薔薇園コアラの秘密日記

2004年03月31日(水) LOVEサンプラザ中野

 い、今、サンプラザ中野でてた。NHKの朝の連ドラ「天花」で。

 許婚(?)の龍之介がはいった本屋さんの店員さんが、な、な、なんとサンプラザ中野だった! エプロンつけてレジでおじぎしてたよ。
 
 実は実話。私ネェ、サンプラザ中野の大ファンだったの。
(過去形にしちゃったよー)サンプだけじゃなく爆風スランプが好きだった。
 ミーハー的にコンサートもいったことあるし、写真集も持ってるもんねー。
 
 カラオケにいけば、必ず片っ端から歌ってくる。「リゾ・ラバ」とか「大きな玉ねぎの下で」とか。

 「天花」の偶然みたシーンがサンプだったから、感激ひとしおだったよー。
 一時期太ってたのに、また痩せたねー。
 背が高いから、どっちにしろNiceだよん。

 ふふふー、また、爆風スランプのCDでも聞き始めよっかな。
 うふ〜ん、サンプぅ〜


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2004年03月29日(月) 不機嫌な一日

 ちょっとした連絡ミスで、というか先方の勘違いで約束がキャンセルされてしまった。

 今日一日の予定が大幅に狂ってしまったよ。。。スケジュール的にはどうだってよかったんだけど、心のほうがすっきりしない。

 そんな心のままで原稿に向かっても、今ひとつののり。すっと中にはいっていけない。あせってはいけない。締め切りなんてないのだから。
 脳内の周波が切り替わるのをまとう。

 以前はいやなことがあったら、その反動というか、別世界への現実逃避でがんがん筆がすすんだものだけど、最近は、現実に則して清く正しく暮らしているせいか、どうも雑念に左右されてしまう。実際に、人というものは常日頃飽きもせず凝りもせずつまらぬことをあれこれ考えているものだ。まったく。

 今晩は早めに夕食を済ませ、暗くなるまで窓の外を見て過ごす。(私、窓際族だからね)

 空に向かってストレスを吐き出して、ふっーって吹き飛ばしたら、空の向こうに飛んでいっちゃうかな。

 ふーっ、それっ、ふーっ! 

 もう二度と私の心に沈殿するな! ふーっ!! 



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2004年03月28日(日) ウィークエンド

 サマータイム初日。

 ゆっくりめの朝食。
 子供ら、春休みの宿題、ママ、あまり筆の乗っていない創作の推敲。
 パパ、「どうぶつの森」。

 近所にショッピングセンター「BLUE CITY」が、先日11日にオープンしたらしいときいて、昼からいそいそと出かけていく。
 が、いきなりCLOSED。オープンは3月31日という横断幕。

 以前、日本語を話すポーランド語の先生が教えてくれたんだけど、私、「オープンは、3月(さん)じゅーいちにちデス」と、聞き違えたらしい。

 ご飯を食べに、ソビエスキーホテル近くの中華レストラン「香港村」へ。
 家族で中華を食べにいくことは滅多にないけれど、アジア人の知人がここを進めてくれたので試しにいってみた。

 内装が全くアジア、アジアしていない。ふつうのイースターの飾り付けがしてあって、ヨーロピアンにおしゃれな雰囲気。パパは三年前に来たことがあるそうだけど、その頃とは店舗を改装したらしい。
 
 私たちは、中華の食通ではないので、オーソドックスな麻婆豆腐とか、エビの炒め物ぐらいしかオーダーしなかったけど、まわりのポーランド人はグリルを頼んでいた。おいしそうだったなー。点心もおいしかった。本格的ではなかったけど、インターナショナルに受ける味。ふふふ、またこよう。

 それから、清二の部屋のカーペットを買いに、ショッピングセンターのJUPITER CENTRUMへ。ここには家具屋が多い。
 そういえば我が家の家具のほとんどはここで購入した。

 久々に来てみたら、新しい店が増えていた。供給があるということは需要もあるんだろうなぁ。ポーランド人もお金持ちが増えてきたんだなぁ。 
 
 帰ってきたら、やったらと眠くて、夕方からベッド直行。
 起きたら「新撰組」が終りそうだった。あはは、いっぱい寝てしまった。
 家族は、まぜりゃんせの明太子スパゲティを食べてくれた模様。
 
 私はいまだにお腹いっぱいだよぉ。たべすぎたー。
 でも、あのレストラン、後々まで舌に化学調味料の後味が残らないから、ほんとうにおいしいのかも。いいお店発見。

 清二、いつの間にか一人でベッドにいって、寝てしまった。
 部屋を独立させたら、寝るのが早くなったようだ。

 理人は、寝る前にレゴを片付けてから寝なさいね。

 さてと、目が覚めてきたママは、これから何しようっかな。



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2004年03月27日(土) あなたは誰?

 昨夜、リビングのソファでちょっとだけうたた寝をしてしまった。

 私は、ちょっとでも眠くなったら、そのままベッドに行って横になるので、ソファの上でうとうとするのはホントにめずらしい。
 よっぽど疲れていたのだろう。

 夜遅く、パパがバスタブにお湯が入ったからと、私を呼びに来た。
 (うちはいつも一緒にお風呂に入っている)
 
 うとうとーっとしていた状態からパッと目を覚ますと、目の前に背の高い人が立っている。
「だっこしてー」
と言って、その人に手を差し伸べた。

 そこで、気が付いた。
「げ、なんだ、パパか」と。
パパだったら、抱っこしてくれなくてもいい。いきなり正気に戻ったよ。
 折りしも、お風呂にはいれる状態で呼びに来てくれたから、特にそういうときは抱っこなんかしてもらいたくなんかないや。

 うーん、それにしてもだ。
 私は誰に向かって「だっこしてー」などといったのだろう? 
 千代大海とか、京極夏彦とか、いかりや長介とか、長嶋茂雄とか。多分、最近メディアをにぎわしている人かな?
 
 私、おいしい夢でも見てたのだろうか? 
 うーん、だれだろ。気になるなー。自分のことながら・・・。



2004年03月26日(金) 心も春

 今日のワルシャワは気温が上がっても5℃ぐらいだったのかな。
 空も一日中、重そうだし、すっきりしなかったみたい。

 でもね、私自身の心は、春がきたみたいにすごく軽くなったよ。

 今日は、ポーランド人の知り合いに紹介してもらって、美容院に行ってきました。
 
 店の構えはやや古めで、いちげんさんだったら、入りにくい雰囲気だった。美容師さんはキャリアをつんだベテランおばさん。素人に毛が生えたようなわっかいおねぇちゃんなどではない。しかも、その腕はかなりの折り紙つきらしい。
 
 あっという間に、私の髪の流れぐせを利用して、顔に似合うようなヘアスタイルに整えてくれた。うーん大満足ー。
 
 シャンプー・カットで、35ズオティ。日本円で千円ちょっとぐらい?
 他のところで、わっかいキャリアのないおネェちゃんにしてもらったら、
100ズォティもするのに。

 ぱっと見、10歳は若々しくなった。えへへ、私、30前後に見える?
 じゃぁ、今度は、メークも若々しくなるよう気をつけよう。
 
 でも、この体型。。。ううぅぅっ、ぽーっちゃり。
 おばちゃんてこと隠しきれない。40女の体型はどうしようもないです。
 がりがりした体型は貧相に見えるけど、私のこれは太りすぎ。
 
 私は比較的顔が小さいので、それほど太って見えないけど、体脂肪率が高い。最近、特に。ぷよぷよしている。体を動かさなければ・・・。

 で、帰り道、車の中でふと頭をよぎった。
 以前、個人トレーニングを受けていたテニスコーチに、もう一度コンタクトを取ってみようか・・・と。

 ちょっとだけ回り道をして、テニスコートに寄ってみた。かれこれ二年ぶり。
 屋根つきのサンドコートは、閉鎖されており、4月1日から利用可。
 オープン間近なので、赤土できれいに整備されていた。でも誰もいない。

 見覚えのあるコーチの車があったので、受付で尋ねてみると、親切なお兄さんが横の体育館に案内してくれた。
 私は、冬期間テニスをしなかったから知らなかったのだけど、そこには冬季用のテニスホールも一面だけあったらしい。

 久々に、じいさんコーチ・ボグダン氏と再開。
 かつてポーランド語がほとんど聞き取れず、とにかく見よう見真似でレッスンを受けたものだけど、いつしか私も、ちょこっとぐらいならポーランド語で会話もできるようになっていた。じいさんに大歓迎を受けた。

 早速、レッスンの予約。木曜日より。
 それまでに、ジョギングをして足腰の準備をしておきます、と約束して体育館を後にした。
 
 そこでは、エアロビクスもしているそうだ。今度いってみようかな。
 
 うぉっし〜、これから体を動かすぞう〜。

 さぁ、ゴルフシーズンも間近だぞう〜
 



2004年03月25日(木) 小学校4年生の算数

 さて、問題です。

「長さが50�僂離董璽廚�5本あります。このテープ全部を、のりしろを2�僂砲靴討弔覆阿函∩澗里猟垢気浪伸僂砲覆蠅泙垢�?」

×理人:不回答

×ママの答え:
 (50−2)×5=240   240��

◎正解:
 50×5−2×(5−1)=242
 
<解き方・考え方>
 5本のテープをつなぐとき、のりしろの数は5−1になり、5本ならべた長さより2×(5−1)�冀擦�なります。
 

 えぇー!!! つなげるっていうのは、全部をつなげて輪っかにするんじゃなかったのぉ? 確かに「輪っかにする」とは書いてないけど。えー、でも普通、輪っかにするよう〜。そう書かれていなくても。長いテープをどんどんつなげて長くなったら、一度は必ず最後に端っこと端っこをくっつけて輪っかにして遊んでみるヨネェ。それって、素直に育った子供の自然な本能だと思うけど・・・。ぬぬぬ、今時の子供は想像力と創造力を持たぬのか。

 ただ、私も一瞬、問題を解いているときに、一本のテープの長さにしたものか、輪っかの長さを出すものか、という考えが頭をよぎった。4年生のカッコを使う計算問題にしてはやさしすぎる問題だと思ったから。
 
 いやいや、そんなひねくれたことを考えていてはいけない。素直に思いついたとおりに解けばいい。それに輪っかの長さのほうが断然答えを出しやすいじゃないか。

 そしたらね、ふっ、案の定、不正解だよ・・・。 
 
 出題者はね、心がかなりひねくれてるね。
 こういうのを一発で正解する子供は、頭がいい秀才なのかもしれないけど、工作とか創造遊びとかたっぷりして育った子達とは、もともと頭の働いている箇所が違うんだろうね。
  
 小学校4年生には、ある程度の無邪気さと単純バカさが必要不可欠だと思よ。理人はちょうどいい感じに両方とも備わっているからいいとしよう。
 狡猾な計算力は、もっと大きくなってからでよろしい。

 ただ、これができない40目前の人は、ただの馬鹿だよねぇ。
 ぐぐぐ・・・ぐやじい〜
 
 パパにはこの問題、できなかったこと、黙っていようっと。



2004年03月24日(水) 今日もお見送り

 今日は大使館の奥山さんファミリーが帰国。
 
 空港で奥さんとご主人には、笑顔でご挨拶ができたけど、今度高1に進学するエリカちゃんと中1になる浩樹くんに、「日本に帰っても頑張ってね」と声をかけたら、まぶたからぽろぽろ涙がこぼれ落ちてしまった。

 もともと優秀なお子さんたちだったけど、三年間、ワルシャワでいろんな面でよくがんばって、いろんなことをこなしてきたなぁ、と思ったら、とてもとても感慨深かったのだ。

 ワルシャワで暮らした子供たちは、ここでの経験を生かして、やがて立派な大人に成長するだろうなと思わせる子が多い。彼らも然り。
 頑張って欲しい。

 + + + + + + + + + 
 
 その前に、パパが出張だったので、今朝、私が空港まで送っていった。
(そういえば、最近、空港ばっかりいってるや)

 で、トラム(市電)を横切るときに、他の車に気を取られていて、発車したばかりのトラムにぶつかりそうになってしまった。

 パパ、絶叫。
 しつこく、絶叫。
 もう安全なのに絶叫。

 もう! うるさい!! 
 ブレーキかけて止まってしまえば危ないことないでしょ!!!
 興奮状態でぎゃーぎゃー騒いだら、運転している私のほうが緊張するでしょうが・・・きぃっ!!!!

 でも、ホントは私もビックらこいたのです。
 いつもと違う道だったし、不覚でした。
 前後左右確認、安全運転で以後気をつけます。ハイ。

 家に戻ってから、簡単に台所の後片付け。今朝はパンを焼いたので、ぱん切り包丁を洗った。よそ見をしていたら、左手の親指をぎゃっと深く切ってしまった。

 ママ、絶叫。
 血を見て、絶叫。
 どくんどくんして絶叫。

 自分の血を見て、子供みたいに取り乱してしまった。
 泣きはしなかったけど。
 バンソウコウで応急処置。
 指が取れてしまうかと思ったよぉ。傷は浅いのに。

 今日は、何だかとっても不注意で付いていないから、もう外出は控える。
 いろいろ雑貨で買いたい物があったけど今日はいいや。

 + + + + + + + + + +

 はぁ〜。
 私がパソ部屋を出て、リビングに引っ越したのはいいけど、インターネットの接続を引っ張ってくるのに2、3日かかりました。壁に穴をかけたりと大掛かりな工事かと思ったけど、別回線から線を分離、延長させてきただけの簡単な作業で済んだようです。
 まぁ、普通にパソさえ使えればそれでよかったんだけど、やっぱ、ネットできないと寂しいね。メールも気になるし。



2004年03月21日(日) ママの居場所

 春は別れの季節。
 今日、お昼頃に空港へ帰国者のお見送りに行ってきた。

 日本人学校の山本校長先生と、間宮先生が三年間の任期を終えられ、とうとう完全帰国された。私たちと同じ時期にワルシャワに赴任された付き合いの長い方々なので、帰国されるのは名残惜しい。

 でも、帰国されてもワルシャワでの同窓の付き合いは、このままずっと続くに違いない。また会う日まで、しばしのお別れ。
 ちかいうちにまたすぐ会えることだろう。だから不思議と涙は流れない。

 そして、今日は今朝から忙しかった。
 月曜日にWALTERから子供部屋の本棚が届くので、今日中にいろいろ部屋の掃除をしておかないといけない。
 学年末でもあるから、机の上はプリントの束で溢れかえっている。手は真っ黒になるし、ゴミ袋はすぐに満杯になるしでてんやわんやだった。

 今まで、二人共同で使っていた子供部屋を、理人5年生進級を機に理人一人部屋にすることにした。理人は5年生になって勉強量も増えるだろうし、清二に邪魔されることなく集中して机に向かえるようにしてあげたい。

 そこで、私のパソ部屋をあけわたして、清二に使わせることにした。はじめは母子で兼用でもいいかな、と思ったけど、私の部屋にみんなが入り浸って、かえって落ち着かなないだろうから、私のほうが部屋を出ることにした。

 でも、うちは3LDKだから、余った部屋はもうないよぉ。どうしよう・・・。
 で、知り合いに世間話でそのことを話すと、
「我が家に空き部屋ありますから、いつでもどうぞ」
と何人かから言ってもらった。
 ははははは。ありがとうございます。
 お言葉に甘えて間借りさせてもらおうかな。
 お宅はまかないつきですか? 
 ははははは。

 私もいろいろ考えてたんだけど、意を決して、この際、私の机をリビングの窓際の一角に持っていくことにした。正真正銘の窓際族。
 来客があっても、(乱雑な)ライティングデスクまわりが丸見えなのは恥かしいので、リビングのソファとの間に、大きめの観葉植物で間仕切りをして、居住空間からの死角を作った。
 オープンスペースながらも落ち着いた緑の一角になった。

 うーん、ここに落ち着いてみたら、なかなかいい感じ。
 パソのモニターの向こう側は、窓。
 窓の向こう側はワルシャワの南東の空。
 目が疲れたら遠くを見ることができる。
 今までの部屋よりも眺めは格段にいい。
 左90度の視界は空。
 右90度の視界は、テレビとソファの背。
 だけど、このリビングの空間を独り占めしているみたい。

 私はパソを覗かなくても、本を読んだり、おやつを食べたり、ぼんやりするのも自分のデスクに向かって座る癖がある。
 リビングのソファに寝そべるよりも落ち着くのだ。
 今までは一日の大半の時間を自分の部屋にこもって過ごしてきた。
 
 でもこれからは、ママはリビングの住人になる。
 そのほうが家族にとっても自然であろうから。



2004年03月20日(土) 買い物先の駐車場にて

今日、午後から一人でWALTERというドイツ系の家具屋に子供部屋の本棚を買いにいった。

 大きな本棚、2棹と小さいのを1棹。他にも、こまごまとしたイースター用の飾りや、ゴロゴロ付きのワゴンなどを購入。

 2棹の大きいほうの本棚は、そこで配達と組み立てをお願いしたら、100ズォティもしたよぉ。もったいなー。でも腰痛もちのパパはあてにできないし・・・。いいの、お金でこちらの労力が解決できれば。

 で、車のところまでカートを運んで、さあ荷物をトランクに入れよう、というところで、ちょっといけ好かない感じのあんちゃんに声をかけられた。

 ポーランド語でなんじゃらかんじゃら言っていたけど、関わりあいたくなかったので、「ポーランド語、わっかりませ〜ん」といって、あっさり無視してやった。すると、英語に切り替えてしつこく話そうとしてくる。

 わーかった、わかった、わーかってるって! カートを元の場所に戻してくるから、中にはいっているコイン、僕にちょうだい、っていうんでしょ?

 だーめ。ノーサンキュー。
 だめといったら、だーめ!

 といっているのに、かなりしつこい。もう、関わるのも面倒くさいので、奴さんの存在を無視して、カートの中身を車に入れるため、トランクを開けた。

 ぐ。ショッピングバッグに入れた小物ならば私も難なく持ち上げられる。でも、小さいとはいえ本棚のほうはいくら屈強の私といえども軽々というわけにはいかない。

 まだしつこく私の後ろにいたあんちゃんに、やっぱ、にぃちゃん、手伝ってよ、といってみたら、すぐさま、素早く軽々とトランクに収めてくれた。
 はぁ、やっぱり助かった。

 お礼に、そのカートに入っている1ズォティをあげることにした。
 はいはい、持っていきな。ありがとさん。そうやって、一日いくらの小遣いを稼いでいるのやら。まぁ、いいんだけどさ。

 その後、そこの同じ敷地にできた、REALで食料品と日用品をお買い物。
 出口で、またおんなじあんちゃんに声をかけられた。

 あんちゃんは私がさっきの客とおんなじ人だとわかって一瞬ひるんだけど、厚かましく、お手伝いしましょうか? といってきた。

 私は今度こそ、頑なに首を横にぶるんぶるん振ってボディーランゲージで断った。

 あまいんだよ、にぃちゃん。。。

 でも、折りしも雨脚が強まり、買い物荷物も私自身も、ばしゃばしゃと雨に打たれていた。こんな中、車のトランクに買い物袋を移したり、カートをゴロゴロ押して置き場まで返しにいくのも面倒くさい。

 やっぱり、1ズオティをあげてもいいから、あのあんちゃんに手伝ってもらおう……と思いたって、すぐに辺りを探してみたけど、もう他の客を見つけたのか、きょろきょろさがしても、どっこにも見当たらなかった。

 うーむ。傘もささずに私は雨の中、とぼとぼ一人で重いカートを押したよ。
  
 ったくぅ。世の男性諸君よ。雨の中、レディーにこんなつらい思いをさせないでおくれ。ぶつぶつぶつ……。たった1ズォティをけちるんじゃなかった。ぶつぶつぶつ……。



2004年03月18日(木) 無惨! 業者テスト

 本日から春休み。お天気もぽかぽか春休み風。

 昨日は、卒業式と修了式だった。昼からはお楽しみ会。
 いろんな思いで学校で過ごした一日だった。
 涙と笑いとショックと。

 涙というのは想像に易いであろう。
 卒業式でもあり、離任式でもあったから。
 笑いというのもしかり。笑いはお楽しみ会の付き物だから。
 それでは、そのショックというものは・・・ふはははは。
 あぁ、破り捨てたいかな、成績表。
 
 その成績表、日本人学校からのものはまあ普通。問題なし。
 他にもらったのは、2月下旬に受けた業者テストの結果。
 散々だった。 

 そのテストは、日本の進学塾で受験の為の試験勉強をしている子供が受ける業者テストだった。そのテストがどういうものか知らずに、試しに受けさせてみたのだった。

 試験当日理人は、「学校では習っていない問題ばかりで、まったく解けなかった。何でママは勝手に申し込みをしたんだ!」と、怒って帰ってきた。

 親のほうが後悔した。努力したことに対してできなければ、叱咤激励の法もあるだろう。でも、習っていないものは、白い紙の前で、どう知恵を絞っても解けなかったにちがいない。

 今回は限りなく零点に近くても致し方なかった。ただ、学校の日常的なテストでそんなお粗末な結果で、答案用紙をつき返されることはない。だから、その採点結果の数字はショッキングだった。これではきっと子供の胸に変な劣等感を植え付けたにちがいない。

 昨日は、その劣等感を払拭するべく、母は子の心のケアに奮闘した。
 私も疲れた上、ショックで口も聞けないくらいだったけど、いろいろ子供たちが納得するよう、日本には受験戦争の渦中で受験テクニックを磨いている子供たちがいることを話して聞かせた。受験戦争自体、在外の私たちには異文化なのだ。

 偏差値に惑わされるタイプではないけど、よくない結果を見ればショックを受ける。それが一般的な人間の精神構造であろう。
 私も普通の母親なのだ。

 今回、知らなければ知らないで済んだはずの日本の受験戦争を垣間見てしまい、我が子には戦場に派遣しなくてもすむよう何らかの形で親の私たちが息子たちを守ってあげないといけないんだな、と改めて深く考えさせられた。

 我が子たちは、今のところワルシャワ日本人学校で、素直にのびのびと育っている。在外の学校だから素直に育っているというわけではない。塾やドリルなどで大人がお受験のために無理やり詰め込むことを課さないからだと自負している。

 受験戦争下の歩兵たちの目標は大学合格でそれでおしまいかもしれないが、少なくとも我が息子たちには、大学卒業後の職業で夢が開花することを人生の目標として生きて欲しいと思っている。
 



2004年03月16日(火) 初ジョギング

 今朝、春風のなか公園を走ってきました。
 限りなくお散歩に近いテンポで。
 とっち、とっち、とっち、って。

 池の氷がところどころで溶けはじめ、
 桜の枝に、赤みを帯びた堅い芽、ぷくり。

 耳が感じた風の冷たさに、
 まだ先かな、ホントの春は・・・と独り言。 

 行き交う散歩中の犬たち、いつしか顔見知り。
 飼い主の顔はみないけど。

 公園横の教会で働く、管理人のおじさん三人。
 復活祭まで後、4週間だしね。

 風に掃かれてころがる枯れ葉、雪の束縛から放たれて。
 ころころころと、やがていずこに消えるやら。

 池の周りの柳の樹、枝垂れた細い枝がゆらぁり、ゆらり。
 緑溢れるさらぁり、さらりの柳がはや恋しいよ。
   
 今朝であった人たち。おじいちゃん、若いアベック、
 おばあちゃん二人連れ、赤ちゃん連れのママさん。
 園内掃除のおじさんに、穴釣り帰りのおじさん。 

 ひと気のない、開店前のカフェ・バーを通り過ぎ、
 マンションへ向かう小路でクールダウン。

 心地よい疲労感。
 明日も走ろっかな。とっち、とっち、とっち、・・・て。
 
  

 



2004年03月14日(日) 夢日記

 こんな夢をみた。

 早朝、とあるオフィスビルの前を歩いていたら、めったに出会うことのない知人とすれ違った。

 着崩したネクタイと髭が伸びていることから、今朝は徹夜明けなのだろう。オフィスで朝の今まで仕事をしていたのかもしれない。

 長身の身に、普段は似合うはずのやや明るめのブルーのスーツが、精彩を欠いた今朝の表情には妙にちぐはぐして映っていた。

「おはようございます!」
私は快活に声を掛けてみた。知人は、我に帰ったように目をぱちくりさせて、こちらを向いた。

「あー、誰かと思ったら、きみかぁ」
知人は、大またで私のほうまで歩み寄ってきて、疲れきった顔から笑顔をねじり出した。

「最近、どうだい?」
畳み掛けるように私と主人の近況を尋ねてきた。
私も、家族の近況と目下抱えている悩みなどを手短に話して聞かせた。

 知人は、部下から業務報告を受けるときのような表情で、眉間にしわを寄せたり、ふっと微笑んだりして、立ち話のまま私の話を真剣に聞いてくれていた。

 その知人は、私よりも10歳ぐらい年上で、今は50歳になったかならないかであろう。世界をまたに第一線で活躍しているビジネスマンで、温厚な瞳にはキレのいい頭脳が宿っている。初対面のときに、この人ほど強いオーラを発する人は他にみたことがないと思ったくらいだった。

 名刺に記された会社での役職名は、思わず、「ほぉ〜」と唸ってしまうほどの肩書きであった。同じ企業であれば、なかなか気安くお話できないほどのお方なのだろうけど、私たちはまったく利害関係の絡まないところで知り合ったので、こうして気軽に立ち話もできる。

 ただ、今朝の疲れきった表情からは、いつもの湧き出るようなオーラや溌剌さが感じられない。なぜかしら妙に気になった。

「きみ、朝メシ、くってきたの?」
「いえ、まだ・・・」
「じゃ、うちのオフィスでくっていきなよ。オレも、今食べないと、このまま一日くいっぱぐれてしまいそうだから」

 きっとこのままデスクに戻ったら、ふらふらとそのまま仕事をはじめてしまいそうなかんじだった。私は断る理由もなく、誘われるままオフィスへ向かうエレベーターに一緒に乗り込んだ。

 そこのオフィスは、ビルの最上階の46階にあり、360度のパノラマがずっと遠くまで見渡せた。遠くの山の稜線とか、地平線に近い空との境界とか。

 いつまでも眼下にひろがる景色を見ていた。こんな高いところから見ると、まわりのものなんか、みーんなみんなちっぽけに感じちゃうもんなんだな・・・なんておもった。

「物は上から見下ろせても、人の心は上から見下ろしちゃいけなくってね」
私の心に返事をするように、知人が私の背中に言った。

 振り向いて知人を見上げると、苦悩の末の八方塞のような表情で眼下の街を見下ろしていた。

 今、知人は、ビジネス上の行き詰まりなどではなく、ごく個人的な感情のもつれで、夜も眠れないほどまでに悩んでいるんだろうな、と思われた。ちょっとは気になったけれど、こちらにむけた翳りのある横顔は、こんな顔見知り程度の私が立ち入ってはいけない問題なのだ、ということを物語っていた。

「シツレイシマース」
と、二人の女性秘書が豪勢な朝食を大きなトレイにのせて運んできた。
 きれいな人を雇っているんだなーと思っているうちに、あっという間に、二人で手際よく応接セットのテーブルにセッティングしていってくれた。

 バターロールにコーヒーにベーコンエッグ。ジャム数種類にヨーグルトにフルーツ。とてもじゃないけど食べきれないぐらいにたくさん。添えられたナプキンから察するところ、秘書が用意したものではなく、オフィスに隣接するホテルでオーダーされた朝食のようだった。

 せっかくだから、片っ端からもりもりと頂いた。私のたべっぷりをみて知人も刺激されたのか、頭を二つつき合わせて、徹夜明けとは思えないぐらいの食欲で全部平らげてしまった。

「それにしても、二人でよく食べたネェ」
私たちはナイフとフォークを揃えておいた皿を覗き込んで、無心にげらげら笑いあった。

 食後のタバコをふかす知人の顔からは、先ほどの翳りがすっかり消えていた。私もほっとした。

 満腹のおなかで、大きなソファにふんぞり返って、ふと考えた。
 ビジネス上いつも他人と競い合っているこの知人が、今必要としてたのは、こうして相手に対して無心で接する時間だったんじゃないのかな・・・と。 
 だって、知人にいつもの温厚な笑顔が戻ってきたもん。



 と思ったところで目が覚めた。土曜日の朝だった。
 うーむ。なぜに今その知人の夢? 私、胸にでも秘めていたんだろうか?
 今ではお見かけすることも滅多にないのに。

 それにしても妙にリアルな夢だった。
 しかも、その朝は何にも食べなくてもお昼過ぎまで全然おなかがすかなかった。
 
 あまりにもリアルすぎて、今度その知人にあったら、
「先日は朝食どうもごちそうさまでしたー」
っていってしまいそうだなー。あはは、危ないなー。

 でも今度、現(うつつ)で本当に知人に会う機会があったら、はじめてお目にかかったときのようにオーラをいっぱい発していてほしいなとおもう。
 
 いつまでも尊敬の眼差しで見上げていたいもん。

 
 
 



2004年03月11日(木) ふぇ〜ん

 昨日の日記で、久しくわんわん泣いたことがないとかいた。
 かきおわってから、思い出してしまった。そういえば、今年になってから一度だけ泣いたってこと。

 1月の中旬、どうも心臓の具合が悪かった。
 健康なはずの私が、何度もたてつづけに心臓発作の症状をおこした。

 苦しかった。胸が締めつけられて、本当に苦しかった。
 どうしても、どうしても苦しくなって、仕事中のパパに電話をかけた。
 電話口で、しゃくりあげて泣いた。

「今日だけは、早く帰ってきて。苦しくって心細いから、すぐに帰ってきて」
と。私、海外生活14年にして、パパの前でこんな風に泣きついたのは、初めてだった。

 ホントに子供に戻ったみたいにわんわん泣いた。ママがベッドで泣いてるのをみて、清二まで心配して一緒に泣いちゃって。
 親子で同じ顔、同じ泣き声でないてたんだよ。自分の子供より子供っぽく。

 尋常じゃない私の様子に異変を感じて、ピークに忙しい時期だったのに、パパは仕事を放り出してすぐに帰ってきてくれた。
 パパが帰ってきてくれたら、ほっと安心して落ち着いたよ。

 
 後でわかったことなんだけど、ちょうど同じ頃に、日本の祖母が危篤に陥ってたんだって。発作は祖母の虫の知らせだったんだろうな。きっと、同じところが苦しかったんだ。私、三人兄妹で一番のおばあさんっこだったから。

 私、その日を境に、すっかり童心に返ったような気がするよ。
 実家の母から、おばあさんの危篤の報を受けて、すぐに一人で帰国して。

 実家で、お父さんとお母さんとお兄ちゃんと妹が私の帰りを待っててくれて。昔みたいに五人で食卓について。

 老衰したおばあさんの骨だらけの手を握りしめ。
 親戚のおばさんたちと、おばあさんの思い出話に涙して。

 昏睡にはいる前、おばあさんに最後のお別れをして。
 最期の力でちゃんと私の手を握り返してくれたよ。

 私、急に元気になったような気がしたの。
 おばあさんの生命のエネルギーをバトンタッチされたみたいに。

 こっちに戻ってから、すぐにおばあさんの訃報が入ったけど、私、悲しくなかったよ。不思議と。

 おばあさんは私の中で生きていて、私がこれからも天真爛漫に楽しく生きていけるように私の運命を変えてくれている。

 だから、悲しい涙の禍からも私を守ってくれているの。きっと。



2004年03月10日(水) よしもとばなな著「デッドエンドの思い出」

 今朝、子供たちが出て行ってから、よしもとばななの「デッドエンドの思い出」を読み始めた。再読。再々読かな。

 私は、5編の短編のうち、2番めに収められている、「おかあさーん!」がすき。

 元従業員の逆恨みで社食のカレーライスに大量の風邪薬が入れられ、知らずに食べた主人公の私は、それが原因で心身ともに後遺症が残ってしまう。父親は幼少時に死別、母親の性格は育児には不適格だったらしく、父方の両祖父母に引き取られて成長した。
 記憶に残る幼少時代の母子関係について考えさせられる。

 泣かせるシーンが2ヵ所あって、私はいつも、最初の山場、仕事先で相手に対するイライラの極限がはじけとんだ箇所で激しく涙が出る。

 私も主人公と一体化して内面を爆発させるかのように声をあげてしゃくりあげて泣いた。
 そのシーンに私も居合わせたかのように、いや、私が主人公にのりうつっちゃったかのように、私もずっといつまでもしゃくりあげて泣いていた。
 嗚咽を押さえては読めなかったよ、私は。

 そのまま本文を先に読んでいっても、なかなか感情の昂ぶりが鎮まらなくて困っちゃった。

 人って、自分で自分の感情を無理やりコントロールしている、ってことにすぐには気づかないものなんだな、って思った。それが成熟した大人ってことでもあるし、理性がちゃんと備わっているってことなんだろうけど。
 
 傍目に、上手く生きているようにみえる人は、どこかでなにかに目に見えないしわ寄せがきているんだろうな、って思う。よしもとばななを読んだあとはいつもそう思えてくる。

 それにしても、今の実生活で、あんなふうになりふりかまわず声をあげて泣きじゃくったのっていつのことだったかな。

 そういえば、自分が押さえていた内面を一気に爆発させたことなんて、今までになかったかも。あまり内側におかしなものを溜め込んだことがないもん。

 ようするに、自分の感情を無理やりコントロールしたことが無いのかも。いつもそのまんま。喜怒哀楽が激しく。子供みたいに外側に発散してる。

 あ、つまり私ってまだまだ子供ってことなのか・・・。
 
 でも、子供のように心が健康である、ってことでもあるんだろうな。



2004年03月09日(火) 支度。

 またしても今日は、送別会ランチ。今度はお母さんがただけの。

 ランチの前にマッサージの予約があるので、早めに出かけるんだけど。

 女だけの濃い集まりなので、化粧だけじゃなく、ちゃんと手先も手入れしていかないと恥かしいかも。

 マニキュアを塗って乾かす合い間に、この日記を書いています。

 今日は久しぶりに、旧市街のレストランへいきます。ちょいと楽しみ。

 こういう機会でないと、旧市街へはなかなか行く機会は無いからね。

 そういえば、前に行ったのも、誰かの送別会だったかも。

 とかいいつつも、きれいに塗りあがりました。パール系のオフホワイト。

 最後にトップコートを塗って、ゆっくり乾かしてっと。。。



 あちゃ! 先に着替え済ませておくべきだった。。。 

 このきつめのジーパンどうやって脱ごう・・・。
 



2004年03月07日(日) またしても二日酔い

 土曜日、「赤坂」で学校の先生方の送別会があった。

 帰ってから仕事をしようと思っていたので、飲みすぎないよう気をつけていたつもりだったのに、バタンキュー。しかも、翌朝起きると、かなりしんどかった。昨日はビール2杯とワインを小ぶりのグラスに数杯しか飲んでいないのに。

 そういえば、送別会へ行く直前に、足裏マッサージをしてもらったんだった。血の巡りがよくなっている矢先にアルコールを摂取したから、発散されずに、体内に残っちゃったのかな?

 昨日の二日酔いは、吐きそうだけど、じっとしていたら我慢できるという程度の気持ち悪さ。さっさと吐いちゃったほうがすっきりしたかもしれないけど、ベッドの中で唸っていたら、そのまま一日が過ぎていった。

 うーむ、一日を何にもしないでごろごろと無駄に過ごしてしまった。
 それにしても、私、たったあれくらいのアルコールも受け付けないほど、弱くなっちゃったんだろうか? 

 今から思えば、ドイツにいたときなんかは馬鹿騒ぎして無茶して飲んでたなー。若かったしなー。



2004年03月05日(金) 歩きトーク

 今日、ちょろっと外に散歩に出たときのこと。

 公園に向かう道で、背後から突然ポーランド語で話し掛けられた。
「こんにちわー、おくさん!」
私は、びっくりして後ろを振り向いた。だって、近所には挨拶を交わすような知り合いなんていないはずだもん。
 ど、ど、どこの誰かと思って相手の姿を捉えると、それは……案の定、知らない人。しかも、なんのことはない、私に声をかけたのではなく、単に携帯電話の相手と大声で話していただけだった。
 >なんでも自分に声を掛けられたと思う、自意識過剰な東洋人。
 そのまま、てくてく歩いていくと、同じテンポで携帯電話で話している人が後ろからついてくる。陽気にごちゃごちゃそのまま話をしながら。会話が妙に気になる。
「もう、うるさい!」
ってどなってやりそうになった。

 いや、それは別にどうでもよかったんだけどさ。

 ただ、ここで私の秘密を暴露しちゃうなら、私ってネェ、携帯電話でお話しながら歩くことってできないの。
 歩いていると、頭が働かないで、支離滅裂なことを口走ってしまう。
 頭ン中を整理してから話さないといけないから、神経を集中しないといけないでしょう? そしたらね、自然と足が止まってしまうの。
 電話でお話するなら、同じ場所で立つか座るかでないとね。
 多分、頭ン中のどこかの神経がつながっていないんだと思うけど。
 
 時々、颯爽と歩きながら携帯電話でお話している人を見ると、へぇ〜、器用なひとだなぁと関心してしまう。だったら、ニッポンに住む大抵のニッポン人って、みんな器用な人の範疇に入るね。私の基準だと。

 パパにも、「歩きながら電話で難しいお話できる?」ってきいてみようと思ったけど、思いっきり馬鹿にされそうなので、きかないことにする。

 あ、それから、私、受話器を肩にかけて他の作業をすることもできない。
 電話をかけるときは、受話器のむこうに神経を集中しているから、手を動かすと、会話がおろそかになるのだ。
 だから、ご飯の支度をしている最中に取った電話も、一旦自室のパソ机に向かってから話し始める。

 こうやって、言語神経と運動神経がつながらないのは一種の老化現象? しかも、最近、年をとったせいか、長電話はすごく疲れるようになった。
 友達と楽しく馬鹿話をしただけでも、左の耳の奥がもわんもわんした感じがするぐらいだもん。

 連絡はメールが一番便利かな? 
 口をとじていても用件が済ませられるもんね。

 



2004年03月04日(木) 芥川賞受賞作

 知人から文藝春秋を借りて、私も遅ればせながら、芥川賞受賞作を読んだ。わざわざ借りて読んだからには、感想を書かねばなるまい。

 まずは、金原ひとみ著「蛇にピアス」。
 表現している世界が全くの異次元だったので、多少の拒否反応が出たけれど、一旦読み始めれば最後まですいすい読めた。
 確かに読ませる筆力はある。
 身体的な感覚の表現を的確に書き表していた箇所は思わず唸ってしまった。このように読者と痛みや性的興奮を共有できる文章に出会ったのは久しぶりのような気がする。ゆえに芥川賞受賞作なのであろう。
 でも、腑に落ちない点はいくつもある。何かの伏線だと思って読んでいた箇所が全くの肩透かしだったり、ちょっと笑えるような安っぽい表現、例えば、チンコ、マンコなどの乱用で、そこのシーンだけが浮いてしまって、全体とそぐわない感じがしたところとか。
 勢いよく書いた部分と、考えて書いた部分の筆致の落差が見られ、勢いがなくなるとかなりあらが目立つ文章。人生経験の少なさから来るものだろうけど。こればかりは致し方ない。若いんだから。
 話の終り方が雑。読後に、はぁ?! このまま話を終わりにしないでくれ・・・といった感じ。

 次に、綿矢りさ著「蹴りたい背中」
 彼女の文章は、一文一文がこねくり回されてすぎていてうんざりした。まぁ、こねくり回すだけの表現力があるということなのかもしれないけど。
 ただ、読み手はそういう表現をいちいち噛み砕いて読み進めていくうちに気が散ってしまって、私的には、感情移入しきれず、主題の「にな川の背中を思わず蹴りたくなる」ような衝動には到達することはなかった。
 読後感は、なし。何も心に残らなかった。ただ、著者が可愛すぎる。
 この作品を、例えば、ひがみの表現のうまい林真理子とか、ねじれた人間の心理描写では右に出るものがいない、乃南アサが書くと、またイメージががらっと変わるだろう。若い世代をテーマにしても、もっともっと深くねじれたものを書くに違いない。芥川賞を取ったといえども、二十歳そこそこの娘っこの文章は、まだまだ浅いよ。
 余談だけど、誰かのHPの感想で読んだんだけど、にな川が憧れているオリちゃんというタレントは、てるてる家族の夏子こと、上原多香子のイメージ・・・というのがとってもわかりやすかった。

 2作品とも、若くて可愛くて風変わりということでマスコミの騒ぎ方が異常すぎる。作品よりも作者のタレント性だけが先行しているので、今後熱狂が収まってからの彼女たちの新作のできが問われるだろう。
 私はもう二度と読まないだろうけど。

 なーどと辛らつにえらそうなことを書きちらかしちゃったけど、感想だから、思ったことを思うように書かせてくださいな。

 読後、現在執筆中の文章上に、マウスをガガーとスクロールさせて一気に「削除」しちゃいました。 

 今日の日記は、ここまで。さてと、今から次の仕事に取り掛かりまーす。



2004年03月02日(火) 足裏ぐりぐりマッサージ

 主人が腰をいためているので、足裏つぼ刺激マッサージに通っている。
 
 足裏マッサージは、腰痛だけではなく、内臓疾患他、全身の症状にも効くという。

 私も先週ぐらいから体のあちこちにがたがきていたので、昨日主人と一緒にいった折に見てもらった。

 足の裏を機械でほぐして、足温浴をしてから、木の棒で足ぐりぐりをしてもらう。

 こっれがまた痛いってなんの。
 ぐ、ぐぅ、、うっ、うぅ〜、あ! がぁ!! い、いたい!!! 
 思わず、マッサージ師のおじさんをもう一方の足で、足蹴りしそうになった。案の定、おじさんに怒られちゃったけど。。。

 足の裏には身体中のつぼが結集しており、弱っている臓器や凝っている箇所がつぼの痛みとなって現れるので、患者の痛がりかたを見ていると、体の中身を見透かすかのごとく体調がわかるらしい。
 
 つぼ刺激は、私のじびょうにもきくらしい。足の血管にも汚れがいっぱい付着しているようだ。腸の機能もやや弱り気味で。
 指摘された箇所は、以前から何らかの自覚症状があるところばかりであった。

 私、こういうことするの大好きで、家に帰ってからも、足の裏つぼマップを見ながら、ずっとぐりぐりしていた。

 今朝はね、あいたたたた。たた。も、もみかえしで痛いんだわぁ、これが。
 あたたたた・・・。私、ぜんぜん違うところぐりぐりしたかも。

 でも、昨晩熟睡しなかったわりには、頭ン中すっきりしてんの。つぼ効果あったのかな?
 

 


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祐子 [MAIL]

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