窓のそと(Diary by 久野那美)

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2004年11月22日(月) 無事に戻ってくること。

「宇宙への旅」という言葉で想起されるもの・・・。

「人類の夢」「ロマン」「科学の可能性」「遠くへの希望と憧れ」・・・
私は遠くにあるものがとても好きだし、宇宙がとても好きだし、「科学」という言葉に大きな魅力を感じる。
だけど。そういうものをロマンチックにおおらかに享受することができない。
私にとってのそれは、絶対的な緊張感を伴う、なんというか、もっときりきりと微妙で繊細な「何か」なのだ。

特にそんなこと、気にかけてもいなかったのだけれど、
「月のひつじ」という映画を見て気づかされた。
ちょっと、くらっとした。

それは人類が月面着陸する日の物語。
月面からの映像を受信した、小さな村の大きなパラポラアンテナの物語。
科学は成功と豊かさと可能性の象徴としておおらかに描かれていた。
世界中のひとたちが、その成功を享受した。
人類が月面着陸する、その瞬間を、多くの人たちが目を輝かせて見ていた。
宇宙に対する根本的な世界観の違いを目の当たりにして戸惑った。
戸惑ってしまう自分にショックを受けた。
35年前の現実は、私にはSF映画の中の未来の世界のように見えたので。


<こんな風に、宇宙を見上げる人が、「かつて」、いたのだ・・・・。>
<私は「まだ」その中にはいなかった。>
そして、
<「今ではもう」、人々はそんな風に宇宙を見上げたりはしない。>
う〜ん。この奇妙な感情は何だろう?
私は・・・・・・・・悔しいんだろうか?


         **********

子供のころ、私がリアルタイムで見た「宇宙への旅」は、そういうのじゃなかった。だって、あのロケットは、爆音と炎に包まれて木っ端微塵に吹き飛んでいった。スローモーションで何度も繰り返す鮮明な映像が記憶の底にある。
世界中が希望と期待いっぱいで見守る中、あのロケットは旅立ったきり二度と帰ってこなかった。
そういう時代に、私は大人になった。

宇宙へ行くことができるロケットは宇宙へ行くことができずに二度と帰ってこないこともある、ということを人々が知ってしまってから、私は大人になった。

私よりずっとずっと昔の時代に空を見ていたひとたちが、まったく反対の記憶を持っている。彼らが宇宙への原風景として持っているのは、不鮮明で無彩色で、だけど安心と豊かさと希望だけを圧倒的なスケールで伝えてくる映像の記憶なのだ。映画の中の人々は、そのロケットが月へ行けないかもしれない、なんて考えたりしない。とても無邪気に、過去の栄光と未来の可能性を信じていた。

だけど。
理不尽だけれど不合理じゃない。
この順序は、実は、矛盾しない。
失敗に先立ってあるのはいつだって成功の記憶なのだ。
きっと。

成功だけが想定される時代に宇宙を見上げることができなかった者が生涯見あげることのできない宇宙が、映画では素朴に淡々と描かれていた。
それに、・・・・・・・・・くらくらした。

           ************

だけど、こんな風にも考える。
いつの時代にも、<その先>を知っているひとはいたのだ。
そのひとたちが、怯え、祈り、覚悟することで世界は大きくなってきたのだ。
熱く見上げるだけでは、ロケットは月へは届かないのだ。

小さな村の女の子に、
「(月について)そんなに何もかもわかっているのなら、何しに行くの?」
と聞かれて科学者は答える。
「ひとつだけ、わかっていないことがある。それは、『本当に行くことができるのかということだよ。』」

月での実験の可能性をわくわくしながら模索するひとびとに、宇宙飛行士はつれない返事をする。いらだつインタビュアーは尋ねる。
「では、今回のプロジェクトにおいて、あなたのいちばん大切な役割は何なんですか?」
「無事にもどってくることだ。」

当時はきっとレトリカルに響いただろうその言葉の意味をみんなが理解するのは、何十年も先のことだ。そして、「今ではもう」、人々はだれも、その台詞を気の利いたユーモアだとは思わない。


翻って思う。
今、世界のどこかで誰かが怯え、祈り、覚悟を決めていることがあるのかもしれない。世界は「まだ」、ロマンチックに素朴に大らかに、その「成功」を信じている・・・。
此処もまた、ノスタルジックなSF映画の世界だったりするのかもしれない・・。



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