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| 2002年12月31日(火) 好色この1年。 |
| 1月。 6年振りに昔の彼女と再会。キスをして唇を噛まれて出血。 2月。 彼女ができる。同じ部屋で、初めてのキスをするまで2時間を要す。内気。 3月。 酔った勢いで事務のお姉さんと接吻。あくまでも酔った勢い。 4月。 料理好きの彼女。毎晩夕食を作ってくれる。半同棲状態。 5月。 彼女と別れる。3ヶ月の恋。その後女性2人と傷心旅行へ。矛盾ばかり抱える。 6月。 初めての不倫。背徳な行為が1ヶ月続く。飲み屋で殴られ右目のまぶたを裂傷。 7月。 ユカちゃんと舞ちゃんとちはるさん。もう誰のどこが好きなのかわからなくなる。 8月。 舞ちゃんが既婚者だと判明。凹む。ついでにスナックでぼったくられる。 9月。 1月に再会した彼女と5月に別れた彼女と会う。恋する気持ちなどもはや皆無。 10月。 スクーリングのため名古屋へ。講義中、隣に座ってた女性と酒を飲む。終電が過ぎる。 11月。 48時間限定の恋人。とろけるような2日間。温泉三昧混浴三昧。 12月。 忘年会でひどく酔う。事務のお姉さんに布団を敷いてもらう。あとは覚えていないことにする。 |
| 2002年12月30日(月) 純潔。幻想。絶望。腋毛。 |
| 若かりし頃は、女性に対し、ある程度の、いや、度が過ぎた幻想を抱く。 目を細めてモザイクの奥を凝視し、おっぱいやらアワビやらの感触を想像し、 しずかちゃんの入浴シーンに悶絶し、のび太に嫉妬し、どこでもドアを心から欲していたあの頃、 僕には決定的ともいえる幻想があった。その幻想は僕自身にとっては真実以外の何物でもなかった。 女の子にはワキ毛が生えない。 どこを探しても何を考えても女性のワキに毛が生える必然性なんて見つからなかった。 少なくとも16歳の秋までは、僕は僕なりの世界の中で生きていた。 幻想が作り上げた女性が心の中に住んでいてツルツルなワキの下を見せていつもニコニコ笑っていた。 あいつらが、良い表現で言うならば、大人の階段を1つ昇らせてくれて、 悪く言うならば、僕のささやかな幻想をぶち壊した。 あいつらと言うのは、先々日の日記に登場したコンビニの店長と消防士。 僕らはまだ高校1年生で童貞という純潔を守りたくもないのに結果的に守っていた。 僕には好きなコがいた。今でも名前を憶えている。 別のクラスで、色白で、足が細い。前を通るとシャンプーの匂いがして、 朝礼の時に貧血で倒れてしまいそうな華奢な体だけどバトミントン部の副キャプテン。 僕はヒマさえあれば友人にそのコの話をしていた。 おい、今日の髪型見た?たまんないなぁ、うなじが、見えたんだ。 おい、今日、僕と目が合ったんだよ。いや、合ったような気がしたんだ。 友人は明らかに煙たがっていた。好きでもないコの話なんて聞いてもちっとも面白くないのだ。 そこで友人は、たった一言で僕の初恋と、幻想を打ち砕いた。 「この前、あいつの半袖の下からワキ毛が見えたんだ。しかも半袖のワキの部分が薄っすら黄色いんだぜ。 汗っかきなんだな。ワキ毛生えてるうえに汗っかきなんだな」 汗っかきなんだな。ワキ毛生えてるうえに汗っかきなんだな……なんだな……。 驚愕と絶望を招く言葉が頭の中でリフレインする。 嘘だ。嘘だよ。嘘って言ってくれ。どうしてあのコにワキ毛が生えてるんだよ。 僕は今でもこの友人たちと酒を飲むとこのことをうじうじ話し出す。 友人たちは「悪かった悪かった」と言っているけどちっとも悪びれる様子もないし僕だってちっとも許していない。 心の片隅で、まだその幻想は行き続けているのだから。 |
| 2002年12月29日(日) 今年の背徳。 |
| Labour is light where love does pay. 訳:愛が報われるところではどんな労働も軽くなる。 まったくめでたい言葉です。愛が全てに勝るのです。 過酷な労働も微々たる賃金も愛さえあれば、くだらない問題に成り下がるのです。 惚れて通えば千里も一里。我が物と思えば軽し笠の雪。 愛こそ全て。愛の前に敵はなし。 愛こそ全て。ジャックがジルに惚れているのなら、ジルの美しさについて判断できない。 僕だって人を愛した事があります。 その人のことを本当に、足の先から頭の先まで愛したことがあります。 愛惜しくて愛惜しくて、真夜中に声が聞きたくて、受話器を握り、 嫉妬という今は懐かしき感情も持ち合わせ、結婚という今は諦めつつある希望を持ち、 手を繋ぎ心を繋ぎ身体を繋ぎ、愛の勝利を信じていたのです。 浴室で体を洗いながら「必ず最後に愛は勝つ〜」なんて鼻唄を歌っていたのです。 そんな昔の話じゃありません。たかだか3・4年前の話です。 僕が悪魔に心を売ってしまう前の話です。 純情という無形財産をオークションにかける以前の話です。 時は経ち、心は移り変わり、無情にも僕は恋の道を踏み外してしまいました。 若い娘を口説くには表向きを偽り、嘘を言い、褒めて喜ばさなければならないが、 未亡人を口説くにはズボンを下げ、彼女めがけて突き進まなければならない。 未亡人! 未亡人という響き! そこに淫猥な意味を込めずに言ってみるがいい! 亜麻糸の火、売春婦の愛、尻からの屁、未亡人の唇、これらはすべて同じものじゃないか! 神様! 願いが1つ叶うなら! あの人にもう一度逢いたい! 2002年の背徳に不倫というものが存在しました。 |
| 2002年12月28日(土) 按摩にまつわる自己嫌悪。 |
| 最近ひどく疲れているのはきっと肩こりの所為だ。それしか考えられない。 この肩こりさえ治ったらこんなにひどく疲れないはずだ。畜生、肩こりめ。とっちめてやる。明日は、きっと、元気になる。 最近ひどく疲れる理由は肩こりのはずはないんだけど というか肩こりは疲労に付随するものであって疲労の根源ではないんだけど とにかく肩が凝って、おまけに腰まで痛いのでマッサージに行った。 下着1枚になって固いベッドに横になる。 暖房があまり効いていないので、凝っていない筋肉さえも凝ってしまう。 薄いタオルケットをかぶり、マッサージ師を待つ。 この場所が性感マッサージと違うところは指名料がないということと、 閑静な住宅街に建っているということと、女性が下着1枚ではないということと、 その女性が香水とフェロモンが混ざった妙な臭いがしないということと、 マッサージをする女性が50代だということと、その女性は性感なんてマッサージしないということ。 要するにただの整骨院。 目の上に冷たいタオルを乗せられて(僕は昔からこの冷たいタオルが嫌いだ) マッサージが始まる。僕はいつも目の上の冷たいタオルはいらないと思っている。 冷たい物を目の上に乗せる意味がわからない。眠たくなるのか目が冴えてしまうのかよくわからなくなる。 「このタオル、取って下さい」 ってひとこと言えば済む話なんだけど、なんだかこの整骨院特別のサービスを否定するような感じと、その行為を拒否する無情な振る舞いのような気がしていつも我慢している。 まぁこんなこと言ってるんだったら僕は美容院のシャンプーだっていらない。 シャンプーの時に顔にかぶせる変な布だっていらない。あれは、なんなんだ。 さて、マッサージ。僕は太腿の裏側がこそばゆくてたまらない。 太腿の内側をグリグリさせられるとフフ…フフフ……ウヘヘヘとなってしまう。 堪えてるつもりなんだけど、我慢できなくて声が出てしまう。 両足を変な方向に広げられ、僕のお母さんより年上っぽいオバチャンに太腿の内側をグリグリさせられてウヘヘヘヘと涎を垂らさんばかりに悶えることへの自己嫌悪! 自己嫌悪! 僕はこのオバチャンも愛しています。 |
| 2002年12月27日(金) 妥協と肯定。 |
| 昨夜は高校の同級生4人と忘年会。 彼達とはいつも落ち着いて酒が飲める。 誰も信じないだろうけど、僕はもともと無口なので、昔から知っている彼達と酒を飲むときはほとんど話をしない。 気の効いた洒落も言わないし、卑劣な下ネタも言わない。 相槌を打ちながらただただ黙って酒を飲んでいる。 友人が経営しているラーメン屋を8時に閉めて、あとは貸し切り。 僕達以外誰もいないラーメン屋で、水炊きをする。 ビールが切れたら自分で注ぎに行き、おにぎりがなくなったら自分で握る。 とても静かで、親密な空気に包まれた忘年会。 みんなで独立しよう。 酒が進むと皆口を揃えてそう言う。 ラーメン屋の主人と、コンビニの店長と、公務員と、消防士と、看護師。 お互いのスキルを寄せ合ってできる仕事なんて誰一つ思いつかない。 僕はこの話が出るといつも風俗を経営しようと言うけれど誰も相手にしてくれない。 パソコンを触ったことのない消防士はいつもインターネットで何かしようと言うけれどそれはあまりにも漠然としている。 ラーメン屋の主人は、この店を全国展開しようと言うけれどそれは自分1人でやればいい。 公務員は市町村合併の話ばかりしているので、全く意味がわからない。 それは僕たちが独立したからって、その力が及ぶようなものではない。 とにかく僕達はそれぞれの夢を語り合う。 それぞれの職を持ち、ある程度の立場に就いて、 20代前半の頃のように、行動することへの手応えもあまり感じなくなって、 これでいいのか、いや、いいのだ。なんて自問自答の繰り返しで 結局答えは現在の自分への肯定か、妥協か。 否定すれば、これまで築き上げてきた存在価値まで否定されかねない。 だから僕達は、肯定だか妥協だかわからない緩やかな波の上に今日も身を委ねる。 これからも、これからも。 |
| 2002年12月26日(木) 棒と穴。 |
| 昨日の深夜、ベッドの中でテレビをつけたら「しゃべり場」をやっていたので 眠くなるまでしばらく10代同士の多様な感性と価値観をぶつけあうトークバトルを眺めていた。 確実にそれは間違いだろ。と突っ込みどころ満載の討論だが、 時々、ふと素晴らしい一言を発したりすると、うぅむ10代侮れぬ。と思ってしまう。 討論の内容が机上の空論のように感じられるのは、10代がその容姿と関係なく無垢なのであって、 それを見ている僕たちは、どこか汚れてしまっているからなんだろう。 それにしても僕は昔から討論というものが苦手で、 今でもたまに大学のスクーリングなどに行くとディスカッションの時間があって 決まったテーマの元に討論するのだが、それが苦痛でたまらない。 「しゃべり場」然り、なんだか人の揚げ足の取り合いをしてるみたいで気が滅入ってしまう。 昨日の「しゃべり場」のテーマが『トップを目指すことについて』みたいな内容だったが 「ねぇ、そもそもトップって何?」 みたいな野暮な発言をする人が必ず1人はいる。 大学のディスカッションでも例えば『50年後の福祉について考える』だったとすると、 「ねぇ、そもそも福祉って何?」 といかにも得意気に私は物事の核心を突いているのよって顔して野暮な発言をする人がいるっていうこと。 『どうしてリンゴは甘いのか』 「ねぇ、そもそもリンゴって何?」 って言ってることと同じなんです。 討論の内容が振り出しに戻るというか、振り出し以前の問題になってしまう。 社会って何? 人生って何? 性差って何? そもそも人間って何? って問題はいちいち考えるまでもないんです。 それはそうなんだと思って全てをそのまま受け入れるべきなんです。 トップって何? 福祉って何? リンゴって何? という野暮で無謀な発言をする人は討論しようとする意味がないのです。 『どうして山に登るのか』 「そこに山があるからさ」 こういうことなんです。 真実は以外と単純で、討論という回り道をしなくても結構その辺に転がっているものなのです。 『ねぇ、どうして赤ちゃんは生まれるの?』 「棒があって穴があるからさ」 |
| 2002年12月25日(水) 精神的鮪。 |
| 僕は彼女のどこが好きかというと、電話の最中に眠ってしまうことが好きなのです。 受話器の向こうはとても眠そうな雰囲気なので、雰囲気というか確実に呂律が回っていない様子なので、 「じゃあ電話切るね」と言うと 「いやぁん、ダメ」と言って電話を切ることを拒みます。 仕方がないので僕は今日の出来事とか昨日のニュースとか明日の天気とか オチはおろか物語さえ、何かの隠喩さえ、メッセージでさえこもっていない会話を1人で話し始めるのです。 彼女はしばらくの間、相槌をうってくれてるけど、そのうち何も言わなくなって 耳を澄ますと受話器からは静かな呼吸音が聞こえるのです。 「もしもし? ねぇ、起きてる?」 「……んあぁぁ。起きてるよ」 確実に寝ているのです。 彼女の魅力的なところは、何といっても可愛らしい傲慢さにあると思うんです。 僕が突然会いたくなったように(実はさほど会いたいってわけじゃないけど) 「ねぇ、今からうちに来てよ」と言うと、 「アホ、お前が来い」とバッサリ斬り捨てるのです。 彼女はケーキと漫画が大好きで、彼女の彼氏と喧嘩ばかりしています。 いつも深夜過ぎにかかってくる電話で、今日彼氏とした喧嘩の内容を詳細に話します。 そして一通り話し終えると眠たくなるのです。 僕はその、何と言うか、罪のない傲慢さが好きなのです。 彼女に彼氏がいるとか、そういう些細なことは関係なくて、 ただ純粋に、純朴に、純潔に彼女を愛しているのです。 僕はリビングに座って携帯を持って彼女の静かな寝息を聞きながら 話すこともなくなり、雑誌などをめくっていたら彼女が突然小さな声で言いました。 「んん……。エッチしたい」 今は午前1時30分だし、彼女は明日も仕事だし、僕も明日は仕事なのでエッチはしたくないけれど、 30分後にはエッチしたい気持ちになるかもしれないので、とりあえず言ってみるのです。 「じゃあ今からうちに来てよ」 「アホ、お前が来い」 そんな精神的マグロともいえる彼女を愛しています。 |
| 2002年12月24日(火) 雨は夜更け過ぎに畜生。 |
| 今夜はクリスマスですね。 今夜は看護婦さんと一緒に乾杯もせずに黙々と晩ご飯食べて、ワインではなく、コーヒーを飲んで さっきから看護婦さんは「あぁ、畜生」とさっきから汚い言葉ばかり言っているけど 食事が美味しくないわけでも、僕がプレゼントを買い忘れたわけでも、よりによってイブの日に看護婦さんが生理になったわけでもなく、 ただ単に夜勤なんです。 「あなたイブの日は特に用事ないでしょ」 という婦長さんの冷酷な先入観によって発せられた一言で僕はイブの日に夜勤をしているのです。 相手の看護婦さんは彼氏がいるので用事がないわけでもないというか確実に用事があるというのに ただ新米だからというだけでイブの日に夜勤を入れられたのです。 新米ナースは世間のイベントから最も離れた位置に立っているのです。 僕もイブという世間のイベントから最も離れた位置に立っているけど、この職場で働き出してもう7年目です。 看護師で7年といえばもう中堅だし、主任にもなってるし、彼女もいるはずなんです。 僕は中堅で主任だけど、彼女がいないのです。いらないのです。 「それは強がりですよ。あぁ、畜生」 新米ナースはとても若くて可愛いのだけど、少し口が悪いのです。 さっきから畜生、畜生と言っています。 「ねぇ、明日もクリスマスだし……」 「イブは今日なの!」 そりゃそうだけど、イブの日を特別視するのはどうかと思います。 今夜はクリスマスイブだわロマンティックだわ雨は夜更け過ぎに雪へと変わるんだわ! なんて期待するのがそもそもいけないことだと思います。 イベントに頼る愛の情熱なんて、夜更け過ぎに雪へと変わるんです。 「さて、それじゃあ巡視に行こっか」 「イブなのに?クリスマスなのに?白衣着て?患者さ〜ん眠れないんですか〜?って?彼氏は家で寂しくテレビ見てるっていうのに?どうして私は懐中電灯もって病室を周んなくちゃいけないんですか?」 「お前ちょっといい加減にしろ」 僕だって時には怒るんです。 |
| 2002年12月23日(月) 要は親密性の問題。 |
| セックスはやっぱり自分の部屋か、相手の部屋でするものだと思います。 要は親密感の問題なんですね。 最近の若いコはみんなお洒落なんですよ。 サテン生地のブラジャーの上にボーダーのカットソー着て その上にはクシュクシュのハイネック着てその上にフェイクムートンのジャケット羽織ってモヘアニットのストールなんて巻いて サテン生地のパンティー履いてその上にはストレートのパンツを履いてベルトはウエスタン調のゴツイやつで コンチョ付きのペコスブーツの下にはレースのハイソックス履いてもうワケがわからんのですよ。 何かの弾みでホテルになんて行って御覧なさいよ。非道いことになるんだから。 まず脱がせるのが面倒臭い。その前に脱がせ方がまるでわからない。 ストールすら取ることができないんだから。 最近のストールの巻き方は複雑極まりないからね。 おっ、取れるぞって思っても逆に首を締めてたりしてね。いや、嗜虐性の問題じゃないよ。 お尻まで到達するのにひどく時間がかかるのです。 最近はほら、ストレートパンツの裾をブーツに入れるの、流行ってるでしょ。 キミの趣味は乗馬なのか、っていう格好。 ブーツ。コンチョ付きのペコスブーツ。あれはどうやって脱ぐんだ。 ストレートパンツ。ムチムチじゃないか。 レースのハイソックスはムレムレじゃないか。お尻は、どこだ。 あ、あった。でけぇなおい。ウソ。カワイイ♪ なんてね、ガードルかよ! 兎に角、最近のファッションは即席の恋と性には不向きであるということです。 よってセックスは自分の部屋か、相手の部屋でするものだと思います。 要は親密感の問題なんですね。 シャワー浴びてー。ゆっくり髪の毛ブローしてー。 あ、服は僕のジャージ着ればいいよ。ちょっと大きいかもしれないけど。 Tシャツも僕のを着ればいい。うん、ちょうどいいよ。 へぇ!ブラジャーにもたたみ方があるんだ! いや、几帳面を何気にアピールしてるんだ! だってそんなたたみ方見たことないもの。 さ、寝よう。アダムとイブの御就寝だ。あとは神のみぞ知る。なんてね。 全ての束縛から解き放たれた禁断の果実を味わおうじゃないか。 |
| 2002年12月22日(日) 第10回 新女会御深会。 |
| 昨夜は新女会のオフ会。 「わっ、歪氏だ。珍しー」とある女性が僕に言う。 これは僕がオフ会に来た事が珍しいのではなく、オフ会開催時間に遅れずに来た事が珍しいということ。 今回は集合時間20分前には到着していた。 自分としては10分前に来たつもりだったが、集合時間を10分間違えていたので20分待つ事になった。 そして僕が誤った集合時間を教えてしまった憐れな子羊2人。 彼女たちは今回が初めてのオフ会だということで、少し緊張してるうえに集合時間に誰も居ないという僕だったら人目をはばからず泣いてしまうような状況でも 「大丈夫です。大丈夫ですよ」 と優しく、しかも師走の寒さを忘れてしまうような笑顔で言ってくれた。 今回の新女会御深会(オフ会)は11名。そして今回で10回目。 なんだか何気に凄い。来年でもう2周年になる。 料理はしゃぶしゃぶ。なんだか高そうな肉が次から次に運ばれてくる。 その肉を次から次に鍋に入れる うーちゅん(漢)とomiさん(漢)。 もう一方の鍋は女性だけのテーブルでなんとまぁおしとやか。ちゃんとしゃぶしゃぶしてる。 僕たちの鍋はさしずめ水炊きワッショイ! 「か、辛れぇ!」「と、豆腐が!」「は、箸が!」「さ、酒が!」「は、ハナクソ!」 などとしゃぶしゃぶらしからぬ言葉が行き交う。 本当に高そうな肉が次から次へと運ばれてくるので少し心配になってきて 「ねぇ、このお肉はいつ途切れるのかしら」 と隣に座っていたハムコさんに訊ねたら 「え?これ食べ放題だよ」 と例の純粋無垢な瞳でそう言うので、僕は今までお肉は慎重に、その代わり豆腐とかレタスの芯を中心に食べていて 食べ放題だという事実を知った頃には僕の胃袋の三分の二は豆腐とレタスで埋まっていて それでも食べ放題のお肉は次々に運ばれてきて、水炊きワッショイと化したしゃぶしゃぶ鍋に憐れに浮いている始末で 食べたいんだけどお腹に入らない。お腹に入れたいんだけど食べれないという結局一緒じゃないかジレンマに悩まされつつ 「ねぇ、結婚しようよ」 と相も変わらず手当たり次第に求婚したりして 「うん、明日は日曜で、明後日は祭日だから役所に行くのはクリスマスの日だね」 なんて言われたりして、酒に酔っているのか恥かしいのか顔を真っ赤にして 新女の夜は今回も楽しく更けていくのであった。 次回は新年会! |
| 2002年12月21日(土) 美徳。 |
| 昔から純粋な優しさに接してしまうと、どうも胡散臭く感じられて、 そこに偽善だ情だ建前だの考えてしまうけれど、どうもその女性は違うらしい。 僕と似たような傷を持っていて、そして僕よりその傷が深い。 同じ刺激を受けて、同じ痛みを感じ、同じ反応を表している。 僕はそのような刺激に少し鈍感な面があるけれど、 彼女のそれはピアノの弦のように繊細で敏感で、あらゆる状況でも強い張力がかかっていて ときにその張力に耐え切れず、泣いてしまうことだってある。 全てを背負い込むことが運命であるかのように、 陽の当たるところでは、愚痴一つ言わず、黙々と、しかし笑顔で日々を送り、 蛍光灯の消えた暗い部屋のベッドの上で、一人息苦しさに悶える。 外の世界の抑圧が胸の中を圧迫する。 そんなキミは、いつの間にか、自覚のない優しさを手に入れた。 それは偽善でも情でも建前でもない、純粋な優しさを身に付けた。 僕にはそれがわかる。誰よりも偽善の前に屈してきた僕にはそれがわかる。 キミの目途も当処もない、罪でさえ感じるその優しさがわかる。 ときに調律が必要であるならば、僕がしてあげよう。 弦の振動を望むとおりに止めるダンパーの役割をしよう。 コルチカムの花言葉は「美徳」 そう、キミにぴったりだと思う。美しい徳行。慈悲に溢れた思い。 今日はキミの誕生日。そしてコルチカムはキミの誕生花。 コルチカムの花束は準備できないから、今日のこの日記を贈ろう。 誕生日、おめでとう。 |
| 2002年12月20日(金) 今年の鈴の音も。 |
| 午後3時。仕事中の友人から電話。 「ねぇ、今から来てもいい?」 「いいって今仕事中でしょ」 「お願い、40分だけ寝かせて」 「寝かせてって……」 「何か買ってくるものある?」 「コーヒー。温かいの」 友人は某化粧品メーカーで働いている。 チーフとか何とか、とにかく少し偉そうな立場にいるみたいだけど 今日は他の店に営業に行って、その帰りらしい。 ドンドンドン。友人が部屋をノックする音。 アパートの下で電話してたんじゃないかと思うくらい早く到着。 「アパートの下で電話してたんじゃないか?」 「お願い40分だけ寝かせて。はい、コーヒー」 僕は部屋を温め、ソファーのシーツを直し、枕を渡す。 友人はすぐ横になりテレビの電源をつける。 「じゃあ僕はパソコンしてるから」 「待って〜」 友人は立ち上がった僕を両足で挟んで止める。 僕は仕方なく座りタバコを吸う。 「ねぇ、最近どうなの?」 友人は、「最近」の概念のサイクルが短くて 昨日「最近どうなの?」と言って僕がそのことに答えても その翌日も「最近どうなの?」と訊ねる。 そして僕はいつも「何もないよ」と答える。 僕たちの「ねぇ、最近どうなの?」「何もないよ」は 関西の「儲かりまっか」「ぼちぼちでんな」という会話と同じようなもの。 友人は僕の最近のことなんか気にしていないし、僕は友人に最近のことなど事細かに話そうとは思わない。 僕はいつも思うんだけど、この友人は昔からとても綺麗でお洒落で知的で料理も上手くて 少し高慢なところがあるけれど、その高慢も男性にとっては大抵 許容できる範囲であるし 男によってはその高慢に全力で応えてやろうと思わせるほどの魅力を持っていると思うけど いつまで経っても彼氏を作ろうとしない。 高校生じゃあるまいし、彼氏もしくは彼女がいるというステータスを重要視するわけでもないけど もっと、こう、自然に、偶然ではなく必然的に、友人には彼氏がいてもいいと思う。 そう思わないかい? 「いつまで経っても彼女をつくらないアンタに言われたくないわ」 前の彼女と別れて半年以上経つ。 前の彼女は別の彼氏ができて前の前の彼女も別の彼氏ができて前の前の前の彼女はもう結婚してしまった。 「はぁ……クリスマス、どうする?」 今年も僕たちの耳に鈴の音が他人事のように鳴り響く。 |
| 2002年12月19日(木) 濱マイク騒動。 |
| 数日前、近所のブックマートで中古の「私立探偵 濱マイク」の2本組DVDを買った。 買ったはいいが、最近の日常の慌ただしさにDVDなど見る暇もなく、 部屋の片隅に置かれたまま数日が経った。 そして今日、ようやくDVDを視聴できるほどの時間ができたので コーヒーを煎れて、プリングルスを用意して、タバコの本数を確認して その中古DVDを開封した。開封してビックリした。中身が入っていなかった。 ジャケットを羽織り、車へ乗り込む。目指すはブックマーケット。 「あのーすいません。何日か前にここでこのDVD買ったんですけど、中身が入ってないんです」 「わぁ!申し訳ありません。すぐに持ってまいります」 気の弱そうな店員が即座にDVDを探す作業にとりかかる。 僕はその間、店内をゆっくり1周する。ゲームコーナーを見て、文庫本を少し立ち読みして CDコーナーを周ってレジに戻った。店員はまだDVDを探していた。 20分経った。店員はまだDVDを探していた。探す店員の数も増えた。 なんだかすごく悪い事をしているような気分になってきた。 そんな時、気の強そうな長身の店員が僕に近付いてきた。 「すいません。このDVDはいつ購入されたんですか?」 「いつって……うーん。2・3日前だったような気がする」 「その時のレシートは持ってますか」 「うーん。捨てました」 なんだかひどく疑っている様子。僕は無実なのに少し後ろめたくなる。 本当にDVDは入ってなかったのに、本当は入っていたんじゃないかと思えてくる。 それは単なる勘違いで思い違いかもしれない。 家に帰ってもう一度探してみるとそれは本当に呆気なく出てくるかもしれない。 あぁ、もう、探さないで下さい。僕が悪いんだと思います。 そんな、5人で探しても出てこないものは出てこないですよ。きっと僕んちにありますよ。 それからまた20分経ち、店員の怒りと僕の焦りが募っていた。 無実の僕が一番弱い立場に置かれていた。 とんだ手間かかせやがってと店員の心の声が聞こえてきそうだった。 「もう、結構です」 と言いかけたその時 「あ!アッタ!」 と先程の嫌味な長身の男性店員の声。 怒りよりも安堵が先にこみ上げるのは、きっと僕の気が小さいからなんだと思う。 |
| 2002年12月18日(水) 愛と献身。 |
| いやいや、ほら、肩の力を抜いて、そんなに張り切っちゃ、いけないよ。全身全霊を込めるなんて、野暮だ。周囲が、見えなくなっちゃうよ。ちょっと待て、おいちょっと待て、息を吸ってー、はい吐いてー。はい吸ってー、はい吐いてー、はい息を止めて!はいそのまま静かに目を閉じて、馬鹿を言うんじゃない。僕は、何もしないよ。よせよ。幻想は悪だ。想像は罪だ。僕は今からキミの肩に両手を乗せる。安心するんだ。僕はそのまま押し倒したりはしない。キミを押し倒して得るものなんて一時のリビドーの充足だけじゃないか。言っちゃあなんだけど、僕は理性に関しては、誰よりも統制されている自信はある。いや、誇張してないよ。本当に、僕の自我は系統だって統制されているんだ。そう、電車の時刻表のようにね。だから安心するんだ。キミは川に浮かぶ笹の葉を見たことがあるかい? ないのか。まぁ、とにかくキミは大河に浮かぶ笹の葉のように、ただ波に身を委ねたらいいんだ。海同様、川も広いんだ。川の流れをみくびってはいけない。川も広いし大きいんだ。月は昇るし陽も沈む。川にお船を浮かばせて、行って見たいな黄泉の国。冗談だよ。死にはしないよ。キミはもしかして震えているのか? はて、意味がわからないよ。僕はこんなに寛大な心で、両手を広げ、全てを受容する体制で、世の全ての不条理も、犯罪も、罪も、罰も、例の、十字架に張り付けられた偉大な宗教家のように、そして最後の晩餐のあの裏切り者をも許す寛容な心で、言葉を言い換えれば鈍感な心で、キミを受け止めようとしているというのに!いや、勘違いしないでほしい。いや、勘違いを否定してるわけじゃないよ。勘違いは誰にだってある。恥ずべきことではない。僕だって赤い靴はいてた女の子はイージーさんに連れられて行っちゃったんだと思ってたんだ。イージーさんて何だよ。優しそう、いや易しそうな名前をして、やっていることはすごくハードなんだから!と、1人で憤りを感じていたものさ。コホン。聞くは一時の恥と言うけどね、場合によってその一時の恥が、傷となり、一生残るかもしれないんだ。気を付けなければいけない。石橋は叩いて渡れだ。誰も信用しちゃあ、いけない。全て自分で咀嚼して消化して排泄するべきなんだ。そうとは思わないかい? さて、何だ、何のためにキミを呼んだのかさっぱりわからなくなった。兎に角、思考と官能は決して融合することはないんだよ。 |
| 2002年12月17日(火) 悲劇。 |
| 僕が嫌いなものは焼き鳥屋のつくねと女性の嘘泣きと冷蔵庫の野菜室。 あと、雨の日のブーツカットと擦り切れたほうきと爪楊枝の入っていない割り箸。 それと「また電話するね」という社交辞令とテレビの端の方にいつまでも「ビデオ2」とか表示されていることと オセロ。 オセロ。実はオセロというゲームは日本で生まれたらしい。 焼き鳥屋のつくねも女性の嘘泣きも雨の日のブーツカットも擦り切れたほうきも 爪楊枝の入っていない割り箸も「また電話するね」という社交辞令もテレビの端の方にいつまでも「ビデオ2」とか表示されていることも 全部日本で生まれたらしい。僕が日本を忌み嫌っている理由はそこにある。 これらの諸悪の根源はオセロなのだ。 西洋でオセロといったらシェイクスピアだが 日本でオセロといったらツクダオリジナル。ふん。 僕はオセロとかチェスとか将棋とか囲碁など、いわゆるテーブルゲームが大の苦手で 「ハムレット」「オセロ」「マクベス」「リア王」じゃなくて 「オセロ」「チェス」「将棋」「囲碁」が僕にとっての4大悲劇なのだ。 こんなことなら西洋に生まれればよかった。 「おおロミオ!あなたはどうしてロミオなの?」 「それはお前を食べるためさ!」 ほっといてくれ。僕にはそのくらい悲劇なんだ。 恋に落ちたシェイクスピアより憐れなんだ。 仕事が終わり、職場に残ってこんな時間(現在23時)まで何をやっていたかというと ハムレットでも将棋でもリア王でもチェスでもなく、オセロ。 絶え間ない白と黒の争い。終わりない陰と陽のせめぎ合い。 「おおロミオ!あなたはどうしてロミオなの!」 僕はオセロが嫌いだ。0勝11敗。 「その名をお捨てになって、敵なのはそのお名前だけ、名前になど何の意味があるの。 名前とは何? 薔薇が別の名前でも香りに変わりはない。 ロミオという名前を捨てても、あの完璧なお姿に変わりはないはず。 その名をお捨てに、そして私を受け入れてください」 要するにピスタチオはピスタチオであってピスタチオじゃないってことだね。 オセロは金輪際しません。 |
| 2002年12月16日(月) 十九の春。 |
| 食事介助。自ら箸を取り、食事ができない患者さんに食事の介助をする。 食事介助をする理由は様々。 脳梗塞後の麻痺であったり、摂食障害であったり、高齢者の日常生活動作の低下であったり、 痴呆であったり。 その74歳のお婆ちゃんは僕のことを末吉(すえきち)と呼ぶ。 僕は末吉じゃないけれど末吉と呼ばれたら返事をする。 僕はこのお婆さんの食事介助係になっている。看護婦さんも「末吉、お願いね」と僕に言う。 お婆ちゃんは僕を見て、毎日会っているんだけど 「おや、末吉じゃないか」 と数年振りに会ったかのように目を見開いて驚く。 僕はいつものように両手を合わせる。お婆ちゃんも両手を合わせる。 そして一緒に「いただきます」 最初の一口を運ぼうとしたときに、決まってお婆ちゃんは歌い出す。 私が貴方に惚れたのは ちょうど十九の春でした 今さら離縁というならば もとの十九にしておくれ 僕はこの歌を知っている。琉球民謡の「十九の春」という歌。 知っているというか、このお婆さんが毎日食事介助の度に歌うので覚えてしまった。 僕はお婆ちゃんに続けて歌う。歌いながら食事介助をする。 僕が歌っている間は黙って、耳を澄まして、食事を食べる。 もとの十九にするならば 庭の枯木を見てごらん 枯木に花が咲いたなら 焼いた魚も泳ぎ出す 「懐かしいねぇ。この民謡は男と女が交互に歌う唄でねぇ、あんた達は上手いよ。お似合いだよ。ハッハッハ」 と、他の高齢の患者さんが教えてくれた。 一緒にが歌っている間、お婆ちゃんは目の前のお盆に乗った食べやすいように小さく刻まれた食事でも、 目前に広がる車椅子に乗った高齢者だらけの食堂の景色でもなく 白内障で霞んだ瞳で、お婆ちゃんにしか見えない、どこかの景色を見ている。 遠くなった耳で、お婆ちゃんにしか聞こえない、どこかの音を聞いている。 その74歳のお婆ちゃんは僕のことを末吉と呼ぶ。 末吉さんはこのお婆ちゃんのご主人の名前か息子の名前か ――昔の恋人の名前か、わからないけれど 食事介助が終わるまで末吉と一緒に「十九の春」を歌い続ける。 私が貴方に惚れたのは ちょうど十九の春でした 今さら離縁というならば もとの十九にしておくれ |
| 2002年12月15日(日) 欲しいもの。僕が望んでいるもの。 |
| 「何か欲しいもの、ある?」 ホステスのお姉さんは、頬杖をつきながら上目遣いで問い掛ける。 僕は最近めっきり男めかけが板についてきて、食事に行くにも財布を持たず、メニューさえ選ばず ただぼんやりしながらその女性の言うことに従えばいいという楽な選択肢を選んでしまって 恋心など生まれるはずもなく、かといって情熱的なリビドーが発せられるわけもなく 操り人形の如く、不自然に動き、その不自然な目線は常に天井の隅を凝視している。 「ねぇ、何か欲しいもの、ないの?」 ホステスさんはホステスさんだから水商売って最近、景気が良いらしくて ボーナスなんてものが出たようで、そんな、ひと月の給料だって僕のボーナスくらい貰うくせに その2倍ものボーナスが出るなんて、僕みたいな男めかけの1人や2人いるくらい、おかしくないのかもしれない。 「ん? あ、あぁ、別にないよ」 僕は正直に答える。僕は「欲しいものない?」と言われたとき、いつも答えに窮してしまう。 そりゃあタバコが切れたらタバコを買うし、冷蔵庫にビールが入っていなかったらビールを買う。 そういうものはキッチンハイターと同じで、日常必需品といえば必需品であって クラブのホステスに買ってもらうような代物ではない。 「クルマ」とか冗談でも言ってみようかと思うけど、さすがにクルマは買ってくれるはずもないし、 万が一、クルマでも買ってもらったらすごく面倒臭いことになりそうなので 冗談か現実か、そのボーダーラインが曖昧な事柄は、冗談でも控えるようにしている。 「遠慮しなくていいのよ」 なんて相変わらずの上目遣いで言うけれど、僕はますます答えに窮してしまう。 本当に何も欲しいものはないという事実をイヤらしさも謙遜も出さずにどうやって表現したらいいのか。 「……。」 「言ってよ」 「小説が、欲しい」 「それと?」 「それだけでいい」 「遠慮してるの?」 「だから……」 本当は小説なんて欲しくない。読みたい本くらい自分のお金で買うよ。 「あ」 「何?」 「ん? いや、別に、最近携帯の調子が悪いから……」 「携帯欲しいの?」 「……うん」 「お安い御用よ。機種変更?」 「いや機種変更だと高いから、新規でいいよ」 「だから遠慮しなくていいって」 「いや、遠慮してるんじゃなくて……」 貴女との関係を絶ちたいだけなんだ。 |
| 2002年12月14日(土) おイモさん。 |
| 休日。看護婦さんから頼まれた225枚もの年賀状を作成する。 先にお礼をもらった。マイルドセブンスーパーライト1カートン。 僕が吸っているタバコはマイルドセブンライト。仄かな軽め。超軽めではない。 看護婦さんは多分、僕の人間性を見てタバコを買ったと思う。 年賀状を30枚ほどプリントアウトしたところでインクが切れる。 今日は家を出ないって決めていたのに顔を洗い髭を剃り車に乗りパソコンショップへ行く。 プリントカートリッジ 3780円。 高いよ。割が合わないよ。吸わないタバコ1カートンに3780円出費した気分。 アパートに帰るなり電話が鳴る。年賀状を頼んだ看護婦さんとは別の看護婦さん。 「昼休みにマカロニサラダが食べたいのっ!」 ……。職場の近くの弁当屋まで行って130円のマカロニサラダを買う。 アパートから職場まで車で15分。職場からこの弁当屋まで歩いて5分。 休日の人に頼むべき事柄ではないと思う。 「ありがとーっ!急に食べたくなったの。はい、お礼」 缶コーヒー1本とカルシウムのサプリメント2粒。 やはり割が合わない。絶対損している。今日というニ度と戻ってこない1日を無駄にしている。 午後6時、年賀状作成が終わり、再び職場へ行き看護婦さんへ届ける。 「ありがとーっ!あと15枚できる?明日でいいから」 泣き笑いで無地の年賀状を受け取る。 神様は、ちゃんと見てる。 午後7時、職場からアパートへ戻る。アパートの駐車場に石焼きイモ屋。 風呂上りの隣の部屋の女性が焼きイモ屋のおじさんと笑顔で談話している。 その女性とアパートの階段で一緒になる。 「……あのー」 振り向くと紙袋いっぱいの焼きイモを抱えている。 「あの、おイモさん、いりませんか? いっぱいサービスしてくれて……」 彼女は照れ笑いを浮かべる。多分焼きイモ屋のおじさんはこの照れ笑いに魅了されて焼きイモをサービスしたんだと思う。 階段を吹き抜ける師走の夜風が風呂上りのシャンプーと石焼きイモの匂いを運んでくる。 「ありがとう」 僕も照れ笑いで“おイモさん”を受け取る。 受け取るときに彼女の細い指と、ただの焼きイモを“おイモさん”と擬人的に表現する彼女の人間性に触れる。 この“おイモさん”が今日の不条理を全て帳消しにしてくれたような気がした。 |
| 2002年12月13日(金) 悪癖。 |
| 昨日の続きは深夜1時の場面から。 「ちょっとトイレ行ってきます。明日仕事なもんで」 と明らかにアルコールが体内を循環している荒唐無稽な言い訳で 2次会のカラオケを抜け出し、トイレには行かず、道路へ出て弱々しく右手を挙げてタクシーを停めようとしたその時 「抜け駆けですか」 と背後で師走の夜風よりも冷たい声。振り向くと、事務のお姉さん。 「いや、酔っ払っちゃって、夜風にでも当たろうかなって」 「ほら、タクシー来たわよ」 「いや、違いますよ。僕はただ夜風に……」 「いいのよ。どうせ帰り道一緒だし」 僕の言い訳というか、丸出しの嘘はことごとく見破られて 帰り道が一緒だという理由で同じタクシーに乗る。 僕は無言で俯いている。事務のお姉さんは黙って窓の外を見ている。 僕が無言で俯いているときはママにご飯を抜かれたときかひどく酩酊しているとき。 帰ってすぐトイレで1回吐いて熱いシャワーを浴びてそのまま暖かい布団に寝てしまいたかった。 俯く僕、窓の外を見る事務のお姉さん、寡黙なタクシー運転手。 生まれも育ちも違うこの三者に共通する事項はただ1つ。沈黙。 「……。あの……。お茶でも飲んでいきませんか?」 僕の苦手なものは、気まずい沈黙で、悪い癖は、その沈黙を打破するために思ってもいないことを口走ってしまうことで 「うん……そうする」 そして僕が口走った「思ってもいない」ことは、たいてい相手が「思っている」ことで 僕が得意なことは、自分で自分の首を締めることなのだ。 アパートの前で一緒にタクシーから降りて、一緒にアパートの階段を上がる。 深夜1時30分。明日は仕事。僕の睡眠時間の最低ラインである6時間は、もう無理だ。 「散らかっててゴメンなさい。ちょっと待っててね、お茶いれますから」 「お茶でも飲んでいきませんか?」と誘った手前、お茶をいれないわけにはいかない。 そしてお湯が沸く間に葛藤する。 性欲か睡眠か。 迷わず後者!僕は淡白なんだ!いや、淡白ってわけじゃないけどひどく酔っているんだ! 熱いシャワーを浴びて暖かい布団を頭まですっぽりかぶって眠るんだ! だけど僕の悪い癖は、思ってもいないことを口走ってしまうことで その「思ってもいない」ことは、たいてい相手が「思っている」ことなのだ。 |
| 2002年12月12日(木) 忘年会とお姉さん。 |
| 最近夜は何をしているかというと、もっぱら酒を飲んでいる。 楽しい酒も楽しくない酒も飲む。目の前にジョッキがあるから飲む。 英国人登山家ジョージ・マロリーは言った。「そこに山があるから」 日本人看護師ヨシミ・マサノヴは言った。「ただ単に忘年会?みたいな」 というわけで忘年会ラッシュ。 右も左も忘年会。座敷は一杯 夜空は曇天。ちょいと一杯 今夜はおっぱい。馬鹿。 忘年会で今年のことを忘れるまでもなく、僕は昨日のことさえ覚えていない。 今夜は職場の事務のお姉さんたちの忘年会。 事務員の忘年会は、関係ない。だって僕は医療職。 事務員は事務員で今年の医療費とかレセプトの請求とか、そういうことを酒を飲みながら話し合えばいいんだ。 「で、ヨシミ君、今日の場所ちゃんと予約してくれた?」 「あ、はい、しましたよ。7時30分です。遅れないで下さいね」 「ハハハッ。あなたこそ」 「遅れませんよぉ。…………」 …………僕は看護師なのに! なぜか事務員の忘年会に呼ばれて、しかも会場を予約して時間まで決めて 「あ、先に会費下さいね」 なんて会費まで請求しなくちゃいけなくて! 「それじゃあヨシミくん、挨拶お願いね」 「あ、はい、え〜、今年の10月から70歳以上高齢者の完全1割負担制が開始しまして、我が病院の医療事務の業務に関しましても……」 なんて畑違いの挨拶までしなくちゃいけなくて! 「ちょっとぉ、忘年会なのにかたっ苦しいわねぇ」 なんて文句まで言われる始末で! 最近わかったことなんだけど、こういう立場って頼りにされているからではなくて ただ単に扱いやすいだけなんだと思う。 事務のお姉さんに「頼りになるわねぇ〜」って言われて 「そんなことないですよデヘヘ」なんて満更でもない表情で頭を掻いているのである。 飲みたくもない酒を飲んで笑いたくもないときに笑って別に怒っていないのに頬を膨らまして歌いたくもないのに歌う。 そしてヘトヘトに疲れて部屋に戻り、風呂に入るか入らないか1時間ほど葛藤して 結局風呂に入り、ろくに髪も乾かさずそのままベッドに就寝。 だから忘年会は、嫌いだ。 昨夜の忘年会が終わってから『3次会』と称し、僕の部屋に1人で来た事務のお姉さん。 明日は、この女性と深夜に2人で何をしたかを書こうと思う。 |
| 2002年12月11日(水) 減らないピスタチオの夜。 |
| 「たとえばこのピスタチオはピスタチオであってピスタチオではない。 僕はこの事実を知ったとき愕然としたんだ。もう生きていけないって」 昨夜、親友と親友の友人と酒を飲んでいた。 親友の友人は、僕の知り合いでもあるという女性。 親友は独特の持論を持っていて、時にその言葉は酔った身体にさらに酔いを回す。 「僕は極論の狭間の葛藤の中に生きているんだ」 言いたいことはわかる。ピスタチオも葛藤も、言いたいことはわかる。 この親友の持論は、パンツを履いたあとズボンを履くというような一般的な段階を踏まずに発せられるので 興味深くて面白いのだけど、周囲のテーブルの人たちは僕たちの4次元的な会話の意味がまったくわかってなかったと思う。 そういう自分も4次元的な会話の4分の1程度しかわからない。 親友の友人だって、意味がわからなくなったら視線を落としてとりあえずビールを飲んでいる。 「おい!寝るな!」 そして一通り話すと、石油が切れたストーブのように大人しくなり、冷たくなる。 「僕には、こう、波があるんだ。今は眠たくて、仕方がない」 さっきまで目を輝かせて、この世のものは全部ウソだ。個性なんて結局誰かの物真似だ。 なんて言っていたのに、今はこの世の虚偽も否定した個性も全部どうでもいいような表情をして目を閉じている。 僕とこの親友は、似ているようで、正反対のようで、 結局、僕はいろんなものに妥協してしまって、親友はそれは違うと言ったけど 妥協=適応という公式が成立していて、全く自分に正直になれず、他人に心も開けず ただこうやって時々気の合う友人たちと酒を飲んでいるけれど その反面、この親友は、常に何かを悩んでいるようで、内に込めているようで、かといって のれんに腕押しで、打っても響かず、ただのらりくらりと日々を送っていて まぁよくわからないけど、これからもずっとこの親友とは親友であり続けると思う。 そして親友の友人は、 どうにかして親友の才能(それは僕も信じている)を開花させようと発破を掛けていて その掛け合いが絶妙で、頑張れ親友の友人!と心の中で叫んでいた。 たぶんこの3人でしかできない会話があると思った。 あの独特の世界観を持って語られる言葉たちは、どんなビールのつまみよりも美味しかった。 そう、ピスタチオよりね。 |
| 2002年12月10日(火) 三十路の魅力。 |
| たまに行くスナックのホステスさんとカレー屋へ食事に行きました。 たまに行くと言っても最近こんなに冷えてきたので夜に外に出ることが億劫になって このホステスさんがいるスナックでは計算したらもう5ヶ月くらい飲んでおらず、 5ヶ月前といえば、まだ7月で寒いから億劫だなんて言い訳もできず、 実際の話、僕は往々にして夜、外に出ることが億劫でたまらないのです。 「だったらお昼に会いましょう」 ということで、今日はお昼に歳の頃三十ニ、三のホステスさんとカレーを食べに行きました。 僕はこの女性と会うときはどうも男めかけ のようになってしまって 「大丈夫よ、心配しないで」 と言っては趣味の悪い財布から福沢諭吉を何枚も取り出します。 で、僕に何か買ってくれるというと、そういうわけでもなく、 ただただ趣味の悪い洋服を買いに、趣味の悪い大衆ブティックに連れて行かれるのです。 そして試着をしては「どう?どう?」と僕に訊ねるので、 僕は他人のファッションに対してあまり興味がないので、 「ん?あ、あぁ、キレイだね」 なんて調子のいいことばかり言っているとホステスさんも馬鹿ではないので 「あなたぜんっぜん本心から言ってないでしょ」 とペリカンのようにだらしなく口を尖らせて言うので僕も馬鹿ではないので 「きれい」「きれい」「ん、それはちょっと」「きれい」「ん、それはちょっと」 と自分なりに感想のローテーションを決めて、やはりいい加減に、しかし言葉では魂の込めて言うのです。 僕はこのホステスさんの趣味の悪い財布も季節感が感じられないファッションも 大衆ブティックも全然好きになれないけど、 時々ふとした瞬間(爪楊枝のようなタバコに火をつける瞬間とか)に 何か大きくて眩しいものを、いや、遠くのものを見定めるような、いや、定期的に襲われる何かの疼痛に耐えているような、 そんな目をする時があって、その瞳がとても魅力的なのです。 そんなホステスさんとカレー屋に行ったのです。 「本場のカレーが食べたい」 なんて言うから本場のカレー専門店に来たのだけど、店員(インド人)が 「カレーはナーンかライス、どちらでお召し上ががられれますか?」との問いに 「日本人はやっぱりライスでしょ」 と臆面もなく言い切るところが僕を離さぬ彼女の隠された魅力でもあるのです。 |
| 2002年12月09日(月) 愛する者。愛される物。 |
| 気が付けば今月も残り3分の2となり、そろそろ今年を振り返る時期にきているけど 今日はそんな気分でもないので振り返らない。 僕は往々にして無気力なので、自己内省とか風呂掃除などはただただ面倒臭くてやっていられない。 大掃除の季節も近付いているけど、まぁ、ね。ほら、 今年の汚れ今年のうちになんて言ってるのは花王のCMだけでしょ。 メディアに意思を左右されちゃいけないよ。 部屋の掃除より先にしがらみの多い人間関係を整理しなくちゃいけない。 結局しないけどね。面倒臭いことは往々になぁなぁにすればいいんだ。 ほっといたって笑う人はいつまでも笑ってるし怒ってる人はいつも怒っているんだ。 そういうものは僕の力が及ぶ問題じゃない。かといって自然の摂理でもない。 僕はただ寒くなったらコートを着て暑くなったら水を浴びる。それだけのことだよ。 さぁ、サイは投げられた。ブルータスお前もだ。 右手にホウキを持て、左手にはクイックルワイパーだ。 時は来た。大掃除だ。僕は、ソファーで横になる。あとは勝手にやってくれ。 報酬?キミはさっき缶コーヒーを飲んだじゃないか。資本主義を甘くみるな。 トイレも汚い?当然じゃないか。 自慢じゃないけど僕の胃腸はすこぶる調子がいいんだ。快調なんだ。敏感なんだ。 ヨーグルトなんて食べてみろ。僕の胃腸は大喜びの大悲鳴だ。畜生。 プリンはどうかだって?野暮な質問を、するな。 プリンは大の好物だ。カラメルの存在意義が少しわからないことを省くとあれは完璧な存在だ。 食べる。ありがとう。キミの手作りだったら尚更だよ。 大掃除?僕がするよ。キミはソファーに横になっとけばいい。 プリンは食べる。いくつ持ってきた?3つ?じゃあ今2個食べる。残り1個は明日食べる。 キミが作ったプリンは大好きだ。キミより大好きだ。愛してるよ。 |
| 2002年12月08日(日) いただきますごちそうさま。 |
| 良いことか悪いことかわからないけれど、僕は昔からあまり空腹というものを感じない。 だから僕にとって食事は少し苦痛を伴う。 昼休みの時間だから弁当を食べなければならない 夕陽が沈んだからそろそろ夕食を食べなければならない。 朝食はともかく(僕は朝食を摂らない)、このように食事というものは 半ば義務的な思案のもと実行される。 皆が「いただきます」と言うから、とりあえず僕も言ってみるというように。 休日の食事などは苦痛を極める。 朝食と昼食は食べないけど、さすがに夕食は食べなければいけない。 2食も抜いているんだから、きっと体には悪いはずだ。 体に悪いとは思うけど、腹は減らない。 僕の胃腸は思春期が始まった小学6年生のように静かに抵抗している。 だけど食べなければならない。だって2食も抜いているから。 一般的ではない食生活をしているから。 だから僕は夕食の買い物に出掛ける。 「夕食」という形が完遂される食物を探しに出掛ける。 僕の胃は別にパン1個でもいいんだけど、それでは「夕食」という形は完遂されない。 サンドイッチとサラダと惣菜の焼き魚とレバニラ炒め。 適当に買い物カゴに入れる。 メニューに一貫性は感じられないけど、とりあえずこれだけ食べれば「夕食」という儀式を終わらせることができる。 部屋に戻り、冷たいリビングで惣菜を温め、溜息混じりに「いただきます」と言い、 黙々と口の中に放り込む。 その点、友人と外食に行くとなると夕食は一転して楽な作業になる。 友人と話しながら笑いながら義務が完遂できるのである。 もう夕食の時間だ、とか 何か食べなければいけない、とか そういう面倒臭いことを一切考えずに目の前のメニューから適当に選んで それを変わらぬ恋の話とか先が暗い結婚の話をしながら食べちゃえばいいのである。 食べちゃえばいいのです。 こういうことを女の子に言うと、絶対この人のために料理なんて作ってあげない!とか思われそうなので こういうことは義務的な夕食が終わった後にこの義務的な日記に細々と書き記すようにしている。 ごちそうさま。 |
| 2002年12月07日(土) ポツダム宣言。 |
| 僕は滅多に人に悩み事を話さない。 昔から「悩み=不幸」という概念を持っていて、悩みを打ち明けるということは即ち 僕は不幸なんですと宣言しているみたいで、何もかも宣言すればいいってものじゃなく、 宣言しなければならない必然性が出てきたときだけ簡潔に物事を伝えたらいいと思っている。 そういうわけで僕が悩みを打ち明けるということはポツダム宣言のそれに等しいわけで 僕はそう簡単に降伏なんてしない。できるところまで孤軍奮闘しようと思っている。 しかしどうも最近、レイバンのサングラスをかけコーンパイプをくわえたマッカーサー元帥の影がちらほら見え出したので あぁ、この辺りが潮時かな。敗北かな。宣言するときがきたのかな。 是以外ノヨシミノ選択ハ迅速且完全ナル壊滅アルノミトス なんてね。はぁ。 ある友人に相談してみた。彼はラークマイルドの煙を吐きながら 「たいしたことじゃないよ。死ぬわけじゃないし、痛みを伴うわけでもない」 と、キミの悩みなんてこの煙よりも軽いものなんだと言わんばかりの口調で言った。 僕はその言葉に言葉を返すことなく3杯目のビールを注文した。 気が軽くなったのは確かだった。確実にマイルドセブンライトの煙よりは軽くなった。 この友人は、以前僕にゲイであることを打ち明けて、 僕はゲイの世界なんて全く知らないので未知のものに関して必要以上の恐怖と不安を感じるもので ゲイに関しても、少し色眼鏡をもって見るようなところがあったけど、 ゲイということを抜きにしたら、いや、それを含んだとしても 友人は変わらぬ友人であって、少なくとも二者択一的には圧倒的に女性が好きな僕には色目を使うことはないので 今でも変わらずこうやって酒を飲む間柄を続けている。 むしろ僕が悩みを打ち明けようと思った時点でこの友人は、特別な親友となっている。 まぁ、ゲイを打ち明けた友人の心境にしては 僕の悩みなんてポツダム宣言にも値しないということになるわけで いや、不幸の背比べなんてしてるわけではなく、 そもそもゲイが不幸だなんて思っているわけでもなく、 ゲイというある種特殊な運命を背負っている友人にしたら 僕の悩みなんてポツダム宣言にも値しないということになるわけで。 |
| 2002年12月06日(金) 僕の能弁。 |
| 早朝7時。木ノ下さんと待ち合わせ。今日は研修。内容は不明。 昨日は結局研修の内容を聞き出すことができなかった。 優しくて穏やかな事務のお姉さんまでも 「内容?自分でちゃんと木ノ下さんに聞いてみなさいよふふふ」 と言うのでもう誰にも頼らないで生きていこうと決めた。 そして何も聞き出せないまま同じ車に乗って研修場所へ。 「あぁ〜ユウウツ〜。今日の研修ってすごい難しそうじゃなかった?」 「うん。あ、あぁ。そうですよね。なんか自信ないですよ」 なんて当り障りのない会話に終始する。 この知ったかぶりも研修場所に到着すれば解決する。 時間と虚偽と隠蔽と罪悪感との闘い。僕は自分と闘ってばかりいる。 人生の一人相撲で一人上手投げで一人黒星だよまったく。 研修の内容はユウウツになるまでもなく、淡々と過ぎる。 いざ発表となると日頃生理云々に関わらずあんなに気が強い木ノ下さんも 「ねぇ、あなた言ってよ。ねぇ、お願いだから、ねぇ」 とやけに弱気になってるので、多分、男性はそういう女性の不意の弱さに惹かれてしまうらしく 僕も男らしく「任せてください。こういうときは胸を張って適当なこと言えばいいんですよ」 なんて言ってポストまで新聞を取りに行くようにゆっくりと立ち上がり コホンと小さく咳をして胸を張り適当なことを言う。 僕の得意技は、こういう状況でも常にいい加減でいられるということだ。 思っても感じてもいないことを実に能弁に喋ることができる。 本心でないことを、本心であるかのように、 虚偽であることを、真実であるかのように、 感情を交え、身振り手振りで、聴衆の気を向ける。 発表が終わり拍手をもらう。僕は安心も安慮も満足も満悦も充足もしていない。 ひたすら何かを探している。本当の僕を探している。本当の僕が言う本当の意見を、真実を探している。 木ノ下さんも小さく拍手をしている。 大きな拍手をしないのは、僕がいい加減な能弁を垂らしているということを知っているから。 木ノ下さんは僕の道化を初対面で見抜いた最初の人だから。 |
| 2002年12月05日(木) 明日は研修だということ。 |
| 明日研修だということをすっかり忘れていて 一緒に行く事務のお姉さんさんから「あなたって本当にいい加減ね」と言われた。 もしかして僕は出張のこと聞いていないかもしれない。ちゃんと僕に言いました? 「何言ってんのよ!ちゃんと言ったわよ!失礼ね!」 冗談で言ったつもりなのにものすごい剣幕で怒られた。 うちの職場の人たちは(うちに限らないかもしれないけど) 言った言わないの責任に関して耳腔に舌を入れられるくらい敏感に反応する。 冗談も通じないので気が滅入ってしまう。 僕は研修の内容も全く覚えていない。で、何の研修なんですか? 「何言ってんのよ!ちゃんと言ったわよ!ムッキー!」 さすがに「ムッキー!」とは怒らないけど、「ムッキー!」と怒りかねない状況なので素直に謝る。 僕はいかなるときも状況を丸く治めるため、自分の否があるないに関わらず謝るようにしている。 所詮こういうものは相手の優越感の問題なのだ。 こんなちっぽけな自尊心ならばいくらでもストックがある。 で、明日は何を持っていけばいいんですか? 「何言ってんのよ!ちゃんと言ったわよ!ドカーン!」 さすがに「ドカーン!」という表現は大袈裟で不適切だけど、 僕の問い掛けに全く真面目に答えてくれそうもなかったのでしばらく時間を置いてから 比較的穏やかな事務のお姉さんに小声で話し掛ける。ねぇ、明日何の研修に行けばいいの? 事務のお姉さんは呆れた顔で優しく教えてくれる。 「はぁ。あなた本当に何も覚えていないのね。10月の会議のとき言ったでしょ、研修のこと。 あなたと木ノ下さん(事務のお姉さん)が行くって。 木ノ下さんすごい張り切っちゃって研修に着ていく洋服まで買っちゃったのよ。 研修早く終わるみたいだからその後買い物に行こうって」 「え、誰と?」 「あなたしかいないじゃない。幸か不幸か木ノ下さんは昨日から生理みたいだけどね、フフフ」 「はあ」 生理で怒りっぽくなる女性は八つ当たりされてるみたいで本当に怖いけど そういう理由で怒っているのならば納得というか諦めというか合点がつく。 研修の日を覚えてない僕がいけないし、「交わしてない約束」を忘れてしまった僕が悪い。 仕事の帰り際、僕は木ノ下さんに話し掛けた。 「ねぇ、明日研修早く終わるみたいだから買い物に付き合ってくれませんか?」 |
| 2002年12月04日(水) 注射とママと子供たち。 |
| 僕は看護師だから1日何十回も注射をする。何十人もの血管に、何十本もの針を刺す。 お爺ちゃんにもお婆ちゃんにもお兄ちゃんにもお姉ちゃんにもパパにもママにも注射を打つ。 今日注射をしたあるママのお話。 医師の指示を受け注射の準備をする。 ママは子供連れ。5才くらいの男の子と3才くらいの女の子。 僕は注射器片手に笑顔を投げ掛ける。 しかし子供たちは笑わない。むしろ怯えた表情をしている。 「ママー。頑張ってねー」 子供たちは声を揃えて母親を激励する。 僕と目が合った途端、「頑張っ……て」と語尾を小さく呟く。確実に白衣に怯えている。 「大丈夫、ママは注射なんて怖くないもん」 ママは子供みたいな口調で口を尖らす。僕はわからないように少し顔を歪める。 「注射なんて怖くないもん」なんて言葉は子供のヤセ我慢の常套文句じゃないか。 子供たちはその言葉の裏側を知り尽くしている。 悲しいことを悲しくない。不味いものを不味くない。痛いものを痛くない。 言葉で最後の抵抗をする。最後の諦めを示す。 これを親が言ってはいけない。親が子供を困らせてはいけない。 この言葉を聞いて子供は縮みあがってしまうし、何よりも僕が困り果ててしまう。 参ったな……。 僕は子供たちの悲しい視線を浴びながら母親に注射を打つ。 「キャー」 子供たちは声にならない声で静かに叫ぶ。 表情は春先の山道で冬眠明けの熊に遭遇してしまったような顔をしている。 僕は白衣の尊厳と童心の共感とで泣き笑いのような表情をしている。 「ママー、あともう少しだからねー」 「ママー、痛いときは楽しいことを考えればいいんだよー」 子供たちは精一杯の励ましの言葉を母親に送る。 僕は多分、子供たちにとって注射針という武器を持った極悪人に見えているのだろう。 白衣の下には緑色の血が流れていてサディスティックな状況を高笑いして楽しんでいると思っているのだろう。 「……そんなことないよ」僕はママにも子供たちにも聞こえないように呟く。 「は?」3才児と5才児は同時に頭を傾ける。 「なんでもないよ」僕の泣き笑いは一層強くなる。 |
| 2002年12月03日(火) 午後7時に書く日記。 |
| フランスの作家、ピエール・ショデルロ・ド・ラクロが言いました。 「恋を早く成就するには、筆とるよりは口で言え」って。 僕はノミの心臓とダニの肝臓を持つ小心者なので 愛の告白なんて口はおろか筆でだってしたことありません。 友人の寮でエッチしたり、混浴の露天風呂でキスしたり、酔ったフリしておっぱい揉んだりしますが 愛の告白は一度だってしたことありません。 したことあります。したことあるんですが、駄目なんです。 顔は真っ赤になるし、目は焦点が定まらないし、声は震えるのです。 寮でエッチも風呂でキスも酔っておっぱい揉むときも顔は赤くならないし、目の焦点は合ってるし、声はむしろ威勢が良いのです。 すごく不自然なのです。不完全で不明瞭で不摂生なのです。 例えば、今夜ある女性と食事に行きます。7時30分に待ち合わせです。 彼女は食事といえばパスタで、オシャレといえばファー付きのコートで、 雑誌といえばJJで、財布といえばヴィトンで、お酒といえばワインで、 アイダホといえばポテトで、イタリアといえばパリという ちょっと制限が多くて、その制限の中にいくつかの間違いもあるような女性ですが とにかく今夜はこの女性と食事に行くのです。 それなりの話をして、それなりの量の酒を飲んで、それなりの雰囲気になるのです。きっと。 それなりの金額のそれなりのホテルのそれなりのベッドでそれなりのセックスそするのです。きっと。 それなりのシャワーを浴びてそれなりによそよそしくなってそれなりに社交辞令というかやっつけ仕事みたいな言葉を交わして別れるのです。きっと。 だいたいわかります。自分のことだからおおよそ理解できます。 芥川賞・直木賞の生みの親の菊池寛が言ってました。 「恋愛は一時の戯れではない。人生の楽しい道草でもない」 うーん……。 「感情や気分からやるべきではない」 うるさいなぁ。 「女性にとっては大切な生活の設計でなければならない」 ふむ。 「男性が一生の専門なり職業なりを選ぶくらい真剣に相手を選ぶべきである」 そうですか。さようですか。 僕には全くわかりません。 それは僕自身が不自然で不完全で不明瞭で不摂生だから。 愛の告白はおろか、本当に好きな人とは手さえ繋げないのです。 待ち合わせの時間が近付いてきました。ではまた。 |
| 2002年12月02日(月) 華やかさと諦めと苦悩。 |
| 今日、よく行くフードバーのお姉さんから 「雑誌のコラム読みましたよ!」 と言われた。こういうのって少し嬉しい。 僕はとある雑誌に隔月でコラムを掲載させてもらってるけど 夏休みの宿題と同じでいつも締め切り間際になってからようやく執筆を始めるので 編集部の人はきっと僕のことが嫌いだと思う。 先日届いたメールに ご多忙とは存じますが、何卒よろしくお願い致します。 ご多忙とは存じますが、何卒よろしくお願い致します。 と2行に渡り同じ文章が書いてあったので僕のことが嫌いなんだと思う。 コラムといっても僕は最近たいした恋愛もしてないし、ネタになるような日常も送ってないし、 その日に感じたことはこの「好色一代男」に毎日書いているわけで 結局「好色一代男」に書いてある日記を一部抜粋して加筆しているだけなので コラムを書くことはあまり苦労にはならない。 「あなたの文章には思春期のような華やかさと苦悩と老年期のような諦めと苦悩を感じます」 というメールをもらった。上手い表現だと思った。 思春期と老年期。僕の文章には青年期が欠けているのだろうか。 思春期と老年期。共通しているのが苦悩というところがなんとも。 そういえば2年前のこの雑誌の12月号に僕のインタビューが掲載されている。 現代の若者にわかりやすい云々という記事だったような気がするけど その時のインタビューに当時の彼女も少しコメントしている。 どんなときも私を見ていて考えていてくれる。なんてことを言っていたと思う。 そして2年の歳月が流れ、僕は時々しか彼女を見なくなり考えなくなり 遂には僕の元から去ってしまい、誰かと結婚してしまい、今は遠い所に住んでいて、 僕は相変わらずこの雑誌に文章を掲載している。 思春期のような華やかさと苦悩と老年期のような諦めと苦悩を呟き続けている。 見えない何かと、世の中の黒い風と、締め切りに追われている。 ご多忙とは存じますが、何卒よろしくお願い致します。 ご多忙とは存じますが、何卒よろしくお願い致します。 今日も同じ言葉が繰り返される。 |
| 2002年12月01日(日) 生と死に関わるジレンマ。 |
| 「適応」とは絶えず繰り返されるあらゆる刺激に対して鈍感になること、 或いは、それらの刺激を無意識に閉じ込めてしまうことだと思う。 病院という、医療という世界は、人間の不幸、家族の死が、隣接している。若しくは同居している。 この世界に足を踏み入れて数年経ち、僕はあらゆる苦悩と葛藤と諦めを乗り越えて 看護主任という立場を手に入れた。 時に残された家族の慟哭を聞き、先立つ人の冷たい肌に触れる。 カレーライスに添えられた福神漬けのように人間には常に「死」がつきまとうように。 カレーライスと福神漬けが、ルパン�契い帆�形警部が運命的であるように 人間も決して死から逃れられない。 「ルパァ〜ン!オレは地獄の底までお前を追いかけるぞぉ〜!」 「しつこいなぁとっつぁぁん。勝手にしてくれよ。そんじゃあバイバ〜イ」 「待ぁてぇ〜!ルパァァァン!」 そしてとんこつラーメンとチャーシューのように 「医」と「死」は密接に、濃厚に関わっている。相互にその味を演出する。 「医」の世界では「死」が日常となり、「生」が希薄となる。 「生」が希薄になると共に「死」まで希薄になる。 朝起きて、歯を磨いて、出勤して、弁当食べて、誰か死んで、家に帰って、晩飯食べて、風呂入って寝る。 風呂に入ってる間も誰かが死ぬし、寝返りをうっている間にも誰かが一生寝返りをしなくなる。 大事な「何か」が失われ、削り取られ、鈍麻していく。 何が失われているかわからないまま、目の前で日常的に人が死んでいく。 そんな僕たちは人の「死」と関わって、「生」を計る。 今僕は、「医」を職とする者が必ず遭遇するジレンマに直面している。 答えを出す日が近付いている。 確実に近付いている。 |
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