【蒸し菓子】 意:蒸して作った餅菓子。はい終わり。これ以上発展せず断念。蒸し菓子は蒸し菓子で、焼きイモは焼きイモ、煮魚は煮魚。それ以上の何ものでもない。僕は僕。蒸し菓子は英語でスティーム・ケイク。と記されている。あ、あぁ。スチーム・ケーキね。やっぱりそのまま。僕は英語でファッキン・ガイ。これからは不良になろう。親不幸でもしてみようかしら。「マーくーん。朝ご飯よー」「うっせーよ! テメェが食えよ!」なんて叫んでみようかしら。無自覚に。無自覚に。最近また「結婚したい病」の症状が出てきた。左手の、薬指が、疼いてきたぞ。
 
わぁ痛い。煙草が染みる。また舌の横の部分に口内炎ができた。畜生。春のそよ風が、舌に染みるぜ。不良になっても舌の横に口内炎ができるなど本末転倒。振り出しに戻ります。内向的な文学小年に戻ります。夕方6時までには家に帰ります。女の子にもいっぱいお酒を勧めません。私お酒飲めないの。じゃぁこれ飲めばいいよ。スクリュードライバー。ジュースみたいなもんだよ。ホントにー? ホントだよ。オレンジジュースみたいなものさ。じゃぁ少し飲んでみようかしら。ゲッツ! ゲッツ! 女の子ゲッツ! って真似はしません金輪際。口内炎ができる理由は、ビタミン不足。ヴィタミンが足りません。もっと、こう、お日様に当たらなければいけないね。光合成光合成口内炎。韻なんて踏んじゃいない。よし。風呂に入ろう。風呂に入いりたくがないためにこんなにダラダラと書いてしまった。入浴と日記。労力の差は歴然。日記の方が辛いに決まっている。風呂に入ろう。明日からの日記は簡潔明瞭、2行で済ませよう。よし、練習。
 
今日は、退職届を提出しました。民法では2週間前までに提出しなければいけないということを今日知った。知った。知るか。
2003年04月09日(水)  父と夜と繁華街、ミッチャンと耳掻きと僕。
まだ小学校低学年の頃、父は看護婦の母が夜勤のとき妹2人を実家に預けて、僕をよくスナックに連れて行った。料理人だった父は、夕食を自分で拵え、夕方6時くらいに食卓に並べる。そして夕食を食べる兄妹3人をよそにスーツに着替え始める。あ、今日はお姉ちゃんのところに行くんだ。幼いながらも、父の行動を見て予測し、夕食を早めに食べて宿題が残っていないかを確かめる。
 
父は元来無口な人だった。10年くらい前に離婚したときも、いつの間にか僕の目の前から姿を消していた。最後の別れの言葉さえ覚えていない。「元気でな」とか「頑張れよ」という味気ない言葉だったのかもしれない。そんな無口な父は、母が夜勤の日には決まって小学生の僕を黙って日産サニーに乗せて、夜の繁華街へと向かった。
 
薄汚い有料駐車場に車を停め、父と手を繋ぐ。今とは違ってこの繁華街も昔は本当に賑やかだった。いろんな人がいた。いろんな人が父に声を掛けてきた。父は背が高く彫りが深い顔立ちで、生来の性質である無口という要素が加えられて、なかなか味のある大人を演出していた。そして、おまけに料理だって得意という付加価値をぶらさげて夜の繁華街を歩いていた。僕はその繁華街がとても怖くて、夜ともなるとこの繁華街に子供の姿は消え、見渡す限り大人ばかり。ひどく酔っていたりすごく怒っていたり時には道路の真ん中でしゃがみ込んで泣いている女の人だっていた。ここは確実に公民館の横の公園とは雰囲気が違った。ブランコの代わりにネオンがあって、すべり台の代わりにスナックへと続く急な階段があった。
 
「いらっしゃ〜い」
 
という声と共に父と僕を迎え入れる真っ赤なドレスを着たオバケ。僕はこの赤いオバケも嫌いだった。お母さんは夜勤なのに、父はオバケのことを「ママ」と呼んだ。僕は初めてこの店に来たとき、この赤いオバケが本当のお母さんかと思い、トイレに閉じ篭って声を殺して1人で泣いた。
 
「ね〜ぇ、なんでお父さんオバちゃんのことママって言うの?」
ブランデーを噴き出した父の代わりにママが
「どうしてって、私がマー坊の本当のママだからよ」
とドレスに負けないくらい赤い唇を動かして言うので僕はまたトイレに閉じ篭って1人で嗚咽した。
 
それなりに楽しいこともあった。父によく連れてこられたこのスナックには「ママ」と呼ばれる赤いオバケと、いつも大声で笑う太った「トシエさん」という人と、短いスカートばかり着ていていつも僕にパンツを見せる「エリ」というお姉さんと、いつも僕に耳掻きをしてくれる「ミッチャン」というお姉さんがいた。僕はこのミッチャンが好きになった。
 
「マー坊は大きくなったらこのお姉ちゃんたちの誰と結婚するー?」
トシエさんがいつもとかわらぬ大きな声で、質問しただけなのに大笑いしている。
「ミッチャン」
「えー。私じゃダメなのー?」
「エリはエッチだから嫌だ」
「ひどーい!」
 
店内に大きな笑い声が響く。父は黙って酒を飲んでいる。この頃は、僕のここで演ずるべき役柄というものを理解していた。父に話し掛けずにこの女の人たちとお喋りをしていたらいいということを。
 
ミッチャンはいつも店の隅のソファーで耳掻きをしてくれた。耳掻きをしながらいろんな話をしてくれた。ミッチャンの膝の上でそのまま眠ってしまうこともあった。いつも「人からお金を借りちゃダメよ」というようなことを言っていた。一度、ミッチャンから靴をプレゼントしてもらって「お母さんにはお父さんから買ってもらったって言うんだよ」と父から口止めされたこともあった。僕は今でも人からプレゼントされることはあっても、お金を借りることはない。
 
そしてミッチャンは突然この店から姿を消した。その日僕は久し振りにスナックのトイレに閉じ篭って静かに泣いた。もうここで泣くことはないと思っていたけど涙がいっぱい出た。可哀想に思ったのか、その日はエリが耳掻きをしてくれたけど、パンツの話ばっかりするので全然気持ちよくなかった。
 
「マー君はの私たちの中で誰と結婚したいー?」
トシエさんのような女性が大きな声で、質問しただけなのに大笑いしている。
「ミッチャン」
「ミッチャンって誰よー! 私じゃダメなのー?」
「ルミはエッチだから嫌だ」
「ひどーい!」
 
あれから20年くらい経って、父もいなくなり、自分の意志でこのスナックに行くようになって、いつまで経っても僕は、ミッチャンが出勤する日を待っている。
2003年04月08日(火)  菊と刀。恥とオマンコ。
今日は入浴介助の日。白衣を脱ぎ、Tシャツ1枚でゴム長靴。ビニールのエプロンにゴム手袋。ナースステーションでリゲインを一気飲み。気合を入れて汗と湯煙でミストサウナと化した浴室へ。お婆さんの背中を流し、オッパイを挙上してオッパイの下をこすり、足の先から大腿部を洗い、
 
「それじゃあ、おまんじゅうを洗いますね〜」
 
婦長室へ送還。女性性器の名称に関して厳重注意を受けた。「おまんじゅう」は駄目らしい。おまんじゅう。可愛らしいじゃないか。不純を感じないじゃないか。美味しそうじゃないか。……。
 
「じゃあ、どう言えばいいんですか」
「どう言えばいいって……。別に言わなくてもいいじゃない」
 
うん。別に言わなくてもいいような気がする。「何を挿れてほしいんだい?」「どこに挿れてほしいんだい?」なんて古典的なアダルトビデオと一緒じゃないか。自己嫌悪。「おまんじゅう」はよそう。違う名称を考えよう。
 
「だから違う名称とか考えなくてもいいですから」
 
婦長から2回目のイエローカード。あと1枚で退場になる。ていうか退職になる。ふふん。つまらんちん。最近「つまらんちん」という言葉が気に入っていて、いつも頭の中で呟いている。おまんじゅうつまらんちん。婦長さんつまらんちん。さて。表現の自由とプライバシー権という人格権の侵害。婦長さんは「表現の自由」とプライバシー権の関係に殆ど言及していない。別にいいけど。気にしちゃいないけど。
 
オチンチンと陰茎。おまんじゅうと膣。ふん。チンコ。オマンコ。オマンコは、いけない。伏せ字をしなければいけない。オ○ンコ。伏せ字をするともっと淫猥になるけれども気にしちゃあいけない。ルース・ベネディクトは著書『菊と刀』で「日本は恥の文化。羞恥の美学。伏せてナンボのおまんじゅう」と記している。後半の文章は嘘。
 
つまらんちん。やっぱり婦長さんに内緒で違う名称を考えよう。おまんじゅう。おまんじゅう……。ふむ。あれかしら。欲求不満なのかしらん。ふむ。彼岸花。よし。これでいこう。おまんじゅう改め彼岸花。キミは彼岸花の別称を知っているかい? 別名、曼珠沙華。まんじゅしゃげ。おまんじゅうという言葉から常軌を逸しているとは思わない。僕のプライドも保たれる。まんじゅしゃげだと、あからさまでまた婦長さんに怒られて、僕はいよいよクビになってしまうので、自己退職じゃなくて、クビとかになっちゃうと退職金の支給問題などが浮上してきて少し困った事態になることが予想されるので、別称を利用しました。彼岸花。ね。陰部の隠語。暴けるものなら暴いてみやがれ。あぁやっぱりつまらんちん。
2003年04月07日(月)  新生活は髪型から。
髪を切りました。今流行りか流行ってないのかわからないウルフカットでしたが、会う人会う人「髪切ればー?」と言うので、どうやらこの髪型は流行ってないということを確信し、髪を切りました。あの髪型で生活するにはポルノグラフィティのメンバーにでもならない限り無理だと思いました。
 
飲み屋に行っても「今まで最高何股かけたことある?」とか「教えて! ナンパの失敗談!」とか「彼女のひどい捨て方ベスト3!」とか僕の本質とは全くかけ離れた初対面の客に対して傲慢無礼の質問をされて甚だ困っているのはきっと、このウルフカットの所為だと心に強く確信し、美容院のドアを開けた次第でございます。
 
「いらっしゃーい。今日はどんな風に切るー? ウザいから坊主にするー?」
 
とこれまた客に傲慢無礼の問い掛けをするのは、僕の妹であります。妹は美容師であります。妹の美容院は家族割引があるので、心持ち料金が安いのであります。
 
「適当に、早く、洗え」
 
僕はシャンプー台で妹に断片的に命令します。僕は美容院でシャンプーをされることが、A4でコピーしたいのにB5サイズでプリントアウトして出てきたときの次くらいに嫌いでございまして、いつも妹には無常迅速、疾風迅雷にシャンプーを終わらせるようにと常日頃から口を苦くして耳にタコができるほど申しているのでありますが、
 
「だって、お兄ちゃんの髪の毛スゴイ傷んでて将来ハゲそうなんだもーん」
 
なんて尋常なことを申すので、ハゲたら困ると思い、結婚だってできないと思い、それ以上は何も言わず、黙って苦痛の時間に耐えるのであります。3日前の天気予報をビデオ録画で見ることと実の妹に頭を洗ってもらうことほど馬鹿馬鹿しいものはありません。
 
「さて、どういう風に切ろうかなー」
「真面目な好青年カット」
「何?」
「真面目な好青年カット」
「うん。無理」
 
と妹の独断で「真面目な好青年カット」は無理ということで「じゃあ比較的真面目に見られるような髪型にしてくれ」と意味不明の妥協をしてしまい「わかったー」と軽々しく応じた妹の散髪の力量に不安を感じながらもいつの間にやら熟睡してしまい「ここはどうする?」「もっと短めにしてくれ」「このへんもうちょっと切ったほうがいいかな?」「いや、これでいいと思う」という美容院の基本であるクエスチョン アンド アンサーは度外視されて「お兄ちゃん、終わったよ。起きて」という声と共に起こされて正面の鏡に映る僕の姿に驚愕。
 
「こ、これ、なんなんだ」
「東京カット」
「は?」
「埼玉カット」
「今言い直しただろ!」
 
というわけで、心機一転、春からの新生活仕様のヘアスタイル。埼玉カット。路上のティッシュ配りのお兄ちゃんが差し出したティッシュを断ることができず、取らざるを得ない気弱な青年を感じさせるヘアスタイル。小さなバッグの中には数十個のポケットティッシュと、地図。
 
「そんな小心で内向的な青年を意識してみました」
 
してみました。って。
2003年04月06日(日)  逆流できない場所。
高校1年。午前7時35分。同じバス停。同じ時刻。違う高校。僕は彼女に恋をしていた。同じ風景。同じ空気。いつも決まって黒縁眼鏡で派手なネクタイのサラリーマン。寒暖関わらず青いニット帽をかぶっているお婆さん。そして僕。そして彼女。僕たち4人は、いつも同じ時刻に同じ場所に集い、言葉を交わすこともなく、黙々と今日1日の予定を立てながらバスを待ち続けていた。
 
バス停での僕と彼女の距離は約2メートル。それ以上離れもしないし近付きもしない。話し掛けもしないし問い掛けられもしない。毎朝2メートルの距離で様々な憶測をする。どこに住んでいるんだろう。何て名前なんだろう。……彼氏はいるのかな。
 
その朝は社会見学に行くのであろうか、何十人もの小学生でバスは混み合っていて、座席が1つしか空いていなかった。先にバスに乗った黒縁眼鏡のサラリーマンと青いニット帽のお婆さんはすでに席を確保し、突然の満員バスに対してホッと肩を撫で落としている様子。そして残る座席は1つ。小学性の甲高くて陽気な声。教師がそれをなだめる声。座席は1つ。意を決して、座席に座る。目を閉じる。そのまま眠ったフリをする。不自然に顔を傾け、心拍数と反比例した呼吸をゆっくりと、吸って、吐く。吸って、吐く。吸って……。そのとき、柔らかな春の香りが僕の鼻腔を刺激する。薄く目を開けると、僕の横に、うっすらとスカートから覗く彼女の膝が見えた。彼女は僕の横に座ったのだ。
 
あれから10年以上経ったけれど、あの時、僕はそのまま寝たふりなんてしないで彼女に話し掛けるべきだったのだ。あれほど聞きたかった住んでいる場所や、名前や、彼氏がいるのかということを。なぜか寝たふりを続けざるを得なかったあの日のバス通学から、もう、10年以上経ってしまった。
 
10年後、ただ苦しいだけの10代を経て、20代も後半に差しかかったとき、彼女は突然僕の目の前に現れた。住所と名前、生活歴が詳細に記されたカルテ。そして彼女の苗字が記された点滴。彼女の瞳には涙が浮かんでいて、僕は表情を殺して白衣を着ていた。あの日のバスの鼓動が蘇る。注射針を持つ手が微かに震える。「あの日僕は話し掛けるべきだったんだ」と声を出して呟いたつもりだったけど、発語という機能を抑制されたぼくの口は、餌を求める湖面の鯉のようにパクパクと動いているだけだった。
 
彼女は何も変わっていなかった。大きくて憂いを帯びた瞳と、小さな唇。白い肌と細い指。桜貝のような爪。何も変わっていなかった。何も変わっていないと信じていたかった。何も変わっていない。彼女は、あの時の彼女だ。バス停の彼女だ。涙を浮かべて病室の天井を見つめる彼女は、きっと……。きっと……。どう補足すればわからないけれど、あのときの彼女に違いない。病室をノックした僕と一瞬目が合った。そして驚いたように目を見開き、それから静かに目を閉じた。
 
「それでは今から点滴しますね」
 
彼女は静かに肯いた。瞳に溜まっていた涙が頬を流れ落ちる。10年振りの再会の最初の言葉が「点滴をします」僕はそれが歯痒くて、悔しくて、苦しかった。彼女は、それ以上に、悲しかったのかもしれない。
 
右腕のセーターをまくり、彼女の白くて細い腕に駆血帯を巻く。指先で皮膚を撫で、血管を探る。彼女の肘の窪みに浮かぶ上腕正中皮静脈。仕事と懐古との葛藤を繰り返しながら、あれほど逢いたかった彼女に、あれほど触れたかった彼女の肌に、あれほど組んで歩きたかった彼女の腕に、あれほど縮めたかった彼女との距離の中で
 
静かに注射針を刺した。
 
逆流する血液を呆然と眺めながら、僕たちはもう、逆流できない場所まで来ているということを知った。
2003年04月05日(土)  グルメについては書きません。
書けと言われれば、何に対しても書ける所存で御座います。もしも貴女が「アイロンとワイシャツの相性について」と言えばアイロンになりきって、ワイシャツを愛惜しく思い書くつもりで御座います。「あゆと長瀬の妥当性について」と言えば破局の経緯とそのエンターテイメント的なラブストーリーについて書くつもりで御座います。なんでもござれ。何でも書くぞえ。どんとこい。ばっちこい。気にしない気にしない気にしない。望みは高く果てしなく。わからんちんどもとっちめちん とんちんかんちん一休さん。
 
グルメはノーサンキューです。拒否拒絶。グルメについてだけは書くことができません。僕は全然グルメじゃないんだから! 何が美味しいのか不味いのか、どうして舌鼓を打つのか、どうして「何の風味もございませんが……」などと恐縮するのか。そもそも風味とは何なのか。おもむきのある味わいとは何なのか。わかりません。
 
だからグルメについては上手い描写ができません。否。美味い描写ができません。だからグルメに関しては金輪際書きません。僕の筆と舌が拒否しました。我が口腔には舌鼓なんて機能は存在しません。
 
今日のお昼は中華料理でした。ランチサービス600円。こちらのメニューからお選び下さい。じゃあ、肉野菜炒め定食。畏まりました承りましたしばらくお待ち下さい。お待たせしました。肉野菜炒め定食です。わぁ。美味しそう。いただきます。うん。美味い美味い。あーーっ!! 申し訳御座いません。これは肉野菜炒め定食ではありませんでした。八宝菜定食でした。申し訳御座いません。八宝菜定食は隣のテーブルのお客さんでした。ってもう食ってるし! しかも八宝菜って肉野菜炒めじゃないって気付かない僕を馬鹿にするような目で見てるし! 隣のテーブルの客なんてオレの定食食いやがってって恨めしい目で僕を見てるし! 見るな! 僕の所為じゃない。店員が悪いんだ。本当に申し訳御座いませんでした。っておい! 隣のテーブルの客に謝るな! 僕がなんだか悪いことをして、僕の代わりに謝っているみたいじゃないか! どんな顔して食えばいいのかわからない!
 
わぁ。これって八宝菜定食じゃねぇ? 僕は肉野菜定食注文したはずなのに? どうして? だけど八宝菜定食の方がなんだか美味しそうじゃん? 店員もしかして馬鹿じゃん? 間違えてんじゃん? まぁいいやこっちの方が美味しそうだし? 食っちゃえ食っちゃえ構わず食っちゃえ!
 
なんて打算的な思考の持ち主だと勘違いされたらどうするんだ! 責任を取ってくれるのかよ! 被告は精神的なダメージと葛藤の末、小刻みに手を震えさせながら八宝菜定食に手を伸ばしたのです。ってね。ってね。わぁ。恥ずかしい。ごめんなさい。もっと僕がグルメだったならば!
 
と、私生活はこのような散々たる状況で御座いまして金輪際グルメのことは書かないと一見強く、内情弱く心に誓ったのであります。
2003年04月04日(金)  冠婚葬祭冠婚葬祭。
僕は日記をほぼ毎日書いています。長短関わらず、何かしらの文章を書いています。何度も言うようだけど、僕がこうやって毎日文章を書くということは、ある種の強迫観念に支配されているということであって、精神保健上から申しますと、やはり精神的にはあまり宜しくない、芳しくないということになるかもしれませんが、それはそれ、あれはあれ、物事に一長一短が存在するのは当たり前。強迫観念だなんて物騒な言葉を使わなくとも、えっと、精神活動が活発である。こういうことでいいのではないでしょうか。
 
心理学的に申しますと、僕の日常の心理状態は、通常の社会的相互作用が、一種の乱れを起こしているということになります。簡単な話、ストレスに頗る弱いということ。ね。満身創痍で抱腹絶倒。付和雷同の美辞麗句。荒唐無稽で支離滅裂。縦横無尽に四苦八苦。熟慮断行、本末転倒。傍若無人で厚顔無知。笑止千万、言語道断。隔靴掻痒、青色吐息。冠婚葬祭冠婚葬祭。兎にも角にもストレスに弱い。
 
そこで、通常の形式を乱され続けている社会的相互作用を修復するために、活発な精神運動(僕の場合は文章を書くということ)が生まれるわけであります。そこでは、期待外れ、乗り越えがたい現実のジレンマが数多く生まれ、嘘、冗談、お世辞、ボケ、はぐらかし、暴言、作話、恋愛といった様々な表現方法が現れるわけであります。
 
ね。僕の頭の中を具現化してみてはいいものの、やはり抽象的な表現が僕の弱さを露呈しているではないか。恥かしい。虚弱への恐怖。生まれ変わったら、お相撲さんになろう。前頭9枚目くらいで引退して、それから公務員に転職しよう。午後5時ぴったりにタイムカードを押して、我が家に帰り、妻を抱きながら午後9時に就寝。あ、そうだ。ハローワーク。ハローワークで働こう。社内恋愛が禁止されているハローワークに勤務して、窓口のお姉さんと恋に落ちて、ややあって社内恋愛がバレてしまって、クビになろう。ハローワークでクビになるという大いなる矛盾を抱えて生きていこう。本当の正義とは何ぞや? などと自分に問い続けながら生きていこう。きっと死ぬよ。人間は物事を考えれば考えるほど「死」に近付いていくんだ。天真爛漫に過ごすことこそが、本当の「生」を実感できるのだ。何も考えまい、何も感じまい。気にしない気にしない気にしない。望みは高く果てしなく。わからんちんどもとっちめちん。とんちんかんちん一休さん。
 
とまぁ、毎日このような一見意味不明な文章を書くことによって、既成の秩序感覚を混沌と化し、哄笑によって処理する他ない状況を生み出しているのです。故意的に。そして既成の秩序を司る者を揶揄しながら、片方ではそれを支えている一般の人々をも揶揄しているのです。やはり故意的に。全て承知の上で良しとするこの心意気。決して見習うべきではない。僕という人間はあなた達が考えている以上に駄目な人間なのです。
2003年04月03日(木)  合鍵。擬似的同棲。
昨日、仕事から帰ると、部屋で友人がテレビを見ていて、はて、どうして僕の部屋に僕が帰ってくるより先に友人がソファーに寝転がってテレビを見ているかというと、別に難しいことではなくて、ただ単に、僕の部屋の鍵をこの友人が借りたときに、僕の同意をなしに合鍵を作っていたのだ。
 
「ゴメンね。合鍵作っちゃった」
「いや、まぁ、いいけど」
 
と、合鍵を作った後に僕に同意を求めて、僕も安易に応じてしまうという実にいい加減なもの。合鍵を作ってからというもの、友人は仕事帰りに僕の部屋に寄って、午後9時くらいまで化粧も落とさずにだらだらとテレビを見たり、ふくらはぎを掻いたり、しばらく小さないびきをかいて眠っていたりする。僕はそんな友人に微塵も心遣いを見せず、話し掛けもせず、相手にもせず、ただ自分の生活を自らの予定で僕の時間の中だけで過ごしている。
 
「ちょっと出掛けてくる」
「どこ行くのー」
「今夜は送別会があるんだ」
「また送別会ー!?」
「何度も何度も繰り返し別れを惜しんで、離別の辛さを鈍化させていくんだ」
「わけわかんなーい」
「じゃ行って来るね」
「いってらっしゃーい。私ももうすぐ帰るからー」
「あ、そうだ。ベランダに洗濯物干しててよ」
「えー! やだー! つーか明日雨降るってー!」
「いや、降らないよ。今日も天気良かったじゃん」
「絶対降るって! 天気予報で言ってたもん」
「そんなもの安易に信用する奴がキャッチセールスに簡単に引っ掛かるんだ」
「ひどーい!」
 
友人は去年の夏、路上で安易にアンケートに答えて、安易に喫茶店に誘われて、安価な宝石を天文学的な値段で購入して、クーリングオフの期間が切れた翌日にクーリングオフ制度を理解し、時すでに遅し。錯乱し、号泣し、翌日にはケロリとし「どう? これ? 綺麗でしょ」なんて女性の強さを痛々しいほど見せつけた。
 
「というわけで洗濯物、頼むよ」
「いやだー」
「絶対晴れるって」
「晴れるとか雨が降るとかそういう以前の問題」
「干すか干さないかの単純な意思決定ってことだね」
「そういうこと」
「干せよ」
「命令しないでよ」
「干して下さいよ」
「やだ」
「じゃあ行って来る。キミも気を付けて帰るんだよ」
 
そして僕は送別会に行った。居酒屋で携帯電話を紛失して、ずっと探していたら隣のテーブルの赤ん坊が持っていて「すいませんでしたー」とその赤ん坊のお母さんらしき人が僕によだれまみれの携帯電話と「これ食べてください」と焼き鳥を3本渡した。それからカラオケに行って、歌いもせず、トランプを始めて「罰ゲーム! 最下位の奴は自分の携帯の着信歴の上から7番目の人に電話をして『ずっと好きでした』とカミングアウトする!」などと馬鹿げだことを始めて、後輩が最下位。「ず、ず、すっと好きでした」と泣きそうな顔をしながら着信歴上から7番目の相手にカミングアウト。誰にカミングアウトしたんだよ。「お、おふくろ……」洒落になんねぇよ!
 
午前1時帰宅。ベランダには洗濯物。あ、干してくれたんだ。友人の優しさを噛み締めながら就寝。
翌朝、いわゆる今日の朝。ふつか酔い。雨。どしゃ降り。目覚ましが鳴るより先に
 
>だから雨降るって言ったでしょ!
 
というメール。
 
>洗濯物取り入れに来なさい。
 
という返信。
2003年04月02日(水)  ゲンゲンガクガク。
「カレーとうまい棒、どっちが好き?」
 
余程僕との食事が退屈なのか、彼女は突然妙な質問をした。カレーとうまい棒。う〜ん。どっちでもいいよ。
 
「もー! アナタはいつもどっちでもいいよ。どれでもいいよ。どうでもいいよ。気障なフリなんてしちゃってさ! 2者択一の問題をどっちでもいいって考えることが寛大だって勘違いしてんじゃないの! 答えなさいよ。カレーと、うまい棒、さぁ どっち!」
 
じゃあ、関根チーム。
 
「どっから『どっちの料理ショー』になってるのよ! 真剣に答えてよ! これは心理テストなんだから!」
 
へぇ。妙な心理テストだ。心理テスト。これは、このテストがいわんとする結果を予想しなければいけない。相手が、ほらアナタだったらこっちを選ぶと思った! という結果へ導くために答えを予想しなければいけない。そうしないと話が弾まない。「結果発表します。カレーを選んだあなたは心優しく誠実で飾り気のない人柄とあっさりした人間性から誰からも好かれる」なんて言われてもちっとも面白味がない。そもそも心優しく誠実な人間ほど面白味のないものはない。僕は誠実でなんかありたくない。心優しくなんて糞喰らえだ。あっさりとした人間性というのは、魅力的ですね。あっさりしたい。海草サラダのようにありたい。海草サラダでいいや。カレーとうまい棒の2者択一なんて馬鹿馬鹿しいよ。海草サラダで、いいじゃないか。
 
「ダメ」
 
じゃあ、うまい棒。うまい棒は実に幅広いじゃないか。明太子味からピザ味なんてのもあるし。うまい棒でいいよ。カレーは、ね。カレーの味しかしないからね。
 
「そう! それ! そこなのよ! あなたはどっちかというとうまい棒なのよ!」
 
うまい棒はうまい棒であってうまい棒ではない。これは一種の哲学だね。僕は僕であって僕ではない。明太子味もあるしピザ味もある。テリヤキバーガー味とかコーンポタージュ味などという別にうまい棒にしてまで食べることのないような種類まである。実にバラエティに富んでいる。僕はうまい棒であって僕ではない。これは一種の哲学だね。あ、これはさっき言ったか。しょうがないよ。僕は今酔ってるんだから。現在午前1時2分。居酒屋行ってカラオケ行って、浴びる程ビールを飲んで、吐いて、また飲んで、吐いて、また飲んで、なんか気絶したみたいになって、事務のお姉さんに送ってもらって、シャワーを浴びたらようやく意識が戻ってきて、ほら、もう元気。日記を書ける状態にまで戻りました。もう書きたくない。吐きたい。眠りたい。
 
僕が言いたいことは、カレーは一生カレーだってこと。明太子味のカレーなんて存在しないし、テリヤキバーガー味のカレーも存在しないってこと。カレーはどこまで行ってもカレー。憐れだね。憐れじゃないかもしれないね。確固たる自分を持っているということじゃないか。僕はカレー以外の何者でもないという自信。すごいね。すごいけどね。僕はうまい棒でいいよ。バラエティに富んだ生き方を選ぶよ。
 
ダメだ。もう書けない。毎日書かなければいけないなんてこの意味のない試練を僕はいつまで続けなければいけないのか。
 
♪世界にひとつだけの花 ひとりひとり違う種を持つ。
 
「違う種」というのは、例の、オタマジャクシのことなのか。と、後輩が歌っているのを聞きながらそう思った。
2003年04月01日(火)  こどもなんだから。
母親とは2ヶ月か3ヶ月に1度会うか会わないか。そのくらいの頻度。たまたま電話をしてたまたま休日が重なったとき「じゃあ今度帰るよ」ということになる。
 
久々に母と会った。僕は毎回母と会う前日に洋服屋に行って、母の洋服を2・3着買う。なんというかこれはもう趣味の範疇で、女性用の服を僕の意志で選ぶということに密かな楽しみで、僕の意志で僕の選択で購入した洋服を相手が着ることによって、気持ちがストレートに通るような、そんな感じがするのである。それがたとえ母親であっても。
 
というわけで今回は春物のセーターとカーディガン、あとスカート。丁寧にラッピングしてもらって、車の助手席に乗せて母親に会いに行く。2人で本屋に行って長い時間立ち読みしてそれぞれ小説を購入して、食事をしながらそれぞれが贔屓している作家の話をして、将来の話をして、結婚の話をして、孫が見たいだの見たくないだのという話をする。
 
「まぁ、2回くらいは結婚するべきね」
 
なんて母は淡々と話す。2回くらいは結婚するべきかぁ。僕はそろそろ1回目の結婚がしたいなぁ。ということを話すと、
 
「あんたは無理よ。まだ子供なんだから」
 
と言う。子供じゃないぞ。大人だぞ。ただ単に、そういうドラマティックというかロマンティックな出逢いに乏しいだけなんだ。今に見てろ。孫の1人や2人。嫌というほど面倒見させてやるんだから。
 
妹2人、それぞれ彼氏と同棲。もしくは半同棲というなか、長男だけがいつまで経ってものらりくらりとやる気があるのかないのか、真剣なのか遊んでいるのかわからない恋愛をしている。母はそれを見て楽しんでいるようでもある。
 
「もっと伸び伸びと生きなきゃね」
 
と母は笑って言った。伸び伸びと生きる。母はもう何年も前に離婚して、それから何年後かに新しい男をつくって生き生きとしていたなか、僕はその40代半ばの男を呼び出して罵声を浴びせながら殴って蹴って、ボロボロにした。僕はまだ20代前半で、今とは比べ物にならないくらい荒々しくて、何に対しても過敏に怯えていた。あの件があって以来、肋骨が折れて胸にテーピングをしていたあの男は僕を避けるようになり、結局、母親のもとからも逃げ出してしまった。今でも思うけど、あれから暴力以外のいろんな考えを持つようになった今でも思うけど、あの時の僕の行動は、間違ってはいない。理由は? と聞かれると困ってしまうけど、なんとなく、漠然的に間違っていないような気がする。
 
妹の彼氏も、やはり20代前半に僕が一度部屋に呼び出して脅しをかけてから僕の前に姿を現さない。今でも妹と付き合っているけれど、いつまでも僕に怯えている。僕はこんなに大人になったのに。
 
「あんたはまだ子供なんだから」
 
食後のコーヒーを飲みながら再び母親が呟く。時々プレゼントの中身を気にしながら、いつも笑顔で、子供を見守っている。

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