度々旅
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今宵は7時には会社を脱出。家に8時前に着いたのなんていつぶりだろう。会社のPVづくりで悪戦苦闘の日々。英語シナリオチェックはかなり苦労。コトバを扱うってのは普遍的ルールがないから難しい。まして私は日本人。大量の英文テキストを読みしごかれたおかげで、なんかヘンってのはわかっても、それをどうしていいかわからない。そして、聞く相手によって答えは違う。 わたしの中では、この仕事を先日逝ってしまわれた彼と一緒にやるはずだった。長年会社と付き合っていた彼によって、てんでバラバラの英訳がうちの会社のコトバに一元化されていた。その人がいないというのは、本当に大きな財産を失ったことになる。けれど、それに気づいている人は少ない。 今回の仕事において、私が誰の意見に重きを置くか、最後は私采配という「いいのかよ」と突っ込みたくなる状況になっている。おじけづいたりもしたが、失敗覚悟で自分の判断を信じた。 結果、技術の会社なので「技術」を知っている人と「コトバ」を知っている人では前者に重きを置かれる状況の中、私は最終的には「コトバ」を知っている人の言葉をとらせてもらった。だって、訴求対象は「技術」を知らないもの。
前回の日記に書いた方がこの間亡くなった。会議直後携帯がブルブルし、パソコンから転送されてきたメールのDear R's friends という文字を見た瞬間、ああ逝っちゃったのか本当に・・・と風になった彼を感じた。奥様からの彼の死を知らせるメールだった。その日まで私は自分の上司には彼の病のことを黙ってた。いや、最後まで黙ってた。彼に言ったのは他のおじちゃんだ。彼の死を知らせた後の上司の行動を見ていて、案の定の行動をしたので涙が出てきた。愛にあふれる彼の死を自分の保身とステータスに使いはじめているように見えるその上司の行動に、私は彼が穢された気がして悔しかった。 お通夜には一人で行きたかったが一緒に行くはめになった。私が知らせた中の数人と上司。私は一言も上司とは口をきかなかった。お通夜には、大学教授、大会社の社長、芸能人、マスコミからの花。それだけ見たら、彼が何をやっていたかわからない。何ものにも縛られず、どんな人にも彼は彼として接していたのだということが伺えた。そして生前の彼がどれほどの人に愛されているかがわかる、そして彼の旅人のような生き方がわかる愛にあふれるものだった。風のような旅人だった。私は初めて会う彼をもっと感じたかったがお清めで5分も座らず上司はたった。そしてバス停で、お清め直しに飲みましょうと言い出した。一言も彼について話すことなく。その日から私は挨拶くらいしか上司とは口をきいていない。それでも仕事はスムーズにいっているから、よしとしてる。 仕事の量は増えるばかり。この山を越えたら・・・と思うけど、次々新たな山が隆起してくる。いっとき、孤独の戦いに思えてきたが、最近は頼れる、信頼できる人が少しずつできてきて助けられている。同僚の女の子も私同様上司とは口をきいていない。彼女が自主的に仕事をしようとすると足を引っ張り、判断を仰ぐと逃げ、誰かのせいにする。口では素晴らしいことを言うけれど、行動がこんなに伴わない人って初めて見た気がする。 最近「オレこのままじゃケンカしちゃうよ」という言葉を巻き込まれている他部署の数名から何度か聞いた。私は会議で「真剣にやる人がバカが見ることになるのだけはやめて欲しい。」と言った。言いたいことが言える会社ってのはいいかもしれないが、だからこそウマイ人は言ったもん勝ちの状況をつくり、反感をかいつつもうまく泳いでいる。 「お前は正しいと思ってそのことをやったのか?お前が正しいと思ったのであればそれは正しい」という父の言葉を反芻する日々だ。
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