書き散らし

2001年09月02日(日) おにび






 もう日が暮れる。

 谷あいに家々のごちゃごちゃと建ち並ぶこの街は大半がもう夜に沈んでいる。
 その谷底にあたるこの道はすでに真っ暗だ。斜面は押し合いへしあいして生える茸のように隙間なく建物で埋められている。下から見上げると圧迫感があり、井戸の底にでもいるかのようだ。
 その暗い路を、ぽつぽつ浮かぶ街燈を避けるように人影が二つ、後になり先になり歩いていく。

 「なぁ、なあってば!」

 すいっと追い越した影が明かりの下に出て、後ろを振り返り言った。金の頭に山吹色の上下。なんだか派手な色あいの、少年だった。
 「…なんだよ」
 灯りを避けたままもうひとつの影が派手めの少年を追い抜かす。明かりのそばを通ったその姿はまた少年で、闇色の頭にシャツだ。
 「ちょっと待てって!」
 暗がりに沈んだ少年をまた金の頭が追い抜かし、ひとつ先の灯りの下で止まる。
 「あのさ、もうすっかり夜じゃねぇ?」
 光の丸く切り取るその際で黒っぽい少年は腕組みして立ち止まった。
 「いま日が沈んだとこだ。飽きたのか?」
 顎で示したはるか小さく見える空は確かに、うす紫と燃えるようなオレンジで、未だ夜ではない。
 「違ぇってばよ!明日で任務は終わりだろ、今日まで粘って駄目なんだぜ!見込みは」
 「頼んでねぇ。一人で帰ってもいいんだぜ。」
 腕組みした方がそっぽを向く。
 「あぁ!?」
 金の頭がいきり立つ。
 「おまえが勝手に付いて来てんだろ。」
 ふ、と鼻から息だ。煽ってるのか。
 「おまえが!おもしれぇもん見れるッて云ったから付いてきたんだってばよ!」
 腕を振り上げ、金の頭はびしりと指を付きつけた。
 「しつこく聞くから答えてやったんだろ。」
 「ンだってば!?サスケ!」
 やるかぁ!?と金の頭が拳を固めた。

ぐげっ
 ぎゃあ、ぎゃ――あ


     ぅア―――、ア――――――‥‥



 路地に耳障りな鳥の鳴声が響いた。

ばさり、ばさばさと羽音がして鳥達は去り、子供は二人して姿の見えない鳥の行方をぽかんと口を開け目で追った。

 「…ナルト。おまえ、幽霊っているとおもうか?」

闇色の頭が金のに言う。さっきまでの態度はどこへやら、ナルトはただびっくりしてサスケを見、

 「うえっ!?な、なんだってばよ?」

 「奴らは」

影から半分、明かりの下に出た。

 「これと決めた人間を、どこへだって追いかけて来るんだ。自分が何にも出来ないもんだから、生きてる人間に纏わり付くんだ。」
  
 「な、なんのことだってばよ」

 「オレはあの世なんて信じない。生きてる人間こそが、この世を支配するんだ。」

 「………」

 「黄昏時、この路地に誰でもない幽霊が彷徨いては路地を抜けるまで通り掛かりの人間に纏わり付くそうだ。そのとき、幽霊の気に入れば、質問に一つだけ、答えてくれるんだと。」

 「あの世なんて信じないんじゃないのかよ」

 「そうだよな、おかしいよな。」

 「ちっともおもしろくねぇよ」

 「…」

 舞台のように、ぽっかりと浮き上がった灯りの下、少年たちは隔たりを計りながら立ち尽くしている。

 「オマエ、何訊くつもりだってば?」

 「…訊いて、どうするよ」

 「どうもするかってば。…おまえ、アニキの行方でも、訊く積もりなんじゃね?」

 金の少年は俯いて云った。

 「……」

 暗い路地は人通りもほとんど無い。じりじりとした沈黙が二人を追いたてる。

 闇色の少年は何も云わない。

 金色のほうも、俯いたまま、立ち尽くした。



 「あっ」

 ナルトが不意に声をあげた。

 つられてサスケも顔ををあげると薄暗い路地の明かりの向こう、ひらりと影が踊った。

 「いた!?ほんとに?」

影の消えた路地をめがけ、駆ける。

 「ほんとかよ!」

 二人は影を追い、走る、走る。





 「待てよッ…訊きたいことがッ」

 わずかに先んじたサスケが影に追いすがり、その肩を捕らえる。

 影の振り向く瞬間、ぱちりと何か音がした。























さすけ







  さすけ
 
    さすけ…

 

 かあさん…とうさん…?



さすけ………


まだあのこをこちらにおくってはくれないの…


 ごめんなさい、まだなんです…




ああ、あのこはいったいなぜ…


 わかりません、ちっとも、わからないんです…




あのこは優秀だった…われらの期待を叶えてくれそうだった…


 がんばってるよ、にいさんほどでなくたって、オレ、がんばって…


あああ、どうして、なぜなの…………!


 もうちょっと待ってよ、そしたら……


まてない…!いっそのこと…………

    さすけ!?

 いやだ、そんな…

    サスケってば!!





 ………??


    サスケ!

 …………?

 「サスケ!起きろってば!」


ばちん、と鈍い音がする。

 「もっかい、いくか…」




 「やめろ」


 かなり本気で頬をめがけてきた手をサスケは掴み、云った。

 「あれ、おきた」

覗き込むナルトはほっとした顔で、しかし残念そうに云った。


 「おまえ、おどろくなよ?」

妙に声を潜ませ、ナルトが云った。身振りで周りを見てみろという。

 「!?」

 周りはゆらゆらとうごめく鬼火でいっぱいであった。

 「おまえ、あの鬼火に群がられてたんだぜ。水をぶっ掛けたら、あいつらは退いたけど、おまえってばなんかうわ言云ってるし」


 サスケは起きあがった。身体のところどころが濡れている。

起き上がった身体の後ろにふらふらと鬼火がやってきた。身体を硬くして見守る。

 「?」

鬼火はなぜか、サスケの腰の当たりにやってきてうろうろしている。

 「オマエ、バックに何もってんの?」

ナルトが云う。

ナルトは握り締めた水筒で鬼火を追い払いながら訊く。

 「何って…」

バックパックを探ると手に濡れた感触がする。
取り出すとフタの開いたマーカーとそのインキに染まった布が出てきた。
 
 「…?」

サスケがバックの口を開けると鬼火がこちらに引き寄せられるように集まり出した。
マーカーと染まった布を放るとそれをめがけ、鬼火が集まってきた。

 「なんなんだ?」

目を凝らし、それらをようく見てみると、それらは淡く発光する蛾の集団だった。
辺りを見遣ると自分たちは路地を抜けてしまったらしく、あたりは風景が変わってい、街の終わる山に入る坂の途中、あたりはまばらに木々の在る寂しげなところにいた。

 「ようく見てみろ。あれは蛾だぜ」

サスケは自分の水筒の水で目と、鼻を洗い流す。目を細めたナルトにもそれをさせると

 「うぇっ」

気持ち悪そうに退けぞった。

黄緑色の、手のひら二つ分はあろうかという蛾たちがはたはたと飛びまわっている。

サスケはあるマーカーのインクにある種の蛾のメスの出す分泌物と似た成分があるとおぼろげな記憶を探り当てた。蛾のオスが、それを頼りに数少ないメスをめがけ、はるか遠くからも集まってくるという事も。何日もここらをうろついていたのだ。だからだろう。

きっとそうに違いない。

 「きっとあれの燐粉に毒があるんだろう、またやられないうちに、帰るぞ」

 「え、いいのか、もどって?」

ナルトがびっくりして云う。

 「戻るぞ」


転がったペンと、布地にどんどん黄緑色のものが集まってきている。
なんとも気持ちのよくない光景だった。









 「なぁ」

走り、戻りながらナルトが云う。

 「おまえは何見たんだってば?」


蒼い目がじっとサスケを追う。


 「なんでもねぇよ」


 「…オレは、いっぱいの目が俺をじろじろ見るのを見た」

ナルトはそれだけいい、前に目を戻した。
再び路地に差し掛かり、ぽつりぽつりとうかぶ寂しげな街燈が見えた。

 「……オレは…もう死んだ人に会った」

 「なんかわかったか?」

 「いや。なんも」

 「ふうん。オレ等は、ユーレイの奴のお気に召さなかったんだな、きっと」

 はぁ、とナルトが上を向きため息をついた。

 「あ〜あ、もう星が出てら。はやく戻んねぇと」

 サクラちゃんがいっくら長風呂でも急がねぇと出てきちゃうって。

 ナルトが笑った。

 空は闇色でどこからどこまでがほんとに見えているのか、解りづらくなっていた。

 サスケは笑いはしなかったが、

 「だな。腹減ったしな」

 とだけ云った。



 















 

 




【終始一貫してわからないお話ですね。最初は落ちがものすごく暗かったのになぜか変わってしまいました。スリーマンセルをやっているときのお話です。サスケは愚痴は言わないでしょうが。】030102



2001年09月01日(土) 一瞬の命の味わい


【一瞬の命の味わい】


   朧月に見蕩れながら温くなった麦茶を口に含んだ。
「いい月ですよ。此処に来て一緒に見ませんか…」
奥の部屋に向いて声を掛ける。視線を戻すと月に影のような雲がかかっていた。

「ああ、雲がかかってしまいましたね」

さわさわと風が吹き髪を揺らす。窓辺から見える向かいのケヤキの木も穏やかに揺れている。奥からやってきたあの人は風呂上りの身体に細かい汗を浮かべ、その手には表面にやはり同じように汗をかいた缶ビールを二本持って、窓際のベットに腰を下ろした。
「さっきはほんとにいい感じの朧月だったんですよ。うん、なかなかいい感じでした。ほんと、一瞬なんですよねぇ。あ、雲が切れてきましたよ…」
月を見上げる。薄紙のような雲が流れて行き、さぁっというふうに柔らかい光が辺りに満ちる。さっきの雲がまるで月を磨きこんでいったのかと思うほど、明るく澄んだ光だ。とてもきれいだ。さっきのも良かったが今度のもとてもいい。見惚れていると肩を抱かれた。

「月に見蕩れてるあなたに、俺は見蕩れます。」

耳元で囁かれるその声に、自分を見詰めるその視線にうっとりする。その視線で陽の光にあたったみたいにぽうっと熱くなる。

「…いま。あなたを抱いていいですか?」

月の翳らないうち。その囁きで肩頬を撫でられそっと押し倒された。…くらくらする。頷きたくなる。でも。
「あぁ。また翳ってしまいました。」
月を指差す。彼がその先に視線を向ける。
「ねぇ、ビール飲みませんか……」
自分の月を差した指に口付けながらうんともううんとも聞こえる答えをする彼。
「ビールの飲み頃は一瞬ですよ…ねぇ、いまでしょう。」
窓枠に置かれたビールの表面につつうと水滴が伝う。
「ビールはまた冷やします。俺はいまあなたを味わいたいんです。」

自分に覆い被さりながらこんなことを言う。

「一瞬も、惜しいんです」

 薄い汗の匂い、明かりを落とした部屋で目だけがうす青く、強い光でもって自分を捕らえている。もう横たわっているにもかかわらず身体全体が傾いでどこかへ落ち込んでいく。そんな感覚。























ああ。


やっぱりだ。




酒よりも月よりもこの人に酔わされる。




自分と、彼と。

この一瞬の命の味わいに。




















【題名だけSF短編から貰ってます。】


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午陸 [MAIL]