2001年09月26日(水)  パコダテ人ロケ4 キーワード:涙

涙のモーニングコール ■朝五時半、湯の川観光ホテル前に戻ってくる。今日の撮影も夜からなので、加藤さん、小山さんと「昼にラーメンを食べに行こう」と約束。わたしたちは就眠モードだったが、石田さんは引き続き運転手モード。いつ寝ているんだろうか。ひと風呂浴びて、昼まで寝るぞと布団にもぐりこむ。朝日が射し込んでまぶしかったが、間もなく眠りに落ちた。だが……九時過ぎ、携帯電話が鳴った。<わたし「(寝ぼけて)モヒモヒ……」 電話「おはようございます。野村證券です」 わたし「ふわっ?(何の用だ?)」 電話「トヨタの転換社債が出るんですが、ご興味ありませんか?」 わたし「あの……今はべつに……」 電話「今じゃないと遅いので、結構です」と電話は切れた。なぜこんな早朝に、どうでもいい電話がかかってくるのか。気合いを入れ直し、二度寝を試みると、今度は部屋の電話が鳴った。わたし「もしもし?」 電話「おはようございます。そちらに掃除の者は行っておりますか?」 わたし「は? 掃除? (見回し)まだのようですが」 電話「わかりました。失礼しました」 掃除の人が行ったかどうか、他に調べようはないものなのか。すっかり寝る気をなくしたので、起きることにすると、掃除のおばちゃんが来た。部屋を片付けていただく間、廊下に避難し、部屋がきれいになってから戻る。しばらくすると、おばちゃんが戻ってきて、「失礼します。歯ブラシ取らせていただきまーす」と押し入れを開け、替えの歯ブラシを持って行った。見ると、予備の歯ブラシ、タオル、浴衣がギッシリあるではないか。後で聞いた話では、各階の一号室が「物置き兼連絡部屋」になっているようで、ヘアメイクの小沼さんも同じ目に遭っていた。小沼「朝食券の束もどっさりあったわよ」 わたし「すごいですね!」 小沼「でも、たくさんあってもしょうがないわね」 わたし「確かに……」 朝食券は『ビデオプランニング専用』のをご用意いただいている。


涙の準備中 ■せっかく早起きできたので、目覚めのコーヒーでも飲もうかと部屋を出る。朝食券を使っておかわりし放題の牛乳とコーヒーでカフェオレが飲めたら最高だったのだが、あいにく朝九時で終了。喫茶『はまなす』へ向かう。と、非情にも『準備中』の札が。「ただ今の時間はレストラン『イタリアントマト』をご利用ください」とある。もう十一時。ランチバイキングの時間だ。行ってみると、デジャヴのように松田美由紀さんがいた。そして、窓際の席には徳井優さん。昨日挨拶しそびれたので、自己紹介する。松田さんとテーブルに着き、コーヒーとサラダとフルーツを取る。松田「函館は初めてだったけど、昔の建物がよくきれいに残ってるなって感心した。こんなにいい建物が残ってるんだから、アートに力入れて欲しいわね。音楽とか映画とか」 わたし「函館にも映画祭あるんですよ」 松田「あら、そうなの? 芸術の街として育って欲しいわね」 それから話は、江差で食べたトウモロコシのことになった。 松田「もぎたて、ゆでたてで超おいしかった。ツヤといい、ふっくらした感じといい、自然のすごさを思い知るわね」 この人の「物事をエンジョイ するチカラ」には底知れぬものがあるし、それを表現するエネルギーもすごい。

涙の修行中 ■そこにドヤドヤと橋内さんたちが入ってきて、松田さんはそちらのテーブルに移動した。入れ違いに石田さんが隣のテーブルに来た。石田さんはCMの世界を飛び出してきた人だ。「映画を作る!」と宣言し、「タダで使ってください」と前田組のアシスタントプロデューサーに名乗り出た。「涙の」というのは石田さんが泣いているわけでは決してなく、「無給(&無休)でよくここまでやるなあ」と、見ているこちらが泣けてくるのだ。わたし「広告と映画は、やっぱり違いますか」 石田「違いますねー。映画のほうが断然、やること多いですよ」 わたし「人手が足りないってのも、あります?」 石田「大いにあります」 わたし「映画に飛び込んだのは、正解だったんでしょうか?」 石田「さあ……(長い間)……どうなんでしょう」 少なくとも、スタッフに「広告の同志」である石田さんがいてくれたことは、映画界新参者のわたしにとっては心強かった。石田さんの上司や同僚だった人がタイトルロールに石田さんの名前を見つけて、「あいつ、やるな」と誇らしくなるような作品になればいいなと思う。

涙のちゅらさん ■「一時にロビーで待ち合わせ」と約束したのに、加藤さんが現れない。電話しようかと思っていたら、加藤「(駆け寄り)ごめんなさーい。ちゅらさん見てまして」 わたし「ちゅらさん見たの? ずるい!」 加藤「泣いちゃいましたよ。まりあさんが、やってくれました」 わたし「うわー。悔しい」 加藤「てっきり皆さんも見てから来ると思ってました」 小山「私は五分前に来てました」 わたし「わたしは部屋にテレビがないんです」 タクシーに乗り込み、五稜郭をめざす。その正面にうまいラーメン屋があるという。

感涙の塩ラーメン ■ラーメンはめったに食べない(新横浜のラーメン博物館は例外)が、ご当地ものには弱いので、「地元住人も絶賛」というラーメン屋『あじさい』へ。塩ラーメン六百円を注文する。スープがぐいぐい飲める。通ではないが、これはウマイと断言していいと思う。窓からはラッキーピエロ五稜郭店が見える。これまでチャイニーズチキンバーガーを食べずして函館を去ることはなかったのだが、今回は前例を破ってしまうかもしれない。この後はイクラ丼を食さなくてはならないのだ。

悔し涙のイクラ丼 ■タクシーで次にめざすは朝市。運転手さんに「どこかおいしいお店ありますか」と聞くと、「こだわりの店だから黙って食えって言われてもねー。自分だけこだわってても誰も食べないよ」。ごもっとも。立待岬のほうにある『源』というラーメン屋はうまいとのこと。わたし「朝市に、わたしがイクラを食べられるようになったお店があるんだけど……」 小山「なんてお店ですか?」 わたし「何だっけなー。ジュディマリのサインがあった」 加藤「それは難易度高いですね」 わたし「『き』で始まったような……」 運転手「きくよ食堂じゃないですか?」 わたし「あ、それ、それ!」 タクシーを降り、きくよ食堂を探すと、あった! あろうことか、まさに店じまい中。鍵をかけたおばちゃんが「ごめんね。二時までなの。明日来て」。それは厳しい気がする。明日の朝、函館を発つのだ。仕方なく別の店へ。そこのウニ・イクラ丼もそれなりにおいしかったが、きくよ食堂で食べたときの雷に打たれたような感覚は味わえなかった。店が違うせいなのか、舌が肥えてしまったからなのか、確かめられなかったのが悔しい。
涙の発売中止小山さんは「ロケバスが出る前に戻らなくては」と、ひと足お先にホテルへ。タレントさんの体調や顔色をちゃんと確かめたいというマネージャー魂。わたしは見物に来ているけれど、彼女は仕事に来ているのだった。写真集を撮っている加藤さんも然りだが、撮影前に大正湯入りすればいいというので、ひき続きオフをご一緒することに。ジャケットにピンクのパコダテールを引っ掛けて歩くと、「しっぽ?」という視線を感じる。大好きな西波止場に着き、函館ヒストリープラザへ。パコダテールのようなシッポが売られているのを発見してはしゃぐ。フェリシモ郵便局でユメール君はがき(ポストの形をしたキャラクターの変形はがき)を買って送ろうとしたら、発売中止になっていた。『昭和七十三年七月三日』で大事な小道具として登場しているのに……書き直さねば。かわりに隣接の雑貨屋でクリスマス用ポストカードを買う。

涙のバナナシェイク  ■なんでも「涙」をつければいいというものではないが、なにげなく注文したバナナシェイクが思いがけなくおいしかった。カードを「どっかお店に入って書きませんか」という加藤さんの提案で、『カリフォルニア・ベイビー』に来ていた。『いつかギラギラする日』のロケ地になり、映画の中で派手に燃えていた店だ。気になっていたが、入るのははじめてだった。「おなかいっぱいで眠くなってきたので、コーヒーでも飲みましょう」と言っていたのに、なぜかバナナシェイクをグビグビ飲んでいるむわたしを、加藤さんは不思議そうに見ていた。それぞれの大切な人たちに手紙を書き、フェリシモ郵便局に戻って『クリスマスポスト』に投函。このポストに託された郵便は、クリスマスの季節に届けられる。三か月先のことはわからないけど、確実に起こる小さな事件は、今日函館で書いたクリスマスカードを五人のひとたちが受け取ること。

涙のインタビュー ■大正湯に着くと、撮影前の腹ごしらえの真っ最中。ボランティアスタッフの大内裕子さんが差し入れてくれたたい焼きに飛びつき、スイカをぱくつくわたしを、「まだ食べるんですか」と加藤さんは信じられない目で見ていた。ふと、一人で椅子に掛けている徳井優さん(写真左から2人目)が目に留まった。この人の言葉を聞けるのは今しかない、という気がして、おそるおそる話しかけてみた。わたし「あの……出演していただき、ありがとうございます。じつはわたし、『Shall weダンス?にエキストラで出たんですよ」 徳井「そうだったんですか?」 わたし「徳井さん、すぐそばで、声、張り上げてました」 徳井「へーえ」 わたし「あの映画、前田さんも関わってましたし、奇遇やなあって思ってます。(自分の大阪弁に気づき)あ、わたし、引越のサカイの堺出身なんです」 徳井「ああ、堺ですか」 わたし「今回の話、途中からお父さん役は徳井さんを意識して、あて書きみたいになってたんですけど。前田監督が、徳井さんならこういう言い方するとか言って、わたしも、徳井さんにこんな仕草させたら面白いかなとか考えて。徳井さんがこの役に、なんか思い入れとかあったら聞きたいんですけど」 徳井「そうやねえ」 わたし「あ……いきなり思い入れって言われても、アレですね……」 徳井「……」 わたし「……」 話題を変えようかなと思ったそのとき、徳井「僕ね、会ったことない腹違いの姉が二人いるんです」 わたし「え?」 徳井「戦後すぐに幼くして亡くなってしもたんやけどね」 わたし「ええ」 徳井「そのこと、ずっと忘れとったっていうか、どっかに置いてたんやけど、この夏頃ぐらいから考えるようになって。僕には、ほんまやったら、お姉さん二人おってんなあって。そしたら、年頃の娘が二人いる役が回ってきて……親父がまっとうできなかった部分を自分がまっとうするんやなあって思ったんです。(台本を)二回目読んで、やっぱりそうやなあって思いました。役者として、そういう重ね方をしました」。びっくりした。震えた。この話を聞くために函館に来たんだと思った。函館に来て、大正湯の前で、お父さんの衣裳の徳井さんと向き合わなければ聞けなかった言葉だろうから。「函館は、ほぼはじめてですけど、この街は作品の雰囲気にマッチしてますね。このロケーションやからファンタジーになるんでしょうね。同じ本でも、東京が舞台やったら、違う話になったと思います」「お風呂屋さんの役は、はじめてですね。どんな役をやるときも、職業の匂いを出せたらっていつも思ってます。ちゃんと見せたい。けど、番台に座ればお風呂屋さんに見えるのか。たたずまいをどう出そうか、考えましたねえ」「怒る芝居は、ちゃんと怒ろうと思います。ちゃんと怒ると笑えるんですけど、中途半端やと、狙いが見え過ぎて、引かれてしまうんでね」。徳井さんは、印象深い言葉をたくさん残して、出番に呼ばれて行った。

ご近所さんの心遣いに涙  ■六時過ぎから大正湯脱衣場で撮影がはじまる。今日は表の撮影はないので、コインランドリーは営業している。お向かいさんは蕎麦屋さん。手打ち麺と手作りのつゆで、スタッフの間でもおいしいと評判。日野家の食卓の話題にも登場する。連日のロケが営業妨害になってなかったか気がかりだが、「ああ、はじまりましたか」というご主人の声は温かい。「今日はこれから出かけませんので」と家の中に消え、「二階のカーテンも閉めときますね」。間もなく二階のカーテンが、すっと引かれた。余計な光が漏れては撮影の邪魔になるという心遣いなのだろう。

おかし涙の大蔵省君 ■小内さんが「大蔵省君に会いました? 面白い子ですよ」と紹介してくれた。大蔵省君こと若狭君は、大蔵省をやめて役者になったので、芸名を『大蔵省』という。「キャリア組じゃないですよ。最初は税務署に入って、国税局、国税庁と出向先が移って、最後が大蔵省だったんです」と大蔵省君。「どんどん出世してない?」と言うと、「この法則に当てはめると、パコダテ人は出世作になりますよ」。彼はいつもビデオカメラを構えているので、メイキング係なのだと思ったら、もともと函館スクープの稚内役で出演していたのだという。東京乾電池の役者さんたちと立ち上げた劇団『下北沢ノーテンチョッパーズ』の主宰なのだ。若狭という名前に聞き覚えがあったので、「もしかして、三木さんにゲットされた?」と聞くと、図星だった。わたしはゲットされた瞬間を目撃していた。ビデオプランニングで本直しをしていた横で、三木さんがかけていた電話を再現すると、「もしもし、若狭君? ひさしぶり。なあ、ヒマやろ? な。函館行きませんか? 涼しいですよ。もちろんタダで。映画の撮影やねんけど、出演とお手伝いしてもろて。金はないけど飯は出しますんで。ええ話でしょ? じゃあそういうことで。(と受話器置き)一人つかまったでー」。三木さんの強引な釣り方にも驚いたが、速効で食いついた若狭君なる人物にも驚いていたら、こういう人だった。わたし「役作りで、やったことは?」 大蔵省「キャラづけに前髪を極端に短くしました」 わたし「監督は何て言ってた?」 大蔵省「お前は動きがヘンだとほめられました」 ほめられたのだろうか。やっぱりヘンだよ大蔵省君。

2000年10月23日 『パコダテ人誕生秘話』


2001年09月25日(火)  『パコダテ人』ロケ3 キーワード:遭遇 

佳純さん・小川さんと遭遇 ■8時に目が覚める。旅に出ると早起きしてしまうのは何故なのか。一人で朝食バイキングしていたら、衣裳助手の佳純さんが隣に来た。佳純さんは『風花』に次いで映画は2作目。「出演者の数と衣裳の数が多くて大変でしたー」「シナリオ書いてるときから衣裳のイメージがあったんですけど、衣裳部屋に並んでるの見て、全部着たいって思いました」「そう言ってもらえると報われます」。佳純さんと喫茶『はまなす』にソフトを買いに行くと、小川さんが朝食中。「映画の世界は長いんですか?」「私は最初違うことしてから入ってきたから……でも、20ン年にはなるかな」。薬師丸ひろ子の写真集のスタイリストをしていた縁で相米監督の『セーラー服と機関銃』の仕事が舞い込み、映画の世界へ。「学生時代に演劇をかじってて、台本読むのも好きだったの。映画は面白いなあって思った。服にストーリーと人格があるから」。昨夜も美由紀さんが「小川さんって、ほんとにかわいい人よね」と繰り返していたが、醸し出す雰囲気全体がチャーミング。「この世界に飛び込んだときは辛かったわよ。もともと男の世界だから。カメラの前に出るなんて、もってのほか。衣裳は着せて終わり。後はさがってろって感じでね。でも、私はしつこくカメラの横で見て、すそが乱れたりしたら、ささっと直して。こうしていると、役者さんも、自分を見ててくれてるって安心感があるの。だんだん他の人もわかってくれるようになったわね」。小川さんがその後も仕事を重ねた相米監督は、クランクインの日に亡くなった。一緒にやった『風花』が最後の作品になった。「一旦東京へ戻らせていただいてね。こっちの準備と同時進行で、迷惑かけちゃったけど、監督にはお世話になったなんてもんじゃないから。住み込ませてもらってたしね。だけど、今回の映画が始まるときに旅立っちゃったってことは、新たな展開へ向かえって言われたのかなって受け止めてるの」。相米監督のもとでデビュー作『かわいい人』を撮った前田監督も、そんなことを言っていた。「パコダテ人は今までの映画でいちばん大変だった。いちばんの腕の見せどころでもあったけどね。お金がかかる映画なのに、この予算でしょ。低予算を見せないように工夫しないとね。私の仕事は服だけ見てちゃダメで、映画の中での服を見るの。衣裳デザインはキャラクターデザインだと思ってる。服を見て、この子がわかった、とか言われると、すごくうれしいの。役者さんにとっては、服が最初の手がかりなの。衣裳を着ると、台詞がすんなり言えたりね。キョンちゃん(小泉今日子)は、最終的な味方は衣裳だけって言ってた」。衣裳を身につけることによって違う自分になれる。「台本は読み込まれるほうですか」と聞くと、「最初はぱっと読むだけ。感覚で作り始めるの。で、後から確認作業として何度も読む。衣裳は目で考える仕事なのよ」。イメージ通りの服が見つかるとは限らない。ないときは作ってしまう。パコダテ人は「自称デザイナーのとんでる姉ちゃんが作る服」がたくさん登場するので、既製の服にフェルトのアップリケをつけたり、監督が選んだ布でベビードールを縫ったり、かなりの点数を手作りしたとか。「ギャラは製作費込みだから、作れば作るほど自分の首締めるんだけど、作っちゃうのよね」と笑う。衣裳に愛がある。小川さんに衣裳を手がけてもらえたパコダテ人は、ほんとに幸せ者だ。


松田美由紀さんと遭遇 ■小川さんは撮影の準備をしに衣裳部屋へ。わたしも部屋に戻ろうとすると、松田美由紀さんが歩いてくる。昨日出番がなかった松田さんは、江差のカモメ島を観光してきたらしい。「もうすっごくいいとこよ。あなたも来ればよかったわ。たまげそうに立派なニシン御殿が残っててね、200円で入れるんだけど、掃除してたおばちゃんがいきなり紺の制服に着替えて、ではこちらへ、なんて案内はじめるの。たった200円でそこまでやるのよ。すごいサービス精神でしょ」と今朝もパワー全開。そのとき「あ、うちの息子に首切られた人だ!」。振り返ると、今夜撮るシーンに登場する調査団長役の田中要次さんが、出迎えの石田さんとともに通り過ぎた。出演作を挙げたらキリがない田中さんは、『御法度』で松田龍平さんに首を切られたらしい。

前田監督と遭遇 ■11時になったのでランチバイキング会場のレストラン『イタリアントマト』へ。朝食からノンストップで飲食しているので、さすがに食欲はない。「今回のロケでいちばんうれしかったことって何ですか?」「そうねえ。監督とまた仕事できるってことかな」。松田さんは昨年夏公開の『GLOW……。僕らはここに』が前田監督との初仕事。はじめて会った日に監督を気に入り、自分があたためていた企画を打ち明けたという。「監督は役者側に立って演出する人なのね。役者をコマみたいに動かすんじゃなくて、どうしたいって聞いてやらせてくれるから、やりやすいの。だから、じゃがじゃがのときも、あんなこと言い出しちゃったんだけど」。じゃがいものシーン撮りのとき、松田さんは思いがけない行動を取ったのだが、それはここでは言わない。噂をしていたら、監督がやってきた。「監督、昨日行ったとこ最高だったわよ。ツバメ島」。あれ、さっきはカモメ島だったけど?「この人の場合、よくあることです。で、でっかいカモメの塔でも建ってるんですか」と監督。「塔じゃないわよ。カモメ島っていったら、島よ。決まってるじゃない」「ああ、決まってるんですかー」。松田さんもマイペースだが、監督も負けていない。

大正湯と遭遇 ■一時前にロケバスに乗り込み、大正湯へ。97年の秋以来だから4年ぶり。観光で元町をうろついていたときに、美瑛から来たパワフルなオバチャンに声をかけられた。「この辺にタイショウユがあるはずなんだけど。知らない?」「何ですか、ショウユ(醤油)?」「北海道でいちばん古いお風呂やさん。大正時代からあるんだって」「へーえ、おもしろそうですね」とついて行ったのが、大正湯との出会い(*後から調べてみると、建物の建築は昭和三年。北海道最古ではないようだが函館最古ではあるのかな)。洋館風のハイカラな外観に一目惚れして写真を撮った。オバチャンはその後、海鮮市場のカニ売場で再会したとき、「中を見せてもらうだけのつもりが、どうぞどうぞと言われてお風呂入ってきちゃった。タオルも貸してもらえたわよー」。そのときの思い出をもとに書いたのが、『昭和七十三年七月三日』。家庭の事情で引き裂かれた初恋の男女が三十年後の再会を誓いあう。待ち合わせ場所に決めたのは、二人で通った大正湯。家から風呂屋までの往復が 、二人に許された逢瀬の時間だった。三十年前も三十年後もきっとそこにあるに違いない。大正湯には、そう信じさる存在感がある。この脚本が函館山ロープウェイ映画祭(函館港イルミナシオン映画祭の前身)のシナリオコンクールで受賞したことが、翌年の『ぱこだて人』につながった。日野家は当初、薬局という設定だったが、ロケハンで条件に合う薬局が見つからなかった。「大正湯でもいいですか?」と監督から電話を受けたとき、不思議な巡り合わせを感じた。再会した大正湯の向こうには海が見えた。

『やまじょう』の人々と遭遇 ■一時半過ぎに『やまじょう』に着く。映画祭の太田さんがやっている喫茶店で、映画祭の事務局もここにある。昨日、遺愛女子高校でのロケを見に来ていた太田さんが、FMいるかの寺尾さん、北海道新聞のカメラマンの大城戸さんと引き合わせてくれ、今日集まることになった。道新には佐々木学さんという記者がいる。二年前『ぱこだて人』が受賞した後に電話取材をしてきた人。取材の内容は受賞についてではなく「外の人から見た函館について」だった。「ぱこだて人のシナリオ、興味深く読みました。僕がとくに面白いと思ったのは、『清く正しく美しい函館を守る会』の存在です。新しい価値観を拒む空気を函館に感じておられたわけですか」という質問を受けた。「函館がとくに排他的な街だという印象はありませんでした。自分の慣れ親しんだ土地に別な価値観を持ち込まれるのを嫌う傾向は、どこの街にもあるんじゃないかと思います。高校時代に留学したアメリカでも、学生時代を過ごした京都でも、『清く正しく美しい函館を守る会』のような人はいましたが、自分と違うものは認めないという生き方は、人生を狭めて しまう気がします」と答えたのが記事になった。普通は掲載紙を送っておしまいだが、佐々木さんは毎年「映画化されるといいですね」と年賀状をくれていた。「取材されるのなら、ぜひ佐々木さんに」と大城戸さんに伝えたところ、今朝、佐々木さんから「うかがいます」と電話があった。初対面だけど初めてじゃないような、ペンフレンドに初めて会うような気持ち。「映画化おめでとうございます」「佐々木さんが最初に面白いと言ったジャーナリストですからね」と和やかに取材が始まった。太田さんが自慢のコーヒーを入れてくれ、大城戸さんがバシャバシャ撮る。昨日つけて踊ったピンクのパコダテールをテーブルに置き、「シッポ越しに引き気味に撮ってください」とお願い。函館に来てから寝不足で肌がボロボロ。作者の顔写真を見て作品に幻滅されては困る。大城戸さんは昨日のロケを取材しに来たところ、報道陣役で出演することになったのだが、スタッフの間では「絵になる男」と評判になっていた。■降り出した雨の中を佐々木さんと大城戸さんは帰って行った。カウンターに席を移し、FMいるかの寺尾さんと話す。寺尾さんは昨日に続いて今夜も取材陣として出演する予定。「17日の飛塚邸のシーンも出ました」「ああ、星野博士の?」「レポーターEをやらせていただきました」「どうですか、出演された感想は?」「映画がいかに多くの人を巻き込んでいるか、驚きましたね」。先日は監督がFMいるかに出演。他にもちょくちょくパコダテ人情報流しているそう。そこから話は大泉洋さんのことに。デパートにはグッズコーナーまであり、とにかくすさまじい人気らしい。「パパパパパフィーにも出てますよ」と寺尾さんが言ったところで、映画祭事務局の浜中さん登場。映画祭のジャンパー姿しか記憶にないので、スーツ姿が新鮮。今は10月6日にクランクインする『オー・ド・ヴィ』の準備で大忙しらしい。2001年度のシナリオコンクールのグランプリ作で篠原哲雄監督がメガホンを執る。これまでコンクールの受賞作が映画化されたことはなかったのだが、一挙に二作品が形になるとあって、映画祭事務局も大張り切り。時間的精神的金銭的なキツさも並大抵ではないようだが、「こうなったらやるしかないよ!」と浜中さん。奥様が「主人は映画祭のことになると、他のこと放り出しちゃうんです」と苦笑していたのを思い出す。太田さんの新妻・陽子さんが、店の奥から4か月の一歩(いっぽ)君を抱いて出てきた。「名前の中に太陽がある」通り、明るくて伸びやかな人。「前田監督がさ、息子が生まれるごとに二歩、三歩て名付けて、四人目は四歩(シッポ)にしましょうって言うんだよ。漫画だよな」と太田さん。

パコダテール店と遭遇 ■ざざ降りの雨が止んだので、急いで大正湯に戻る。コインランドリーは美術の田口さんと窪田さんの手で『パコダテール』店舗に衣替え。会社の後輩デザイナーの西尾真人が度重なる直しに「これでどうや!」と吠えながら作ってくれたpakodataoilのロゴは、ちゃんと立体になり、店の一部として使われている。本人にもこの光景に立ち会わせてあげたかった。

自衛隊と遭遇 ■再び降り出した雨の中を自衛隊の車両が到着。中からカーキ色の制服に身を包んだ自衛隊員がドヤドヤ出てくる。なんと本物の自衛隊がエキストラ出演。隊長らしき人が橋内さんの説明を神妙に聞き、「ハイ。わかりました。そのように」などとキビキビ答えている。車に戻るときも駆け足。雨足がいっそう強くなるが、自衛隊と雨はよく似合う。自衛隊車両の横には消防車が到着。雨のシーンに続いて二度目の登場。そして、反対側からはパトカーが。集まりだした野次馬たちも「なんか本格的だねー」と興奮気味。今夜撮るクライマックスシーンは、函館ロケのクライマックスでもある。

虹と遭遇 ■雨はシトシト降り続く。こんな天気で撮影できるのだろうか。機材がビショ濡れになったら、あと一日あるのに出演者が風邪引いたら、寒くてエキストラが帰ってしまったら……などと心配が渦巻いていると、「あ、虹!」。その声に、みんなが一斉に天を仰ぐ。大正湯の空に見事な七色のアーチが架かっていた。虹の麓には海。水平線から虹が出ているのなんて見るの、初めてかもしれない。函館の空からの贈り物だ。「うわあー、虹なんて、いつぶりだろ」と小山さん。「あおい、一沙、そこ立って」と虹に誘われて出てきた二人にカメラを向ける。橋内「ちゃんとカラーで撮った?」小山「当たり前でしょ!」。あちこちで虹をめぐる会話が生まれ、にわかに現場が活気づいた。「虹が応援に来てくれるなんて、ついてるよ」「ハラハラさせといて、こんなキレイなものを見せてくれるなんて、函館の空も粋だねえ」「よし、これはイケる!」。フィルムが回りだすと、空はもう泣かなかった。


『北海道のキラ星』と遭遇 ■一旦札幌に戻っていた大泉洋(おおいずみ・よう)さんと安田顕(やすだ・けん)さんが大正湯の前に現れると、たちまちファンに取り囲まれる。サインを求めて紙を差し出すのは、お母さん世代から小学生まで守備範囲が広い。人の輪が一瞬途切れたところで大泉さんに挨拶。相手の目をしっかり見て話す人。少し遅れて、一人で撮影を見守る安田さんに「若社長さんですよね?」と声をかけた。「脚本の今井と申します」「ああ。はじめまして」と腰を深々と折る。「あの……読ませていただきました。受賞のときのシナリオ。高橋学さんてご存じですか? その方にシナリオをお借りしまして……面白かったです」。高橋さんには会ったことがないが、シナリオコンクールで同じ年に受賞した札幌の田森君から、名前は聞いている。札幌でテレビの仕事や劇団運営に関わっている人で、田森君と映画も作っていたはず。その人と安田さんが仕事をしているらしい。「ラッシュ見て、若社長すごく良かったので、ひとことお礼言いたくて……」「いえ。こちらこそ、こういう映画に出られる機会はなかなかないものですから。本当にありがたいと思っています」「マンホールはすごかったんですよね。北海道で3万人動員したって聞きました」「僕ら北海道じゅう回ったんですよ。映画館のない街とか。映画の前にトークショーつけたりして。それで達成した数字なんです」「意味のある3万人なんですね」「ええ。本当に自分たちで一生懸命やって」「パコダテ人も見習わないと」と話していると、「安田はちゃんとやってましたか?」と大泉さん。「最高でしたよ、若社長。いい意味で裏切られましたね」「僕はどうでしたか?」「古田も最初考えていたのとは違ってたんですけど、大泉さんの古田になっていて、良かったです。泣きのシーンが湿っぽくならなかったり」「泣きのシーン?」「まゆに謝るところ。わたし、シナリオ読むとき、あそこでいつも泣いちゃうんですよ」「僕もあそこで泣きましたよ。え、僕の演技、泣けませんでした?」「あの感じが良かったんです。お涙頂戴にならなくて。こういうのもありだなあって思ったんですよ」「(聞いてない)。泣けなかったかー。ダメだったかなー」。この場を借りてしつこく言いますが、大泉さんの古田はチャーミングで味があって素晴らしかったのですよ。

2000年10月23日 『パコダテ人誕生秘話』


2001年09月24日(月)  『パコダテ人』ロケ2 キーワード:対決 

PD対決
■六時半起床。七時朝食。巨大バイキング会場に和洋食がずらり。『湯の川温泉玉子』『三平汁』『イカそうめん』などご当地ものも充実している。三木プロデューサーと監督に囲まれる形で着席。今日あわただしく東京へ帰ってしまう三木さんは、スケジュールとお金の話をまくしたてていた。


ママ対決
■7時半ロケバスで今日のロケ地、遺愛女子高校へ。木立ちの向こうにピンクの壁のノスタルジックな洋館が現れる。建物の中も年季が入っていて、本番中に床がミシミシ鳴ってしまう。控え室で広子役の黒岩茉由ちゃんに声をかける。見開いた目がクリクリ動く。元気でチャーミングな子。オーディションで選ばれたもう一人、澤村奈都美ちゃんにそっくりな人がいると思ったら、お母さん。茉由ちゃんのお母さんも加わり、ダブルママ状態。この親にしてこの子ありという感じで、二人とも朗らかでよくしゃべる。選ばれた本人以上にお母さんたちもうれしそう。奈都美ママの則子さんは、遺愛女子高校出身。則子「こっちの廊下は昔なかったけど、他は全然変わってないわねー。あら? 制服変わっちゃったのかしら?」 わたし「いえいえ、東京で借りてきたんですよ」 則子「あら、そうなの」 わたし「母校で娘さんが映画ロケなんて、すごい巡りあわせですね」 則子「ええ。でも奈都美の高校も有名なんですよ。函館商業高校っていって、GLAYのTERUの出身校なんです」。先生方も映画出演を応援してくださっているそうで、「女優」とからかわれているとか。則子「うちはそば屋でしてね。『美林』っていうんですけど、私がつけた名前で、まわりが景色のいい林なんです。奈都美は看板娘なんですよ。元気だけが取り柄でね」。ちなみに奈都美ちゃんのお兄さんはイタリアンレストランCUCCINAのシェフ。親子で東西の麺を極めている。「お店が開くまでに帰らないと!」と奈都美ママは10時過ぎに去ってしまった。茉由ママの亮子さんは、日本舞踊時雨流(花柳流の系統だそう)の名取りで、『亮道』という名を持っている。「今は宴会で踊るぐらいですけど」と謙遜するが、よさこいには命を賭けているようで、「もう、すごいんですよ。ぜひ一度見に来てください。道歩けないぐらいの人出ですよ。衣装もとにかく派手なんです」と、よさこいの話になると止まらない。ま由ちゃんもよさこいジュニア大会に毎年出場。去年から吉本チームに参加しているらしい。「あと、3年前からインディーズのトランプっていうブランドのモデルもやってるんです。奥菜恵さんとかも着てて、かわいいんですよ。今年のファッションショーでは白のマリエを着まして、10月号のPOROCCOって雑誌に載ってます」と娘の話も止まらない。肝心の娘たちは、ひかる、隼人、千穂のクラスメート役をナチュラルに演じていた。茉由「普段のままでいいって監督に言われたんで」 奈都美「普段すぎるよねー」とケラケラ笑うが、奈都美ちゃんは「もうちょっとぽっちゃりしといで」と監督に言われ、役作りのためにちゃんと太ってきた。見上げた女優魂だ。昨日の夜挨拶したあおいちゃんのパパ、ママ、妹のあさひちゃんも見学。この一家は車で東京からやってきたそう。九州へも車で出かけたらしい。無言でビデオを回すパパ、仕草がなんともかわいいママ、あおいちゃんをミニにしたようなあさひちゃん。

給食対決
■昼食はハセガワストアのお弁当。破格で提供していただいているらしい。あおいちゃん、一沙ちゃん、粟田さんが所属するヒラタオフィスのマネージャー、小山さんと仲良く並んで食べる。小山さんとは昨日挨拶だけして、今日はじめてちゃんと口をきいたのだが、早速意気投合。シナリオを読んだときから「どんな人が書いたんだろ」と興味を持っていてくれたとのこと。見回すと、大人たちが黒板に向かって食べている姿は、ちょっとヘン。あおいちゃんの写真集を撮っている加藤さんが「給食を思い出しますね」。シネマネーのライターの岩村さん、スチールの石川さんも「教室でごはん食べるのなんて何年ぶりだろ」。壁に貼ってあるプリントや時間割りも懐かしい。年代物のヒーターには凝った模様が入っている。

レポーター対決
■昼食後は玄関前で登下校シーンを撮影。出演のエキストラは柏稜高校の学生さんたち。レポーターがひかるを取り囲むシーンにはSTVやFMいるかのレポーターが出演。ズームイン朝でおなじみの森中アナが「ピトコト! ピトコト!」とひかるを追い回す。いい声だ。■出番待ちの勝地涼君(隼人役)に挨拶する。涼しい目に惑わされて、クールな人だと勘違いしてはいけない。拍子抜けするほど気さくでよくしゃべる。勝地「ディズニーシー行きたいですねー」 わたし「あそこ、お酒飲めるんだよ」 勝地「ですよねー」 わたし「でも、未成年だよね?」 勝地「誰が飲むといいました?」 わたし「(グ……)」 こいつ、なかなかやるではないか。かと思ったら、勝地「僕、今年受験なんですよ」わたし「大学どこ受けるの?」 勝地「いえ、高校受験です」 わたし「(ゲ……まだ中学生?)」 あおいちゃんの妹(六才!)と会話が弾むのも無理ないか。わたしよりも年近いもんね。

ぶっ飛び頭対決
■今日は出番のないみちる(松田一沙)がふらっと遊びに来たので、挨拶する。プロフィールの写真とは別人で、みちるそのもの。「わたしもちょっと前までこんなアタマあったんだよー」と言う。赤、黄色、ピンクのヴィヴィッドな爪は自分で塗ったのだそう。役になりきっているようで、うれしい。表情がくるくる変わるところもみちるっぽい。

強気対決
■撮影場所を体育館に移し、バスケシーンの撮影。登下校風景で出演してくれた生徒たちはバスケ部員だったらしく、パスもシュートも決まってる。広子と保奈美も負けじと頑張っていたが……これ以上は書かない。午前の飛行機で東京に帰るはずだった三木プロデューサーは、なぜかジャージに着替えて、体育の先生役。かなり無理がある。わたし「こんなことしてる場合なんですか?」 三木「まだ明日の撮影で借りる車の話がついてへん。落Zオーバーやからなあ」 わたし「厳しいんやったら、わたしのギャラから引いていいですよ」 三木「そんなもん、最初からありませんよ」 わたし「(ゲ)。……助成金があるやないですか」 三木「出るかどうかわからんものを当てにできませんよ。あなたは呑気でいいですねー」 わたし「強気と言うてほしいわぁ。パコダテ人に助成金が出えへんかったら、どの映画に出るっちゅうんですか」話している前で撮影は進み、前田監督が「うーん。ええけどもう一回」「別のパターンもやってみよ」とテイクを重ねている。それを見て、三木「またフィルム代がかかる。現像代がかかる。どないしよ……」。

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<シッポ対決
■生徒部分の撮影が終わると、「追加のシッポシーンを撮るでー!」と監督。急きょ高校生、ボランティアスタッフの女の子たちにまじってシッポをつけ、出演することに。学校前の電停に一列に並び、市電に向かって踊り狂うという、とってもおバカなゲリラ撮影。隣に並んだ星模様シッポの子がノリノリで、すごく気持ちよく踊れた。市電の乗客は呆気に取られていたけど。


姉妹対決
■五時半、本日の撮影が終了。今日で出番終了の野村恵里ちゃんに「お疲れさま」と声をかける。制服姿も私服姿もかわいい。ミッキーマウス柄のジャケットを着ていて、「ディズニーシーに行きたい!」とはしゃいでいた。またどこかでお仕事できるといいですね。日が落ち、名残り惜しい遺愛女子高校を後にする。茉由親子、奈都美ちゃんが見送ってくれる。ロケバスの中で、あおい「ねえ……明日撮るシーン、ヤバくない?」 一沙「ヤバいよね。台本読むと泣けちゃうから、読まない」あおい「リハーサルで行き過ぎちゃったら、どうしよう」 一沙「リハーサルでギリギリまで持ってって、本番でいちばんいいとこ見せるのがプロなんだよね」 あおい「そうだよね……(ため息ひとつ)」 一沙「あ。ため息つくと、しあわせが逃げちゃうんだよ」 あおい「(飲み込む)」 この二人、事務所は同じ(ヒラタオフィス)だが、顔を合わせたのは今回の仕事の衣裳合わせのとき。最初はお互い顔見知りしたそうだけど、今では「本当の姉妹のよう」とみんなが口をそろえる。■6時から2時間寝る。ちょっと風邪気味。お弁当をもらい、部屋で食べる。今日はみんなバラバラ。すれ違った浜田さんと松岡さんに 今井「今日は飲まないんですか?」 浜田「飲んできちゃった」 松岡「もうペロペロです」とパコダテ語でおどけられた。松岡さんはとってもお茶目。


ミーハー対決
■フロントで函館の市街地図をもらう。宿泊客女A「キャーッ! 見ちゃった、萩原聖人!」 宿泊客女B「どこどこ?」 宿泊客女A「そこにいたの!」 宿泊客女B「マジ?」 宿泊客女A「チョーカッコいい!」宿泊客女B「(Aが指さす方へ駆け出す)」 早川登役の萩原聖人さんは、今日で3度目の函館入り。東京でのドラマの撮影と並行して出演しているので、スケジュールのやりくりが大変そう。他のキャストも東京と函館を行ったり来たりしているらしい。台風か何かで飛行機が飛ばなかったりしたら、それだけで撮影日程が崩れてしまいそうだが、今のところ綱渡りは成功しているようだ。


2001年09月23日(日)  『パコダテ人』ロケ1 キーワード:事件

飛行機乗り遅れ事件 ■待ちに待った函館ロケ見学!本当はもっと早く行きたかったのだが、プロデューサーの三木さんいわく「脚本家がロケ行っても、やることないですよ。最後に顔だけ出したらええやないですか」ということで、三木さんとともにクランクアップ三日前の出発になった。前日になって「こっち(東京)の仕事が山積みで行けなくなった」と電話あり。「方向音痴な私を一人で行かせると、函館に着きませんよ」と脅しをかけ、何とか仕事の目処をつけてもらう。待ち合わせは七時二十五分羽田空港AIR DOカウンター。あろうことか、十五分も大遅刻してしまう。「僕がおらんかったら乗れてませんよー」とチェックインしておいてくれた三木さんからチケットを受け取る。■AIR DOはパコダテ人の協賛企業。札幌(千歳)までスタッフとキャストを無料で運んでくれている。このタイアップを実現させた名プロデューサーとともに機上の人となる。


限界ネギリ事件 ■千歳からは陸路で函館へ。三木「レンタカーは二人やと高いし、バスは安いけど時間かかるし、思いきって電車で行きますか。自腹やったら千歳から飛行機もありますけど」 わたし「(どこが思いきっとんねん!)じゃあ電車で」 こっちの人は汽車と呼ぶようだ。千歳駅の窓口で 駅員「指定にしますか?」 三木「(すかさず)自由席で!」 わたし「ケチりますねー」 三木「これが仕事なんです!」■函館本線に揺られること3時間余り。内浦湾(噴火湾)に沿って線路が走っているので、左手にずっと海が見える。のどかなローカル線の旅。しかし鼻がグズグズ。機内が乾燥していたのか、くしゃみと鼻水が止まらない。車両のトイレからかっさらってきたトイレットペーパーで鼻をかみながら行く。三木「汚いですねー。
炎メラメラ事件 ■函館は快晴。風さわやか。ゴキゲンなお天気。寒い寒いと聞いていたのに、セーターだと暑いぐらい。黒いマントを着込んだ三木さんは、尾行探偵のようで怪しい。駅からタクシーで今日のロケ地、『緑の島』をめざす。運転手「緑の島で何かやってるんですか?」 わたし「映画の撮影です」 三木「パコダテ人って知ってます?」 運転手「ああ。新聞で見ました。札幌の何とかってのが出るとかいう……」 わたし「(大泉さんのこと?)」 三木「(目がキラリ)」■緑の島の入口でタクシーを降り、制作担当のタージンのおでこを目印に撮影隊を見つける。エキストラの出演者がリハーサルをしているところ。火を使う撮影なので、一発勝負だ。火がつけられ、カメラが回る。ほんとはカメラが回ってから火をつけるはずなのだが、なぜか逆だった。「いきなり燃えてんだもんなあ」と撮影監督の浜田さん。でもそこはベテランの余裕で、使いどころはフィルムにしっかり納めてある。今日の撮影はここまで。エキストラにお礼のタオル(パコダテールのキャラクター入り)を手渡し、解散。
関西人攻め事件 ■ボランティアスタッフの大内裕子さんの運転で中華料理『汪さんの店』で落としてもらい、前田監督、三木さん、浜田さん、照明の松岡さん、アシスタントプロデューサーの橋内さんと昼食。おっと、北海道出身の浜田さん以外は全員関西出身だ。わたし「せっかく東京人になりすましてたのに、前田さんと三木さんに出会って大阪弁しゃべるようになって、化けの皮が剥がれたんですよー」 浜田「思いっきり剥がれてるよ」 松岡「初対面だけど、関西人って一発でわかったよ」 わたし「(ゲッ)」■この店の自慢は『かけチャーハン』。炒飯に八宝菜のようなものがぶっかけてある。各自のラーメンとは別に、かけチャーハンを分け合う。前田「この皿、きくらげ入ってへん」 浜田「気苦労(きぐろう)は多いけどな」 わたし「(この人も、おもろいこと言う)」
函館名物双璧事件 ■宿に戻る車に乗りきれないので、荷物だけ運んでもらい、いやがる三木さんを無理やり散歩につきあわせる。函館港イルミナシオン映画祭での『ぱこだて人』の授賞式以来、二年ぶりの函館。西波止場のラッキーピエロをめざす。ブランコ席でチャイニーズチキンバーガーを食べるのだ。が、店の前まで行列があふれていて、とても入れない気配。ふと見上げると、もうひとつの函館名物、焼き鳥弁当の巨大看板が目に入る。ラッキーストアとハセガワストアが並んで建っているのだった。面白いので写真をパチリ。(デジカメなので、ほんとはそんなシズル音はしない)。「気ぃ済みましたかー」と三木さんにうながされ、市電に乗って湯の川温泉へ。三十分ほど揺られ、うとうとしてしまう。
連続裁縫事件 ■ロケ隊の宿は、協力の『湯の川観光ホテル』。一階の機材&衣装部屋を訪ねると、機材の奥に、ハンガーに掛けられた衣装がずらり。色と柄の楽しさに思わず、「わーかわいい!」と駆け寄る。衣装の森の奥には、ミシンを踏む衣裳デザインの小川さんの姿が。今回の衣裳には小川さんが二人(久美子さんと佳純さん)いて、「小川さん」「佳純さん」と呼び分けられている。小川「明日撮るシッポが欲しいって、さっき言われて、急いで作ってるのよ」 わたし「急な話ですねー」 小川「ううん、もう、毎日なの」 衣装をそろえてハイ終わりとはいかないらしい。それにしても、どれも本当に着たい服ばかり。頭の中にあったイメージが形になって目の前に現れている。魔法みたい。
衝撃の二代目事件 ■橋内「ソフトクリーム食べる人?」。一斉にスタッフの手があがる。ここのソフトはロケ隊に大人気で、みんな朝から食べているという。三木さんのおごりで部屋にいた一同にふるまわれる。おいしいとこでは、ちゃんと気前のいいとこを見せるのだ。■ソフトクリームをなめながら、ビデオでラッシュを見る。時間にして二時間分ぐらい。自分の書いた脚本が立体になって動いているのを見る、はじめての体験。あの台詞をこんな風に言ったのか、このシーンはここで撮ったのか、なるほどねーといちいちうなずきながら見る。台本から変わっているシーンや付け足されているカットもあるけど、全部いい方向なので、新鮮。ひかる(宮崎あおい)は期待通りいいし、みちる(松田一沙)は赤毛のバクハツ頭がすごく似合っていて、この二人は思い描いていた姉妹そのもの。お父さん (徳井優)、お母さん(松田美由紀)と四人で映っていると、本物の家族みたいに見える。函館スクープの編集局長(木下ほうか)と『清く正しく美しい函館を守会』会長の上原光子はキョーレツ。エキストラの演技も笑える。いい意味で裏切られたのは若社長。どちらかというと情けない役なので、こんな男前をキャスティングするとは思わなかった。しかし二枚目が苦悩している姿は笑えることを発見。わたし「この役者さん、誰?」 橋内「安田顕さんです。MANHOLEの主役の」 大泉さんと同じく超人気劇団TEAM−NACSのメンバーで、「ヤスケン」と呼ばれている人気者らしい。TEAM−NACSはメンバーが5人いて、全員出演(あと三人は函館スクープ社員役)しているという。
観光客びっくり事件 ■「いやー最高だったよ」という声に振り返ると、本屋のシーンでかなり笑える演技を見せてくれた撮影助手の葛西さんがカメラを担いで入ってきた。街の実景を撮ってきたそうで、ゲリラ的に「ハ」に「○」をつけたり銅像にシッポつけたりの撮影だったらしい。撮影隊のみなさんは、やたらガタイがデカイ。■ロビーに出ると、ひかる、みちる、オーディションで選ばれた広子(黒岩まゆ)と保奈美(澤村奈都美)が肩を組んで「ちぃーっす!」と歩いてきた。仲良し四人組という感じ。見ていて微笑ましい。
パワフル女優事件 ■夕食は監督、三木さん、お母さん役の松田美由紀さん、アシスタントプロデューサーの石田さん、橋内さんとともにホテル内の和食屋へ。メインと総菜二種類を選べる。寿司、コロッケ、湯豆腐の組み合わせにした。監督「松田さんはテイクごとに全然違う演技しはりますねえ。全部いいんですけど」 松田「あたしね、前の演技を覚えてないの。一回一回新しいのよ」 話す内容もピンポン玉みたいにポンポンとジャンプする。派手な身振り手振りつきでトラピスト修道院に行ってきた話をしてくれた。修道士さんが松田さんのために歌を歌ってくれたそう。喫茶『はまなす』に場所を移しても、話題は尽きない。本当にエネルギッシュでかわいい人。
押し入り事件 ■部屋に戻る途中ですれ違った衣裳助手の佳純さんが三木さんに「1313(号室)で飲んでます」と声をかけたのを耳に留め、一人で乗り込むことに。「すいません。今日着いた作者の今井と申しますが、ご一緒していいですか」とおそるおそるドアを開けると、浜田さんが「入りな。俺が紹介してやるよ」と手招きしてくれた。メンバーは松岡さん、小川さんの他に、今日はじめて会うヘアメイクの小沼みどりさん、スチールの石川登拇子さん、シネマネーの団員専用サイトを書いているライターの岩村千穂子さん。浜田「みんなのよりどころはホン(台本)なんだよ」小川「わからなくなると、ホンに戻るの」と、ありがたくも身の引き締まるお言葉を先輩方からいただく。懐かしい映画の名前が「手掛けた仕事」として次々出てくる。ああ、映画の現場に来たんだなと実感。この場所に自分が居られることがうれしい。
タイタニック事件 ■スタッフの部屋は、ツアーの添乗員が泊まる部屋らしく、タイタニックにたとえて「キャストは一等船室、スタッフは二等船室」と呼ばれている。部屋のありかもホテルの地図には描かれていない。修学旅行生と秋の観光客でにぎわうこの季節、部屋を確保していただけただけでも有り難い。キャストの関係者が泊まろうとしたら予約がいっぱいだったというから、他のお客さんを断ってロケ隊を収容していただいていることになる。湯の川観光ホテルさんの協力に感謝(フロントの方もとても丁寧)。共同の洗面所で誰かが歯を磨く音が、薄いドアを通り抜けて聞こえる。学生時代に住んでいたアパートを思い出して、なつかしい。十一時過ぎ、大浴場でゆったり温泉につかり、就寝。

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