2001年07月31日(火)  池袋 1
15:30 空港到着。予想以上に早く到着したので、時間をもて余す。
喫茶店に入り、時間を潰す。「時間を潰す」ほどの無駄な行為はない。
時間は、潰しちゃ、いけない。
同級生がスチュワーデスになっていると聞いたのだが、見つからない。
というか見つけようとも思わない。そもそも空港にいるはずがない。
ただ、時間を潰すためだけに、思いついた時間潰しの考察。
出発まであと1時間20分。残り時間と期待と寂しさを同時に天秤にかける。

向かいのテーブルに座っている中年女性がチーズの乗ったチキンをフォークで刺しながら
こちらを見てニコニコ微笑んでいる。
僕は、知り合いじゃ、ない。

19:30 羽田到着。僕は、方向音痴を理由に、
前もって東京の地図を見るという手段は使わず(地図を見たって無駄なのだ)
とりあえず人の流れについていく。
流れが二股に分かれたら、人数の多いほうについていく。
人波に流れるまま、モノレールに乗り、山手線に乗り換える。目指すは池袋。

20:30 ホテル到着。池袋の夜は怖い。よって、部屋からは一歩も出ない。
という理由で部屋から出ない。
 
狭すぎるホテルの一室で、必要最小限の灯りをともして、
池袋駅のように複雑な、あの迷路の中へ入っていく。
昨日、踏み入れることを決めた出口のない迷路に。

僕は、今、この迷路の中でしか、生命の源(過大表現)を見出すことができない。
辛くて、辛くて、たまらないけれど、
迷路から聞こえる、あの声に、あの笑顔に、      あの笑顔に。
こういう形でしか、自分を保つことのできない不甲斐なさと、
こういう形で、優しく支えてくれる、迷路の中の居心地の良さ。

どうか、笑顔で、どうか、笑顔で、この迷路から「自分の意思」で出れますように。

色あせたカーテンを開け、小さな窓から外を眺める。
都会が発する無機質な光が、無機質なメッセージを送っている。

反面、この迷路が発するメッセージは、一つ一つが胸につき刺さる。
それが悲哀だろうが悲痛だろうが、

僕が、この池袋でも、1人じゃないということを確認することができる。
2001年07月30日(月)  迷路。
出口のない迷路を、ようやく抜け出した。
迷走と葛藤と悲哀と切迫と堕落をかいくぐり、ようやく出口を見つけた。

迷路から抜けると、そこは見渡す限り、冬の草原が広がっていた。
枯れた草や木の葉の下に春の訪れを待つ花のつぼみを見つけた。
アゲハ蝶のサナギを見つけた。
冷たい石を持ち上げると、暖かな太陽を待つカマキリを見つけた。

何もかもが来たるべく何かに備えて、ただ静かに時が過ぎるのを待っていた。

後ろを振り返ると、そこにはまだ出口のない迷路が、
薄暗い空を覆い尽くすように、その敢然たる存在感を示していた。

僕は冬の大草原を見渡して、
後ろへ振り返って、出口のない迷路を見つめて、
もう一度、大草原を見渡してから、

首を傾げて

出口のない迷路にもう一度足を踏み入れた。

次、いつ出口を見つけられるかわからない。
例え出口を見つけられたとしても、再びこの大草原に戻れるかわからない。
そこは春の渓谷かもしれないし、夏の砂浜かもしれないし、秋の山岳かもしれない。

とにかく僕は、自分の意思で、この迷路に足を踏み入れたのだ。
意見にも参考にも忠告にも耳を傾けず、
「自分の意思」で、この迷路に足を踏み入れた。

周囲に振り回されるのは、もう、ごめんだ。

以前の迷路の中では、あてもなくただ迷走を続けていたが、
今は違う。
僕は冬の大草原を眺めて、「自分の意思」という名の道具を手に入れた。

迷路の中を彷徨いながら

右手に「自分の意思」を持って、
左手に首都へ向かう切符を握りしめて、

ポケットに携帯電話を忍ばせて、

大きく深呼吸をして。
2001年07月29日(日)  軌道修正後。
夕方、友人から突然メール

「あと10分でそっちに向かう。ご飯食べよう」

急いで支度する。5分後に友人3人到着。
ベルトとシャツと携帯と部屋の鍵を持って急いで車に乗り込む。
この友人達、待たせるととても怒る。

「何食べる?」
「なんでもいい」

そして、また怒られる。本当になんでもいいのに。

この友人達、みな同じ年。今年で25歳。
他の25歳がそうであるように、いろいろなものを抱えている。

現実と愛の重さを常に天秤にかけて苦悩する女性。

遠距離に夢膨らませ楽しみつつも現実が落とす影に不安をよぎらす女性。

愛する人と結婚し、夢を持ちつつも独身時代を懐かしむ女性。

そして

何をやっても駄目な不器用な僕。

絨毯に染み込んだコーヒーの染みをいつまでも眺め続ける不器用な僕。
一生懸命強がって自分を取り戻そうとする僕。
そして取り戻した僕。
暗い天井を見つめ、愛の形を考える僕。考えた僕。

肉声の届く行き先を自ら消した僕。

「せーのっ!」

で、無理矢理何もかも終わらせた僕。

僕、僕、僕、僕、僕、
   
   
   
  
    
この傷はもう、癒えているだろうか。

そっと触れてみる。今はまだそっと触れてみる。
血が出ないように。そっと。
2001年07月28日(土)  昼休みに書く昨夜の日記。
昨夜は友人がワインとチーズと枝豆を持参して私の部屋に来た。
今夜は飲まないつもりだったが、ワインを見るなり笑顔がこぼれた。

部屋はエアコンが冷たい風を流している。
テレビで「ジョーズ」が流れている。
コンポからはカウント・ベイシーのジャズが流れている。
キッチンは輝々と蛍光灯が光を放っている。
誰も入っていない浴室からも明かりが漏れている。
パソコンもキッチンの隅でスクリーンセイバーが作動しており、
主がキーボードを叩く時を待ち構えている。

そして、友人が持ってきた冷凍枝豆を電子レンジに入れる。
タイマー3分に合わせる。

ブツンッ。

ブレーカーが落ちる。
エアコンと電子レンジは同時に使うとブレーカーが落ちることはわかっているのに、
毎日同じことを繰り返している。
突然訪れた暗闇の中、肩をうなだれる私。
「何してんのよー!」と叫ぶ友人。「キャーッ!」とでも叫んでくれたら少しは面白いのに。

そしてヒヤヒヤしながらパソコンを再起動する。壊れてませんように、と祈りながら。

今日の日記終わり。

にしようかと思ったが、まだ書く時間がある(注:現在昼休み中)

せっかく友人がワインとチーズと枝豆を持ってきてくれたのに、
僕は相手の話には耳を傾けず、話したいことだけ話して、
ワインを1本開けた頃にはウツラウツラしてきて、
友人は雑誌を見ながら、何か話し掛けているけど、
もう、我慢できなくて、

眠ってしまいました。

「もう帰る!」の声で目覚める。
ビックリして起き上がり、玄関まで送る。といっても玄関まで数歩歩くだけなのだが。

「あんた、早く寝なさい。ずっとうなされてたわよ」

まさか。
2001年07月27日(金)  堕落 ―だらく―
昨夜も今日の仕事のことも考えずに、
遅くまでバーで酒を飲んでいて、頭には「堕落」という言葉ばかりが浮かんできて、
もう、やぶれかぶれで、アパートにすぐ帰ってすぐ眠れるように、
最後に強めのカミカゼを頼んだとき、

その人は、現れた。

というか、カウンターで一緒に飲んでいた女性だが、
僕はそれまで、話し掛けもせずに、話し掛けられても適当な相槌を打って、
冗談を言っても笑わず、文句を言っても怒らず、
ただ、ボンヤリとカウンターのボトルを眺めていた。

が、

最後に強めのカミカゼを頼んだとき、

その人は、現れたのだ。僕の意識の上辺に。
僕の横に座っている女性、は、ここに、さっきからいた、のだと。

今、酔いが覚めた状態で、こうやって文章にしても、
あの時の状態を克明に書くことができない。
とにかく、その女性は、長い時間、突然、僕の横に座っていたのだ。長い時間、突然。

僕はバーを出て、タクシーに乗り、アパートへと帰る。
ドアの鍵を閉める。鍵を閉めたのは、女性。
シャワーを浴びる。数日前からボイラーが故障していて、水しか出ない。
しかし、酔いは覚めない。下着1枚で部屋へ戻ると、布団が敷いてある。

「今日は、○×◇*だったでしょ」

その女性は、私の部屋のソファーに座り、何かを言った。
はっきりと覚えていないが、何かを言った。「〜だったでしょ」ではなかったような気もするが、
とにかく、何かを言った。どうでもいいことなのかもしれないが。

そして、僕は眠り、女性は消えた。
僕が眠るのを見届けてから、部屋を出たのだろう。

皆、堕落しそうな僕を這い上がらせようとしている。
ある人は、朝8時に一緒に目覚めて、ある人は、深夜3時に突然消える。

前を向いて、そこに見えるものは、仄かな新しい光。
風にさらされても決して消えることのない灯火。

朝日と共に目覚め、夜更けと共に酒を飲む。
こんな生活は昨日でおしまい。
僕自身に向けられる、様々な人々の、様々な謎掛けが、
少しづつ、少しづつ、解けてきた。

水しか出ない深夜のシャワーで頭を冷やして考えてみよう。
ボイラーの修理が終わる頃には、答えが出ているだろう。
2001年07月26日(木)  隠した場所。
休日を消した。仕事に行って、笑顔を振りまく。
週末までの夜の予定を全部決めた。誰かに触れる。
ビデオを借りた。いっぱい借りた。眠れるまでの時間をこれで稼ぐ。

「何か」を「どこか」へ押し込む。
僕もわからないようなところへ隠す。

昔の彼女の手紙や写真のように、
大切にしたいものほど、凝った場所に隠す。
いずれ、どこへ隠したかわからなくなる。

だけど、それは、どこかにある。
消えてはいない。
隠してあるのだ。どこかに存在しているのだ。

そして、不思議な安堵感が得られる。
前へ進める。

職場での笑顔に
友人と行く居酒屋に
ビデオのケースに
枯れてしまった涙に
携帯のメモリーに

少しづつ、細かく分けて、いろんなところに隠しましょう。

時々顔を出すけれど、
気にしませんように。

ジグソーパズルのピースを1つ1つ集めていくと、
完成してしまうから、もとへ戻ってしまうから、

かけらはかけらのままで、
そっとしておきましょう。

「あーっ!ハラヘッタ!飯食いに行くぞ!」

空腹感なんて感じられないけれど、そう叫んでみましょう。

隠しているものが、何処へやったかわからなくなるように。
2001年07月25日(水)  軌道修正。
午前8時。目を開ける。いつもと違う天井が見える。
ここは、どこだ。

「8時には出なくちゃいけないのよ」

女性はそう言って、髪を整えて、服を着替えている。
ここは・・・。

タバコを探す。残り1本。
昨日、バーを出たときも残り1本だった。

最後のタバコに火をつける。
カーテンを少し開け、外を眺める。いつもと違う光景。
通学する学生。肩をうなだれるサラリーマン。遠くから聞こえる電車の音。
最初に煙を肺の隅々に届くように吸って、ゆっくり吐く。

そして鏡を見ながら慌てて髪を整える女性を眺める。

そうか。昨日、僕はバーを出て、その後、



泣いてしまったんだ。
2001年07月24日(火)  全てが今までにない体験。
いろんな辛いことがあったので、もう、自暴自棄な気持ちになってしまい、
自分を抑えられず、冷静になれず、周囲が見えず、
心臓の強い拍動が胸を伝って感じられ、胸も背中も汗で濡れ、
なにか重いものが、食道を昇ってきて、吐き気がしたり、

全てが今までにない体験。

自制が効かず、誰かに動かされているような。

自転車を思い切りこいで、急に止まって途方に暮れる。
夕陽は沈みかかっているが、沈むにつれ、人はどこからともなく現れる。
浴衣を着た女性、うちわを持ったお父さん、はしゃぎまわる子供達。
今日は、夏祭りがあるのだろう。

夏祭りへ向かう人波に逆らうようにして、自転車をこぐ。

どこへ向かえばいいのかわからない。
だけど後ろを振り返れば、また「何か」が繰り返される。

とうとう夜が更ける。
家には帰らず、バーに寄り、ビールを飲み、レッドアイを飲む。
飲みながら、涙をこらえる。
涙が出る理由なんてどこにもないのに。

全てが今までにない体験。

バーを出て、僕は途方に暮れる。
2001年07月23日(月)  今日は何の日。
今日、7月23日は、記念すべき25回目のバースデーです。
幸せ一杯の誕生日です。

周囲を見渡してみる。まず、右の棚に点滴3本と注射器が並んでいる。
そして、各患者さんごとの薬が入った箱。
基礎看護技術マニュアル�機銑掘I騨�学、脳神経外科、心理学、他数冊の本。
後ろを振り返ってみる。カルテが数冊。
左を向いてみる。心拍数モニターが特徴ある音を一定のリズムで刻み続けている。

みなさんはもう途中で気付いたかと思いますが、
そうです。私は、この記念すべき25回目のバースディの夜の日記は、
ここ、ナースステーションから実況中継をしているのであります。

手元には、このノートパソコン。左手にはカルテ。
実際、こんな悠長に日記を書いている暇はないのだけど。
今の時間を見逃すと、今日はずっと日記を書けなくなりそうなのだ。

先程、記念すべきバースディの記念すべきディナーを食べた。
夜勤の夕食は患者さんと一緒の病院食。
よって、今夜の記念すべきディナーのメインディッシュは、

豆腐ハンバーグ。

説明はいたって簡単!ミンチの替わりに豆腐を使ったハンバーグ。
「クレソンと鶏ササミのナムル風」なんて、恋人と行くちょっと洒落たレストランに出てくるような、
わけのわからない料理など病院食では絶対に出てこない。
明日はほうれんそうの和え物だし、明後日はナス田楽だ。
いや、それがいけないってわけではないけれども。

だけど、贅沢は言いたくないけど、誕生日くらいは、
せめて、せめて、豆腐ステーキにしてほしかった!!

余談だが、我が職場の病院食には、「豆腐ハンバーグ」と「豆腐ステーキ」が存在する。
その両者の明確な差は、誰も知らない。
というか、誰も気にしていない様子。
僕は、こういう曖昧な事実が大嫌い(黒と白を好み灰を嫌うということ)なので、
一度、栄養管理室を訪ねて栄養士さん(綺麗)に思いきって聞いたことがある。
この両者の差は何か。ということを。

そして、ここがさすが栄養士!私の長年の疑問に即回答!

「う〜ん。よくわかんない」

だってさ!
2001年07月22日(日)  3匹の子ブタ外伝。
3匹の子ブタの長男は、あの狼の一件が済んだ後も、レンガを積み重ね続けました。

その理由は、北風でした。
最近、北風が猛烈な勢いでレンガの家を吹きつけるようになったのです。
長男子ブタは毎日毎日、家の北側にレンガを積み重ね、北風から家を守り続けました。

北風は毎日、陽が暮れる頃にやってきます。
「ぷぅぅぅ〜!!」北風はほっぺたをおもいきり膨らませて、壁を崩そうとします。
「へへん。そんなの平気さ」
長男子ブタはレンガの家の中で暖炉に当たりながら自信たっぷりにそう言いました。

北風は、その冬の間、毎日やってきてレンガの家を崩そうとおもいきり息を吹き続けました。
長男子ブタは北風がやってくるたびに北側の壁を高くしていきました。

「もう、北風が10人やってきても平気だよ」
長男子ブタは狼も、北風もやっつけることができたのです。

寒い冬が過ぎて、春が来て、やがて夏がやってきました。
北風はもういません。

南から入道雲がやってきました。
入道雲は南風をレンガの家におもいきり吹き付けてみました。

北側の壁だけ強いレンガの家は、


あっという間に崩れ去ってしまいました。
2001年07月21日(土)  EKG。
休日明け。ナースステーションに颯爽と登場。自分なりの爽やかな笑顔。
だけどまぶたは腫れている。夜間に水分を過剰摂取した結果。

今日は病棟のリーダー。気合を入れて、今日の日程表を見る。
リーダーはこれを基に仕事を進める。
発熱者10名?やけに多いな。採血6名?夜勤者が朝のうちに済ませておけばいいのに。
点滴は・・・っと、3名?あら。ややこしいわ。
心電図14名!?お・・・おい!?心電図って昨日終わってるんじゃなかったの・・・!?
狼狽して後輩に訊ねる。異常に仕事量が多い。

「昨日、忙しかったんですよ。だから今日お願いしますね」

後輩、そっけない返事。思いやりもなにも感じられない。
医療職なるもの、まず見に付けなければならないのは思いやりのはずなのに。

「お願いしますね」
念まで押される。手伝いましょうかの一言もない。

余談だが、この心電図。1人で測定するのは、非常に労を要する作業なのだ。
機械の操作もややこしいし、記入も大変、
結果も「下壁梗塞の疑い」などわけのわからない言葉とにらめっこしなければならない。
この心電図測定の日と休日が重なったら結構嬉しいのだ。
予定では、昨日のうちに終わっているはずだったのに。

しかし、何かがおかしい。昨日の仕事の内容を書いているメモを取りだしてみる。
まぁ、忙しかっただろうけど、心電図測定が不可能な仕事内容でもない。
・・・おかしい。
心電図帳を取り出してみる。・・・!!!やっぱり心電図は昨日のうちに終わっている!!
ということは・・・また僕を騙そうとしている!!

そうか、そういうことか、また騙して、冷静沈着な行動がモットーの僕を慌てさせようとしているのか。
ふふ。そうは問屋が卸ろさないよ、後輩、先輩。こういう時に僕の真の力が発揮されるのだ。

ここからのムフフな展開は文字数の関係で省略。
とにかく、僕の大勝利で幕を閉じたわけだけど。
2001年07月20日(金)  な〜んてね。
1つの時間を共有して、笑い合っているけれど、
僕は、缶ビールを飲んでいるし、君はお気に入りのソファーに寝転んでいる。
僕は部屋に突然、飛び込んできて羽根を唸らすアブラ虫に怯え、
君は、部屋の片付けを始める。

それは、時間を共有していることと、時間を共有していないこと。

隔てているのは物理的要因。君は運賃360円の距離。
隔てているのはdocomoとau。君はiモード、僕はまだ3和音。

離れていても、共有しているもの。

それは、君の声色。
それは、僕の高揚。

たとえ、マフィアが襲ってきても君を守る。
これは、昨日見た「ロミオ・マスト・ダイ」で学んだ事。

君とアメリカは、命を捨てても守り通す。
これは、今日見た「パトリオット」で学んだ事。

共通するのは、君を守るという事。
僕は守って、君は守られる。君は守られて、僕は前に進める。

南十字星になる。
永遠に消えることのない星。永遠に夜空から動く事はない。
それは永遠の道しるべ。

こういうことは、さすがに、面と向かっては言えない。
携帯越しで話す利点はこういうところ。

いくら君の事を想っていても
「愛してる」
の一言も言えない。

その代替の言葉が、
「おやすみなさい」

自ら切った受話器を見つめ、考える。
また、言えなかった。たった一言。文字にして5文字。
「おやすみなさい」より2文字も少ない。

時間の共有を失った携帯電話を枕もとに置き、
言えなかった言葉を反復しながら夢の中へ入っていく。

だから毎日君が夢に出てくるんだね。
2001年07月19日(木)  ただただ書いてみる。
不安について書いてみたい。       やっぱやめた。

えぇと、将来について書いてみたい。     これもやめた。

やっぱり不安について書いてみよう。     やっぱやめた。

やっぱり将来について書いてみよう。    よし、そうしよう。やっぱやめた。

そろそろ読者の皆さんはイライラしてきたのではないかしら。
第3者による感情のコントロール。

実際、不安について書きたいのだけれど、ひどく漠然的なので、
活字で表すことができません。執筆的にも人間的にも力不足です。
人は何かしら不安要素を抱えてるらしいからね。確信は持てないけれど。

なんだか、さっきからおなか辺りが痒いのだけど、
掻いても掻いても、痒さの中心を掻くことができない。
イライラしてきて、胸の辺りを掻いてみると、そこに痒さの中心があった。

そんな感じの不安です。何か見当違いな事を考えているような感じです。
答えは、まったく違う方向にあったりするのです。
おなかではなく、胸の辺りに。

将来という概念に付随するものとして、不安という要素があるわけですが、
将来への展望が強いからこそ、不安もその強度に応じて表出してくるわけで、

あれです、あれ、空き缶を積み重ねたことありますか。
4・5個積み重ねて、失敗したとしても次頑張ろうという気が湧いてきますが、
10個20個積み重なった時は、達成感よりも、失敗したときのショックの方が大きくなるのです。

具体例、失敗しました。こんな事言いたいのではありません。

だけど、これに近いニュアンスです。

「うん。言いたいことはわかるよ」

こういう見当違いの具体例を出したときも、こういう答えを返してくれる人に、
私は、ものすごく心地よい感じを受けるのです。

未完成な僕を補ってくれるような。
2001年07月18日(水)  照れる隠れる。
真夏に髪をなびかせる春風のような

シャンプーの後に、もう一度シャンプーをするような

目覚ましよりも5分早く目覚めてすがすがしく感じられる朝のような

気に行った洋服を試着してサイズがぴったりだった時のような

エアコン内を掃除した後のいつもと少し違う涼しさのような

タバコを間違えて4個セットのボタンを押してしまった後々の嬉しさを感じる時のような

チューリップに包まれたてんとう虫のような

崖から落ちても衝撃を吸収する高精度のエアバックのような

1学期の終業式に書き記す夏休みの目標のような

クロネコヤマトの宅急便の出発のエンジンをかけるときのような

映画館でスタッフスクロールを最後まで見たときのような

涙の滴を濾過して抽出して再び涙腺に戻して洗練されるような

ある1人のシンガーの曲に惹き付けられるような

子春日に照らす真夏の太陽のような

プロ野球を生で観戦するような

日和見という読み方 紫陽花という読み方のような

そんな

女性を好きになりました。

素直に気持ちを表せない僕は、いろんな言葉で誤魔化してばかりです。

七夕は、終わってしまいました。
2001年07月17日(火)  というわけで、
後輩はパチンコばかりして、お世辞にも健康的とはいえない生活をしているので、
今日は、スポーツジムの健康診断に誘った。
日頃の運動不足を思い知れ。そして、仕事では僕の言うことをちゃんと聞きなさい。

健康診断の内容は、まず身長・体重・体脂肪・骨密度・肺活量・皮下脂肪測定と
小中学校でする運動能力テスト。簡単に言ってしまえば。
そうは簡単にいかなかったのだけど。

健康診断詳細内容省略。

2時間後、汗まみれで室内グランドに倒れこむ私と後輩の姿があった。
私なんて、貧血の症状まで出ている。目の前がだんだん暗くなっていく。
朝からサンドイッチしか食べていないせいだ。
後輩などは話し掛けても返事もしない。自分の息を整えるのに必死な様子。

「1時間後に健康診断の結果が出ます」

というわけで、1時間ただ息も切れ切れしながら待つのもみっともないので、
水着に着替えて、プールへ行く。
このあたりが無謀だ。貧血の症状が出ているのに、プールへ行くなんて。

案の定、プールではクロールする力も出ない。よく考えなくてもわかることだ。
早々にプールから出る。後輩なんて、水着に着替えたはいいが、
プールに浸ろうさえしない。ただ、プール脇のソファーで首をうなだれている。

1時間後結果が出る。

「あなたは成人男性の体力の115%です」

え?どういうこと?
「100%が100点満点だとすれば、115%は115点ということです」
インストラクターのお姉さん、わかりやすいのかわかりやすくないのかわからない説明をする。
兎に角、私はすこぶる健康だということだ。115点だなんてしっくりこないけど。

「あなたは瞬発力がずば抜けて優れています。サルみたいに」

このインストラクターのお姉さん、やっぱ変だ。
2001年07月16日(月)  桜島の怪。
ある女性と夕食を共にして、話をして、
笑って、泣いて(泣いてないけど)、怒って(怒ってないけど)、笑って(結局笑ってばかり)
あっという間に空には月が出て、日中に熱を持ったアスファルトを冷却する時間になっていた。

その女性は、私の住んでいるところと海を隔てているので、
悲しい哉、錦江湾。僕はフェリーまでその女性を送るのでありました。

桜島フェリー。夜間は1時間ごとに運行。乗り遅れたら1時間待ちぼうけ。
よって私達も待ちぼうけ。時間を有意義に使いましょう。時は金なり。

「桜島を一周しましょう」その女性。
「そうしましょう」内心ドキドキ。何と言っても私、方向音痴。西も東もわかりゃしない。

頭の中で地図を思い浮かべる。イメージだと右方向へ回旋を続けると、もとの位置へ戻ってくるはずだ。
なんだ簡単じゃん。桜島って単純明快!

そして出発。車内で聞くCDを替える。
なるべく明るめの音楽がいい。外は真っ暗なのだから。

あまり、自動車が走る必要性のない道路だからなのか、舗装が悪い。
ガクガクガクガク車が揺れる。ガクガクガクガク僕の足も揺れる。否。震える。
道路は右旋廻どころか、左へ旋廻している。どういうことだ?

「ねぇ、ここの道って間違えてんじゃ・・・」恐る恐る聞いてみる。
「大丈夫、大丈夫!」その女性、明るく応える。
明るく応えられると、不思議なもので、大丈夫のような気がしてくる。

しかし「大丈夫!」という言葉とは裏腹に道路は左旋廻を続ける。
道ももっと狭くなる。僕もいよいよ心細くなる。だけど顔には出さない。
なんてったって男だから。

「大丈夫、大丈夫!」その女性、そうとしか言わなくなる。
僕はいよいよ、疑わしくなる。本当に大丈夫なのだろうか。

と、思った矢先。出発地点に見事帰り着いた。
左旋廻は、どうやら気のせいだったらしい。いや、確実に左に旋廻していたけど。
たぶん、狐にでもつままれたのだと思う。

「ほ〜らねぇ〜!」女性が胸を張ってそう言う。
いや、君のことは信じていたけど、心の中で少しでも君を疑ったことを懺悔します。

〜後日談 7月17日〜

「昨日、桜島周ったとき、私、絶対に帰り着かないかと思った。
だって、あれ、ずっと左に旋廻してたでしょ。大丈夫!とか言ってたけど、
全然自信がなかったのよ」

僕は誰を信じれば!!
2001年07月15日(日)  セミと一緒に泣きましょう(後編)
「終わったー!!」仕事帰りにうちに寄った友人と大喜び。時計を見る。6時50分。
あと10分で郵便局が閉まる。郵政省に融通なんて効かない。
もとい、公務員相手は定時に帰ってなんぼなのだ。

「あと10分よ!!」友人せかす。
「ちょっと待っててね」服を着替える。切羽詰まっていても身だしなみは忘れない。
「あ。ファンデーション持ってない?」
「おいおい。あんた男でしょ」ボケと突っ込みも忘れない。

そんなこんなで6時55分。

「あと5分よ!!」友人、当然の如くせかす。
「こりゃ、いけねぇ」呆れるほどのマイペース。

車へ飛び乗り、暴走特急発車。
残り5分。信号1つつかまったらアウトだ。あとは神に祈るばかり。
数日前、コンビニでお釣りをちゃんと募金した事を神様は見てくれていただろうか。
見てくれいれば、残り5分の奇跡は当然起こるはずだ。

郵便局到着。時計を見る。7時00分。
車から飛び降り、走る。ふと上を見上げる。シャッターが降りてくる。
映画でいうとクライマックスのシーン。こういう映画的展開は現実にも起こりえるのだ。

シャッターが腰の辺りまで降りてきた時に、友人と2人で滑りこむ。
一歩間違えば、やってることが銀行強盗。

郵便局員、おもむろにいやな顔。
私と友人、おもむろにうれしい顔。

休日1日潰してまで、レポート作成に追われた初夏の1日は、
このような形で報われた。
今日は本当に心身共に疲れました。今夜は美味しいビールが飲めそうです。

「さぁて、何してもらおうかな〜」友人、意味ありげな笑みを浮かべる。

あ。忘れてた。

外は梅雨明けを知らせるミンミンゼミが鳴いていた。
いや、泣いていたのかも。

僕だって泣きそうな気分になってきたから、わかるんだ。
2001年07月14日(土)  セミと一緒に泣きましょう(中編)
友人。24歳。うちの近所の会社のOL。

あいつに頼もう。

とりあえず、レポートの下書きを終わらせる。レポートの内容に自分の考察など述べるひまはない。
偉い学者さんが書いた尊い言葉をそのまま掲載する。俗な言葉でパクる。パクパクパク。
時計を見る。12時30分。昼休みの時間だ。

友人に電話する。
「助けて下さい。なんでもするから。なんでもってことでもないけど」
こういう比喩が入った言葉に現実味のスパイスを入れる。そんなこと考えているひまないのに。
「なんでもー!?」友人が受話器で叫ぶ。
「なんでもー!?」って言葉が「ランデヴー!?」と聞こえた。慌てているのだ。

「僕が書いたレポートの下書きを、パソコンで清書してほしい。

会社で。しかも今日中」

「なにいぃぃ!?」友人驚く。そりゃそうだ。僕も逆の立場だったら驚く。
「なんでもするから」必死に懇願する。
「なんでもー!?」そして会話は繰り返される。

郵便局は7時に閉まる。7時までにこの32枚のレポートを提出しなければならない。
友人、しぶしぶ承諾する。さすが!頼りになるね!!
レポートの見返りに恐れながらも、切羽詰まっている私は、友人にレポートを届けるのであった。

外では梅雨明けを知らせるミンミンセミが鳴いていた。
いや、泣いていたのかも。
2001年07月13日(金)  セミと一緒に泣きましょう(前編)
精神医学、社会福祉原論、レポート総数32枚、レポート提出機嫌、7月13日。

・・・・・・7月13日!!

今日ってば提出期限!!えっと落ち着きましょう。こういうときは、まず冷静になって考えるべきです。
32枚のうち、何枚書いたかしら。1・2・3・4・・・16枚っと。16枚かぁ。よく頑張ったなあ。
2分の1は終わってるって事です。あと半分。あと半分かあ。何度も言うようだけど、

今日ってば提出期限!!

物理的にあと16枚仕上げるなんて不可能です。下書きして、パソコンで清書しなければならない。
1人じゃとてもできない。なぜ今まで余裕を持った学習計画を立てなかったのだろう。
こういう後悔の仕方は、小学6年の8月31日で終わったのではなかったのか。

金が欲しいと考えて銀行強盗を思いつくような短絡的思考を働かせ、思いきり悪いことを考える。
結果の為には手段を選ばない。悪いことでもしなきゃ、提出期限が過ぎてしまう。

ぽくぽくぽくぽく・・・・・・チーン♪(一休さん的思考)

タカタッタカタッタカタッタカタッ・・・一休どのぉ〜!!!(関係なし)

僕の頭の片隅に悪魔が登場して話しかける。
「あいつに頼むんだ!それしかねぇ!」
この際、もう1人出てくるであろう天使は登場しない。良心の呵責もあったものじゃない。
良心に咎められると大学の単位を失うのだ。
2001年07月12日(木)  ボクQ太郎。
ある女性と電話で話していた場面。
状況:深夜1時。小雨がしとしと降っている。

「私、オバケがダメなの」
「オバケ!!」

オバケがダメなのである。幽霊ではなく、オバケがダメなのである。
オ・バ・ケ。カタカナ3文字。日本語で書くと御化け。「化け」を丁寧に「御」をつけて御化け。

僕はオバケという響きに、恐怖感を求めようとするならば、ある一種の努力をしなければならない。
オペラントの条件付けみたいに、梅干を見ただけで唾液が分泌されるのとわけが違う。
オバケと聞いただけでは、鳥肌なんて立たない。

だけど、電話先の女性は、オバケと口で発したことに、様々な「オバケ話」を思い出し、
声と受話器を持つ手を震わせているのである。ただ事じゃないのである。

「そういえば、この前の夜勤の夜ねぇ・・・」
「キャァーッ!!」

こういう時、つい、サディスティックな本能が目覚めてしまう。
人の嫌がることはしないように。小学校で学ぶ教訓を思い出す。嫌がる事をしちゃぁ、いけない。
だけど、「幽霊」と言わずに「オバケ」と言ったことがなんだか微笑ましくて、可愛らしくて、
そんなオバケならば、僕が守ってやる。と、言いたくなる。

そんなオバケならば、ね。
2001年07月11日(水)  スポーツマンヒップ。
職場の先輩に誘われて、本日より社会人ソフトボールクラブに入部。
坊主という理由だけで「野球やってたの?」「どこ守ってたの?」と聞かれまくり。
坊主の人は皆野球をやってるわけではない。

初日なので、今日は見学だけと思いきや、早速「じゃぁショート守って」と言われて驚愕。
JRに就職した初日に「じゃ車掌さんして」と言われるのと一緒である。
そんなのできるわけない。と思いきや、いざ守ってみると、結構ボールは取れるものである。
「運動神経いいねぇ」毎週水泳に行っている成果がこんなところで出た。

次はバッティング練習。まずバットを短く持って、右へ左へ打ち分けてみる。
次にバットを長く持って、長打の練習をする。
見事連発ホームラン。なわけない。バッティングはやっぱり練習が足りない。

しかし、暑い。
プールじゃ汗をかいてるのかかいてないのかわからないけれど、
このグランドの上じゃ、泳いでいる時より全身びしょ濡れになる。
そしていつも使っていない筋肉を使うせいか、ところどころがズキズキ痛む。

「よ〜し、休憩」監督の声。やった。休憩!

ベンチの上のポカリスエットへ向かって一目散に走ろうとしたその時、
「キャッチボールしましょう」と声を掛けられた。
「はい。しましょう」僕は基本的に断れない性格なので、即座に応じる。
ポカリスエットを差し置いてまで、キャッチボールを優先する。

何度も言うけど、こういう性格は、損だ。
NO!と言える大人になりたい。

大人になりたいと言えば、ある女性に、
「渡辺篤郎みたいな大人になりたい」と話していたら、
「大人になりたいって、アナタ、もう大人でしょ」と言われた。

そうだった、もう大人だった。よく考えたら、よく考えなくても24歳だった。
もう「〜のような大人になりたい」だなんて言葉は使えなくなった年齢だ。

よし。

「渡辺篤郎のような『人間』になる」いかがでしょう。
「NO!と言える『人間』になる」こう言うと、その目的に達成する期限が『大人』に比べて曖昧になる。

「キャッチボールしましょう」
「NO!!」

やっぱ変だ。
2001年07月10日(火)  バカルディー的自己像。
職場の昼休み。弁当を食べながら「笑っていいとも」を見ていて、
「フフフ。フフフ。ハハッ」などと笑っていると、
後輩に「何でそんなに笑ってるんですか」と言われた。
ふと周囲を見渡すと、皆、熱心な表情でのり弁や唐揚げ弁当を食べている。
昼休みの優先順位は「笑う」よりも「食べる」ことを重要視している姿がそこにあった。

「いや、何でって、さま〜ずが面白いから」
「ふぅん。さま〜ずねぇ」

と、ちっとも興味なさそうに答えて、唐揚げを口に持っていく。
って質問それだけかよ!!と三村風に突っ込みたくなったが、いらぬ苦労などしない。
それでも僕は「笑っていいとも」が面白いので、ニヤニヤ笑っていると、
1人で笑っているのがなんだか馬鹿らしくなってきて、思わず後輩に、
「何でこんなにいいともが面白いのに、そんな仮面のような面をしてるのだ」と言ってみた。
「え、面白いけど、弁当食ってるから・・・」
と後輩は困惑した表情を浮かべる。

「じゃあ何か。恋人と食事してるときは、食べる事だけに集中して彼女を愛することができないのか」
「いや、それとこれとは別問題でしょう。そもそも彼女と食事をするってレストランとか・・・」
「じゃあ何か。唐揚げ弁当食べてたら、笑うこともできないのか」
もはや自分の型にはめ込もうと必死である。
「先輩。なんかちょっと変ですよ」

「だって、ほら、こんなにさま〜ずが面白いのに・・・」

僕はただ、皆と同じ感情を共感したいだけなのに。
2001年07月09日(月)  頭の痛みと月曜日。
昨日の夜から頭が痛くて、痛いというか、締め付けられた感じがするというか、
なんだかボンヤリするのは、バドワイザーの2缶目を開けただけではないような気がして、
早めに昨日は寝床に就いたのだけど、
朝、目覚めても、ボンヤリするのは、寝呆けているだけではないような気がして、
鏡の前に立ち、恐る恐る頭を振ってみる。

痛い。

もう一度振ってみる。

やはり痛い。

原因はわからないけれど、頭が痛い。月曜日の朝から頭が痛い。
今日から月曜日だと考えるとひどく憂鬱になって、鏡の前で首をうなだれた。
有給でも使おうかしら。と考える。

しかし、休む原因が頭痛だなんて、なんだかひどく疑わしく感じられる。
現に頭が痛むのだけど、頭痛で休みます。なんて言ったら、
本当に僕は頭が痛いのだろうか。と自分自身まで疑ってしまう。

耳から血が出たので休みます。とか、
タンスの角にぶつかって右足の小指の骨が折れたから休みます。
という理由だったら、見るからに正当な理由だから、休ませる方も納得するだろう。
一方は現に血が出ているし、一方は現に骨が折れている。
しかし、頭痛はどうだろう。今時の小学性の仮病の理由第一位に「頭痛」が挙がってる程である。

今月で25歳になる僕が小学性が考えつきそうな理由を使ってまで休むと思うと、なんだか大人げない。
いや、現に頭が痛いのだけど。

そもそも頭痛なんてのものは脳出血とか脳梗塞によって生じる麻痺の問題は別にして、
完全に主観的な痛みなのだ。
「私、今日、頭が痛いの」なんて、言われても、どの位痛むのか全然わからない。
「ふぅん。痛いんだね」としか言えない。
「私、今日、歯が痛いの」と言われると、「歯痛は耐えられないよねぇ」なんて心を込めて言えるけれど。

そんな事を歯を磨きながら考えた末、仕事に行く準備を始め、
頭痛は気のせいという結論に至るようにし、「病は気から」なんて事考えながら、
来るべく1週間を面前にし、時々顔をしかめて頭をさすりながら立ち向かおうとする僕の姿は勇ましい。

というかひどく格好悪い。
2001年07月08日(日)  昨日の続きではない。
最近は夜遊びが制限されていて、めっきり夜間は部屋で過ごす事が多くなったが、
夏の長い夜を6畳1間で過ごすのも、なかなか格別なもので、
衣類や本棚を整理したり、ただ寝転んで天井の染みを眺めて、「あぁ鳥だ」など考えてみたり、
冷蔵庫を何度も開けて、もしかして3回に1回くらいはジュースが入っているのではないかしら、
と考えてみたりする。

小説を読んでいると、携帯から「燃えよドラゴン」のテーマが流れる。
私の携帯の電話帳は男性、女性、家族、その他の4つのグループに分け、
それぞれのグループごとに着信音も分けてある。
「燃えよドラゴン」のテーマは男性からの着信を意味する。
ちなみに女性からの着信は「渡る世間は鬼ばかり」のテーマ曲。
実に渡る世間は鬼ばかりなり。

「金田一少年を見ろ」

友人は開口一番ワケのわからないことを言う。
どうやら「金田一少年の事件簿」のビデオを見て感動したらしい。

「そういう、自分の感動を無理矢理他人に押し付けるのは、よくない」
僕の好きな小説を他人が読んでも面白くないように。
「じゃあ、飲みに行こう」

全く話に繋がりがない。金田一少年を見ないと言ったら飲みに行こうだなんて。
「ボーナスが出たら飲みに行こう。今日は忙しい」
「忙しい?何をしている」
「寝転がって、小説を読んでいる」
「そうか、じゃ、また電話しろ」

友人は、私のボケに全く相手することなく電話を切る。
そんな友人、もう15・6年の付き合いになる。いわゆる幼なじみ。

僕は、まだ、この友人の全体像を把握できない。
2001年07月07日(土)  多重人格ではない。
人は誰でも2面性がある。裏と表。右と左。上と下。西と東。
相反するものがある。本音と建前。

日常生活を送るなかで、表の性格をそのまま表に出すか、逆に裏の性格を表に出すかでも2分される。

表の性格を前面に出す人は、建前人間で、
自分の中のデリケートな部分は、決して人には触れさせない。
裏の性格を前面に出す人は、本音人間で、
竹を割ったような性格と呼ばれている人がこの部類に入る。

どちらが表でどちらが裏かは自分が決めることなのだけど、

例えば、通りがかりの人に足を踏まれて、「ごめんなさい」と言われた時に、
痛いのだけど、我慢して「いえいえ、大丈夫です」と笑顔で答える人は建前人間。
痛いから我慢せずに「大丈夫です」と言いつつもその後「いてぇいてぇ」と言い続ける人が本音人間である。

いまいち説明不足。私が述べたいのはこんな事ではない。

では、本音人間と建前人間。どちらが社会生活に適しているか。
と問われると、やはり困ってしまう。
本音人間は建前人間が羨ましく感じるときもあるし、逆の場合だってある。

本音人間は自分を無防備にするがあまりにストレスを受ける面積も広くなる。
建前人間は周囲に同調しようとするがあまりにストレスが溜まってしまう。
ストレスという問題に大してはどちらのタイプも同じ程度の量のストレッサーが存在すると考えられる。

では、両者の決定的な差をは何なのだろうか?
それは私達が日頃、何気に行っている1つの動作を観察すると理解することができる。

              <続かない>
2001年07月06日(金)  曇天模様に思う事。
今日は久々に曇天模様で、少しは過ごし易くなるかと思いきや、
なんだか、湿気が多くて、じめじめしていて、
これじゃぁ、かんかん照りの方が、いいや。などと思ってしまう。

しかし、かんかん照りになると、じめじめしててもいいから曇ってくれないかしら。
と思うのは目に見えていて、こういうのは、
クラスメイトが風邪で熱が出て、学校を休むとうらやましいけど、
いざ自分が風邪をこじらせて熱が出て、喉が痛くて、食べ物が通らなくて、
寝ていても鼻水が溢れるように出てくると、
あぁ、まだ学校行って嫌いな算数の授業を受けてる方がいいや。
と思うのと一緒なのです。

「人間とは誠に勝手な哺乳類である」      ―コフィロビッチ

これはあのコフィロビッチの言葉です。実に当たり前な事を言っています。
しかし、こういう単純な格言は言ったもん勝ちのような感じがします。
僕が、コフィロビッチより1日でも先に(産業革命以前に)生まれていたら、
確実にこの言葉をこの口から発していたと思います。

「人間は考える葦である」             ―パスカル

こういう言葉は仮にパスカルより先に生まれていても思いつきません。
そもそも葦(あし)がいまいち何なのかわかりません。たしか植物だった気がするけれど。
植物だったとしても、なぜ葦を人間に例えるかわかりません。

「結構毛だらけ猫灰だらけお尻のまわりは糞だらけ」   ―車 寅次郎

これはあのフーテンの寅さんの言葉です。
何が言いたいのか全くわからないけれど、親近感は沸きます。
キン肉マンの「屁のつっぱりはいらんですよ」と通じるところがあります。
言葉の意味はよくわからんがとにかく凄い自信だ的です。

今日は話が横道に逸れ過ぎました。たしか天気の話をしていたと思うけれど。
コフィロビッチとかパスカルとか寅さんとか果てはキン肉マンまで登場して、
どうにも収拾がつかなくなってきたので今日はここまで。

ちなみにコフィロビッチなどこの世に存在しません。まったくの嘘っぱちです。
2001年07月05日(木)  ハエタタキ。
上半身裸で扇風機の前で「あ〜っ」と声を震わせて遊んでいると友人が遊びに来た。
素で1人で遊んでいたので、なんだか恥かしい。

「何してんのよ」
「見ての通りです」
「はい、ハエタタキ」
「?」
「あまったからあげる」

なぜか友人はハエタタキを私に差し出す。
ハエタタキは余ったら人に譲与するものなのか。譲与しようと思うものなのか。

「ハエ、いるでしょ」
「そりゃ当然」
「だったらはい、あげる」

とゆうわけでもらいました。ピンクのハエタタキ。何の変哲もありません。
我が家のハエタタキと違うところと言えば、それは未使用というだけです。

そしてこの糞暑い夏の夜にハエタタキ談議が始まった。
ハエタタキの先に、小さい棒が横一直線に並んでいるのは皆さんご存知だろうか。
これは一体何のために使うのだろうか。

「そりゃハエを叩いたらほうきみたいに使ってハエを掃くのよ」
友人は自信満々に言うが、いまいち説得力がない。
そもそもハエが死んだら、ハエタタキのグリップの方のピンセットのようなもので取ればいいのだ。

「ピンセットでハエをはさむ感触が嫌いな人がこの先で掃くのよ」
友人は一歩も引かない。
かといって僕もこのハエタタキの先を何に使うのか見当もつかないのでこの話題は早々に折れる。
何のために使用するかわかったところで、部屋のハエが減るわけでもあるまいし。

「この偏屈野郎」
上記のことを言ったらこんなこと言われた。
「うるせぇハエオンナ」
こんなこと言ったら未使用のピンクのハエタタキで叩かれた。

ハエよりもゴキブリよりも先に、哺乳類の僕が、一番最初に叩かれた。
2001年07月04日(水)  思考帝。
職場の昼休み、炎天下の中、後輩とキャッチボールをした。
途中、あまりの暑さに倒れてしまうかと思った。
なぜ、倒れる寸前までキャッチボールをするのか。
答えは、ただキャッチボールがしたかったから。答えになってないようだけど、
人間の思考ってこんなものです。

仕事帰り、先輩と後輩とバッティングセンターに行った。
最近、バッティングフォームを変えたら面白いように打てるようになった。
後輩は筋肉質で、バッティングは巨人の清原を想像させる。
力任せに打つ。奇声をあげる。高めの球には手を出さない。
僕は、どちらかというと1・2番バッタータイプだと思う。
バットを短く持って、右へ左へ流し打ち。

先輩の勧めで来週から先輩が所属するソフトボールチームに入部することになった。
メジャーでも目指してみようかしら。

アパートに帰ると一気に疲れが襲ってきて、ソファーに横になるなり熟睡してしまった。
恐い夢を見て、飛び上がるようにして目が覚めた。
友人が死んだ夢を見た。あまりにもリアルだったので、心配になって
友人に電話をして、元気な声を聞いてホッとした。

とても不吉な予感がしたけど、シャワーを浴びたら一緒に流れ落ちるくらいの予感だった。
風呂上り、エアコンの効いた部屋に戻り、鼻歌など唄ってやがる。
さっきまで、不吉だ不吉だ、とどこかの占い師のように連呼していた私が、
1時間後にはこれである。

人間の思考ってこんなものです。
2001年07月03日(火)  184の女性。
最近、携帯電話を変えた。
携帯電話を変える度、周囲には決まって「携帯嫌いのくせに」と言われる。
「勉強は嫌いだけど、勝手に学年が変わるでしょ。それと一緒です」
と言うようにしている。僕だってたまには携帯電話を変えたいのだ。

中には今の携帯電話に飽きるたび、新規で契約しなおして、
次々に電話番号を変える友人もいるのだが、あれには参る。
電話帳に登録していない携帯番号から着信があっても僕は知らんぷりをしているので、
結局は相手も自分も困ってしまう羽目になる。

しかし、「番号非通知」が表示されると、僕は電話を取らざるを得なくなる。

僕の電話にかかってくる「番号非通知」は、昔の彼女からの電話なのだ。
もう何年も前の彼女。僕が携帯を持ち始めた時代の彼女。
僕はその頃から携帯番号を変えていない。

数年前のとある約束。

その昔の彼女だけ、僕の携帯番号を知っている。
僕は彼女の携帯番号は知らない。よって僕からは彼女に電話はできない。
彼女が僕と話をしたい時だけ、「番号非通知」の名のもとに電話をかける。
僕は彼女の電話番号を知ろうとしないし、知ろうとも思わない。
こういうことは、終止符を打った1つの恋愛の1つのルールなのだ。

もう、何ヶ月も「番号非通知」の文字は僕の携帯に表示されないのだけど、
別に表示されることを期待しているのではないけれど、
あの恋愛を再び取り戻そうとは尚更思わないけれど、
やはり、自らの番号を隠してまで私に何かメッセージを送る、昔の彼女が、
私の携帯電話の新規契約という方法で、その関係が途切れると思うと、
なんともやるせない気持ちになる。ほんの小さな問題だと思うのだけど。

・・・・・・・

「携帯嫌いのくせに」やはり、友人は私の新しい携帯を見てそう言った。
僕はいつまでも古い関係を精算して、新しい境地に踏み出しそうで踏み出せないでいる。

そんな理由で、私は番号を変えずに、携帯の外見だけでも新しく見せようとしているのです。
2001年07月02日(月)  達成を補うもの。
仕事帰り、プールに行く。

先週、プールの中で中学校の同級生と久々に会って、気分は中学生のまま、
体育の水泳の自由時間の如く、じゃれ合っていて、水中でキックとか、
パンチとか、頭突きとか(同級生、これでも女性)くらっていたら、
左足首を負傷してしまって、それ以来、平泳ぎで100mほど泳ぐと、激痛が走るようになって、
もっぱらクロールのみになってしまった。

今日も平泳ぎは程々にして、ずっとクロールで泳いでいたが、クロールだけでは
体力が持つわけも無く、早々と引き上げた。

水泳に行き始めた本来の目標である腰痛完治(職業病)は、ほぼ達成されたと言っても過言ではなく、
最近は、患者さんを持ち上げる時も、特に苦痛を感じなくなった。
水泳万歳である。

しかし、この左足首の疼痛は、水泳をしている限りでは治るどころか、ひどくなる一方のような気もする。
腰痛完治の代償は、意外にも左足首であった。

今日の文章は、なんだかひどく危なっかしい。
自転車に乗り始めたばかりの小学生のような文章だ。なんだかフラフラしている。

本日の水泳と同じく、今日の日記も早々に引き上げることにする。サヨナラ。
2001年07月01日(日)  昔の彼女と女房と。
休日。部屋に差し込む太陽の陽射しで目が覚める。
そもそも、こういう目覚め方が人間として自然なのだ。
夜明けと共に目覚め、夜更けと共に休む。古代の人達はみんなそうしていたそうだ。
しかし、現代人はちょっと違う。
部屋に差し込む太陽の陽射しで目覚めると、もう、正午前だった。

今日は別に予定もなかったので、ゆっくり歯を磨き、洗濯をして、布団を干した。
結婚をすると、晴れた休日の朝は奥さんがかける掃除機の音で目覚めるそうだが、
そんな音で目覚めるのならば、僕は結婚生活などいらない。
ま、それが幸せというものだろうけど。

お腹が空いて、おまけに昼食を作ってくれる奥さんもいないので、
近所の喫茶店へ食事に行く。カルボナーラ。
うちの女房がつくるパスタの方が美味しいよ。
と、言えるまで僕の人生が進んでいないので、このカルボナーラが一番美味しいということになる。

食後の珈琲がすこぶる遅かったが、少しの事で奥さんに文句を言うような亭主になりたくないので、
黙って待つ。食後20分待つ。

食後、図書館に行く。レポート作成。今日は日曜日なので中高生が多い。
学習室も自習中の教室のような雰囲気を醸し出している。ザワザワザワザワ。

こういう時、学校の本当のクラスならば、委員長クラス、もしくはハカセクラスの人が突然立ち上がり、
「静かにしなさいよ!」もしくは「静かにして下さい(怒り抑えたモード)」と言って、一瞬静かになって、
次の瞬間には、ボソボソと委員長クラス、もしくはハカセクラスの人の悪口を言うのであるが、
ここは図書館、公共施設。右も左も知らぬ人。

僕はただ、鉛筆を手の平で回しながら、高校の頃の、彼女の顔を、必死に思い出してました。

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