度々旅
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2005年05月27日(金) 学校

 振り替え休日をもらったので学校へ行ってみた。思い出した。私は高校まで、そして今もその生活の基盤となる場へ行くことがすごく嫌いだった。けれど、大学だけは違かった。夏休みだって行っていた。そして、今日もわざわざ行ってしまった。指導教授は週の前半に授業なので会えなかったのは残念。研究室で、室員さんとだらだら話す。彼女にはいつも愚痴を聞いてもらっていた。そして今日も聞いてもらう。私達ダメ院生がなんとかやっていけたのは、彼女のおかげだなぁとつくづく思う。あまりにも研究室は居心地がよかった。学校へ行く電車は、故郷へ帰る気分だった。だから、私はここから脱してしまったんだなぁと思ったら、少し寂しくなった。
 けれど、帰れる場所があって、いつでも両手を広げて待っていてくれる人がいるってなんて喜ばしいことなんだろう。学校から遠くなり、友達や先輩とも会えなくなったけれど、学校そばまで来た旨をメールしたりしたら、すぐに呑みの誘いやら、お茶の誘い。それぞれ時間を空けてくれた。うううう。
 今日、室員さんは、私が午後に現れると思っていた。それが私は午前に現れた。というのも、通常通りに起きてしまったのだ。だから家を9時に出た。数ヶ月前では考えられないことだ。誰もが私と約束するとき、寝坊を考え午後2時過ぎにしていたのだから。そうやって、今までの生活とは違う生活をすることによって何かが変わっている。けれど、仲間と会ったとき私は私のままであることを知った。そのことが嬉しかった。まったく違う生活をして、違う格好をして、違う環境にいるけれど、私は、大好きな人達と、大好きな場所で、大好きなことをしていたときの自分と変わっていない。


2005年05月21日(土)

 また一つ歳をくった。なんか、今までは一つの区切りとして受け止めて、気持ち新たにって感じだったが、3月で学生に区切りをつけたためか、それ程気持ちがシャンとしない。
 友達が「おめでとう」という言葉と共に、ネタをプレゼントとしてくれた。それも、1人じゃない。みんな、ネタ作りに励んでいた。オイ、なんか違うだろう。
 夜遅く、院の先輩からのメール。パチンコで大当たりして、これから豪遊する予定。一晩遊ぼうってな内容。あぁ〜〜、行きたいっす。すごく行きたい。しかし、私は今週は日曜も仕事。遠慮します。つまらない人間になったなんて思わないでください。
 気づけば働き始めて1ヶ月だ。早い。木曜の夜に、院生仲間が電話してきた。彼は、ドクターに行ったものの、就職への気持ちが固まり、院に籍を置きながら就職活動。その他に、週4回フルタイムバイト。なんか、あたしと状況が似ている。お互い、同じような愚痴を吐き出す。
 働き始めて、今まで当たり前だったことが、どんなに素敵なことだったのかということを多く感じる。同じ思いを抱えた人が周りにいることが、なんて幸せだったのか。普通だと思っていた楽しみが、私にとってどれ程欠かせない楽しみだったのか。生活の主体を仕事にとられることによって、やっとそういうことに気づいた。働いてみるのも悪くない。我慢することを覚えるって、我慢せずに過ごせる時間やコトの素晴らしさを感じることだったのね。
 とにかく、周りの人、モノに感謝。


2005年05月18日(水) おっさん

 仕事帰り、乗り換え駅で知らないおっさんに話かけられた。あたしは音楽を聴いていて、それでも話かけてくるので、あたしに道でも聞いているのかと思ったら、「世の中腐ってる」「いいやつは皆死ぬ。世の中わかっている奴は自殺する、三島だってそうだ」といきなり言われた。
 ああ、まただよ。。。と思いつつ、適当に相槌を打っていたが、おっさんはヒートアップしていく。学と教養はあるらしく、かなり色々なことを知っていた。そんなおっさんは、中学時代は番長で高校では級長。ヤクザになりたかったが、公務員40年。退職金少ないと文句言ってた。公務員は気持ち悪い。猫かぶってて気持ち悪いと、自分の40年を振り返り、その後自分の親戚やら、息子の話へと話題は移る。
 おっさんの息子の大学やら、おっさんの家のことやら一通り話され、親戚は優秀だが、息子がバカだ。でも、いいやつだということはわかった。おっさんには、孫がいることもわかった。唾を履きながら、どうよおねえちゃんと話しているおっさんに、公務員40年お疲れ様と言ったら、それまで世の中腐っていると怒っていたおっさんは、笑顔になった。
 どこまで正気かわからないけれど、英語でいきなり話始めたり、驚いた。しかしだ、どうしてあたしはこういう感じで話しかけられることが多いんだろう。。。でもまぁ、楽しいからいいかと、「同感です!」「同意です!」と二人で夕日を見ながら、笑顔を交えた会話が成立してた。
 おっさんは、これから母ちゃんの所に帰ると言ってた。あたしに、オヤジはいるのか?と言うから、いると答えたんだが、どうやら旦那いるのか?の意味だったらしい。


2005年05月13日(金)

 会社のエレベーターの前で、素敵な老夫婦に出会った。年齢は、80歳くらいだ。おじいちゃんもおばあちゃんも杖をついていた。そして、空いている手をつないでいた。おじいちゃんが少しだけ前に出て、背が丸まっているおばあちゃんの歩調に合わせ、ゆっくり歩く。なんて素敵な図なんだ!
 一緒にエレベーターに乗りたくて、私も少しだけ歩調をゆっくりにして、開いたエレベーターの中で二人を待った。
 一緒にいた中国人留学生も私と同じようなことを思ったのか、二人がエレベーターを降りて、ビルから出て行く姿を見て、私と微笑みあった。
 ああ、かつてクリスマスの夜に、母と一緒に銀座の和光で見た老夫婦。あの時と同じくらい、素敵!と感動した。で、なんだか涙が出てきそうになった。というか、出た。私はやっぱり、老夫婦の図に弱いらしい。


2005年05月05日(木)

 前半の三連休はかなり活動した。冷蔵庫や本棚を買って、免許の更新に行ってとご満悦。後半はだらだら過ごそうと思ったが、あまりにも日差しが気持ちよくて、こりゃ部屋にいてはもったいないと出かけた。しかし、宛てもないので、電車にとりあえず乗って途中下車。
 日暮里。以外にも、観光できるところだったのね。谷中銀座でぶらぶら。谷中霊園でぶらぶら。木の薫りが気持ちよい。その後、マンガ喫茶で2時間程過ごし、他の駅でインド料理屋へ。ここの店員のインド人、親切だ。チャイをサービスしてもらい、セットで選ぶカレーも、選択肢以外でOKしてくれた。途中バックパッカーと思える白人が道を聞きに入ってきて、他にはあまり客がいない。ああ、途中下車+インド料理、これだけで旅気分って満喫できるのね。
 そんな過ごし方が後半一日目。それでも、連休気分を維持したい私は、二日目、深夜にドンキホーテに行き、ラーメンを食べるを実行。そして、帰り道、迷った。通常の5倍くらいの距離を歩いたかもしれん。迷子。これも連休によくある話。
 最終日、連休初日にした掃除のかいなく汚れた部屋を、掃除して終わった。


2005年05月01日(日) 冷蔵庫

 今までの冷蔵庫は、大学に入り1人暮らしを始めた頃、大学傍のリサイクル屋で買ったものだ。かつて、いきなり温度が下がらなくなり、風がただ出ているということに何度かなった。コンセントを抜いて、1日くらいほっておいて、再びコンセントを入れると復活する。そうやって騙していたのだけれど、復活しなくなったので、一度修理に出した。それから数年。。。
 2週間程前から、同じ症状が出てきた。あぁ〜。まただ・・・。今回引越しをするとき、同居人の冷蔵庫と私の冷蔵庫、どちらを残すかということになり、最後まで物が入っていた私のものが残った。で、もう一つはリサイクルに出した。なのに。なんでさぁーーー。あっちを残しておけば良かったと落ち込む。
 リサイクル品だったので、私が使った7年+数年ということを考えるに、寿命だわと判断。とうとう、冷蔵庫を買い換える決断をした。
 同居人と相談して、新品にしようということになり、昨日買いに行ったのだけれど、冷蔵庫選びって難しいのね。今まで一人暮らし用のものだったので、確かに二人では小さかった。けれど、そんなでかいのが欲しいわけでもない。それに、機能も特別望んでいない。そこそこのサイズで、そこそこの値段って思っていたのだけれど、中くらいのサイズってのは、あまり置いていなくて、あったとしても、省エネ度がかなり低く、その上値段も安いわけでもない。そんなこんなで気付けば、かなりデカイものを買ってしまった。。。
 先ほど届けられた冷蔵庫を同居人と眺め、で、でかい・・・と呟いた。どう見ても、家族用だ。今まで入っていたものを入れたら、スカスカだ。この家で、冷蔵庫が一番偉そうだ。値段的には少々張ったが、省エネ度はかなり高い。たぶん、今までの一人暮らし用の半分以下の電気代だ。間違ったかなぁ、いや間違ってないと二人で何度も冷蔵庫を開けたり閉めたり。
 まぁ、何でも入れてしまえばいいや。パンツも冷やしてはくと気持ちいというしな。
 


こげんき |MAILBBS

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