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華のエレヂィ。〜elegy of various women 〜
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2002年12月05日(木)

203号室のフィリピーナ。 〜純愛の結末〜


<前号より続く>



そんな心細い生活を続けざるを得ない中。
彼女が気安く声を掛けてくる日本人の男に気を許した。
それが彼・・・熟年男だ。

この熟年男は、以前から相当フィリピンパブに入れ込んでいたという。
きっと陽気で純粋な彼女達に自分の欲望を思い描いていたのだろう。

彼は自分の好みに合う若い女性を口説いては連れ出していたそうだ。


以前、知人がフィリピーナの魅力を語ってくれた事があった。

目鼻立ちがはっきりした美貌。
朗らかで純粋な性格。
甘えん坊で濃厚なスキンシップ。
肌を許すと、燃え尽きるまで求め続ける濃厚なSex。

一度その魅力にはまれば、日本人女性には物足りなささえ感じるそうだ。


例えそのような下心しか持たないような男が相手だとしても、
その場では孤独な彼女を温かく受け入れてくれる。

年齢的にもまだ幼い部分を残すであろう、
アイラが男にすがり付きたい気持ちも理解できる。


時を経て、恋愛。
いつしか肌を許し、心も許した。

そして生命を身篭る。
そこで捨てられ、自分の現実を知った。


ずるい男と、寂しい女。


そこで女がずる賢い頭脳の持ち主なら、まだそれでよかった。

どこぞの地方公務員がどこぞの外国人女性の餌食になったように、
男を騙して搾り取るだけ搾り取り、自分の私腹を肥やしていればよかったのだ。


しかしアイラは違った。
俺も確かに「賢い女性」ではなかったとは思う。
でも彼女は本当の愛情を抱いていた。


 「そういう所で働くんだから・・・彼女ももっと賢く振舞っても良かったのにね」
「・・・そうですね」


202号室の男性はどこか冷徹に言い放つ。



その夜、現場に戻らなかった熟年男。
彼女のあまりの剣幕に恐れをなして逃げたのだ。

当時携帯電話の電源を切っていたのも、
しつこいアイラからの度重なる連絡を絶つためだった。

しかしそんなクズな男でも、彼女が本気で愛した人。


男から捨てられたアイラは言い表せぬ程深い孤独と寂寥の中で、
彼に帰ってきて欲しいために精一杯のアピールを試みた。

それが、あの事件だったのだ。


俺が部屋にいた2時間弱の間。
一部始終を観ていた202号室の男性は顛末を教えてくれた。


応援に来た警察官を含めた数人が203号室の前に陣取り、説得を試みる。
アイラは興奮しながら、何やら警察に要求していた。
時折、何やら投げつけたりしたようだ。

言葉が思う様に通じず、互いの説得も要求も通じ合わないままの時間が過ぎる。


そしてアイラは部屋に突入した警察官に4人掛かりで押さえ込まれ、
全力で泣きわめいて暴れる中、両脇と両脚を抱えられて保護された。

そして問答無用にパトカーの後部座席に押し込まれ、連行されたという。


202号室の男性が話続ける中、俺の脳裏にあの鮮烈な光景が思い浮かぶ。

床にばら撒かれた錠剤と薬箱。
点在する血痕。
血のついた包丁。
ガス臭い部屋。

状況からいって、彼女は明らかに自殺を試みていた。


薬のせいか、冷静さを欠き錯乱し続けた彼女。
言葉が通じずに強硬手段に出るしかなかった警察。
どこかで無責任に油を売っていた熟年男。


俺は自殺衝動には2つのパターンがある、という話を聞いたことがある。


一つは、自分の存在を明らかに抹殺しようと企む事。
そういう者は飛び降りや首吊りなどの確実な死の方法を選ぶという。

しかしアイラの場合、俺はもう一つの理由だと感じた。


薬、リストカット、ガス・・・
どれも衝動的で、また確実に生命を絶てる方法ではない。
よって命を落す率も低く、また時間も掛かる。

それは何かを訴えるために行った、命懸けのパフォーマンスだと受け取れる。


自分が愛した熟年男に、信じていた熟年男に、
彼女が破壊の限りを尽くし、自分の命を懸けてまで訴えたかった事とは何だったのか。








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信じていた熟年男の、温もりの無い決断に対して、
彼女が身を裂かれる程の辛い思いをし、悩んでいた・・・
その『思い』。

そして、死ぬほど苦しい気持ちをその熟年男に気付き、理解してほしかった・・・
その『女心』。


彼女が伝えたかったのは、彼の裏切りへの怒りや悲しみではなかった。
そんな男に対しても何ら変わらぬ、アイラの愛情と信頼だった。


凄惨過ぎる形で表現された純愛。
切な過ぎる形で具現された純愛。


彼女は異国の地ながら、きっと幸せな結婚生活を思い描いていたのだろう。
今のような愛人生活でなく、正々堂々と家族三人で陽の下を歩ける生活を。

あの引越し作業の時の甲斐甲斐しい働きぶりは、
決して金で雇われただけの関係ではなかった事を示すのに充分だった。

愛する男と新たな生活を夢見る、幸せになりたかった女の真心だったのだ。


そんな女心を騙し、身体を奪い、自分の慰み物として人生を狂わせた男。

いくら外国人の女だったとしても、いくら水商売の女だったとしても、
人の気持ちをもてあそび、切り捨てた男が許せない。


 「最後に、その熟年男が言ってましてね・・・」
「何を言ってたんですか?」

 「私はもう、私はこのアパートには居られないですね・・・だって(苦笑)」
「・・・」


最終的には警察まで動かしたのだ。
家族にも、会社にも内緒にしていられないだろう。

彼は重大な社会的制裁を受ける事になろう。


それでもその部屋が残っていれば、まだ新たな生活も始められただろう。
しかしあの騒動で、その部屋も出ざるを得ない。


何より彼女への気遣いや心配よりも自分の身の振り方を気にする辺りに、
この男の腐り加減が見て取れる。

例え外国人でも、水商売でも、相手は人間であり、若い女だ。

騙される方も哀れだが、騙す方が確実に罪深い。


どんな立場の女でも、一人の人間である。



この熟年男の人生は終わった。

そんな腐れ男の人生など、どう終わろうか俺の知った事ではない。



アイラはその後の噂で、警察に拘留されたまま、
ここに戻る事も無く・・・本国へ強制送還されたようだ。

彼女は不法滞在者だった。

そのフィリピンパブも事件以降、なぜか数日間臨時休業を余儀なくされた。


子を身篭った彼女にどんな償いが待っているのか、俺には知る由も無い。

一方腐り果てた熟年男は部屋の修理費、傷のついた車の修理費などを支払い、
人知れずどこかへと消えて行った。



男と女である限り、その間に愛という感情が芽生えるのは必然。


互いに本気の愛情を持つのならば、恥じる事無く信じていけばいい。
互いに偽りだと分かっていれば、「大人の遊び」だと笑って終わるだろう。

しかしどちらかが本気で、どちらかが偽りならば・・・
確実に本気である方がより深く傷付く。

嘘の愛情ならば、傷も嘘で済む。
真の愛情ならば、傷も真の傷みを伴うのだ。

その愛情の真贋は、それを受け取る側が判断するものだ。


鋭く切れた傷ならば、きっと治りも早いはず。
深くえぐれた擦過傷ならば、一生傷跡が残るだろう。




俺は今でも外国系バーには入れない。

あの凄惨な光景。
限りなくトラウマに似た、俺の記憶。

アイラのような女性に出会うと、きっと美味い酒も飲めなくなる。


今宵も全国の繁華街で盛り上がっているだろう、外国人バー。
フィリピン、韓国、中国、タイ、東欧系、ラテン系・・・

俺にとっては、すでにその国よりも遠い場所になっている。




☆ 毎度のご訪問&ご高覧、ありがとうございます。

  今回は番外編として、一人のフィリピン人女性を採り上げました。  
  
  実はこの事件の数年後、たまたま訪れたスナックの新人ホステスが
  フィリピン人の若い女性でした。

  実に健気に働く彼女。
  そんな彼女は俺の事を気に入ってくれて、ずっと傍らから離れませんでした。
  何かと腕を組み、掌を触り、満面の笑顔で片言の日本語を駆使して話してくれる。

  しかし・・・アイラの事件を思い出した俺は、最後まで彼女に心を開けませんでした。
  あの彼女は今はどこで何をしているのだろう、と思います。
  あの夜、お礼も言えないまま店を後にした後悔が少し心に沁みます。


  お気に召しましたら、投票&My登録をお願いします。
  次回の『華のエレヂィ。』をどうぞお楽しみに。

2002年12月04日(水)

203号室のフィリピーナ。 〜女の正体〜


<前号より続く>




203号室を中心にした半径10数メートルは、
まるで爆弾が炸裂したかのような破損物の散乱具合だった。

とても一人の女性が暴れた跡とは思えない。


その部屋の下の道路には、茶色い粉々のガラス辺が無数に飛び散っている。
脇には醜く変形したビールケース。

なんと2階からビールの空き瓶をケースごと外の人間に投げつけたという。


そして木製の家具を壊した破片も落ちている。
アパート据付の下駄箱をバットで叩き壊して、これも投げつけた。

そのほかにもある。

茶碗が入ったケース。
漫画の単行本やビデオテープ。
古新聞やヌード雑誌の束。
真新しいアルバム。
台所の調理道具や調味料。
男物の服や下着。


部屋の中にある小物のほとんどを外へ投げつけていた。


狂気としか言い様が無い。



203号室の開けっ放しになったドアの中を覗いてみた。
抜け殻の部屋の惨状は想像以上だった。


割られたガラスの引き戸。
所々くぼんだ金属バット。
鈍く輝くゴルフのアイアンクラブ。
画面にヒビの入ったテレビ。
床に落ちている血痕。
ばら撒かれた錠剤。
細かく破られた写真。

文字通りぐしゃぐしゃになった部屋の中。
そして微かにガス臭い。

そのガスを抜くために、ドアは開けっ放しにされていたのだ。

警察が引き上げたあと、しばらく不寝番として、
俺達はその部屋の住人の帰りを待った。

やけに月明かりが綺麗だった夜。
放射冷却で底冷えのする街の片隅。

結局、その夜は熟年男は帰ってこなかった。



次の朝。
他の住人達は203号室周辺の後片付けに追われた。

しかしガラスの破片などは無数に散らばり、とても回収しきれない。
俺は出勤時間もあって、早々に引き上げさせてもらい、出勤した。

まだ熱があるが、休んでいられない時期だった。


その日の仕事が終わり帰ってみると、昨日の惨状が嘘のように片付いていた。
ただ203号室のベランダのサッシはまだ無い。

夕暮れの乾いた風に吹かれて、
ベランダのカーテンが旗のようにはためいていた。




数日後。
俺は近所のスーパーで202号室の住人の男性と偶然会った。


 「こんばんは、先日は大変でしたね」
「お隣りだったから、そちらこそ大変だったでしょう・・・」


挨拶以外で話すのは初めてだ。
その場で少し立ち話をする。

しかし、その話は中身の濃いものだった。

あの女性の狂乱の理由が明らかになったからだ。



あの彼女は、フィリピンパブでホステスとして働く19歳。
名前はアイラというそうだ。
源氏名か本名かは分からない。


アイラは203号室の熟年男の若い愛人だった。

男は自宅以外でアパートを別宅として借りていたという。
そこでアイラをかこっていたのだ。


家庭を持つ熟年男の下品な思惑とは違い、
アイラはその男の施しを真実の愛情だと信じていた。

そして関係を続けていくうちに、アイラの身体に異変が生じた。

202号室の男性は声を潜めて話す。


 「あの娘、妊娠してたんだってさ・・・」


アイラは愛する男性の子どもを身篭っていた。

その喜びを父である熟年男に報告した。
そこで彼は即座に堕胎するようにと、彼女を突き放したのだ。


宗教上、またはその国の文化の違いから、堕胎という罪の重みは違う。
堕胎天国と揶揄される日本とは違い、キリスト教圏のフィリピンでは重罪だ。

それに、愛を信じた男が父となった子どもである。


愛する男からの、信じられない言葉。


その怒りと悲しみから、先日の衝動的な行動に繋がる。


 「そりゃ怒るよね・・・」
「・・・なんだか聞いてるだけで腹立たしいですよね」


アイラに限らず、アジア各地から日本に出稼ぎに来る者は多い。

男性なら現場作業などの肉体労働。
女性なら外国人パブなどの水商売。

不景気になったとはいえ、
貧しい国から見れば日本はまだ魅力的な職場に映った、あの頃。

アイラも夢見て出稼ぎに異国へやってきた、その一人だったのだろう。


身寄りの無い異国の田舎町。
彼女はたった一人で生き抜き、日本人の男相手に稼ぎ出す。

蔑まれても、尻や胸を乱暴に弄られても耐えながら。
作り笑顔で酒を注ぎ、率先して盛り上がって見せ、男に媚びる。

そして稼ぎ出した金の大部分を母国に残した家族へ送金しているのだ。

日本語も片言しか使えない。
友達と呼べる存在も居たかどうか分からない。
誰もが孤独な中で、個々の『幸せな生活』を夢見ていた。


我々日本人は、欧米系以外の外国人に対して、
どこか冷たい態度を取ってしまうではないか。

彼女は母国と同じような島国の中で、母国と違って孤独だったに違いない。



<以下次号>







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2002年12月03日(火)

203号室のフィリピーナ。 〜狂乱の現場〜


<前号より続く>



それからしばらくの間、特に動きは無かった。
彼女は部屋の奥に隠れ、姿を現さない。

俺は一度部屋に帰ることにした。
味噌煮込みうどんが気になっていたからだ。

部屋に帰った俺はうどんにもう一度火を点ける。
グツグツと煮えたところで玉子を落とし、七味を振って急いで食べた。


食べている最中のことだ。
今度は壁の向こうの部屋から次々と物を叩き壊す音が聞こえる。


ガラスの思い切り打ち破る音。
壁をバットのような鈍器で打ち鳴らす音。
何かを道路の方へと投げ落とす音。

時を経る毎に聞こえる音がひどくなる。


その時、俺の部屋のドアのチャイムがなった。
そして外からドアを拳で何度も打ち鳴らす。


 「平良さん、平良さん!車移動しましょう!危ないですよ!」


呼びかけてくれたのは、102号室の住人の男性だ。
彼の駐車スペースは203号室のベランダの真下にある。
俺の車はその隣りだ。

見境なく部屋から物を投げつける女だ。
車にぶつからない保証は無い。


俺は部屋を飛び出し、203号室下の自分の車に飛び込んだ。
キーを差し込み、一気にイグニッションへとまわす。
勢い良く吹き上がる俺の愛車。

マニュアルのギアをバックに叩き込み、俺はアクセルを踏み込んだ。
前輪タイヤが鳴きながら煙を上げ、車が逆方向へ急発進する。

その瞬間、目の前にガーデニングの植木鉢が降ってきた。

バンパーの目前で砕け散った鉢。
鉢の土が放射状に飛び散る。
一瞬の判断で、俺の愛車は難を逃れた。


102号室の男性の車には、時すでに遅く屋根に傷がついていた。
その傷の脇には割れた花瓶が落ちていた。

彼女に躊躇は無い。


安全な場所へ車を移動して、俺達は遠くから様子を伺う。


 「さっきあの女を取り押さえた男はどうしたの?」
 「連絡を取ってるんですが・・・電源を切っているようです」

 「中には居ないみたいだし・・・職場は?」
 「さすがにそこまでは分からないんで・・・」

 「・・・どういう関係だ?」
 「さぁ?奥さんにしては若いしなぁ・・・」

 「夫婦喧嘩じゃないのかね?」
 「でも、いくらなんでもここまでやらないでしょう」

 「でもさっき、裸で飛び出して来たんだろう?」
 「もしかして・・・怪しい薬でもやってたんじゃねぇ?」


騒動に気付いた近所の住民が三々五々集まり出し、余計な詮索を始める。

203号室を契約している熟年男に連絡を取ろうとしているが、
相手側の携帯電話の電源を切っているようで繋がらない。

騒動に気付いた他の住人たちも外に出て来た。
対応を話し合うのだが、どうにも打開策は見えない。


「○○住建に聞いてみればどうですか?」
 「・・・そうだね、電話番号分かる?」


俺はそのアパートを管轄する不動産会社に、男性の職場へ連絡を取って
もらおうと提案した。

しかし個人情報の保護のためなのか、不動産会社は取次ぎに応じてくれない。


そうこう相談する間も、203号室からは派手な音が響く。
部屋の中で相変わらず女性が暴れているのだ。

何か聞いたことの無い言葉でわめき散らす。
外へありとあらゆる食器や鉢の割れ物を外の我々に投げつける。


これは住人の安全を左右する非常事態でもある。


一台の赤色灯を焚いた車が近付いてきた。

愛知県警のパトカーだ。
住人が警察に連絡を取り、その指令を受けて到着した。


 「またこりゃ派手だな・・・」


警察官は苦笑いを浮かべながら、様子を同じように観察する。


エキサイトし続ける彼女は、今度はベランダのサッシを外した。
何をしでかすのか、見物人たちは彼女を凝視していた。

その直後、彼女は信じられない腕力でサッシを振り上げて、
ベランダから下に投げ落した。


その下には、俺のバイクが繋いで停めてある。

バイクに当たる?!
しかし危険過ぎて近づけない。
俺は思わず祈った。

バイクの真横に落下したサッシ。


重い音を立て、ギロチンのように鋭く落ちてきた。

針金の入った分厚いガラスは派手に割れなかったものの、
アルミ枠のサッシは醜い形に変形して壊れた。

凄まじい破壊力である。
俺達は思わず息を飲んだ。

その後も彼女は203号室の破壊活動を止めなかった。
派手な破壊音が鳴り響き、時々中から割れ物を投げてくる。



電信柱の常夜灯が点灯する。

夕暮れ時も過ぎて、アパートの周囲も随分薄暗くなる。


部屋の灯りを付けず、真っ暗な中から顔を覗かせる彼女。
すでに表情もわからなかったが、明らかに俺達住人を見つめていた。

大声で何やら喚いている。
しかしよく聞き取れない。
日本語でも英語でもないようだ。


俺達の足元で不意にガラスコップが炸裂する。
また部屋から投げつけてきたのだ。

暗いので何が飛んでくるか見えない。


警察官はアパートの住人に、部屋に戻って出ないようにと忠告した。
そして無線で応援を呼んだ。



それから、およそ2時間後。
部屋の中や外から、あらゆる凄まじい音が聞こえた。

続けざまに物を壊す音が響く。
発狂する彼女の絶叫する声がこだまする。
数名の男性の怒号が聞こえる。
パトカーがサイレンを鳴らして発進する。

そして、玄関のチャイムが鳴った。


 「もういいですよ、大丈夫ですって」


102号の男性が再び声を掛けてくれた。

俺はドアを開け、外の様子を見た。



<以下次号>








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2002年12月02日(月)

203号室のフィリピーナ。 〜非常事態〜




午後5時30分。


営業部の部屋に掛けられた時計は、今日の業務終了時刻を示した。

しかしまだ誰もが仕事に集中し、帰り支度を始める者はいなかった。


各自のノートパソコンから細波のように聞こえるキーボードを打ち込む音。
室内LANで繋がった印刷機から次々と刷り上がる書類の束。
絶え間なく鳴り響く電話の呼び出し音。

誰もが暖房要らずな程の熱気溢れる仕事振りを見せる。


商売繁盛。
この不況下、誠にありがたい光景である。

その中で一人、俺は帰り支度を始め、ふら付く身体で立ち上がった。


「すみませんが・・・お先に失礼します」


一人先に帰る無礼。
しかし業務時間を過ぎているので、恐い上司も何も言わない。

発熱する身体を車の運転席に押し込み、会社を出た。
いつもよりスピードを落とし、慎重すぎる程の運転を試みる。

夕焼けに照らされた帰宅ラッシュの渋滞も、
いつもなら激務からの解放で気楽な時間なのだが、今日ばかりは勘弁してもらいたい。


俺は風邪で体調を崩していたのだ。


彼女なしの独り暮らし。
こういう状況でも誰に甘えるわけにもいかない。


俺は帰り道のコンビニで冷凍の味噌煮込みうどんを買った。

運良く玉子が冷蔵庫にある。
そして炊飯器には昨日の残りの飯がある。

半熟の玉子が入った味噌煮込みうどん。
残った出汁にご飯を入れて食べるのも美味である。

これで身体を温めて、今夜は早く寝よう…

アパートの裏手にある駐車場に車を停め、俺はふら付きながら自室へと向かった。


アパート前の道路では、この時間も数人の作業服の男達がまだ働いている。

その日は業者がアパート前の道路拡張工事の測量を行っていた。

幅や距離だけでなく、騒音調査のような集音マイクも立てており、
何やら念入りな調査を行っている。

俺は当時住んでいたアパートの201号室に入る。

そしてコンビニの袋から早速冷凍の鍋を取り出す。
ガスレンジに掛け、火を点けた。

その途端だ。


俺の部屋の外でガラスの割れる音がした。
それも凄まじい勢いの音だ。
ガス爆発か?!

俺は思わず頭を抱えて悲鳴を上げた。
しかしうちではなかった。


何かが外から当たって割れるような遠慮がちな音ではない。
明らかに人の意思で打ち破った音だ。

何事かと俺は外へ出た。


仕事をしていた測量士達が手を止めて様子を伺っている。
騒動は203号室で起こった様子だ。

俺はさらに詳しい様子を伺おうと測量士に話を聞こうと近づいた。
そこで俺は、逆に質問されたのだ。


 「このアパートに、外国人が住んでいるんですか?」
「・・・いや、いない・・・はずですよ」


このアパートは全部で10部屋あり、それぞれの立場の人が住んでいる。

特に住人同士での交流は無い。
しかし外国人が住んでいる、という話は聞かない。


 「いや、我々は今朝からここで働いているんですが・・・」


その日の昼頃。
いきなり下着姿の外国人女性があの203号室から飛び出して来た、という。

何やら日本語ではない言葉を発しながら、興奮気味だったそうだ。

後で部屋から出て来た熟年の日本人男性が何とか捕まえて部屋に連れて入り、
その場は収まった。


その出来事から数時間。


 「それで、ここには外国人の女性が住んでいるんかな、と」
「いや、そんな女性は見たことはありませんが・・・」


その時、外の様子を伺おうとドア横の窓から一人の女性が顔を出した。
地黒で強いパーマを掛けた、肉つきの良い若い女性だ。

明らかに泣き腫らした後のやつれ顔。
肩にはスリップの細い紐が掛っていた。


「あの人か・・・」


俺は彼女を何度か見たことがあった。


数ヶ月前。
新しい住人として熟年の男が引っ越してきた時に、
甲斐甲斐しく手伝っていた女性だった。

たまに見かけて挨拶すると、いつも俯いて逃げるように去っていく。
相当な恥ずかしがり屋だった印象がある。

彼女は外見から見て、日本人ではなかった。
顔立ちからフィリピン系の女性だと推測できた。


そのアパートと同じ町内には、当時フィリピンパブがあった。


 「結構ハードなサービスもあるってよ、平良!」


大学時代、また卒業して間もない頃に悪友からそう何度も誘われたが、
結局店に入る勇気が出なかった。


一本路地を奥に入った所にあり、夜な夜な薄汚れたネオン看板が
妖しく輝く、そのフィリピンパブ。

その店の駐車場には高級な外車や国産セダンが並んでいた。
また連れ出して店外デートしている客の話もよく聞く。

彼女はそこの店の女の子かも知れない。



俺達を訝しげに見つめる彼女は、何かを持った右腕を振り降ろした。

俺と測量士はとっさに身を屈める。
俺達の後ろ、ガレージの壁に何かがぶつかり、砕けた。


その破片を見遣り、唖然とした。
彼女は手に持った湯飲み茶碗を俺達に投げつけてきたのだ。


すでに足元には、幾つものコップや茶碗らしき破片が散らばる。

何の躊躇も無く、部屋の中の割れ物をこちらに投げつけてくる。

危険を察知し、すぐに助手らしき若い男が近寄ってきた。


 「もう一度、警察に電話しましょうか?」


昼の段階で、彼らは警察に通報していた。

警察は様子を見に来たそうだが『事件性が無く、民事不介入』だと、
すぐに引き上げたという。

終始横柄な態度だった警察でも、やはり頼らざるを得ない。


 「今日は騒音調査も兼ねているんですが・・・日を改めないといけないなぁ」


昼からの騒動、そして茶碗などが割れる音まで集音マイクが拾ってしまう。
この騒動で調査が出来ないからと、測量に携わる係員は帰り支度を始めた。


俺は自分の部屋に帰ってガスレンジの火を止めて、もう一度外へ出た。

風邪を引いていることはすっかり忘れていた。

203号室の非常事態に、俺は成り行きが気になって仕方なかった。



<以下次号>









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